5. 回折と分光そしてイメージング 5.1. 序

5. 回折と分光そしてイメージング
5.1. 序
物質と光とは図1に示したようなさまざまに相互作用しあう。この相互作用を調べるこ
とで、物質の様々な性質を調べることが可能である。その代表的な例として回折法と分光
法がある。光は2面性すなわち、波としての性質と粒子としての性質を持つ。光の波とし
ての性質を強調したものが回折であり、粒子としての性質を強調したのが分光と考えるこ
とができる。また、光を考えたときに重要な要素として、結像というのがある。これは、
波の性質(波動光学)と粒子(幾何光学)としての性質の両方のアプローチで理解できる。
図 5.1-1 光と物質の相互作用
X 線を考えた場合、X 線の波長が原子間隔と同一であるため、結晶が回折格子と同じ効果を
もつ。一方、エネルギーをもつ粒子として光を捉えたとき、X 線は内殻電子を励起して光電
子にするのに丁度よいエネルギーをもつ。したがって、X 線は、原子や分子の構造や電子状
態を調べる最適な手法といえる。放射光は、X 線まで含む強力な白色光源であるから、原子
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や分子の構造や電子状態を調べるのに最適な光源と考えられる。
5.2. 回折
回折現象について、復習する。間隔 d で並んだ格子があるときに、波が入ってくると
(ブラッグ条件)
n  2d sin  を満たす方向に強い回折線を与える。
さて、大きさ k 1 
2

、方向を波の進行方向に取った波数ベクトルを定義すると、回折条
件は、以下の式で書き換えることができる。
d  (k 1  k 2 )  2n
( 5.2-1)
ここで d は格子ベクトルである。
問 5.2-1 上の式を証明せよ。
k1

k2

d
dsind・k1
n= 2dsin
図 5.2-1
ブラッグ条件
さて、以上2つ以外に回折条件を表す方法がある。それは、逆格子ベクトルを用いること
である。
実格子に対応して、逆格子というのを考える。実格子を定義するのは、3つの基本ベクト
ル a1 , a 2 , a 3 である。そこで、次の様な性質を持つベクトルを逆格子の基本ベクトルと定義
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する。
a i  b j  2ij
こうした性質を持つベクトル b1 , b 2 , b 3 を逆格子という。逆格子ベクトルの大きさと向きは
以下の通りである。
bi 
2
, 向きは、i 以外の実格子の基本ベクトルと直交する
ai
bi
ak
aj
図 5.2-2
逆格子ベクトルの向き
これを用いると、回折条件は、
(k 1  k 2 )   ni b i
( 5.2-2)
となる。
すなわち、入射してきた X 線の波数ベクトルと散乱された X 線の波数ベクトルの差が逆格
子点上にあるときに強い回折を起こすと言う重要な定理を導くことができる。
簡単に説明するには、( 5.2-1)に( 5.2-2)を代入すればよい。
この定理を一度認めると、エバルト作図法を理解できる。
ここで復習しよう。


