第 15 回 - 全国ポリオ会連絡会

栗林勉さんの年金講座
栗林さんの年金講座も今回で第15回目です。今回は、栗林さんが実際に取り扱われた方で、
再申請、不服申立審査請求、不服申立再審査請求と、2年間にもわたるご苦労の結果、見事に障
害厚生年金1級を獲得した事例についてご紹介してくださっています。栗林さんの社会保険労務
士としての真摯な職業意識と強い意志はもちろん、依頼者との強い信頼関係が感じられるものだ
と思います。
(エンジョイポリオの会連絡会便り担当:井瀨)
障害年金を理解しましょう(第 15 回)
エンジョイポリオの会
栗 林 勉(社会保険労務士)
2年間に渡る壮絶な戦い!
久留米駅に新幹線が開通して間もない平成24年6月3日であった。その2週間前、誠実で礼儀
正しく書かれた8枚の便箋に今までのポリオ障害、生活や仕事上でのハンディ、そしてポストポリオ
での障害厚生年金申請で却下された事などを詳細に書き綴られた手紙を手にして、私は新幹線
の改札口で待っていた。乗客もすべて改札口を出たようだが本人らしき姿はなかなか現れない。も
しかすると約束の新幹線には乗られていないのではと思いながら、もうしばらく待つことにした。す
ると30m前方の柱の壁から1人の高齢らしき男性がゆっくりと現れ、右手にステッキ、左肩にショル
ダーバッグを下げ、驚いたことには左手には酸素ボンベを乗せた台車を引かれ、酸素吸入のマス
クを着けられ、ゆっくりと一歩一歩確実に私の待つ改札口に向かって来られた。
手紙では COPD(呼吸障害)とポストポリオ障害のことを述べられていたが、まさかこのような重装
備で広島から新幹線で尋ねてこられたことに感謝と恐縮さに頭が下がる思いで、本人の負担が出
来るだけかからないように心がけることにした。私の事務所までは久留米駅から余りにも遠方のた
め近くのハイネスホテルに案内した。
彼は A さん、64歳で、ある株式会社の役職をされていた。
A さんは酸素吸入をされていてもハアハアと息遣いが荒く、広島からの列車の旅で疲れが大きく、
ゆっくりとソファに休みながら静かに語り始めた。
A さんは今までの自分に関する COPD やポストポリオについての資料を提出されゆっくりと説明さ
れた。1年前、COPD 障害やポストポリオについての障害年金申請で却下された資料、2種類の診
断書のコピーなどを見せて頂いた。却下された内容は明らかに診断書上の日付や整合性の不変、
不明瞭な内容等で却下されていた。A さんはポリオの重度障害を抱えておられたが株式会社の社
長は長年の人間的な人事部門の功労を認め優秀な A さんを手放すことなく、64歳になっても重要
な労務管理の人事担当の相談役として重責をこなされていた。酸素吸入は24時間手放すことが
出来ないが、発言される時は A さんはマスクを離しておられた。
確かに初めてお会いして重度のポリオ障害を抱えておられたが、落ち着きがあり冷静で男とし
ての貫禄や礼儀正しさ、重度の障害を感じさせない風格に尊敬の感を抱いた。期限も過ぎ不服
申立ても出来ず却下された書類では全く申請できず、ご本人の了解の下、はじめからやり直すこ
とで話をまとめた。
大変お疲れのご様子であったので久留米駅の近くの休養できる所まで送ることにした。
さっそく、A さんの障害厚生年金の手続、申請に取り組むこととなった。その時、まさか厚生労働
省の立ちはだかる壁の厚さを感じることなく2年の歳月がかかろうとは夢にも思っていなかった。
A さんの障害は永年の喫煙習慣による COPD(呼吸機能障害)と重度のポストポリオ症候群である。
両方とも厚生年金加入中の初診日がはっきりしていたので困難な手続ではないと思っていた。前
回、A さん自身の障害年金の申請では医師の診断書の内容や本人の申立て等で整合性がなく却
下されていた。複数の障害年金の併合認定は大変複雑・困難で年金機構は厳しく査定する。A さ
んは大変几帳面な方で沢山の資料をコピーして手紙等で送ってくださっていたので大変助かり、
