共感的人間関係を育てる学級活動の工夫 ~GWT

共感的人間関係を育てる学級活動の工夫
~GWT、QUの活用等を通して~
小牧西中学校
久保
幸代
学級は、学校生活の中で大きな要素を占めている。GWTや毎月のふりかえりなどの手
立てを用いて、共感的人間関係を育てる取り組みを研究した。
学校の中で一番多くの時間を過ごす学級は、生徒にとって居心地のよい場所でなければ
ならない。研究の成果として、生徒はお互いの違いを受け入れ、学級や仲間の良いところ
を見つけることができるようになってきたといえる。
共感的人間関係を育てる学級活動の工夫
~GWT、QUの活用等を通して~
小牧西中学校
1
久保
幸代
研究主題設定の理由
平成20年の中央教育審議会答申の中で、児童生徒の実態として「自分に自信がもて
ず、人間関係に不安を感じていたり、好ましい人間関係を築けず社会性の育成が不十分
であったりする状況が見られたりする」と明記された。それから数年経っているが、こ
の状況は、少子化や核家族化、インターネットやSNSに囲まれた情報社会が濃密にな
ったことからも、あまり変化していないと考えられる。
今回の新学習指導要領、特別活動の目標に初めて「人間関係」という文書が加わった。
特別活動で人間関係の形成を重視することが打ち出されたということである。その特別
活動の中の学級活動の目標は、「学級活動を通して、望ましい人間関係を形成し、集団
の一員として学級や学校におけるよりよい生活づくりに参画し、諸問題を解決しようと
する自主的、実践的な態度や健全な生活態度を育てる」ことである。「望ましい人間関
係」とは、「生徒一人一人が自他の個性を尊重するとともに、集団の一員としてそれぞ
れが役割と責任を果たし、互いに尊重し、よさを認め発揮し合えるような開かれた人間
関係」である。
本校の生徒の約半数は、帰宅後には、塾へ通い、家ではゲーム、インターネット、メ
ールなどに時間を費やしている。仲間と直接顔を合わせて会話をしたり、地域の人たち
の思いや、自然、文化の良さに目を向けたりすることが少ないのが現状である。望まし
い人間関係を持てる生徒を育てるために、生徒たちが人と関わりながら成長する力を引
き出し、学校生活の中では、生徒同士が一人一人の良さに気づいてお互いを認めあえる
自主的、実践的な態度を育てることが必要であると考えた。
学校生活の中心は学級での時間である。学級での時間を充実させ、居心地のよいもの
にすることが大切であることは言うまでもない。居心地のよい学級づくりのためには、
より良い人間関係が必要不可欠である。ここでいうより良い人間関係とは、共感的人間
関係と考える。これは、お互いに認め合える関係であり、上記に述べた望ましい人間関
係とほぼ同様である。また、共感的人間関係は、生徒間だけでなく、教師間、教師と生
徒同士にも必要である。
学級は、学習集団・生活集団としての基礎単位であり、社会の縮図ともいえる。学習
時にも人間関係は大きく影響する。とういった点でも、生徒にとって1日の大半を過ご
す学級は、人間関係を形成する大事な場所である。
2
研究のねらい
研究対象は中学1年生とした。本校区には、同規模の小学校が2校あり、中学校生活
は、知っている仲間が半数近くいる中で始まるので、心細さはあまりない。しかし、学
校以外でのつながりは、一緒に遊んだり、相手を目の前にして話をするという直接的な
つながりだけでなく、メールやゲーム機器などを通じた間接的なつながりも大きなもの
となっている。
学校生活の中で、一番多くの時間を過ごす学級において、豊かな心を持ち、望ましい
人間関係を築けるようにするための学級活動の工夫を追究していきたい。
3
研究の仮説
学級活動の中で、グループワークを用いた体験学習を積み重ねたり、月ごとに自
分のこと、学級のこと、学級の仲間のことをふり返ったりする体験を通して、仲間
の良いところに目を向けさせていけば、共感的人間関係が育つだろう。
4
研究の構想
居心地のよい学級
共感的人間関係を育てる
GWTの活用
毎月の学級ふり返り
QUアンケートの利用
学級通信等
5
研究の手立て
(1)グループワークトレーニング(GWT)を通して、人間関係をより良くする活動を
取り入れる。
(2)毎月末に、学級の様子、個々の取り組みをふり返り、学級、自分自身の良い面と課
