非還元主義的方法論 序章 要素還元論の限界

2015/10/18
目次
科学方法論
序章 要素還元論の限界
非還元主義的方法論
生命現象へのアプローチの仕方を
例として、非還元主義的方法論に
ついて考察する。
海洋自然科学科
堀内 敬三
序章 要素還元論の限界
複雑な事象でも要素に分けて分析す
れば、単純な規則が見えてくる。
第1章 非線形
1.1 線形と非線形 1.2 非線形現象
1.3 協同現象・協力現象
第2章 自己組織化
2.1 自己組織化 2.2 動的秩序 2.3 非線形非平衡状態
2.4 散逸構造の例 2.5 生物現象と生命現象
2.6 グローバルな性質 2.7 生命系の自己組織化
第3章 複雑系
3.1 部分と全体 3.2 構成(論)的手法
対象を分析して多くの要素に分けて、
その性質を要素の性質に還元して理解
しようと考える。
要素の規則性を明らかにすることに
よって、自然を理解しよう(複雑な
事象を理解、説明しよう)というの
が還元主義である。
要素を用いて、これこれがこれこれの
原因であるというように、原因と結果
の間に対応関係(因果関係)を付ける
ことができると、何となく分かった気
がする。
近代科学は還元主義のもとで多様な
成果を生みだしてきた。
対象を分析し尽くし、要素を知り尽く
せば、どんなことでも分かると考える。
☆ 自然の階層性
しかし、還元主義だけでは自然を理
解することはできない。
自然には階層が存在する。
自然の階層構造
階層間には断絶があり、飛躍がある。
素粒子を基本要素とする系では強い
力・弱い力が、
原子や分子、それらの集合体では電
磁気力が、
宇宙のレベルでは万有引力が、
物質系の基本相互作用である。
下の階層の単なる結果として上の階
層のありようがでてくるわけではな
い。
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それぞれの階層で支配的な力以外の
力は実質上ないに等しい。
それぞれの階層で考える限り、他の
階層の構造を考える必要はない。
原子や分子を考えるとき、
それらは原子核と電子から構成され
ているが、
原子核の構造を考える必要はない。
結晶は原子や分子からできているが、
マクロとミクロを結びつける統計力
学によって、結晶の性質は原子や分
子の性質から直接理解される。
一つの階層で話が閉じている。
生物の場合もやはりそれらは原子や
分子から出来ているが、その構造が
階層的になっており、原子や分子と
生体の機能を直接に結びつけること
が難しい。
生物は、
タンパク質や核酸、脂質分子などの生
体高分子が分子間相互作用によって生
体膜などの分子集合体となり、分子集
合体が集まって細胞内小器官と呼ばれ
るオルガネラを形成し、さらにいろい
ろなオルガネラが集合して細胞、細胞
の集合体としての組織、組織から器官、
そして生体へというように、
階層的な構造を作り上げている。
細胞は同じであっても、それらが集
合して作られる器官は幾つもあるわ
けなので、
同じ細胞から異なる器官が出来るとい
う事実を、
分子レベルで生体の構造が理解でき
るとしても、生体の機能、あるいは
生命現象そのものが理解できるわけ
ではない。
どんなに細胞を詳しく調べても説明す
ることはできない。
下の階層の単なる結果として上の階層
のありようがでてくるわけではない。
しかし、器官の機能や性質は細胞の知
識なしに理解することはできない。
細胞の構造・性質がいくら理解でき
たとしても、
幾つもある器官のそれぞれの働きが、
細胞の構造・性質のみから説明でき
るわけではない。
例えば、種々の細胞の性質・機能が
十分に理解できたとしても、それら
を60兆個集めても、その細胞の集団
が人間の様に振る舞うわけではない。
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生物が生物としてその機能を発現す
るメカニズム(各要素が生命という
システムの中でどの様に機能する
か)が理解できなければ、生命を理
解できたとは言えない。
一つの階層の中では科学研究は還元
主義的に行われている。
細胞の仕組みは分子レベルでよく理
解できるかもしれない。
☆ 原子説・分子説
物質は原子・分子からできていると
いう説。物質科学の基礎。
20世紀科学の一番の成果ではないか。
20世紀を代表するアメリカの物理学
者 R. P. Feynman(ファインマン、
1965年ノーベル物理学賞)は、
しかし、下の階層の単なる結果とし
て上の階層のありようがでてくるわ
けではない。
ある階層から一つ上の階層に移ると
き、還元論では説明できない飛躍が
ある。
その飛躍を説明できる理論はあるの
だろうか?
彼の有名な教科書「ファインマン物理
学」の冒頭で
「現在の科学知識をたった一つだけし
か次世代に伝えることができないとし
たとき、その伝えるべき知識とは、物
質は動き回る小さな粒子からできてい
る、ということであろう。」
と(いうような意味合いのことを)言っ
ている。
エントロピー増大則 (熱力学第二法則)
という自然法則は、
エントロピーは原子・分子のレベルで
系の無秩序さを表すマクロな量である。
「物質が莫大な数のミクロな粒子か
らできていて、それらは熱運動とい
う‘不規則な’運動をしている」
ミクロなレベルで系が無秩序になると
エントロピーは増大する。
という事実に基づいている。
Feynmanの言葉はその事実の重要性を
示唆しているものと思われる。
自発的に起こる現象では、エントロ
ピーは増大している(エントロピー増
大則)。
この様に、原子説・要素還元論は自然
現象を巧みに説明した。
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しかし、要素に分けることは、対象を
単に空間的に細かくしていくだけでな
く、時間の尺度をも同時に非常に短縮
してしまう効果がある。関心が必然的
に現在に凝縮されてしまう。
原子説には、単に対象を微視的観点か
ら捉えるだけでなく、動的な現象を静
的な現象に分解して、興味を現在に
絞って観察をするという性格がある。
この様な動的現象は一般にたくさん
の要素が寄り集まってできている体
系にはじめて見受けられる点に注意
すべきである。
要素間の相互作用により、要素の凝
集状態が時間変化している。
動的現象は、対象を構成要素に分け
ると失われてしまう。
しかし、自然界には本質的に動的な
現象が存在する。
例えば、発生、成長、進化などとい
われる諸現象である。
生命現象は動的現象そのものである。
また、成長、進化のような動的現象
は、時間を逆行できない現象(不可逆
現象)である。動的現象の不可逆性
反応速度論では時間が重要な要素と
なっているが、化学平衡論では時間
の要素は含まれていない。
化学平衡論では化学平衡に到達する
までの過程は考えない。
化学や物理の分野では、これまでは
時間という要素が含まれない現象を
対象とすることが一般的であった。
続きは講義を聴講して下さい。
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