疑問文とモダリティ形式の関係 ―古代語の場合― 高山善行 1.はじめに 古代語の疑問文は、係助詞ヤ、カの記述的研究に重点が置かれ、係り結び研 究 の 一 部 と し て 扱 わ れ て き た 。 1し か し 、 疑 問 文 の 構 成 要 素 は ヤ 、 カ だ け で は な く、疑問詞、モダリティ形式(推量の助動詞)、文末助詞ゾなどもある。それ らがどのような機能を果たし、どのように連携しているかを総合的に考える必 要があろう。なかでもモダリティ形式の役割は、平叙文と疑問文との連続性を 考 え る 上 で 重 要 と 思 わ れ る 。 今 回 は 、 疑 問 文 と モ ダ リ テ ィ 2の 関 係 に 焦 点 を 当 て る。「疑問と推量」については既に多くの研究があるが、本稿では研究の視点 を転換し、モダリティの観点から疑問文を分析する方法を提案してみたい。 2.研究史―疑問と推量をめぐって 疑 問 文 と モ ダ リ テ ィ 形 式 の 関 係 に つ い て 取 り 上 げ た 先 行 研 究 3を 概 観 し て お く。疑問と推量の関係をめぐる問題(「疑問―推量」問題と称する)について は、様々な立場で論じられている。 ・ 国 語 学 の 助 動 詞 研 究 : 多 数 4( 「 ら む 」 「 ら し 」 の 違 い 、 「 め り 」 「 終 止 な り」関係など) ・ 現 代 語 モ ダ リ テ ィ 研 究 : 寺 村 (1984)、 森 山 (1989)、 三 宅 (2011)な ど ・ 中 古 語 モ ダ リ テ ィ 研 究 : 近 藤 ( 泰 ) (2000)、 高 山 (2002)な ど ・ 叙 法 論 : 尾 上 (2012)、 野 村 (1997)、 近 藤 ( 要 ) (1995)な ど ・ 通 史 的 研 究 : 阪 倉 (1993)、 山 口 堯 二 (1990)、 大 鹿 (2004)な ど 1 「 焦 点 構 文 」 の 観 点 か ら の 研 究 は 、 金 水 (2011)参 照 。 疑 問 文 の 運 用 面 に つ い て は 、 高 山 (2014b)参 照 。 2 本稿での「モダリティ」は「モダリティ形式」を指す。「推量の助動詞」と読み替えて も構わない。 3 以下、代表的なものを挙げる。古代語については近藤要司氏に一連の研究があるので、 参照されたい。 4 松 尾 (1943)「 め り は 疑 問 体 に 用 ゐ ら れ る か 」 な ど 。 研究の立場が違っても以下の事実は認められている。 (1)疑 問 文 中 の 生 起 と い う 観 点 か ら 、 モ ダ リ テ ィ 形 式 4 は二類に分かれる。 モ ダ リ テ ィ 形 式 の 二 類 は 、 具 体 的 に は (2)の よ う で あ る 。 (2)モ ダ リ テ ィ 形 式 の 二 類 【現代語】 生起 ソウダ(様態)、ダロウ、ウ、ヨウ、マイ 非 生 起 /生 起 し ラシイ、ヨウダ、カモシレナイ、ニチガイナイ、 にくい ソウダ(伝聞) など 【古代語】 生起 ム、ラム、ケム、マシ、ベシ、マジ、ジ 非 生 起 /生 起 し メリ、終止ナリ、ラシ にくい 助 動 詞 論 で は 「 推 量 /推 定 」 、 大 鹿 (2004)は 「 叙 実 法 /叙 想 法 」 を 区 別 す る 。 ま た 、モ ダ リ テ ィ 論 に お け る 「 真 性 モ ダ リ テ ィ /疑 似 モ ダ リ テ ィ 」 と も 結 果 的 に 重なる。 中古語の疑問文にモダリティ形式が生起する例を挙げておこう。 (3)a.南 海 の 浜 に 吹 き 寄 せ ら れ た る に や あ ら む ( 竹 取 47) b.の ち に は い か が な り に け む 、 知 ら ず 。 ( 大 和 380) c.