マイノリティとしてのサバイバル生活

マイノリティとしてのサバイバル生活
ボッコーニ大学
法学部 4 年 伊藤ちひろ
2014 年 8 月から 2015 年 1 月までの 1 学期間、イタリア・ミラノにあるボッコーニ大学
へ留学させていただきました。留学の目的、ボッコーニ大学の授業、イタリア人との生活、
留学で得たものについて、報告させていただきます。
(1) 留学の目的
私の留学の一番大きな目的は、
「真に異文化を理解すること」でした。なぜなら、高校生
の頃から「世界の真実を知りたい」という漠然とした夢があり、異文化の理解はそのため
に必須と考えたからです。またもう一つの目的は、
「世界中の学生とビジネスを勉強するこ
と」でした。なぜなら、将来世界の真実を知ったうえで世界に貢献していくためには、法
律だけでなくビジネスの知識も重要だと考えたからです。
(2) ボッコーニ大学について
ボッコーニ大学は、イタリア北部・経済の中心都市ミラノにあります。イタリアでは珍
しい入試あり・私立の大学であるため、イタリア中から頭の良いセレブが集まっているイ
タリアのトップ大学です。MBA はヨーロッパで TOP10 にランクインしており、イタリア
前首相マリオ・モンティの出身校でもあります。強みはファイナンスで、独特なのはミラ
ノにあるためファッションビジネスのコースがある点です。キャンパスは小さく、講義棟
や図書館など近代的なビルが数件建っている、こじんまりとした雰囲気です。毎学期 800
人の交換留学生を受け入れており、正規の学生も在学中半数ほどは半年間の交換留学を行
い、卒業後は多くの人が海外での就職を希望するなど、イタリアでは珍しく国際志向の強
い大学です。
(左)ミラノの中心。教会と、高級ブランド街。
(右)ボッコーニ大学。
(3)ボッコーニ大学の授業
多くの授業は 1 コマ 90 分×週 2 回行われており、予復習が必要な場合がほとんどです。
現地学生・留学生かかわらず、遅刻・居眠りは皆無で、発言も多く、みな積極的に授業に
参加している雰囲気でした。また、日本との大きな違いは、1 つの授業の中で必ず複数の講
師が講義を行う点です。つまりゲストスピーカーがとても多く、様々な視点から授業テー
マを捉えることができ面白かったです。
私は 3 つの授業を受講しました。
1 つめは、MANAGEMENT OF FASHION COMPANIES(英語)です。ファッション・
ラグジュアリー業界のブランディングのマネージャーになるための業界知識・マインドに
ついて学びました。この授業テーマはボッコーニ独特の大人気授業で、私は具体的なビジ
ネスについて深く学ぶためによいテーマだと思い選びました。GUCCI はじめイタリアのト
ップブランドのマネージャーも 3 回ほどゲスト講義を行いました。グループワークでは、1
ヶ月半ほどかけて PRADA のブランディングについて 5 人のチームで調査・提言をまとめ
クラスで発表を行いました。チームリーダーとして進行状況の調整を行ったりメンバーを
まとめていくことは楽しかったです。PRADA の本店がミラノにあり、また偶然自分のフラ
ットメイトが PRADA で勤務していたため、かなり詳しく調査を進められ充実感がありま
した。個人的に面白かったのは、マネージャーはおしゃれであるとは限らない、という点
です。なぜなら、ブランドの統一性を保持するために、マネージャーは、流行や奇抜さを
求めるデザイナーを抑える役割を持つからです。
2 つめは、BUSINESS STRATEGY(英語)です。これは毎回ビジネスケースを読み、
各ケースについて企業が用いた戦略を学び、その効果について議論するものでした。特定
の業界を深堀りするだけでなく、今度は戦略という切り口で広くビジネスの知識を得よう
と思い選びました。週 2 回、授業前に A420 ページほどのビジネスケースを読み自分の意見
をまとめることは当初大変でしたが、次第になんとか慣れることができました。また、グ
ループワークは、通常の予習とは別に、ケースについて事前に用意されたいくつかの質問
について 2 人組で取り組み、授業前にレポートを提出するというものでした。アメリカ人
の子とチームを組んだため、その子の担当箇所を読んだり、自分の担当箇所の英語をなお
してもらったりして、英語のアカデミックライティングについても偶然学ぶことができま
した。
3 つめは、MANAGEMENT OF PUBLIC AND NOT FOR PROFIT(イタリア語)です。
これは、イタリアの行政組織・非営利組織のマネージャーになるために必要な、組織構造
