El conocimiento de los valores

Notandum 39 set-dez 2015
CEMOrOC-Feusp / IJI-Univ. do Porto
中国人向けの日本語教育法についての試み
――南京大学日本語科の読解授業を例として
彭 曦(Peng Xi)1
サマリー
従来の日本語教育法は第一言語非日本語の学習者一般向けのもので、
中国人の漢字力を考慮に入れていない。そのため、中国人の日本語学
習における優位が十分に生かさていない。中国人の漢字力および大学
生のもつ認知能力を積極的に生かせば、早い段階から内容中心の読解
学習に移ることが可能で、日本語学習の効率を大幅に高めることがで
きる。
キーワード: 南京大学、 漢字力、推測力、内容中心
問題提起
国際交流基金の2012年度の統計によれば、中国人日本語学習者
は全世界の26.3%を占め、約105万人で世界第一位。中国の日本語教育
機関は1800機関あり、日本語教師は約1.7万人
2
。また、中国日本語教育研究会の統計によれば、600以上の4年制大学
に日本語科が設置されている。しかし、中国における現在のような日
本語学習の盛況は、30数年前から始まったに過ぎず、採用されている
教育法は主に日本から伝わったものである。そして、日本における日
本語教育法は主にアメリカを中心に発達した第二言語習得理論に基づ
くものといえよう。すなわち、それは日本語学習者一般向けのもので
、中国人に特化した教育法ではない。日本での日本語教科書の定番は
「基本的な文型をやさしいものから難しいものへ積み上げ、聞くこと
、話すことを中心に学習する総合教科書」と銘打つ『みんなの日本語
』である。その流れを汲む中国の日本語教科書の典型といえば、広く
使われている『新編日本語』(周平、陳小芬編著、上海外国語教育出
版社)である。このような日本語教科書の共通点は、学習者が白紙状
態から日本語を学ぶことを想定していることである。全く予備知識を
持たないため、一から教えなければならない。一気にたくさんのこと
を教え込んでも吸収できないので、少しずつしかも繰り返し練習する
ことを通して身に付けさせる。どうしてもこのような方法を取らざる
をえない。その結果、学習期間が長くなってしまう。横文字を第一言
1学術博士(地域研究)南京大学外国語学院日本語科副教授
(Ph.D.in Area Studies, Tokyo
University of Foreign Language. Assistant Professor, Department of Japanese,
School of Foreign Studies, Nanjing University.) Email: [email protected]
2 国際交流基金『2012年度日本語教育機関調査結果概要』。
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語とする学習はそうするしかないかもしれないが、中国人日本語学習
者の事情はそれと根本的に違う。この極めて重要な基本的事実に、中
国人自身も長い間気付いていない。その結果、中国人に横文字を第一
言語とするその他の国の人と同じ教育法で教えているのがほとんどで
ある。
中国では近年、大学の定員増などにより、大学生の就職がさら
に厳しくなってきた。そんな中、学科別のたて割り型科目設置の見直
しが進められてきたが、筆者の勤務する南京大学は2009年から教養教
育重視のカリキュラムの導入をはじめた。一方、職業教育を重視する
動きは、高等専門学校から昇格した大学を中心に広がりつつある。い
ずれにしても、日本語をはじめとする外国語を専門とする学生にとっ
て、語学だけでは不十分である。それ以外に何か専門知識あるいは技
能をもつことが求められる。いわゆる競争力のある「複合的人材」像
である。いうまでもなく、それは語学の学習時間が減らされることを
意味する。学習時間は減らされるが、語学力に対する要求はむしろ高
