遷移状態データベース IV

J11
1.
緒言
近年、AIPHOS 等の合成経路設計システム(SRDS)
の開発により、有機合成の深い知識を持たない研
究者でさえ、合成経路設計が可能となってきた。
しかしながら、SRDS により提案された合成経路す
べてが、目的化合物を与えるとは限らない。その
ため、与えられた経路により目的化合物が合成可
能かどうかに関する情報を、実際の合成実験をは
じめる前に得ることが、新規合成法開発のために
非常に重要と考えられる。このことを達成するた
めには、(1) 遷移状態データベース(TSDB)とそ
れからのデータを利用した新規計算を併用して、
反応機構の詳細を検討することにより反応経路
の有無を調べ、(2)実験化学者と計算化学者との
連携により合成法やその実験条件を検討するこ
とが必要であることを、我々はこれまで述べてき
た。本研究では、TSDB[1]の開発の進展状況と、
構造検索を可能とするシステムの(Find_TSINFO)
開発を行ったので、それらを紹介する。
2.
TSDB の改良
TSDB に含まれるデータの増加とともに、以下に
図 1 改良された TSDB View の入力画面
*[email protected]
遷移状態データベース IV
(山口大工)
⃝堀憲次*、山口徹
示すような問題点が生じたため、プログラムの変
更を行った。
・これまでのプログラムでは、骨格名に置換基と
その位置を考慮したファイル名により、分類を行
ってきた。しかしながら、遷移状態ライブラリ
(TSLB)登録の分子の数が増えるに従って、こ
の方法では分類できない例が現れてきた。例えば、
非常に複雑な骨格を有する分子、およびそれ故の
置換基位置の増加、環状置換基を有する分子など
がそれにあたる。そのため、置換基ではなく生成
物の国際名により分類を行う方法を、新しいバー
ジョンでは採用している。これに伴い、置換基の
情報を与える入力に関するプルダウンメニュー
が削除された。
・これまでのプログラムは、作成したデータは
ASCII 形式で格納している。この形式は TSLB に
多くのデータが登録されたときには、効率的な検
索、データの改竄を防ぐなどの機能を持たせるた
めに良いファイル形式とは思われない。
・遷移状態探索システム(TS_Search)との連携を
図るため、詳しい Help を付け加えた。
・TSLB のデータの数を増加させた。
変更された TSDB の初期画面を図 1 に示した。
現在の分類項目は、(1)反応名、(2)骨格名、(3)生
成物名である。これらの入力を設定した後、必要
とされる情報(反応物、生成物、TS、IRC および
エネルギーに関するデータ)をプルダウンメニュ
ーで選択し、show info ボタンをクリックすると、
ウインドー右側の化学式表示画面に、反応式など
が表示される。図の例では、3-methoxycyclohex1-ene のデータの表示例を示している。
3.
ChemFinder を用いた検索機能
今回の TSDB の主な改善点は、データ登録機能と
探索機能を分けたことである。これは、TSDB_
View には簡単な検索機能がついているものの、デ
ータが増加するにつれてその不十分さが目立つ
ようになってきた。とりわけ、この種のデータベ
ースには類似の構造を有する分子に関する検索
機能は不可欠のものと考えられるが、それを現行
のプログラムに取り入れるには多大な開発時間
がかかると予想される。そのため、市販されてい
るデータベース作成プログラムの検索機能を利
用することを検討した。今回は、比較的容易に手
に入り、さらに TSDB を使うユーザの多くが利用
していると予想されることを考慮して、Chem-
Finder を使うこととした。
先に述べたように、現在の TSDB_View はデー
タが ASCII コードで保存されており、このままで
は配布する際の安全性、データサイズなどの観点
から問題が多い。TSDB_View による登録機能と
ChemFinder による検索機能を分離することによ
り、この欠点の解消が期待される。また、ChemFinder は、容易に Chem3D や ChemDraw の機能を
リンクさせることができるため、運用上のメリッ
トも大きいと考えられる。
図 2 に検索エンジン Find_TSINFO のウインドー
を示した。新たに作成した変換プログラムにより
TSDB_View から、(1)化学反応式、(2)反応名、(3)
骨格名、(4)生成物名、(5)生成物の構造式、(6)遷
移状態の構造(座標)が受け渡される。さらに、標
準の計算方法である PM3 または B3LYP/6-31G*で
計算された反応物、生成物、TS などの有無の情報
もウインドー中に示される。Chem3D とのリンク
させているため、TS の立体表示をすることも可能
である。
生成物の類似構造は、該当する構造式を ChemDraw を用いて描き、Find ボタンをクリックする
ことにより検索することができる。例えば、シク
ロヘキセン環を有する分子を検索すると、ウイン
ドー右下に 19 個の TS
の情報があることが示
される。Diels-Alder 反応
でこの環を作成する反
応が 14 個、ene 反応を用
いて合成する反応が 4
個、Aldol 縮合で合成さ
れる 1 個の反応の TS に
関する情報が登録され
ている。
TS などの 3 次元構造
は ChemFinder か ら 、
Chem3D を起動すること
により表示することが
できる。この機能を用い
ると MOPAC や Gaussian
98 の形式で保存するこ
とにより、TS_Searech プ
ログラムを用いた新た
な計算に利用すること
ができる。
図 2 ChemFinder を用いた検索プログラ(Find TSINFO)の表示画面
[1] 堀憲次、計算化学と
情報化学を融合した合
成経路開発システム、フ
ァインケミカル、32、
No.6, 17 (2003).