い か で さ す ら む 、 ( 枕 349) (3b)は 間 接 疑 問 文 の 萌 芽 と 見 ら れ る 例 で あ る 。 間 接 疑 問 文 が ど の よ う に 成 立 したかは興味深い問題であるが、本稿の目的とは異なるので、別稿を用意して いる。 3.方法 3.1 出 発 点 : 近 藤 (1987) 本 稿 に お い て「 疑 問 ― 推 量 」問 題 を 扱 う 上 で 、近 藤 ( 1 9 8 7 ) を 出 発 点 と し た い 。 同論文は、古代語疑問文研究の基本文献として広く知られている。 日 本 語 に お い て は 疑 問 文 が 推 量 形 を 含 ん だ 形 で 成 立 す る こ と が で き る 。こ れ は 、 古典語を例にすると、つぎのような文のことである。 かかるついでにみたてまつりたまはんや(源氏・若紫・一五八9) 古 典 語 と し て は ご く 当 り 前 の 文 で あ る 。と い う よ り 、 む し ろ 疑 問 文 は そ の 大 半 が「 む 」な ど の い わ ゆ る 推 量 の 助 動 詞 を 含 ん だ 形 で 成 り 立 っ て い る 。 疑 問 文 に 推 量 形 を 含 む の は 古 典 語( ま た 日 本 語 全 般 )に は あ ま り 当 り 前 な の で 自 然 に 感 じ て い る が 、 後 述 の よ う に こ れ は 奇 妙 な 構 文 で あ る と い え る 。 5( p.271-272) …………中略………… 詳 し い こ と は 今 後 の 研 究 に 待 た ね ば な ら な い が 、疑 問 文 の 中 に 話 者 の 主 観 的 な 要 素 を 入 れ る の は 推 量 の 場 合 だ け で は な い 。現 代 語 で は 次 の よ う に「 丁 寧 」の ム ー ド も 疑 問 文 と と も に 使 わ れ や す い 。 と い う よ り 、こ れ を 含 ま な い と 疑 問 文 と し て不自然になると言ってもいいほどである。 「 ま す 」 … 明 日 は 学 校 へ 行 き ま す か 。 ( cf.行 く か ? ) 「 で す 」 … こ れ は な ん で す か 。 ( cf.な に か ? ) このように主観的要素とともに用いられるのが日本語の疑問文の最大の特徴で あると思われるのである。この点が今後の大きな研究課題と成り得るであろう。 (「六 疑問と推量と「や」と「か」の問題」 p.275) 下 線 高 山 近 藤 ( 1 9 8 7 ) の 指 摘 は 疑 問 文 と 推 量 の 関 係 を 考 え る 上 で 重 要 で あ る 。近 藤 論 文 が述べるように、古代語の疑問文が推量形式を伴うことが多いという事実は、 古代語に関心のある人なら、誰でも知っている事実であろう。しかしながら、 推量形を使う疑問文が、実際にどのくらい存在するかという調査はなされてい ないように思われる。そこで、平安初期~中期成立作品を資料として、実数を 調査してみた。その結果は、表 1 のとおりである。 5 近 藤 (1987)で は 、 古 代 語 疑 問 文 で 推 量 形 が 多 用 さ れ る 理 由 を 間 接 疑 問 文 の 欠 如 の 観 点 か ら説明している。 [表1 モダリティ形式の使用率] モダリティ形式/疑問文 竹取 伊勢 大和 土佐 枕 源氏(葵~朝顔巻) 総計 疑問詞 肯否 疑問詞 肯否 疑問詞 肯否 疑問詞 肯否 疑問詞 肯否 疑問詞 肯否 疑問詞 肯否 46/52(88.5) 12/19(63.2) 41/49(83.7) 47/68(69.1) 79/100(79.0) 63/95(66.3) 7/10(70.0) 16/20(80.0) 218/306(71.2) 66/135(48.9) 227/256(88.7) 107/172(62.2) 618/773(79.9) 311/509(61.1) 使用率 58/71(81.7) 88/117(75.2) 142/195(72.8) 23/30(76.7) 284/441(64.4) 334/428(78.0) 929/1282(72.5) 疑問詞=疑問詞疑問文、肯否=肯否疑問文 (反語を含む) 除外例:言いさし(「~にや」)、一語文(「いづら」「誰ぞ」など)、応答詞的な もの(「何かは」など) 『万葉集』(巻一~五)疑問詞33/55(60.0)、肯否109/142(76.8)、計142/197(72.1) 参考 個 々 の 用 例 に 関 し て 言 え ば 、疑 問 文 の 認 定 に 判 断 が 揺 れ る 場 合 が 少 な く な い 。 したがって、表の数字は大まかな目安とお考えいただきたい。調査範囲におけ る 疑 問 文 の 総 数 1282 例 中 、モ ダ リ テ ィ 形 式 が 使 用 さ れ た も の が 929 例 あ り 、使 用 率 は 約 7 割 で あ る 。調 査 資 料 の な か で は 、『 竹 取 物 語 』の 使 用 率 が 最 も 高 く 、 8 1 . 7 % で あ っ た 。最 も 低 い の は 、『 枕 草 子 』の 6 4 . 4 % で あ る 。参 考 ま で に 、『 万 葉集』ではやはり7割程度となる。 3.2 問題 表1の調査結果を受けて、疑問文中のモダリティ形式の使用をめぐっては、 (4)の よ う な 疑 問 が 生 じ て く る 。 (4) 1)なぜ古代語疑問文でモダリティ形式がこれほど多用されるのか。 2)疑問文中のモダリティ形式はどういう働きをしているのか。 3)疑問文で、モダリティ形式付きとなしとではどう違うか。 ここで、1)~3)について補足しておく。 1 ): 現 代 語 と 比 較 す る と 実 感 し や す い 。現 代 語 の 疑 問 文 で も「 ~ だ ろ う か 」 のように、モダリティ形式が用いられる場合はある。しかしながら、 疑問文の7割も「~だろうか」という形をとっているようには感じら れない。 2):古代語の疑問文は疑問詞、ヤ、カなどの構成要素からなるが、モダリ ティ形式はそれらと連携しているのであろうか。 3 ):モ ダ リ テ ィ 形 式 付 き の 疑 問 文 と 、モ ダ リ テ ィ 形 式 な し の 疑 問 文 と で は 、 どのような違いがあるのか。これは、疑問文の運用の問題となる。 3.3 研究の視点 「 疑 問 ― 推 量 」問 題 は 、主 に モ ダ リ テ ィ 論( 叙 法 論 )で 論 じ ら れ て き た た め 、 モダリティ形式(叙法形式)の記述分析に向かう。つまり、これまでの研究で は、疑問文をツールとしてモダリティ形式を分類するという方法をとっていた といえる。従来の研究では、平叙文をベースにおき、そのなかで助動詞、文法 カテゴリーを観察していくのが通常であった。 しかしながら、この方法はモダリティ形式の分析や分類に役立つが、疑問文 の研究にとっては有効でない。疑問文を分析するためには視点の転換が必要で ある。そこで本稿では、これまでの研究とは反対に、モダリティ形式をツール として疑問文を分析する、という方法をとる。このような視点の研究が成り立 つかどうかの実験を試みようというのが本稿のねらいである。 本稿で扱うモダリティ形式を表 2 に挙げておく。 [表 2 中古語のモダリティ形式] 系 表現形式 形容詞系 ベシ、マジ アリ系 メリ、終止ナリ ム系 ム、ラム、ケム、マシ 特殊系 ジ 4.