言語研究と「目に見えない」言語構造の明示化:主語論を中心に The Role of Linguistic Research in Clarifying Invisible Linguistic Structures—with Special Attention to the Place of Subject in Japanese ウェスリー・M・ヤコブセン(ハーバード大学) WESLEY JACOBSEN (HARVARD UNIVERSITY) 以前から指摘されているように、言語研究が日本語教育に貢献しうる大事な役目の一つに、目に見えない、隠れた言語構造を観 察可能な、明示的な形にすることが挙げられる. 特に、述語の意味を理解するのに欠かせない名詞句のパターン、いわゆる「項 構造」を明示化することによって、日本語という言語にまつわる様々な誤認が払拭される. その一つが、日本語に主語はない、 という誤認であるが、項構造という概念を認めれば、どの述語にも関係している名詞句が最低 1 つあり、そこから自然に主語 の存在が明らかになる. 当発表では、筆者が以前提案した、「項」というものを特定できるテストをもとに、主語存在論への反例に見える二つの構文を 取り上げて、「目に見えない」ところに例外なく主語の存在が認められることを論じることにする. 一つは、いわゆる主語のな い「ゼロ項述語」と言われている、「3 時になった」というような例で、もう一つはいわゆる多重主語文と言われている、「像 は(が)鼻が長いな!」といったような例である. 前者には主語がなく、後者は逆に主語らしいものが複数あるため、節ごとに 主語の位置に座るものをひとつ特定できるようには見えないものである. しかし、前者に「項」のテストを適用すると、隠れて いるところに必ず「どこどこが」、「何々が」という、主語に当たる名詞句の存在を示すことができ、逆に後者では同じ節の主 語に見えるもの(例えば「像」と「鼻」)は、意味構造から考えると、実は違う節の主語である(例えば「鼻」と「像」はそれ ぞれ「長い」と「鼻が長い」の主語である)ことがわかる. このように考えると、日本語には「長い」のような単独の語彙だけ でなく、「鼻が長い」という、節全体も述語として認める必要がある. しかしどの節にも述語としての働きを認めると、究極的 にはどの文にも無限に深い従属構造を認めざるを得ないという好ましくない結果になる. 当発表では、述語としての働きが可能 な節と、そうでない節を見分ける意味的制約を提案することで、この問題を解決し、主語存在論が日本語の文法全体にわたって 妥当であることを示すことにする.
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