第 9 講 わからないこと:還元主義と複雑系

地学 小出良幸
第9講
わからないこと:還元主義と複雑系
http://ext-web.edu.sgu.ac.jp/koide/chigaku/
E-mail:
[email protected]
カントール集合:長さを持たない線
▼ 要素還元主義
1 「あるはず」という先入観
例 殺人事件
事実:可能性は少ないが、本当にあったこと
(要素)還元主義
生物学
化学
物理学
マックスウェルの悪魔
2 還元主義の成果
▼ わからないことの証明
1 不確実性:還元主義の破綻
量子力学:ハイゼンベルクの不確定性原理
Δx・Δp ≧ h⁄2
X:位置、p:運動量、h:プランク定数
2 ゲーデルの不完全性定理
生態学:観察者の影響、論理
生物学:要素が総体をなす
芸術:計算不能物理学
コッホ曲線:長さが∞の線
シルピンスキーのギャスケット:面積 0、長さ∞
▼ 複雑系の発見
1 複雑性の科学的発見
2 カオスの発見の萌芽
3 カオスの発見
1961 年、気象学者ローレンツ「初期値の鋭敏性」
例 ロジスティック写像
xn+1=axn(1-xn)
0<a≦1 の時、x=0 に収斂
1<a≦2 の時、
(a-1)/a に収斂
2<a≦3 の時、
(a-1)/a に振動しながら収斂
3.5699456≦a の時、カオス運動
1.2
a=4 の時
1
フラクタル次元
フラクタルの定義
例 フラクタル次元
6 複雑系:新しい科学の方法
xn+1 の値
0.8
0.6
0.4
0.2
0
0
100
200
300
400
500
600
繰り返し回数
4
5
フラクタルの発見
フラクタルの不思議な性質
700
800
900
1000
▼ 第 2 回レポート
天動説で困ることを考えなさい。
天動説とは、地球の周りを他の天体が回っていると
いう考え方である。
11 月 19 日 24 時(締切り厳守)
レポートには、氏名、学生番号、テーマを忘れない
ようにしてください。
地学 小出良幸
第9講
わからないこと:還元主義と複雑系
http://ext-web.edu.sgu.ac.jp/koide/chigaku/
E-mail:
[email protected]
▼ 要素還元主義
1 「あるはず」という先入観
例 殺人事件
現場に残された、さまざまな証拠は、犯人を探るのに重要な役割を持っている。ある山奥の工事現場で
地下を掘り返していたところ、人骨が見つかったとする。人骨とは死んだ人、死体があったことを意味す
る。だから、そこに死んだ人が埋められた、埋もれたことは確かである。その人骨が首の骨が鋭利な刃物
で切られて、頭骨と刃物が近く埋まっていたとしたら、これは、殺人事件の可能性が高いと考えられる。
その骨の周辺のさまざなまものが、殺人事件の証拠となるかもしれない。そして、警察は、そこで見つ
かるものを証拠として、どのような事件があったかを考えて、犯人逮捕を目指すことになる。
事実:可能性は少ないが、本当にあったこと
今は廃村になったその村では、死体の首を切断して、首と切った刃物といっしょに埋葬する風習があっ
た。
そうなると、今までの事件は消える。しかし、そんな可能性は普通少ないので、最初から候補として考
えず、迷宮入り事件となっていくであろう。
私たちは、科学的に考えていことするとき、実はある無意識の前提をもっている。
・可能性の高いものが起こったはず
・証拠間には、ならかの因果関係(論理)があるはず
という、先入観をもってしまう。
そして、それらを信じて、真実と思ってしまう。これは今までの、科学の手法である
(要素)還元主義
と呼ばれるものである。
還元主義とは、
「結果は原因より生じる」という一義的な因果関係で説明できるという考えである。これ
は、19 世紀から現在にかけて科学の世界で広く展開されている考え方である。科学だけでなく、多くの論
理的思考は、還元主義的考えでなされている。
生物学
生物の DNA、たんぱく質が生命の本質で、それが生物活動のすべての解明する基本である。
