平成 27 年度[第19 回] 文化庁メディア芸術祭 受賞作品・受賞者一覧 平成 27 年 11月 27 日 文化庁メディア芸術祭実行委員会 01 平成 27 年度[第 19 回]文化庁メディア芸術祭 第19 回 文化庁メディア芸術祭 受賞一覧 アート部門 賞名 作品名 作品形態 作者名[国籍] 大賞 50 . Shades of Grey グラフィックアート CHUNG Waiching Bryan[英国] 03 優秀賞 The sound of empty space メディアインスタレーション Adam BASANTA[カナダ] 04 Ultraorbism メディアパフォーマンス Marcel·lí ANTÚNEZ ROCA[スペイン] 04 Wutbürger 映像インスタレーション KASUGA 05 ページ (Andreas LUTZ / Christoph GRÜNBERGER)[ドイツ] (不)可能な子供、01:朝子とモリガの場合 長谷川 愛[日本] 05 算道 計算手法、パフォーマンス 山本 一彰[日本] 06 Communication with the Future – The Petroglyphomat インタラクティブアート Lorenz POTTHAST[ドイツ] 06 Gill & Gill 映像作品 Louis-Jack HORTON-STEPHENS[英国] 06 大賞 正しい数の数え方 音楽劇 岸野 雄一[日本] 07 優秀賞 Dark Echo ゲーム Jesse RINGROSE / Jason ENNIS[カナダ] 08 Drawing Operations Unit: Generation 1 インタラクティブインスタレーション Sougwen CHUNG[カナダ] 08 Assocreation / Daylight Media Lab 09 写真、ウェブ、映像、書籍 新人賞 エンター テインメント部門 Solar Pink Pong インタラクティブインスタレーション、デジタルデバイス Thumper ゲーム Marc FLURY / Brian GIBSON[米国] 09 ほったまるびより 映画 吉開 菜央[日本] 10 Black Death ウェブ、ルポルタージュ Christian WERNER / Isabelle BUCKOW[ドイツ]10 group_inou「EYE」 ミュージックビデオ 橋本 麦/ノガミ カツキ[日本] 10 大賞 Rhizome 短編アニメーション Boris LABBÉ[フランス] 11 優秀賞 花とアリス殺人事件 劇場アニメーション 岩井 俊二[日本] 12 Isand ( The Master) 短編アニメーション Riho UNT[エストニア] 新人賞 アニメーション 部門 My 新人賞 Home 短編アニメーション 12 13 Gabriel HAREL[フランス] 13 台風のノルダ 劇場アニメーション 新井 陽次郎[日本] 14 Chulyen, a Crow’s tale 短編アニメーション Agnès PATRON / Cerise LOPEZ[フランス] Friends) 短編アニメーション Natalia CHERNYSHEVA[ロシア] 14 14 大賞 かくかくしかじか 東村 アキコ[日本] 15 優秀賞 淡島百景 志村 貴子[日本] 16 弟の夫 田亀 源五郎[日本] 16 機械仕掛けの愛 業田 良家[日本] 17 Non-working City HO Tingfung[ポルトガル] 17 エソラゴト 同人誌 ネルノダイスキ[日本] 18 たましい いっぱい おくやま ゆか[日本] 18 町田くんの世界 安藤 ゆき[日本] 18 新人賞 功労賞 NGUYEN Phuong Mai[フランス] Yùl and the Snake 短編アニメーション Deux Amis ( Two マンガ部門 [オーストリア] 飯村 隆彦 映像作家/批評家 19 上村 雅之 ハードウェア開発者/ビデオゲーム研究者 19 小田部 羊一 アニメーター/作画監督/キャラクター・デザイナー 19 清水 勲 19 漫画・諷刺画研究家 アート部門 大賞 シェイズ オブ グレイ 50 . Shades of Grey グラフィックアート CHUNG Waiching Bryan[英国] チュン・ワイチン・ブライアン 作品概要 本作は、プログラミング言語を使用した、コンセ プチュアルであると同時に視覚的な作品で、額 装した 6 枚のシートで構成される。作者は、過 去 30 年間に学んださまざまなプログラミングの 言語やソフトウェアを用いて、50 段階の灰色の グラデーションでできたまったく同じ画像を制作 した。タイトルはオンライン小説として発表され、 後 にベストセラーとなった『 Fifty Shades of という大衆小説を参照している。かつて広 Grey 』 く普及していた数々のソフトウェア・ツールは、現 在ではそのほとんどが使用されなくなっている。 コンピュータ産業においてもデジタルアートにお いても、前時代的になることへの恐れはつねに つきまとう。作者は、それらのプログラミング言 語の一つひとつと旧友のように接し、それを最新 の機械のなかに取り込み、新しい外貌やエネル ギーをもたせて再活性化した。これまでに開発 された異なるテクノロジーが盛衰してきたさまを 参考 URL http://www.magicandlove.com/blog/artworks/50-shades-of-grey ● © 2015 Bryan Wai-ching CHUNG 可視化する作品である。 贈賞理由 物質的存在感を持つアナログメディアに対して、 デジタルメディアは、基本的には物質性を有さ ない。その代わり、その背後にはハードウェア =機械と演算という不可視な世界が控えてい る。そして、その両者をつなぐのがプログラミ ング言語である。 『 50 . Shades of Grey 』で は、黒から白への 50 階調のグラデーションを 表示させるための 6 種類のソース・コードのみが CHUNG Waiching Bryan チュン・ワイチン・ブライアン 展示される。それぞれまったく異なった視覚的 [受賞者コメント] 『 50 . Shades of Grey 』を評価してくださった審査 特徴を持つ文字列は、ハードウェアでの演算を 経てディスプレイ上で同一のイメージを導きだ 1964 年、香 港 生まれ。メディアアーティストであり、 委員には本当に感謝したいと思います。本作は、デジ 現在、香港浸会大学の視覚芸術アカデミーで、インタ タルメディアアーティストとして、いかなる新しい技術も ラクティブアートおよびマルチメディアを教える。 すだろうが、観者にその結果は示されない。印 コンピュータをも使用せずに展示する、初めての作品 字されたコードは、多くの観者にとっては解読 です。 すべてのプログミング言語とソフトウェア・ツールはすぐ に古い技術になってしまいます。私は、詩的なテキスト のようにコードを書きました。この作品の制作過程は、 の言語は、コンピュータ技術の進化と陳腐化の 古い友人に再会したり、すでに消滅してしまった古い 場所を訪ねていくようでした。どんどん短縮される IT 関 連の製品の活用サイクルは、私たちに内省させる余裕 語が、それぞれ作者の人生と重ね合わされて語 私は、この作品と今回の受賞が、すこし落ち着いて、周 られる。作品の見た目は、素っ気なくさえ見え 再考する機会を私たちに与えてくれることを望みます。 CHUNG Waiching Bryan 平成 27 年度[第 19 回]文化庁メディア芸術祭 歴史を表象する。一方で作者と同年生まれの BASIC から 2000 年の ActionScript までの言 と時間を残してくれます。 りを見回し、足元を確認して、そしてこれからの未来を 03 不能な、いわばデジタル・イメージの無意識とし て提示されるだけである。作者によれば、6 種 る簡素なものであるが、そこに異質な層が徐々 (佐藤 守弘) に見えてくる豊かさが評価された。 アート部門 優秀賞 ザ サウンド オブ The sound of empty space エンプティー スペース メディアインスタレーション 作品概要 贈賞理由 制御されたマイクロフォンによって発生するハウ 空気は目に見えない。だからその存在につい リングを通じて、マイクロフォン、スピーカー、 てつい見 過ごしがちだが、聴 覚にとっては最 周囲の環境音の相関関係を探る作品。この作 大のメディアである。 『 The sound of empty 品でマイクロフォンが増幅させるのは、人間の space 』においてアーティストはこの「空っぽ Adam BASANTA 身体では耳と口に相当する、インプットとアウト の空間」が音にとっていかに表現豊かであるか アダム・バサンタ プットの機器のあいだにある静音である。この を、視覚的に知覚できるかたちで私たちに提示 とき、スピーカーとは音を発する装置であると している。音が空気中を伝わる速度は 1 秒間 いう概念は成り立たず、いったい何がマイクロ に約 330 m 、光の速度に比べあまりにも遅いた [カナダ] フォンによって増幅されているのか、という疑問 め、空間の状態によって聞こえ方が変わる。つ が生まれる。欠陥のあるシステムを構築して機 まり、私たちの耳は、「音を聞いている」ばか 器間の伝達能力を無効にすることにより、耳は りでなく「空 間を聞いている」のである。音を そのあいだの「空っぽの空間」に注意を傾けさ 使用した作品が比較的多かった今回の応募作 せられる。つまり、増幅機器の位置関係を聞い 品のなかで、音を伝える空間に着目している点 ていることになる。 で、独自の視点を持ち、改めて音とは何かを私 陳腐だが発明的、そして不条理でもあるこの寄 たちに考えさせる表現が、聴覚を超え、メディ せ集められた機器類を通じて、音は明確な存 在や自律的な現象ではなく、物理的・文化的・ アとは何か?を考えさせる作品にもなっている。 (藤本 由紀夫) 経済的な相互依存的ネットワークのなかで生 まれる、変化しやすい産物であることが明らか になっていく。 Photo: Emily Gan © Adam Basanta 優秀賞 ウルトラオービズム Ultraorbism メディアパフォーマンス Marcel·lí ANTÚNEZ ROCA マルセリ・アントゥネス・ロカ [スペイン] 作品概要 スペインのバルセロナと英国のファルマスの 2 つ 『 Ultraorbism 』は、サモサタのルキアノスの の都市をネットワークでつなぎ、インタラクティ 『本当の話』を、作者の独創的な世界観によっ ブにパフォーマンスを行なう作品である。どちら て展開させたメディアパフォーマンス作品。