ホスピタリティ性を求められる対人サービス従事者の 「感情労働」 における組織的支援モデル An Essay on the Framework of Organized Support System for Emotional Labor of Hospitality Service Workers 田 村 尚 子 Hisako TAMURA 要旨 本研究の目的は、感情労働を行う対人サービス従事者が、心の健康を保持しつつ、ホスピタリテ ィ性の高いサービス業務を行えるように、業種・職種を問わず有効と考えられる「組織的支援の枠 組み」を組織論の視点から提示することである。 具体的方法として、次の つの仮説を設定し、インタビュー調査を通して検証を行った。 仮説 チーム力が感情労働の負担を軽減する。 仮説 仕事において一定の裁量性を付与することは、感情労働の負担を軽減する。 仮説 感情管理技術は感情労働の負担を軽減する。 上記の調査結果に関する分析・考察を基に、基本的な組織的支援( 層支援)モデルを検討し提 示した。 Abstract The objective of this document is to investigate and analyze the framework of organized support system for emotional labor of service workers, and to find out an adequate model. The burden experienced by service workers due to forced emotional labor is increasing ; therefore, administrators and managers of firms need to develop precautionary measures to reduce such burden. According to precedent studies and my research, which includes hearings, the following measures are considered useful to reduce such burden. First, to establish a system for a workers group or team to support each other and share their experiences ; this is the most useful measure that helps to reduce their stress and burden. Second, to allow a service worker a free hand within certain range ; this is effective, because service workers can then have flexibility in attending to customers. Third, to train and educate service workers to obtain skills ; this is very important, because in order to exercise hospitality, they need to be efficient with confidence. ― ― 西武文理大学サービス経営学部研究紀要第 号( 年 月) [キーワード] ホスピタリティ 感情労働 対人サービス従事者 組織的支援 Keywords : Hospitality, emotional labor, service workers, organized support system ス従事者に対する組織的支援の必要性が指摘さ .はじめに れている。 サービス産業化が進展する中、過度な感情労 本研究の目的は、感情労働を行う対人サービ 働から生じる心理的負担とその弊害(精神疾患、 ス従事者が、心の健康を保持しつつ、ホスピタ 離職等)を軽減する組織的支援の仕組み・体制 リティ性の高いサービス業務を行えるように、 づくりは、対人サービス従事者及び組織(マネ 業種・職種を問わず有効と考えられる「組織的 ジメント)双方にとって重要な課題といえる。 