NIRSを用いた随意運動および他動運動の脳賦活分析

論文
NIRSを用いた随意運動および他動運動の脳賦活分析
Brain Activation Analysis of Voluntary Movement and Passive Movement
Using Near-infrared Spectroscopy
綿貫 啓一 *
平山 健太 *
Keiichi WATANUKI
Kenta HIRAYAMA
要 旨
本論文では,運動における意識の有無と脳活動の関係を解明するため,NIRS を用いて脳機能計測を
行う.生体の運動は自発的・意識的に行う随意運動と受動的・無意識的に行う他動運動があり,本研究
ではこの 2 種類の運動に関して脳機能計測を行い,それぞれの運動における脳活動の特性を得る.膝関
節の屈伸運動による下肢連続運動を行い,被験者が椅子に座った状態で前後並進方向に運動する際の脳
活動を計測する.また,他動運動については振動による直接的な影響も想定されるため,振動に伴う運
動の有無が脳活動に与える影響についても実験を行い考察する.
Abstract
In this paper, we make measurement of brain activation by using near-infrared spectroscopy (NIRS)
so as to clarify the relationship between the existence or nonexistence of consciousness in the motion.
Biolocomotion is divided into a voluntary movement, which is made voluntarily and consciously, and a
passive movement, which is made passively and unconsciously. Accordingly, in this study we measure
brain activation in terms of these two kinds of movements, clarifying the features of brain activities
with respective movements. The subject successively moves his/her lower limbs through knee bends.
We measure the brain activities while the subject sitting on a chair moves back and forth. In addition,
we carry out the experiment on the effects of the existence or nonexistence of movement caused by
vibration on brain activities to consider the results.
Key Words :Brain-Machine Interface, Near-infrared Spectroscopy, Brain Activity, Voluntary
Movement, Passive Movement, Vibratory Motion
1. 緒 言
する耐性が強いため,実用的な BMI に適した特性を備
近 年, 機 能 的 磁 気 共 鳴 画 像 (functional Magnetic
えている.NIRS の信号の解釈について,酸素化ヘモグ
Resonance Imaging, fMRI) や近赤外分光法
(near-infrared
ロビン(oxyHb)が局所脳血流の変化と最も相関性が高
spectroscopy, NIRS)などを用いた非侵襲脳機能計測
いことが報告されており (1),oxyHb の変化が脳活動を最
装置の普及に伴い,脳活動から直接機械を制御するブ
も反映するパラメータであるとされている (2).これまで
レ イ ン・ マ シ ン・ イ ン タ ー フ ェ イ ス(brain-machine
の BMI に関する研究の多くは BMI を構築するためのア
interface, BMI)などの技術が盛んに研究されている.
ルゴリズムに関する研究 (3),(4) であるため,実環境で想定
BMI によって人の思い通りに機械を制御できるようにな
される振動等の影響は考慮されていない.しかしながら,
り,全身麻痺など手足を自由に動かすことが困難な者に
実環境で安定した BMI を実現するには振動等が脳活動
とっては義手義足の機能向上に伴い生活の質が向上する
に与える影響を知ることが重要であり,自らの意志によ
と期待されている.
る運動と振動など外部の力から受ける運動の違いを理解
NIRS は fMRI 等と比べて小型で可搬性があり,被験
することが安定した BMI に繋がると考えられる.
者の拘束が小さいという利点を有するため運動に伴う脳
そこで本論文では,運動における意識の有無と脳活動
機能計測が可能である.また,NIRS は環境ノイズに対
の関係を解明するため,NIRS を用いて脳機能計測を行
*埼玉大学大学院理工学研究科
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NIRS を用いた随意運動および他動運動の脳賦活分析
う.生体の運動は自発的・意識的に行う随意運動と受動
リアルタイムで計測する.一般的に,酸素化ヘモグロ
的・無意識的に行う他動運動が存在するため,本研究で
ビンと脱酸素化ヘモグロビンの吸光特性は異なるため,
は,この 2 種類の運動に関して脳機能計測を行い,それ
NIRS では 2 種類以上の波長の近赤外光を用いて計測を
ぞれの運動における脳活動の特性を得る.膝関節の屈伸
行う.基本的には Bear-Lambert の原理と同一であるが,
運動による下肢連続運動を行い,被験者が椅子に座った
NIRS での計測は相対的な濃度変化量となる.NIRS の
状態で前後並進方向に運動する際の脳活動を計測する.
