水管橋の高度な耐震計算手法の必要性検討

水管橋の高度な耐震計算手法の必要性検討
㈱日水コン
今村健一
1. はじめに
水道施設の耐震化において,水道システムを構成する水管橋の耐震対策も重要である。
特に,過去の地震による,水管橋の被害は多数報告されており,その復旧期間も長期化
する場合があることに注目すると,被害報告が少ない浄水施設や配水池等の池状構造物の
耐震化よりも優先度が高く,より正確に耐震性能を評価する必要性が高いと考える。
そのため,水管橋の耐震診断にあたっては,実現象を精度よく再現できると言われる動
的解析や非線形解析等の高度な解析手法の適用を積極的に行うことが重要と考える。
ただし,水管橋は膨大な施設数があり,全てに高度な解析手法を適用することは困難で
ある。また,水管橋は,上部工と下部工のそれぞれが複数の部材で構成されており,構造
照査すべき対象や項目が多く,解析モデルや解析手法の選択肢も多数あるため,設計者に
よるそれらの合理的な選択方法が必ずしも確立されていない。
そこで,できるだけ精度の高い耐震診断をより効率的に実施する観点から,複数の水管
橋を対象として,高度な耐震計算法(動的非線形解析,2次元 FEM 構造―地盤連成系モデ
ル等)を適用した耐震診断結果を分析し,高度な耐震計算手法の必要性等について考察し
た事例を報告する。
2. 対象水管橋の概要
対象とした水管橋ケースA・B・Cの概要を,図-1 に示す。これらの水管橋は全て,比較
的規模が大きく構造も複雑な水管橋であることから,地震による動的な挙動の影響を受け
やすく動的解析の必要性が高いと考える構造である。また,水管橋ケースB・Cは,液状化
の可能性がある等により地盤変状の影響を受けやすく,地盤―杭―下部工―上部工の一体
モデルで詳しくその影響を表現する必要性が高いと考える。よって,これらの耐震計算結
果を分析することで,高度な手法の必要性についての考察を行うことが有効と考えた。
ケース A
図-1(1) 対象水管橋の概要
- 21 -
ケース B
図-1(2)
対象水管橋の概要
ケース C
図-1(3)
対象水管橋の概要
3. 過去の地震被害を踏まえた被害パターンの評価
耐震計算法の精度を評価するには,実際の被害パターンとして,どのような被害がどの
ような箇所で生じているかを明確にし,その被害パターンの再現性に着目することで,高
度な手法の必要性を評価しておくことが重要と考えた。その一方,被害事例の殆どない被
害パターンは,これまでの比較的簡便(静的線形解析・震度法等)な耐震計算法の安全性を
証明しているものとして把握することが重要である。そこで,ここでは,これらの被害パ
ターンを過去の地震被害事例報告 1)2)3)から整理するものとした。
3.1
過去の地震において報告が多い被害パターン
過去の地震において報告が多い被害パターンのイメージ図と被害写真を図-2 に示す。
図-2 のように,上部工と下部工それぞれの変位や相対変位に伴う“伸縮継手部の脱管や
破損”による被害が殆どである。その中で,図-2(a)に示す“下部工の地盤変状に伴う移動”
の影響が甚大な被害につながる危険性が高く,特に沿岸部での液状化に伴う護岸の崩壊と
橋台の移動による被害報告も多い。これらの伸縮管の被害は,主に温度伸縮を吸収する目
的で伸縮性能の低い材料により設計・設置されていることが要因と考える。
また,比較的橋台が高く,撓み性の大きい水管橋を中心に,図-2(b)に示すように,下部
工での地震動の増幅も要因と考えられる “支承部の破損被害”の報告も多い。文献 3)でも,
- 22 -
検証解析により地震動の増幅が要因
であることを示している。これは,当
初設計に適用していたと考えられる
静的解析では,地震動や構造物の周期
特性に応じた地震動の動的な変化を
表現できず,地震による応答値を低く
評価していることも考えられる。
以上より,これらの被害パターンに
