PBP クレーム最高裁判決について

PBP クレーム最高裁判決について
1
最判平成 27 年 6 月 5 日(平成 24 年(受)第 1204 号
)[二小]
2
)[大合議]
原審:知財高判平成 24 年 1 月 27 日(平成 22 年(ネ)第 10043 号
第一審:東京地判平成 22 年 3 月 31 日(平成 19 年(ワ)第 35324 号)[民 29]
2015 年 7 月 28 日
弁護士知財ネット判例検討会
発表者
目
弁
護
士
平
井
佑
希
弁
護
士
西
脇
怜
史
次
第1
1
2
3
第2
1
2
事案の概要 ...................................................................... 2
当事者 .................................................................... 2
本件特許 .................................................................. 2
出願・訂正の経緯 .......................................................... 3
第一審東京地裁判決の概要
第一審東京地裁判決 の概要 ........................................................ 4
争点 ...................................................................... 4
争点に対する判断 .......................................................... 5
(1) 技術的範囲の解釈につき、製法を考慮すべきかについて ...................... 5
(2) 被告製品の構成要件該当性について ........................................ 6
第3 知財高裁大合議判決の概要
知財高裁大合議判決 の概要 ........................................................ 6
1 技術的範囲の解釈につき、製法を考慮すべきかについて ........................ 6
2 被控訴人製品の構成要件該当性について ...................................... 9
3 発明の要旨認定につき、製法を考慮すべきかについて .......................... 9
4 乙 30 発明に基づく(訂正前)本件特許発明 1 の進歩性の欠如 .................. 10
第4 最高裁判決の概要
最高裁判決の概要 ............................................................... 11
1 法廷意見 ................................................................. 11
2 補足意見(千葉勝美裁判官) ............................................... 13
3 意見(山本庸幸裁判官) ................................................... 17
第5 若干の考察 ..................................................................... 20
1 具体的事案における結論の違い ............................................. 20
2 補正・訂正について ....................................................... 22
3 PBP クレームの範囲 ....................................................... 24
4 「物同一」の範囲 ......................................................... 25
1
2
同日付けで、平成 24 年(受)第 2658 号事件(テバ東理事件)についても判決あり。[二小]
同日付けで、平成 21 年(行ケ)第 10284 号事件についても判決あり。[1 部]
-1-
第1
1
事案の概要
当事者
(1) 原告/控訴人/上告人(以下「X」と記載することもある。)
テバ
ジョジセルジャール
ザートケルエン
ムケド
レースベニュ
タールシャシャーグ
(2) 被告/被控訴人/被上告人(以下「Y」と記載することもある。)
株式会社協和発酵キリン
ここが縮合するとラクトン
2
本件特許
(1) 特許番号
特許第 3737801 号
(2) 発明の名称
プラバスタチンラクトン及びエピプラバスタチンを実質的に含まないプ
ラバスタチンナトリウム、並びにそれを含む組成物
(3) 本件特許発明
【請求項 1】
次の段階:
a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し、
b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し、
c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し、
d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え、そして
e)プラバスタチンナトリウム単離すること、
を含んで成る方法によって製造される、プラバスタチンラクトンの混入量
が 0.5 重量%未満であり、エピプラバの混入量が 0.2 重量%未満であるプ
ラバスタチンナトリウム。
-2-
【請求項 2】以下略。いずれも請求項 1 の従属項(孫従属も含む)。
3
出願・訂正の
出願・訂正の経緯
訂正の 経緯
H12.10.05
優先日(US)
H13.10.05
X
国際出願
H14.11.27
X
翻訳文を提出
H16.01.29
X
早期審査に関する事情説明書を提出