分析 本 節 で は 、 表 1 で 調 査 し た 用 例 ( 全 1282 例 ) を 対 象 と し て 分 析 を お こ な う 。 4.1 疑問文のタイプ まず分析の下準備として、疑問文をタイプ分けしておく。古代語疑問文をモ ダ リ テ ィ 形 式 の 有 無 に よ っ て 2 つ の タ イ プ に 分 け る ( 仮 に 、「 A タ イ プ 疑 問 文 」 「Bタイプ疑問文」と呼ぶ)。具体的には以下のとおりである。 (5)疑 問 文 の タ イ プ A タ イ プ 疑 問 文:モ ダ リ テ ィ 形 式 付 き 例 : い づ く に か 住 む ら む 。( 大 和 3 4 7 ) ※マジ・ジは除く6 ( ム /マ シ /ラ ム /ケ ム /ベ シ 付 き ) Bタイプ疑問文:モダリティ形式なし 例 : い づ く に か 住 む φ 。 ( 枕 152) 先に表2で示したように、古代語ではAタイプが圧倒的に多く7割程度、残 り3割がBタイプであることを確認しておきたい。 4.2 Aタイプ疑問文(モダリティ形式付き) 4.2.1 条件文との親和性 A タ イ プ 疑 問 文 は 条 件 文 と の 親 和 性 を も ち 、 条 件 文 の 帰 結 節 と な る 。 7B タ イ プ疑問文は原則として帰結節に用いられない。 (6)a.か れ が 絶 え ば 、 何 に か な ら む 。 ( 枕 441) (腰についている緒が切れた時は、どうしようというのだろう) b.も の の 聞 こ え も あ ら ば 、 い か な ら む ( 源 2-101) (何ぞの噂を立てられもしたらどうなることか) c.つ ゆ 悪 う も せ ば 、 沈 み や せ む ( 枕 440) (ちょっとでも下手をすれば、沈みもしようか) d.( 逆 接 ) 賽 い み じ く の ろ ふ と も 、 打 ち は づ し て む や ( 枕 267) 6 今回は否定推量形式は除いておく。用例数が少ないので、大きな影響はない。 「可能性の表現形式である仮定の条件形式は、後句の帰結に主体の推量・意志・命令・ 反 語 な ど の 志 向 を 導 く 傾 向 が 強 い 。 」 山 口 (1980:p.92) 7 ( た と え 賽 を ひ ど く 呪 っ て も 、わ た し が 打 ち は ず し て し ま う は ず が あ ろ う か ) e.台 風 が 上 陸 し た ら 、 明 日 は 休 講 に な る だ ろ う か 。 f.来 年 度 も 定 員 割 れ し た ら 、 ど う し よ う か 。 古 代 語 に お け る 条 件 文 帰 結 の モ ダ リ テ ィ 制 約 に つ い て は 、 高 山 (1993) の 調 査・分析がある。その結果を表3に挙げておく。なお、現代語については、益 岡 (1987)な ど が あ る 。 [表 3 条件文帰結のモダリティ形式] 生起 ム、マシ、ベシ 非 生 起 /生 起 し に く メリ、終止ナリ、ラム、ケム い ※ 高 山 (1993)の 調 査 に よ る 。 Aタイプ疑問文も基本的にモダリティ制約に従う。ただし、ラム、ケムは、A タ イ プ 疑 問 文 に 生 起 す る が 、 条 件 文 帰 結 で は 非 生 起 で あ る 。 8条 件 文 帰 結 に お け るAタイプ疑問文のモダリティ形式は事態の非現実性を表し、平叙文の場合と 変わらない。 4.2.2 条件節とマシ疑問文 Aタイプ疑問文のうち、マシが用いられるものを「マシ疑問文」と呼ぶこと にしよう。マシ疑問文は条件文帰結部に生起することができる。 ( 7 ) a . い か に し て い か に 知 ら ま し い つ は り を 空 に た だ す の 神 な か り せ ば( 枕 3 1 3 ) [セ バ ~ マ シ ] (どういう方法によってそなたのそら言をどう知ったろうか、知ることはで きなかったろうに、もし天にあって偽りを証拠なしに判断する糺の神がいら っしゃらないのだったら) b.