青木研究室からの政策提案

政策提案 第1号
2010 年 6 月
青木研究室からの政策提案
東北工業大学 大学院 土木工学専攻 地域・都市政策研究室
内容:
• 合意形成
• コンパクト・シティ-
• 中心市街地活性化
• コミュニティー再興
• 交通安全
• 景観再生と規制
はじめに
土木計画の目的は、ダム
や道路、鉄道、空港などの
社会基盤施設の整備計画
を立案することだけではあり
ません。そもそも、土木工学
の目的はそれらの施設の整
備や運用を通じて、社会全
体を良くすることにありま
す。そのため、土木計画の
目的も、自ずから「社会を良
くするために、土木施設の
整備や運用に関わる計画を
立案すること」となります。
土木計画分野は、これま
での国づくりや地域づくりに
一定の貢献を果たしてきま
した。しかし、それと同時
に、十分に研究がなされて
いなかったために、税金の
無駄遣いと揶揄される結果
になってしまった例もありま
す。その反省を踏まえ、でき
る限り科学的に政策立案は
行われるべきだと当研究室
では考えております。
そこで、当研究室が行っ
てきた研究が少しでも世の
役に立てばと思い、政策提
案というかたちで研究成果
を簡潔にまとめることにいた
しました。
実務に携わる方から見れ
ば、稚拙な提案も含まれて
いるとは思いますが、定期
的に研究成果を反映させ、
改善していければと考えて
おります。ご興味のある方
はお気軽にご連絡いただけ
れば幸いです。
青木俊明
土木事業における合意形成の進め方
これまでの研究では、話
し方が相手の態度に大きな
影響を持つことが分かって
おります(文献1)。これを踏
まえれば、合意形成の準備
段階として、「対話マナー」を
研修等で訓練しておく必要
があると思います。事例を
調べていると、話し方に起
因したコンフリクトが予想以
上に、多いのが実情のよう
です。
次に、合意形成を行って
いく上で必要な要素として、
「忍耐」と「誠実さ」が挙げら
れます。特に、ネガティブな
感情を持たれやすい事業で
は、忍耐が重要になります。
現在、一般に、行政に対
する信頼感は高いとは言え
ないため、行政の提案が素
直に受け入れられることは
多くないと思います。もちろ
ん、損失を被る方がいない
ような事業では、円滑に話
が進む可能性が高いです
が、一部または多くの関係
者が損失を被るような事業
では、拒否から交渉が始ま
ることも少なくありません。
このような場合、「公正な
手続き」が重要になります。
公正な手続きとは、徹底し
た情報公開や相手を尊重し
た対応、市民の発言機会の
確保、代替案を修正する余
地があること、などです。特
に、相手を尊重した対応は
重要な要素であり、それに
よって反対運動が推進運動
に変わった例もあります(文
献2)。したがって、公正な
手続きを徹底的に進めるこ
とが、円滑な合意形成につ
ながると言えます。
さらに、事業自体の正統
性も重要になります。正統
性がなければ、公正な手続
きに努めても、反対意見を
持つ方から合意を得ること
は難しいと思われます。
ところで、概ね合意がとれ
ている状況で、PI 等を実施
すると、否定的感情が高ま
る可能性があります(文献
3)。そのため、合意後は速
やかに事業実施が望まれま
す。
コンパクト・シティーの効率的実現策
駅周辺や都心部に住み、
公共交通を中心としたライフ
スタイルを送ってもらうという
コンパクト・シティーを実現さ
せるためには、共同住宅へ
の居住促進が重要な鍵とな
ることは否めません。しか
し、都心部の共同住宅への
居住促進は予想以上に難し
いと言えます。
これまでの研究では、居
住地選択の重要要因は、
「都心部までのアクセシビリ
ティ」と「地価(家賃)」である
ことが分かっています。しか
し、それだけでは、利便性が
低い場所にある高級住宅地
への立地は説明できませ
ん。そこで、「自己概念」とい
う概念を使うと、そのような
立地行動をうまく説明できる
ようになります。
これは、「人々が目標とし
ているライフスタイル」が立
地行動に大きな影響を与え
ていることを意味していま
す。そのため、コンパクト・シ
ティーを進めるためには、
「目指すべきライフスタイル
像」を変える必要がありま
す。事実、「結婚後は一戸建
てを持つべきだ」という規範
意識が立地行動を強く規定
していることが分かっていま
す(文献4)。ライフスタイル
像を変えるためには、メディ
ア等を使い、共同住宅が望
ましい印象を促す努力が必
要だと言えるでしょう。
中心市街地活性化と消費者行動
鉄道整備を整備して
も、コンパクトな都市構造
にはならないかもしれな
い。別の戦略も必要な可
能性がある(写真は那覇
市と高松市)。
中心市街地衰退の原因
は複数あります。駐車場不
足もその一つですが、それ
が解消されても市街地自体
に魅力がなければ、消費者
を集めることは難しいので
はないでしょうか。
これまでの消費者行動研
究をみてみると、中心市街