H16.03.17
JPO
H16.09.24
X
H17.04.22
JPO
H17.07.25
X
H17.09.16
JPO
H17.11.04
登録日
H20.03.27
Y→X 無効審判請求(無効 2008-800055)
⇒ 審判請求書の副本は H20.04.23 に発送
H20.07.22
X
H21.08.25
JPO 訂正を認めた上で、請求不成立審決
⇒ Y審取提起(平成 21 年(行ケ)第 10284 号)
3
新規性・進歩性欠如等を理由として拒絶理由通知
意見書・手続補正書を提出
4
進歩性欠如等を理由として拒絶査定
拒絶査定不服審判請求
手続補正書を提出して、製造方法の記載がない請求項
を全て削除
特許査定
請求項 1 について訂正請求
3
翻訳文に記載された当初請求項は、以下のとおり。
【請求項 1】実質的に純粋なプラバスタチンナトリウム。
【請求項 7】0.2%未満のプラバスタチンラクトン及び 0.1%未満のエピプラバを含む、請求項
1 に記載のプラバスタチンナトリウム。
【請求項 8】次の段階:a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し、b)そのアンモニウム塩と
してプラバスタチンを沈殿し、c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し、d)当該アン
モニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え、そして e)プラバスタチンラクトン及びエ
ピプラバを実質的に含まないプラバスタチンナトリウム単離すること、を含んで成る方法によ
って製造される、実質的に純粋なプラバスタチンナトリウム。
4 製造方法の記載がされた請求項については、拒絶理由がある請求項としては挙げられていな
い。
-3-
【訂正発明 1】
a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し、
b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し、
c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し、
d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え、そして
e)プラバスタチンナトリウムを単離すること、
を含んで成る方法によって製造される、プラバスタチンラクトンの混入量
が 0.2 重量%未満であり、エピプラバの混入量が 0.1 重量%未満であるプ
ラバスタチンナトリウム。
5
第2
1
第一審東京地裁
第一審 東京地裁判決
東京地裁 判決
の概要
争点
6
(1) 被告製品が本件各発明の技術的範囲に属するか
。
ア
本件各発明の技術的範囲につき、製造方法を考慮すべきか。
イ
被告製品の構成要件充足性
(2) 本件特許は、特許無効審判により無効にされるべきものか。
ア
本件各発明の要旨
イ
乙第 1 号証に基づく新規性の欠如
ウ
乙第 1 号証に基づく進歩性の欠如
エ
乙第 6 号証に基づく新規性・進歩性の欠如
オ
特許法 36 条 6 項 1 号違反
①不純物の濃度、含有比に関するサポート要件違反
・ラクトン:エピマー
5
6
=
2:1
というサポートがない。
29 部 裁判長裁判官 清水節 裁判官 坂本三郎 岩崎慎
請求棄却
被告製品が、
「プラバスタチンラクトンの混入量が 0.2 重量%未満であり、エピプラバの混入
量が 0.1 重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」であることは争いなし。
-4-
・純度 99.9%(不純物 0.1%)までしかサポートがない。
②低純度の場合に関するサポート要件違反
・ラクトンやエピマー以外の副生物が混入すれば、結果的に純度の
低いプラバスタチンナトリウムも含まれ得ることになるが、その
ようなサポートがない。
(3) 本件訂正の可否(本件訂正により、争点(2)の無効理由が回避されるか。)
2
争点に対する判断
(1) 技術的範囲の解釈につき、製法を考慮すべきかについて
ア
PBP クレームの解釈について
【原則製法同一説】
本件特許請求の範囲の各請求項が、「物の発明について、当該物の製造
方法が記載されたもの」であり、いわゆる PBP クレームである認定した上
で、PBP クレームの解釈については、特許法 70 条 1 項から、
「原則として、
『物の発明』であるからといって、・・・製造方法の記載を除外すべきで
はなく、当該特許発明の技術的範囲は、当該製造方法によって製造された
物に限られると解すべきであって、物の構成を記載して当該物を特定する
ことが困難であり、当該物の製造方法によって、特許請求の範囲に記載し
た物を特定せざるを得ないなどの特段の事情がある場合に限り、当該製造
方法とは異なる製造方法により製造されたが物としては同一であると認
められる物も、当該特許発明の技術的範囲に含まれると解するのが相当で
ある。」と判示した。
イ
特段の事情の有無
【特段の事情を否定】
・プラバスタチンナトリウム自体は、当業者にとって公知の物質であり、
本件特許の請求項 1 に記載された「物」である「プラバスタチンラクト
ンの混入量が 0.5 重量%未満であり、エピプラバの混入量が 0.2 重量%
未満であるプラバスタチンナトリウム」の構成は、その記載自体によっ
-5-
て物質的に特定されていること
・本件特許の出願経過において、出願当初の特許請求の範囲には、製造方
法の記載がない物と、製造方法の記載がある物の双方に係る請求項が含
まれていた
7
が、製造方法の記載がない請求項について進歩性がないと
して拒絶査定を受けたことにより、製造方法の記載がない請求項をすべ
て削除し、その結果、特許査定を受けるに至っていること
から、本件特許においては、特許発明の技術的範囲が、特許請求の範囲に
記載された製造方法によって製造された物に限定されないとする特段の
事情があるとは認められない(むしろ、特許発明の技術的範囲を当該製造
方法によって製造された物に限定すべき積極的な事情があるということ
ができる)と判示した。
(2) 被告製品の構成要件該当性について
本件特許発明における製造工程「a」プラバスタチンの濃縮有機溶液を形