支援の枠組み」を組織論の視点から提示するこ .先行研究の検討 とである。 現在、サービス産業は我が国 GDP の約 %、 − 従業員の約 %を占め、日本経済において大き なウエイトを有している 。産業構造における ホックシールドの感情労働論 「感情労働」は、アメリカの社会学者ホック サービス化の進展は、サービス産業に競争激化 シールド( をもたらし、優位性の一環として顧客対応の質 定義を「自分の感情を誘発したり抑圧したりし の向上を促進させている。実際、対人サービス ながら、相手の中に適切な精神状態を作り出す の現場では、顧客のニーズに合致した高付加価 ために、自分の外見を維持する労働」とする。 値・差別化サービスを継続的に提供すること 本研究もこの定義に拠っている。 )が提唱した概念であり、その が求められている。また、対人サービス従事者 感情労働を必要とする業務の特徴として、① による画一的なマニュアルを超えたホスピタリ 対面もしくは声によるクライアントとの接触が ティ性のある対応(「感情労働」 (後述)を伴う 不可欠である、②従事者は、他人の中に何らか ことが多い)は、顧客に満足・信頼・感動とい の感情変化(感謝の念や恐怖心等)を起こさせ うプラスアルファの心理的価値をもたらし、結 なければならない、③雇用者は、研修・教育や 果として顧客との継続的関係への強化に繋がる 評価・監視等の管理体制を通じて労働者の感情 と期待されている。 労働をある程度統制・支配する、を挙げている。 その一方で、サービス提供側の対人サービス 感情労働者は、 「私が感じる」感情とは別にそ 従事者には、迅速性・正確性などの基本的なサ の職にふさわしい感情(「感情規則」 )が定めら ービスに加えて、 「感情労働」をする場面が一 れているとし、感情規則に沿って自分の感情を 層増大し、過度のストレスや心理的負担が懸念 心の内面でコントロールすることを「感情管 されている。厚生労働省の「小売業におけるス 理」としている。こうした感情管理の基に行わ トレス対処への支援」報告書(平成 年)にお れる感情労働に対し、顧客側はこれに応える義 いても、もはや個人的資質・能力・経験・努力 務はなく、感情の互酬関係が成立しにくい等の のみに委ねるには限界があるとし、対人サービ 特性を挙げている。加えて、前述したように感 ― ― ホスピタリティ性を求められる対人サービス従事者の「感情労働」における組織的支援モデル 情労働が雇用者からの統制(監視・評価)の対 念を理論的背景として、バーンアウトの発生メ 象とされる点等が対人サービス従事者の心理的 カニズム解明へと進展させた研究もある。たと 負担を増加させていると指摘する。 えば、対人サービス職務のどの部分が、多大な 以上はホックシールドの「感情労働」概念の 情緒的資源を要求し、情緒的エネルギーの枯渇 一端であるが、昨今ではサービス産業化の進展 した状態「情緒的消耗感」に至るのか等、バー に伴い、肉体労働、頭脳労働に続く第三の労働 ンアウトの起こる原因について様々な調査対象 として論じられることも多い。そこで、改めて および変数による検証が行われた(Zapf, et al., 対人サービス業務における感情労働の特質を肉 2001 ; Zapf, 2002) 。 体労働、頭脳労働との比較で示すと、①高度な その一方で、感情労働は対人サービス従事者 コミュニケーション・スキルを要する対人性、 に楽しさ、 喜び、 新鮮な刺激等、肯定的な影響を ②不可視性が高く、周囲に認知されにくい等の 与え、 大きな職務満足をもたらす、 という反論も 点が挙げられよう[図表 [図表 ある。 (Wouters, 1989 ; Tolich, 1993) 。 ウーター ] 。 ズ(Wouters, 1989) は、 ホックシールドと同じく ]対人サービス業務と感情労働 客室乗務員の調査結果から、感情労働は対人サ ービス従事者に否定的影響を与えず、 反対に楽し さ、 解放感等をもたらし大きな職務満足を生む、 と 主張する。 また、 小村( ) は、 感情労働者が感 情労働を受容し、顧客に積極的に接近すること により、 顧客が満足し、 その結果感謝や高い評価 を受け、 喜び・自己承認が得られる、としている。 さらに、感情労働が対人サービス従事者にも たらす影響が肯定的となるか否定的となるかは 労働条件に拠るという主張もある。