見 し 人 の 松 の 千 歳 に 見 ま し か ば 遠 く 悲 し き 別 れ せ ま し や ( 土 佐 56) [マ シ 8 ラム、ケムはムなどと違って原因推量用法をもつ。その事実が示唆するように、現実事 態を対象とする性質があり、非現実性の濃い条件文とは相容れないのであろう。 カバ~マシ] (亡くなったあの子を松の千歳にあやかって長生きするものと見たかった。 そうだったらなんでこんなに遠く、悲しい別れをするものか) c .( 左 大 臣 )「 も し は べ る 世 な ら ま し か ば 、い か や う に 思 ひ 嘆 き は べ ら ま し 」 ( 源 氏 2-166) [マ シ カ バ ~ マ シ ] ((葵の上が)もし生きておりましたらどんなに心を痛めたことでございま しょう) 「 セ バ / マ シ カ バ ― マ シ 」の 呼 応 関 係 は 疑 問 文 で も 保 持 さ れ て い る 。マ シ の 機 能である反事実性表示も変わらない。9 4.2.3 節とモダリティ形式 ここで、古代語における節とモダリティ形式の関係について考えてみよう。 古代語では節ごとにモダリティ形式を付加し、事態に非現実性のマークを付け て い く と い う 表 現 方 法 が 見 ら れ る 。 10 (8)a.【 連 体 節 】 思 は む 子 を 法 師 に な し た ら む こ そ 、 … ( 枕 ・ 32) (かわいい子を法師にしたのは、…) b.【 準 体 節 】 卯 槌 の 木 の よ か ら む 切 り て お ろ せ 。 ( 枕 ・ 266) (卯槌の木のよさそうなのを切っておろしてちょうだい) c.【 接 続 節 】 さ て 思 ひ 返 し た ら む は 、 わ び し か り な む か し 。 ( 枕 ・ 314) (そんなふうにして考えなおすとしたら、きっとわびしいことであろうよ) 事態の現実性―非現実性の対立が、「φ―モダリティ形式」の対立によって 明示されるわけである。ただし、場面・文脈条件によって、モダリティ形式付 加が省略される場合もあり、義務的でないことは注意が必要である。 現代語では事態とモダリティが分離しており、テンス・アスペクト等ととも に階層をなす。一方、古代語では、事態(コトガラ)部分とモダリティ部分が 9 疑 問 文 中 の マ シ を ム と 同 一 視 す る 説 も あ る が 、 山 口 (1980)に 従 い 、 ム と マ シ の 使 い 分 け があるとみておく。 10 連 体 節 と モ ダ リ テ ィ 形 式 の 関 係 に つ い て は 高 山 (2005)、 接 続 節 と の 関 係 に つ い て は 高 山 (2014a)参 照 。 通 時 的 観 点 か ら は 、 福 嶋 (2014)が あ る 。 分 離 せ ず 、 融 合 的 ・ 一 体 的 で あ る 。 11 条 件 文 の 帰 結 に お い て 、古 代 語 の 疑 問 文 は 節 の 現 実 性 / 非 現 実 性 表 示 の 規 則 に 従う。つまり、疑問文におけるモダリティ形式は、第一義的には事態の非現実 を表示するにすぎない。 4.3 Bタイプ疑問文(モダリティ形式なし) 次に、Bタイプ疑問文について見ていこう。Bタイプ疑問文とは以下のよう なものである。 (9)a.こ れ を 見 て 船 よ り 下 り て 、「 こ の 山 の 名 を 何 と か 申 す 」 と 問 ふ 。 女 、 答 へ て い は く 、 「 こ れ は 、 蓬 莱 の 山 な り 」 と 答 ふ 。 ( 竹 取 32) ( こ れ を 見 て 、船 か ら お り て 、「 こ の 山 の 名 は 何 と 申 し ま す か 」と た ず ね る 。 女が答えて言うには、「これは蓬莱の山です」と答えます。) b . 壁 を へ だ て た る 男 、「 聞 き た ま ふ や 、 西 こ そ 」 と い ひ け れ ば 、「 な に ご と 」 といらへければ、「この鹿の鳴くは聞きたうぶや」といひければ、「さ聞き はべり」といらへけり。男、「さて、それをばいかが聞きたまふ」といひけ れ ば 、 女 ふ と い ら へ け り 。 ( 大 和 394) (壁をへだてている男が、「お聞きになっていますか、西隣りさん」といっ たので、「何を」と答えたところ、男はさらに、「この鹿の鳴く声はお聞き に な り ま し た か 」 と い っ た の で 、「 は い 、 聞 い て お り ま す 」 と 答 え た 。 男 は 、 「それで、それをどのようにお聞きになりましたか」といったので、女はす ぐさま答えた。) c.若 き 人 々 ( 若 い 女 房 た ち ) 出 で 来 て 、 「 男 や あ る 」 「 子 や あ る 」 「 い づ く にか住む」など、口々問ふに、をかしごとそへごとなどをすれば、「歌はう た ふ や 。 舞 な ど は す る か 」 と 問 ひ も 果 て ぬ に 、 … ( 枕 152) (若い女房たちが出て来て、「夫はいるのか」、「子供はいるのか」、「ど こに住むのか」などと、口々に聞くと、おもしろいことや、あてつけの冗談 を言ったりするので、「歌はうたうのか、舞なんかはするのか」と聞きも終 わらないうちに、) 11 分析において、発話者の判断に重点を置くか、事態の様相に重点を置くか、という問題 が あ る 。 小 柳 (2014)参 照 。 通 史 的 観 点 か ら の 〈 事 態 〉 と 〈 主 体 〉 の 関 係 に つ い て は 、 高 山 (2015)で 論 じ た 。 d .( 老 女 房 )「 か れ は 誰 ぞ 。 何 人 ぞ 」 と 問 ふ 。 名 の り し て 、 … ( 源 氏 2 - 3 4 6 ) (「そこにいるのはどなた。どういうお人です」と尋ねる。惟光は名を告げ て、…) e.( 源 氏 ) 「 な ど か い と 久 し か り つ る 。 い か に ぞ 。 … 」 と の た ま へ ば 、 ( 惟 光 ) 「 し か じ か な む た ど り 寄 り て は べ り つ る 。 … 」 ( 2-347) (「どうしてこんなに長くかかったのか。どんな様子だった。…」とおっし ゃると、「かようか ようなことで、ようやく尋ね寄りましてございます…」) これらの疑問文は、下記のような特徴をもつ。 (10) ①対話場面が目立つ→質問文(問答)、即答性、連続性 ② 存 在 詞 述 語 が 多 い ( 「 碁 盤 は べ り や 」 枕 288) ③述語は基本形、キ、ツが多い(タリ、リ、ヌ、ケリ少数) ④「~と問ふ」等で質問文であることを明示 ⑤ダイクシス要素(指示詞など)が目立つ 以上、Bタイプ疑問文の特徴を見てきた。 5.まとめ ここで、Aタイプ疑問文とBタイプ疑問文の特徴とよく使用される文につい て述べておく。 ●Aタイプ疑問文(想像型疑問文) 地 の 文 、心 内 文 で 多 く 用 い ら れ 、話 者( 作 者 )の 想 像 す る 事 態 を 対 象 と す る 。 モダリティ形式は事態の非現実表示に用いられる。心内文での使用からわかる よ う に 、 A タ イ プ 疑 問 文 は 疑 い 志 向 の 性 格 が 強 い 。 12 ●Bタイプ疑問文(現場型疑問文) 会話文(特に対話の現場)で多く用いられ、実際に現場にある事態(または 既定の事態)を対象とする。