作 の都市の会場でもドローイングのための床面、 者は、自身の身体と機械を融合させるパフォー 中央に大きなメインのスクリーン、脇に小スク マンスやユニークなアニメーションによる作品 リーンを設置している。メインのスクリーンでは で国際的に知られているが、本作では i 2 CAT 物語が進行し、もう一方の都市でのパフォーマ 財団(次世代インターネット等の研究財団)や ンスを反映しながら展開する。小スクリーンは、 ダンサーが参加し、より劇場的な作品となって パフォーマンスの詳細を映しだす。パフォーマン いる。スペインのバルセロナと英国のファルマ スはサモサタ(現・トルコ)のルキアノス(紀元2 スの2つの会場で別々のパフォーマンスを同時 世紀のシリア人作家)が書いた最古の SF のひ 進 行で行ない、音 楽や照 明もネットワーク上 とつといわれる『本当の話』 (全2巻)のうちの の映像とインタラクティブに進行する。彼の舞 第1巻に基づいており、神話や当時の文学を参 台上でのドローイング行為や、何枚にも重ねら 照しつつも、すべてがつくり話の荒唐無稽なス れた巨大な絵画を物語とともにめくり続ける際 トーリーである。この物語は、階層の異なるイ の、そのアクチュアルで原初的なパフォーマン メージによって展開していく。一部はリアルタイ スは見応えがあり、それが異なる場所にいるダ ムのパフォーマンス映像であり、そのほかはあら ンサーや観客と高度な視覚環境のもとで融合 かじめ蓄積されたイメージである。それらが重 していくさまは、祝祭的であり新たな実験とし ね合わされた映像によって物語が紡ぎだされ、 (石田 尚志) て魅力的である。 音楽や照明もインタラクティブに、物語のイメー ジに即応している。 ● © Marcel·lí Antúnez Roca 04 平成 27 年度[第 19 回]文化庁メディア芸術祭 贈賞理由 参考 URL http://marceliantunez.com/work/ultraorbism アート部門 優秀賞 ヴートビュルガー Wutbürger 映像インスタレーション KASUGA (Andreas LUTZ / Christoph GRÜNBERGER) カスガ (アンドレアス・ルッツ/クリストフ・グリューネベルガー) [ドイツ] 作品概要 贈賞理由 本作は、あるドイツ人男性の個人的な怒りや Wutbürger とは、「怒れる市民」という意味 失敗を題材としている。ごく普通の人間である で、さまざまな政治問題に対して市民が抗議の 主人公シュテファン・W は、人生のさまざまな 声を挙げた状況を示す言葉として、2010 年に 段階を振り返り、最後に現在の困った状況に はドイツの「今年の言葉」に選ばれたという。た たどりつくが、そこは脱出できない監禁部屋で だし箱のなかの主人公が 13 幕に及ぶ一人芝 ある。特製の木箱の中で行なわれた 5 時間に 居で怒っているのは、きわめて個人的な事柄に わたるパフォーマンスの録画が、背面からのプ 対してなのである。ここでは政治的なことが個 ロジェクションによって同じ木箱に映しだされ 人的なことに回収されるように一旦は思える。 る。 Isolation episode(孤 独 な 出 来 事) ところが Isolation episode というプロジェク と題されたドイツの国内ツアーでは、この箱は トでは、この箱は原子力発電所や欧州中央銀 いかにも「市民が怒りそうな」場所、例えば原 行などの抗議運動─すなわち「怒り」─が 子力発電所、ヨーロッパ中央銀行、集団監視 起こりそうな場所へと連れだされる。そのことで 施設などの前にゲリラ的に設置された。しかし 再び、個人的な怒りと社会的/政治的な怒り シュテファンは、快 楽 主 義、退 屈な郊 外、育 が交差するのである。ここでフェミニズムにおけ 児放棄についてなどの私的な怒りを叫んでい る「個人的なことは政治的」 というフレーズを引 る。この箱は、あらゆる人のデモ行 為や抗 議 き合いに出すのは牽強付会に過ぎるかもしれな 行動を代行しながら、ごく私的な怒りがその人 いが、現代における個人と社会/政治の関係 自身に向かったときに何が起きるのかを表現し を問いなおすという点で、優れて今日的な主題 ている。 をユーモラスに描いた作品となっているのでは ● 参考 URL http://wutbuerger.in (佐藤 守弘) ないだろうか。 © Andreas Lutz, Christoph Grünberger 優秀賞 (不)可能な子供、 01:朝子と モリガの場合 作品概要 贈賞理由 実在する同性カップルの一部の遺伝情報から 審査会で議論になった作品である。ヒト遺伝 できうる子どもの遺伝データをランダムに生成 子操作の是非と、愛と、アートの役割という題 し、それをもとに「家族写真」を制作した作品。 材の強さ並びに現実との接続や論文参照の努 現在の科学技術ではまだ同性間の子どもを誕 力は、いかにも優等生的で、ポリティカル・コレ 写真、ウェブ、映像、書籍 生させることは不可能だが、遺伝データを用い クトネス(社会正義)的な手法をとった芸術の 長谷川 愛 た推測ならば可能である。遺伝子解析サービ 一例だ。家族写真としてのセンスは最大公約 ス「 23 andMe 」から得ることができるカップル 数的で、同性婚問題としてはここのみが解決点 HASEGAWA Ai [日本] の遺伝データをウェブの簡易版シミュレーター ではないだろう。本作を取り上げたテレビ番組 へアップロードすると、できうる子どもの遺伝情 には多大な訴求力があり、出演タレント自身も 報が、外見や性格、病気のかかりやすさなどの 含め SNS で多くの人々が感涙した事実が確認 情報リストになって出力される。遺伝子研究が できるが、構図としては、ゴーストライター騒動 進み、もはや同性間の子どもの誕生は夢物語 で話題になった人物が、嘘をつきながらも人々 ではなくなろうとしている。しかし、技術的には に感銘を与えたことと似る。つまり本作では、 可能でも倫理的に許されるのか、という議論を 遺伝情報の解釈は作者の言うとおり占い程度、 通過しなければ実現は難しい。一体誰がどの すなわちフィクションだが、SF を美術に仕立て ように、その是非を決定するのか、科学技術に 問題提起を装いつつ、虚実ないまぜに人々を 関する意思決定の機会を多くの人に解放する 感動させるプロジェクトだとすれば、美術として ために、アートにはどのようなことができるのか は嫌悪感を抱かれかねない前述の指摘はすべ 模索する試みでもある。 ● 作品 URL http://aihasegawa.info/?works=impossible-babycase- 01 -asako-moriga © Ai Hasegawa 05 平成 27 年度[第 19 回]文化庁メディア芸術祭 て、むしろ称揚されるべき諸点へと反転する。 (中ザワ ヒデキ) この構造を評価した。 アート部門 新人賞 さんどう 算道 作品概要 贈賞理由 さんどう 計算手法、パフォーマンス 「算 道」 とは、計算の宇宙を探求する道を指す 価値ある仕事である。精神活動の根幹である 造語。作者は、人間の認識の拡張を目指し、身 「情 報とは何か」 「情 報を処 理するとは何か」 体を用いた計算方法「論 理珠算」を独自に開発 に肉薄しようとすれば、ライプニッツならずとも した。 「論理珠算」 とは四則演算はもちろんのこ 哲学は数学を介しコンピュータの発明に至る。 と、条件分岐や繰り返しなどの処理も行なうこと 作者はその行程を、人から計算を見えなくする ろんりしゅざん 山本 一彰 YAMAMOTO Takaaki [日本] ができる計算完備な珠算であり、理論的な計算 既存の電算機を参照しながら辿り、ついに人 能力は日常的に使用されるノイマン型コンピュー が計算を見ながら行為する「非電気的算盤」 と タと同等である。論理珠算を行なうための計算器 その用法として再発明した。ところでこうした探 という記号性と 「論 理算盤」は、その上の「珠」 求は、なぜ真善美の真のみならず美としても積 ろんりそろばん 物質性を兼ね備えた存在により、計算という概念 極的に有価値なのか。知覚や身体に関わるか と身体の一体化を試みている。情報技術によりあ らだけではないだろう。これは鑑賞者が自問す らゆる物体が記号へと置き換え可能となった現代 Photo: ITO Daisaku © 2015 Takaaki Yamamoto ● 参考 URL http://sando.monophile.net コミュニケーション Communication with the Future – The Petroglyphomat ウィズ ザ ザ フューチャー ペトログライフォマート インタラクティブアート Lorenz POTTHAST ローレンツ・ポットハスト [ドイツ] において、記号は実体として認識されうる。情報 べきであるが、作者山本の伸び代でもある。 (中ザワ ヒデキ) の操作方法を知ることは、記号化される自分たち の世界を見直す新たな視点を生みだすだろう。 作品概要 贈賞理由 本作は、可動式のデジタル切削機であり、「前 情 報が電 子 化され、便 利になったと思ってい 向きな破壊行為」 を行なう機械である。この機械 たら、それらの情報を記録したフロッピーディ を使って古いモニュメントにメッセージを彫り、遠 スクや CD-ROMといったメディアが、あっとい い未来に伝えることができる。人間は古来、自ら うまに市場から消え、機能しなくなるという現 が死んだ後も意思を伝えたいという欲求をもつ。 実に私たちは戸惑っている。そのような現実に 現在、私たちが文化として理解しているものはみ 対して、古代の人々が石に刻むことによって記 な、未来の世代にそれを伝えうる能力に支えられ 録された情報が現在まで残っていることに注目 ている。本作は、すでに固定化された力関係に し、コンピュータ制 御の切削機を身にまとい、 対する戦略的な態度を示し、さらに歴史を書き 街に直接メッセージを刻む行為によって、未来 込む強大な権力者という伝統的な考え方を問う との通信を行なおうという壮大なアイデアが、 ている。私たちが、伝統的であること、一時的で メディアに対しての積極的な態度として評価さ あること、そして過去・現在・未来の関係を実体 (藤本 由紀夫) れ、今後の活動が注目される。 的に思索するうえで必要な、理論的背景や実験 © 2014 Lorenz Potthast URL http://www.lorenzpotthast.de/petroglyphomat 的アプローチを提示する作品である。 ● 参考 ジル アンド ジル Gill & Gill 映像作品( 16 分 21 秒 ) Louis-Jack HORTON-STEPHENS ルイス・ジャック・ホートン・スティヴェンス [英国] 作品概要 贈賞理由 碑文彫刻家とロック・クライマー、ともに岩石に 例年にまして「映画」作品の応募が目立ち、メ 関わる専門家の姿から、人間と岩石との深い関 ディア芸術祭がまるで映画祭のような性格を有 係性を讃え探求する、映像によるエッセイであ することへの審査委員のとまどいを見事に吹き り、直感的な詩的作品である。