くなっている。そこで、日本語学習の効率化がもっとも重要な課題と
なってくる。本論は、南京大学日本語科の取り組みに即しながら、こ
の問題について考えてみたい。
1. 日本人と中国人の漢字力
いうまでもなく、中国は漢字を使う国である。東アジアでは、
過去に中華帝国を中心に漢字文化圏が形成されたことがあり、朝鮮半
島、日本、ベトナムがそれに属していたが、朝鮮語はハングル、ベト
ナム語は独特の補助符号を用いるローマ字体系を使うようになり、依
然として漢字を使っているのは中国以外では日本だけとなっている。
では、漢字が日本語の中にどれだけ使われているのか。それを
見る目安の一つはいわゆる「常用漢字」である。1981年公示の「常用
漢字表」では、1945字だったが、2010年の改定で2136に増えている。
このほか、166字の人名漢字がある。漢字は造語力が極めて強く、その
組み合わせによって多くの単語が作られている。下表のとおり、「学
」を例にすると、和語としての「学ぶ」のほかに、漢語として、前付
のものには「学生」「学校」「学習」「学者」「学術」など、中付の
ものには「小学校」「中学校」など、後付のものには「大学」「漢学
」「古学」「洋学」「化学」「科学」などがある。日本語能力試験N
1の1万語以上の語彙のなか、漢字のあるものは約7割を占め、新聞記
事や一般文書の漢字使用率も大体これと同じである。残りは平仮名語
とカタカナ語となっている。日本では、文部科学省による小学校学習
指導要領に「学年別漢字配当表」というものがあり、小学校の段階で
は1006字を学ぶことになっている。なお、中学校や高校の漢字学習に
ついて具体的に定めていない。いずれにしても、日本人の漢字力はお
およそ2千字程度と言えるだろう。
10
次いで中国人の漢字力について見てみよう。中国にも日本の「
常用漢字表」に当たる「通用規範漢字表」というものがある。2013年
版を見ると、収録漢字は8105字で、三つのレベルに分かれている。1
級の3500字は、義務教育段階の学習漢字で、2級の3000字は高校・大
学段階に覚えるべき漢字と理解してよいと思う。残りの1605字は人名
地名および専門用語に使う漢字である。つまり、中国人は、高校卒業
の段階で、5000字程度の漢字を覚えているはずである。この5000字は
、日本の常用漢字をほぼカバーしている。完全ではないのは、日本語
の「常用漢字」には日本人自身の作った「国字」が10字ほど入ってい
るからである。
もちろん、日本語の漢字と中国語の漢字は全く同じではない。
まず、書体の違いがある。中国語では主として簡体字が使われている
が、日本語では昔の書体、すなわち繁体字が使われているほか、日本
式の略字があり、さらに日本人自身の作った国字もある。次に、語彙
の種類が違う。日本語の語彙には漢語、和語、外来語の三種類あり、
漢字と関係するのは前の二つである。漢語はほとんど現在中国語の語
彙と共通しており(現代中国語には、多くの日本漢語が含まれている
ことがその原因の一つ)、和語は漢字を使うものの、現在中国語の語
感から理解しにくいものも少なくない
3
。しかし、漢字は表意文字であるため、文脈のなかでヒントとなりう
る場合が多い
4
。第三に、発音が違う。日本語漢字は、二通りの発音の仕方がある。
一つは音読みで、もう一つは訓読みである。音読みは中国語に真似し
て生まれた発音だが、現在の標準語との対応関係が明確ではなくなっ
ている。でも、漢字音を一度覚えてしまうえば、同じ漢字が使われる
別の単語の発音が覚えやすくなる。それから、訓読みは日本固有の発
音を漢字にあてたもので、両者は元々無関係である。
こうした違いがあるにせよ、日本語国字の数は10字程度で、常
用漢字全体に占める割合が極めて低い。中国でもすべての漢字が略字
化しているわけでもないし、繁体字版の古典は依然として読まれてい
ることや、一部の人や一部の場合において繁体字が依然として使われ
ていることから、書体の違いは大きな障害にはならないと言えよう。
中国語にない日本語の語彙であっても、孤立の場合はともかく、ある
