井出裕佳子・浜尾悠花「環境戦略変化の計測 -飲料メーカーの事例-」

環境戦略変化の計測‐飲料メーカーの事例‐
8611028 井手 裕佳子
8611171 浜尾 悠花
(高井 文子 准教授)
1. はじめに
1997 年の京都議定書の採択以降、企業経営においても環境に配慮することが他社との競争において
重要な要素となった。なかでも、生活に必要不可欠な飲料を扱う飲料業界では、パッケージの工夫や、
利益を目的とせず組織活動が社会に与える影響について責任を持つ活動が盛んに行われており、おそ
らく多くの消費者もその印象を持っているだろう。
近年の飲料メーカー各社の動向に着目して見ると、地球環境大賞を 2014 年は霧島酒造株式会社が、
2013 年はアサヒグループホールディングス(以下アサヒ)が、2012 年にはサントリーホールディング
ス(以下サントリー)が、環境ブランド調査 2014 では 1 位をサントリーが受賞する(4 年連続の首位)
など、毎年のように環境に対する取り組みが評価を受けていることが分かる。特に環境ブランド調査
2014 は上位 20 社中 7 社が飲料メーカーである。これらの様子から、飲料メーカー各社は年々環境意
識が高まっているように考えられるが、それがはたしてどの程度促進されたかどうかについて、経営
学的な観点から定量的に計測した研究はあまりない。そこで、本研究では、これら飲料メーカーがこ
れまで行った環境対応への取り組みがどのように変化してきたかを明らかにするために、飲料業界を
対象にテキストマイニングという手法を用いて、分析を進めていきたい。具体的には、対象企業ホー
ムページのニュースリリースから環境に関するデータを収集する。
2.既存研究
2-1.環境経営の編成
日本企業の環境対応は 1980 年代頃までは、公害防止対策を中心とする環境対応が中心であったが、
1990 年代以降の企業経営における環境面の制約の高まりに対応する中で、急速な進展をみせた。経済
成長に伴う環境の悪化は世界共通の問題であるとともに、地域や国境を越えて影響を与えあう地球全
体の問題となったため、世界各国で取り組みが行われるようになった。国連は 1972 年に国連環境会議
を開催し、この会議を受けて、UNEP 国連環境計画)が設立された。日本企業は 1990 年代以降、環境
経営を進めてきた。現時点では産業間、企業間で環境経営の進展度合いにばらつきがあるものの、日
本企業における環境経営のフレームワークはできあがりつつある。
2-2.飲料業界の動向
本研究においては、総務省統計局の定めた「日本標準産業分類」で行った定義を採用する。
・清涼飲料製造業(主としてアルコールを含まない飲料でサイダー,ラムネ,炭酸水,ジュース,シ
1
ロップなどの清涼飲料を製造する事業所のこと。
)
・酒類製造業(果実酒、ビール類、清酒、蒸留酒・混成酒を製造する事業所のこと。
)
まず、清涼飲料製造業の市場の傾向として近年は、消費者の健康意識の向上を背景に、お茶やミネ
ラルウォーター、特定保健用食品(トクホ)飲料、野菜系飲料が好調である。代わって、コーラやサ
イダーといった炭酸飲料は減少傾向にある。また、コーヒー飲料は堅調に推移しており、味にこだわ
った商品が売れるなど、高級感の高いコーヒーに需要が集まっている。全体的には消費者の健康志向
を反映した低カロリー、低糖類タイプの飲料が好調であり今後もこうした傾向は続くと思われる。国
内の清涼飲料市場は、シェア獲得のための価格競争が激しくなっているものの、熱中症対策飲料や生
活習慣病予防ドリンク、美肌効果の期待されるヒアルロン酸などを含む飲料など、より付加価値の高
い商品を市場に投入することで、低価格販売に頼らないユーザーの獲得を進め、拡大を続けていくと
予想されている。また、震災以降備蓄用としてミネラルウォーターの需要が拡大しており、前年比 23%
の大幅増となった。2014 年の清涼飲料市場は前年比 0.9%増の 5 兆 775 億円と見込まれている。
図1 清涼飲料業界市場規模推移(左)、清涼飲料業界市場シェア(右)
次に、酒類製造業について述べる。市場の縮小傾向は継続している。理由としては若年層のアルコ
ール離れや不景気による飲食機会の減少による業務用市場の不振である。それらの影響によって、酒
類メーカー各社間の競争が激化し、販売単価が下落していることがあげられる。一方、低アルコール
飲料市場は、酒類市場全体とは対照的に、市場は拡大している。ソフトな飲み口で拡大してきた低ア
ルコール飲料だが、家飲み、女性の一人飲み需要など新規飲用をうながす多様な商品開発で市場拡大
