自由市場 における会計監査の意味に関する一考察

【 研 究報 告 Ⅲ 1 ① ― 異 島 】
自由市場 における会計監査の意味に関する一考察
1)
― 19 世紀中葉から 20 世紀初頭にかけての米国企業を対象として―
異島 須賀子(九州大学大学院)
Ⅰ
はじめに
本報告の目的は、連邦政府による規制がなされる以前の米国において会計監査が果
たした役割について考察することである。本報告では 19 世紀中葉から 20 世紀初頭に
かけての会計監査に対する社会の期待および企業において会計監査が果たした役割と
いう2つの側面から検討する。
本報告は、次のような構成で論を展開する。まずⅡ節では、企業をとりまく環境と
して会計監査に関する当時の社会的動向を概説する。次にⅢ節では、米国を代表する
企業集団において会計監査(とくに会計士監査)がどの程度利用され、また各企業集
団に属する個別企業において会計監査がいかなる役割を果たしたかについて検討す
る。かかる考察を通じて自由市場における会計監査の意味を多少なりとも明らかにす
ることができると思われる。
Ⅱ
企業をとりまく環境
1933 年の証券法 (Securities Act of 1933) および 1934 年の証券取引所法 (Securities
Exchange Act of 1934) が制定されるまで、企業の公表する財務諸表および監査に関す
る強制力のある連邦法はなかった 2 )。政府による法的裏付けのない状況において、米
国では 19 世紀中葉から 20 世紀初頭にかけて職業会計士による会計監査業務が普及・
発展した。
米国における会計監査は、19 世紀中葉以降、英国人投資家の要請を受けた英国会
計士の渡米の影響を受けて展開し、その後、19 世紀から 20 世紀への世紀の転換期に
おける企業合同運動に際し急激に普及した。とくに 19 世紀末葉の企業合同期に英国
系会計事務所が合併構成企業の監査に従事したということが、米国産業界一般に占め
る会計士の地位を高めたといわれている。このことはこの時期に会計士の数が急増し
たことからも説明できる。
また、19 世紀末以降、米国の銀行が融資先企業の財務状態を調査する手段として
1)
本報告では、連邦政府による規制のない市場を「自由市場」とみなしており、銀行などの勧告
は規制と考えていない。また、A. W. Wallace は政府による規制のある市場を「規制市場」を呼ん
で、区別している。
2)
1917 年に米国初の権威ある監査に関する公的指針として、連邦準備制度理事会(Federal Reserve Board:FRB)が連邦準備公報として「統一会計(Uniform Accounting)
」を公表したが、こ
の指針は勧告にすぎず強制力はなかった。
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【 研 究報 告 Ⅲ 1 ① ― 異 島 】
財務諸表に基づく信用分析を発展させ、その過程においても会計監査が利用された。
銀行は企業に融資する際、当該企業の信用調査を行うために貸借対照表の提出を求め、
これに職業会計士による監査証明書を添付させることを望んだのである。
Ⅲ
企業にとっての監査
一般に監査には、不正・誤謬を発見・予防する機能および企業が公表する財務諸表
へ信頼性を付与する機能が期待されている。ここでは後者の機能についてのみ考察す
る。なぜなら、前者の機能については、株主宛年次報告書における職業会計士の監査
証明の有無のみから判断することは困難だからである。
1920 年までに株主宛年次報告書に職業会計士による監査証明書を添付しているこ
とが明らかな企業および株主宛年次報告書に監査証明書を添付していないことが明ら
かな企業をそれぞれ企業集団ごとに分類してみると、モルガン系列の企業集団とロッ
クフェラー系列の企業集団との間に興味深い相違がみられた。すなわち、株主宛年次
報告書に職業会計士による監査証明書を添付している企業のうち半数近くがモルガン
系列の企業であるのに対して、株主宛年次報告書に職業会計士による監査証明を添付
3)
していない企業の半数近くがロックフェラー系列の企業であった 。
かかる相違の原因を探求するため、モルガン系列企業である U.S.スティールとロ
ックフェラー系列企業であるスタンダード・オイルについて個別に分析してみると
4)
、資金調達方法が全く異なっていることが分かる。スタンダード・オイルは証券の
多くを経営陣が所有し、高い利益率に基づく内部留保により主に企業内部で資金を賄
っていた。それに対して、U.S.スティールは投資銀行たる J.P.モルガン商会を通じて
証券を発行することにより外部から資金を調達していた 5 )。このことより、U.S.ステ
ィールは外部から資金調達を行う際、投資家の信頼性を得るため、職業会計士による
監査証明書を株主宛年次報告書に添付したと判断できる。また、J.P.モルガン商会も
引き受けた U.S.スティールの証券を投資家に販売する際の投資家に対する保証とし
て、当該企業に対し職業会計士による監査を受けることを要請していたと思われる。
U.S.スティール以外のモルガン系列企業であるインターナショナル・ハーベスターや
ジェネラル・エレクトリックについても同様のことがいえよう。