成し、」の「濃縮有機溶液」とは、水を含まない有機溶媒であると解した上
で、被告工程には水を含まない有機溶媒の「プラバスタチンの濃縮有機溶液」
を形成する工程があるとは認められないとして、構成要件充足性を否定した。
8
第3
1
知財高裁大合議判決
の概要
技術的範囲の解釈につき、製法を考慮すべきかについて
(1) PBP クレームの解釈について【原則製法同一説】
【原則製法同一説】
ア
7
8
特許法 70 条 1 項及び 2 項から、
「特許権侵害を理由とする差止請求又は
当初請求項 1「実質的に純粋なプラバスタチンナトリウム。」
当初請求項 7「 0.2%未満のプラバスタチンラクトン及び 0.1%未満のエピプラバを含む、請
求項 1 に記載のプラバスタチンナトリウム。」
特別部 裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 飯村敏明 塩月秀平 滝澤孝臣 東海林保
控訴棄却
-6-
損害賠償請求が提起された場合にその基礎となる特許発明の技術的範囲
を確定するに当たっては、『特許請求の範囲』記載の文言を基準とすべき
である。特許請求の範囲に記載される文言は、特許発明の技術的範囲を具
体的に画しているものと解すべきであり、仮に、これを否定し、特許請求
の範囲として記載されている特定の『文言』が発明の技術的範囲を限定す
る意味を有しないなどと解釈することになると、特許公報に記載された
『特許請求の範囲』の記載に従って行動した第三者の信頼を損ねかねない
こととなり、法的安定性を害する結果となる。
そうすると、本件のように『物の発明』に係る特許請求の範囲にその物
の『製造方法』が記載されている場合、当該発明の技術的範囲は、当該製
造方法により製造された物に限定されるものとして解釈・確定されるべき
であって、特許請求の範囲に記載された当該製造方法を超えて、他の製造
方法を含むものとして解釈・確定されることは許されないのが原則である。
もっとも、本件のような『物の発明』の場合、特許請求の範囲は、物の
構造又は特性により記載され特定されることが望ましいが、物の構造又は
特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であ
るとの事情が存在するときには、発明を奨励し産業の発達に寄与すること
を目的とした法 1 条等の趣旨に照らして、その物の製造方法によって物を
特定することも許され、法 36 条 6 項 2 号にも反しないと解される。
そして、そのような事情が存在する場合には、その技術的範囲は、特許
請求の範囲に特定の製造方法が記載されていたとしても、製造方法は物を
特定する目的で記載されたものとして、特許請求の範囲に記載された製造
方法に限定されることなく、『物』一般に及ぶと解釈され、確定されるこ
ととなる。
イ
ところで、物の発明において、特許請求の範囲に製造方法が記載されて
いる場合、このような形式のクレームは、広く『プロダクト・バイ・プロ
-7-
セス・クレーム』と称されることもある。前記アで述べた観点に照らすな
らば、上記プロダクト・バイ・プロセス・クレームには、『物の特定を直
接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難で
あるとの事情が存在するため、製造方法によりこれを行っているとき』
(本
件では、このようなクレームを、便宜上『真正プロダクト・バイ・プロセ
ス・クレーム』ということとする。)と、
『物の製造方法が付加して記載さ
れている場合において、当該発明の対象となる物を、その構造又は特性に
より直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの
事情が存在するとはいえないとき』(本件では、このようなクレームを、
便宜上『不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム』ということとす
る。)の 2 種類があることになるから、これを区別して検討を加えること
とする。 そして、前記アによれば、真正プロダクト・バイ・プロセス・
クレームにおいては、当該発明の技術的範囲は、『特許請求の範囲に記載
された製造方法に限定されることなく、同方法により製造される物と同一
の物』と解釈されるのに対し、不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレ
ームにおいては、当該発明の技術的範囲は、『特許請求の範囲に記載され
た製造方法により製造される物』に限定されると解釈されることになる。
また、特許権侵害訴訟における立証責任の分配という観点からいうと、
物の発明に係る特許請求の範囲に、製造方法が記載されている場合、その
記載は文言どおりに解釈するのが原則であるから、真正プロダクト・バ
イ・プロセス・クレームに該当すると主張する者において『物の特定を直
接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難で
ある』ことについての立証を負担すべきであり、もしその立証を尽くすこ
とができないときは、不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームであ
るものとして、発明の技術的範囲を特許請求の範囲の文言に記載されたと
おりに解釈・確定するのが相当である。」
-8-
情の有無
(2) 特段の事情の有無
【 不可能困難事情を否定】
不可能困難 事情を否定】
・請求項 1 の記載における「『プラバスタチンラクトンの混入量が
プラバスタチンラクトンの混入量が 0.5 重量%
未満であり、エピプラバの混入量が
エピプラバの混入量が 0.2 重量%未満であるプラバスタチン
ナトリウム』の構成は
の構成は、不純物であるプラバスタチンラクトン及びエピプ
不純物であるプラバスタチンラクトン及びエピプ
ラバが公知の物質であるプラバスタチンナトリウムに含まれる量を数値
限定したものであるから
限定したものであるから、その構造によって、客観的かつ明確に記載され
客観的かつ明確に記載され
ている。」として、本件ではその製造方法によらない限り
」として、本件では その製造方法によらない限り、物を特定する
ことが不可能又は困難な事情は存在
ことが不可能又は困難な事情は存在せず、不真正
