すべての児童生徒を念頭においた教育のユニバーサルデザイン

2015 年 2 月 28 日発行通巻第 49 号
特別支援教育特集
臨時増刊号
すべての児童生徒を念頭においた教育のユニバーサルデザイン
障害はその状態もニーズも多様です
障害の多様性に対応しうる
質の高いインクルーシブ教育を確立することは
教育の大きな課題です
名越 斉子 埼玉大学准教授
インクルーシブ教育の実現に向けて
中ですが、単なる場の共有ではなく、障
般の教育制度」の捉え方はまだ議論の途
度の中で学ぶシステムです。「平等」や「一
が、障害のない人と平等に一般の教育制
インクルーシブ教育とは、障害のある人
システム」などの理念を提唱しています。
「 合 理 的 配 慮 」 や「 イ ン ク ル ー シ ブ 教 育
尊 厳 の 尊 重 を 促 進 す る こ と を 目 的 と し、
よび確保すること並びに障害者の固有の
全かつ平等な享有を促進し、保護し、お
によるあらゆる人権及び基本的自由の完
た。障害者権利条約は、すべての障害者
者の権利に関する条約」が採択されまし
平成十八年、国連総会において「障害
共団体は、障害のある者が、その障害の
基 本 法 改 正 に お い て は、「 国 及 び 地 方 公
がなされてきました。平成十八年の教育
童生徒の教育に関しても様々な取り組み
しました。批准に向けて、障害のある児
二十六年一月、ついに日本の批准が実現
本条約発効から五年余り経った平成
も、教室を一階にすることはできます。
ベーターを設置することは無理だとして
とえば、車いすを使う生徒のためにエレ
又は過度の負担を課さないものです。た
特定の場合に必要とされ、均衡を失した
す る 上 で 必 要 か つ 適 当 な 変 更・ 調 整 で、
障害のある人の人権や基本的自由を保障
てはなりません。なお、合理的配慮とは、
の特性を踏まえた十分な教育が受けられ
者がその年齢及び能力に応じ、かつ、そ
い て も、「 国 及 び 地 方 公 共 団 体 は、 障 害
平成二十三年の障害者基本法改正にお
う「特別支援教育」へ転換されました。
に応じた適切な指導及び必要な支援を行
行う「特殊教育」から一人一人のニーズ
的な考え方について、特別な場で教育を
障害のある児童生徒の教育に関する基本
成 十 九 年 の 学 校 教 育 法 改 正 に お い て は、
らない。」(第四条第二項)と規定し、平
う、教育上必要な支援を講じなければな
害のある人の発達を最大限に保障し、必
名越 斉子(なごし なおこ)
埼玉大学准教授 教育学部 特別支援教育講座担当
教育出版発行小・中学校教科書 特別支援教育監修者
状態に応じ、十分な教育を受けられるよ
PROFILE
要な合理的配慮が提供されるものでなく
1
特別支援 教 育 特 集
多 様 な 在 り 方 を 認 め 合 え る よ う な、 全
員参加型の共生社会の基礎を作るで
児童生徒達も多くの恩恵を受けると思わ
れます。そして、障害の有無にかかわら
しょう。
るようにするため、可能な限り障害者で
ある児童及び生徒が障害者でない児童及
ず、誰もが人格と個性を尊重し支え合い、
通常の学級に在籍する特別な教育的ニーズのある児童生徒
び生徒と共に教育を受けられるよう配慮
しつつ、教育の内容及び方法の改善及び
充実を図る等必要な施策を講じなければ
ならない。
」
(第十六条第一項)
、
「国及び
の大きな課題です。特別支援教育は、障
クルーシブ教育を確立することは、教育
障害の多様性に対応しうる質の高いイン
障 害 は そ の 状 態 も ニ ー ズ も 多 様 で す。
に義務化されました。
から要請された合理的配慮の実施が法的
設など)に対し、障害のある本人や家族
政機関(国と自治体や公立学校、福祉施
成二十八年四月一日施行予定)では、行
