(草稿)1者応札は無効か 東京大学大学院経済学研究科教授 大橋弘 【日刊建設工業新聞 2015 年 1 月 7 日 掲載】 自治体による公共工事で、入札参加業者が 1 者のみとなる競争入札が増えている。応札 者がいない「不調」が急増する足元の状況を鑑みれば、1 者でも応札してもらえればありが たいと感じる発注者も多いだろう。だが1者応札をめぐっては、発注者の対応に温度差が見 られるようである。 平成22年7月に全国知事会が行った調査報告書によると、一般競争入札における1者 応札が有効と回答した都道府県は全体の66%を占めたのに対して、原則として1者応札 は無効と回答したのは10都道府県、21%に上っていた。また1者応札は、行政改革推進 会議でも議題として取り上げられている。中央の各府省庁の調達において1者応札の割合 は平成19年から24年の間に27%へと6%ポイント低下しており、この割合を更に減 らすべきとの方向性が示されている。 一般競争入札では、入札意欲のあるものがだれでも自由に入札に参加できることから、地 方自治法上でも入札参加者が1者であっても、その入札は有効とされているようだ。それに も拘らず、1者応札に対して無効の判断を下す自治体が存在するのは、1者の応札では入札 契約制度の競争性が確保できないとの懸念があるのだろう。 懸念の背景の1つは談合である。たしかに談合があるときに、応札する1者を業者間で調 整して落札させることで競争性が損なわれてしまう。しかし最近の北陸新幹線での談合事 件での報道から伺われることは、1者応札だから談合が起こる訳ではないということだ。こ の事件では、落札しない業者を「ダミー」として入札に参加させて談合していた。談合があ る限りは、2者応札でも3者応札でも談合を行うことは可能であり、1者応札という結果だ けを取り上げて談合の温床とするのは、理論的に根拠があるのか疑わしい。 談合がない場合に生じる1者応札は競争的である。なぜならば入札競争は、事後的に入札 をした事業者の間のみで行われているのではなく、事前に入札するだろうと思われる事業 者の間で行わると考えるのが現実的だからである。さらに電子入札が広まるなかでは、誰が 入札するかを事前に知ることは不可能に近い。結果的に1者しか応札しない入札であって も、談合がないときには、その応札者が応札段階で想定していた競争者が複数いたはずであ る。1者応札とは、そうした潜在的な競争者が結果的に応札しなかったときに生じる現象と 考えられる。よって結果的に1者となってしまっても応札者に責任はない。 もちろん上の議論は、一般競争入札において初めて成り立つ議論である。指名競争入札の ように事前に入札参加者が決められている場合には、1者応札によってどれだけ競争性が 確保されるかは議論の余地がある。また1者応札において、3回にわたって入札がやり直さ れるとその入札者で随意契約に移行する場合があると聞くが、競争性の観点からだけで純 粋に考えると、このやり方は問題が多い。随契契約での約定価格で入札を公示した場合に、 他の入札参加者が参加した可能性が排除できないからである。 そもそも1者応札が問題視されるようになった一端は、平成17年に福島・和歌山・宮崎 と立て続けに自治体の首長による談合事件が摘発され、それを受けた全国知事会の緊急提 言において、公正な競争が確保できるためには応札可能者を20~30社以上を原則とす るとした点があるのではないかと思われる。談合があった時代には、このくらいの数がない と談合破りをする事業者が登場しなかっただろうと思われるが、談合に対する懲罰が当時 には考えられないほど高まっている今日において、談合を前提にした一者応札無効論がど れほど説得力を持つのか、改めて精査されてよい論点だろう。
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