スーパーコンピューターでパンゲアの分裂から現在までの大陸移動を再現し

スーパーコンピューターで
パンゲアの分裂から現在までの大陸移動を
再現し、その原動力を解明
-ヒマラヤ山脈は
マントルのコールドプルームが作った!-
吉田 晶樹、浜野 洋三(海洋研究開発機構)
発表論文
著者:Masaki Yoshida and Yozo Hamano
タイトル:「Pangea breakup and northward drift of the Indian subcontinent
reproduced by a numerical model of mantle convection」
日本語タイトル:「マントル対流の数値モデルで再現されたパンゲアの分裂とインド
亜大陸の北上」
『Nature』姉妹誌 『Scientific Reports』に2015年2月12日付けで出版
文部科学省記者クラブ 記者レクチャー 2015年2月9日
本研究のポイント
1. 超大陸パンゲアを考慮したマントル対流の計算機シミュレーションを世界で初
めて行った
2. 大西洋の拡大やインド亜大陸の高速北進など、地球史の大イベントが再現さ
れた。
3. 大陸移動の主要な原動力は、大陸直下のマントルの流れ(マントル対流)で
あることが分かった
4. インド亜大陸の高速北進とユーラシア大陸への衝突、その後のヒマラヤ山脈
形成をもたらしたマントルの流れは、ユーラシア大陸下に沈み込むマントルの
コールドプルーム(マントル下降流)によって生じることが分かった
ウェゲナーの「大陸移動説」と超大陸パンゲア
ドイツの気象学者 アルフレッド・ウェゲナー
(1880-1930)
ウェゲナーが復元した大陸移動と
超大陸パンゲア
約3億年前
パンゲア
約5000万年前
約150万年前
著作『大陸と海洋の起源』(1915年初版)で
「大陸移動説」を完成(→ちょうど100年前)
http://www.awi.de/
『大陸と海洋の起源』第三版(1922年)より
精密な古地磁気学・地質学的データから
復元された2億年前の超大陸パンゲア
現在、パンゲアの形は
正確に復元されている
パンゲア
パンゲアは約3億年前
に形成され、約2億年
前に分裂を開始した
リソスフェアの年代(100万年)
Seton et al. (2012)
精密な古地磁気学・地質学的データから
復元されている、過去2億年間の大陸移動
Seton et al. (2012)
インド
2億年前
8000万年前
インド
インド
1億4000万年前
4000万年前
インド
1億年前
現在
古地磁気学・地質学の研究からは地球表層の運動の歴史は遡れるが、
地球深部の運動(マントル対流)の様子は分からない
地球史の“大イベント”の一つ:
インド亜大陸の高速北進とユーラシア大陸への衝突
チベット高原
現在
衝突
ヒマラヤ山脈
2000万年前
4000万年前
北上
6000万年前
8000万年前
ヒマラヤ山脈・チベット高原の隆起:
 周辺の東アジアの地震や地殻変動の原因
 アジアモンスーン気候の成立
 新第三紀以降の地球規模の寒冷化に寄与
インド亜大陸の高速北進の原因はいまだよく分かっていない
→ 地球深部の運動の様子を調べる必要がある
本研究で何をやったか?
→「三次元全球マントル対流の計算機シミュレーション」
三次元全球マントル対流シミュレーショ
ンのイメージ(Yoshida, 2013)
海洋研究開発機構所有の
スーパーコンピューター
(SGI社製 ICE-X)
計算機シミュレーションは
地球深部活動の実態解明に
迫るための最大の武器!
本研究のポイント①:
超大陸パンゲアを考慮した三次元全球マントル対流の計算機シミュレーションを
世界で初めて行い、2億年間の大陸移動とマントル対流の様子を調べた
本研究のシミュレーション結果
(地球表層の大陸分布の時間変化)
(a) 2億年前
(d) 1億年前
シミュレーション開始!