信号の解釈に関して,ラットを用いた実験 (7) などで,運
また,他動運動については振動による直接的な影響も想
動課題において,fMRI と NIRS を同時に計測した結果,
定されるため,振動に伴う運動の有無が脳活動に与える
NIRS 信号の oxyHb と fMRI の BOLD(blood oxygenation
影響についても考察する.
level dependent) 信号との間に高い相関性があることが
実証されている (7), (8), (9) .
2. NIRS による脳活動分析
NIRS は被験者頭部に専用のホルダを被せ,光ファイ
人は脳内で情報を処理,伝達し,次の行動や反応を決
バプローブを頭皮に密着させるように固定し,近赤外光
定するときに神経活動が起こる.神経活動が起こると,
を入射および受光する.このため,近赤外光という生体
活動神経近傍の限られた領域では血管が拡張して血流量
に無害な光を使うことから安全性が高い上,体動制限が
が増加する.これに従って血液量も増加するため,酸素
少ないといった特徴をもっている.本研究では,機能的
化ヘモグロビン濃度と脱酸素化ヘモグロビン(deoxyHb)
近赤外光イメージング装置(島津製作所製 FOIRE-3000)
濃度の比率が変化する.神経活動時には局所脳血流は
を用いて脳賦活反応を計測し,分析を行う.
29% 程度上昇するが,酸素消費量は 5% 程度の上昇に
NIRS の特徴として,(1)近赤外光を用いることで,
とどまることが報告されており ,このために神経活動
完全な非侵襲で繰り返し測定が可能である.(2)ヘモグ
時には oxyHb が増加することから,oxyHb の変化量に
ロビンの変化を 0.1 sec という時間で計測が可能で,そ
注目することで脳の活動状態を知ることが可能である.
の結果をリアルタイムで表示することが可能である.
(3)
従って,本研究においても oxyHb の変化量を評価基準
被験者に対する身体的拘束がほとんどないため,身体的
として脳活動の分析を行う.
自由度が高く,計測時の被験者の動作に対する制限が非
(5)
近赤外光は他の波長領域の光と比べ生体への透過率が
高い特徴を持ち,特に 700 ~ 900nm の近赤外光はヘモ
グロビンの酸素化状態により吸収係数が異なる性質があ
る.この性質を用いた計測装置が NIRS であり,神経活
動に伴う脳血流の変化を計測することができる.
近赤外分光法は,透過しやすい近赤外光と血液の中に
含まれるヘモグロビンの光吸収特性を利用して成り立っ
ている.図 1 に示すように,oxyHb と deoxyHb の光吸
収スペクトルが異なっており,この違いを利用して,脳
血流の相対的な流量が測定可能となっている.酸素化ヘ
モグロビンと脱酸素化ヘモグロビンのモル分子吸光係数
が既知であれば,780nm,805nm,830nm の 3 波長の遠
赤外光を照射することで,濃度変化を測定することがで
きる.生体の中で酸素を運んでいるのは,ヘモグロビン
であり,ヘモグロビン濃度変化を測定することで,脳へ
の酸素の供給,代謝の状態を推定することが可能となる.
Fig.1 Absorption spectrum of oxy- and deoxyhemoglobin
図 2 に示すように,NIRS で照射された近赤外光は,
頭皮と頭蓋骨を浸透して脳内に入り,頭皮上から約 20
(6)
~ 30 mm の深部にある大脳皮質に到達する .そこに
到達した近赤外光は,前述のヘモグロビンの酸素含有量
による吸収度合の違いという特徴により,脳組織で散
乱し,反射,吸収される.脳組織で吸収されなかった近
赤外光は再び表面まで戻ってくる.この戻ってきた近赤
外光と照射した近赤外光の差からヘモグロビンの濃度を
Fig.2 The principle of human brain measurement
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CALSONIC KANSEI TECHNICAL REVIEW vol.8 2011
常に少ない.(4)小型で可搬性を有する.一方,その他
の計測装置に比べて NIRS を用いた計測では,(1)計測
されたヘモグロビンの変化は相対的な変化であり,絶対
的な変化を計測することができない.(2)近赤外光の照
射距離が短いため,大脳新皮質の表面部分しか計測がで
きず,脳の深部まで計測することができない.(3)空間
分解能が低い.(4)頭蓋骨や皮膚を透過するので,脳の
信号だけでなく,皮膚血流の変化といった他の因子の影
響を受けやすい (10), (11).