化学
分子や原子が、物質の基本的要素だから、それらの要素を完全に把握できたら物質のことはすべてわか
る。
物理学
相対性原理(近似的にはニュートン力学)で解けば、すべての物質の振る舞いはわかる。
マックスウェルの悪魔
2
還元主義の成果
今までの科学は、この還元主義的先入観でおこなわれてきて成果を挙げてきた。現在も、一番よく利用
されている考え方である。
何かが起こった結果があれば、そこには原因がかならず存在するという考えは、ゴールはきっとあると
考えるので、がんばれるのである。
複雑な現象の時は、単純化していき、より根本的な原因は何かと考えていく。
そして一番根源的な原因と考えられるものを見つけてきた。この還元主義が、近代の科学技術を支えて
きたともいえるのである。
▼ わからないことの証明
1 不確実性:還元主義の破綻
観察することは、完全なる客観的なもので、観察なくしては、科学のデータ収集、証拠集めはありえな
い。しかし、観察するということは、観察している系に、観察者が関与することである。
量子力学:ハイゼンベルクの不確定性原理
微小の世界(量子力学)では、ある観測量の正確な測定を行うことは、他の観測量の大きな不確定性を
生むということがわかってきた。ハイゼンベルクの不確定性原理という。
Δx・Δp ≧ h⁄2
X:位置、p:運動量、Δx, Δp:x, p の標準偏差、h:プランク定数
Δx → 0 ならば、Δp → ∞ となる。
アインシュタインの一般相対性原理は、世界が
「すべての数学的問題を解決するための一般的代数的手続きが存在する」
という還元論(決定論)立場で考え出されてきた。しかし、ハイゼンベルクによる不確定性原理以降、素
粒子レベルの動きを正確に予測することが、アイザック・ニュートンの運動の法則では不可能になった。
ハイゼンベルグやアインシュタインは、この不確定性原理が正しいかどうかを確かめるために、いろい
ろの「思考実験」を考え出した。しかし、うまくいかなかった。
2
ゲーデルの不完全性定理
さらに、ゲーデルは不完全性定理を示して、還元主義は破綻をきたした。前々回紹介
それに伴って、いろいろな分野で、体系の見直しが起こり、還元主義に対する反省が生まれてきた。
生態学:観察者の影響、論理
ある生物の行動を分析するとき、人間の考え、原理で考える。しかし、対象の生物のそのような考えや
原理で行動しているという保障はない。客観性を導き出すためには慎重にならなければならない。
野生生物を調べるとき、その中に入って生物の行動や社会などを考えるが、動物などで人間が観察する
とき、その影響はある。餌付けしたサルの行動から何らかの考えを提示する。これは、野生のサル一般に
通用するのかどうか、常に疑問が伴う。野生の状態に人間が入り込んだとしても疑問が残る。
生物学:要素が総体をなす
DNA の発見に続く、分子生物学の進展によって、生物のすべての仕組みは、分子レベルで解けると考え
られてきたが、生物の行動や社会性など、答えられないことがいっぱいあることがわかってきた。
要素が総体を構成するのは確かだが、総体の大きさや、規模によって、別の特性や属性が生まれること
がありうる。
芸術:計算不能物理学
オックスフォード大学数学科教授ロジャー・ペンローズは、
「計算をいくら積み重ねても新しい芸術的な感性を創造することなど出来はしない。芸術はいわば計算不
能物理学なのである」
といって、計算不能の不確定性の世界を人間が操っていることを賛美した。
▼ 複雑系の発見
1 複雑性の科学的発見
以上のようなことから、私たちが知っている科学的手法、つまり還元主義的考えでは解けないことこと
があることが、わかってきた。
最大の衝撃が、複雑系の存在である。
2
カオスの発見の萌芽
最初の複雑系の発見は、カオスの発見である。カオスとは、規則に従っているのだが、不規則な振る舞
いをするもの、である。
1892 年、アンリ・ポアンカレが、天体が 3 つ以上あると、お互いに干渉しあって、複雑な軌道をとると