インド亜大陸の北上
(b) 1億7500万年前
(e) 5000万年前
パンゲアの分裂
インド亜大陸のユー
ラシア大陸への衝突
(c) 1億5000万年前
大西洋拡大
(f) 現在
Yoshida & Hamano (2015)
本研究のポイント②:
大西洋の拡大やインド亜大陸の高速北進など、地球史の大イベントが再現された
本研究のシミュレーション結果
(マントル内部の温度分布の時間変化)
 パンゲアの分裂は超大陸の熱遮
蔽効果(毛布効果)によるパンゲ
ア直下のマントルの高温異常が
関係
 インド亜大陸の高速北進の主要
な原動力は、パンゲア分裂直後
からテーチス海北部に発達する
マントルのコールドプルーム(下
降流)
 そのコールドプルームは、パンゲ
ア直下のマントルの高温異常、
及び、パンゲア下のマントル深部
に元々存在していただろう大規
模なホットプルームに励起される
マントルの大規模な流れによって、
自発的に形成
(a) 2億年前
(d) 1億年前
インド亜大陸
の高速北上
(b) 1億7500万年前
(e) 5000万年前
テーチス海北
部に発達する
コールドプ
ルーム
インド亜大陸
のユーラシア
大陸への衝突
(f) 現在
(c) 1億5000万年前
ゴンドワナから
インド亜大陸
の独立
コールドプ
ルーム
■-250℃低温(コールドプルーム)
■+100℃高温(ホットプルーム)
Yoshida & Hamano (2015)
インド亜大陸の高速北進と
ユーラシア大陸衝突のメカニズム
本研究のポイント③:
インド亜大陸の高速北進とユーラシア大陸への衝突、その後のヒマラヤ山脈形成
をもたらしたマントルの流れは、ユーラシア大陸下に沈み込むマントルのコールド
プルーム(マントル下降流)によって生じることが分かった
地震波トモグラフィーによる現在のマントルの構造
Ritsema et al. (2011)の
モデルに基づく
本研究と独立した地震学的研究手法(トモグラフィー)からも、ヒマラヤ・チベット山塊の
下のマントル深部に、現在もなおコールドプルーム(マントル下降流)が存在することが
分かっている
大陸移動の原動力の新しい考え方
“テーブルクロス式”
大陸
プレートの引っ張り
http://www.table-cloth.jp/
「大陸下マントル曳力」とは?
マントルが大陸の底面を引きずる力
“ベルトコンベアー式”
本研究のポイント④:
大陸移動の主要な原動力は、
大陸直下のマントルの流れ
(マントル対流)であることが
分かった
『大陸は動く』(光村ライブラリー、光村図書、
2002年)より
地球史の“大イベント”の一つ:
インド亜大陸の高速北進とユーラシア大陸への衝突
チベット高原
現在
衝突
ヒマラヤ山脈
2000万年前
4000万年前
北上
6000万年前
8000万年前
約4000万年前にユーラシアプレートに衝突後、沈み込み帯を失ったインドプ
レートが現在もなお北上を続けていることは、大陸移動やプレート運動の原動
力がマントルのコールドプルーム(マントル下降流)である何よりの証拠
昨年JAMSTECが発表した
人工地震波を使った海底下の大規模構造調査結果
(Kodaira et al, 2014, Nature Geoscience)
海洋研究開発機構ウェブページ(2014年3月31日記者発表)より
http://www.jamstec.go.jp/j/kids/press_release/20140331/
拡大軸下のプレート運動の
原動力はマントル対流
本研究のシミュレーション結果は、最新の大規模
地下構造探査による観測事実を裏付けるもの!
本研究のポイントのおさらい
1. 超大陸パンゲアを考慮したマントル対流の計算機シミュレーションを世界で初
めて行った
2. 大西洋の拡大やインド亜大陸の高速北進など、地球史の大イベントが再現さ
れた
→ウェゲナーの大陸移動説の完成(1915年)からちょうど100年目の成果!