運動時の脳賦活反応を計測する場合,rCBF(regional
Cerebral Blood Flow) を 測 定 す る に は 環 境 条 件 や
機 械 的 な 特 徴 か ら fMRI や PET(Positron Emission
Tomography)よりも NIRS が適している.しかし,温
度や体調による皮膚血流上昇が NIRS 信号に影響を与え
る可能性がある.これにより,運動時の NIRS で計測さ
れたデータに皮膚血流などの他の因子が影響することが
危惧されている.また,運動をすることにより血圧など
の変化が起きるため,脳の神経活動の変化を解析するた
めには,課題に対する血流変化と運動による血流変化と
区別する必要がある (12).
従来の NIRS の計測は少ない数のチャンネルによる計
測が行われてきたが,近年では多チャンネル計測が可
能となっている.多チャンネルを用いて計測すること
で,あるチャンネルが誤って賦活部位と判断される確率
は増加する (2), (6).例えば,計測するチャンネルの数を 20
箇所に増やした場合,偽陽性は 20 倍になる.このチャ
ンネル数の増加にともなう偽陽性のことを Family-Wise
Error(FEW)と呼ばれており,多チャンネル計測では
FEW を抑えるために多重比較補正が必要となる (2).本
NIRS 解析では,多重比較補正として Bonferroni 法を用
いる.Bonferroni 法は偽陽性を抑えるためには有用な手
法である.このため,Bonferroni 法は NIRS の計測デー
タのように賦活領域を安定的に検出することができ,
NIRS 計測データ解析に適した手法である (8).
NIRS で多チャンネル計測を行う場合,あるチャンネ
ルが間違って賦活領域と判断される確率はチャンネル数
の増加と共に増える.例えば,計測チャンネル数を 20
個に増やすと,偽陽性 (FWE: Family-Wise Error) は 20
倍にあるとされている.そこで,この FEW を抑制する
たには多重比較補正が必要となる.
Bonferroni 法は不等式に基づくステップワイズの多重
比較法である.この手法は,検定の多重性を避けるため,
検定を繰り返した回数で有意水準を割るという簡単な方
法で実行できることから NIRS 解析では広く利用される
手法である.
76
例えば,k 個の事象 Ei (i = 1, 2, …, k) に対して,
[ ]
Pr
k
k
UE ΣPr(E )
i
i =1
i =1
i
(1)
が成り立つ.もし,k = 3 ならば,
Pr[E 1U E 2U E 3]
Pr[E 1]+Pr[E 2]+Pr[E 3]
(2)
となる.11=12=13 の下,F = {H0(12), H0(13), H0(23)} として検
定を行うとして,式 (1) に当てはめる.H0(12) が誤って棄
却される事象を R1, R2, R3, ・・・とすると,
Pr[R 1U R 2U R 3]
Pr[R 1]+Pr[R 2]+Pr[R 3]
(3)
となる.最大 FWE が有意水準 R 以下となるためには,
[ ]
Pr
3
UR
i =1
i
R
(4)
であることから,
Pr[R i ] R = 3 (i =1,2,3)
(5)
となる.このように,Bonferroni 法ではファミリーをど
のようにも設定できるため,検定統計量もどのようなも
のでもよいという利点がある.また,標本どうしが独立
でない場合にも利用できる.
3. 振動試験装置の製作
本研究では全被験者に同様の振動を与え,随意運動と
他動運動の比較を容易にすることを目的として,図 3 に
示すような振動試験装置を製作する.被験者は振動試験
装置に固定された椅子に座り,他動運動の実験を行う.
駆動にはステッピングモータとボールねじを用い,直動
案内により椅子が並進運動する.制御プログラムおよび
コントローラにより,モータ制御を行う.振動試験装置
は水平並進 1 自由度であり,被験者は前後に振動する構
造になっている.