PBP クレームであると判
示。
2
被控訴人製品の構成要件該当性について
工程 a)の「『濃縮有機溶液
濃縮有機溶液』とは、水とは完全に混和
しないために『液-液抽出法
液-液抽出法』の抽出、再抽出に使用
することができ、比重の差により水層と 2 層に分離さ
有機溶媒層
界面
水層
れ、プラバスタチンが濃縮される有機溶液をいうもの
と認めるのが相当である
と認めるのが相当である」とした上で、被控訴人の製
造工程で用いられているのは、
「水と完全に混和してし
まうため、・・・『液-液抽出法』に用いた場合に比重
『液-液抽出法』
の差により水と 2 層に分離されることがないものである」として、
層に分離されることがないものである」として、構成要件充
足性を否定した。
3
発明の要旨認定につき、製法を考慮すべきかについて
発明の要旨認定につ
き、製法を考慮すべきかについて
特許「法 104 条の 3 に係る抗弁の成否を判断する前提となる発明の要旨は、
上記特許無効審判請求手続において特許庁(審判体)が把握すべき請求項の具
体的内容と同様に認定されるべきである。」とした上で、PBP
」とした上で、PBP クレームの場合の
-9-
発明の要旨認定については、「特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲
の認定方法の場合と同様の理由により、」
「発明の対象となる物の構成を、製造
方法によることなく,物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時
において不可能又は困難であるとの事情」の有無により区別し、そのような事
情の存在する真正 PBP クレームについては物同一、そのような事情の存在しな
い不真正 PBP クレームについては製法同一に解釈すべきであると判示した。
発明の技術的範囲について検討したように、本件では不可能困難事情の存在
は否定。
4
乙 30 発明に基づく(訂正前)本件特許発明
発明に基づく (訂正前)本件特許発明 1 の進歩性の欠如
・工程 a)から e)は一致。
・相違点は、当該工程によって得られるプラバスタチンナトリウムの濃度が、
乙 30 発明では「純度は HPLC 分析では 99.5%を越える。」ものであるのに対
し、本件発明 1 では「プラバスタチンラクトンの混入量が 0.5 重量%未満
であり、エピプラバの混入量が 0.2 重量%未満であるプラバスタチンナト
リウム」である。
・プラバスタチンラクトンが 0.02〜0.06%、エピプラバが 0.19〜0.65%であ
るプラバスタチンナトリウム製剤が本件特許の優先日前に公然取得する
ことができた。
・プラバスタチンナトリウムにおいてプラバスタチンラクトン及びエピパラ
バが低減すべき不純物であることは乙 1 文献に記載されており、また、医
薬品の技術分野において、より高純度のものを製造することは、周知の技
術課題である。
・乙 30 発明の精製方法を繰り返したり、最適化することで、より高純度の
ものまで精製することは、当業者が容易になし得ることである。
-10-
などとして、本件発明 1 は,乙 30 発明並びに乙 1 文献及び技術常識によっ
て,当業者が容易に想到し得た発明であると認められると判示。
9
第4
1
最高裁判決
の概要
法廷意見
(1) 原審の基準【原則製法同一説】
【原則製法同一説】について
【原則製法同一説】
是認できないとした。その理由は(2)に述べるとおり。
(2) PBP クレームの技術的範囲について【原則物同一説】
【原則物 同一説】
「(1) 願書に添付した特許請求の範囲の記載は,これに基づいて,特許発明の技術
的範囲が定められ(特許法70条1項),かつ,同法29条等所定の特許の要件に
ついて審査する前提となる特許出願に係る発明の要旨が認定される(最高裁昭和6
2年(行ツ)第3号平成3年3月8日第二小法廷判決・民集第45巻3号123頁
参照)という役割を有しているものである。そして,特許は,物の発明,方法の発
明又は物を生産する方法の発明についてされるところ,特許が物の発明についてさ
れている場合には,その特許権の効力は,当該物と構造,特性等が同一である物で
あれば,その製造方法にかかわらず及ぶこととなる。
したがって,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が
記載されている場合であっても,その特許発明の技術的範囲は,当該製造方法によ
り製造された物と構造,特性等が同一である物として確定されるものと解するのが
相当である。」
(3) PBP クレームと明確性要件(特許法36条6項2号)
【不可能非実際的基準】
不可能非実際的基準】
9
第二小法廷 裁判長裁判官 千葉勝美
破棄差戻し(全員一致)
裁判官 小貫芳信 鬼丸かおる 山本庸幸
-11-
「(2) ところで,特許法36条6項2号によれば,特許請求の範囲の記載は,
「発明
が明確であること」という要件に適合するものでなければならない。特許制度は,
発明を公開した者に独占的な権利である特許権を付与することによって,特許権者
についてはその発明を保護し,一方で第三者については特許に係る発明の内容を把
握させることにより,その発明の利用を図ることを通じて,発明を奨励し,もって
産業の発達に寄与することを目的とするものであるところ(特許法1条参照),同
法36条6項2号が特許請求の範囲の記載において発明の明確性を要求している
のは,この目的を踏まえたものであると解することができる。この観点からみると,
物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されて
いるあらゆる場合に,その特許権の効力が当該製造方法により製造された物と構
造,特性等が同一である物に及ぶものとして特許発明の技術的範囲を確定するとす
るならば,これにより,第三者の利益が不当に害されることが生じかねず,問題が
ある。すなわち,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲において,その製
造方法が記載されていると,一般的には,当該製造方法が当該物のどのような構造
若しくは特性を表しているのか,又は物の発明であってもその特許発明の技術的範
囲を当該製造方法により製造された物に限定しているのかが不明であり,特許請求