タイトルは、近 飛ばす秀作として評価されたのが本作であり、 代碑文彫刻の祖エリック・ジルと近代ボルダリン 681 点の応募があった映像作品のなかから唯 グ(岩壁を登るスポーツ)の祖ジョン・ジルへの 一の受賞となったショート・フィルムである。レ 敬意を表わしている。2 人のジルについての語り ター・カーバーと呼ばれる世界的に有名な文字 とともに、カメラは 21 世紀の後継者たちを捉え の彫刻師と女性ロッククライマーという優れた る。彫刻家は清閑な工房で彫り、研磨し、クラ 技術を有する 2 人を主人公に据え、われわれ イマーは荒々しい風景のなか孤独に岩を登る。 人類に非常に近しい存在である「石」をテーマ 対称的に見えるが、じつは驚くほどよく似た熟練 に、「ビジュアル・エッセイ」としてつづってみせ の技を見出すことができる。鑿は岩を刻み、手 る。練られたアングルで捉えられたこれらのイ は岩肌を摑む。独特なこの対比から、同じ素材 メージが、効果的な編集でつながれ、そして心 のみ © 2015 Louis-Jack Horton-Stephens URL http://www.gillandgillfilm.com ● 参考 06 平成 27 年度[第 19 回]文化庁メディア芸術祭 に向き合いながら創造性を共有し、問いを解決 に響くナレーションによって深度の強い作品と していくさまが記録されている。 (植松 由佳) して成立している。 エンターテインメント部門 大賞 正しい数の数え方 音楽劇 岸野 雄一[日本] KISHINO Yuichi 作品概要 本作は、子どもたちのための音楽劇であり、人 形劇+演劇+アニメーション+演奏といった複 数の表現で構成される、観客参加型の作品で ある。2015 年 6 月、フランス、パリのデジタル・ アートセンター「ラ・ゲーテ・リリック」の委嘱作品 として上演された本作は、1900 年のパリ万国 博覧会が舞台となっている。公演のため日本か かわかみ お と じ ろ う らパリを訪れた「川上音 二郎一座」が、万博の パビリオン「電気宮」に現われた「電気神」が観 客にかけた呪いを解くため、「正しい数の数え 方」 を求めて旅へ出る冒険物語である。 古来から存在する人形劇というアナログな手法 と、インタラクティブなテクノロジーが随所で融 合し、物語は展開していく。同年に東京で行な われた公演では、作者率いるバンド「ワッツタ ワーズ」の生演奏も加わり、より挑戦的な試みが 行なわれた。舞台芸術の可能性の拡張に挑ん だ意欲的なエンターテインメント・ショーである。 © 2015 Out One Disc 贈賞理由 これまでに数限りない地下文化貢献活動に取 り組んできた勉強家=岸野雄一は、この作品 で新派劇の父=川上音二郎をモチーフに、子ど もたちとのインタラクティブな交流を写しだす演 劇装置を生みだした! 岸野の「演芸/演劇」 の魂には、批評性と実験性が染み込んでおり、 これまではハイコンテクストとして捉えられてい た節もあるが、本作では見事に幼年層を巻き 岸野 雄一 KISHINO Yuichi 1963 年、東 京 都 生まれ。東 京 藝 術 大 学 大 学 院 映 像研究科、美学校等で教鞭をとる。 「ヒゲの未亡人」、 込んで大衆性を帯びたのだ。 「つくって遊び、数 [受賞者コメント] この度はみんなで作り上げたステージに対して栄誉あ る賞をいただき、とても光栄に思います。私は学問とし えて学ぶ」これらエデュケーショナルな精神は、 実験を超越したシミュレーショニズムとして、昭 「ワッツタワーズ」などの 音 楽 ユニットをはじめとし て芸術を学生に教えている立場にありますが、自分自 和の子ども番組から受け継いだ正統な系譜で た多岐に渡る活動を包括する名称としてスタディスト 身の表現のスタンスは、大衆芸能、見せ物、といった もある。また、これまでのメディア芸術祭受賞者 (勉強家) を名乗る。 ものです。道端(ストリート) という市井にこそもっとも メディアとしての可能性を感じており、アートのフレー ムのなかに安住する事を避けてきました。というのも、 画が舞台の背景を固め、これら舞台装置その 歌舞伎でも浮世絵でもそうですが、当初は芸術ならざ ものが映像史をも飲み込んだ、文字通りの「メ るものであった表現を、100 年以上かけて芸術として 評価するに至る目利き、見立ての良さを、市井は持っ ていると信じているからです。例えば鶴屋南北や歌川 国芳が現代のテクノロジーを使ったらどんな愉快な表 現をするだろうか? そんな事を考えながら大勢の人 たちを楽しませる表現をしていきたいと考えています。 岸野 雄一 07 平成 27 年度[第 19 回]文化庁メディア芸術祭 も紛れ込んだ 6 人のアニメーターとのコラボ動 ディア」 と化している。この全身勉強家の複合芸 術を メディア芸術 と呼ばずに何を メディア 、 そして 芸術 と呼ぶのか? 本作は、昭和でも 平成でも、そして未来でもなく、お手軽なテクノ ロジーに埋没しない原初的なアニマが脈打って (宇川 直宏) いるのだ! エンターテインメント部門 優秀賞 ダーク エコー Dark Echo ゲーム Jesse RINGROSE / Jason ENNIS ジェッシー・リングローズ/ジェソン・エンニス [カナダ] © RAC7 Games Inc. 作品概要 贈賞理由 想像力を拠り所に最小限の要素でプレイする、 画面は闇。足跡しか見えない。足跡と音と反 パズル/ホラーゲーム。暗闇のなかで視覚を 響する線を頼りに暗闇から脱出するゲームだ。 奪われたプレイヤーは、危険に満ちた世界を音 音楽は流れずに環境音だけが響く。放射する をたよりに進まなければならない。プレイヤー 線と自分の移動で、地形がわかる。水を散らす の発する足音は、画面上で線となって視覚化 足音と狭い通路であることを感知し、ここが地 され、障害物に反射し跳ね返ることで、周囲と 下水路だと想像する。反射する線が赤くなる。 自分の位置関係が明らかになっていく。しかし、 ヤバいと思いながら進むと鈍い音、悲鳴、吹き この作品世界を把握する唯一の手段である足 だす音。死だ。敵も、景色も、自分も、何も表 音は、音と魂をむさぼる恐ろしい魔物を呼び寄 示されない。ただの闇の中で、シンプルでアブ せ、一歩踏みだすたびに魔物が忍び寄り、気が ストラクトな表現が物語を生みだす。赤い線が つけばもう手遅れになる。魔物のたてる音を示 移動してくる。唸り声。こいつ生きてやがる。 す赤い線への恐怖心と闘いながら、80 ものス 明るい部屋で、スマートフォンを覗きこんでプレ テージを切り抜けなければならない。ゲーム内 イしているにもかかわらず、暗闇に迷い込んで の不吉なサウンドは、サバイバルの緊迫感を効 いる感覚に襲われる。ステージ構成も恐怖を 果的に高めており、ヘッドフォンを使うともっと 増幅させることに集中している。ゲーム性を追 もその世界観を体感できる。暗闇のなかを探索 求することで、最果ての抽象芸術と原初的な し、パズルを解きながら生き残ることが要求さ 恐怖を生みだした。想像力を刺激するために何 れる、新感覚のゲームである。 をすべきか。それを考え抜いてつくられた力強 ● 参考 URL http://www.darkechogame.com (米光 一成) いエンターテインメント作品だ。 作品概要 贈賞理由 優秀賞 ドローイング Drawing Operations Unit: Generation 1 オペレーションズ ユニット ジェネレーション インタラクティブインスタレーション Sougwen CHUNG ソウゲン・チュン [カナダ] 作者と作者が開発したロボットアームが協働し 本作は、アーティスト本人とロボットアームとの て同時にドローイングを行なう作品である。ロ コラボレーションによって成 立している。この ボットアームは、天井に設置されたカメラとコ ロボットアームは、天井のマウントからスキャニ ンピュータの映像から得られる情報をもとに、 ングされた作者の描画スタイルを対照的に模 人の動きを模倣するように設定されている。そ 倣するようにプログラムされており、人間的な の結果、人とロボットが同時に相互の動きを解 アプローチを身に付ける為に、自身の自律的な 釈しあうかのようなパフォーマンスが生みださ スタイルを学ぶ。クレメント・グリーンバーグの れる。 メディウム論の文脈として読み解かれた、コン この作品で作者は、ロボットが人間の振る舞 ティンジェンシーなる偶発性を美意識として受 いに同期する訓練をすることで、ロボットの自 け入れる、最前衛の抽象絵画運動の最果てに 動化、自律性、人間とロボットの共同制作につ この作品は位置するのではないか? いや、寧 いてのアイデアを探求している。それと同時に、 ろこの、身体とロボットアームとの共演は音楽 作者とロボットアームは、このシンプルなドロー 的だ。 2 人のボーカリストデュオによる即興的 イング・パフォーマンスを通じて、人間の動きを な輪 唱パフォーマンスのように模 写する相 方 模倣し、手順どおりに動くロボットによる、偶 は、グリッチもエラーもバグも何もかもを受け 発性を伴う作画(マーク・メイキング)の可能性 入れられる AI なのだ。この予定調和なきドロー を追求している。 イングセッションは、あらゆる審美的束縛から 参考 URL http://sougwen.com/Drawing-Operations-DO-U-G の自由を謳歌し、同時に、美の本質、美の現 ● Photo: Courtesy of Drew Gurian / Red Bull Content Pool © Created on the occasion of the exhibition: NEW INC Showcase at Red Bull Studios New York July 2015. 08 平成 27 年度[第 19 回]文化庁メディア芸術祭 象に問題を投げ掛けているのだ。 (宇川 直宏) エンターテインメント部門 優秀賞 ソーラー ピン ポン Solar Pink Pong インタラクティブインスタレーション、 デジタルデバイス Assocreation / Daylight Media Lab アッソクリエーション/デイライト メディア ラボ [オーストリア] Photo: Assocreation © 2015 Assocreation and Daylight Media Lab Partly funded by the University of Michigan Office of Research (UMOR) and the Penny W. Stamps School of Art & Design. 