文脈のなかに置かれていれば、おおよそ見当がつくものである。発音
3筆者が日本語能力試験語彙の構成を調査した結果、1万語のうち、漢字表記のある語彙は
7162語ある。そのうち意味が全く同じあるいは大抵同じのものは4782語、部分的に同じも
のは257語、漢字から容易に意味が推測できるものは1282語、形が同じで意味が違うもの
は128語、漢字から容易に意味が推測できないものは703語、それぞれある。
4 筆者の指導した大学院生韓秋燕(Han Qiuyan) は2014年にある修士論文執筆のため、
日本語学習歴のない80数人を対象にある調査を行った。調査方法は字数100~200字の文章
から12段落を抽出し、その中からJLPTのN2レベル以上の語彙を30語選出し、その意味に
対する理解を確認した。全体の平均正答率は約74%という高い水準に達し、韓秋燕『中国
語にない和語の正解率も約70%となっている。中日同形語の習得における母語及びコンテ
ストの影響――中国語母語話者を中心に』(2014年度南京大学修士論文)
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は、会話や聴解の場合には不可欠だが、読解の場合にはできなくても
構わない。
表
「学」で構成される中日語彙の一覧(下線のある個所は違う所)
日本語
漢字
発音
表記
(平仮名)
中国語
漢字表記
意味
発音
(ピンイン)
学ぶ
まなぶ
学
xué
study, learn
学生
がくせい
学生
xué sheng
student
学校
がっこう
学校
Xué xiào
school
学習
がくしゅう
学习
xué xí
study, learn
学者
がくしゃ
学者
xué zhě
scholar
学術
がくじゅつ
学术
xué shù
arts & sciences
小学校 しょうがっこう 小学
xiǎo xué
elementary school
中学校 ちゅうがっこう 中学
zhōnɡ xué
junior high school
大学
だいがく
大学
dà xué
university
漢学
かんがく
汉学
hàn xué
Chinese classics
古学
こがく
古学
gǔ xué
classics
洋学
ようがく
洋学
yáng xué
western arts and
sciences
化学
かがく
化学
Huà xué
chemistry
科学
かがく
科学
Kē xué
sciences
総じていえば、中国人の漢字力が日本人の倍以上あり、読解に
限っていえば、高卒レベルの日本語学習者は、日本語を学ぶ前からす
でに数千の語彙が理解できているということになる。しかし、残念な
ことに、従来の日本語教育法では、中国人のこうした優位性があまり
意識的に生かされてこなかったのである。
2. 見直しの方向性
従来の日本語教育法が採られている日本語教科書の構成は、た
いてい本文、会話、新出単語、文型の説明、練習からなっているが、
単語や文型に制限により、初級や中級段階では、易しい短文しか出て
こない。日本語能力試験N3(学習時間数450時間)まで初級、N2(
同600時間)まで中級とすれば、日本語の学習が一年半経っても長い文
12
章に接することがなかなかできないし、N2の難易度でも、せいぜい
日本の中学校程度のものである。大学で日本語を専門として学ぶこと
になれば、学んでいるのは日本語そのものに限られ、日本語を学びな
がら、あるいは日本語を通して大学生らしい学習ができない。いわば
、大学生の小中学生化という現象が起こる。日本語人材が飽和状態に
ある今日では、そのような形で大学四年間をほとんど日本語の勉強に
費やした学生は、就職に非常に不利である。こうしたなか、日本語教
育法の見なおしの気運が高まりつつあるのである。
それでは、見なおしの方向性をどこに求めるのか。もとより、
文章とは一定のルールすなわち文法に従い、配列した語彙すなわち文
の連続ではあるが、文の中のそれぞれの単語には意味があり、互いに