する差別の解消の推進に関する法律」(平
進 」 が ま と め ら ま し た。
「障害を理由と
システム構築のための特別支援教育の推
社会の形成に向けたインクルーシブ教育
が進められ、平成二十四年七月に「共生
特別支援教育の在り方等についての議論
して、中央教育審議会において、今後の
等の規定が整備されました。これと並行
しなければならない。
」(第十六条第二項)
うとともに、可能な限りその意向を尊重
その保護者に対し十分な情報の提供を行
合を示すものではありません。調査上の
な教育的支援を必要とする児童生徒の割
しかも、この数値は、通常の学級で特別
ます(小学校七・七%、中学校四・〇%)。
が、 六・五 %( 十 五 ~ 十 六 人 に 一 人 ) い
特別な教育的支援を必要とする児童生徒
学級には、発達障害のある可能性のある
年の文部科学省の報告によれば、通常の
が多いと言えます。しかし、平成二十四
渡って多くの支援を必要とする児童生徒
より専門性の高い教育環境で、広範囲に
り、特別支援学級や特別支援学校などの
級 に よ る 指 導 を 受 け て い る 〇・七 % で あ
級 在 籍 一・六 %、 通 常 学 級 に 在 籍 し、 通
特 別 支 援 学 校 在 籍 〇・六 %、 特 別 支 援 学
の全児童生徒の三%弱です。その内訳は、
援教育を受けているのは、義務教育段階
合が半数を占めています。日本で特別支
であり、後述するLD(学習障害)の割
一〇%の児童生徒が特別支援教育の対象
比 較 で き ま せ ん が、 ア メ リ カ で は 約
仕組みや基準が異なりますので単純に
注意力に問題があり、衝動的で落ち着き
ADHD
(注意欠陥/多動性障害)
とは、
補助ないし代替手段も活用したりします。
メラでの板書撮影、計算機などの様々な
たり、読みあげソフトやPC、デジタルカ
連携し、認知特性に合わせた指導を行っ
応に加え、専門知識のある教員や機関と
ステップで積み上げるという一般的な対
態を把握し、できるところからスモール
ています。支援としては、つまずきの状
系の機能不全によって起きると考えられ
な困難に直面している状態で、中枢神経
することが難しいために、学習上、様々
し複数の能力を習得したり、発揮したり
に必要な基礎的な能力のうち、一つない
能力に遅れはないにもかかわらず、学習
LD(学習障害)とは、全般的な知的
⑴ 発達障害
的ニーズのある児童生徒を紹介します。
以下に、通常の学級で出会う特別な教育
査 対 象 か ら 外 さ れ た 児 童 生 徒 も い ま す。
徒や、知的障害や不登校などを理由に調
しないものの、大きな困難を示す児童生
地方公共団体は,前項の目的を達成する
害のある児童生徒にとってなくてはなら
「著しい困難を示す」という基準には達
ため、障害者である児童及び生徒並びに
ないものですが、連続線上の特性を示す
2
Educo 2
特 定 の も の に こ だ わ る こ と を 特 徴 と し、
ションに困難を示し、興味や関心が狭く
自 閉 症 と は、 社 会 性 や コ ミ ュ ニ ケ ー
進歩を見逃さずに誉めるようにします。
める上で有効です。また、努力や小さな
実演など)は注意を向けさせ、集中を高
を整えます。視覚的な援助(文字、実物、
短めの指示など、集中が続きやすい環境
ては、掲示物の整理、気が散りにくい座席、
全によるものだとされます。対応に際し
前から特徴が現れ、中枢神経系の機能不
いて、様々な困難を示す状態です。就学
のない行動により、学校や家庭などにお
ることです。なお、知的な能力の発達の
具体的で簡潔な指示を出したりして教え
せ、具体的な体験や事柄と関連付けたり、
の基本は、本人の理解力やペースに合わ
り、自信や意欲も下がりがちです。対応
や仲間関係に適応することが難しくな