4. 下肢連続運動時の脳機能計測
4.1. 実験目的
本実験は随意運動と他動運動の脳活動の特性を得るこ
とを目的とし,下肢連続運動時の脳機能計測を行う.具
体的には,被験者が椅子に座った状態で前後並進方向に
連続運動を行ったときの脳機能計測を行う.他動運動で
は振動試験装置によって被験者が受動的に前後運動し,
随意運動では自らの意志によって同じ運動をする.それ
ぞれの計測結果から随意運動と他動運動の特性を分析
し,考察する.
NIRS を用いた随意運動および他動運動の脳賦活分析
4.2. 実験課題
実施する課題は以下の 2 種類である.
(1)課題 1:他動運動
4.4. 運動条件
課題 1 における振動試験装置による運動の入力速度の
時刻歴波形を図 5 に示す.本実験では下肢連続運動に
振動試験装置により,被験者が座っている椅子が加振
よる前後並進運動を実環境に近い条件で実施するため,
されたときの脳賦活反応を計測する.このとき被験者は
自動車走行時の振動を想定した.自動車走行時に 1 ~
楽な姿勢を保ち,振動に対抗する力は加えない.振動に
2Hz,10 ~ 20Hz の振動が前後方向に発生することが走
よって,体は前後加振を受けるが,足は振動試験装置の
行試験によって報告されている
基礎に接地しており,振動の影響を受けない.よって,
タ制御プログラムにより,1 ~ 2Hz および 10 ~ 20Hz の
被験者は無意識で膝関節の屈伸運動を行う.
成分を含む 10 秒間の振動波形を作製する.これを振動
(2)課題 2:随意運動
(13)
ため,本実験ではモー
試験装置による運動とする.
被験者は課題 1 で加振された運動を再現する.この運
動は課題 1 で用いた振動試験装置上で行い,被験者が自
らの意志によって膝の屈伸運動による下肢連続運動を行
う.これにより,被験者は椅子を前後に並進運動するこ
とで課題 1 と同様の運動となる.本課題実施前に実験者
は被験者に対して追加情報として運動の振幅や周期等の
具体的数値を提示し,被験者は試行前に実験者から与え
られた情報と課題 1 の記憶に基づいて下肢連続運動を行
う.
4.3. 実験条件
被験者は 4.2 節で示した課題を課題 1,課題 2 の順で
Fig.3 Experimental overview
実験を行う.本研究では随意運動と他動運動の脳賦活反
応を計測するため大脳各部位の機能を考慮し,思考に関
連する前頭前野,運動に関連する一次運動野を中心に計
測する.送光プローブと受光プローブは 30mm 間隔で,
国際 10-20 基準電極法に基づいて前頭前野では 3 × 3,
第 1 次運動野は 3 × 7 の格子状に配置して合計 44 点(一
次運動野 32 点,前頭前野 12 点)の測定チャンネルで計
測を行う.測定部位を図 4 に示す.計測は oxyHb の変
化の基準を得るため,最初に 30 秒の脳活動を安定させ
るレスト期間を設ける.その後 4.2 節で示した課題を行
Fig.4 Regions of NIRS measurement
うタスク期間が 10 秒あり,タスク終了後再び 30 秒のレ
スト期間を取ることで脳活動を安定させる.これを 1 試
行とし,各被験者に各課題を 2 試行,合計 4 試行を行う.
各試行の計測前には十分な安静時間を確保し,脳活動を
安定させてから計測を開始する.タスク開始の合図は課
題 1 では被験者に何も知らせず実験者が加振を始めるこ
とで開始とする.課題 2 ではタスク開始時と終了時に実
験者が被験者に対して口頭で指示する.本実験は 20 代
の健常男性 7 名を被験者として実施する.なお,実験開
始の前には被験者に対して実験目的および内容について
Fig.5 Vibration property
十分な説明を行い,実験への同意を確認した後に実験を
行った.
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CALSONIC KANSEI TECHNICAL REVIEW vol.8 2011
する特定の部位が oxyHb の上昇を示すことがわかった.
各課題試行時の脳機能計測の結果,随意運動のときに
一次運動野および前頭前野で oxyHb の上昇が見られた.