意味的関連性で結ばれている。たとえば、『新編日本語』第10課に出
てくる「宮本さんを訪ねました」「夏休みはその前の日に終わりまし
た」「李さんは国へ帰りました」といった文の場合、中国人にとって
漢字だけで理解できる。ましてや取り上げられている話題は学習者の
知っているものであれば、漢字力とその話題に対する「大人の理解力
」に頼るだけで、文章の趣旨が大体掴めるのである。つまり、この場
合、格助詞や過去形などの文型に関する知識は、より正確に理解する
ためのものであって、理解の前提ではない。文章の場合でも、同様な
ことが言える。以上は、日本語を全く勉強していないという仮定のも
とに立ってしている議論であるが、教師の指導や辞書の使用により、
じっさい予測の正解率が徐々に向上していくことができるのである。
従来の日本語教科書が、意味的関連性、あるいは「大人の理解
力」に基づくのではなく、表現の仕方すなわち「基本的な文型」、し
かも「やさしいものから難しいものへ」という順序に基づいて作られ
ており、それが内容を大きく制約していると前に指摘したが、その「
やさしいもの」「難しいもの」を区別する基準に対して、筆者は疑問
に思う。確かに、使役、受け身や授受関係などは、「ます形」よりわ
かりにくい。したがって「ます形」がやさしく、使役、受け身や授受
関係などが難しいと言える。しかし、多くの場合は、そういう意味の
難易度ではなく、具体的に日本語能力試験のレベルに対応した文型の
ことを指している。つまり、N5~N1という五段階で区分している
。実際、動詞、形容詞、形容動詞といった一定の規則のある用言活用
を除けば、違う文型は互いに基礎や前提になるという関係性を持つも
のではない。言い換えれば、「あまり~ない」という文型と「わりに
」という文型、どちら先に勉強しても差し支えがない。つまり、用言
活用を覚えてしまえば、文型にとらわれることなく、内容を中心にテ
キストを選ぶことができるのである。もちろん、用言活用は一定のル
ールがあるにしても、それをマスターするには多くの学習者にとって
一苦労である。それについてまとめて一通り説明するが、全部覚えな
くてもよい。どんな活用もかならず繰り返しでてくるので、時間が経
てば、自ずと習得できるようになる。
13
3. 実施方法
それでは、以上述べてきた考え方に沿った実際の教え方につい
て説明したい。
最初回の授業では、まず日本語の性格および日本語と中国語と
の関係について2点にしぼって紹介する。すなわち、(1)日本語は
漢字、平仮名、片仮名交じりの言語で、漢字はもちろん漢語から借用
したものであるが、平仮名、片仮名も漢字から変形したもの。(2)
日本語は膠着語で、用言に活用があり、助詞、助動詞の使い方がとて
も大事である。そのうえ、学習の手順と各段階の到達レベルについて
説明する。基本的には、1年半から2年間で日本語能力試験N1の水準に
達することを目指す。
授業は、主に以下の4段階に分けて実施する。(1)仮名の学
習、(2)用言および助詞の学習。(3)数百字程度の短文の読解。
(4)千字程度のやや長い文章の読解。(5)文章の長さを気にせず
、内容中心の学習。それぞれの段階の具体的な実施状況について少し
具体的に説明しよう。(2)から(5)までの段階にわたって、筆者
編著の『日本語能力試験N1文法詳解』(華東理工大学出版社、以下は
『文法詳解』と略称)を手引きとして使っている。
(1)仮名の学習。仮名の説明は1時間程度で済ませる。特に
中国語にない促音、長音の発音に注意を促すが、発音練習などは授業
時間以外でしてもらう。今は、スマートフォン、パソコンをはじめ、
デジタル音声が容易に使えるから。ほとんどの人は、10日程度で、平
仮名と片仮名を完全にマスターができる。片仮名の使用頻度は平仮名
により低いため、多くの学習者は日本語学習を始めてからかなり時間
が経っても覚えられないという事情を鑑み、50音図とローマ字配列で
説明し、英語から来た外来語を例として挙げ、英語と日本語ローマ字