3. 大陸移動の主要な原動力は、大陸直下のマントルの流れ(マントル対流)で
あることが分かった
4. インド亜大陸の高速北進とユーラシア大陸への衝突、その後のヒマラヤ山脈
形成をもたらしたマントルの流れは、ユーラシア大陸下に沈み込むマントルの
コールドプルーム(マントル下降流)によって生じることが分かった
→固体地球科学上の二つの大問題が同時に理解された!
本研究の意義と今後の課題
• 地球表層のプレート運動や地球内部のマントル対流の振る舞いと密接な関係がある大
陸の離合集散が、実際の地球環境下でのマントル対流の計算機シミュレーションによっ
て再現されたことは、地球内部活動の実態解明に向けた今後の研究進展に重要な貢献
をなす研究成果
• また、大陸の離合集散は、地球の歴史において地球表層環境や生命進化にも多大な影
響を及ぼしてきたと考えられるため、固体地球科学の周辺分野に存在するさまざまな未
解決問題を解くための突破口となる可能性を秘めた研究成果
• 今後は、シミュレーションモデルをさらに高度化させ、現在の地球の大陸配置をより正確
に再現するために必要なパンゲア時代のマントル深部のより詳細な温度構造を特定した
い
• また、将来的には、パンゲア分裂以降の地球史における“大イベント”の一つである、約
4300万年前に起こった太平洋プレートの運動方向の急変の原因など、マントル対流に
起因するさまざまな固体地球科学現象のメカニズムの解明にも繋げたい
• 今後も、地球深部掘削や地下構造調査、地震波トモグラフィーなど、異なる固体地球科
学的研究手法を扱っている研究グループと連携・情報交換をして、大陸移動とプレート運
動の原動力をより深く理解するための統合的な地球モデルを構築したい
補足資料
本研究の特に新しい点
1. 「大陸」がマントル対流の力で自由に変形しながら移動できる点
→ 既存の数値計算手法では、「拡散のない物質」の移流を正確に解くことが難しかった。吉田は、
「大陸」を粒子の集合体としてシミュレートするアルゴリズムの開発を2009年頃からスタート
2. 精密な古地磁気・地質学的データ(2012年発表)に基づいたパンゲア超大陸
の形状をマントル対流モデルに考慮した点
→ これまでは上記の理由から、「大陸」は単純な形をして、かつ、剛体的な(変形のしない)「板」
のようにモデル化されてきた。もちろん、実際の地球の(超)大陸の形は考慮されていなかった
3. 世界最高クラスの計算解像度を持つ数値モデルで、かつ、現実的な地球の
物性パラメーターを用いて、実際の地球の時間スケールで起こっている現象
を再現した点
→ 通常、シミュレーション時間の制限により、現実とかけ離れた物性パラメータを用いた「簡単な」
シミュレーションモデルから始める
4. そもそも、マントル対流を「三次元全球」モデルでシミュレーションしている研究
グループは世界でもごくわずか
→ 我々、日本のJAMSTECのグループのほか、有名なところでは、スイス連邦工科大学チュー
リッヒ校、米コロラド大学、独ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘンなど
大陸の配置と温度場の初期条件
超大陸パンゲアを構成する
各大陸ブロック
深さ1433 km
深さ358 km
深さ2150 km
深さ717 km
深さ2509 km
大規模ホットプルームの温度異常は
+200~+300℃
温度異常 [℃]
これまでの大陸を考慮した
マントル対流シミュレーション研究の一例
剛体的な(変形のしない)「蓋」
蓋(大陸)の速度と向きは、蓋の底のマントルの流れから
推測的に決めている
Phillips & Bunge (2007, Geology)
有限体積法のための独自のシミュレーション格子
低緯度領域だけを取り出して
二つ重ね合わせて…
普通の緯度経度格子
(球座標格子)
ダイナモシミュレーションの例
「インヤン格子」:
極の座標特異点と格子間隔の緯度依存性が克服された計算格子
→ JAMSTECにおける共同研究で2003年に我々が考案、実用化