いうことを、見抜いていたといわれている。いわゆる三体問題は解析的には解けないということである。
しかし、当時の技術ではカオスの実態には迫れなかった。
3
カオスの発見
1961 年、気象学者のエドワード・ローレンツは、気象の簡単な微分方程式がカオスを示すことを発見し
た。
初期値を、0.506127 とすべきところを、0.506 と入力したら、結果に大きな違いがあることを発見した。
これを、
「初期値の鋭敏性」という。
ローレンツは、
「初期値の鋭敏性」を「バタフライ効果」と呼んだ。
しかし、この論文は、気象学の学会誌「大気科学ジャーナル」に投稿したので、10 年ほど注目されなか
った。
例 ロジスティック写像
xn+1=axn(1-xn)
0<a≦1 の時、x=0 に収斂
1<a≦2 の時、
(a-1)/a に収斂
2<a≦3 の時、
(a-1)/a に振動しながら収斂
3.5699456≦a の時、カオス運動
1.2
a=4 の時
1
xn+1 の値
0.8
0.6
0.4
0.2
0
0
100
200
300
400
500
600
700
800
900
1000
繰り返し回数
4
フラクタルの発見
雲や海岸線は、どのスケールでみても、似たような構造を持っている。このような性質を自己相似性と
いう。自己相似性をもつものをフラクタルという。
1967 年、ベノア・マンデルブロは
「英国沿岸の長さはどれだけあるのか?」
という論文で、自然界には固有の長さを持たないものがあることを示した。測る物差しの長さによって、
得られるデータが違ってくる。
5 フラクタルの不思議な性質
カントール集合:長さを持たない線
カントール集合は、1 次元の線分の集まりだが、長さを持たない。
1/3+2(1/3)2+22(1/3)3+………=1
コッホ曲線:長さが∞の線
シルピンスキーのギャスケット:面積が 0、長さが∞
2 次元平面に存在するのに面積が 0、長さが∞となる。
フラクタル次元
このようなフラクタル図形を考える時、新たに拡張された次元の概念が必要となる。
線分、正方形、立方体を考える。それぞれの図形の辺を 2 等分する。
線分:21 個の相似形、
正方形:4 =22 個の相似形、
立方体:8=23 個の相似形
このときの乗数が次元を表している。
フラクタルの定義
全体を 1/a に縮小した相似図形 b 個によって構成されているとき、その図形のフラクタル次元 D は
線形サイズ 1 の図形を各空間方向に 1/a に縮めると、もとの図形を埋めるには b=aD 個の自己相似図形が必
要となるとき、フラクタル次元は、
D=log b/log a
となる。
例 フラクタル次元
川の分岐:フラクタル次元数は約 1.85(アマゾン川)
植物の枝分かれ:フラクタル次元数は約 1.5
人体の血管の分岐:フラクタル次元数は約 2.17
人体の脳のしわ:フラクタル次元数は約 2.73-2.79
銀河の空間分布:フラクタル次元数は約 1.2
6
複雑系:新しい科学の方法
複雑系(Complex System)とは、システムを構成する要素の振る舞いのルールが全体の文脈(Context)
によって動的に変化してしまうシステムのことをいう。
還元主義とは、実は「線形的な現象」には適しているが複雑系には適していない。
厳密に自然界をみると、ほとんどが非線形で、複雑系がいろいろなところに紛れ込んでいる。
生命や社会現象、情報、組織など、全体として捉えるべきものを調べる道具が手に入ったことを意味す
る。
▼ 第 2 回レポート
天動説で困ることを考えなさい。
天動説とは、地球の周りを他の天体が回っているという考え方である。
11 月 19 日 24 時(締切り厳守)
人の考えではなく、自分で考えて、自分自身の考えを述べること。レポートは資料や参考書を見ないよ
うに!!レポートはメール(携帯の E-mail でも可)の提出でもかまいません。紙でのレポートは、各回の
講義の最後に小出に出してください。なおレポートには、氏名、学生番号、テーマを忘れないようにして
ください。