作品概要 贈賞理由 ストリートとゲームの融合によってつくられた作 子どもの頃、太陽の光を手鏡で反射させ動か 品である。このゲームのプレイヤーは自らの身体 し、時には相手の頬を光でくすぐり遊んだ記憶 と影を使って、路上を動くピンク色の太陽の反 を持っている人は多いだろう。これは、そのテク 射光と遊ぶことができる。電柱や建物の外壁に ノロジー版の子孫だ。 取り付けられた装置は自動で機能するため、プ ここには、人と仕 組み、人と自然 現 象、人と レイヤーに意識されることはない。 人、の3つのインタラクションがある。そして、 この作品は、ゲーム文化と現実の境界をリビン 人の行き交うどんな場 所でもハプニング的に グ・ルームの外へと拡張し、テクノロジーのレン 共同作 業=コミュニケーションを発 生させる ズを通じて太陽光の見方を変えることを狙いと 触媒になる。映像プロジェクションに頼らない している。史上初めて大流行したゲームのひと フィジカルな装置。どこでも持っていって設置 つである卓球ゲーム Pongと、五感で感知でき できるパッケージング。太 陽 光さえあれば 成 る人工現実(アーティフィシャル・リアリティ) と 立する、装置の自立性。人に手順を強いるこ いう概念を確立したアーティストのマイロン・ク とのない、いつのまにか光のほうから戯れてく ル ーガーによる作 品『 Videoplace 』を参 照、 る敷居の低さ。シンプルだけれど、目から鱗の 発展させている。だがそれらと異なるのは、太 ような遊びの装置だ。陽の光と影、人のジェス 陽光を、コンピュータ制御された色付きの鏡に チャー、ロケーションごとの表情の変化……、 よって、スクリーン上を動くピクセルのように色 それらの要素の一つひとつが、 CG ワールドの 鮮やかな球として、現実の路上に魔法のごとく プレイバックにはない、フィジカルとライブの魅 出現させたことである。 力だ。二度と同じ状況は現われない、一期一 ● 参考 URL http://www.solarpinkpong.com (東泉 一郎) 会なところが楽しい。 優秀賞 サンパー Thumper この作品は、従来のリズム・アクション・ゲーム 私たちは鋼 鉄の虫として『 Thumper 』の世 界 ゲーム にスピード感と身体 感 覚を結 合させた「リズ に降り立ち、湾曲するレールを疾走する。目覚 ム・バイオレンス・ゲーム」である。 「宇宙甲虫」 めると虫になっていた人間。カフカや日野日出 となったプレイヤーは、轟くドラム音と不気味 志が描いてきた、この世の不条理に対する内 Marc FLURY / Brian GIBSON マーク・フルーリー/ブライアン・ギブソン [米国] 作品概要 贈賞理由 なシンセサイザーの爆発音とともに、曲がりく 省的な葛藤は、問答無用のスピードによって置 ねったレールをひたすら疾走する。そして、シン き去りとなる。そこから無限のサイケデリアへ プルな操作で障害物をよけ、サイケデリックな 突入していく感覚は、80 年代初頭のアニメー 怪物を倒していく。ゲームの動作とビートを合 ( 1981 ) ション 映 画 の 怪 作『 Heavy Metal 』 わせる仕組み自体は目新しいものではないが、 と通底する。虫のギラついた質感が「ヘビー・ 映像と音響効果がぴったりと一体化しているた メタル」の本来的な意味、自由を求める鋼の精 め、一挙一動が猛スピードにさらわれる感覚と 神を体現している。また「リズム・バイオレンス・ 荒々しい身体感覚を呼び起こす、まったく新し ゲーム」 と銘打たれた本作は、トラックメーカー い「リズム・バイオレンス」の興奮を生みだして の生理から生じるグルーヴに同期することが要 いる。 求される。明示された符丁を狙い打つ従来の ゲームの世界に属する音とその外側の音(効 音楽ゲームとは明らかに異なる生々しい感触が 果音) という従来の関係を打破しながら、自動 ある。同期はこの世界における通過儀礼であ 生成やアルゴリズムによる作曲法から発想を得 り、成功の対価として過剰なエフェクトが発生 て、「異界のミュージック・コンクレート」 ともい する。知覚の歪みの反復の果て、到達した世 うべき音が奏でられている。 界の深奥に何者かの「顔」が浮遊している。そ れは、私たちが彼方に置き去った葛藤の化身 (飯田 和敏) であろう。 © 2015 Drool LLC 09 平成 27 年度[第 19 回]文化庁メディア芸術祭 エンターテインメント部門 新人賞 ほったまるびより 映画( 37 分 11 秒) 吉開 菜央 YOSHIGAI Nao [日本] 作品概要 贈賞理由 「おどりとはなにか」 をテーマに、言語表現を極限 清々しいエロティシズムとフェティシズム。生々し まで削り「女の子のからだ」 とその「動きから生 い皮膚感覚によって貫かれた透明な詩性。緩慢 まれる音」で表現された映像作品。小さな木造 なワンカットすら拒む徹底した美意識。過激さ 平屋一軒家のなかには、人間であるさと子(歌 と穏やかさ、衝突と均衡がもたらすその快楽は、 手)のほかに、4 人の踊り子が住みついている。 ダンサーでもある監督の吉開菜央とパフォーマ 心地の良い日々を過ごす踊り子たちだったが、あ ンスも行なうミュージシャンの柴田聡子の「個」 る日、家のなかにもうひとり少女がいたことを発 の交わりによる成果か。 「メディアとしての身体」 見する。タイトルにある「ほったまる」 とは「ほうっ という現代的なテーマを扱いながらも、超言語 ておくとたまるもの」の略語であり、髪の毛や爪、 コードでつづられる映像からは、時間や空間を 足の裏の皮など身体から出る落としもの、あるい 超越してさまざまな物語や思考が喚起させられ は日々の生活で蓄積されるさまざまなにおいを指 る。2015 年版ガーリー・ポップの「象徴」とし す造語。ダンサーでもある作者が、腹の底から 湧き上がってくる得体のしれない感情・感覚をか らだでつづった「おどる映画」 である。 © NaoYoshigai ブラック デス Black Death ウェブ、ルポルタージュ Christian WERNER / Isabelle BUCKOW クリスティアン・ヴェルナー/イザベル・ブッコー [ドイツ] © Christian Werner & Isabelle Buckow URL http://werner.rudler-rocks.de/black-death ● 作品 作品概要 贈賞理由 テキスト、映像、写真、音声、地図、アニメーショ シリアスな問題に真正面から向き合い、自ら ンなどさまざまなメディアを用いて、ウェブサイト 赴き、パーソナルな生と死に立ち会い、普遍的 上でスクロールしながら読む、新しい形式のルポ メッセージに仕立てた。情緒的にならず、一見 タージュである。エルシニア感染症、あるいは「黒 淡々と、演出的編集もなく提示され、それでい 」 と呼ばれるペストは、歴史 死病(Black Death) て、それらは意図的であって、ゆえに切実なも 上の病として知られる。中世ヨーロッパにおける のとして迫ってくる。見るにもエネルギーを要 ペストの流行は人口を大きく減少させた。近年、 するこの作品の、制作に注がれたエネルギーと ペストは衛生状態の改善や医療技術の向上によ 葛藤はいかばかりだろう。その行動と視線、ク り、地球上の大部分ではおおむね根絶された。 オリティに対して敬意を表したい。それが、非 それでもアフリカ、ロシア、アジア、そして米国で 常に若い作者によってなされているということ さえも、依然としてペストは発症しており、2009 に、今の時代の風を感じるし、テーマは重い 年以降、年間平均 500 件の症例が記録されてい が、その重さを直視する人の存在に、希望が見 る。複数の表現方法を用いたこの作品は、物語 (東泉 一郎) 出される。 や情報の伝達について、シンプルながらも新しい 方法を指し示している。 group_inou「EYE」 Google Street View™ グループ イノウ アイ ミュージックビデオ( 3 分 32 秒) 橋本 麦/ノガミ カツキ HASHIMOTO Baku / NOGAMI Katsuki [日本] © 2015 GAL. 10 て記憶にとどめておきたい作品である。 (工藤 健志) 平成 27 年度[第 19 回]文化庁メディア芸術祭 作品概要 贈賞理由 上の画像を繋ぎあわ Google Street View™ における画像の縫い せ、その上を group_inou の 2 人が駆け抜ける 合わせの「裂け目」に着目し、虚実の感覚が麻 ミュージックビデオ。世界中で撮影された膨大 痺する視覚世界を構築。 Google のシステムに な量の画像をもとに、インターネット上に再構 依拠するのではなく、その「眺め」のバグを引き 築された「視点」の連続をキャプチャーして映 だすというコンセプトは、プラットフォームから 像化している。本曲が収められた group_inou の解放という意味からも大きな可能性を持つも のアルバム「 MAP 」にちなんだこの 作 品 は、 ののように思う。先端のテクノロジーを駆使し 数々のデジタル・ツールを駆使して徹底的に効 ながらも、人物の合成は一コマずつ手作業で 率化する過程と、一コマずつ緻密につくりこむ 行なわれており、その新旧技術のミキシングに 過程の両方によって制作されている。また、制 は作者の卓越したセンスが認められる。視覚と 作方法やそのツールはすべてオープンソース化 しての意外性、映像ギミックのおもしろさのな し公開している。シンプルなアイデアながら、テ かに、現代の視覚文化に対する批評性も感じ クノロジーの流行や時代性に依存しない、作者 (工藤 健志) られる佳作である。 の熱量の感じられる映像作品となっている。 アニメーション部門 大賞 リゾーム Rhizome 短編アニメーション(11 分 25 秒) Boris LABBÉ[フランス] ボリス・ラベ 作品概要 圧倒的な緻密さと極端な構図で展開される短 編アニメーション作品。最小単位から無限に 生成される世界は宇宙そのものであり、変容 を続けるすべての要素が相関し、影響しあって いる。 タイトルは、フランスの哲学者ジル・ドゥルーズ と精 神 科 医フェリックス・ガタリの共 著『千の で複雑に展開されるリゾーム プラトー』 ( 1980 ) ( Rhizome )の概念からつけられている。本作 では、そのリゾームの原則を網羅しながら、生 物学的な意義と哲学観の考察が試みられてい る。作者によれば、スティーヴ・ライヒの音楽の コンセプトとエッシャーの数学的な作品、そし てボッシュやブリューゲルの絵画と、遺伝学の ような生物の進化に関する理論やミクロとマク ロの関係などの要素の間に生まれてくるような 何かをつくりたいと考えるなかで、このドゥルー ズ=ガタリの概念が頭に浮かび創作につながっ たという。