の範囲等の記載を読む者において,当該発明の内容を明確に理解することができ
ず,権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うこと
になり,適当ではない。
他方,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲においては,通常,当該物
についてその構造又は特性を明記して直接特定することになるが,その具体的内
容,性質等によっては,出願時において当該物の構造又は特性を解析することが技
術的に不可能であったり,特許出願の性質上,迅速性等を必要とすることに鑑みて,
特定する作業を行うことに著しく過大な経済的支出や時間を要するなど,出願人に
このような特定を要求することがおよそ実際的でない場合もあり得るところであ
る。そうすると,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方
-12-
法を記載することを一切認めないとすべきではなく,上記のような事情がある場合
には,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として特許
発明の技術的範囲を確定しても,第三者の利益を不当に害することがないというべ
きである。
以上によれば,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方
法が記載されている場合において,当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項
2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは,出願時
において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又
はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると解するのが相当で
ある。」(波線は発表者による)
⇒
不可能非実際事情が存在し、明確性要件に適合するか否か等について審理を尽
くさせるため、差戻し。
2
補足意見(千葉勝美裁判官
補足意見(千葉勝美裁判官)
千葉勝美裁判官)
10
(1) PBP クレームの解釈、処理の基本的な枠組み
「平成16年の特許法の改正により同法104条の3が創設され,侵害訴訟において
特許無効の抗弁を主張することが可能となり,これにより,同条に係る無効の抗弁の
成否(当該発明の新規性・進歩性の有無)を判断する前提となる発明の要旨認定をす
る場面と,侵害訴訟における請求原因として特許発明の技術的範囲を確定する場面と
が同一の訴訟手続において審理されることとなった。そうすると,両場面におけるP
BPクレームの解釈,処理の基本的な枠組みが異なることは不合理であるから,これ
を統一的に捉えるべきであり,このことは我が国の特許法制上当然のことであって,
10
同日付の別件の最高裁第二小法廷判決(平成24年(受)第2658号特許権侵害差止請求
事件)において、発明の要旨認定について物同一説をとっていることを明らかにしている。
-13-
多数意見は,この見解を前提に,両場面ともいわゆる物同一説により考えることにし
ているのである。」(波線は発表者による。)
(2) PBP クレームを認める例外的事情の内容
「「不可能」とは,出願時に当業者において,発明対象となる物を,その構造又は
特性(発明の新規性・進歩性の判断において他とは異なるものであることを示すも
のとして適切で意味のある特性をいう。)を解析し特定することが,主に技術的な
観点から不可能な場合をいい,「およそ実際的でない」とは,出願時に当業者にお
いて,どちらかといえば技術的な観点というよりも,およそ特定する作業を行うこ
とが採算的に実際的でない時間や費用が掛かり,そのような特定作業を要求するこ
とが,技術の急速な進展と国際規模での競争の激しい特許取得の場面においては余
りにも酷であるとされる場合などを想定している。特に,後者については,必ずし
も一義的でないため,実際上どのような場合がこれに当たるかは,結局,今後の裁
判例の集積により方向性が明確にされていくことになろう。
(2) 特許庁の現在の審査実務で採用されているとされている「不適切な場合」とい
う基準は,余りにも価値判断的な要素が強く,内容が明確でないため範囲が広がり
過ぎ,また,構造等でさほど困難なく特定できる場合であっても,単に発明の構成
を理解しやすくするために製法を記載することまで認める余地を残すこととなり,
いずれにしろ,PBPクレームの概念を認めた趣旨と齟齬しかねない面が生じ,妥
当とはいえないところである。
なお,発明の構成をより分かりやすくするためであれば,製造方法については,
特許請求の範囲にではなく,「発明の詳細な説明」に記載することで足り,そうす
べきである。」(波線は発表者による)
(3) 今後の特許実務と従前の PBP クレームの扱い
「(1) これまで,PBPクレームの出願時の審査においては,不可能・困難・不適
-14-
切事情を緩く解してこの点の実質的な審査をしないまま出願を認めてきているが,
今後は,審査の段階では,特許請求の範囲に製造方法が記載されている場合には,
それがPBPクレームの出願である点を確認した上で,不可能・非実際的事情の有
無については,出願人に主張・立証を促し,それが十分にされない場合には拒絶査
定をすることになる。このような事態を避けたいのであれば,物を生産する方法の
発明についての特許(特許法2条3項3号)としても出願しておくことで対応する
こととなろう。
(2) この点につき,原審である知財高裁大合議部の判決が示す基準によれば,特許
庁の審査実務では物の発明の範囲を構造等で直接特定することが出願時において
不可能又は困難であるとの事情(以下「不可能・困難事情」という。)の存否に関
わりなく明確性要件違反とはならないことを前提とし,PBPクレームの解釈につ
いて,発明の要旨認定の場面でも特許発明の技術的範囲の確定の場面でも,原則と
して,不真正PBPクレームとして製法限定説によるが,不可能・困難事情が存在
する真正PBPクレームの場合に限り,物同一説によるという言わば二分論を採用
している。これは,特許法1条等の趣旨に照らし,その物の製造方法によって物を
