印5ヵ年計画の鉄道整備、官民協力

研究員の視点
〔研究員の視点〕
印5ヵ年計画の鉄道整備、官民協力
運輸調査局 副主任研究員 大谷内肇
※本記事は、『交通新聞』に執筆したものを転載いたしました
12 億人の人口を抱え、世界でも中国の次
においてインフラ整備は最重要項目の一つに
に人口が多い国がインドである。インド経済
位置付けられており 41 兆円に及ぶ投資計画
は、近年急速に発展を遂げてきており、国家
が策定された。そのうち鉄道への投資額は 4
成長の基礎となっているのが 11 次にわたっ
兆円であり投資総額の約 1 割を占める。
て実施されてきた 5 カ年計画である。
第 11 次 5 カ年計画の中で鉄道への最大
インドにおけるインフラ整備においてもこ
の投資といえるのが、首都デリーとムンバ
の計画に沿って行われており、その資金ス
イ、コルカタを結ぶ総延長 2,800 キロに及
キームとして着目されてきているのが官民協
ぶインド貨物専用鉄道建設計画(Dedicated
力(Public Private Partnership、 以 下 PPP と
Freight Corridor)であり、デリー~ムンバイ
省略)である。鉄道等の社会資本整備におけ
間については日本による政府開発援助(ODA)
る官民協力の利点と課題について考えたい。
が決定している。このほかにも、インド国鉄
の改軌や電化をはじめとし、主要都市におけ
インドの第 11 次 5 カ年計画におけるイン
るメトロ建設計画も推進されている。
フラ整備
1947 年に英国から独立したインドは、こ
鉄道分野における官民協力
れまで共和制の民主主義国家として歩んでき
この第 11 次 5 カ年計画において鉄道を
たが、経済については資本主義でありながら
含む交通部門で活用されたのが、官民協力で
も中央集権かつ社会主義的な要素が取り入れ
あった。PPP とは官と民が連携して事業を
られた。その端的な事例が、当時ソ連の行っ
行うものであり、指定管理者制度や民間委託
ていた計画経済の導入である。
などもその一例といえる。一般的に官よりも
1951 年 12 月にネルー首相(当時)によっ
効率的な民間の運営を導入することで、コス
て第 1 次 5 カ年計画が発表されて以降、戦
トを削減しサービスの質を向上することを目
争や急激な経済の落ち込みによる中断もあり
的としている。
ながらも現在まで継続している。5 カ年計画
これまで、インドのインフラ整備について
はインドの開発政策の柱であり、中央政府の
は、基本的に中央政府と各州政府による事業
計画委員会(Planning Commission)によって
であり、資金調達は中央政府・各州政府の調
策定が行われている。
達以外は基本的に海外からの ODA やアジア
2007 年 4 月からの第 11 次 5 カ年計画
開発銀行、世界銀行からの借款に頼ってい
研究員の視点
た。
る。
インドの社会インフラは、経済成長と比較
その一方で PPP にもいくつかの問題点が
すると貧弱なものとなっているが、一方で保
挙げられる。まず、民間部門による資金の調
健や福祉、教育といった分野においても脆弱
達は公的部門による資金調達より金利が高い
な体制であり、この基盤を整備する必要があ
ために、プロジェクト全体としては高コスト
ることから、社会資本の整備に必要な支出は
になる可能性がある。
急速に増加してきている。
また、手続きに要することも問題として挙
その結果、インドの財政赤字は年々拡大し
げられる。インドにおいて PPP 方式でイン
続けており、中央政府と州政府の連結赤字が
フラ整備を行うには、財務省内の PPP 審査
年間 GDP の 8 ~ 9% に及ぶ状況となって
委員会で承認を得る必要があるが、承認件数
いる。こうした財政赤字の拡大をこれ以上防
が申請件数に追いつかない状況である。
ぎ、かつインフラ整備を促進させインドの経
採算性の低い PPP プロジェクト等に対し
済成長を保つ目的で民間資本の活用が図ら
ては補助金や低利での融資を行う制度が存在
れ、1990 年代より PPP が導入されている。
するが、こうした審査についても政府の能力
これまで、インドにおける PPP は主に道
不足により手続きが遅延する状況にある。
路や港湾において活用されてきた。鉄道部門
特に、鉄道分野のプロジェクトにおいては
における PPP の導入は第 11 次 5 カ年計画
収支採算性が非常に厳しいことから、こうし
からであり、デリーメトロのエアポートエク
た低利融資や補助金などの活用が必要な状況
スプレスが最初の事例となる。
となっている。しかし、審査に時間を要する
デリー市内の中心部と空港を結ぶこの路線
状況は、多額の資金を投資する民間セクター
は、一部施設の建設と 30 年にわたる運営契
にとっても大きなリスクであるため、民間が
約がデリーメトロ社と民間会社との間で結ば
プロジェクト参画を躊躇する原因ともなって
れている。また、ムンバイメトロについても
いる。
PPP による整備が進められている。
一方、民間側においても PPP に通じた人
材が不足しており、事業を推進するにあたり
鉄道等の社会資本整備における官民協力の利
官との調整が円滑に進まない一つの要因に
点と課題
なっている。
前述の通り、PPP の本来の意義は、
「官よ
PPP は多様な課題も抱えているが、政府
りも効率的な民間の運営を導入する」ことに
も PPP に携わる人材の強化や人員の増員、
ある。しかし、インドをはじめとする発展途
各種制度の見直しや簡略化によって対応を強
上国においては、民間がインフラ整備のコス
化している。また、民間側も海外の交通事業
トを負担することでより多くのインフラ整備
者等と組んで各種 PPP 案件に携わりノウハ
を推進させることが、多くの場合、PPP 手
ウの蓄積に努めている。
法が活用される実質的な理由となっている。
官と民の両方で推進体制が整うことで
つまり、民間資金の導入により、政府の社会
PPP の導入が遅れていた鉄道分野において
資本整備に伴う費用負担の軽減を期待してい
も、今後は官民が連携して進める事例が広ま
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る可能性がある。
十分に社会資本の整備を進めることは困難な
インドをはじめとする途上国においては、
状況にある。
民間部門からの投資により、必要とされる社
今後、インドをはじめ新興国がいかにして
会インフラの整備を進めたいと考えている。
PPP を活用し、鉄道等の社会資本の整備を
いくつかの課題を抱えるものの、これらの国
進めるか注目していきたい。
では逼迫した政府予算のみに頼っていては、