アラブ・ムスリムから見れば、長い間日本は友好的でかわいい兄弟のよう

 中 東 イ ス ラ ム 世 界 の キ ー プ レ ー ヤ ー た ち の 現 状 と 日 本
ユーラシアを基点に広がるイスラム世界は、重大な地殻変動の中にある。2014年6
月に武装集団の「イスラム国」がイラク北部のモスルを制圧すると、これに危機感を覚え
た米国は、イラクでは欧米諸国を中心とする有志連合で、シリアではアラブ諸国の軍隊と
「イスラム国」への空爆を行うようになった。 イラクもシリアもイスラム世界の中心に位置し、かつてはアッバース朝(750~12
58年、バグダッドが首都)やウマイヤ朝(661~750年、ダマスカスが首都)とい
うイスラム帝国の繁栄を享受したところである。 イスラムの預言者ムハンマドが生まれたアラビア半島は、現在、世界の重要な産油地帯
であり、日本も原油輸入の80%以上をこの地域に依存している。この地域の政治や、諸
外国の関与は日本にも重要な影響を及ぼすことになる。戦後日本の安全保障をめぐる議論
が、この地域の事態に関連して多く語られたことは、1991年の湾岸戦争での掃海艇派
遣や、2001年から08年まで継続した海上自衛隊の補給活動などのケースを見れば明
らかだろう。また、安倍晋三政権による「集団的自衛権」の提唱も、日本が原油を購入す
るペルシア湾での機雷掃海や、日本のタンカーの海路(シーレーン)の防衛などが主要な
議論の対象となっている。 出口が見えない米国の対「イスラム国」戦略と日本
カーター国防長官→7月7日の上院軍事委員会で米軍がシリアで訓練できたのはわずかに
70人であることを明らかにした。米国が意図するシリアの「反政府軍」はアサド政権と、
「イスラム国」「ヌスラ戦線」など複数の武装集団とも戦闘を行わなければならない。「二
正面」どころか、まさに「多正面」の戦いで、多くの敵を相手にする危険を承知で飛び込
んでいく者たちが大勢になるとはまったく思えない。
「アラブ・ムスリムから見れば、長い間日本は友好的でかわいい兄弟のような存在であ
ったということは、広く知られている。「ヤーバーン・クワイエサ(日本は善良だ)。」
という言葉は、お世辞ではなく道行く市民や大学仲間たちから普通に耳にする声(水谷
周氏)。
安倍政権→日本の「存立事態」を脅かす事例としてホルムズ海峡が機雷で封鎖された場合
を想定しているが、中東イスラム地域で「平和と独立、国民の生活と幸せな暮らし」を破
壊してきた米国の中東での軍事行動と一体になることはひじょうに危うい。
イスラムでは、異教徒が「戦いの家(ダール・アル・ハルブ)」からイスラム世界(ダー
ル・アル・イスラム[「イスラムの家」、本来は「平和の家」の意味])に足を踏み入れ、婦
女子や老人を殺害することには宗教感情から強い反発がある。日本もまた「平和の家」の
秩序を乱すことに加担する可能性があり、中東イスラム世界政策で米軍の行動と一体とな
ることは、イスラムの宗教感情からも許容されるものではない。米国がいわゆる「イスラ
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ム過激派」の標的になってきたのは、
「戦いの家」から「平和の家」に侵入してきたためだ。
日本にやってきたタタール人で、東京ジャーミィの初代イマームのアブデュルレシュト・
イブラヒム(1857~1944年)も「日本人は清廉で勤勉、道徳的で高潔な、イスラ
ム教に改宗しさえすれば完璧なムスリムになれる人々」と考え、日本人が優れているのは、
古い慣習を守ることではなく、それを刷新して国を創り、さらに発展させている点である
ことを強調した。←安倍政権の諸々の言動はイブラヒムの評価を裏切っている気がしてな
らない。
イラン核協議に関する合意
7月14日、イランの核問題をめぐって、安保理常任理事国とドイツを加えた6か国と
イランは、「包括的共同行動計画」で最終合意を成立させた。米国のオバマ大統領は「国際
社会はイランが核兵器を開発しないことを確かめられる。イランの核兵器製造へのあらゆ