特定することも許され,同法36条6項2号にも違反しないとするものであり,同
法の原則と特許庁の審査実務とを踏まえた現実的な対応を模索した苦心の見解で
あろう。
しかしながら,この見解は,PBPクレームの解釈について物同一説を採用した
と解される当審判例(最高裁平成9年(行ツ)第120号同年9月9日第三小法廷
判決・公刊物未登載,最高裁平成9年(行ツ)第121号同年9月9日第三小法廷
判決・公刊物未登載,最高裁平成10年(オ)第1579号同年11月10日第三
小法廷判決・公刊物未登載)と齟齬する面があり,また,そもそも,当該PBPク
レームがこの真正,不真正のどちらに当たるかは裁判所の見解が示されない限り,
明確ではなく,真正か不真正かで特許請求の範囲は大きく異なることになり,出願
人の意図と齟齬する事態が生じかねない。また,第三者にとっても,当該発明が真
-15-
正か不真正かで権利の範囲が大きく異なるが,その点は明確ではなく,予測可能性
を奪うおそれが生ずる。このことは,結局,特許の範囲が不明確で特定されていな
いことによるものであり,特許法36条5項,6項2号等に反する事態であるとい
わざるを得ない。更に,この見解に従うと,審査実務においても,真正か不真正か
で特許発明の範囲等が異なるため,この点をしっかりと区別した上で特許出願を認
める必要が生ずることとなり,その結果,審査は慎重にならざるを得ず,その負担
が重くなり,審査の遅延を招くおそれも大きい。
(3) 多数意見は,原審が提起することとなった上記の問題点を踏まえ,PBPクレ
ームが認められる事情を本来の趣旨を踏まえて厳格に捉え,それに当たらず拒絶さ
れるおそれがある場合には,物を生産する方法の特許として出願させるという実務
を定着させる方向の後押しとなる解釈を示すものである。これは,特許出願の際の
審査が,PBPクレームを物質特許として認めるための要件を実質的にも審査する
ことになる点でこれまでとは変わることとなるが,出願人にとっては,従前も,構
造等で特定できる場合(不可能・非実際的事情が存在しない場合)であるのに通常
の物の特許ではなくPBPクレームであるとして出願することがどの程度広く行
われてきたかは疑問もあり,また,本当に「不可能であるか,又はおよそ実際的で
ない」のであれば,この点は,出願人にとって主張立証することに大きな負担とな
ることはないであろう(例えば,生命科学の分野で,新しい遺伝子操作によって作
られた細胞等であれば,それを出願時において構造等で特定することに不可能・非
実際的事情が存在しないとして拒絶されるとはいえないであろう。)。また,審査に
おいても,出願人がこれを積極的かつ厳密に立証することは事柄の性質上限界があ
るので,これを厳格に要求することはできず,合理的な疑問がない限り,これを認
める運用となる可能性が大きく,その意味では,さほど大きな懸念を抱かなくても
済む可能性が大きい。
(4) 次に,従前,出願審査の段階では原則として不可能・困難事情の存否を実際上
チェックしないまま既に認められ登録されてきたPBPクレームについて,今後,
-16-
無効審判請求や侵害訴訟の過程での特許無効の抗弁の提出がされることも予想さ
れる。しかし,出願時において不可能・非実際的事情の存在を明らかにできないの
であれば(それは,構造等で特定できるのにそれをせず,安易に製法により特定し
たPBPクレームとして出願したということになる。),それが無効とされても止む
を得ないところである。もっとも,この事態は,特許出願の審査が緩くPBPクレ
ームを認めてきたことに起因するものであり,このことは出願人のみの責任ともい
えないところであって,これを避けるためには,特許無効審判における訂正の請求
(特許法134条の2)や訂正審判の請求(同法126条)等を活用することも考
えられ,それらが現実にどのように処理されるかは今後に残された問題であろう。」
(波線は発表者による)
3
意見(山本庸幸裁判官
意見(山本庸幸裁判官)
山本庸幸裁判官)
(1) 原審差戻しには賛成。その理由は多数意見と異なる。
「本件特許が無効でない限り,本件特許発明の技術的範囲に属するものである
と考えられるものであるが,果たしてそのとおりか,また,その出願の経緯等
からしてこれを限定的に解釈する可能性はないか等について審理を尽くさせる
という意味で,本件を原審に差し戻すことに賛成するものである。」
(2) 多数意見に対する問題提起
ア
PBP クレームのある特許請求の範囲の記載が明確でなければならないとす
ることについて
一般論としては正しいとしつつ、次のように問題提起をしている。
「物の発明につき特許請求の範囲がPBPクレーム形式で記載されていないと,
かえって明確でなくなる場合が多々ある。とりわけ新規性のある物の発明では,
出願人がどのような方法で作った物であるかを記述すれば非常に分かりやすい
のに,これを無理やりその物の構造や特性で記述しようとすると間違いなくそ
-17-
れは複雑な概念や用語で表現することにならざるを得ない。それでは,出願人
としては無駄な時間や費用が掛かって出願する時期を失するおそれがあるだけ
でなく,そのような記述は審査官にとっても,また当業者にとってもかえって
分かりにくいものとなり,それこそ明確性の要件に反するものになってしまう
のではないだろうか。」(波線は発表者による)
具体例として、
「生命科学の分野で新規性のある細胞に関する特許請求の範囲を,
「いかなる細
胞にどのような遺伝子をどうやって注入する方法により作成された細胞」とし
てPBPクレームで記述すれば当業者であれば極めて分かりやすい特許請求の
範囲となるのに,これをその出来た細胞の構造や特性に基づいて記述しなけれ
ばならないとなると,それなりの時間や費用や労力をかければ必ずしも不可能
ではないのかもしれないが,そういう努力をしてやっと記述できた結果の当該
細胞についての特許請求の範囲の記載は,およそ無味乾燥で誰にも分からない
不得要領のものになることが多いのではないかと思われる。その結果,明確性
の要件で拒絶等されてしまうことが容易に看取される。これでは,発明の保護
及びその一般の利用との調和という特許法の理念からますます遠ざかる結果に
なると考える。
この点,多数意見は,
「出願時において当該物の構造又は特性を解析すること
が技術的に不可能であったり,特許出願の性質上,迅速性等を必要とすること