題を見つめ直し、学級の仲間の良いところ、がんばっているところをまとめていく。
(3)QUアンケート結果から、今後生徒にどう関わっていけば良いのか、生徒と関わっ
ていく中で、生徒がどう変化したかを分析し、共感的人間関係の形成に役立てる。
6
研究の実際
(1)グループワークトレーニング(GWT)
ア
実践
GWTは、小牧市内のほとんどの小中学校で取り組んでいる。活動のねらいをは
っきりした上で、グループのメンバーと関わる体験をさせる。そして、その関わり
についてふり返りをすることで次に生かそうとする力がついていく。内容や活動の
意味を理解して、小学校の時からGWTを継続して行うことは、互いに支え合える、
安心できる人間関係づくりに役立った。
これは、教師同士でも生徒同士でも同じことが言える。教師間の人間関係が良い
と、生徒にもそれが自ずと伝わり、教師と生徒の関係も良い方向に進む。毎学期の
始め、教師間でGWTを行い、互いを思いやったり、悩みが出し合ったりできる関
係づくりを目指した。そして、各学級でもGWTの活動は、互いの違いを受け入れ、
思いやりを持って協力し合える学級づくりに役立った。
①
情報紙実習
「私たちのお店やさん」(4月23日)
(横浜市学校 GWT 研究会『学校グループワーク・トレーニング』)
4月は、新入生にとって初めて顔を合わせる者同士が必ずいることを踏まえ、
緊張感をやわらげるような実習を行った。情報が書い
てあるカードの内容を伝えることでグループのメンバ
ーと必然的に関わることができた。
グループでの話し合いの様子
情報紙実習 「私たちのお店やさん」 指導手順
ねらいの確認
○ グル―プで活動することで、「協力すること」の大切さについて学ぶ。
○ 自分が持っている情報を正確に伝え、相手の情報を正しく聴くことのよさを知る。
進め方
1.準備・説明 5分
(1) グループ(5~6人に)分け、机を囲んで座らせる。
(2) 白地図と課題用紙を配り、一度課題をよみあげる。
(3) 注意事項をよみあげる。
(4) 情報カードの配り方の注意を説明する。
・カードは裏返しにして情報が見えないように、トランプのように切って班の人
に配ること
・自分の口で説明すること。他の人に見せたり、とりかえたりしないこと。
・他グループの地図を見たり、話をしたりしないこと。
(5) 制限時間が25分であることを知らせる。
(進行状況によっては、多少の変動は可。)
2.実施
25~30分
・各グループの様子を観察、話し合いの約束が守れていなかったり、うまく話し合
いができていなかったりするグループがあれば、介入する。
・極力教師は介入しないようにする。
3. 結果発表・ふり返り
15分
(1) 模範解答を掲示し、答え合わせをさせる。
(2) ふりかえり用紙を配り、記入させる(5分程度で)
(3) グループ内で、書いたことを順に発表する。
(4) お互いに、気づいたことを話し合う。
4. わかちあい
10分
(1) グループで話したことを全体の場で、発表し合う。
(2) 生徒の気づきを確認したり、子どもの気づかなかったよいところを知らせる。
情報紙実習でも、文字情報を伝える実習や絵の情報を言葉にして伝える実習など、
生徒たちの様子を把握し、段階に応じて使い分けなければならない。
②
コンセンサス実習
「体育祭・お金で買えないもの priceless」(9月4日)」
「新説・桃太郎」(1月9日)
(津村俊充『プロセス・エデュケーション』)
課題をもとに、自分の考えを聴き合い伝え合うことが必要なので、ある程度の人
間関係ができている状態で行う方がよい。この実習
を通してお互いをより深く知ることができるように
なった。
学級でわかちあいを始める前の様子
イ
考察
GWTでは、生徒
に何をねらって実習
をするのかをあきら
かにし、活動のふり
返りを日常生活につ
なげていかなければ
ならない。生徒に対
しても何度かGWT
を経験させていくこ
とで、ふり返りの内
容に成長が見られた。最初のふり返りには、
4月のGWTのふり返り
グループの人と話せて楽しい、仲良くなって
よかった、またやりたいと書く生徒が多かった。
GWTは、人と関わり合うスキルを上げていく活動で、それぞれの実習ごとのね
らいは異なるがふり返りがとても大切である。ふり返りは、個人、グループ、学級
が成長するため、お互いの関係をより深めるためには欠かせない過程である。取り