を続けている。また、ノンアルコール製品も好調である。
2
図2 ビール業界市場規模推移(左)、ビール業界
市場シェア(右)
2-3.各企業の環境経営への対応

キリンホールディングス
「資源循環 100%社会の実現を目指して「キリングループ長期環境ビジョン 2050」を掲げている。
中でも「生物資源」
「水資源」
「容器包装」
「地球温暖化」という重要テーマとしている。
再生ペットボトル素材 100%から作る環境配慮型ボトル「R100PETボトル」を完成させ、使用済
みペットボトルからペットボトルへの完全再生を実現させた。
「キリングループ環境報告書 2013」が、
「第 17 回環境コミュニケーション大賞」において、環境報
告書部門で「地球温暖化対策報告大賞(環境大臣賞)」を受賞し、
「平成 25 年度省エネ大賞」の「資源
エネルギー庁長官賞」を受賞した。また、水リスクに関する情報開示の取り組みが世界トップ 14 社に
選ばれている。また、環境会計を 2011 年から行っている。

サントリーホールディングス
サントリーグループのコーポレートメッセージを 2005 年から「水と生きる SUNTORY」を掲げており
地球にとって貴重な水を守り、水を育む環境を守りたいという意味が込められている。また、
「サント
リー環境ビジョン 2050」を設定しサントリーの環境経営の方向性を「自然環境の保全・再生」と「環
境負荷低減」の二軸で推進し、企業理念「人と自然と響きあう」の実現を目指している。商品の製造
段階で多くの地下水を利用するため、国内工場でくみ上げる地下水を育む森林を保全する「天然水の
森」という活動を 2003 年から行っており、サントリーが必要とする地下水量の 2 倍の水を育む森づく
りを 2020 年目標としている。そして、
「天然水の森」における生物多様性の保全にも努めており猛禽
類が子育てを出来る環境づくりに努めている。
そしてバリューチェーン全体でCO2 排出量を削減するために、容器・放送の軽量化と薄肉化を実
現し、超省エネ自動販売機(エコアクティブ機)を導入し省エネを進めている。日経BP社の行う「環
境ブランド調査」では 2014 までで4年連続 1 位を獲得し、2012 年に『天然水の森』活動と 100%再生
PET を 使用する「リペットボトル」の展開により地球環境大賞を受賞している。
3.仮説導出
( 仮説Ⅰ:売上高や資本金、従業員数など企業規模が大きい企業は環境意識が高い)
3
既存研究で述べたように、飲料業界は環境への取り組みを多く行っており、それらはブランドイメ
ージのアップへと繋がっている。業界全体で環境に意識を向ける流れの中、本研究では企業規模が大
きい企業の方が資本金や従業員数といった経営資源に余裕があるため、環境対応に力を注ぎやすいの
ではないかと考えた。また、霧島酒造のように比較的企業規模は大きくなくても、その取り組みを評
価されている企業もある。そこで、果たして実体と消費者のイメージにおいて整合性がとれているの
かという点に疑問が生じたため、テキストマイニングを用いて分析を進めていきたい。
(仮説Ⅱ:2 社間では環境戦略に関連させてとる戦略に違いがある)
既存研究でも述べたように、企業経営に環境を取り入れる試みの進展度具合には同業界内でも企業
間でばらつきがある。現在では一見同じように高く評価を受けているキリンとサントリーの間にも環
境に関する戦略に相違がある可能性があると考えた。このことから、環境を経営に取り入れる試みの
進展具合によって環境戦略のとり方も変わるのではないかという仮説を導出した。
4.分析手法と対象
近年、統計ソフトを用いた「テキストマイニング」という手法が、経営学にも用いられるようになっ
てきている。テキストマイニングとは内容分析の一つであり、定型化されていない文章の集まりを単語
やフレーズに分割し、それらの出現回数や相関関係を分析することができる。今回、私たちがテキスト
マイニングの対象とするのは飲料業界の2社(キリンホールディングス・サントリーホールディングス)
が公式ホームページ上で発表しているニュースリリースである。この2社を選んだ理由は、①日本企業
②清涼飲料・酒類の両方を製造している ③企業規模が大きい(売上高1兆円以上) という、3点の共通
点があるからである。また、ニュースリリースの対象期間は2007年から2014年までの8年間とした。そ
の理由は、2社間の環境経営戦略の変遷を比較するために、ある一定の期間(8年)を分析することで、有
益な知識を得ることが出来ると考えたからである。