に鑑みて,特定する作業を行うことに著しく過大な経済的支出や時間を要する
など,出願人にこのような特定を要求することがおよそ実際的でない場合もあ
り得るところである」として,一見極めて限定的ながらPBPクレームを認め
ようとしているかのごとくであるが,結局のところ「法36条6項2号にいう
『発明が明確であること』という要件に適合するといえるのは,出願時におい
て当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又は
およそ実際的でないという事情が存在するときに限られると解する」とする。
-18-
しかしながらこれでは,ほとんどPBPクレームが認められる余地はないので
はなかろうか。」(波線は発表者による)。
イ
【不可能非実際的基準】について
「この点に関し思い起こされるのは,新しい遺伝子操作によって作られた幹細
胞等について出願される最近の生命科学の分野における重要な発明である。こ
のような発明を物の発明として出願するについては,その特許請求の範囲は,
PBPクレームで記載されることが大半であろうと思われる。そうすると,上
記の多数意見を基にすれば,出願人は,特許請求の範囲の記載に関し,PBP
クレームであるがゆえに,それが拒絶又は無効理由となることを懸念して,ま
ずは構造又は特性によりその物を直接特定できないかを考慮することとなろう。
しかし,それが「出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定す
ることが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するとき」
(以下「不可能非実際的基準」という。)という多数意見の基準に基づいて行う
作業と立証は,決して容易なものではなく,むしろそのような作業や立証を考
えること自体が現実的ではないように思えてくるが,絶対にできないという確
証もない。他方でそのようなことに時間をとられていては,先願主義の下で世
界の他の出願人との熾烈な競争に後れを取ってしまうので,特許出願が急がれ
る。そういうことで,構造や特性で当該物を表現できず,さりとてこれでよい
という確証もないまま,PBPクレームの形式で出願に踏み切るものと思われ
る。そうすると次に,審査・審判段階で不可能非実際的基準が拒絶・無効理由
になるかどうかが審査等されることになる。しかし,この不可能非実際的基準
というものが,ともかく余りに曖昧で漠然とした掴みどころのないものである
ことから,私の見るところ,安定的かつ統一した運用・解釈は非常に難しいの
ではないかと考える。しかも,
「不可能であるか,又はおよそ実際的でない」と
いうのは,誰がどういう基準でいかに判定するかが全く明らかにされていない
以上は,限りなく「不可能」と同義ではないかと考える。その結果,PBPク
-19-
レームを含む特許請求の範囲がある物の特許出願のほとんどは,明確性の要件
違反で拒絶されるのではないかと懸念している。これでは,いわゆる萎縮効果
が働いて,我が国の特許出願から,本当に必要なPBPクレームまで駆逐され
てしまい,発明の保護にはつながらないのではないだろうか。さらに問題は,
これが既存の特許の無効理由になることから,これまで成立したPBPクレー
ムで記述されている多数の特許についても,その無効を争う訴訟が頻発するの
ではないかと懸念している。その特許が成立したときには,不可能非実際的基
準というものを意識する余地もなかったわけであるから,そのような訴訟では,
こうした事情もよくよく考慮に入れるべきである。」(波線は発表者による)
第5
1
若干の考察
具体的事案における結論の違い
知財高裁(大合議)判決と最高裁判決とで、具体的な事案について、結論の
相違が生じるのか。
(1) PBP クレームにあたるか否かの判断
知財高裁
「物の発明において,特許請求の範囲に製造方法が記載されている場合」
最高裁
「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法
が記載されている場合」
⇒基準として、実質的に差異はない。
なお、当該基準に関する特許庁の「当面の審査の取扱い」については、
-20-
資料 1 の別紙 1 を参照。
(2) 例外事情の範囲
知財高裁
「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において
不可能又は困難であるとの事情」(不可能困難事情)
最高裁
「出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定すること
が不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情」(不可能非
実際的事情)
⇒文言としては、
「困難」、
「実際的ではない」と異なっているが、いずれも
幅のある概念であるため、両事情の広狭は、必ずしも明らかではない。
なお、不可能非実際的事情に関する特許庁の「当面の審査の取扱い」に
ついては、資料 1 の別紙 2 を参照。
(3) 例外事情充足(非充足)の効果
知財高裁
・特許の有効性
例外事情を欠けば即明確性要件違反ということではない。
・技術的範囲
例外事情があれば物同一、例外事情がなければ製法同一
最高裁
・特許の有効性
-21-
例外事情がある場合に限り、明確性要件を備える。
・技術的範囲
物同一
⇒
例外事情がなく、被告製法が同一である場合、
・知財高裁の基準によれば、侵害
・最高裁の基準によれば、非侵害(104 条の 3 の抗弁成立)
ただし、他の請求項に物を生産する方法の発明(2 条 3 項 3 号)があれ
ば、当該請求項による権利行使は可能。
2
補正・訂正
補正・訂正について
訂正について
(1) 千葉補足意見における指摘
「出願時において不可能・非実際的事情の存在を明らかにできないのであれ
ば(それは、構造等で特定できるのにそれをせず、安易に製法により特定
した PBP クレームとして出願したということになる。)、それが無効とされ
ても止むを得ないところである。もっとも、この事態は、特許出願の審査
が緩く PBP クレームを認めてきたことに起因するものであり、このことは
出願人のみの責任ともいえないところであって、これを避けるためには,