読みの対応関係を覚えさせる。そうすると、片仮名語は単なる無意味
な音節の配列ではなくなり、学習者は自分の英語語彙を有効に活用す
ることができるようになる。
(2)文の構造および用言、助詞の学習。この段階の学習は仮
名学習と同時進行し、4時間程度で済ませる。日本語文の構造を四種
類に分けて説明している、すなわち(a)(b)断定文(~です、~だ、
~である)、(c)自動詞が述語となる文、(d)他動詞が述語となる文、
(d)形容詞、形容動詞が述語となる文。(d)を除いて、文の構成順序
は中国語と同じである。動詞、形容詞、形容動詞といったいわゆる用
言には活用があり、活用規則を覚えておく必要があると説明し、例に
倣って練習させる。五段動詞と形容詞の連用形の学習を例にすると、
まず、次のような変形を示しておく。
五段動詞
書く →
書か
形容詞
早い →
早く
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続いて、「行く」「待つ」「話す」「乗る」などの五段動詞と
「暑い」「近い」「高い」「低い」などの形容詞の辞書形を与え、例
に倣って変形の練習をさせる。ほかの活用形についてもだいたい同じ
である。いずれも規則正しい配列なので、五十音図に頼れば、間違え
る人はほとんどいない。最初は、何のためにいろいろな活用形に変え
るか、つまり各種活用形の使い方について詳細に説明せず、ひたすら
変形の規則を覚えさせる。助詞の学習に関して、一つずつ説明するで
はなく、あらかじめ『文法詳解』にある助詞一覧表に沿ってまとめて
助詞の分類を大雑把に説明する。総じていえば、共通な規則のあるも
のを先に抑えておく。説明は数時間で済ませているので、学習者は覚
えきれないのは当然である。むしろ、最初から一気に覚えさせようと
せず、用言活用と助詞が膠着語としての日本語文において重要な役割
がわかってもらえるだけで事足りる。
(3)短文の学習。前の2段階を経てから、いよいよ読解に入
る。最初は日本語能力試験N4、N3程度の数百字の短い文章を4、5篇
読ませる。この段階では、プリントにある漢字にはふりがな、外来語
には原語を付ける。前の2段階では、教師の解説が中心だが、この段
階からは、学生中心となり、教師はコーチ役に徹する。最初に読むも
のには、たとえば、こんな文がある。
け
さ
はや
お
ひ と り
さん ぽ
で
か
ときどきすわ
今朝は早く起きたので、一人で散歩に出掛けました。時々坐
やす
かわ
ちか
じ かん
ある
いぬ
って休みながら、川の近くを1時間くらい歩きました。犬
ひと
jogging
たくさん あ
と散歩している人やジョギングをしている人に、沢山会いました。
従来の方法とは違って、あらかじめ新出単語、それから文法事
項の説明はしない。まず学生に一人一文ずつ朗読させたうえ、中国語
に訳してもらい、その後、教師は解説する、という手順をとるが、朗
読の際に、発音を直したりする。面白いことに、全くの初心者でも、
このような文はかなり正確に推測できる。間違いやすいのは「沢山」
のような現代中国語となかなか結びにくいもの。それを固有名詞とし
て、「○○さんに会った」というふうに理解する人がある。この段階
では、学習者はまだ辞書使用の習慣を身に付けてないし、そもそも辞
書をまだ購入していない人が多い。辞書を使用すれば、このような問
題が解消できる。初心者でもこの文の意味をかなり正確に推測できる
のは、中国人の漢字力に加えて、大人の常識が働いているからである
。中国語文と比較してみよう。
1.今朝は早く起きたので、一人で散歩に出掛けました。/今天
早上起得早,一个人出去散步了。
2.時々坐って休みながら、川の近くを1時間くらい歩きました
。/时而坐下来休息,在河的附近走了一个小时。(「ぐらい」の意味
がわからない)
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3.犬と散歩している人やジョギングをしている人に、沢山会い
