遷移状態データベース V - J

遷移状態データベース V
JP19
(山口大工)
⃝山口徹、堀憲次*
からデータの検索・登録を行う TSDB_View の開
発を既に完了している。Reaction_View(現在のと
ころ JMOL を利用している)は、
分子の立体構造、
近年、AIPHOS 等の合成経路設計システム(SRDS)
IRC アニメーションの表示を行なう。TS_Search
の開発により、有機合成の深い知識を持たない研
[2]は、MOPAC、Gaussian98 と連携して効率的に
究者でさえ、合成経路設計が可能となってきた。
TS を探索する機能を有している。
しかしながら、SRDS により提案された合成経路す
現在、TSLB の情報を表示するプログラムとし
べてが、目的化合物を与えるとは限らない。その
TSDB_View を用いている。このプログラムには簡
ため、与えられた経路により目的化合物が合成可
単な検索機能(TS は反応名、骨格名、生成物名と
能かどうかに関する情報を、実際の合成実験をは
いった文字列を用いて検索することができる)が
じめる前に得ることが、新規合成法開発のために
ついているものの、データが増加するにつれてそ
非常に重要と考えられる。このことを達成するた
の不十分さが目立つようになってきた。例えば、
めには、(1) 遷移状態データベース(TSDB)とそ
TSDB_View には分子構造検索機能が欠けており、
れからのデータを利用した新規計算を併用して、
効率良い TS 検索ができない。また、新規化合物
反応機構の詳細を検討することにより反応経路
に関する類似反応の TS に関する情報を検索する
の有無を調べ、(2)実験化学者と計算化学者との
には、ターゲット分子に類似の既知分子の合成反
連携により合成法やその実験条件を検討するこ
応に関する情報を検索する必要があり、構造検索
とが必要であることを、我々はこれまで述べてき
におけるあいまい検索が求められる。TSDB には
た。本研究では、TSDB[1]を補助し、構造検索を
この検索機能は不可欠のものと考えられるが、そ
可能とするシステム(Find_TSINFO)の開発を行
れを現行のプログラムに取り入れるには多大な
うことを目的とした。また、開発されたプログラ
開発時間がかかると予想される。そのため、市販
ムを用いて検索を行う方法について解説を行っ
されているデータベース作成プログラムの検索
た。
機能を利用することを検討した。今回は、比較的
容易に手に入り、さらに TSDB を使うユーザの多
2.
TSDB の概要
くが利用していると予想されることを考慮して、
TSDB は、図 1 に示すようないくつかのプログ
ChemFinder を使うこととした。
ラムを有機的に連携させたものである。データベ
TSDB に新たな機能である分子構造検索を有す
ース関連の要素として、遷移状態の情報を保持す
る検索エンジン Find_ TSINFO を ChemFinder を用
る遷移状態ライブラリ(TSLB)
、このライブラリ
いての作成した。このとき、TSLB の情報をイク
スポートす
るために、
TS_Search
TSLB データ
Find_TSINFO
Minimum energy path
の一覧表を
Saddle
作成し、その
Search similar Energy contour
skeletone
情報と Chem
Substitution(chain and ring)
Finder の ス
クリプト言
語を用いて
データ変換
TSDB_View
Reaction_View(JMol)
し 、 Find_
Display of data
TSINFO 用
Display molecules
Add data of new TSs
Transition State
animation
of
IRCs
のデータを
Initial geometry
Library (TSLB)
Animation of vibrations
for a new TS search
作成した。こ
れにより、今
1.
緒言
図1 TSDBプログラムの概要
*[email protected]
までの TSDB の資源を生かしつつ分子構造検索機
能を追加することが可能となった。
このように今回の TSDB の主な改善点は、デー
タ登録機能と探索機能を分けたことである。現在
の TSLB はデータが ASCII コードで保存されてお
り、このままでは配布する際の安全性、データサ
イズなどの観点から問題が多い。TSDB_View によ
る 登 録 機 能 と ChemFinder を 用 い て 作 成 し た
Find_TSINFO による検索機能を分離することに
よ り、 この欠 点の 解消が 期待 される 。ま た、
ChemFinder には容易に Chem3D や ChemDraw の
機能をリンクさせることができることができる
ため、運用上のメリットも大きいと考えられる。
3.
Find_TSINFO の概要
Find_TSINFO には TSLB から、(1)化学反応式、
(2)反応名、(3)骨格名、(4)生成物名、(5)生成物の
構造式、(6)遷移状態等の構造(座標)が受け渡され
る。さらに、標準の計算方法である PM3 または
B3LYP/ 6-31G*で計算された反応物、生成物、TS
計算の有無の情報もウインドー中に示される。図
2 に Find_ TSINFO のウインドーを示した。
生成物の類似構造は、Structure ウインドー中で
右クリックにより現れるサブメニューで”Edit in
ChemDraw”を選択すると ChemDraw のウインドー
が現れる。該当する構造式を描き、Find ボタンを
クリックすることにより類似構造検索をするこ
と がで きる。 複数 のデー タが ヒット した 場合
は、’>’および’<’ボタンでブラウズすることがで
きる。例えば、シクロヘキセン環を有する分子を
検索すると、19 個の TS の情報があることが、ウ
インドーの右下に示される。Diels-Alder 反応でこ
の環を作成する反応が 14 個、ene 反応を用いて合
成する反応が 4 個、Aldol 縮合で合成される 1 個
の反応の TS に関する情報が登録されている。
関連する分子の立体構造は 3D Structures ボタン
をクリックすると、該当する構造をもつ Chem3D
のウインドーが現れ、確認することができる。構
造検索を行い見出された反応に関して、TS、反応
物、生成物の立体構造を確認することができる。
TS_Search で使用するために、Chem3D を起動
するボタンを作成した。ここで Chem3D のデータ
保存機能により、該当する分子の座標を取り出す
ことが可能である。MOPAC または Gaussian98 の
フォーマットで保存すると、TS_Search プログラ
ムで使用することができる。それらを用いれば、
必要な新規計算のための入力を容易に作成する
ことができる。
TSDB を実践的に使用してゆくためには、多岐
にわたる反応の遷移状態のデータ収集及び新た
な計算が不可欠である。現在、
我々の研究室でこの作業を続
けている。また、TS の計算か
ら TSLB への登録までをコン
ピュータにより自動化する方
法も開発中であり、今後 TS の
データ収集速度は上昇するこ
とが期待される。現在の収集
目標としては、PM3 法により
計算されたデータ 1000 個、ab
initio 計算を行ったデータ 300
個を設定している。
[1] 堀憲次、計算化学と情報化
学を融合した合成経路開発シ
ステム、ファインケミカル、
32、No.6, 17 (2003).
[2] K. Hori, Y. Nagoshi, S.
Yamazaki. A System Searching
Transition State Geometries, J.
Compt. Aided Chem., 1,
89-97(2000).
図 2 ChemFinder を用いた検索プログラ(Find_TSINFO)の表示画面