などの基本知識・効率性の追求方法について学びました。私は法学部であるため、特に行
政など法に縛られた組織をビジネスの論理でいかに効率化するかというテーマは、将来法
とビジネスの知識を役立てるよい参考になると思い選びました。授業は 4 つのトピックに
わかれ、それぞれ別の講師が講義を行いました。グループワークでは、4 人のイタリア人学
生とチームを組み、イタリアの行政機関の革新への取り組みについて例をあげて紹介・提
言をまとめました。授業・グループワークすべてイタリア語で、またアカデミックな語彙
が多用されていたため、最初は正直ついていけず悔しい思いをしたり、人脈がないためグ
ループメンバーを探すのにも苦労しましたが、この悔しさをバネに、内容を理解できるま
で予復習を必死にしたり質問したり授業を録音して聞き返したりしながら後半はイタリア
語になんとかついていけるようになったり、グループワークでは日本の事例を紹介するこ
とで自分の価値を出すことができました。
ボッコーニ大学の学生ラジオ番組に留学生としてゲスト出演。
(4)イタリア人との生活
私の留学の第一目標は「真に異文化を理解すること」であったため、留学中は徹底的に
イタリア人の生活に入り込むことを目標に様々なチャレンジを行いました。
まず、現地の人々との交流には現地語が必須と考え(特に大部分のイタリア人は英語を
話さないため)
、学期開始の1ヶ月前にイタリアへ派遣していただき、学期前1ヶ月間、私
費でローマの語学学校に通い、ホームステイをしていました。留学が決まってから渡航ま
で半年弱、独学していましたが、その1ヶ月間、徹底的に脳内からも全て日本語を排除し、
語学学校・ホームステイで1日中アウトプットしていたことで、終盤にはなんとかネイテ
ィブと普通に会話できるようになりました。
そして、学期中の 5 ヶ月間は、留学生寮ではなく、学校の近くで友人に紹介してもらっ
たイタリア人2人とシェアハウスに暮らしていました。1人はトリノ出身のボッコーニ院
生の 25 才の男の子、
もう 1 人はプリア出身のボッコーニ卒会社員の 26 才の女の子でした。
このシェアハウス生活では、実質彼らの恋人・友人とも一緒に生活しており、特に女の子
の友人 6 人ほどの固定グループに入れてもらい毎日のように出かけていたので、私が知り
たかった「外国に興味のない・英語も話さない・いわば普通のイタリア人たち」と交流す
ることができ、異文化を知る上で非常に有意義でした。
ここで学んだことの 1 つが、北イタリア(男の子)と南イタリア(女の子)の違いです。
ミラノ・トリノをはじめとしたイタリア北部は仕事が多く経済的に豊かで、人々は穏やか
(
「冷たい」ともいわれます)ですが、プリア・ナポリなどのイタリア南部は仕事が少なく
経済的に貧しく(マフィアが南部経済を支えているともいわれます)
、人々はまさにラテン
系・陽気・フレンドリー・雑という違いがあります。そのため北部の人々は自分たちの稼
ぎが南部の人々の社会保障にまわることに不満を持っていたり、そもそも性格が全く異な
るため、北イタリア人と南イタリア人は仲の悪いことが多いです。実際、私のフラットメ
イト 2 人はかなり仲が悪かったです。他にも、イタリア人の価値観について色々学びまし
た。たとえば、イタリア人にとって重要なものは、まず家族です。親と離れて暮らす大学
生の多くは毎日家族(特に母親)と電話をします。60 歳以上のおばあさんが推定 80 歳以上の
母親にとりとめもない電話をしている光景もよく見かけました。次に大切なのは恋人です。
毎日メッセージを何十通も交わし、毎日のように会うのを 3-4 年続けるのがイタリア恋愛の
スタンダードのようです。日本ではちゃらちゃらしたイメージがありますが、一度付き合
ったらとても長く続くカップルが多く、しかし一方で別れたら速攻で新しい恋人を捕まえ
るようでした。このように、全体的に人間関係において「距離感」や「自立」が重要視さ
れていないことが新鮮でした。当初は戸惑いましたが、どこにいても孤独を感じることは
ありませんでした。(イタリアの自殺率が低い理由の1つはこうした文化のおかげでしょ
う。
)また生活で大切なのは、家の中を綺麗に保つことです。留学期間中合計でイタリア人
の家庭 5 件に招待されたのですが、どこも物が少なくピカピカで、特にキッチンには何も
置かない、という家庭が非常に多く驚きました。
(一歩外にでると道路は犬の糞と落書きだ
らけなのに…。
)また、イタリアはスローフードの国と呼ばれるように、食事を大変重要視
しており、おいしい食事を時間をかけて作り、友人や家族と時間をかけて食べる、という