ました。/见到遛狗的人、慢跑的人。(「たくさん」の意味がわから
ない)
上の日中対訳を見てわかるように、日本語漢字と中国語漢字が
ほぼ対応していて、学習者は日本語文法の知識に頼らなくても、「常
識」で文の意味を十分推測できるのである。中国人日本語学習者にと
っての効率的な学習方法は、文脈のなかで「文法」を学ぶことであり
、「文法」を学んでから「文」を読むことではない。文1に即してい
えば、だいたい次のような具合に解説する。「今朝は」のなかの「は
」は係助詞で、話題を表す。「早く」とは形容詞「早い」の連用形で
、用言の一種である動詞「起きる」を修飾する。「起きた」とは一段
動詞「起きる」の過去形。「ので」は原因を表す接続詞。「を」は移
動性の動作の経過する場所を表す。「散歩に」のなかの「に」は、目
的を表す。
はじめのうち、解説しなければならない文法事項が甚だ多く、
一回、二回ではなかなか消化しきれないかもしれない。しかし、上記
の文法事項は繰り返し出てくるもので、10回も解説すれば、自ずと理
解できるようになる。つまり、ある特定の文法事項を集中的に学び、
それが理解できてかつ使えるようになってから、別の特定の文法事項
に移るという従来の教育法と違い、最初から文法事項を特定せず、生
の言語表現において繰り返しを通して文法事項を学ぶ。これは一見手
順の違いに過ぎないが、じつは従来の教育法と徹底的に違う。つまり
、この方法の採用により、文法文型表現の制約に縛られることなく、
内容中心に文章を選ぶことができ、文法文型中心の学習から内容中心
の学習への転換が可能になったのである。
(4)やや長い文章の読解。数百字程度の短い文章を4、5篇
読んで、日本語文の構造、用言活用、助詞の使い方などに慣れてきた
ら、徐々に文章の長さを増やし、内容も単純な叙述的ものから論理的
なものに移っていく。たとえば、日本語学習を始めてから約1か月後、
1992年日本語能力試験N2の過去問題「詐欺の話し」を読解文に使う。
中国国内で広く使われている基礎日本語の教科書『新編日本語』(周
平、陳小芬编著、上海外国語教育出版社)著者の設定した進度にした
がえば、1か月半の時点では第1冊第5、6課辺りになる。では、「詐
欺の話し」と『新編日本語』第1冊第6課「大学の生活」の難易度を
比較してみよう。
「詐欺の話し」と「大学の生活」難易度の比較
内容
詐欺の話し
字数
文の平均的長さ(字)
1072
19.08
単語数
263
16
主要な文型
(出る順番に従う、重复省略)
~たり、~ちゃう、~ておく、
動詞連用形+に、お段未然形+とする
~てくれる、わけにはいかない、
お+ます形+する、~てもよい、
五段動詞仮定形
~てやる、五段動詞使役文
大学生の生活
518
9.97
131
動詞ます形、動詞ます形の否定
形、から~まで
上表の通り、文章全体の長さ、文の平均的長さ、助詞助動詞を
除く単語数、文型のすべての面にわたって、「詐欺の話し」は「大学
の生活」より複雑になっていることがわかる。それだけでなく、前者
は相当複雑な展開を持つストーリーがあり、そのストーリーに基づい
てある主張が提起され、つまり論理性がある。それに対して、後者は
、ただ一日の出来事を時間順に叙述するにとどまる。
こんな難しい内容は入門者にはちゃんと理解できるのか、と心
配の声が聞こえてきそうだが、実際、前の短文学習の段階を経て、学
生は日本語の構文に少しずつ慣れてきているし、そして辞書あるいは
『詳解』などで知らない単語や文型を調べる方法を次第に身に付け、
文の意味を90%ぐらい正確に予測できる。とくに電子辞典を使うと、
素早く検索できるうえ、複数の辞書を同時に参照することによって、
わかりやすい説明や例文を選ぶことができる。もちろん、この段階で
も引き続き用言の活用、助詞助動詞の使い方など文法事項を説明する
が、繰り返しているうちに、要説明事項がしだいに減り、その分、読
解のスピードも徐々に上がっていく。「詐欺の話し」の読解学習の所
要時間は8時間程度で、「大学の生活」の編著者推薦時間とほぼ同じ