38


エバルトの作図法
逆格子をえがく
逆格子の原点に向かって 入射波の波数ベクトルを書く
その始点を中心に波数を半径とする円を書くとその交点で回折が起きる。
回折の方向は AH の方向である。
図 5.2-3 エバルトの作図法
( 5.2-2)が伝える重要なメッセージを繰り返し想起することが大切である。
回折現象を使って、我々が見るイメージは、その物質の逆格子像である。
もう一つ重要なメッセージは、エバルト球と逆格子点が重なることなど偶然の産物である
から、回折現象はたまにしか起きない。したがって、ほとんどの場合に回折は起こらない。
ワイセンベルクカメラで、結晶を回転させて測定するのは、逆格子点をつなげることで、
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エバルト球と重なる確率を増やすことが目的である。一方、結晶を粉砕し、多結晶にする
と、原点 O を中心に逆格子点までの距離を半径とする球がかけるので、エバルト球と必ず
重なり、円ができる。これがデバイシェラー環である。さらに、結晶の固体表面を見たと
きには、2次元空間の逆格子になり、残りの1次元は逆格子ロッドとして固体表面に垂直
に立つので、これもまた、常にエバルト球とぶつかることになる。
このように、( 5.2-2)を回折の基本式とすることで、いろいろなことがわかってくるので、
この式は非常に重要である。
問 5.2-2
デバイシェラー環ができることを図で示してみよう。
5.2.1. 回折線の強度とフーリエ変換
ここで、回折現象をもう1歩踏み込んでみてみよう。回折線の基本は、波が特定の方向に
散乱されたときに干渉により強め合うことによって生じるということである。それでは、
波はどのように散乱されるのだろうか? X 線は電磁波であり、物質と相互作用すると、電
子をその周波数で揺さぶる。揺さぶられた電子は、加速度運動をすることになるので、8
の字上に同じ周波数の X 線を放出する。これは、電子による X 線の散乱である。重要なこ
とは、同じ周波数の X 線を放出する点である。周波数が同じであると言うことはエネルギ
ーが同じであるということであり、弾性散乱と呼ぶ。
問 5.2-3
それでは入射 X 線と散乱 X 線とで何が異なるのだろうか
エネルギーを失う場合には、非弾性散乱とよぶ。ラマン散乱やコンプトン散乱、散漫散乱
が特にピークを与えて、重要である。
問 5.2-4
ラマン散乱、コンプトン散乱、散漫散乱とはなにか?
“散乱の原因になるのが電子である。”という事実を元にして回折現象を考えてみる。散乱
線の強度は、電子の密度に比例することになる。また、いろいろなところから出てきた電
子が干渉し合うから行路差分の位相をずらして足し合わせることで、回折線の強度 A 表す
ことができる。ただし、 k  k 1  k 2 とした。
問 5.2-5X 線では電子が散乱のもとになる。電子回折や中性子回折ではなにが散乱の元になるか
調べてみよう。
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A(k )   (r )e ik r dr
V
r  r ' pa1  qa 2  ra 3
A(k )   (r )e ik (r ' pa1  qa 2  ra3 ) dr