る道は断たれた」と述べ、他方、イランのロハニ大統領も合意後のテレビ演説の中で、イ
ランに核兵器を製造の意図がないことをあらためて明言した。
日本への最大の石油輸出国サウジアラビアのリスクを考える
サウジアラビア主導のアラブ多国籍軍→4月21日に「決断の嵐」作戦の終了を発表した
ものの、22日に新たに「希望の復活」作戦を開始した。
※3月26日に始まり、4月21日までに2000回以上実施された空爆と地上での戦闘
で、世界保健機関(WHO)によれば、犠牲者は少なくとも944人、負傷者は3487
人に達したという。
※3月にエジプトのシャルム・アル・シェイフにアラブ連盟加盟の22カ国の代表が集ま
ったが、この会議の議論をリードしたのはサウジアラビアのサウド・アル・ファイサル外
相(王子)で、中東の王族支配、あるいは寡頭支配を確実にすることが目的としていた。
イエメンの人口=およそ2500万人で、中東の中では最貧国で、水資源の減少、顕著な
人口増加などが見られる中、各勢力は限られた資源をめぐって抗争を続けている。失業率
は40%以上で、石油資源も近い将来に枯渇すると見られている。
サウジアラビア→2014年800億ドルを武器購入に費やし、「ストックホルム国際平和
研究所SIPRI」によれば、サウジアラビアは昨年世界最大の武器購入国となり、UA
Eも昨年230億ドルを武器購入に充て、その軍事費の額は2006年の3倍となった。
サウジアラビアの抑圧政治→1979年の革命で倒れたイランの王政のように、国民から
激しく反発される可能性があり、サウジアラビア王政の重大な不安定要因となっていくに
違いない。弾圧政治、国民の間の経済格差、国民の福利とは関係のない兵器の大量の購入、
米国との親密な関係など、サウジアラビアの現状はイランの王政末期とも似ている。
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イエメン→世界の戦略上の要衝に位置する。紅海やスエズ運河の「出入り口」ともいえる
バーブ・エル・マンデブ海峡を擁し、世界の海運の8%から10%が紅海とスエズ運河を
通過するが、世界の石油輸送の2.5%もイエメン沖を通過する。
※カタールが輸出する液化天然ガス(LNG)もバーブ・エル・マンデブ海峡を通るが、
イギリスのLNG消費の半分がカタール産で、ベルギーの90%もカタールから輸入され
る。ヨーロッパ諸国にとっても、バーブ・エル・マンデブ海峡は「生命線」といえる。か
りにこの海峡を迂回してアフリカの南端をルートとすれば、輸送コストが途方もなく跳ね
上がる。
トルコ総選挙後の見通し
トルコ総選挙(定数550)→6月7日、投開票が行われ、エルドアン大統領の与党、
イスラム主義政党である「公正発展党(AKP)」は第1党を維持することになったが、2
002年に政権が発足してから初めて過半数割れして、大統領権限の拡大を目指した憲法
改正に必要な5分の3の議席には遠く及ばなかった←フランスのような大統領制度を目指
したエルドアン大統領の夢は挫折した。
※シリアの反アサド武装勢力への支援、ニュース・メディアへの威嚇、ツィッターやユー
チューブの遮断、イスタンブールの無秩序な発展、酒類の販売を制限することなどはエル
ドアン政権への反発を招いた。
若者の5分の1が失業しているとも見られるほど失業率も高く、一方物価は上昇し、市民
からは「経済発展が実感できない」ほどの状態になった。
シリアでアサド政権に対する民主化要求運動が発生すると、アサド政権の打倒を唱えるよ
うなり、トルコからシリアの反アサドの武装集団に参加する人の流れも黙認してきた。シ
リアの混乱によってトルコ国内には200万人に近いシリア難民が流入し、隣国の不安定
はトルコを訪れる外国人観光客の数も減らすことになった。今年4月は、昨年8月に比べ
ると、8%余り減少している。(Hurriyet Daily News-2015/05/27)
唱えたが、しかしゼネコンと不動産開発会社が政権に癒着し、腐敗の温床となった。
「イスラム国」によるラマディ制圧
2015年5月15日、自称「イスラム国」の黒い旗がアンバル県の県都であるラマディ