特に一次運動野では図 7 のように大きな賦活反応を示
し,課題開始後 oxyHb の上昇が始まり 5 秒後から 7 秒
後には最大となった.この反応が課題に依存したもので
あるかを調べるため Bonferroni 法による検定を行った.
(a) Passive movement (b) Voluntary movement
Fig.6 Regions of brain activity
有意水準を 5% として検定を実施した結果,有意差が認
められたため,この反応が課題によるものであることが
確認できた.よって,自発的な運動である随意運動によっ
て運動に関連する部位である一次運動野が反応すること
がわかった.前頭前野についても一次運動野に比べ微小
ではあるが,図 8 のように oxyHb の上昇があり,一次
運動野と同様に検定を実施すると有意差が見られると判
定された.このことから,随意運動に伴って思考に関連
する前頭前野でも賦活反応を示すことがわかった.一方,
他動運動では一次運動野および前頭前野の両方で目立っ
た反応を示さず,検定の結果も有意差は認められなかっ
た.したがって,他から力を受けて受動的に行う他動運
動では一次運動野や前頭前野における oxyHb の反応に
Fig.7 Brain activation in the primary motor cortex
影響を与えないといえる.
以上のことから,随意運動と他動運動では脳活動で異
なる特性を持つことがわかった.具体的には随意運動で
は一次運動野および前頭前野で oxyHb の上昇が見られ
たが,他動運動のときに一次運動野と前頭前野において
oxyHb の賦活反応はなかった.したがって,一次運動野
と前頭前野の賦活反応から随意運動と他動運動の評価が
できることがわかった.
5. 振動時の脳機能計測
5.1. 実験目的
Fig.8 Brain activation in the prefrontal cortex
課 題 2 で は, 被 験 者 に 10 秒 間 に 15 周 期 で 振 幅 が
15mm となる運動を指示し,各課題の条件に従って運動
を行う.
4.5. 実験結果
随意運動に伴ってどの位置で oxyHb が大きく変化し
たのかを調べるため,oxyHb の変化を示すマップを作成
した.図 6 は他動運動および随意運動を実施していると
きの oxyHb の反応を示すマップである.他動運動では
一次運動野,前頭前野の両方で賦活反応が見られないが,
随意運動では一次運動野の頭頂付近と側頭部で賦活反応
を示した.前頭前野については外側部で反応が見られた.
このことから脳機能の局在性が示され,随意運動に関連
78
本実験は振動受動時の脳活動と振動に伴って無意識に
運動したときの脳活動の特性を得ることを目的とし,振
動時の脳機能計測を実施する.被験者が振動試験装置に
よって前後方向に加振されるとき,被験者の足の接地方
法によって振動に対する反応が異なることから 3 種類の
実験課題を行う.実験課題は被験者が前実験と同様に前
後方向の加振を受けているときに足を浮かせた状態(接
地なし),足を椅子に固定されたバーに接地した状態,
足を振動試験装置の基礎部に設置した状態(他動運動)
の 3 種類である.それぞれの計測結果から振動に伴う無
意識的な運動が脳活動に与える影響を分析し,
考察する.
NIRS を用いた随意運動および他動運動の脳賦活分析
5.2. 実験課題
5.3. 実験条件
実験課題は,図 9 に示すような 3 種類である.
(1)課題 1:接地なし
被験者は 5.2 節で示した課題を課題 1,課題 2,課題
3 の順で実施する.本実験の測定部位は前実験と同様に
被験者は足を浮かせた状態で振動試験装置の椅子に座
思考に関連する前頭前野,運動に関連する一次運動野を
る.足がどこにも触れていないため,振動に伴い膝から
中心に計測し,前頭前野 12 点,一次運動野 32 点の合計
下の脚は微小ながら前後に運動をする.このとき,被験
44 点を測定チャンネルとする.タスクデザインも前実
者は脚に力は入れず楽な姿勢を保ち,振動に対して力を
験と同じ条件として,はじめに 30 秒のレスト時間を設
加えない.