Yoshida & Kageyama (2004, GRL), Kageyama & Yoshida (2005, J. Phys.),
Yoshida & Kageyama (2006, JGR), Yoshida (2008, GRL; 2008 G-cubed)など
マントル対流シミュレーションのみならず、ダイナモ(地球中心核の
電磁熱流体)シミュレーションにも応用され数々の実績
Kageyama & Sato (2004, G-cubed), Kageyama et al. (2008, Nature),
Miyagoshi et al. (2010, Nature), Miyagoshi & Hamano (2013, PRL)など
地球の内部構造とマントル対流パターンのイメージ
超大陸分裂と大陸の離合集散のメカニズム
吉田 (2015)
ホームズの「マントル対流説」(1928年)
イギリスの地質学者 アーサー・ホームズ
(1890-1965)
Holmes (1931)
大陸移動の原動力を説明するために
ホームズが提唱した「マントル対流説」。
http://www.egu.eu/awards-medals/portrait-arthur-holmes/
海洋プレートと大陸プレートにかかるさまざまな力
それぞれの力の相対的な大きさ
(プレートを完全な剛体とした場合の推定値)
(海嶺押し力)
(マントル曳力)
(大陸下マントル曳力)
(スラブ引っ張り力)
(スラブ抵抗力)
Forsyth & Uyeda (1975)
原動力(推進力)なのか? 抵抗力なのか?――いまだに分からない
人工地震波を使った海底下の大規模構造調査から
推定されるプレート運動の原動力
海洋研究開発機構ウェブページ(2014年3月31日記者発表)より
http://www.jamstec.go.jp/j/kids/press_release/20140331/
50Ma~0Maのインド亜大陸下の下降プルーム
5000万年前
現在
■-100℃低温(コールドプルーム)
■+100℃高温(ホットプルーム)
6億年前から2億年後までの大陸移動
6億年前
3億年前
現在
5億年前
2億年前
1億年後
4億年前
1億年前
2億年後
Courtesy of Prof. Ronald Blakey
未来(約2億年後)の超大陸の形
二つの説がある
『週刊 地球46億年の旅』 48号(朝日新聞出版、2015年)より
現在のプレート運動を考慮したシミュレーション結果
粘性率の温度依存性と降伏レオロジーを考慮した
マントル対流のシミュレーション
Tackley (2000)
シミュレーションモデルの詳細
• シミュレーションに用いた温度場の初期条件
下部マントルには、地震波トモグラフィーによる地震波速度異常から変換した温度異常、上部マントルに
は、超大陸の熱遮蔽効果を考慮してパンゲアの下に一様な高温領域(+200℃)
• シミュレーションモデルの境界条件
地表面は、不透過・自由滑り境界と固定温度境界(0℃)、コア・マントル境界は、不透過・自由滑り境界と
断熱温度境界
• 計算解像度(計算格子の間隔)
深さ方向には一様に約22 km、水平方向には約55~78 km(世界最高クラスの解像度)
• 最初に設定した「大陸」の厚さ
一様に厚さ202 km(「大陸」は大陸リソスフェアの「根」であるテクトスフェアも含むとして)。もちろん各大陸
の厚さは時間が進むにつれて自由に厚くなったり薄くなったりする
• マントルの粘性率の深さ変化と相転移
下部マントルの粘性率は上部マントルの30倍。マントルの相転移は、深さ410 km(オリビン→ワズレアイ
ト)、520 km(ワズレアイト→リングウッダイト)、660 km(リングウッダイト→ペロブスカイト+マグネシオウ
スタイト)に設定し、それぞれの相境界で密度が7%、3%、10%増加
• シミュレーションの主要なパラメーター
(1)大陸とマントルとの粘性率比、(2)マントルの粘性率の温度依存性による地球表層とマントルとの粘
性率比、(3)超大陸の熱遮蔽効果によるパンゲア下の高温異常領域の温度