若い作者の興味と欲求を具現化し © Sacrebleu Productions た独創的な作品である。 贈賞理由 もともとアニメーション上では、物のスケールは 擬似的なもので、相対的でしかない。この作 品は、仮想のスケール空間のなかで、生物とも 無機物ともつかない抽象的な形態がつねに変 化し、個々の動きが全体の動きへと連なってい く。ミクロからマクロまでをワンカットで見渡す 作品は『コズミック・ズーム』や『パワーズ オブ Boris LABBÉ ボリス・ラベ 1987 年、フランス、ラヌムザン生まれ。現在はマドリッ テン』 (ともに 1968 ) といった古典的科学アニ [受賞者コメント] アートとアニメーションの世界でプロとして活動を始め ドに居を構えて活動中。グラフィック・アーティストとし た数年前から、文化庁メディア芸術祭に大きな興味を て活動を始めたが、最近は、既存映画の時間・空間 持ちながら羨望のまなざしで見てきました。国際的に 形式を離れた映像インスタレーション的アニメーショ も有名ですし、あらゆる形態の芸術にオープンで、革 ンを発表している。 新的なテクノロジーを歓迎するフェスティバルとして、 いつも魅了されていました。 観的な世界の認識の様相を、圧倒的なドロー イングとデジタル合成の物量で見せきった。こ こには未 知の生 態 系を覗き見る喜びがあり、 私の作 品『 Rhizome 』が、今 回アニメーション部 門 絵に擬似的な生命感を与えるアニメーション の原始的なおもしろさがある。またミクロの世 査委員の皆様に心からの感謝の気持ちを表わすととも 重要かつ基本的にポジティブな作品であり、鑑賞者に 界からズームアウトしてマクロな世界へ行きつ いた世界がまるで苔のようで、マクロに達した これまでにないような映画的経験をしてもらえればと はずの最後に小さな世界を見せられているとい 願っています。 う、マクロからミクロへの逆転の感覚を覚える Boris LABBÉ 平成 27 年度[第 19 回]文化庁メディア芸術祭 は科学的な視点ではなく、ボッシュのような主 の大賞を受賞するという名誉をあたえてくださった審 に、誇りに感じています。 『 Rhizome 』は、私にとって 11 メーション作品の先行事例があるが、この作品 (山村 浩二) 点もユニークだ。 アニメーション部門 優秀賞 花とアリス殺人事件 劇場アニメーション(1 時間 39 分) 岩井 俊二 作品概要 贈賞理由 実写映画のつくり手として広く知られる作者の 実写映 画の方 法 論を直に絵の画面へ置き換 初の劇 場用 長 編アニメーション作 品である。 えてアニメーション化することで、「作品のカテ 作 者が監 督を務めた実 写 映 画『花とアリス』 ゴリーとは何か?」を深く考えさせられる作 品 ( 2004 )制作直後から構想が立てられた本作 IWAI Shunji [日本] は、当時と同じキャストが集められ、プロローグ ( 1978 )で、ロトスコープの技術を用いて絵に と有 栖川徹子(通 となる荒 井花(通称:ハナ) したときに生まれる、妙なリアリティにワクワク 称:アリス)の 2 人の出会いのエピソードが語ら したのをこの作品でも思い出した。膨大な実写 れる。転校してきた中学 3 年生のアリスは、「 1 素材の撮影技術も素晴らしく、実写撮影監督 あらいはな © 2015 the case of hana&alice Film Partners である。昔、ラルフ・バクシ監督の『指輪物語』 ありすがわてつこ 年 前、3 年 2 組の教 室でユダが 4 人のユダに を務めた神戸千木さんの才能があますことなく 殺された」 という噂を聞く。さらに、アリスの家 感じられる。また、キャラクター・デザインの処 の隣が「花屋敷」 と呼ばれて恐れられているこ 理作業が魅力的になされているのもこの作品の とを知る。花屋敷に住む引きこもりの同級生ハ よさである。ロトスコープ・アニメーション・ディ ナとアリスの、「ユダ」をめぐる「世界で一番小 レクターを務めた久野遥子さんは、相変わらず さい殺人事件」の謎を解く冒険が始まる。実写 センスがよい。動きが巧い。シナリオのアプロー で撮影した動画をもとにアニメーションとして チもよい。アニメーションならではのよさを、鮮 描き起こす制 作 技 法「ロトスコープ」と、セル やかな清涼感とともに浮き彫りにしている。キャ 画で制作されたアニメの質感を追求する「セル ラクターのどこを簡略化するかによってセンスが ルック 3 DCG 」の手 法を組み合わせた映 像に 問われるので、スタッフが今回の経験で学んだ よって、小さな出来事の瞬間瞬間を真剣に受 ことを次の作品づくりにどう生かせるのかが楽し け止め、悩み、そして笑う少女たちの心情をコ みである。音が少し小さめな点が気になったが、 ミカルに描きだしている。 (森本 晃司) 心地よい作品であった。 ● 参考 URL http://hana-alice.jp/ 優秀賞 イーサント Isand (The Master) ザ マスター 短編アニメーション(18 分 00 秒) Riho UNT リホ・ウント [エストニア] 作品概要 贈賞理由 一 軒の家で、ある日を境に戻らなくなった主 きわめて完成度の高い作品である。登場する 人( Master )の 帰 宅を待つ 犬 の P opi と猿 の のは犬と猿(チンパンジー)。アニメーターの力 H uhuu を描いた短編アニメーション。 Huhuu 量を感じさせるそれぞれのパペットのリアルな ポ ピ ー フ フ ー は最 初、檻に入れられていたが、そこから出 動きと巧みな演技、物語の導入から悲劇のエ ることに成功すると2 匹の共同生活が始まる。 ンディングまでの脚色と演出は、まさに完璧な Popi は、実 際は Huhuu 以 上に賢く強いのだ プロフェッショナルの仕事といえるであろう。画 が、従順かつ恭順な性格の持ち主であることか 面構成におけるライティングとカメラワーク、加 ら、 Huhuu の気まぐれの前に屈服してしまう。 えて音響効果は、すべてが実空間の出来事だ その Huhuu は愚かなまでに自由奔 放な性 格 と思わせ、その表現力は見事である。犬 P opi で、部屋の中を好き放題に散らかしてしまう。 は猿 H uhuu に対して恐怖から従順そして服従 本作の原作は、エストニアの作家フリーデベル を、猿は凶暴さ、みだらさ、おろかさを象徴し ト・トゥクラスの短編小説『 Popi and Huhuu 』 © 2015 OÜ Nukufilm 12 平成 27 年度[第 19 回]文化庁メディア芸術祭 ポ ピ ー フ フ ー ている。この犬と猿は擬人化されてはいない。 ( 1914 )である。コマ 撮りによるリアルなパ しかしそれぞれの、特に犬の感情の表現は人 ペット・アニメーションである本作によって、作 情細やかである。ただ、猿においては限りなく 者は権力の恐ろしさと愚かさを問いかけ、権力 人間に近い演技をするシーンもあって、物語の とは何かを究明しようと試みている。われわれ 展開を際立たせるためであろうが、この部分の の主人とはどのような者か。もしその主人の性 み作り物めいて少し疑問符が残ったところでは 質や行動が Huhuuと似ているとしたら、その ある。悲しいまでのひたすらな従順と、おろか 結果はどのようになるだろうか。動物らしい「動 なる凶暴の果てのあっけない終焉は、はかなく き」が巧みに表現されているだけでなく、強い もむなしい。これは犬と猿に置き換えられた世 コンセプトが描かれた作品。 の無常の話だとこじつけるのは野暮というべき (大井 文雄) だろうか。 アニメーション部門 優秀賞 マイ ホーム My Home 作品概要 NGUYEN Phuong Mai 始まる。 Hugo は、母親との 2 人だけの世界に 色の色調のなか、淡々と進む。しかし、意外に 突然現われたこの見慣れない鳥男のふるまい 思われるかもしれないが、このアニメーション 短編アニメーション(11 分 54 秒) グエン・フン・マイ [フランス] © Papy3D Productions 贈賞理由 ユ ー ゴ 物語は、片田舎で 7 歳の少年 H ugoと母親の 人生における哀しさのひとつを、こんな絵で、 2 人が暮らしているところに、ある日、鳥の頭を こんなアイデアで、しかもこんなにもシンプルに 持つミステリアスな男が家族に加わることから 表現できることに驚きを感じる。物語はセピア や習性に戸惑いを覚えるが、母親は違和感な 作品の表現で一番優れているところはセクシー く接しており、 Hugo の不安や憤りは募ってい さではないだろうか。ホワイトシャツを着ている く。そして Hugo は鳥男に対する探究心から行 鳥、そしてその肩幅の広さが表わす大人の男の 動を起こし、そこで現実と夢のあいだ、人間性 色気、ちらりと見せる母親の肉体のさり気ない と動物性のあいだを目のあたりにすることにな 豊かさ、柔らかさ。折々に見せる坊やの母親へ り、幼年期から大人の世界へと一歩を踏みだ の直接的甘え……。これらすべてが人生ののっ す。本作は Hugo の視点で描かれているため、 ぴきならなさを表現している。坊やは自分だけ 鑑賞者は彼の目を通して物事を経験し、彼に の専有物と思っていた母親の心にほかのもの 感情移入しながら、この突然の変化に巻き込 が入り込んでしまったことを知り、母親は坊や まれていくことになる。美しさと醜さのあいだと がそのことを許さないのを知り、鳥は自分が鳥 いう独特な観点から、鑑賞者にも馴染み深い でしかないことを知り、それぞれがその現実は イメージや感情を用いながら、家族の再構成 どうにもならないことを知る。そしてそのどれも が描かれた作品。また、全編を通じてセリフは がやがてはいやおうなく過去のものとなってい 用いられず、静謐さを持った作品に仕上がって く、その哀しさをこの作品のセピア色が表わし いる。 (髙橋 良輔) ているような気がする。 作品概要 贈賞理由 作者が南フランスで過ごした少年時代の体験 削ぎ落としたシンプルなイラストレーションで、 優秀賞 ユル アンド ザ スネーク Yùl and the Snake 短編アニメーション(13 分 11 秒) Gabriel HAREL ガブリエル・アレル [フランス] をもとに発 想された成 長 物 語。 13 歳の少 年 3 人の登場人物の感情の流れをここまで深く、 Y ùl は、兄 D ino に連れられて、兄が取引をす 的確に現実味をもって表現できていることに驚 ユ ル デ ィ ノ マ イ ク る大きな番犬を連れた地元の暴君の M ike の きを覚える。暴力による力関係が支配する殺伐 もとへと行くが、そこで暴力と屈辱に直面する。 