であるが、前者の長さは後者の半分ぐらいだから、どちらは効率的な
のか一目瞭然である。この段階は約1か月続き、それで一学期が終わ
る。
(5)内容中心の学習。第一学期に(1)~(4)の段階を終え、
第二学期から(5)の段階に入る。つまり、文章の長さとか、文法表
現とかあまり気にせず、内容を中心にテキストを選ぶ。基本的には、
まず社会、歴史、文化、生物、暮らしなどのいわゆる「世界知識」か
ら着手し、それから日本に絞っていく。
たとえば、第二学期の第一週目から、NHK番組「ダーウィン――
神に挑んだオタク」を使う。番組はダーウィンの生い立ち、進化論の
形成過程および影響などについて詳細に紹介するものである。学生た
ちは高校のとき、生物または歴史の授業でダーウィンの進化論を学ん
だことがあり、文章の内容に対して予備知識を持っている。読解の推
測にあたって、それがかなり有利に働く。例えば、中にはこんな段落
がある。
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当時のヨーロッパは、人々の暮らしは勿論のこと、科学の世界までキリスト教が大
きな影響を与えていた時代。すべての生き物は、偉大なる神様が作り出したもの、そ
れ以来、姿、形は変わっていない、という考えが絶対でした。中でも人間は、神の自
分自身の姿に似せて作った特別な存在。しかし、ダーウィンの考えに基づけば、人間
もほかの動物と同じ祖先から枝分かれした生き物です。最も近いのは猿、ということ
になります。これは、神の行いを侮辱し、人間の尊厳を貶めるものでした。
「貶める」のような単語は、おそらく日本人の大学生でも難し
いと思うが、中国人大学生にはわからない人はいないはずである。中
国人学習者の漢字力、そして背景知識を持っているため、この段落の
意味はほとんど説明する必要がない。しいてするなら、仮定形を復習
する程度である。そうなれば、進度が速くなるし、学生も自分の推測
がほとんどミスなしだから、達成感がある。
日本関係の内容なら、和室、日本料理、自然環境、雇用情勢、
国債、生活保護、高齢化少子化などに及ぶ。例えば、生活保護の文章
を読んで驚いたという学生は何人かいた。ずっと日本人はみんな豊な
暮らしをしていると思い込んでいたという。こうすれば、日本語学習
と日本研究が同時進行でき、日本語科の学生でも大学生にふさわしい
勉強ができるようになる。
4.インプットからアウトプットへ
学生のアウトプットをも重視する。最初は既出文型を使って文
を作る練習、それから紛らわしい類義語の使分け練習をさせる。毎回2
00字程度暗唱の宿題も出している。暗唱を続けると日本語の語感がよ
くなり、知らず知らず口頭表現および筆記表現の力が向上していく。
第一学期の後半から、授業内容の要旨を口頭で表現する練習をさせて
いる。多くの学生は、プリントを見ずに学んだ言葉や文型を使いなが
ら、内容をまとめることができる。第二学期から、文型や類義語で文
を作る練習を課し続けるが、ある文の勉強が終わってから、感想文を
書かせている。たとえば、第二学期の中間あたり学んだ江戸川乱歩紹
介に対する感想文に、こんな内容があった。
「……そう推測すれば、日本人たぶん私と同じ、いっぱいの怒
りと不満や隠された欲望があるだろう。礼儀正しくても、心に孤独と
不安と暗闇がたくさんあるだろう。だからこそ、半沢直樹のように『
やられたらやり直す』と言いたく、サスペンスと暗い物語りに特に興
味を持つかもしれない」。
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この文は原稿用紙2枚の長さ。中には、誤用が少なからずある
。例えば、「日本人」の後ろに助詞脱落しているとか、「やり返す」
を「なり直す」に間違えたりしているが、伝えたいことがわかる。
ある学生がNHK番組Begin Japanology「花粉症」にならって、
1200字程度の中国の大気汚染現状を紹介する文章を書いたが、その冒
頭は次のようになっている。