組みを重ねるごとに、自分の成長を実感したり、グループの仲間の行動に目を向け
たりすることができるようになった。
ふり返りの記入後は、自分が感じ
たこと、思ったことを伝え合い、学
級内でも共有することで、お互いの
信頼関係を高め、認め合える関係に
つながっていったと考える。
2度目のGWTのふり返り
(2)毎月のふりかえり
ア
実践
月末に、個人と学級の両方をふり返り、努
力できたところ、改善すべきところ、仲間のがんばっている様子を見つけて書くよ
うにした。個人のふり返りの内容は、それぞれの学年、学級の状況に応じて変えら
れるようにし、ねらいや生徒の実態に合うふり返りをすることができた。
各月の「ふりかえり」
学級の良かったところ、改善すべきところを書かせると、教師が感じている学級
の課題と同じであることが多く、生徒たちを信じる気持ちがより深くなり、目指す
方向を確認し直すことができた。ここで挙がった課題は、学級内で共有して、週目
標に設定したり、今日のめあてにしたりして、意識を持たせた。学級内でがんばっ
ている人、良かったと思う人は2名以上書く、という条件をつけ、仲間の良いとこ
ろをたくさん探せるように意識を持っていった。
イ
考察
毎月のふりかえりでは、学級内でがんばっている仲間には、学級代表や委員会、
係で中心になっている生徒をあげていた。継続していくにつれて、人前に立って目
立つ活動をする仲間だけでなく、真剣に授業に向かう姿勢やさりげなくゴミを拾う
姿など、日常の些細な様子から仲間の良いところを見つけようとしていることがわ
かった。また、初めは学級でがんばっている人を2名しか書かなかったのが、回を
重ねるごとに人数が増え、良いところを見つける視点に広がりが出てきた。
この毎月のふりかえりは、ろうかの壁に掲示し、生徒たちの目に触れるようにし
た。自分の名前を見つけて「あった!」と喜ぶ姿や、仲間の影響を受けて、率先し
て委員会や係の仕事をする生徒の姿も見られるようになった。
生徒Aのふりかえり用紙
(上が5月、下が2月)
(3)QUの利用
ア
実践
1学期は学級づくりができる頃の5月末、2学期は行事が続く10月にアンケー
トを行い、アンケートから得られる情報を分析し、生活記録、学級通信を通しての
関わり方を考えた。QUアンケート実施後にわかる情報は下記の3つである。
①生徒個々の学級生活における満足感や、学校生活における意欲
②生徒の満足感や意欲の分布状況による、学級集団の雰囲気や成熟状態
③学級や学校生活における満足感や意欲に関する、生徒の学級内での相対的位置
グラフや表から得られるデータを参考に、学級通信に誕生日を迎えた生徒のこと
を取り上げた。そこには、生徒が自信を持てるようなコメントを載せるようにした。
自分に自信が持てない生徒でも、イラストを描くのが得意という生徒がおり、学級
通信に載せることで、学級の仲間に自慢できたり、学級集団の中で自信が持てるよ
うになると考えた。
また、学級活動や道徳の時間で取り組んだふり返りの内容を学級通信に取り上げ、
仲間の意見を共有できるようにした。
①
②
③
①②はイラストを入れた通信
①③は誕生日の生徒へのメッセージを入れた通信
③は道徳の授業の生徒の意見を紹介した通信
イ
考察
実践1のQUアンケートからクラス全体で見ると、「やる気のあるクラスをつる
ためのアンケート」を表すグラフの『学校生活意欲プロフィール』に大きな変化は
見られない。〈資料1〉
学級との関係が下がってしまったのは、「クラスの行事に参加したり活動する
のは楽しい」
「 自分もクラスの活動に貢献し
ていると思う」の項目である。行事を迎え
5月
10 月
る直前だったこともあり、悩んでいる生徒
が多いことが伺われる。友人との関係が良
好なのは、質問項目を分析すると、
「学級の
〈資料1『学校生活意欲プロフィール』〉
中で自分が認められていると思うか」とい
う質問に対して、
「とてもそう思う」という
生徒が増加したことがわかった。このことから、お互いに認め合える存在になっ
ていると考える。
生徒個別に分析した結果、手立てに対して変化が見られる生徒たちの2人を抽
出する。〈資料2〉〈資料3〉
生徒Aは自分にも他人にも厳しい所もあるが、学級の様子をよく見ていて、自
分からよく働き、学級ではリーダーを支える生徒であると見ていた。しかし、本