とした世界でしか生きられない若者のヒリヒリ そして、 Yùl が追いつめられたとき、不思議な とした感覚は、現在のヨーロッパが抱える問題 ヘビが現われる─。作者の短編アニメーショ に、直接的ではないが接続していて、今この作 ン監 督 第 1 作目となる本 作は、まず俳 優の演 品をつくる切実さと意味が理解できる。蛇と少 技による実写映画として撮影され、そのうえで 年の交流は、トーテミズム(動植物との特別な 2 次元コンピュータ・アニメーションとして制作 関係が社会的規範となる宗教形態)も連想さ されている。このようなプロセスによって、構図 せ、自分には持ちえない悪の力の願望の象徴と および登場人物の会話は現実味を獲得するこ して魅惑的に描かれている。最後に弱き物が怒 とに成功している。モノクロの映像がリアリズム りの感情を爆発させる展開は、日本の任侠映 とファンタジーの間を往復しながら、カラーで 画も思い出させる。力関係を逆転させた後の少 描かれた物語の核となる部分がこのバランスを 年の兄へのリアクションにより、単なるヒロイズ 強調しており、短編ながら特徴的な作風が作 ムや復讐劇で終わっていない点も素晴らしい。 品に広がりを与えている。 物語は短編として完結しているが、しかし前後 に 3 人それぞれの人生の大きな物語を想像さ せる膨らみを持っている点も、この作品の豊か さを示している。繊細でいて力強い。 (山村 浩二) © 2015 Kazak Productions 13 平成 27 年度[第 19 回]文化庁メディア芸術祭 アニメーション部門 新人賞 台風のノルダ 劇場アニメーション(26 分 13 秒) 贈賞理由 離島の中学校で文化祭の準備を進める生徒た 今後に期待する! 全審査委員の心の内はこ ち。幼い頃からずっと続けていた野球を辞めた の一点で統一されていると思う。この作品を見 ことをきっかけにして親友の西 条ケンタとの関 た人々は、これほどまでに好感の持てるキャラ 係が悪くなっていた東シュウイチは、突如現わ クターたちを、もっともっと切なく、時に激しく、 さいじょう 新井 陽次郎 あずま ARAI Yojiro [日本] © 2015 Typhoon Noruda Committee ● 参考 URL http://typhoon-noruda.com チューリェン Chulyen, a Crow’s tale ア 作品概要 クロウズ テイル れた赤い目をした不思議な少女ノルダと出会 健気に、心の底から応援したくなるような物語 う。時を同じくしてやってきた観測史上最大級 のなかで見てみたい、と思ったはずである。 の台風の影響により、学校から出られなくなっ あえて言えば、絵も動きもこれでよしである。今 た彼らは校内で一夜を過ごすことになる。ノル 後このスタッフが汗を流すべきはシナリオだと思 ダとの出会いと別れを通じ、東は、自分と、そ う。 15 秒の CM にも物 語は要 求される。 30 して親友と、改めて深く向き合っていく。 秒であってもしかり。ぜひこの絵、このアニメー どこかノスタルジックな風景と躍動感のある演 ションで観客を新鮮な物語の感動に誘ってほ 出によって、登場人物たちが鮮やかに描かれて (高橋 良輔) しいと願ってやまない。 いる。制作環境のデジタル化に積極的に取り 組んで効率化を図る一方で、手描きの質感を 表現することも試みられている。 作品概要 贈賞理由 Chulyen は、半 分は人間、半 分はカラスの姿 執拗なドローイングと実写の合成を使い、北 チューリェン をした生物で、その慈悲を欠いた目からもわか 極の近く、邪悪なカラスの精霊 Chulyen を追 短編アニメーション(20 分00秒) るように、傍若無人な性格の持ち主である。舞 う3 人のシャーマンの不条理な物語は、悪夢の 台となるのは、遠く北の大地の森と海で、広が ようで、謎を秘めながら、禍々しいパワーを発 Agnès PATRON / Cerise LOPEZ る夜空にはオーロラが描かれる。Chulyen は、 している。悪意に満ちていたり、純粋さのなか アニエス・パトロン/セリーズ・ロペス 巨人の乗っているカヤックを欲しいと思えば、そ に不気味さを湛えていたり、複雑怪奇なキャラ れを奪い取ってしまうなど、興 味の赴くままに クターの表情が、潜在意識に働きかけ印象に 行動するが、精霊たちに跡をつけられて─。 残る。アニメーション創作によって、北米の神 Chulyenとは、北方のネイティブ・アメリカンの 話を題材に湖と森の生態系のダークな内側の [フランス] 伝承に登場する、架空の生物で、本作もその物 世界を創造しようという試みは、新鮮で興味深 語を原作にして制作されている。シンプルだが時 く、まだ荒削りな印象のなかにも未知の可能性 に荒々しいドローイングと実写が入り混じるモノ (山村 浩二) を感じる。 トーンの描写で、独特のサウンドも携えており、 強烈な世界観を醸しだしている。 © 2015 Ikki Films ドゥ アミ Deux Amis (Two Friends) トゥー フレンズ 短編アニメーション(4 分 4 秒) Natalia CHERNYSHEVA ナタリア・チェルヌショーヴァ [ロシア] 作品概要 贈賞理由 たとえ親友であっても異なる世界の出身者同士 監 督デビュー作『 Snowflake 』からラ・プード であれば、時には相手について大きな誤解をし リエールの卒業制作である本作まで、作者は ていることがある。本作において、イモムシは、 見事なアニメーション作品をつくりあげている。 池に落ちたところを危機一髪でオタマジャクシ 特に本作は、卓抜したグラフィックセンスと洒 に助けられる。突然の出会いから友だちとなっ 脱なキャラクター・デザインに支えられ、アニ た 2 匹だが、オタマジャクシはカエルへと、イモ メーションの一画面が優れた絵本の一ページ ムシは蝶へと変態して―。 2 匹には予想もで のようでもある。加えてそのストーリーテリング きない結末が待っていた。セリフのない簡潔な は、この若さに似つかわしくないとさえいわれる ストーリーを最小限の色彩で描く手法は、作 ほど巧みである。ビジュアルとナラティブと、動 者によるこれまでのアニメーションと共通して きや演出のすべてが作品として絶妙に織りなさ いるが、短編アニメーション第 3 作目となる本 れ、若くして匠の極みに至っているかのようで 作では、より明快でシンプルな作画を試みてい もある。真に地力のある新人といえるだろう。 る。手書き風の背景と組み合わされた素朴な 点と線による表現は、日本の葛飾北斎や歌川 © La poudriere 14 平成 27 年度[第 19 回]文化庁メディア芸術祭 広重から影響を受けたものだという。 (小出 正志) マンガ部門 大賞 かくかくしかじか 東村 アキコ[日本] HIGASHIMURA Akiko 作品概要 少女マンガ家を夢見ていた頃から、夢を叶え てマンガ家になるまでとその後の半生を題材に した自伝 的 作 品。 「自分は絵がうまい」とうぬ はやしあきこ ぼれていた高校 3 年生の林 明子は、美術大学 入学を志し、海の近くにある美術教室に通うこ ひだかけんぞう ととなる。そこで出会った絵画教師・日高健三 は、初対面で絵画教師とは思えない強烈なイ ンパクトを放ち、明子が描いたデッサン作品を 見るなり、竹 刀を振りかざして「下 手くそ」と 言い切った。そこから日高先生と明子、2 人の 物語が始まっていく─。作者の人生に大き な影 響を与えた恩 師との数々の思い出ととも に、自らの高校生活から大学での生活、そし てマンガ家デビューへの道のりを描く。マンガ を「描く」 ことへの愛が、個性的なキャラクター たちとさまざまなエピソードを通して表現され、 笑いと涙の要素が随所に盛り込まれた作品。 『 Cocohana 』 ( 集英社) 連載開始:2012 年 1 月号 連載終了:2015 年 3 月号 © Akiko HIGASHIMURA / SHUEISHA 贈賞理由 東村アキコは「自分のこと」を題材に描く作家 である。周囲の人をキャラとして「どう」描くの か、経験をマンガとして「どう」おもしろく描く のかに心を砕き、膨 大な作 品を生みだしてき た。だが本 作における(そして作 者の半 生に おける)最重要人物である恩師・日高は、これ まで一度も描かれていない。長い間作者の奥 底で大切に寝かされてきたことで、また冒頭で 東村 アキコ HIGASHIMURA Akiko 1975 年、宮崎県生まれ。マンガ家。金沢美術工芸大 (集 学で油絵を学ぶ。 1999 年に『フルーツこうもり』 [受賞者コメント] 「絵を描くこととは何か」、体当たりで教えてくれた私の 恩師というか師匠との思い出を、ただ、思い出すまま 英社) でデビュー。代表作に『ママはテンパリスト』 (集 何も考えずに描いたこのマンガでこのような大きな賞 英 社) 『 海月姫』 ( 講 談 社)など。現 在『 Cocohana 』 をいただけて本当に驚いています。 (集英社) にて『美食探偵 明智五郎』を連載中。 ただ、「描くしか」ない。この賞に恥じないようこれから も私にしか描けないマンガを描き続けていきたいと思 います。 東村 アキコ 述べた作家活動の蓄積によって、「個人的な 経験」は、誰もが同じ痛みを覚える「普遍的な 物語」へと昇華された。日高が幾度も口にする 「描け」 というセリフは、創作者はもちろん、す べての働く人への「手を動かさなければ何も生 みだせないのだ」という、作者の実感を伴った エールである。 「マンガ大賞 2015 」受賞などす でに評価を受けているが、完結巻が審査委員 一同の胸を打ち、大賞贈賞に至った。完結後、 初の歴史ものや探偵ものに着手するなど攻め の姿勢を崩さない東村アキコ。本作はその作 (門倉 紫麻) 家人生の節目となるはずだ。 15 平成 27 年度[第 19 回]文化庁メディア芸術祭 マンガ部門 優秀賞 あわじまひゃっけい 淡島百景 志村 貴子 SHIMURA Takako [日本] 作品概要 贈賞理由 「女性だけの歌劇学校」というひとつの場所に 集まり、同じ時間を共有した少女たちのかけが 本賞にも複数の作品が応募されてきたが、い えのない青春の日々が、人物の視点を変えて、 ずれも上質で票も割れることになった。結果的 時には時代を超えて、オムニバス形式でつづら に『淡島百景』が選ばれたのは、静謐なまでの れた青 春 群 像 劇。淡 島 歌 劇 学 校 合 宿 所、通 絵の美しさと文学的ともいえる構成の巧みさが 称 寄宿舎 には、舞台に立つことを夢みる少 評価されてのことである。 あわじまかげきがっこうがっしゅくじょ 女たちが全国から集まってくる。ミュージカル 宝塚をモデルにしたと思しき歌劇学校を舞台に スターに憧れて入学した田 畑若菜、親友の思 した本作は、一篇ごとに語り手が入れ替わる いを背負って学び続ける寮長の竹 原絹枝、周 短篇を集めたオムニバス作品である。