こうした特徴から、Bタイプ疑問文は問い志向の 12 特 に 、 物 語 作 品 の 地 の 文 に お い て は 、「 ~ ニ ヤ ~ ケ ム 」型 の は さ み こ み 疑 問 文 が 頻 出 し ており、興味深い。このタイプの疑問文については、別稿を準備している。 性格が強い。 こ こ で 、モ ダ リ テ ィ の 観 点 か ら 古 代 語 疑 問 文 を 分 類 す る と 以 下 の よ う に な る 。 疑 問 文 の 下 位 タ イ プ も 合 わ せ て 示 し て お く 。 13 疑問文の類型 よく使用され る文 ……設想タイプ(ム) Aタイプ疑問文(想像型) ……反実タイプ(マシ) 地の文、心内 文、歌 ……当為タイプ(ベシ) 疑問文 ……既定タイプ(ケム、ラム) … …実 在 タイプ( 基本形、タリ、リ) 会話文、歌 Bタイプ疑問文(現場型) ……既定タイプ(キ、ツなど) ※「何事ぞ。」「いづら。」「誰。」のように、一語文的なものはBタイプが 多い。 6.おわりに 本稿では、モダリティ形式を分析装置として古代語疑問文を捉えようと試み た。仮説の提示にとどまるものであり、実証については今後の作業となる。 最後に、現代語疑問文との対比の観点から述べておく。古代語疑問文は、解 答 を 要 求 す る の で は な く 、疑 っ て い る ポ ー ズ( 擬 態 )を と る も の が か な り あ る 。 つ ま り 、疑 い 志 向 で あ る と い え る 。 1 4 わ れ わ れ は 、典 型 的 な 疑 問 文 を 頭 に 浮 か べ るとき、「問い―答え」の整った質問文をイメージする。しかしながら、古代 語の場合、疑問文と平叙文との距離は、現代語より小さいように思われる。文 論 の 根 本 問 題 に 関 わ る こ と だ が 、1 5 本 稿 の 考 究 の 範 囲 を 超 え る 。今 後 さ ら に 検 討 してみたいと思う。 使用本文:新編日本古典文学全集・小学館 13 ※用例末尾の括弧内の数字は頁数 想像型と現場型の対立は、指示詞の観念指示と現場指示を想起させるかもしれない。 指示詞とモダリティはいずれも世界の分割に関わるので、パラレルに捉えうる側面をもつ と思われる。 14 ただし、テキストの性格について注意が必要である。もともと対話型テキストが少な いために、Bタイプは出てきにくい可能性がある。 15 山 田 文 法 で 積 極 的 に 、「 平 叙 文 ― 疑 問 文 」の 対 立 を 立 て て い な い こ と も 参 考 に す べ き で あろう。 引用文献 小 柳 智 一 (2014)「 古 代 日 本 語 研 究 と 通 言 語 学 的 研 究 」 定 延 利 之 編 『 日 本 語 学 と 通 言 語 学 的 研究との対話』くろしお出版 大 鹿 薫 久 (2004)「 モ ダ リ テ ィ を 文 法 史 的 に み る 」 、 北 原 保 雄 監 修 、 尾 上 圭 介 編 『 朝 倉 日 本 語講座6 文法Ⅱ』朝倉書店 尾 上 圭 介 (2012)「 不 変 化 助 動 詞 と は 何 か ― 叙 法 論 と 主 観 表 現 要 素 論 の 分 岐 点 ― 」 『 国 語 と 国 文 学 』 89-3 高 山 善 行 (1993)「 モ ダ リ テ ィ と モ ー ド ― 古 代 語 に お け る 仮 定 条 件 文 の 帰 結 表 現 を め ぐ っ て ― 」 『 日 本 語 学 』 12-13、 後 に 、 高 山 (2002)所 収 。 