地が消費者を引きつける要
因は「非日常体験ができる
かどうか」です(文献5)。こ
こで言う非日常体験とは、
新鮮さ、リフレッシュ、ワクワ
ク体験、探検心が満たされ
ること、などからなります。こ
れらを体験できるかどうか
が中心市街地復興の鍵に
なると思われます。
一方、郊外のショッピング
モールは全てが悪だと言え
るでしょうか?実際、郊外の
大型モールができたことで、
過疎地域に雇用が生まれ、
生活利便性が高まったこと
は事実です。都市周辺で
も、郊外モールによって、日
用品の買い物が格段に便
利になったと思います。
これらのことを考えれば、
中心市街地と郊外モールの
住み分けが重要になりま
す。具体的には、映画やブ
ランド品などの非日常財は
主に中心部のみで販売し、
郊外モールは食品や生活
雑貨等の日常財のみとする
「品目別販売規制」が有効
だと思われます。ただし、そ
の区分けや適用地域選定
には課題が多く、まだ研究
段階と言えます。
コミュニティー再興
都市の郊外には、映画
館や専門店を備えたショ
ッピングモールが開発さ
れているが、全ての郊外
型モールが中心市街地を
衰退させるとは限らない。
(写真は米国のモール)
現在、コミュニティーが置
かれている状況は極めて厳
しく、都心部では隣人すら知
らずに暮らしている人が多
く、居住地を中心とした人間
関係は壊滅的状態にあると
すら言えます。
善につながる」と言います。
その通りだと思いますが、こ
れは話が大きすぎて、なか
なかコミュニティーレベルで
取り組める施策にはなりま
せん。国としての取り組みに
なります。
このような状態のコミュニ
ティーを再興させ、人々が互
いに信頼し合い、協力的に
振る舞うようになるにはどう
したらよいでしょうか。
では、コミュニティーレベ
ルでは、どのような取り組み
が考えられるでしょうか?
E. アスレイナー教授は
「経済的格差をなくすことが
ソーシャルキャピタルの改
私のお勧めは、「小さな事
業で住民参加を数多く行う
こと」です。これにより、近く
に住む参加者が互いに知り
合えることになります。ワー
クショップ(WS)形式で行え
ば、議論を行うため、数回の
後には互いに信頼感が生ま
れてきます。そして、一体感
が生まれれば、地域のこと
も自分のことと併せて考え
るようになります。地域に対
する愛着も芽生えてきます。
行政にとって、住民 WS
の多数実施は負担が大きい
かもしれません。しかし、長
期的にみれば、住民が自ら
地域のために活動するよう
になるので、利点の方が大
きいのではないでしょうか。
安価で簡易な交通安全施策
財政緊縮化に伴い、安価
だが効果の高い施策が求め
られるようになってきました。
その一つがカラー舗装です。
カラー舗装の目的と効果
を問うと、多くの方が注意喚
起と答えると思います。実
際、注意喚起が主な効果な
のですが、最近の研究で
は、カラー舗装を頻繁に通
行した場合、非舗色路(着色
されていない普通の舗装路)
でも、いままで以上に歩行者
に注意して運転するようにな
ることが報告されています
(文献6・7)。つまり、カラー
舗装の意味を理解し、それ
に従った行動を日常的に繰
り返すことで、運転時の注意
喚起が習慣化され、費舗色
路でも安全運転を心がける
ようになるというものです。
ため、高まった安全運転傾
向は長期に渡って継続され
ることが期待できます。
この考え方には、理論的
に2つの前提条件が必要と
されております。1つは、「刺
激の意味が理解されている
こと」です。つまり、カラー舗
装が注意喚起を促すもので
あることが理解されているこ
とです。他方は、「刺激に繰
り返し接すること」です。これ
は単純接触効果と呼ばれて
いますが、日常的にカラー舗
装を通行することで、それに
対して好意的な態度が形成
され、注意喚起という行動が
促されやすくなります。この
とき、自己概念の変容が伴う
この仕組みを使えば、安
価な対策でも、一般的な道
路上での運転マナーを改善
するような方策が検討できる
ようになります。ただし、「接
触頻度が高いこと」と「趣旨
が理解されていること」が前
提になるので、この条件を満
たす施策を探すことは大変
かもしれません。
いずれにせよ、まだ端緒
に着いたばかりの研究です
ので、今後の展開が期待さ
れております。
カラー舗装の効果は、目
に見えない部分まで含めれ
ば、我々が想像する以上に
大きいかもしれない。カラー
舗装によって、安全に運転
する傾向が高まる可能性が
ある(写真は山形県西川
町)。
伝統的景観再生の効果と商業広告の規制
余暇の過ごし方における
観光の比重が高まっている
ことは多くの方が知るところ
と思います。しかし、かつて
の有名観光地が見る影がな
いほど退廃していることも少
なくありません。そのような
観光地を復興させ、地域経
済を活性化すrためには、高
まりつつある観光ニーズに
対応することが必要です。で
は、どのような観光ニーズが
高まっているのでしょうか?