結晶格子
(r ' )e ik r ' dr '  exp( ik ( pa1  qa 2  ra 3 ))
 F (k )  G (k )
F (k )  
 (r ' )e  ik r 'dr '
結晶格子
Ge (k )   exp( ik ( pa1  qa 2  ra3 ))
図 5.2-4
物体の原点(O)と任意の点(P)
で、k 方向に散乱されたとき、その両者の光
路差は r・k となる。
後半では、結晶であることを仮定して、結晶格子内の変化と格子間の干渉に分けた。
まず Ge(k)を調べると、
Ge (k )   exp( ik ( pa1  qa 2  ra3 ))
  exp( ipk  a1 ) exp( iqk  a 2 ) exp( irk  a3 )
とかけて、和を計算すると
Na
N
N
k  a1 ) sin 2 ( b k  a 2 ) sin 2 ( a k  a3 )
2
2
2
Ge (k ) 
2 1
2 1
2 1
sin ( k  a1 ) sin ( k  a 2 ) sin ( k  a3 )
2
2
2
2
sin 2 (
の形になる。この関数をラウエ関数という。
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図 5.2-5
ラウエ関数
すなわち、 k  a i  2n になるところでピークを与え、 k   mi b i を満足することになる。
Ge(k)を計算することは、ラウエ関数を使って、回折条件を求めたことになる。一方、
F(k)は結晶単位格子内の電子密度に由来するものである。
F (k )  
 (r ' )e ik r ' dr '
結晶格子
ここで、上の条件から、 k   mi b i  G とおくと、
F (G)    (r' )eiGr 'dr'
F k  を散乱強度と呼ぶ。
よくみると、 F k  と r ' はフーリエ変換の関係にあることがわかる。
したがって、電子密度  r  は、 F G  を逆フーリエ変換すればよい。
c (r) 
1
 F (G) exp(iG  r)
v0 G
( 5.2-3)
したがって、回折強度をフーリエ変換が電子密度になる。
さて、 F G  をみると、一般に複素数である。一方実測される強度は、実数であり、 F G 
2
であるので、位相部分が消えている。この位相部分を再現しなければ、電子密度を再現す
ることができない。そこで、位相を求める方法として、重原子置換法、異常分散法がある。
重原子置換法は、対象とする物質に含まれる元素よりも遙かに重い元素を、結晶構造を壊
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さずに導入し、その重原子の位置を元に位相を求める方法である。異常分散法は吸収端付
近でその原子に由来する散乱強度が急激に変わることを利用して、この原子の散乱因子の
位相を決定する.
後者の手法は X 線のエネルギーが可変でないと使うことができないため,
放射光の利用が必須である.現在タンパク質の構造解析が異常な勢いで可能になっている
が,強度が強くなった以外に,異常分散法を併用することができる点が原因となっている.
図 5.2-6
Se K 吸収端の異常分散
原子散乱強度は
f  f 0  f ' A if " A
( 5.2-4)
ここで、 f 0 は、波長に依存しない項、 f ' A , f " A は、波長に依存した項の実部と虚部であ
る。と書けるとする。原子散乱因子とは、散乱強度を各原子に割り振ったものである。
F (k )  
 (r ' )e ikr ' dr'   f i e ikr
i
結晶格子
fi  
原 子i
 (r ' )e ik r ' dr'
ここで、F(k)を計算すると、異常分散がないと k と-k とが同じ絶対値あるいは信号強度を
与える(フリーデルの定理)が、異常分散項があると、虚部は実部に対して、90°ことなるの
で、絶対値をとると、符号が異なる。これを利用すると鏡像関係も求めることができ、絶
対構造決定も可能になっている。
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5.3. 分光法
今度は光を光子として考えてみよう.光子は特定のエネルギーを持った粒であるから,
このエネルギーの授受が起こる.光子の場合には,完全に光子が消えてしまい,新たな励
起子を作りうる点が,電子と異なる.X 線の場合,内殻電子を自由電子(光電子)としてた
たき上げることができるくらいのエネルギーを持っている.飛び出した光電子エネルギー
を分析すれば,光電子スペクトルを得ることができる.(図 5.3-1)また,飛び出した後に
残るホールを埋めるため,上の準位から落ちてきて,蛍光 X 線や Auger 電子を発生する.
これらを解析することでも物質の化学情報を得ることができる.さらに,こうした2次過
程が弾性散乱過程と強くカップルすることもある.
(共鳴非弾性散乱等)
Photoelectrons
Ekin
EF
X-ray
EB
E kin  hν  E B
図 5.3-1
光の吸収と光電子
5.3.1. 吸収法
X 線の吸収スペクトルを測定し、吸収係数を求める。内殻電子を励起して、光電子として
飛び出させると、急激に吸収係数が増大する。これを吸収端と呼ぶ。吸収端のエネルギー
は元素により異なるので、吸収端のエネルギーにより元素分析を行うことができる。吸収
端付近には、空電子軌道への遷移に基づくピークが現れ、対象の原子の電子状態を知るこ
とができる。吸収端より高エネルギー側には EXAFS(Extended X-ray absorption fine