ホワートン (Wharton, − ) は、銀行労働者と病院労働者 ホックシールド以降の研究動向 を対象とした調査結果を基に、肯定的となるか ホックシールド以降も心理学の分野を中心に 否定的となるかは職務における自律性など労働 研究が進展しており、その中でも感情労働が対 条件にかかるとしている。久保( 人サービス従事者に与える反応や心理的影響を ンアウトを回避するために、仕事の進め方にあ めぐり否定的、肯定的の両側面から活発な議論 る程度の裁量の余地・自律性が優先されるべき が展開されている。 であるとし、 「自律性のない職場では、仮にその ) も、バー ホックシールドは、感情労働の酷使に起因す 仕事をやり遂げたとしても、 充実感よりも、 押し る感情的機能不全として、自己疎外感、感情的 つけられたという徒労感が残るだけという場合 な落ち込み、燃え尽き等否定的影響を強調した。 も少なくない。 (中略)仕事の進め方に裁量の さらに、職務上の役割と自分の人格を切り離し 余地が少なく、過重な負担が存在する職場では、 て考えられない人がクライアントとの関係に伴 バーンアウトとともに、他のストレス性疾患の う情緒的負担感に耐えきれず、感情そのものを 発症するリスクも急速に高まる」と指摘する。 人格から切り離した状態(バーンアウト)にな 加えて、職場の上司・同僚の気づきと助言が るリスクが高いと指摘した(Hochschild, 1983) 。 何よりも重要であるとしている(久保, この指摘に示唆を受け、 「感情労働」という概 この点に関し感情労働の観点からコールセンタ ― ― ) 。 西武文理大学サービス経営学部研究紀要第 号( 年 ーの職場環境特性とストレスの関係性について 調査を行った石川( 月) ①対人サービス従事者(働く人)側の視点 )も、職場において上 過度の「感情労働」から生じるストレス、不 司・同僚のサポートが得られない場合、ストレ 満、疲弊などをどう軽減するか、また、どの ス反応は高まるとし、周囲の適切なサポートの ように充実感・満足感などをもつことができ 重要性を指摘している。ウーターズ(Wouters, )は、自己疎外感等の否定的影響に対する るのか。 ②マネジメント側の視点 有効な回避策は、 「感情管理技術」を適切に駆 競争優位のキーとなる顧客対応を担っている 使することであると主張している。 対人サービス従事者の「感情労働」をどう支 社会学からは、第三の「労働」 としての報酬・ 援するか。 (個人の資質・能力・経験・努力 評価に関する研究、ジェンダーの視点からのア のみで対応するには限界がある。 ) プローチ等がある。感情労働者の心理的影響に 関して鈴木( [図表 )は、感情労働が肯定的影響 ]本研究の目的・視点 をもたらす背後にあるメカニズムを「管理者− サービス労働者−顧客」の三者を極とする統制 関係を通して解明している。管理者の統制戦略 の一環として、 「人格的変身(transformation) 」 と「職務の再定義」を例として挙げ、その上で 管理者の統制により感情労働者の「意識されざ る疎外状態がますますひろがる」としている。 .本研究の目的、方法 − 研究の目的 − 研究の方法 前述のように先行研究では主に感情労働が対 ヒアリング調査の結果に基づき仮説を検証す 人サービス従事者に「どのような心理的影響を る。本研究ではいずれの組織にも有効に活用で 及ぼすか」という視点で研究が進められてきた 。 きる支援モデルを構築するため多様な業種を対 本研究が従来の先行研究と異なるところは、 「感情労働がどのような心理的影響をもたらす 象とした。 ①業種;宿泊⑸、飲食⑵、小売⑷、医療・福祉 のか」ではなく、 「対人サービス従事者の心理 ⑶、金融・保険⑶、運輸⑶、娯楽⑴、製造⑵、 的負担をどう軽減するか、反対に充実感・満足 感をもたらすにはどうしたらよいか」に着目し、 教育等⑵ *( )内は組織数 ②ヒアリング対象者;対人サービス従事者及び 組織的視点から支援の仕組み・制度の枠組みを 管理職、経営者( 名;対人サービス従事者 検討している点である。すなはち、感情労働を 名、管理職、経営者 名) 行う対人サービス従事者が、心の健康を保持し − つつ、効果的なサービス業務を行えるように、 先行研究の検討を通し、感情労働による心理 「組織的支援の基本的枠組み」を構築すること 的負担の軽減と関係性がある要素として、①チ を研究の目的としている。