1つとして、日本らしく、美
しい景観を体験することで
す。事実、滋賀県彦根市の
夢京橋キャッスルロードなど
は、伝統的な景観を再生し
たことで来客数が大幅に増
加した例と言えます。また、
妻籠宿に代表される長野県
木曽地方の旧宿場街道は毎
年多くの観光客であふれて
います。つまり、伝統的な景
観を再生することは地域再
生のためのビジネスとして成
立するのです。さらに、誇り
を持てる景観が形成される
ことによって、地元住民の待
ちに対する誇りや愛着が高
まることも期待できます(文
献7)。したがって、地元の伝
統に則した景観整備を進め
ることは地域興しの第一歩と
言えるかもしれません。ただ
し、具体的なプロセスやノウ
ハウが明らかになっていな
いので、景観再生を進める
ためには、ノウハウの蓄積と
効果が必要になります。これ
については、ほとんど研究
がないので、今後の課題と
言えます。
ところで、私たちが日頃、
何気なく目にしている景色の
1つに「商業看板」がありま
す。商業広告である商業看
板は、単に商品をアピール
する以上の効果を持ってい
る可能性があります。カラー
舗装が非舗色路での安全運
転を促すという現象と同じ理
屈を用いて商業広告の効果
を検討すると、商業広告が
利己的な行動を促している
可能性が浮かび上がってき
ます。これについては、現
在、調査準備中のため、調
査結果が明らかになり次
第、報告したいと思います。
私たちは、自分で思っている
以上に、無意識の領域で
様々な影響を受けて行動し
ているようです。
いずれも研究成果が出て
いないため、仮説に過ぎま
せんが、調査を進め、政策と
して提案したいと思います。
景観を整備することによ
って、観光客が増える。その
ため、景観整備は地方経済
の復興の鍵にもなりうる(写
真は妻籠宿)。同時に、景
観は人々の行動にも影響を
与えている可能性がある。
おわりに
東北工業大学
〒982-8577
仙台市太白区八木山香澄町 35-1
TEL:
022-305-3507
本提案は、理論研究に基
づいているため、具体性に
欠ける傾向があります。さら
に、各分野の課題に対し
て、ピンポイントで提案して
いるため、その分野の問題
に体系的に対応していませ
ん。そのため、改善の余地
も多く残されています。
FAX:
022-305-3501(学科事務室)
E-MAIL:
[email protected]
これらの問題を解決して
いくためには、地道に研究
を重ねていく必要がありま
す。したがって、少しずつに
ならざるを得ないのですが、
千里の道も一歩からと言う
気持ちをもって研究を重ね
ていきたいと思います。
最後に、お読みいただい
た稀少な皆様には厚く御礼
申し上げます。今後の更新
時期は全く不明ですが、年
に1回は更新したいと思い
ます。叱咤激励の意味も含
め、ご意見がある方は遠慮
なく、メールをいただければ
ありがたく思います。
青木俊明
参考文献
文献1:青木俊明・福野光輝・大渕憲一:説明者の印象が生み出すボタンの掛け違い現
象, 土木計画学研究・講演集 CD-R, 2003.
文献2:青木俊明・鈴木嘉憲:胆沢ダム開発にみる合意の構図,土木学会論文集 D,Vol.
64, No. 4, pp.542-556, 2008.
文献3:Folger, R.: distributive and procedural justice: Combined impact of voice and
improvement on experienced inequity. Journal of Personality and Social
psychology, 35, 108-119, 1977.
文献4:白井宏和・青木俊明:住居形態選択の心理機構,土木学会東北支部技術研究発
表会講演概要集, pp.538-539, 2006.
文献5:山崎 翔・金澤雅之・青木俊明:中心市街地訪問による快感情の生起に関する研
究:自己形成モデルに基づく試論,土木計画研究・講演集,Vol.34,CD-R, 2006.
http://www.tohtech.ac.jp/~civis/d
oboku/aoki/index.html
文献6:Toshiaki AOKI. The Behavior change in Traffic Safety caused by the Colored
Pavement: Traffic Safety Behavior on the Non-colored pavement, WCTR, 2010.
文献7:青木俊明:カラー舗装による交通安全行動の多元的喚起:非舗色路での交通安
全行動, 第 40 回 土木計画学研究・講演集 CD-R,No.181,2009.
注:上記文献には査読付ではない文献も含まれておりますが、それらは全て鋭意執筆中であること
を付記させていただきます。雑務に負けず、時間を確保し、必ず投稿したいと考えております。
つづく
東北工業大学大学院 土木工学専攻
都市地域計画究室