手続開始するのにスムーズに取り掛かることが出来た。私の考えでは A さんの COPD は酸素吸入を
開始されていたので障害厚生年金2級は間違いないと思っていた。さらに、ポストポリオ症候群に
ついてはいつも問題となるポリオとの因果関係であるが、A さんのポリオでの障害部位とポストポリ
オ障害の障害となっている部位とは異なる部位のため差し引き認定はされないと確信し、A さんの
ポストポリオは障害厚生年金2級で間違いなく、COPD 障害と併合され当然、障害厚生年金1級に
間違いなく決定されると自信を持っていた。
広島の A さんとのやり取りはパソコンメール、手紙、電話、FAX 等で行い、常に礼儀正しく誠実な
A さんには尊敬の気持ちを抱いていた。途中診断書の件について再度新幹線で久留米に来られ、
丁寧な打ち合わせを行なった。そして初めてお会いして3ヶ月、ついに障害厚生年金申請のめど
がついた。ただ、COPD は120号の5、ポストポリオは120号の3の診断書で病名が異なり医師も違
うため、A さんは広島で医師とのやり取りに大変苦労された。どんなに深く打ち合わせを行ってい
ても医師に理解を求めることは至難の業で医師の独断的な考えに対して意見をすることの困難さ
がある。しかし、これも A さんの人柄に医師も誠実に応え、こちらが期待する診断書が出来上がり、
申立書についても我々お互いに意見を出し合いながら作成し、無事に広島の年金事務所に申請
する事が出来た。
以前、不祥事やトラブルで潰れた社会保険庁の跡に設置された厚生労働省管轄の日本年金
機構が出来たが、あい変わらず障害年金の決定まで相当な時間が掛かっている。A さんへ障害厚
生年金の決定書が届いたのが申請して1年後だった。この間、年金機構から調査が何度か入って
すべて質問にはクリアしていたが、決定書の内容は全く我々が想像していたものとは異なり、理解
出来なく衝撃で怒りを感じさせられる決定であった。COPD 障害は酸素吸入を開始しているので障
害厚生年金2級に該当したことは当然であったが、ポストポリオ症候群については却下であった。
却下の理由として「ポストポリオ症候群については相当な因果関係のない傷病が混在しており当
傷病のみの障害を認定できない。」と却下している。A さんも私もこの決定書に頭を殴られたような
ショックを受け憤りを覚えた。しかし、多くのポストポリオ罹患者がいろんな理由で却下されている
事実を思い出し、ここで負けてはならないと歯を食いしばって戦う決心をした。A さんのポストポリオ
はポリオとの因果関係はありながらもポリオ障害とは異なる部位の新たなる障害であることを理解し
ていた。まさか差し引き認定は当てはまらないと自信を持っていたので、当然ポストポリオ症候群
だけでも障害厚生年金2級に該当し、COPD2級と併合され障害厚生年金1級になるものと確信して
いた。そのころ A さんは病状が更に悪化し肺に更なる病巣が広がり一段と苦しさが増しておられた。
私は、ここで負けてはいけないと、誠実な A さんや多くのポリオ仲間のためにも、大きく立ちはだ
かる巨大なる権力に真っ向から戦いを挑むことにした。
さっそく A さんに了解を受け不服申立審査請求に取り掛かった。
不服申立審査請求は申立ての趣旨と理由を述べなければならない。所定の用紙に書く程度で
は絶対に勝つことは出来ない。せめて、趣旨としてA4用紙1枚、理由についてはA4用紙5枚以
上詳細に理由や反論など証拠となる証明を論述しなければならない。相当なエネルギーが必要
で、あらゆる資料や病気に対する知識、年金機構が決定した内容以上の見解を覆す能力が求め
られる。私は A さんにすべてを任されていたので半月程の時間を掛け作成し、A さんに確認して中
国・四国ブロック局に提出した。私は今まで数多くの不服申立てを行っているので、代理人として
の私の名前は出さず本人の名前で請求した。不服申立ての論述には私独特の形式があり私の名