研究の視点は次の ーム(職場の同僚・上司との関係性)のあり方、 つである[図表 ②管理者による管理・監視と感情労働者の自律 ] 。 仮説の設定 性・裁量性のバランス、③感情管理技術の習得 ― ― ホスピタリティ性を求められる対人サービス従事者の「感情労働」における組織的支援モデル と駆使、が重要と考えられる。 が増し、感情労働を行う原動力の場になった、 そこで本研究では、対人サービス従事者(以 という回答も多くみられた。 下、働く人)側の視点及びマネジメント側の視 点を総合考慮して、上記の要素を基に次の その一方で、顧客のクレームや理不尽な要 点 求から生じる心理的負担と同様に、チーム力 を仮説として設定し、ヒアリング調査の結果を が欠如している場で生じやすい、同僚のやっ 基に検証を行った。 かみ、非協力、上司からの無理解、パワハラ 等に心理的負担を感じるという回答が、働く 仮説 ;チーム力が感情労働の負担を軽減する。 人の半数近くから寄せられた。 目的・価値観を共有する上司・同僚との良好 以上により、仮説 のチーム力が感情労働 かつ適度な緊張感のある相互サポートの場 の負担を軽減する、は妥当であると認められ (チーム)が、感情労働から生じる否定的感 る。 情を軽減させる。チームメンバーと交流する 場を通し否定的感情が癒され、平常時の状態 仮説 にリセットされる。 雇用形態・職種・経験年数等の条件により裁 仮説 ;仕事において一定の裁量性を付与する について;会社の方針、働く人自身の 量の幅は異なるが、現場で働く人の 分の ことは、感情労働の負担を軽減する。 以上は、個々の状況やレベルに応じて自律的 但し、いわゆる丸投げのように、無限に過剰 に対処できるようなある一定の裁量がある方 な裁量は、かえって本人の負担を増加させる。 が、精神的な余裕が生まれ、感情労働から生 ここでの一定の裁量性とは、機械的対応では じる疲弊やストレスが少ないと、回答した。 なく、相手の状況によりいくつかの手立てを 但し、個々の裁量により顧客ごとに対応の質 取りうることを意味する。 に差が生じ不公平になることを懸念し、むし 仮説 ;感情管理技術は感情労働の負担を軽減 ろマニュアル通り、指示通りの方が割り切れ する。 てよい、という声も 例あった。 ここでは、 「表層演技」 、 「深層演技」 だけで マネジメント側では、業種・職種の特性、 なく、広く対人関係スキル(共感、機転、忍 会社の方針等により程度に違いはあるが、顧 耐等) 、コミュニケーション・スキル(傾聴、 客に対し瞬時にきめ細かいサービスが提供で 理解力等)を含む。 きるように、働く人の側にある程度の裁量を 付与している、という回答が多くみられた。 .調査結果と仮説の検証 但し、その中には、マネジメント側の多忙を 理由に働く人への適切なサポートやモニタリ 仮説 について;働く人の側及びマネジメン ングが行われずに、裁量という名目で現場に ト側の全員が、顧客への感情労働より生じる “丸投げ”をしているのではないかと推測さ 否定的影響の軽減に、チームにおける同僚、 れるような例もあった。 上司のサポート(共感、慰め、励まし等)が 以上から、業種・職種の特性から裁量は全 有効であると回答した。特に働く人の側全員 く認めないというケースは別として、適切な から、顧客から感謝やお褒めの言葉をいただ サポートやモニタリング体制の下、仮説 く等肯定的反応を受けたときに、共にその喜 仕事において一定の裁量性を付与することは びを分かち合うことにより、ホスピタリティ 感情労働の負担を軽減する、は概ね妥当であ 性の高い顧客対応を継続的に行っていく意欲 ると認められる。 ― ― の 西武文理大学サービス経営学部研究紀要第 号( [図表 職種 年 月) ]職種・対応時間と感情管理技術の関係 テーマパーク・スタッフ/CA/販売職 コールセンタ・オペレータ コンシェルジュ 対応 時間 単発 感情 管理 技術 リピーターの多いタクシー乗務員 看護師/介護士 長期 継続 短期 表層演技 深層演技 対人関係スキル/コミュニケーション・スキル 筆者作成 仮説 について;働く人の側及びマネジメン ト側の全員が、業種・職種を問わず顧客サー ビスの基本である対人関係スキル、コミュニ ケーション・スキルが重要であると回答した。 