注目して,図-1 に示す水管橋ケース
A・B・Cの耐震診断結果を基に高度
(a)下部工の地盤変状に伴う移動
な手法の必要性についての分析を行
うものとした。
3.2
過去の地震において報告が
殆どない被害パターン
「水道施設耐震工法指針・解説
2009 年版 Ⅱ各論」に記述があるよう
(b)支承部の破損被害
図-2
報告事例の多い被害パターンの
イメージ図と被害写真
に,上部工主構部の座屈や変形等の被
害は殆どない。また,下部工として橋台や橋脚のひび割れ,崩壊といった損傷被害も殆ど
ない。これらは,従来からの静的線形解析(震度法等)による簡便な耐震計算法の安全性
を示すものと考える。
そこで,これらの被害パターンについて,高度な手法によっても安全性の確認が可能で
あるかに注目して,水管橋ケースA・B・Cの耐震診断結果を分析するものとした。
4. 耐震診断結果
4.1
耐震計算法・解析モデル
全ての水管橋の耐震診断は,前節において評価した被害パターンに注目し,高度な耐震
計算法の必要性を分析することを目的として,表-1 に示すような高度な耐震計算手法並び
に解析モデルを適用するものとした。
表-1 に示すように,水管橋ケースAについては,基礎地盤が工学的基盤面と見なせる岩
地盤であることから,地盤を簡便なモデルとして地盤バネにより表現するものとした。
ケースB,ケースCについては,液状化や側方流動に伴う地盤変状の影響をより詳しく
評価し,地震時の挙動を正確に評価することを目的とするために,FEM による全応力,有
効応力モデルを適用した。
また,全ての水管橋の上部主構部については,基準類 4)に準拠し,線形モデルとした。
- 23 -
表-1
水管橋
ケース
A
B
C
4.2
耐震計算法
動的解析
[上部工損
傷の照査は
静的解析]
耐震計算法・解析モデル
解析モデル
地盤
構造
バネによる線形モデル
FEM による全応力,
有効応力モデル
上部工:
線形モデル
下部工:
非線形モデル
断面力照査方法
設計地震動
上部工:
許容応力度法
下部工:
限界状態設計法
直下型,海溝型
より複数選定
耐震診断結果
耐震診断結果について,本報告で注目すべき点を中心に,図-3 に示す。
診断結果の概要としては,過去の地震被害事例において多く見られる図-2 に示すような
被害パターンである,“地盤変状に伴う変位に関する被害”と,“地震動増幅が要因と見ら
れる支承部の被害”が耐震計算結果でも見られた。一方,被害事例報告が殆どない被害パ
ターンの“上部主構部の損傷被害”は耐震計算において確認できないことから,今回適用
した高度な耐震計算法は,いずれの水管橋の耐震診断結果から,被害パターンの再現性が
高いことが確認できる。また,上部工主構部については,地震動の増幅等の動的挙動を考
慮した水平震度を動的解析の結果から適切に与えることで,動的解析や非線形モデルの必
要性は低いものと考える。
ケース A
図-3(1)
耐震診断結果
ケース B
図-3(2)
耐震診断結果
- 24 -
深度
GL.-(m)
柱
状
図
地
層
モデル化
埋土
R-O
埋土
弾塑性
礫混じり砂
粘土
( 上)
弾塑性
弾塑性
礫混じり砂
粘土
( 下)
弾塑性
粘土
R-O
砂
R-O
粘土
R-O
2.39
5.60
10.79
16.29
22.09
ケース C
25.89
29.19
図-3(3)
耐震診断結果
0.00
礫混じり砂
(基盤)
5. 高度な手法の必要性についての分析事例
5.1
地震動の増幅について
水管橋ケースAにおいては,図-3(1)に示すよう
912( gal)
に水管橋の上部工部分での地震動の比較的大きな
増幅傾向が確認され,上部工の最大水平震度換算値
としては,1195(gal)→Kh2(設計水平震度)=1.22 と
なる。これにより,支承部において所定の耐震性能
Kh2=912gal/980
