異常ホール効果と絶縁破壊現象の量子輸送理論

異常ホール効果と絶縁破壊現象の量子輸送理論
小野田
繁樹
(独立行政法人理化学研究所)
Email: s.onoda_atmark_riken.jp
URL: http://www.riken.jp/lab-www/cond-mat-theory/onoda/index.html
本講演では、異常ホール効果と絶縁破壊現象という二つの量子輸送現象に対して、理解の鍵を握
る歴史的な経緯にも触れつつ、近年我々が構築することに成功した微視的統一理論を紹介し、関連
する実験と比較検討する。また、理論的な興味として、量子輸送理論と非可換量子力学の関連につ
いても触れる。以下、重要な研究背景・成果・結論を、項目ごとに簡潔にまとめた。この研究分野
の潮流と最新の発展を理解するために役に立てば幸いである。
1.
異常ホール効果における内因(intrinsic)機構と外因(extrinsic)機構の統一理論
(ア) 強磁性とスピン軌道相互作用。
異常ホール効果は、ゼロ磁場極限の強磁性自発磁化とスピン軌道相互作用の結合効果とし
て生じる相対論的量子輸送現象である。
(イ) 内因機構:トポロジカル・ホール電流。
異常ホール効果の内因(散乱によらない)機構が、バンド間遷移による電流の寄与として、
Karplus-Luttinger により厳密に定式化された。近年、一電子描像において、この異常ホー
ル伝導度は Bloch 波動関数の Berry 位相の曲率を全占有状態にわたる積分量に、伝導度の量
子化単位 e 2 / h をかけたものによって与えられることが示された。特に、chemical potential
がバンドギャップ内にあるときには、量子ホール効果を与える。したがって、異常ホール伝
導度が e 2 / ha (a:
格子定数)程度となるときは、一般にはスピン軌道相互作用と磁化につ
いての摂動論は許されない。
(Karplus-Luttinger は同じ論文の後半で、スピン軌道相互作用
と磁化について展開をしている。)
(ウ) 外因機構1:Skew 散乱(Mott 散乱)。
Boltzmann 輸送理論において Mott 散乱から生じる緩和時間に比例した通常の輸送電流。
(エ) 外因機構2:side-jump。
散乱により電子の軌道が垂直方向に変位して生じる緩和時間に依存しない電流。
(オ) 異常ホール効果の半古典的 Luttinger 理論。
Kohn-Luttinger の電気伝導度の表式に基づき、内因機構と外因機構を統一する。結論は、
内因機構は一般にはキャンセルしないものの、金属においては Skew 散乱による寄与が支配
的である。しかし、この表式は、 E Fτ あるいは k F l と、さらに E SO / E F に関する二重展開と
なっており、必ずしも妥当ではない。異常ホール効果は、 E SO / E F について非摂動論的とな
ることがある(parity anomaly)。
(カ) 量子輸送理論による統一的取り扱い:
ゲージ共変な Wigner 空間(中心座標(時間を含む)と相対エネルギー・運動量)におけ
る非平衡グリーン関数法(非線形・非平衡に対する久保公式を現実に計算する手段を与える)
を用いて、非平衡量子分布関数を直接計算する。不純物散乱は自己無撞着なT行列近似で扱
うため、緩和時間の短い領域をも取り扱うことが可能である(局在効果は含まない)。
(キ) 量子輸送現象におけるクロスオーバー:
散乱体密度が極めて低いときの外因機構(Skew 散乱: σ xy ∝ σ xx )、中程度のときの内因
機構(Karplus-Luttinger: σ xy ~ const . )、高いときの減衰した内因機構( σ xy ∝ σ xx
1.6
)。
(ク) 有限温度におけるクーロン相互作用による非弾性散乱の効果。
(ケ) 実験による検証。
2.
スカラー・スピン・カイラリティー、幾何学的位相、異常ホール効果
(ア) noncoplanar な磁気構造、局所的スピン座標軸の回転、仮想磁束
2つの格子点上の互いに(反)平行でないスピンを、局所スピン座 標軸の回転によって、
collinear なスピンとして表現することは常に可能である。このとき、格子サイトによって異
なるスピン座標軸での表現に伴い、1電子トランスファーに幾何学的位相が生じる。同様に
して、3つの格子点上のスピンが1つの面内に存在しない(noncoplanar)場合には、この系の
Hamiltonian の collinear スピン構造による表現は、1電子トランスファーに実空間での仮想
的な磁束を含む。
(イ) 仮想磁束、一様スピン・カイラリティー、異常ホール効果と Kerr 効果。
通常の2次元系においては、仮想的磁束を全空間で平均するとゼロになる(ストークスの
定理)。スカラー・スピン・カイラリティー(スピンのスカラー三重積)が一様成分をもつた
めには、少なくとも2つの異なる伝導ネットワークが必要となる(カゴメ格子、3次元では
パイロクロア格子)。この場合、この仮想磁束によるホール効果が生じる。
(ウ) パイロクロア系におけるスピン・アイスとスピン・カイラリティー。
(エ) 金属スピン・アイス系に対する第一原理計算と、今後の課題。
3.
バルク絶縁体の絶縁破壊現象
(ア) Landau-Zener Hamiltonian と量子トンネル効果。
直接バンドギャップをもつ絶縁体におけるトンネル電流(電場の非摂動論的効果)。
(イ) 非可換 Moyal 積を用いた量子輸送理論による、電場の非摂動論的取り扱い。
全電流は、Landau-Zener トンネル電流と輸送電流(不純物散乱の効果)の和で表される。
(ウ) 微分コンダクタンスにおける極大・極小。
(エ) 電場下での Scunning Tunneling Spectroscopy (STS)による``局所状態密度’’。
絶縁破壊が起こると、電場輸送電流を担う共鳴ピークと、トンネル電流を担うギャップ構
造の2つが共存する。
4.
参考文献
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S. Onoda, N. Sugimoto, N. Nagaosa, Progress of Theoretical Physics 116, 61 (2006).
z
S. Onoda, N. Sugimoto, N. Nagaosa, Physical Review Letters 97, 126602 (2006).
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S. Onoda, N. Nagaosa, Physical Review Letters 90, 196602 (2003).
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I. Kezsmarki, S. Onoda, Y. Taguchi, et al., Physical Review B 72, 094427 (2005).
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T. Miyasato, N. Abe, T. Fujii, A. Asamitsu, S. Onoda, Y. Onose, N. Nagaosa, and Y.
Tokura, cond-mat/0610324.