確かに、顧客の怒りやクレーム等は上記のス 事例 事業体 経営者 金融会社 イ ンハウス型コ B社 ールセンター センター長、管理職 名、チー フ・スーパーバイザー 名 ク オリティ・アシュアランス 名、 スーパーバイザー 名(オペレ ータ経験者) キル不足が原因で生じることもあり、クレー ム対応等から生じる働く側の心理的負担を未 外資系有名 ホテル C社 然に防ぐためにも必須スキルであると言える。 − なお、 「表層演技」 、 「深層演技」に関して は一部の業種・職種を除き、働く人の側から ヒアリング対象者 A社 タクシー会社 名、乗務員 名 コンシェルジュ 名(前職も日 系有名ホテルのコンシェルジュ) A 社(タクシー会社 乗務員) ⑴組織概要 地方中核都市を基盤とするタクシー会社。 研修の機会を提供されたという回答は見られ 年創業。従業員数は なかった。 「表層演技」に関しては、職種や 名、内乗務員は 顧客との対応時間の長さ等により有効度が異 名。経営理念は「お客様が先、利益は後」 。タ なるという回答が多く見られた。 「深層演技」 クシー会社には珍しく離職率はゼロに近い。配 に関しては、経験を通して体得し、状況に応 車センターの下位組織に班がある。 じて適宜行い、一定の効果がみられるとの回 乗務員 数名が所属し、現在 数の班がある。 答を得た[図表 各班はリーダーである班長の下、朝礼や接客技 ] 。 班につき の対人スキル、コミュニ 術向上の為の OJT 研修会・勉強会等を通し上 ケーション・スキルに関しては、有効性が認 記の経営理念の具現化を図っている。話し合い められる。但し、 「表層演技」 、 「深層演技」 や情報交換等を通し感情労働による心理的負担 に関しては、一貫した回答が得られなかった。 を軽減し、仲間意識を醸成している。乗務員の 以上から、仮説 裁量の幅が比較的広いこともあり、モニタリン .仮説の検証事例 グ・システムも工夫されている[図表 ] 。 ⑵乗務員の感情労働の特徴 仮説の検証プロセスを示すために次の つの ①お年寄り、障害を持ったお客様(敏感な方 事例を挙げる。ヒアリング調査の中から感情労 が多い)も多く、 介助的対応も多い。 ゆっく 働による心理的負担への組織的支援に関し、良 りとした動作などを忍耐強く、温かく気遣 否を問わず顕著な例を取り上げた。 いを持って対応することが期待されている。 ②表層演技は有効ではなく、気づき、共感を ベースにした家族のような「寛ぎ感」のあ る自然態の対応が求められる。 ― ― ホスピタリティ性を求められる対人サービス従事者の「感情労働」における組織的支援モデル ⑶仮説の検証 仮説 :チーム力 仮説 □働く人の側 相互によく助け合い、教え合う。 例えば、新人の車が道に迷っていた ら、先輩がすぐ飛んでいき、誘導す る。その間自分の売上はないが、仲 間意識を優先する。しかし、向上心 を持たないと「仲間においていかれ る」という緊張感もあり、互いに切 磋琢磨をしている。 ◇マネジメント側 朝礼や業務終了後に班(チーム) ごとに研修会を実施。感情労働から 生じる心理的負担の軽減及びサービ スの質を高め合う向上心醸成の場と して機能させている。 :裁量性 仮説 □働く人の側 顧客の満足を最優先させるため、 その場の状況に即応した判断が尊重 されている。 その結果、お客様から感 謝の言葉等肯定的反応を直接受ける ことができ、 心理的負担よりもやりが いや達成感、 満足感を実感している。 ◇マネジメント側 「お客様が先、利益は後」の経営 理念の下、売り上げ目標及びノルマ は設定していない。待ち時間等でメ ーターを倒す(運賃に算入)かどう かは、現場の判断・裁量に委ねてい る。不測の事態に対しては、連絡シ ステムがある。 :感情管理技術 □働く人の側 ホスピタリティ性を十分に発揮す る為に、コミュニケーション力、対 人力は必須であり、班で行う研修会 等も活用しスキル向上に日々励んで いる。 %以上はリピート客であり、 「表層演技」での対応はなじまない。 ◇マネジメント側 自己紹介、ドアサービス、傘サー ビスは、会社の方針として義務付け ている。顧客に対して、信頼、優し さ、思いやり、労り等「家族のよう に接する」ことを求めている。以上 を体得するため、研究会等を定期的 に開催している。 に満足感信頼感という精神状態をもたらす。 [図表 ]A 社の感情労働への組織的支援マネジメント ②顧客の要領を得ない質問に対し生じる苛立 ちの感情を抑えつつ、顧客の感情を害さな いように親切に温かく対応する。 ③長い接続待機時間からくる顧客の一方的な 怒りに対し、自らの感情をコントロールし つつ顧客の心をなだめながら親切に温かく 対応する。 ④「確かにもっともな意見だと思える」お客 様の要望に対し、組織の方針として応じら れず、 「役割葛藤」する気持ちを抑え、相 − B 社(金融会社 コールセンター オ 手を説得する。 ペレータ) ⑴組織概要 年前にインソーシング型からインハウス型 に移行した。中規模組織でオペレータは、 席。 組織は、センター長以下、管理職、チーフ・ス ーパーバイザー、クオリティ・アシュアランス、 スーパーバイザー(以上、正規社員) 、オペレ ータ(契約社員)から構成される。同社は顧客 満足度調査で毎年最上位を保持している。 ⑵コールセンター オペレータの感情労働の特 徴 ①顧客のニーズ・状況に合わせた個別かつ「き め細やかな親身な対応」 を行うことで、 顧客 ― ― 西武文理大学サービス経営学部研究紀要第 号( 年 月) ⑶仮説の検証 仮説 :チーム力 仮説 □働く人の側 チームの同僚からの共感や励まし、 直属の上司からタイムリーな温かい 支援や指導を受け、感情労働から生 じる心理的負担が軽減する。チーム の仲間に相談したり、愚痴を言い合 う中で、心が落ち着き、平常心を取 り戻せる。 ◇マネジメント側 顧客対応最前線にいるオペレータ がより良い状態で職務に注力できる よう心理面、環境面でサポートを常 に行っている。雇用形態の区別なく、 チームがまとまり機能するよう、声 掛けを心掛け気配りを怠らない。 − C 社(外資系ホテル :裁量性 仮説 □働く人の側 「以前勤務したアウトソーサー型 の職場では、指示通りのマニュアル 対応が義務付けられ、顧客に親身な 対応をしたい気持ちを抑え、葛藤し た。現在のインハウス型は、一定の 裁量が付与されており、納得できる 対応が可能になり、顧客から感謝さ れることも多く、充実感、満足感が ある。 」 ◇マネジメント側 オペレータの強み、個性を最大限 に生かす方針。顧客に直接対応する 現場に一定の裁量を付与している。 クオリティ・アシュアランスによる モニタリングやスーパーバイザーに よるサポート体制も整備している。 コンシェルジュ) :感情管理技術 □働く人の側 傾聴力、理解力、説明力等は、ク レーム等に発展しないための予防と して必須スキルであると認識してい る。自習や SV のアドバイス・チー ムメンバーとの情報交換等を通し、 スキル向上を図っている。深層演技 は経験から体得し、適宜状況に応じ 行う場合もある。 ◇マネジメント側 入所時にコミュニケーション及び 電話対応スキル等の基本研修を実施。 顧客対応に困らぬよう定期的に全ス タッフ向けに最新情報・商品知識等 の研修会を開催している。 メールによるリクエストにも迅速且つ的確 ⑴組織概要 に対応しなければならず、無定量・無定限 外資系高級ホテル。コンシェルジュは宿泊部 に属する。部長、課長、コンシェルジュ のサービス労働になりやすい。 ∼ ②高いスキルが求められるとともに、コンシ 名で構成される。C 社の場合はフロント業務も ェルジュ個人の裁量幅は大きい。しかし、 行う。 顧客の満足度が直ちに自分の評価にはね返 ⑵コンシェルジュの感情労働の特徴 り、責任と心理的負担は多大である。 ①緊急かつ細心の配慮を要する業務が多く、 プレッシャーが常時ある。海外顧客からの 仮説 :チーム力 □働く人の側 同僚同士は、親身に励まし合う仲 間であり、問題を共有することで感 情労働によるストレスが緩和され助 けられた。直属の上司に相談をして も応答がなく、長年に亘り協力を得 ることができず、心理的に疲弊した。 ◇マネジメント側 顧客と個々に対応する職務特性か ら、チーム意識の醸成には注力して いない。 仮説 ⑶仮説の検証 :裁量性 □働く人の側 スピード・正確性が求められ、非 常にハードでプレッシャーもあり責 任も感じるが、顧客の要求に自らの 裁量で納得できる対応ができ、充実 感、達成感はある。顧客からの感謝 の言葉も心理的負担を軽減させる。 ◇マネジメント側 顧客ニーズに可能な限り即応する という職務でもあり、現場に大幅な 裁量を委ねている。 