建設生産システムにおけるAI化 - 東京大学 経済学研究科 大橋弘研究室

(草稿)
建設生産システムにおけるAI化
東京大学大学院経済学研究科教授 大橋 弘
【日刊建設工業新聞
2015 年 4 月 15 日
掲載】
高齢化と人口減少が進むわが国において、生産性向上をいかに維持していくかが経済成
長の観点から重要な課題になっている。そうしたなかで注目を浴びているのが、インターネ
ットの果たす役割である。ここ数年、インターネットなどのICT(情報通信技術)やそれ
に基づくAI(人工知能)の活用によって、新たな産業構造の変化(第 3 次産業革命)が引
き起こされつつあるという指摘に対して議論が続いている。私が属する経済学の分野でも
この点については見方が分かれる。例えばノースウェスタン大学のロバート・ゴードン教授
は、電気や蒸気機関の発明に比較すれば、ICTの登場は第 3 次の産業革命にはなりえな
いとするが、他方でMITのブリニョルフソン教授らは、ICTと人工知能が将来世代の人
間の職を奪うことになると警鐘を鳴らす。
オックスフォード大学教授フレイ氏とオズボーン氏は、2013 年に発表した論文「将来の
雇用」にて、雇用がICTによってどれだけ置き換えられるかをアメリカのデータを用いて
推定した。彼らの分析によると、20 年以内にICTに置き換えられる職種が全体(702 職
種)の 47%にも上る。興味深いのは、対象とする各業種を0(置き換えられない)から1
(置き換えられる可能性が最も高い)までの指数で評価し、全職種にランク付けをしている
点である。ちなみにICTによって置き換えが難しいとされる職種はセラピストで、次が修
理工、緊急事態における管理監督者と続いており、他方で置き換えられやすいのは、電話営
業だそうである。この業種リストには建設業関連の職種が5つ取り上げられている。それら
を挙げると、現場での総監督(0.17)、ビル点検作業(0.63)、建設労働一般(0.67/0.88)
、
塗装業や施工維持管理業(0.75)
、建設機材オペ-レーション(0.95)である(なお括弧内
はICTで置き換えられる確率)
。
オックスフォード大学の研究チームの分析結果がわが国にどの程度妥当するかは別にし
て、ICTが建設現場を大きく変えるだけの潜在力を持っていることは確かなように感じ
られる。施工の自動化・無人化は作業効率と現場の安全性を大幅に向上させるとともに、作
業工程や工事進捗の見える化は、見積もり精度や計画変更の即時性にも大きく寄与するよ
うに思われる。こうしたICT技術は、人材確保への取り組みを進めているわが国の建設業
にとっては、労働環境を改善し魅力あるものにするために重要な一助となりそうだ。その点
で、ICTと雇用との関係は、オックスフォード大学の研究チームが言うような代替的な関
係というよりも、補完的な関係にあるといった方が適切のように思われる。
人材確保の取組みとして重要な点は、他産業と比較した賃金水準および労働環境の改善
である。前者については、設計労務単価の引き上げや社会保険未加入への対策など、官民挙
げての取組みがなされているところだ。他方で、労働環境の整備は、客観的に可視化するこ
とが困難な部分も多く、なかなか効果的な対策を取るのが難しい。例えば週休 2 日制の浸
透などといった労働環境の整備には、丁寧な問題点の洗い出しと対応が求められる。仮にこ
うした領域にICTを取り入れることができるのであれば、建設業の魅力はさらに高まる
ことだろう。
過去の産業革命が引き起こしたパラダイムシフトは、蒸気・内燃機関の発明など技術革新
がきっかけとなったと言われる。しかし、技術革新は社会のなかで軋轢を生んだのも事実で
あって、そうした軋轢を乗り越えて社会が技術革新を受容し得たのは、制度や規制、組織に
おける改革(ソーシャルイノベーション)を通じてであった。ICTが建設業にとってのパ
ラダイムシフトとなるかどうかは、慣習に囚われない眼で自己改革に取り組めるかどうか
にかかっているのかもしれない。