人自身は、リーダーを支える存在という
ことに気づいておらず、学級での存在感
の低さを表しており、見立てと結果のギ
5月
10 月
ャップに驚いた。5月以降は、本人への
声かけや通信などでの支援していくこと
〈資料2
生徒Aの変容〉
で、イラストを描いたり小説を書いたり
する自分にも自信が持てるようになった。
そして、学級の友人らと作品を交換する
5月
10 月
姿が見られ、学級役員ではないが、学級
への呼びかけができたりするほどになった。
生徒Bは、仲の良い友人が決まって
〈資料3
生徒Bの変容〉
しまっており、新しい仲間づくりに苦戦
していた。そこで、学級通信で、係の仕事や委員会の仕事を一生懸命やっている
様子を紹介した。また、月のふりかえりで仲間から認められる人数が増えること
で自信が持てるようになっていった。GWTがひとつのきっかけとなり、周囲か
らの関わりを待つのではなく、自ら関わりを持つことが、人間関係を広げていく
ことだと気づいていった。
「人と仲良くする方法を知っている」という質問項目に
対して、5月実施時は「あまりそう思わない」だったのに対し、10月実施時に
は「とてもそう思う」に変化したことで、友人との良好な関係づくりにつながっ
たと考える。
ここでは生徒2人の抽出であるが、多くの生徒が学級の中で、自分の存在感を
感じられるようになったこと、仲間から認めてもらえていると感じられるように
なったことが明らかになっている。相手から認めてもらえたという実感や、自分
に自信が持てる
27.6 34.5
37.9
24.1
みんなから注目されるよ…
ようになったと
クラスの中で存在感があ…
感じられること
勉強や運動等で友人から…
が、共感的人間
0
10
20
関係をつくる基盤になっている。〈資料4〉 〈資料4〉 上が10月
7
31
17.2
30
40
下が5月
研究のまとめ
(1)研究の成果
学級活動は、①学級や学校の生活づくり、②適応と成長及び健康安全、③学業と進
路の三つの内容から構成される。①の学級や学校の生活づくりが土台となって、全て
のことにつながっていく。学級や学校の生活づくりの中で絶対に必要になってくるの
は、教師と生徒、生徒と生徒の人間関係である。学級活動における研究の手立て(1)
(2)
(3)を用いた実
践は有効であった。
QUの学級満足度の
分布結果からは、学級
生活不満足群に下がっ
ていった生徒もいたが、
非承認群に所属していた生徒が減ったこと、承認得点が上がったことは、これまでの
実践が共感的人間関係を作るために、効果があったと考えたい。
手立てごとにまとめると以下のようになる。
・GWTを行うことにより、人との関わりの中で自分が気をつけることに気づいた
り、仲間の良いところを見つけて、相手に伝えたりして、お互いを認め合う体験を
することができた。
・毎月のふりかえりを継続して行う中で、自分と学級の様子を客観的に見つめるこ
とができるようになり、日常の些細なできごとからも多くの仲間の良いところを見
つけて、共感できるようになってきた。
・QU アンケートの結果を分析しながら、生徒の思いや現状を把握した関わりを続
けていくことで、生徒は安心感を得ることができ、共感的人間関係を築いていこう
とする行動をとることができた。
(2)今後の課題
人間関係を良くすることは、学校生活を終えても、社会生活を送る上で大切なこ
とである。生徒の発達段階を踏まえて、GWTの実習内容を整理し、効果的な言葉
がけ進め方ができるように追究する。ファシリテータとして、教師が主役ではなく、
生徒たちを主役にした活動を心がけ、よりよい人間関係を築くためのスキルを身に
付けられるような活動を考えていく。
QUの活用は継続して行ってはいるが、結果を見るだけでなく項目を分析して、
生徒ひとりひとりの現状や目には見えない心の状態をつかむことを今後も継続して
いきたい。学級活動の中で取り組むことだけでなく、日常生活でいかせる指導方法
も工夫・改善していく。体験を通して感じたり、気付いたりしたことをふり返り、
言葉でまとめたり、発表し合ったりする活動を重視したい。
〈参考文献〉
星槎大学教員免許状更新講習センター「共生への学び」
土井隆義著「つながりを煽られる子どもたち」
津村俊充「プロセス・エデュケーション」
横浜市学校 GWT 研究会『学校グループワーク・トレーニング』