前で出せば再び栗林社労士が代理人と思われることに警戒感を持っていた。ここで皆さんに不服
申立ての趣旨、理由を披露させて頂きたいところですがA4用紙10枚以上になりますので割愛さ
せて頂きます。
不服申立審査請求を提出して更に半年の経過が過ぎた。そして待ち望んでいた決定書が社会
保険審査官から A さんの手元に直接届いた。なんと決定書は棄却、またしても棄却の理由として A
のポストポリオ症候群は「ポストポリオ障害の状態は相当な因果関係のない傷病が混在し、当該傷
病のみの障害状態を認定することが出来ない。」と棄却している。つまり A さんのポストポリオの運
動筋力の低下は COPD 及び心筋梗塞等の影響による身体機能の低下や加齢による廃用性の症状
が含まれ、ポストポリオのみの筋力低下ではないため認定できないと棄却している。初めに障害厚
生年金の申請を行いポストポリオは却下されて、今回不服申立て審査請求でも社会保険審査官
も同じような理由で棄却しているが、同じ地域のブロック内での判断は変わらない。すでに A さんと
出会って 1 年半の歳月が過ぎていた。そして A さんの病状は更に悪化し一番恐れていた COPD 障
害は進み肺ガンを併発されていた。医師の宣告ではホスピス療法のみ行えば後、半年の命では
ないかと告げられたとのこと。これこそ運命の残酷さ、誠実、良心的で人格的に優れた方が余りに
も酷い宿命をどうして背負わされなければならないのか。それでも A さんは生きている限り戦いを
続けるとのこと。私も全く同じ気持ちであった。A さんの会社の社長さんもそのような重度の A さん
に対して理解があり毎日出勤されなくとも体調が良いとき出てきて欲しいとの事、会社にとってか
けがえのない人物であった。
私も A さんの生きる力強さに感銘し、次なる不服申立て再審査請求にチャレンジすることとなっ
た。再審査請求は厚生労働省の社会保険審査会(東京)に対して改めて不服申立再審査請求の
趣旨及び理由を述べなければならない。初回の審査請求の文書でも良いが新たに戦うため文書
作成には大変苦労とエネルギーが必要である。A さんは文書作成では体力的にも限界で私が完
全に代理人としての名前を出し、代理人・栗林勉として再審査請求を行うことになった。初めに行
った不服申立審査請求で提出した趣旨、理由に補足して6枚ほどの再審査請求を平成26年2月
6日、東京の社会保険審査会に提出した。
そして更に5ヶ月過ぎた26年7月初め、厚生労働省の社会保険審査調整室より封書と葉書が
代理人である私宛に届いた。それには平成20年7月10日社会保険審査会の審理を行うので請
求人 A もしくは代理人・栗林勉に参加をするようにとの連絡であった。そこで私は A 氏の了解を受
けて次に述べているような意見陳述を書き封書と葉書で厚生労働省宛に郵送した。
意 見 陳 述
代理人
栗 林 勉
平成26年 7 月10日の社会保険審査会の審理において請求人、A は COPD・ポストポリオ症候
群の重度障害の為、外出出来ず審査会に参加できません。なお、代理人・栗林勉も A と同じ
ポストポリオの為、乗り物を利用することが出来ず残念ながら九州から東京まで行くことが出来
ず出席出来ません。このように我々が参加出来ないことで不利益のないよう宜しくお願い申し
上げます。
さて、今回の A の病名「ポストポリオ症候群」と「COPD」で障害厚生年金の申請を行い「ポスト
ポリオ症候群」の傷病は因果関係のない別の傷病である、COPD や心筋梗塞等に起因する障
害が含まれており、ポストポリオ症候群に起因する障害のみでは認められないとしている。
このことについての反論として不服申立審査請求・再審査請求を行い詳しく理由を述べて
いますので、この意見陳述では繰り返し詳細には述べませんのでよろしくお願い致します。
A が提出した審査請求、再審査請求の理由について真摯に審査して頂きたいと切にお願い
致します。
なお、重複するかも分かりませんが請求した傷病「ポストポリオ症候群」が障害年金1~3級