高 山 善 行 (2002)『 日 本 語 モ ダ リ テ ィ の 史 的 研 究 』 ひ つ じ 書 房 高 山 善 行 (2005)「 助 動 詞 「 む 」 の 連 体 用 法 に つ い て 」 『 日 本 語 の 研 究 』 1-4 高 山 善 行 ( 2 0 1 4 a )「 条 件 表 現 と モ ダ リ テ ィ 表 現 の 接 点 ― 「 む 」 の 仮 定 用 法 を め ぐ っ て 」 、 益 岡隆志他編『日本語複文構文の研究』ひつじ書房 高 山 善 行 ( 2 0 1 4 b )「 配 慮 表 現 の 歴 史 的 変 化 」 、 野 田 尚 史 ・ 高 山 善 行 ・ 小 林 隆 編 『 日 本 語 の 配 慮表現の多様性』くろしお出版 高 山 善 行 (2015)「 文 構 造 の 史 的 展 開 ― 〈 事 態 〉 と 〈 主 体 〉 の 関 係 を め ぐ っ て 」 「 関 西 外 国 語大学 第1回言語・文化コロキアム、パネルディスカッション発表資料」 金 水 敏 (2011)「 第 3 章 統語論」、金水敏他編『シリーズ日本語史3 文法史』岩波書店 衣 畑 智 秀 (2014)「 日 本 語 疑 問 文 の 歴 史 変 化 ― 上 代 か ら 中 世 ― 」 青 木 博 史 ・ 小 柳 智 一 ・ 高 山 善行編『日本語文法史研究2』ひつじ書房 近 藤 泰 弘 (1987)「 古 文 に お け る 疑 問 表 現 ― 「 や 」 と 「 か 」 ― 」 、 『 国 文 法 講 座 3 古典解 釈 と 文 法 ― 助 詞 の 機 能 』 明 治 書 院 、 後 に 近 藤 (2000)『 日 本 語 記 述 文 法 の 理 論 』 ひつじ書房所収 近 藤 要 司 (1995)「 『 源 氏 物 語 』 の 助 詞 ヤ に つ い て 」 『 宮 地 裕 ・ 敦 子 先 生 古 稀 記 念 論 集 日 本語の研究』明治書院 阪 倉 篤 義 (1993)『 日 本 語 表 現 の 流 れ 』 岩 波 書 店 寺 村 秀 夫 (1984)『 日 本 語 の シ ン タ ク ス と 意 味 Ⅱ 』 く ろ し お 出 版 仁 田 義 雄 (1991)『 日 本 語 の モ ダ リ テ ィ と 人 称 』 ひ つ じ 書 房 野 村 剛 史 (1997)「 三 代 集 の ラ ム の 構 文 法 」 川 端 善 明 ・ 仁 田 義 雄 編 『 日 本 語 文 法 体系と方 法』ひつじ書房 福 嶋 健 伸 ( 2 0 1 4 )「 従 属 節 に お い て 意 志 ・推 量 形 式 が 減 少 し た の は な ぜ か 」益 岡 隆 志 他 編『 日 本語複文構文の研究』ひつじ書房 益 岡 隆 志 (1987)「 モ ダ リ テ ィ の 構 造 と 意 味 ― 価 値 判 断 の モ ダ リ テ ィ を め ぐ っ て ― 」 『 日 本 語 学 』 6-7 松 尾 捨 治 郎 (1943)『 助 動 詞 の 研 究 』 文 学 社 三 宅 知 宏 (2011)『 日 本 語 研 究 の イ ン タ ー フ ェ イ ス 』 く ろ し お 出 版 森 山 卓 郎 ( 1 9 8 9 )「 認 識 の ム ー ド と そ の 周 辺 」 仁 田 義 雄 ・ 益 岡 隆 志 編 『 日 本 語 の モ ダ リ テ ィ 』 くろしお出版 山 口 堯 二 (1980)『 古 代 接 続 法 の 研 究 』 明 治 書 院 山 口 堯 二 (1990)『 日 本 語 疑 問 表 現 通 史 』 明 治 書 院 [ 付 記 ] 本 稿 は 、平 成 2 6 年 度 日 本 学 術 振 興 会 科 学 研 究 費「 平 安 時 代 語 に お け る 非 典 型 的 タ イ プ条件文の記述的研究」 ( 挑 戦 的 萌 芽 研 究 、課 題 番 号 2 6 5 8 0 0 8 3 )の 研 究 成 果 の 一 部 で あ る 。
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