「近来、中国では大気汚染の悪化が止まりません。北京市や、
上海市、北方の各都市ではPM2.5による煙霧に覆われ、深刻な汚染に陥
ります。汚染レベルの高い日に、視線が10メートル未満であり、交通
が渋滞になり、人々の生活も乱されます。街角にはマスク
をつけた人々が大勢現れます。
お彼らはPM2.5を防ぐ人々です。
では、悪影響ばかりもたらす
PM2.5とは一体何でしょうか。
中国学入門、今回のテーマは
PM2.5。
中国高度経済成長期に起こ
った環境問題に迫ります。」
こうなると、日本語は単に学習対象にとどまらず、表現の手段
ともなってくる。このような文章を書くには、さまざまな概念や状態
を表す単語が不可欠だが、それら単語の多くは、日本語、中国語と共
通していて、中国人学習者はふだんから使っている中国語の単語をほ
ぼそのまま日本語文に入れるだけで文章の意味が通じる。すなわち、
中国人日本語学習者の漢字力は、読解のみならず、作文にも大いに力
を発揮できるのである。そして、いったん口頭や文章で自分の考えが
伝わると、なかなか忘れなくなり、つまり理解から使用へとレベルア
ップするのである。
まとめ
松浦友子は、日本語学習の方法を「文章を学ぶ」と「文章から
学ぶ」との二つに分けているが、前者は単語、文型をはじめとする文
章そのものに対する理解、後者は文章の表現内容の理解に力点を置き
、両者の間に本質的な違いがある。『新編日本語』に代表される中国
の日本語教科書は前者とすれば、筆者の模索しているのは後者である
。単語、文型に拘らずに内容中心に文章を選んでいるため、語彙量が
多い、すべていっきに覚える必要はない。動詞、形容詞、形容動詞と
いった構文に重要な役割を果たすいわゆる用言、そして文型以外は、
理解するだけでよい。実際、繰り返し出てくるものは、わざわざ覚え
ようとしなくとも、そのうち自ずから覚えてしまう。
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5年前にこの方法を取り始めたころ、同僚には不安視する人も
いた。しかし、効果が現れはじめると、心配がある程度払い拭われた
。この方法で日本語を学んだ人は、1年間で日本語能力試験N2の合格
率が約75%、一年半でN1の合格率が約30%。2年でほぼ全員N1に合格
でき、合格率は平均よりはるかに高くなっている。もちろん、南京大
学は偏差値が高いので、学生の学力はもともと高いということも日本
語能力試験の合格率を押し上げ、高い合格率の原因をすべて学習方法
の見直しに帰するのは不適切かもしれないが、この方法は少なくとも
偏差値中間レベルの大学の学生にまで適応可能と思う、この方法を採
るにあたって、学習者に特別な能力を一つ求めていないからである。
冒頭、中国における現在のような日本語学習の盛況は、30数年前
から始まったに過ぎないと述べたが、じつは百年ほど前の清王朝の末ご
ろ、約5、6万の中国人が日本に留学していたと言われている。南京大
学の創設者でもある清末改革派の一人張之洞(
Zhang
Zhidong
)
は、日本留学の推奨にあたって、「日本語が中国語に近く、覚えやすい
」という理由を挙げている。また、戊戌変法の失敗により日本に亡命し
ていた梁啓超は、日本語習得の体験を次のように語っている。「日本語
の学習は、1年間でできる。作文は半年間、文章を読むなら小成し、数
か月で大成する。」(「論学日本文之益」)と。しかし、そのことを知
っている中国人日本語教師はいま少ない。思えば、上に述べた筆者の試
みは、新しいものではない。百年前の先人たちのやり方に倣っているに
すぎない。いずれにしても、漢字の国である中国の日本語学習者は、漢
字を全く知らない国の人と同じ方法、同じ教科書で日本語を学ぶという
ことは徹底的に見直さなければならない。
Recebido para publicação em 14-05-15; aceito em 16-06-15
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