同じ舞台 た ば た わ か な たけはらきぬえ お か べ え み 囲の視線を集める美しき特待生の岡 部絵美、 上で複数の物語が交錯するスタイルは、映画 女 優 一 家に育ちながらも教 師の道を選んだ では「グランドホテル形式」 として知られている いぶきかつらこ 伊 吹桂子。歌劇学校という特殊な空間は、胸 が、本作は、さらに時代まで飛び越えている。 いっぱいの憧れをかかえた少女たちがともに憩 コマ間、シーンの間にも大胆な省略があり、読 う場であると同時に、年端もいかない生徒同士 者はその空白を自分で読み解くことを強いられ の苛烈な闘いが繰り広げられる場でもある。た る。文学作品のような読後感を覚えるのも、こ ゆまぬ努力が実り、才能が花開く場であり、残 のあたりに理由がありそうだ。本作は、今後も 酷な現実が少女の前に立ちはだかる場でもあ 数多の短篇を積み上げた後で、真の主役とも る─。透明感あふれる絵柄と心理描写から、 いえる歌劇学校の歴史と全貌が、鮮やかに浮 登場人物の内面が繊細に紡ぎだされている。 かび上がるのであろう。その日が来るのを待ち 『 Web 連載空間ぽこぽこ』 ( 太田出版) © Takako Shimura 2015 志 村 貴 子 氏は、まさしく「旬の作 家」である。 (すがや みつる) かねている。 http://www.poco 2 .jp/comc/awazima 連載開始:2013 年∼連載中 優秀賞 弟の夫 田亀 源五郎 TAGAME Gengoroh [日本] 作品概要 贈賞理由 同性婚をテーマに、一般社会のなかでのゲイ 日本では昔から人の恋路を邪魔すれば馬に蹴 を描いた作品。弥 一と夏 菜、父娘 2 人暮らし られて死ななきゃならなかったはずなのに、同 の家に、マイクと名乗る男がカナダからやって 性愛者の恋や結婚にはいまだ不寛容にも思え や い ち か な りょうじ 来た。彼は、弥一の双子の弟・涼 二の結婚相 る。海 外でも「ゲイ・エロティック・アーティス 手だった。涼二はカナダでマイクと同性婚をし、 ト」として評 価が高いあの田亀 源 五 郎 氏が一 その後亡くなったのだった。 「パパに双子の弟 般誌で「普通」の人に向けてマンガを描くとい がいたの?」 「男同士で結 婚ってできるの?」と うことで「満を持して」がついに来たとワクワク 幼い夏菜は、突如現われたカナダ人の おじさ した。馬に蹴らせるよりマンガを読んで知って ん マイクに大興奮、たちまち意気投合し仲良 もらったほうが平 和で楽しい。マイノリティが しになる。一方の弥一は、しばらく日本に滞在 全員同じ考えを持つというわけでもないし、ど することになったマイクと一緒に暮らすうちに、 こまでどのように描くか、内と外両方のバラン 自身のなかにあった偏見に気づいていく。そし ス感覚が要求される。面倒だけれど、あの一 て、成長とともに自然と距離ができてしまった 本一本おろそかにせず丁寧に描かれる体毛の 亡き弟・涼二への想いを深めていくことになる。 職人技を見れば作者の誠実さと根気と我慢強 海外でも高い評価を得ている作者による初の さは疑いようがない。そしていつか小学校の教 一般誌連載作品である。 『月刊アクション』 ( 双葉社) 連載開始:2014 年 11 月号∼連載中 © TAGAME Gengoroh / Futabasha 16 平成 27 年度[第 19 回]文化庁メディア芸術祭 室の後ろの学級文庫に本作が置かれ、主人公 の娘・夏菜のような子どもたちが読んで人の恋 路を邪魔しない大人に成長するのを期待して (松田 洋子) いる。 マンガ部門 優秀賞 機械仕掛けの愛 業田 良家 GODA Yoshiie [日本] 作品概要 心 に似た機能を持つロボットたちが、近未 贈賞理由 ロボットを題材にしたマンガは今までに数多く 来の地球各地で織りなすさまざまな寓話からな 発表されているが、そのほとんどは子ども向け るオムニバス集。持ち主に飽きられたロボット につくられてきた。本来ロボットは心を持たな の女の子が、愛された記憶を頼りに お母さん い。心を持たないロボットに人間は勝手にさま を捜す「ペットロボ」、人間の遺言で自由を手 ざまな想いを寄せる。 に入れた介護ロボの苦悩を描く「介護ロボ広 本 作は絵 柄もストーリーも、一 見すると実に 沢さん」、思い出を託された執事ロボが、主人 オーソドックスだが、構図や構成では、マンガ との約束を果たすために選んだ道を追う「リッ の基本がきっちりと守られているため読みやす クの思い出」など、人間のために働くロボットた い。そして、隙がなく描き馴れた技法は確かな ちを軸に、物語は展開される。 プロであることを物語っている。 街にたたずむ自販機ロボ、本を愛する刑事ロ それぞれのストーリーに登 場するロボットの ボなど、プログラムされた機能を果たしている 持つ宿命と、主人となる人間を待つ運命。心 だけの 彼らは、その 純 粋 な 機 能 をもって、 の無いロボットが心を持つときとは、人間がロ 人間たちに語りかける。これまで「人生に意味 ボットに愛情を注いだときに起こる奇跡だと教 はあるか」 「人間の想いは永遠であるか」などの えてくれる。行き過ぎた奇は狙わず、哀しみ、 テーマを描いてきた作者が、ロボットの営みを 愛、そして闇をロボットという素材を使い、読 通して「人間とは何か」 「 心 とは何か」を表現 む者の心を優しくゆさぶる物語は、大人向けの した作品である。 (犬木 加奈子) 秀逸な作品であった。 『ビッグコミック増刊号』 ( 小学館) 連載開始:2010 年 10 月 17 日号∼連載中 © Goda Yoshiie / SHOGAKUKAN 優秀賞 ノン ワーキング Non-working City シティ HO Tingfung ホー・ティンフン [ポルトガル] 作品概要 台北市のどこかにあると噂される架空の都市 本作は、その独特な絵柄でユニークな作品だ 「 Non-working City 」を 描 い た マン ガ で あ と早くから評 判になった。審 査 委員のなかか る。そこは仕事も競争もない、自足したパラダ らは「作画の技術に難あり」という意見も出た イスで、すべてが信じられないほど美しい。毎 が、野放図な絵柄がかもしだす得体の知れぬ 月決められた人数だけその都市に入ることが 迫力が複数の委員の目にとまり、二転三転す できるが、正確な入口を把握している者はいな る審 査の荒 波をしぶとく生き残って、数ある い。そんな「 Non-working City 」に、借 金に ウェルメイドな作品を押しのけるかたちで受賞 苦しむカップルが期せずして入り込む。彼らは に至った。果てしなく発展を続けるアジアの混 そこで、運動エネルギーを都市を機能させる電 沌とした都 市 風 景が、荒々しくも細 密で素 朴 気エネルギーに変換できるエクササイズ・マシ な絵柄で表現されており、見ているだけでも楽 ンなどを目にし、仕事だけがサバイバルの方法 しい作品に仕上がっている。働く必要もない、 ではないことに気づかされる。 「 Non-working 競争もない町というと、米国のサンシティのよ City 」の風景は、「桃源郷」の由来となった中 うな「上流老人」のコミュニティを想 起させる 国の散文作品『桃花源記』の描写を参考にし が、はたしてそれで人々は幸せになれるのだろ ながら、現実の台北市と仮想都市が結びつけ うかとこの作品は読者に問いかける。また、多 られて描かれている。本作では、機械化時代 くの人々の競 争と労 働で成り立っている現 代 の到来以来、人々が夢見続けてきた「労働の の都市において、そのような「桃源郷」が存在 ない社会」が描かれる。機械的な都市、資金 する矛盾した現実についても読者は考えずに 分配の不平等性、現代の社会的権力構造に光 (古永 真一) はいられない。 をあてた作品である。 © Garden City Publishers 17 平成 27 年度[第 19 回]文化庁メディア芸術祭 贈賞理由 マンガ部門 新人賞 エソラゴト 同人誌 作品概要 贈賞理由 人や動物、無機物があたりまえのように会話す 「ネルノダイスキ」 という人を食った名前の作者 る「童 話」的 世 界を描いた全 7 本の短 編 集。 によるこの作 品は、作 品もペンネーム同様に ネルノダイスキ 家の中で壁に埋まった同居人と主人公の日常 読者を戸惑わせるおもしろさがある。簡略化さ をつづる「エソラゴト」、死後の世界に行ける れたキャラクターと細密な背景のコントラスト nerunodaisuki という話を聞いた主人公がパソコンで検索をし は水木しげる風であるが、他方で米国のアン て発見し、その場所を訪ねる「アザーサイド」、 ダーグラウンド・コミックスを彷彿させる、ひね 柴犬の尻をクリーニングする会社へ就職する話 りのきいたおもしろさもあって、読者を絵空事 「コーサ」、畑に突 如として現われた白く巨 大 の迷宮へと誘い込む。飄々としたキャラクター [日本] な生き物の退治を害獣駆除専門家にお願いす の魅力に加えて、自由奔放な想像力を活かした る「へのへのもへ」ほか、いずれの短編でも緻 シュールな物語展開は、先の読めないスリルが 密に描かれた背景上に簡略化された猫のよう あるだけでなく、作者の才能やのびしろを感じ なキャラクターが主人公に据えられている。現 (古永 真一) させ、今後の活躍が望まれる。 実と似ているが、よく見ると異なる常識や風習、 © nerunodaisuki 価値観をもつ風変わりな住人たちが暮らすパラ レルワールドを描いた作品。 たましい いっぱい おくやま ゆか OKUYAMA Yuka [日本] © OKUYAMA Yuka 2015 『月刊コミックビーム』( KADOKAWA ) 掲載時期: 2010 年 12 月号∼ 2015 年 6 月号 町田くんの世界 安藤 ゆき ANDO Yuki [日本] © Yuki Ando / SHUEISHA 『別冊マーガレット』 (集英社) 連載開始:2015 年 4 月号∼連載中 18 平成 27 年度[第 19 回]文化庁メディア芸術祭 作品概要 贈賞理由 テーマはファンタジーからありふれた日常のドラマ 戦前から活躍し現代まで大きな影響を与えてい まで多彩ながら、一貫したユニークなスタイルで るマンガ家、かの杉浦茂と同じ目で、いろんな 展開される短編作品集。空想とユーモアが横溢 不思議な世界を覗いて廻って描いたような短編 するナンセンスな連作「しりこだまラプソディ」、貧 集。特に「しりこだまラプソディ」は UFO やツチ しく幼い兄弟が愛馬をマーケットへ売りにいく切 ノコの目撃談に添えられた絵のような、嘘じゃ なくも温かいオリジナル童話「オスカーは毛並み ないけど本当じゃないキテレツなおもしろさ。生 のいい馬」、古典落語の名作怪談噺を独自の視 まれるのも死ぬのも「たましい」にとっては一緒 点でマンガ化した「三年目」など、それぞれの物 なんだとふわふわ気持ちが軽く楽しくなる。 