×構造物特性係数( 0.45)
=0.42
を満足しない結果となったと考える。対して,従来
の比較的簡便な方法 4)では,図-45)より,Kh2=0.42
となり,連成系モデルを用いた動的解析による設計
水平震度を大きく下回る。そのため,この水平震度
0.168
では,支承部は所定の耐震性能を満足する結果とな
り,重大な被害を見落とすことになる。これは,基
準類では静的解析に用いる水平震度には塑性変形
図-4
簡便な方法による
応答加速度の算出
による地震エネルギー低減効果として,構造物特性係数(0.45 : μa=3)を考慮することに
よるところも大きく,この係数の適用が妥当でない場合があることが考えられる。
このことから,比較的橋台が高く,撓み性の大きい水管橋については,従来の簡便な手
法ではなく,高度な解析により地震動の増幅を適切に評価し,特に地震被害事例の多い支
承部の損傷被害を評価し,従来法では見落とす可能性のある被害を適切に評価する必要が
あると考える。
5.2
水管橋全体の変位量の評価
動的解析を適用することにより,水管橋全体の被害過程を時刻歴に把握することができ,
地震時の応答変位や地震後の残留変位を詳しく把握することができる。これによって,具
体的な効果として以降(1),(2)に示すように,従来の簡便な手法では正確な評価が難しい水
管橋全体の変位量が明らかになる。そして,伸縮管での相対変形量等について精度の高い
評価が可能になる。また,被害の程度とそれに応じた復旧期間を評価できるようにもなる。
- 25 -
(1)発生変位量が小さい場合
水管橋ケースBは,図-3(2)に示すように,基礎杭が損傷するものの,基礎杭損傷後も構
造物の変状量や地盤変状量が小さいため,既設伸縮管によって発生変位 9cm に追随可能と
評価でき,そのため,耐震対策は不必要と判断できるようになる。
対して,簡便な耐震計算法として静的線形解析による評価では,杭塑性後の正確な発生
変位量の算定が困難なため,基礎杭の補強が必要と判定せざるを得ない。このことから,
高度な耐震計算法の適用による経済的な効果はかなり大きいものとなる。
このように,側方流動がなく基礎地盤の変状量が小さい場合や,杭塑性後も鋼管杭の延
性効果により下部工の変状量が小さい場合には,発生変位量が既設伸縮管の許容変位量以
下となり,高度な方法により耐震補強を必要としない施設を適切に評価することができる。
最大値=207.3cm
250
(2)発生変位量が大きい場合
地形条件や地盤条件及び液状化の影響を同時
に考慮できる連成系の2次元 FEM モデルを
水平方向相対変位(cm)
200
水管橋ケースCでは,図-3(3)に示すような
150
100
(杭頭-液状化層下面)
50
0
0
10
20
30
40
50
60
-50
適用することで,図-5 に示すように,橋台が
時間(sec)
2m 程度変位する過程等,液状化に伴う側方
(a)水平方向相対変位
最大値=1.487
1.6
流動の影響を詳しく考慮できるようになる。
左岸橋台前面
過剰間隙水圧比
1.4
そして図-2(a)に示すような,湾岸地域で発生
した 2m 程度の側方流動といった顕著な地盤
1.2
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
変状に伴う基礎杭や下部工の損傷と変位量を
0.0
0
10
なく評価できる。なお,ここで適用している
CDL(m)
深度
GL.-(m)
+4.600
現することは難しいと考え,ここでは,メー
+2.210
2.39
ターオーダーの移動が生じるものと評価した。
-1.000
5.60
50
60
モデル化
埋土
R-O
埋土
弾塑性
5
0
200
400
600
800
弾塑性
弾塑性
-5
10.79
礫混じり砂
粘土
弾塑性
(下)
-11.690
16.29
-17.490
22.09