け,その後 10 秒間のタスク時間がある.そして,タス
(2)課題 2:椅子に結合されたバーに接地
ク終了後 30 秒のレスト時間を取り,脳活動を安定させ
被験者は椅子の脚に結合されたバーの上に足を置き,
る.これを 1 試行とし,各被験者に各課題を 2 試行,合
振動試験装置の椅子に座る.バーは椅子に固定されてい
計 6 試行を行う.各試行の計測前には十分な安静時間を
るため他の実験課題に比べ,被験者の脚が動くことはほ
確保し,脳活動を安定させてから計測を開始する.タス
とんどない.
ク開始の合図はいずれの課題においても被験者に何も知
(3)課題 3:他動運動
らせず実験者が加振を始めることで開始とする.本実験
被験者は振動試験装置の基礎部に足を置き,振動試験
は 20 代の健常男性 7 名を被験者として実施する.なお,
装置の椅子に座る.振動しているとき基礎部は動かない
実験開始の前には被験者に対して実験目的および内容に
ため,被験者は振動を受けるが足の接地点は振動の影響
ついて十分な説明を行い,実験への同意を確認した後に
を受けず,振動に伴い脚が前後運動する.つまり,本課
実験を実施した.
題は前実験の他動運動と全く同じ内容である.
(a) Vibratory motion (ungrounded)
(b) Vibratory motion (grounded)
(c) Passive movement
Fig.9 Experimental task
(a) Vibratory motion (ungrounded) (b) Vibratory motion (grounded)
(c) Passive movement
Fig.10 Regions of Brain activity
79
CALSONIC KANSEI TECHNICAL REVIEW vol.8 2011
6. 結 言
本論文は,運動に伴う意識の有無と脳活動の関係を明
らかにすることを目的として,NIRS を用いた脳機能計
測を 2 種類行った.まず,随意運動と他動運動に関する
実験では,一次運動野および前頭前野における反応が異
なることがわかった.随意運動では一次運動野および前
頭前野において oxyHb の賦活反応があり,特定の部位
で大きな賦活が見られたことから脳機能の局在性が確認
された.他動運動は一次運動野,前頭前野ともに oxyHb
の上昇が認められず,脳賦活反応に与える影響は小さい
Fig.11 Brain activation in the primary motor cortex
ことがわかった.次に,他動運動と振動に関する実験で
は,他動運動と振動体感時の脳賦活反応を計測した.そ
の結果,いずれの条件でも一次運動野および前頭前野に
おける oxyHb の上昇は確認できず,外部の影響で受動
的に動いた場合であっても脳活動は反応を示さないこと
がわかった.以上のことから,随意運動のように自らの
意志によって能動的に運動すると oxyHb の上昇が確認
されるが,他動運動など意志に関係ない運動は賦活反応
が小さく単に振動を体感しているときの賦活反応を変わ
らないことがわかった.今後は,より実環境に近い振動
環境における脳機能計測を行い,振動が脳活動に与える
Fig.12 Brain activation in the prefrontal cortex
5.4. 実験結果
測定部位全体における oxyHb の反応を知るため賦活
領域を示すマップを作成した.図 10 は各課題試行時の
タスクにおける oxyHb の賦活領域を表すマップである.
oxyHb の増減値の大きさによって色が異なり,タスク開
始時の oxyHb を基準の黄緑色として,タスクに伴って
oxyHb が上昇した部位ほど赤くなっている.いずれの課
題についても賦活している部位は確認できるが,その領
域は小さく増加量も小さい.さらに,被験者によって賦
活する部位が異なるため,タスクに依存した反応とはい
えない.従って,振動によって特定の部位が反応するこ
とはないと考えられる.
各課題試行時の一次運動野および前頭前野における
oxyHb の変化を図 11 および図 12 に示す.いずれの課題
でも一次運動野,前頭前野においてタスクに伴う oxyHb
の上昇は確認されなかった.このことから,一次運動野
および前頭前野における賦活反応は他動運動の影響が小
さく,oxyHb の上昇につながらないことがわかった.
以上のことから,他動運動のように振動に伴う運動が
一次運動野や前頭前野の oxyHb の変化に与える影響は
小さく,たとえ振動によって体が思わず動いてしまって
も賦活反応を示すことはないと考えられる.
影響を調べる予定である.
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綿貫 啓一
平山 健太
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