「今 語には、優しさと哀しみに溢れた世界へのまなざ 日のお弁当は」で不妊治療してもこっちの世界 しが通底している。大学卒業後にさまざまな職種 に生まれて来なかった赤ん坊も、あっちの世界 を経験した作者が、デビュー以来 5 年間に発表し で猫や河童や宇宙人とケラケラ笑い転げて愉 てきた短編作品をまとめた本作品は、揺るぎない 快に暮らしている気がするのだ。イタズラを仕 清新さと個性を併せ持ち、不思議な世界へと読 者をいざなう。 掛けるつもりで作品を増やしていって欲しい。 (松田 洋子) 作品概要 贈賞理由 物静かで、周囲からは生真面目と思われている 候補作として挙がった少女マンガ群のほとんど が、成績は中の下、運動神経は悪く、機械も が、読者の期待に応えるような華やかな「イケ 苦手で不器用。そんな「町田くん」の日常を描 メン」を描いた作品で占められるなか、本作で いた作品。町田くん自身は、自分には「得意な は勉強も運動も苦手、けれど人が好き、という ことが何もない」 と憂いているが、じつは周りの 新たなヒーローを登場させ、審査委員の注目を 人々から深く愛されている。それは、「人を好 集めた。恋愛のみでなく主人公の生活を丁寧に き」で、誰にでも分け隔てなくそっと優しさを届 追いかけることに重点を置いており、自身の描 けるからであり、彼の言葉や行動の一つひとつ きたいことを誠実に描いていこうとする強い作 が周囲の人たちの心のすき間をそっと埋めてい 家性が感じられる。デビューから11 年のあいだ く。本作は、町田くんを通して見える世界を丁 に原作付き上下巻、短編集を 3 冊を出版してい 寧に描くことによって「人の温かさ」を感じさせ るのみであり、本作が初のオリジナル連載。寡 てくれる。これまで主に短編作品を描いてきた 作だった作者が、描き続けるという行為を経て 作者の初の連載作品であり、少女マンガなが ら男女問わずに楽しめる作品となっている。 さらに飛躍する姿を楽しみに待ちたい。 (門倉 紫麻) 功労賞 飯村 隆彦 IIMURA Takahiko 映像作家/批評家 プロフィール 贈賞理由 1937 年、東京都生まれ。 1959 年慶應義塾大学法学部卒業 後、実験映画の制作を始める。 1960 年代にハプニングのオノ・ トさせて以 来、独自の世 界 観を表 現しながら映 画、 ヨーコ、画家の赤瀬川原平、作曲家の小杉武久、暗黒舞踏の ビデオアート、インスタレーション作品などのメディア 土方巽らの前衛芸術家の協力のもと、8ミリや 16ミリの前衛 映画を個人で制作する。 1964 年に実験映画集団「フィルム・ アンデパンダン」を結成し、日本の個人映画史上最初の実験映 画 祭を行なう。 1965 年、実 験 映 画『 LOVE 』がニューヨーク 1960 年代に前衛映画の制作によりキャリアをスター アートの先駆者として活躍を続けている。その活躍の 場は日本に留まらず、米国、ドイツ、フランスをはじめ 国際的な評価も高い。飯村の制作姿勢を特徴づける の実験映画のリーダー、ジョナス・メカスによって高く評価され ものに、メディアと知覚の関係性の探究が挙げられる。 る。 1969 年にビデオ・アートの制作を始め 1974 年に N.Y. 近 また、多くの論考からは、メディアに対する優れた批 代美術館、1979 年にはホイットニー美術館で個展とパフォー マンスを行ない、個人映画作家として国際的に評価される。代 表 作に『 OBSEVER / OBSERVED 』 ( 1975 )、『あいうえお ん六面相』 ( 1993 )、『 SEEING / HEARING / SPEAKING 』 評家の側面を見ることもできる。これらの活動を顧み れば、飯村が日本のメディアアートの先端を担ってき (植松 由佳) た存在であるとしても過言ではないだろう。 ( 2001 )。著 書 に『芸 術と非 芸 術 の 間』 ( 三 一 書 房、1970 ) 『映像実験のために』 ( 青土社、1986 )など多数。 上村 雅之 UEMURA Masayuki ハードウェア開発者/ ビデオゲーム研究者 プロフィール 贈賞理由 1943 年、東 京 都 生まれ。千 葉 工 業 大 学 電 子 工 学 部 電 子 工 学 科 卒 業。 1967 年、早川電 機(現・シャープ)に入 社。入 社 ピュータ』を開発し、一過性のブームとして過ぎ去る可 時は主に光センサーなどの技 術サービス業 務に従 事。 『光 線 銃シリーズ』の開発に関わったことがきっかけで、1971 年、任 天 堂 入 社。その 後『テレビゲ ーム 6 、15 』、『ブロック 崩し』 などの初 期テレビゲーム機の開 発を担当。 1981 年、『ファミ リーコンピューター(ファミコン)』の開 発 責 任 者となり、国 内 で大ヒットしたのを契 機に、海 外 向けファミコン『 Nintendo 上 村 雅 之はビデオゲーム勃 興 期に『ファミリーコン 能性もあったこのジャンルを産業として、そして文化と して確立した。また、上村は 2011 年より立命館大学 ゲーム研究センターにおいてセンター長を務め、研究 者の立場から人類文明史を「遊戯」 という観点によっ て再構築するプロジェクトに取り組んでいる。その視 Entertainment System( NES )』、および『スーパーファミコ 野は有史以前の古代文明から近代社会、現代、そし ン』の開発責任者を勤める。 2004 年、任天堂を退職と同時に てシンギュラリティ (技術的特異点)以降といった壮大 任天堂開発アドバイザーおよび立命館大学大学院先端総合学 術研究科特任教授に就任し、ビデオゲームの学術的研究に尽 力する。 2009 年より、同大学映像学部において「遊戯史」講 義および「遊びの映像化」をテーマとしたゼミナールの指導にあ なスケール感をもつものだ。この度のメディア芸術祭 功労賞の贈呈によって、こうしたヴィジョンの共有が (飯田 和敏) 期待できる。 たる。現在、立命館大学ゲーム研究センター( RCGS )センター 長および映像学部客員教授。 小田部 羊一 KOTABE Youichi アニメーター/作画監督/ キャラクター・デザイナー プロフィール 1936 年、台湾台北市生まれ。東京藝術大学美術学部日本画 科 卒 業 後、1959 年に東 映 動 画へ入 社。長 編『わんぱく王 子 の大蛇退治』 ( 1963 )、『長靴をはいた猫』 ( 1969 )などでアニ メーション原画を担当。 『空飛ぶゆうれい船』 ( 1969 )では初の 作画監督を務める。 1971 年高畑勲、宮崎駿とともに東映動 画を辞し、他社で『パンダコパンダ』 ( 1972 )や『赤胴鈴之助』 ( 1972 )の作画監督として活躍した後、『アルプスの少女ハイ ジ』 ( 1974 ) 『 母をたずねて三千里』 ( 1976 )で、キャラクター・ デザインを担当。 『風の谷のナウシカ』 ( 1984 )、『火垂るの墓』 ( 1988 )では短いながら重要なシーンの原画を提供するなど、 アニメーション史に残る名作にその名を刻む。 1985 年、開発 アドバイザーとして任天堂に入社。 『スーパーマリオブラザーズ』 『ポケットモンスター』シリーズなどのデザインを監 修する。現 在、日本アニメーション文化財団理事のほか、多数の役職を務 贈賞理由 贈賞が遅すぎたと誰もが思うひとりであろう。日本の アニメーション界のレジェンドのひとりである。旧東映 動画時代、原動画や作画監督として『空飛ぶゆうれ い船』 ( 1969 )ほか数多の作品に関わり、その表現の い ま 巧みさや斬新さは現 在でもまったく色あせない。世界 中で親しまれている『アルプスの少女ハイジ』の「ハイ ジ」などテレビや劇場作品におけるキャラクター・デザ マエストロ アニマ インの数々は、氏 によってまさに魂が込められ永遠の い の ち 生 命を保ち続けている。現場や教育機関を通じて後 進の育成にも努め、ゲームの世界にも新風を吹き込ん だ。広くわが国のアニメーション文化への貢献と功績 (小出 正志) は多大である。 めながら講演や後身の指導、展覧会などで活躍している。 清水 勲 プロフィール 贈賞理由 1939 年、東京都出身、千葉県在住。立教大学理学部数学科 清水氏が功労賞に選ばれた理由は、ここに述べるまで SHIMIZU Isao を卒業。近所の親戚がマンガ本・マンガ雑誌を刊行する出版社 もなく、マンガに関する研究書を長年にわたって数多 漫画・諷刺画研究家 を経営していたため、幼少期からマンガを浴びるように読む。そ して後年、近世から現代までの日本漫画史を研究するようにな く著わしていることにある。ビゴーに代表される風刺 る。編集者を経て、川崎市市民ミュージアム専門研究員、文京 女子短期大学非常勤講師、帝京平成大学教授を務める。その 間、 G・ビゴーの研究で高橋邦太郎賞(日仏文化賞)、日本近 代漫画の研究で日本漫画家協会賞特別賞を受賞。日本漫画資 料収集家であり、収集した資料は 2 万点に及ぶ。現在は京都国 崎市市民ミュージアムや京都国際マンガミュージアム における収蔵作品や展示に関する貢献も多大であるこ 書)、『年表日本漫画史』 ( 2007 )、『江戸戯画事典』 ( 2012 )、 『ビ ゴ ーの 150 年』 ( 2011 )、『ビ ゴ ーを 読 む』 ( 2014 、以 上 臨 川書 店)、『明 治の風 刺 画 家ビゴー』 ( 新 潮 選 書、1978 )、 『北 斎 漫 画』 ( 2014 )、『サザエさんの 正 体』 ( 1997 、以 上 平 凡社)など。現在 100 冊目の著作を執筆中。 平成 27 年度[第 19 回]文化庁メディア芸術祭 ガの歴史を紐解いた著作の数々は、いずれも研究者 にとっては不可欠の基礎文献となっている。また、川 際マンガミュージアム研究顧問、日本仏学史学会会長。主著に 『漫 画の歴 史』 ( 1991 )、『四コマ漫 画』 ( 2009 、以 上 岩 波 新 19 画家の研究から、『サザエさん』や 4 コママンガも含む マンガ全般に至るまで、江戸・明治・大正・昭和のマン とから、審査委員全員が清水氏への功労賞の贈賞に (すがや みつる) 異存なく賛同した。 広報問合せ先 文化庁メディア芸術祭事務局広報担当[hilo Press 内]鎌倉・土井・伊藤 Email :jmaf 19 [email protected] Tel:03 - 5577- 4792 Fax:03 - 6369 - 3596 ※受付時間:平日 10 時 ∼ 18 時 〒 101 - 0047 東京都千代田区内神田 1 - 18 - 11 - 905 20 平成 27 年度[第 19 回]文化庁メディア芸術祭
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