また、今回はテキストマイニングによって抽出されたデータに有意性があるかを検証するためにIBM
社のSPSS STATISTICSを用いて、カイ二乗検定を行った。カイ二乗検定とは、2つの質的変数について、
期待値と実際の観測値のズレを評価することで関連性があるかどうか、統計的な有意性があるかどうか
を調べるものである。そして、カイ二乗検定の結果が有意であった場合、どの要素がデータの有意性に
貢献したかを判定するために、クロス集計で調整済み残差を求めた。
さらに、テキストマイニングでの分析結果を視覚化パネルに表すことで各社がより結びつけている戦
略を分析した。本研究では、ニュースリリースの環境戦略に関連して述べられた記事内に多く現れたカ
テゴリーを集計することで、各社は環境戦略とどのような戦略を関連づけて行っているのかを読み取る。
これらの分析手法を用いて、対象となる各企業のデータや異なるタイプの戦略を用いたデータを分析
した。
5.分析とその結果
5-1.分析①
カテゴリー分けされた語句の語数から各カテゴリーの語句が企業各社のニュースリリースにどれく
らいの割合を占めているのかを算出し、企業が消費者に訴えかけたいものを明確にするためにグラフ
4
化した(図 3)。以下のような結果となった。このグラフから言えることは各社とも「広告宣伝」には
一定量の発信を行っているということである。つまり、飲料業界の企業が経営を行う上で、
「広告宣伝」
必要不可欠であり、なくてはならないものであることがわかる。また、環境に関するワードは 2 社共
通してこの 8 年間で大きく増えるような傾向は読み取れなかった。
しかしながら、
その他においては 2 社間には大きな差が生じている。これらの差を検証することで、
飲料業界の環境に対する意識の変遷を理解することが出来るのではないだろうか。
図3 各企業の主軸となる経営戦略の推移
※著者作成
5-2.分析②
仮説Ⅰ「資本金や従業員数など企業規模が大きい企業ほど環境意識が高い」、仮説Ⅱ「2社間では環
境戦略に関連させてとる戦略に違いがある」を検証する。初めに、企業間に、おける戦略の差が有意で
あるかを確かめるためにカイ2 乗検定を行った。このとき、仮説を以下のように設定する。
帰無仮説 H0:企業間での経営戦略の程度は同じである。
対立仮説 H1:企業間での経営戦略の程度には違いがある。
図4 カイ二乗検定
※著者作成
有意水準α=0.05 とすると、カイ 2 乗検定の有意水準(両側)は 0.000…(図 4)で、有意水準よ
りも小さいため、帰無仮説 H0 を棄却する。よって、カイ二乗検定より、比率の差は有意であると判
明した。従って、二社間では企業間に経営戦略の違いがあると言える。
カイ二乗検定により、二社間に経営戦略の違いがあることが分かった。次に、企業ごとにどのよう
5
な特徴があるのかを調べるために残差の分析を行い、クロス集計で調整済み残差を求めた。
図5 企業と戦略のクロス表
※著者作成
上表において、値の大きい戦略はその企業が力をいれている経営戦略を表している。サントリー
は「社会活動・環境」キリンは「品質・経営方針」
。キリンに比べてサントリーは 8 年間を通して環境
に力を入れていることがわかる。
5-3.分析③
分析②では環境以外にも 2 社がそれぞれどの戦略に力を入れているのかが分かった。そこで、新た
に視覚化パネルを使用することで、環境を軸として関連性を持って推し進めている戦略をカテゴリー
が結ばれる線の太さから読み取っていく。

キリン
図6 視覚化パネル:キリン 2007(左)、2014(右)
※著者作成
キリンが力を入れている「品質」や「経営戦略」はどのカテゴリーとも結びつきが強いものとなっ
ている。最も結びつきが強かったのは「環境」と「経営戦略」であり、このことから、キリンは長期
的に企業イメージと共に環境に取り組む姿勢をアピールする狙いがあるのではないかと考えられる。

サントリー
図7 視覚化パネル:サントリー2007(左)、2014(右)
※著者作成
サントリーにおいても、力を入れている「環境」
「広告宣伝」はどのカテゴリーとも結びつきが強い
6
結果となった。最も結びつきが強かったのは 2007 年も 2014 年においても、
「環境」と「広告宣伝」で
あった。このことから、サントリーは既に定着している環境に配慮が行き届いているというイメージ
に利用し、広告宣伝に力を入ることで更なる売上高・収益アップを狙っているのではないかと考えら
れる。
6.仮説検証
6-1.仮説Ⅰ:売上高や資本金、従業員数など企業規模が大きい企業は環境意識が高い
