視覚短期記憶の獲得・忘却モデル

日本心理学会第 64 回大会発表論文集 2000 p.737
視覚短期記憶の獲得・忘却モデル
○酒井 浩二 1
乾 敏郎 2
1(光華女子大学 文学部) 2(京都大学大学院 情報学研究科)
key words:信号検出理論,獲得レベル,忘却率
1 + σm
2
(1)
′
d 0 は保持時間が 0sec での 2 刺激間の弁別力, σ m は保持過
2
程で生じる第 1 刺激の記憶表現の分散
(記憶ノイズ)を示す.
3.2 記憶ノイズによる忘却 凹部分節の 原理(Hoffman &
Richards,1984)より,各凸部のコードにより図形は表現される
とみなす.記憶保持過程で,各凸部に生じる記憶ノイズ{ φi
(i=1,2,…f)(f:凹凸数)
}が増大するため忘却が生じ,記憶
ノイズは保持時間の線形関数として増大すると仮定する.各
凸部の顕著性に大きな差がない場合, φi = ε ( ε :定数)と
仮定されうるが, σ m は φi の総和で表されるとみなすと,
2
σm = φ ⋅ t
2
(2)
となる.ただし,t は保持時間, φ = f ⋅ε である.
3.3 ノイズ増加率と提示時間 提示刺激が中心窩の場合,視
覚情報は内的走査により獲得される(Inui et al.,1978).図形の
全凸部が走査されるのに要する時間を s1 (sec)とすると,第 1
刺激の提示時間 s (sec)により各凸部が走査される回数 N は
N = s s1
(3)
σm = ( d 0′ / d ′ ) − 1
2
σm = ( φ N ) ⋅ t
2
ある.パラメータ Θ の値は図 1,2 と同様,凹凸数 7,9 のと
き,それぞれ 0.09,0.15 である. Θ s による説明率は,凹凸
数 7,9 のとき,それぞれ.582,.856 とそれほど高くなかった
が,提示時間とノイズ増加率の反比例関係が明瞭に示された.
5. 考察
データと本モデルの適合性は比較的高く,ノイズ仮説の十
分性が示された.また,記憶ノイズは保持時間の線形関数と
して増大し,記憶ノイズの増加率は提示時間の反比例関数と
して低下することが示された.
これより次の 2 つが導かれる.
(1) 提示時間 s の増大を走査回数 N の増大とみなすと,信号
検出理論による n -prediction の枠組みにより,提示時間の
効果が s 倍で説明されうる.
(2) 従来,反復提示は記憶表現の分散の低下に作用したが,
本モデルでは提示時間は分散増加率の低下に作用する.
反復提示で各提示が互いに依存する場合,実測値は n 倍
の予測値より低くなる(Ulehla et al.,1968).提示時間が 1200ms
のとき,実測値は予測値をやや下回る傾向となり,提示時間
の効果が s 倍より低かった.記憶ノイズの低下に及ぼす提
示時間の効果が飽和したと解釈され, s 倍で予測される s
の範囲は 1200ms 前後が上限であると推察される.
(SAKAI Koji, INUI Toshio)
凹凸数 7 (Exp1)
凹凸数 9 (Exp2)
σm = ( Θ s ) ⋅ t
120ms
288ms
1200ms
2
1.6
d´
1.2
0.8
0.8
0.4
0.4
0
(5)
0
2
4
6
8
RETENTION INTERVAL(s)
2
4
6
8
RETENTION INTERVAL(s)
図 1:パラメータは提示時間 s.
最後に,式(1)に式(5)を代入すると次式が得られる.
7
7
9
9
2
(6)
4. モデルの評価
4.1 データフィッティング 式(6)のパラメータ値 Θ を探索
した結果,凹凸数 7,9 でそれぞれ 0.09,0.15 となった.デ
ータフィッティングの結果が図 1 で,式(6)による説明率は,
提示時間が 120, 288, 1200ms において,凹凸数 7 でそれぞ
れ.916.,871.,512,凹凸数 9 でそれぞれ.984,.937,.905 で
あった.また図 2 より,保持時間が 16sec まで増大しても式
d´
1 + (Θ s) ⋅ t
1.2
(4)
となる.ただし, Θ = φ ⋅ s1 である.
d ′ = d 0′
120ms
288ms
1200ms
2
1.6
と書きかえられる.式(3)を式(4)に代入すると,
2
(7)
となる.図 1 の各データにおいて,式(7)により記憶ノイズの
推定値を求め,最小二乗法により線形回帰した.説明率は,
提示時間が 120, 288, 1200ms のとき,凹凸数 7 でそれぞ
れ.879,.918,.741,凹凸数 9 でそれぞれ.985,.949,.973 と
高い値を示した.そして,線形回帰式の傾きをプロットし,
式(6)の t の係数 Θ s によりフィッティングしたものが図 3 で
で表される.統計理論において,各提示が互いに独立な場合,
同一刺激が n 回提示されたときの分散は単一提示されたとき
の分散の 1/n となる.そのため,n 回提示の検出力は単一提
示の検出力の n 倍となる(Swets et al.,1959).ここで,式(3)
の N における各走査は互いに独立で,記憶ノイズの増加率は
N の反比例関数として低下すると仮定すると,式(2)は
2
(Exp1)
(Exp3)
(Exp2)
(Exp3)
1.6
2
MEMORY NOISE RATE
d ′ = d 0′
(6)の予測式により実測値は比較的正確に予測された.
4.2 提示時間と記憶ノイズの増加率 式(1)を変形すると,
d´
1. はじめに
第 63 回大会では,視覚短期記憶の忘却率は刺激提示時間
の増大により低下することを心理実験により検証した.本報
告では,信号検出理論に基づく視覚短期記憶の獲得・忘却モ
デルを構築し,実験データと本モデルの適合性を検討する.
2. 心理実験の一般方法
刺激は複数の凹凸部をもつ輪郭図形で,凹凸数 7 と 9 の図
形.実験手続きは,単一刺激が瞬間提示され,数秒の保持時
間後に同一あるいは類似刺激が提示された.被験者の課題は,
第 1・第 2 刺激の同異判断であった.
3. モデル
3.1 構成 信号検出理論は第 1・第 2 刺激の再認記憶課題に
適用され,記憶感度 d ′ は次式で表される.
7
9
1.5
1
0.5
1.2
0
0
4
8
12
16
RETENTION INTERVAL(s)
図 2:パラメータは凹凸数 f.
0
0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2
EXPOSURE DURATION(s)
図 3:パラメータは凹凸数 f.