文化が根付いています。イタリアでは、朝昼はあまり食べず、一方で夕飯はコースのよう
に数種しっかり作り、2 時間ほど友人と話しながらゆっくり食べる、という食生活を送って
いました。逆に大切にされていないことは、時間の管理です。たとえば 8 時に待ち合わせ
したら実際皆が来るのは 8 時半以降だったり、待ち合わせの 20 分後に 1 時間遅れるという
連絡が来て実際そこから 1 時間半遅れてきたり、とにかく待ち合わせには苦労しました。
そして何より、遅刻しても誰もほとんど謝らない・怒らないことに驚きました。街中のト
ラムも必ず時間通りには来ません。しかし行政はこれを改善したいらしく、ミラノもロー
マも街中は時計台だらけでした(全て時間がずれていましたが…。
)当初は文化と知りつつ
かなり苛立ちましたが、次第に自分も適正な待ち合わせのタイミングをつかんだり、公共
機関の遅れに巻き込まれないよう時間に余裕をもって行動することができるようになりま
した。
(左)シェアハウス生活。フラットメイトとその友達と。
(右)フラットメイトの友人たち。いつも会っていたメンバー。
(5)留学で得たもの
このように、シェアハウス・現地語授業・友人実家訪問等で、期待以上にイタリア人生
活に深く入り込むことができ、日本と正反対ともいえる文化に多く触れ、一番の目標であ
る「真に異文化を理解すること」は十分達成できたと思います。また、もう一つの目標で
ある「世界中の学生とビジネスを勉強すること」についても、多くのグループワークによ
り満足いくことができました。
この留学経験を通して私が学んだことの大きな1つが、マイノリティとしてのサバイバ
ル方法です。イタリアは外国人に対して少し排他的で、ヨーロッパ人以外は「外の人」と
して興味をもたれない・軽蔑されているような雰囲気がありました。当初は「異文化に適
応する・認めてもらう最適手段は現地人になりきることである」と思い、語学はじめ振る
舞いも考え方も完全にイタリアに合わせる努力をしていました。しかし、2 ヶ月ほど経った
あとに、
「日本人である以上、自分は絶対に完璧にイタリア人にはなりえない」ということ、
一方で、
「日本らしさに関しては圧倒的に自分にアドバンテージがある」ということにも気
づきました。そこから、イタリア人の価値観に照らして日本が優れている点をアピールし
て自分を認めてもらおうと方針転換し、イタリア人の重視する「美味しい食事」
「家の中の
清潔感」に訴えかけるため、たとえば 5 ヶ月で 10 回寿司パーティを開催したり、フラット
の掃除当番ではいつも誰よりも綺麗にしていました。こうした中で、自分の評価・信頼が
上がり、自分や日本に全く興味のなかった人に興味を持ってもらえるようになりました。
このように、マイノリティとして生きるためには、むしろ自分の違い・アイデンティティ
をうまく利用していくことが重要だと学びました。これは、現在日本の多くの企業が海外
進出するうえで重視している glocal の概念に通じると思います。
また、そうはいってもマイノリティとして自分の価値観が否定され、異なる価値観に自
分をあわせざるを得ない必要は多いのですが、そのカルチャーショックを乗り越えるため
に必要なポジティブ精神も得ることができました。つまり、おかしい・変だと思ってもま
ずは何でもやってみて、いいところを取り入れるという精神です。たとえば、先ほど述べ
た夕食一食型の食生活は身体に悪いと思っていたのですが、友人と夕食を楽しむために自
分も仕方なくその食生活を始めると、朝や昼に眠気がなく一日元気で過ごせ、太ることも
なく、意外に毎日楽しく過ごせました。また、家族恋人友人と常に連絡をとっている依存
的人間関係は当初面倒に感じていましたが、普段は意識的に距離をおきつつ、自分が寂し
くなったらその関係に頼るというようにうまく利用して、適応することができました。こ
うした経験から、留学前に比べ、自分と異なる意見をより素直に受け入れ、相手の意見の
良い所に気づくことが出来るようになったと思います。
(左)10 回目の手巻き寿司パーティ。
(右)プリアにある友人の実家。家族全員とニューイヤーパーティ。
(6)お礼
今回の留学は、自分の人生にとってかけがえのないとても貴重で素晴らしい経験となり
ました。奨学金を援助してくださった如水会、明治産業株式会社、明産株式会社の皆様、
準備から帰国後まで支えてくださった国際課の方々、応援してくれた家族、友人に心から
感謝しております。いただいたご恩を、これから後輩・社会に還元していきたいと思いま
す。本当にありがとうございました。