structure)が現れ、吸収原子周辺の局所構造を知ることができる。(後述)
さて、原子分子の構造だけでなく、マクロなイメージングをとり、医学応用もなされて
いる。たとえば、人体に I,Ba などを血管中に投与して、吸収端前後の X 線をあて、その差
をとることで、毛細血管や癌を浮き出させる研究もなされている。イメージングについて
は、後で述べる。
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図 5.3-21ウサギの耳の腫瘍を Ba の吸収端の前後で撮影したもの
5.3.2. 蛍光法
電子が飛び出した後のホールに向かって、上の軌道から電子が落ちてくるときに、放出
される光を蛍光 X 線と呼ぶ。このエネルギーは物質によりほぼ決まっている。吸収端付近
で、蛍光 X 線を測定すると、内殻空軌道の寄与があったり、空軌道と連続準位の干渉があ
ったりして、特異な挙動を示すことがある。これを共鳴 X 線発光分光(RXES)とよぶ。X 線
吸収スペクトルで帰属不能なピークの帰属をするときに強力な武器になる。
蛍光 X 線
光電子
X線
図 5.3-3
蛍光 X 線の原理図
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図 5.3-4
異なるヒ素の産地に含まれる不純物分布、特に Sn, Sb,Bi は亜ヒ酸と固溶するので、
外的影響を受けないとされる。
図 5.3-4 に異なる産地のヒ素中に含まれる分布をしめした。産出地別により、標準的な亜
ヒ酸に含まれる微量の重元素の割合が異なる。これをもとに素材の産出地を特定すること
ができ、科学捜査や古代遺物の研究にも利用されています。1
5.3.3. 光電子分光法
内殻電子が光電子として励起されるが、この光電子のエネルギーを分析することで、内
殻準位の結合エネルギーを得ることができる。また、光電子は電子波として、広がってい
くが、この光電子波は周りの電子により散乱を受ける。この結果、電子波の回折が起こる。
これを光電子回折とよび、局所構造を決定することができる。また、飛び出す電子の波数
の連続性として、表面に対して、平行方向の波数は保たれる。これを利用すると、価電子
の波数分布を決めることができ、バンド構造を知ることができる。
SP8 の蛍光 X 線分析が利用されたことは有名である
が、最近鑑定に疑問が出され、学会で論議されている。 両者とも尊敬する化学者であり、
両者とも学術的には、正しい議論をされていると考えられるが、社会的な影響が大きいだ
けに、考えさせられる問題である。
1和歌山カレー中毒事件の科学鑑定に
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図 5.3-5 角度分解 XPS とバンド構造
問 5.3-1 光の持つ運動量はいくらであろうか?これを電子と比べるとどうなるか?
また光吸
収がおこるときにも電子の運動エネルギーと運動量が保存される。この二つを同時に満たすよ
うな光吸収はなぜ可能であるか?
5.3.4 蛍光,発光 X 線分光
サンプルから2次 X 線が励起される。これを解析すると電子状態を知ることができる。ま
た自然寿命が小さくした吸収スペクトルを測定できる。高エネルギー分解能で測定するに
は結晶分光を使う必要がある。平板結晶では,角度広がりを抑える必要がある。このため,
ソーラスリットがよく用いられる.一般に発光 X 線は発散 X 線であるので,これをソーラ
スリットで切ると多くの X 線をロスする。そこで,一般に集光光学系が用いられる。ここ
で,集光と分光を同時に行う方法と集光と分光を別々に行う方法がある。前者はヨハンあ
るいはヨハンソンタイプの分光器になる。ヨハンソンタイプは,結晶,光源,集光点を半
径 R のローランド円上に乗せる。このときに結晶を2R で曲げ,ローランド円上にのるよ
うに半径 R で掘る。一方,掘らずに近似的にローランド円上にのせるのがヨハンタイプで
ある。ヨハンタイプを何枚も用意して,ローランド円上にのせ,高感度,高分解能が実現
している。一方,同じログスパイラル上に曲げると1点から出た X 線は常に法線に対して
一定の角度を持つことを利用して,分光を行うログスパイラル分光器もある。
また,結晶格子をつかわず,回折格子を不等間隔に並べる Zone plate も分光集光を両立さ
せる。一方,集光を行うために,全反射を利用したものがある。代表的なのはポリキャピ
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ラリータイプのものである。これを使うと,光を集光し平行とすることができるので平板
結晶と組み合わせて,分光を行うことができる。
図 5.3-6
principle of polycapillary
図 5.3-7
ソーラスリットと平板結晶の組み合わせ
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図 5.3-8
ポリキャピラリーと平板結晶の組み合わせ
図 5.3-9
ヨハンとヨハンソンタイプ
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図 5.3-10
ヨハンタイプをローランド円上に並べる。
図 5.3-11
Van Hamos エネルギー分散をつくる。
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図 5.3-12
Log spiral 分光器
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