の県庁舎に掲げられたとバグダッドの『ザマーン(時)』紙が報じた。「イスラム国」は、
ラマディの主要なモスクの拡声器からもその「勝利」を伝えたが、イラク政府軍は「イス
ラム国」の度重なる攻撃にさらされて敗走した。←政府軍が敗れたことによって米軍の兵
器がまた「イスラム国」に渡ることになった。
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「イスラム国」→すでに1月にラマディの北郊外に迫り、およそ13万人の住民が難民
として流出した。3月にティクリートを放棄した「イスラム国」には、ラマディを制圧す
ることでその巻き返しを誇示する目的があったのだろう。アンバル県はスンニ派住民が多
数を占める。
※イラク政府軍の将校の一人→「ラマディが陥落したのは、バグダッドの政府から十分
な支援がなく、また米軍など多国籍軍の空爆が不十分であったから」としている。またテ
ィクリート攻略に役割を果たしたシーア派の民兵組織には、それに対する政府の評価が不
十分で、「過激派」のレッテルを貼られたことに反発して、政府軍との協力を放棄したグル
ープもいる。
「イスラム国」に反感をもつアンバル県のスンニ派部族の民兵組織→「政府のスンニ派
への信頼感がなく、政府から十分な武器供給が行われないことに不満をもつようになった。
←イラク政府には、スンニ派部族に対する信頼感が希薄だ。
「イスラム国」→ラマディが陥落したことによって、「イスラム国」は2014年6月に制
圧したニネヴェ県の県都モスルに続いて、イラクの二つの県都を支配することになるが、
「イスラム国」によるラマディ制圧は米国の「イスラム国」政策がまったく成功していな
いことあらためて示すものだ。
イエメン紛争と武器セールス合戦の舞台となる湾岸
イエメン紛争→スンニ派のサウジアラビアなどアラブ諸国とシーア派で、アラブとは異
なる民族のイランとの代理戦争となっている。アラブ諸国は、イエメンのハーディ大統領
の政府をイランがフーシ派という「代理」を用いて打倒したと、イランを非難するように
なった。しかし、イエメン紛争は政治権力と経済資源をめぐる争いで、イランが戦略的に
アラビア半島での影響力拡大を図っている様子はない。
ボーイング社⇒2011年にカタール・ドーハに営業拠点を設け、ロッキード・マーティ
ン社も今年これに続いた。
ロッキード・マーティン社→その総利益の25%から30%を外国への輸出から得たい意
向だ。いずれ日本も共同開発を進めるF35戦闘機にもアラブ諸国は関心をもつと考えら
れている。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、2015年1月から3月にかけて推
計500人が地中海で命を失ったという。さらに、IOM(国際移住機関)の報告では、
昨年は約3200人の人たちがリビアから海路でヨーロッパに入ろうとして定員以上の
人々を乗せた船の沈没で亡くなった。
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シリア→難民の数は400万人、5万人の人々が90カ国以上の国で難民申請を行ってい
る。国民の5分の1近くが難民となり、およそ700万人が国内難民としての生活を余儀
なくされている。2015年4月になって自称「イスラム国」が制圧したダマスカスのヤ
ルムーク難民キャンプは、国連の潘基文事務総長が「死の収容所」とも形容するほど生活
状態が悪化している。
日本での難民認定は困難で、2015年3月中旬、シリア人4人が国を相手に難民として
認めるよう求めて東京地裁に提訴した。昨年上半期のUNHCRの統計によれば、難民認
定率は米国が96%、カナダは95%、イギリスも90%だった。リビアからの難民を救
出したように海上からの不法移民が多いイタリアも43%を難民認定したが、日本は同じ
時期に0%だった。
バーブ・エル・マンデブ海峡
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