特許無効審判における訂正の請求(特許法 134 条の 2)や訂正審判の請求
(同法 126 条)等を活用することも考えられ,それらが現実にどのように
処理されるかは今後に残された問題であろう。」
-22-
11
(2) 知財高判平成 19 年 9 月 20 日(平成 18 年(行ケ)第 10494 号)
「補正後請求項 1 は「…ホログラフィック・グレーティング製作方法」と
記載され、その発明のカテゴリーが「方法の発明」であることは明らか
であるから、本件補正は、
『物の発明』であった補正前請求項 1 を『方法
12
の発明』である補正後請求項に補正することを目的としている
。発明
のカテゴリーによって、法律効果が異なることは前記 1 のとおりである
から、発明のカテゴリーを「物の発明」から「方法の発明」に変更する
ことは、
「物の発明」として請求していた権利とは異なる効果を有する別
の権利を請求することにほかならない。したがって、本件補正は、特許
13
請求の範囲を変更するものであり、特許法 17 条の 2 第 4 項各号
のい
ずれにも該当しない。」
⇒
物の発明から(物を生産する)方法の発明への補正は認められない
とする知財高裁判決あり。この判決を前提とする限り、補正・訂正
はできないとも思える。
ただし、特許庁の「当面の審査の取扱いについて」では、製造方法の
発明にする補正を「明りょうでない記載の釈明」(17 条の 2 第 5 項 4
号)に該当するものとして、認めるとされている
14
。
そうすると訂正についても、このような訂正は 126 条 1 項ただし書き
15
3 号に該当するものと考えられるが、126 条 6 項
11
の要件を充足する
ホログラフィック・グレーティング事件。
第 4 部 裁判長裁判官 田中信義 裁判官 古閑裕二 浅井憲
12 補正前の請求項 1「・・・ホログラフィック・グレーティング。
」
補正後の請求項 1「・・・ホログラフィック・グレーティング製作方法において,(a)・・・
(b)・・・(c)・・・ことを特徴とするホログラフィック・グレーティング製作方法。」
13
現在の 17 条の 2 第 5 項各号。
14
ただし、侵害訴訟や審決取消訴訟の場面において、裁判所が同様の判断を行うかについては、
不明。訂正についても同様。
15 第一項の明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は
変更するものであつてはならない。
-23-
16
かについては、なお疑問もある
。
(3) 訂正により PBP クレームとなった場合
123 条 1 項 8 号により、無効理由を構成することとなるか。
3
PBP クレームの範囲
最高裁
「物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が
記載されている場合」
→
文言上は極めて広範。
従来、PBP だと考えられていなかったようなクレームまで含まれ
得るのではないか。また、最高裁判決の PBP の定義に形式上含ま
れるものでも、決して「不明確」とは言えないものも含まれるこ
とにならないか。
eg.オール事件(最判昭和 50 年 5 月 27 日(昭和 50 年(オ)第 54
号))
「空室 1 を有する合成樹脂製水かき 2 の上部に雄ネジ 3 と、
その上方に凸条 4 を有する嵌入部 5 を設け、合成樹脂製柄
6 の下部に凸条 4 と合致する凹条 7 を設け、該柄 6 の外部
に雄ネジ 3 と螺合する雌ネジ 8 を有する合成樹脂製結合環
9 を回動可能に取り付け、水かき 2 の凸条 4 を柄 6 の凹条 7
に嵌入し、結合環 9 の雌ネジ 8 と水かき 2 の雄ネジ 3 を螺
合し、水かき 2 と柄 6 を一体化してなるオールの構造。」
16
物の発明と製造方法の発明とでは、実施行為の範囲が異なり、間接侵害の成立範囲なども異
なり得る。
-24-
4
「物同一」の範囲
(1) 製法要件が物同一の範囲に影響を与えるか
「a)ないし e) を含んで成る方法によって製造される、プラバスタチンラ
クトンの混入量が 0.5 重量%未満であり、エピプラバの混入量が 0.2 重
量%未満であるプラバスタチンナトリウム。」
→
a)ないし e)を含んでなる製法で作られた物と、プラバスタチンラ
クトン及びエピプラバ「以外の」不純物の濃度まで同じでなけれ
ばならないか。
→
他の不純物を含む結果、プラバスタチンナトリウムの純度が著し
く低かった場合はどうか。
逆に、プラバスタチンナトリウムの純度は十分に高いが、他の製
法を用いることで、本件特許製法では生じない、別製法特有の不
純物を生じる場合はどうか。
cf.知財高裁大合議判決
「被控訴人は、前記第 3,2(2)アにおいて、被告製法がプラバスタチンナ
トリウムのほかプラバスタチンラクトン及びエピプラバ以外の多様
な不純物をも含めた組成物の構成内容が本件製法要件により製造さ
れた物と同一であることの証明がない限り、本件特許の技術的範囲に
属するものということはできないと主張する。
しかし、そもそも本件発明 1 はプラバスタチンラクトン及びエピプラ
バ以外の不純物については規定しておらず、物の特定及び権利範囲が
不明確であるとはいえない。したがって、被控訴人の上記主張は、本
-25-
件特許の請求項の記載に基づかない主張であり、採用することができ
ない。」
(2) 製法以外に物を特定する構成要件がない場合はどうか
①「a)ないし e) を含んで成る方法によって製造される、プラバスタチ
ンラクトンの混入量が 0.5 重量%未満であり、エピプラバの混入量が
0.2 重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。」
②「a)ないし e) を含んで成る方法によって製造される、プラバスタチ
ンナトリウム。」
③「a」ないし e」 を含んで成る方法によって製造される物質。」
(3) 仮に、製法が(一定の場合には)物同一の範囲に影響を与えるとした場
合、例えば訂正要件における「特許請求の範囲の減縮」(126 条 1 項 1 号)
にあたるか否か、「実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するもので
あつてはならない。」(126 条 6 項)を満たすか否かの判断の際にも考慮さ
れるのか。
以上
-26-