-21.290
25.89
-24.590
29.19
度法)と,FEM モデルによる動的解析との発
生断面力の比較の結果,NG 箇所や杭頭変位
標高DL(m)
-6.190
その現象を適切に考慮した,より安全でかつ
従来の簡便な耐震計算法(静的線形解析,震
地
層
0
ことが解析により明らかになれば,それを回
杭の照査に関しては,図-6 に示すように,
柱
状
図
礫混じり砂
粘土
(上)
このように,側方流動の影響は甚大である
経済的な耐震対策も提案できるようになる。
40
(b)過剰間隙水圧比
側方流動による影響(左岸橋台)
図-5
状化後の地盤の大きな移動量を高い精度で表
避する方法として推進工法への切り替え等,
30
時間(sec)
詳しく把握でき,壊滅的な被害を見逃すこと
FEM モデルについても,モデルの特性上,液
20
-10
粘土
R-O
-15
砂
R-O
-20
粘土
R-O
動的解析
震度法
-25
礫混じり砂
(基盤)
0.00
図-6
モーメント(kN.m)
震度法との杭発生断面力
照査結果の比較
量が大きく異なる。
- 26 -
1000
これは,簡便な耐震計算法では,側方流動に伴う地盤変状の影響と見られる杭の被害形
態を正確に表現できず,図-5 に示すような液状化→側方流動→大変形といった,杭の変形
過程や変形量が把握できないことから,甚大な被害を見落とす可能性もあると考える。
6. より効率的な耐震診断の実施に向けて
前節では,水管橋における地震時挙動をできるだけ精度良く表現することを目的として,
高度な手法の適用が有効と考えた。ここでは,耐震診断事例の結果を基に,高度な手法を
適用する必要性が低いと考えられるケースを抽出する。
6.1
変形量の評価を行わない場合
水管橋の耐震性能の確保は,主に伸縮管路や支承部に注目して,変形量を許容する場合
と,許容せず固定することによる方法があるが,このような観点から以下の例においては
高度な手法を適用する必要性が低いと考える。
・地盤が堅固で下部工が重力式のように剛性が大きく変形量が僅かな場合。
・経験的に,設計条件から大きな水管橋の変状が想定される場合で,周辺地盤の改良等に
よる下部工の万全な補強や落橋防止装置の設置により,地震による変形を全く生じさせ
ない状態を目標とした耐震補強を行う場合。
6.2
地震動の増幅傾向を詳しく考慮する必要のない場合
下部工基礎が工学的基盤面にあり,下部構造が地表面付近にある場合,地盤内,下部構
造内,及び基礎杭も含めたこれら一体系として,地震動の増幅要因がないと考えられる。
よって,増幅傾向を評価するための高度な耐震計算法の適用は必要ないと考える。
7. おわりに
本報告では,水管橋の耐震診断における高度な耐震計算法の必要性について検討し,そ
の必要性や重要性を確認することができた。また,従来の簡便な耐震計算法のみでは必ず
しも万全な耐震化は実現できない可能性があることが分かった。
但し,水管橋の条件は千差万別であり,それらの複雑な水管橋の条件によって高度な耐
震計算手法の適用性についての見極めは,設計者に委ねられるところが大きい。その見極
めを一般化するには,さらに多くの種類の水管橋に対して高度な手法を適用した耐震計算
事例を蓄積し分析することが必要と考える。
以上
1) 兵庫県南部地震による水道管路の被害と分析(日本の水道鋼管 No.56,早稲田大学理工学部
2) 神戸市水道局
濱田政則)
水管橋調査報告書(日本水道鋼管協会)
3) 東北地方太平洋沖地震に係る工業用水道施設の被災状況調査報告書(日本工業用水協会,平成 24 年)
4) WSP 064-2007 水管橋設計基準(耐震設計編)
日本水道鋼管協会
5) 水道施設耐震工法指針・解説 2009 年版 Ⅰ総論
日本水道協会
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