仮説 :感情管理技術 □働く人の側 OJT で優雅な立ち居振る舞い、 機転を利かせて対応する対人関係ス キル、お客様のプライドを尊重し、 かつ上手にリードするコミュニケー ション・スキルを体得する。目の肥 えたハイクラスの顧客に「表層演 技」は失礼になるため、行わない。 ◇マネジメント側 プロとして採用をしたので、既に 体得しているものと考えている。 一定の裁量、対人関係スキル、コミュニケーシ .おわりに―結論と今後の課題 ョン・スキルが働く人の側、マネジメント側双 方にとって有効であることが確認された。その つの仮説の検証プロセスを通して、感情労 中でも、コアとなる「チーム力」を優先的に高 働から生じる心理的負担の軽減に、チーム力、 めることが重要であると考える。なぜなら良好 ― ― ホスピタリティ性を求められる対人サービス従事者の「感情労働」における組織的支援モデル なチームには、個人で対処しきれない心理的負 裁量の幅は非常に広いが、その一方でマネジメ 担を吸収し、癒し、再生する場としての機能が ント側からのサポートがなく、顧客からの感謝 あることが判明したからである。上司・同僚で 等肯定的反応により、やりがいはあるものの、 構成される班(チーム)で行われる朝礼や研修 心理的負担は軽減されにくい。 等の相互交流を通して、顧客へのホスピタリ性 チーム力の強化、適切な裁量の付与、感情管 のある対応について暗黙知を共有し合い、感情 理技術の向上の背後には、これらを円滑に推進 管理技術等を学び合い成長の場として機能して させ、支援するマネジメントの存在がある。さ いる A 社はその らに、その背後には、経営理念、明確な経営方 例である。 さらに、働く人の側にとって心理的負担の軽 減に有効とされた裁量の付与に関しては、裁量 針、職場環境の整備等を通して、後方から支援 する経営トップの存在がある。 が適切に機能するためには、マネジメント側の 以上を踏まえ、業種・職種を問わず有効と考 サポート体制が必須である。裁量の幅を的確に えられる、ホスピタリティ性を求められる対人 設定し、不測の事態が発生した場合の対応、適 サービス従事者の「感情労働」における組織的 切なモニタリングなどが整備されてはじめて働 支援( く人の裁量が十分に発揮されるからである。A 社、B 社のようなサポート体制、モニタリング 層支援)モデルを提示した[図表 ] 。 今後は、定量的な検証も含め、さらに研究を 精緻化することが課題である。 体制はその例といえるだろう。C 社は働く人の [図表 ]組織的支援( 注 本稿は 年 月組織学会研究発表大会の発表 資料に加筆修正したものである。 出所:経済産業省 HP(http : //www.meti.go.jp /policy/servicepolicy/) ― 層支援)モデル 経済産業省がサービス事業者に推奨する「おも てなし経営」もその一例である。 感情労働の及ぼす心理的影響に関する一連の研 究動向をレビューした須賀・庄司( )は、 多様な職業を対象とし、測定指標も様々である ― 西武文理大学サービス経営学部研究紀要第 号( 年 ことに因り、各々の研究に一貫した結果が得ら れていない点を明らかにしている。その上で、 今後は、 “感情労働がどのような心理的影響を 及ぼすか”ではなく、 “感情労働とその心理的 影響には何が関連するのか”が研究の方向性で あると提言している。 「感情管理」をするための技術・方法としてホ ックシールドは、 「表層演技(surface acting) 」 、 「深層演技(deep acting) 」を挙げている。 「表 層演技(surface acting) 」は、本当の感情と は異なっても、表面上は感情規則に則ってボデ ィランゲージや作り笑い等を使って自分の外観 を変えようとする方法。 「深層演技(deep acting) 」は、表面的にそうした風を装うのではな く、心からそう思うように自分の感情に働きか けて、自分の中に適切な感情をかきたてようと する作業。 Quality Assurance スーパー・バイザーとは 別にオペレータ業務をモニタリングすることで 品質向上を図る担当者。 参考文献 Hochschild, Arlie R. 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