Ⅳ
おわりに
本報告では、自由市場における会計監査の意味を検討するために、連邦政府により
規制がなされる以前の米国企業を考察の対象とした。
3)
4)
詳しい数値等については当日配布の資料に示す。
モルガン系列の企業集団とロックフェラー系列の企業集団については膨大な資料およ
び数多くの先行研究があるため、フォローできているとはいえないが、調査した限りに
おいて筆者なりの見解を述べたい。
5)
詳しい数値等については当日配布の資料に示す。
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【 研 究報 告 Ⅲ 1 ① ― 異 島 】
米国では政府による直接的影響がない状況において、英国人会計士が渡米したこと
を契機に会計監査が普及し、その後、企業合同や銀行の信用調査に際して会計士によ
る会計監査が利用されたことにより、会計監査が米国全土へ急激に拡張したことを指
摘した。
また、1920 年までの年次報告書を分類・整理した結果、企業集団ごとに会計監査
(とくに会計士監査)の利用の程度に差があることが判明した。とくにモルガン系列
の企業である U.S.スティールは、設立当初から株主宛年次報告書に職業会計士によ
る監査報告書を添付しており、当該企業が J.P.モルガン商会を通じて主に外部から資
金調達を行っていたことを鑑みると、会計監査は当該企業の財務諸表に対する信頼性
の付与に貢献したといえよう。
6)
<主要参考文献 >
Berle, A. A. Jr. and G. C. Means, The Modern Corporation, The Macmillan Co., 1932( 北島忠男訳『近
代株式会社と私有財産』
,文雅堂書店,1958 年)
Chandler, A. D., Jr., The Visible Hand : The Managerial Revolution in American Business, The Belknap
Press of Harvard University Press, 1977.(鳥羽欽一郎・小林袈裟治訳『経営者の時代−アメリカ
産業における近代企業の成立−』
,東洋経済新報社,1979 年)
Hawkins, D. F., Corporate Financial Disclosure, 1900-1933 : A Study of Management Inertia Within a
Rapidly Changing Environment, Garland Publishing, Inc., 1986.
Hidy, R. W. and M. E. Hidy, History of Standard Oil Company ( New Jersey): Pioneering in Big Bisiness,
1882-1911, Business History Foundation, Inc., 1955.
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Perlo, V., The Empire of High Finance, New York, 1957.( 浅尾 孝訳『最高の金融帝国』,合同出版,1974
年[改訂])
Previts, G. J. and B. D. Merino, A History of Accounting in America, Wiley & Sons, 1979.( 大野功一・岡
村勝義・新谷典彦・中瀬忠和訳『プレヴィッツ=メリノ アメリカ会計史−会計の文化的意義
に関する史的解釈−』
,同文舘,1983 年)
Wallace, A. W., Auditing Monographs, PWS-Kent Publishing Company, 1986.(千代田邦夫・盛田良久・
百合野正博・朴 大栄 ・伊豫田隆俊訳『ウォーレスの監査論−自由市場と規制市場における監
査の経済的役割−』
,同文舘,1990 年)
Wallace, A. W., "The Economic Role of the Audit in Free and Regulated Markets," Research in Accounting
Regulation, Vol.1, 1987, pp.7-34.
Watts, R. L. and J. L. Zimmerman, "Agency Problems, Auditing, and the Theory of the firm : Some
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井上忠勝『アメリカ企業経営史研究』
,神戸大学経済経営研究所,1987 年。
黒川 博『U.S.スティール経営史』
,ミネルヴァ書房,1993 年。
千代田邦夫『アメリカ監査制度発達史』
,中央経済社,1984 年。
千代田邦夫『アメリカ監査論[第2版]』,中央経済社,1998 年。
山地秀俊『情報公開制度としての現代会計』
,同文舘,1994 年。
6)
その他の参考文献については当日配布の資料に示す。
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