に定める程度に該当しないという決定に対しての反論として再度次に箇条書きとして簡単に陳
述申し上げます。
( 理
由 )
1.幼い時、ポリオを患いその後長い人生で失われ残り少なくなった筋肉細胞は更に酷使され
痛み壊れてポストポリオ症候群が起こりやすい。
2.ポストポリオは麻痺した肢体を補うため利き上下肢部分の筋力低下を急激に起こし、ポリオ
障害とは異なった部位の肢体の障害が生じる。
3.COPD 傷病ではポストポリオのように急激に筋肉細胞が壊れることはない。
4.心筋梗塞は一過性の病状で回復すれば筋力細胞が持続して失われることはない。
5.不服申立審査請求の決定書には COPD や心筋梗塞等が急激な筋力低下させる医学的な
根拠や証明がされていない。
6.ポストポリオ症候群の診断書内容から障害年金2級相当と思われるが、仮に百歩譲って
COPD 等の因果関係が少しでもあったとしても障害厚生年金3級未満となるほどの軽い病
状ではない。
7.審査請求の棄却の決定書内容はほとんど私共が述べた不服申立や医師の書いた診断書
そのものを書き写し、審査官は棄却した医学的な理由についての説明がなく理解できな
い。
8.幼い時期、ポリオを患った者が一生懸命に生きていく為、不自由な身体を酷使しながら何
十年も勤続し少ない残された筋肉細胞を壊し、再度ポストポリオ障害を発症する程の残
酷な病気であることをご理解願いたいと思います。
( 最 後 に )
COPD は A の永年の喫煙習慣が誘引していると思いますが、このことが著しい筋力低下を起こ
すほど細胞が壊れるものとは思われません。また、心筋梗塞も一過性の症状であり筋力低
下は回復されます。
A のポストポリオ症候群で新たに麻痺した部位はポリオ障害で麻痺した部位とは異なり差引
認定される部位ではありません。
COPD は障害等級2級ですが、A のポストポリオは別疾病の他の相当な因果関係のない傷病
が混在してはいなく、ポストポリオ症候群はせめて障害等級3級以上には該当されると思い
ます。
よって COPD 障害とポストポリオ症候群は併合され障害厚生年金1級に認定されるものと思い
ます。
どうか私共の不服申立を真摯に受け止められ正しい審理と判断をお願い致します。
この意見陳述と不参加の葉書を共に郵送した。
平成26年7月10日、東京での再審査請求に係る公開審理が開会される 1 週間前、厚生労働省
保険局より私宛に通知文書が来た。今回の社会保険審査会の中止を行い原処分について変更
するとのことであった。通知文書が届くと同時に厚生労働省保険局から私・代理人へ直接2回に
渡り電話が入った。つまり「A のポストポリオ症候群を障害厚生年金2級に認め、COPD2級と併合さ
せ障害厚生年金1級とする」との連絡であった。
遂にやった。2年間に渡る壮絶な戦いであったが、巨大な国の機関に対し、A さんと共に諦めず
粘り強く、A さんのポストポリオに対する病状を不服申立て審査請求、再審査請求、意見陳述と諦
めずきちんと伝え理解を得た勝利であった。A さんに電話で伝えると、喜びと感激のか細いかすれ
た精一杯の声で自分の苦しい病状をやっと国が認めてくれてもう悔やむこともないと涙声で安心し
喜ばれていた。
我々ポリオ罹患者について国も社会も忘れかけようとしている。しかし我々は不自由な身体で生
命ある限り精一杯生きていかなければならない。もし、我々がしっかりと理解を求めていかなけれ
ば不自由な身体的理解と正当な評価をされないまま差別され悔しくとも社会の中で埋没される運
命となろう。
まだまだこれから先、生命ある限りポリオ罹患者として強く国や社会に対して弱音を吐かず正当
性と真実を訴え続け戦っていかねばならない。
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栗 林
勉
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