ラジオ番組制作のプロジェクトワーク

ラジオ番組制作のプロジェクトワーク
佐伯真代
1.はじめに
インターネットラジオ局やPODCAST配信の普及によって、ラジオ放
送は再び生活に身近なものとなりました。ラジオ番組制作は、簡便な機材で
実施できるので、授業に取り入れることが容易です。ここでは、会話の授業
にラジオ番組制作のプロジェクトワークを取り入れた実践例を紹介します。
森川(2014:34)によれば、ラジオ番組制作のプロジェクト・ワークには
以下のような利点があります。
(1) 文字や画像の補完が不可能な、「聴くこと」のみのメディアのため、
話し方の工夫に集中せざるを得ない。
(2) 自分の声、他のクラスメートの声を客観的に聴くことで、聴く立場
を思いやり、自律的に改善策を考えるようになる。
(3) 放送という設定ゆえの厳格な時間の意識が内容を簡潔にするための
構成力を磨く。
(4) 番組の持つエンターテイメント性が学習意欲、発話動機につながり、
学習者それぞれの個性や創造イメージを活かすことができる。
ラジオ番組制作では、読解・聴解・文章表現・口頭表現・翻訳などの技能を
総合的に養うことができます。映像や文字などによる視覚情報の助けを借り
ずに、音声のみによって聞き手にとってわかりやすい伝達を目指すために、
口頭表現力の養成に役立つと考えられます。
2.授業内容
筆者は、致理技術学院で 100 学年度に実施された「創意教学計画」の予算
補助を受けて、応用日本語学科3年次の「日本語会話」を対象にラジオ番組
制作のプロジェクト・ワークを行いました。授業は以下のような流れで実施
しました。
(1)ラジオ番組制作の目的や手順などの概要説明
(2)アナウンサー訓練のための発声・発音練習
(3)ラジオ番組聴解
(4)ラジオ番組の企画・制作
(5)日本語国際放送アナウンサー経験者による講演
(6)録音・編集技術のアドバイス
(7)発表と振り返り
上記の(1)~(7)を 1 学期全 18 回(中間・期末試験を含む)の授業のう
ち 10 回程度で行いました。
(1)ラジオ番組制作の概要説明
プロジェクトワークの目的・方法・スケジュール・成績評価について説明
1
します。
(2)アナウンサー訓練のための発声・発音練習
呼吸法・発声法・アクセント・プロミネンス・イントネーション・リズム・
ポーズ・アーティキュレーション・フレージングについて説明し、練習を行
います。第 1 回目の授業時に概要を説明し、その後、毎回の授業の始めの時
間に各項目の練習を少しずつ繰り返します。
(3)ラジオ番組聴解
ラジオ番組およびラジオ番組の構成を持つ教材を聞いて、番組構成・内容・
ラジオ番組特有の言語表現などを理解します。以下のように、聴解は事前学
習として自宅で行うことを前提とし、授業では内容理解のチェックと言語表
現の確認及び内容についての討論やグループによる番組制作の練習を行いま
した。
① 事前学習として大学の学習管理システム(Leaning Management System)
にアップロードされた音声ファイルを聴き、内容理解のためのタスクを行
い、授業時に提出する。
② 授業時に番組の構成と内容を確認する。
③ ラジオ番組に特有の定型化された表現(例えば、
「時刻は○時をまわり
ました」「今週も○○の時間がやってまいりました」「○○放送の○○と○○
がお伝えします」「この時間の担当は、私○○です」「まず、最初のコーナー
は○○です」「このコーナーでは、毎週○○をお伝えしています」「ただいま
お楽しみいただいているのは○○です。」「どうぞ時間いっぱいまでお聞きく
ださい」
「お聞きの放送は○○放送」
「今日の○○の時間はこれで終わります」
「この番組は○○が提供しました」「次にお届けするのは、○○です」など)
に注意する。
④ 番組内容について意見や感想を話し合う。
⑤ アナウンサーやパーソナリティーのように原稿を読む。
⑥ グループで番組の企画案や原稿を作成する。
⑦ 作成した企画案や原稿を口頭で発表する。
表1は授業で紹介した番組及び教材の一覧表です。
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表1
授業で紹介したラジオ番組・教材
①
番組コーナータイプ
ニュース
学習する言語表現
ニュース報道に用いら
れる表現
事実をわかりやすく伝
える
気象を説明する表現
わかりやすく説明する
わかりやすく正確にア
ナウンスする
わかりやすく正確にア
ナウンスする
インタビューする
意見を述べる
文学作品を朗読する
作家や作品の背景を説
明する
作品の魅力を伝える
位置・交通・情景など
を説明する
②
天気予報
③
時報
④
放送開始と終了
⑤
インタビュー
⑥
朗読の時間
⑦
スポット紹介
⑧
イベント案内
必要な情報をもらさず
にわかりやすく伝える
⑨
ミュージック・ステ
ーション
歌手・音楽の魅力を紹
介する
⑩
時事問題解説
時事問題を説明する
⑪
コマーシャル
⑫
リスナーの手紙
短いキャッチフレーズ
で商品の魅力を表現す
る
手紙を書く
感情を込めて朗読する
リスナーの手紙につい