企業がどのような戦略を重視しているかということについてはテキストマイニングを利用したのち、
カイ二乗検定、クロス集計表を用いることにより、明確に把握することが出来た。図 5 より二社とも、
「広告宣伝」へは力を注いでいることが分かった。その反面、
「環境」
「品質」
「商品特徴」
「製造」
「経
営方針」
「社会活動」においては企業間の差が生じていた。
さらに企業ごとに調整済み残差の値を考察していくと、キリンは「品質」が 18.2、「経営方針」も
8.4 と、サントリーと比較して強く意識していることが分かった(図 5)。サントリーは「社会活動」
が 12.2、
「環境」が 9.7、
「広告宣伝」が 2.5 とキリンに比べ重点を置いていることが読み取れた(図
3)
。
しかしながら、2007 年から 2014 年の経営戦略の推移の「環境」に注目すると、環境を重視してい
く推移は読み取ることができなかった(図 3)。これは、飲料業界全体が日本の中でも比較的環境対応
が早い業界であったことに関係していると考察される。
以上の考察により、売上高や資本金、従業員数など企業規模が大きい企業は、環境を重視している
ということが 2007 年から 2014 年の間では証明することができなかったため、仮説Ⅰは支持されなか
った。
6-2.仮説Ⅱ:2 社間では環境戦略に関連させてとる戦略に違いがある
キリンとサントリーがそれぞれ、どのような戦略を重視しているかということについてはテキスト
マイニングを利用したのち、カイ二乗検定、クロス集計表を用いることにより、明確に把握すること
が出来た(図 3‐5)。
また、視覚化パネルからはクロス表からも読み取れたように、キリンは「品質」や「経営戦略」は
どのカテゴリーとも結びつきが強いものとなっており、サントリーは「環境」
「広告宣伝」はどのカテ
ゴリーとも結びつきが強い結果となった(図 6-7)。この点でも企業間の戦略の違いは読み取れるが、
さらに環境に注目すると、キリンにおいて「環境」と関連性が高かったのは「経営戦略」であり、サ
ントリーにおいては「広告宣伝」と違いがでた。このことから、キリンは長期的に企業イメージと共
に環境に取り組む姿勢をアピールする狙いがあるのではないかと考えられる。また、サントリーは既
に定着している環境に配慮が行き届いているというイメージに利用し、広告宣伝に力を入ることで更
なる売上高・収益アップを狙っているのではないかと考えられる。
上記の通り、環境に軸を置いたとき、キリンとサントリーでは異なる経営背景から異なる戦略をと
っていることを読み取ることができたため、仮説Ⅱは支持された。
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7.結論
本研究によって、飲料業界では企業ごとに環境に対する戦略がそれぞれ異なることが分かった。キ
リンは環境対応の情報を経営方針と共に発信しており、サントリーは広告宣伝と共に発信しているこ
とである。よって、大企業と言われる 2 社の間にも環境経営の段階に現時点で差があり、それによっ
て収益を上げるためにとるべき戦略が異なることを明らかにすることが出来たと言える。
最後に、既存研究でも述べられているように、業界内の競争と市場変化が激しい飲料業界では、他
社と品質以上の差別化を図るためにもブランドイメージが重要であり、イメージアップの一因には環
境対応が大きく関わってくることは間違いない。そのため、企業規模に関係なく環境対策に力を入れ
ることが必要不可欠であると言えることから、今後は企業規模に関わらず環境対応を評価される飲料
メーカーが増えることが予想される。
主要参考文献
日経 BP 社『環境ブランド調査 2014』
矢野経済研究所『酒類市場における調査結果』
『 地球環境大賞』
損保ジャパン日本興亜総合研究所(2002)
『環境経営と企業価値』
加賀田和弘(2007)
「環境問題と企業経営」―その歴史的展開と経営戦略の観点から―
本合暁詩(2008)
「環境経営は企業価値を高めるのか」―環境経営度調査を用いた企業価値分析―『社
会科学ジャーナル』64 COE 特別号 pp.257-268
喜田昌樹(2006)
「アサヒの組織革新の認知的研究」―有価証券報告書のテキストマイニング『組織
科学』vol.39(4)pp.79-92
宮崎正也(2001)
「内容分析の企業行動研究への応用」
『組織科学』vol.35(2)pp.114-127
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