てコメントする
3
ラジオ番組・教材名
NHK ワールドラジオ日
本
NHK ワールドラジオ日
本
RTI 台湾中央放送局日
本語番組
RTI 台湾中央放送局日
本語放送
「深夜トーク」
(NHK ワ
ールドラジオ日本)
「夢見たものは…」
(『朗読ナレーション
トレーニング』)
「王様グルメギャラリ
ー」(『はじめてのボイ
ストレーニング』)
「イベント案内」(『は
じめてのボイストレー
ニング』)
「ミュージック・ステ
ーション」
(RTI 台湾中
央放送局日本語番組)
「台湾通信」
(RTI 台湾
中央放送局日本語番
組)
「CM ナレーション」
(『はじめてのボイス
トレーニング』)
「ラブレター」(『はじ
めてのボイストレーニ
ング』)
(4)ラジオ番組の企画・制作
グループに分かれ、放送局の名前を設定し、以下の手順で 15 分間程度で異
なるタイプのコーナーを 3 つ以上含むラジオ番組を企画・制作します。番組
の各コーナーについては、表1で紹介したものを参考にし、自由に作らせま
した。
①放送局の名称を決め、番組の各コーナーを構想し、企画書を作成する。
②資料収集及び取材を行う。
③放送原稿とタイムスケジュールを作成する。
④放送原稿の朗読やライブトークの練習を行う。
⑤収録リハーサルを行い、録音する。
⑥本番の録音を行う。
⑦バックミュージックや効果音を入れ編集する。
以上の①・③・⑤の段階で教師は内容をチェックし、アドバイスを行います。
(5)日本語国際放送アナウンサー経験者による講演
RTI 台湾中央放送局日本語番組の企画・パーソナリティの経験者に講演を
依頼し、番組企画・取材・原稿作成の方法やアナウンサーの音声訓練につい
て話してもらい、学生に音声訓練の一部を体験させます。さらには、この授
業で学ぶ内容と将来の職業との結びつきを考えます。
(6)録音・編集技術のアドバイス
録音機器・マイクの使用方法など、録音に際しての注意や音声編集ソフト
(Gold Wave)の使用方法、効果音音源の紹介などについてティーチング・ア
シスタントが説明します。問題点があればティーチング・アシスタントや教
師がグループごとにアドバイスします。
(7)発表と振り返り
制作した番組について、グループごとに企画内容を口頭で紹介した後、放
送を聞き、内容について相互にコメントしました。その後、活動全体を振り
返るアンケートを実施しました。
学生が作った番組は多種多様で、授業で紹介した番組の構成例にはこだわ
らず、アニメの声優が出演した「ラジオCD」を模してカジュアルなトーク
を中心とした番組を企画したグループもありました。学習者のアンケートで
は、「この活動は日本語能力の向上に役立った」と答えたものが多数で、「間
違えると録音をやり直さなければならないので、メンバー全員が集中して取
り組むことがでた」、「自分の音声を録音して聴くのは恥ずかしいが、客観的
に捉えることができると思う」、「音楽や効果音を入れるのが面白い」、「番組
づくりが楽しかった」、「アナウンサーの講演を聞いてラジオ番組制作に興味
を持った」のような意見がありました。
4
3.終わりに
ラジオ番組制作のように学習成果をまとまった作品にするプロジェクトワ
ークは、学習者に明確な目標を与えることができるために、グループで取り
組みやすく、かつ達成感を得やすいと思われます。日本語能力の養成という
点では、様々な技能を総合的に向上させることができます。実際の番組制作
では自由に様々なタイプのコーナーを選び、組み合わせて番組を作れるので、
学習者が自分のレベルに合わせて活動を行うことが可能です。また、ラジオ
放送の持つ娯楽的な性質から学習者の創意を発揮しやすいと考えられます。
今回は、1 学期の半分以上をこのプロジェクトワークにあてましたが、普
段の授業では、表1のようなラジオ番組の様々な形式のコーナーから適当な
ものを取り出し、番組形式で制作する活動も行うことができるでしょう。
今後は、ラジオ番組制作で学習者が「聞き手に配慮したわかりやすい表現」
をどのように実現するかについて、さらに探求していきたいと思います。
参考文献:
1.佐伯真代他(編)・黃菲菲(主編)(2012)『軟實力創意教學―教師很想知
道的事』致理技術学院
2.佐藤健児(編)
・松濤アクターズギムナジウム(監修)
(2005)
『朗読ナレ
ーショントレーニング』
3.森川尚子(2014)「「伝わる話し方」への気づき:ラジオ番組制作を取り
入れた授業の実践を通して」『日本語教育方法研究会誌』28 巻 1 号、日本語
教育方法研究会、pp38-39、http://ci.nii.ac.jp/naid/110009804289/
4.山口富士子(編)
・松濤アクターズギムナジウム(監修)(2000)『はじめ
てのボイストレーニングー朗読・ナレーション編』雷鳥書房
佐伯真代老師
學歷:中國文化大學日本研究所碩士、東吳大學日本語文學系博士
現職:致理技術學院應用日語系專任助理教授
專長:日本語學、日語複句
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