が多いのですが、徐々に学年相応の学習
生徒たちは、通常の学級に在籍すること
は様々です。比較的軽い知的障害の児童
回りのことに支障はない状態まで、程度
や学習の理解は比較的スムーズで、身の
助が必要な状態から、生活に即した指示
比べて、明らかに低い状態です。常に介
済的な理由によるものを除いた者を不登
三十日以上欠席した者のうち、病気や経
たくともできない状況にあるために年間
一般的には、登校しない、あるいはし
⑷ 不登校や日本語指導が必要な児童生徒
とが大事です。
深く評価し、必要な対応を確実に行うこ
りの方略で補っていたりするため、注意
と比べて平均的であったり、その児童な
の中では明らかな弱さだとしても、周り
つことも珍しくありませんが、その児童
フテッドの児童生徒は発達障害を併せ持
いや活躍の場を設けるようにします。ギ
明させるなど、他の児童生徒との学び合
なると適応的に行動でき、登校できる児
レベルがやや低いものの、はっきりとし
童生徒もいます。親子関係や家庭の事情、
学校や家庭などへの適応に困難がある状
知的な能力やそれ以外のある能力が極
虐待との関連が疑われるならば、スクー
校と定義します。背景は多様ですが、何
めて優れているギフテッドの児童生徒
ルカウンセラーやスクールソーシャル
た遅れはなく、LDのような認知の偏り
も、アメリカや韓国では特別支援教育の
ワーカー、福祉などの関連機関との連携
態です。三歳頃までに特徴が現れること
しを与えて、安心な学校生活を保障しま
対象とされています。ギフテッドの児童
を心がけます。
らかの障害が不登校状態に関わっている
す。そして、具体的に適切な行動を繰り
生徒は学習進度が早く、授業の中で知的
国際化の進展等による海外帰国者や日
も見られず、ゆっくりと学ぶスローラー
返し教え、近い行動をとることができれ
好奇心を満たされる経験が少なく、意欲
系人等の増加に伴い、外国人集住都市の
が多く、中枢神経系に機能不全があると
ば褒めます。騒がしい場面や特定の音を
が低下しがちです。教員は扱いにくさを
みならず、全国の公立小中学校等におい
と疑われる場合には、それぞれの障害へ
極端に嫌がる場合に耳栓の使用を認める
感じ、児童生徒も心理的な不適応状態に
て、日本語指導が必要な児童生徒が増え
ナーの児童生徒もいます。
など、併せ持ちやすい感覚の過敏性への
陥 り や す く な り ま す。 対 応 に 際 し て は、
ています。日本語が困難な場合には、具
考えられます。知的発達の遅れを伴わな
配慮を行います。
習熟度別グループ編成を行ったり、進度
の対応を参考にします。枠組みが明確に
⑵ 全体的な知的発達が緩やかな児童生徒
別の課題を与えたりして高い力に対応す
⑶ ギフテッドの児童生徒
知的障害とは、知的な能力と社会適応
体的なことばを使って指示する、視覚的
い自閉症を高機能自閉症と呼びます。対
の力(学力、コミュニケーション、身辺、
るとともに、基礎的な課題は考え方を説
応に際しては、分かりやすい指示や見通
余暇利用など)が、同年齢の児童生徒と
Educo 3
特別支援 教 育 特 集
な 援 助 を 活 用 す る、 手 本 と な る 児 童 が
見 え る 座 席 に す る 等、 発 達 障 害 や 知 的
障害のある児童生徒への対応が応用で
習課題や展開や時間、ルールなどが分か
りやすくします。構造化された授業であ
的ニーズを持つ児童生徒たちの特性と基
ここまで通常の学級にいる様々な教育
人にも分かりやすいように、文字の代わ
字を読むことが難しい幼児やLDのある
日本語が読めない海外からの旅行者や文
外的な構造を整え、分かりやすさを高め
ると頑張ろうとします。構造化は授業の
DHDの児童生徒も、終わりが見えてい
組めます。集中し続けることが苦手なA
きます。
れば、曖昧なことの理解が苦手で、見通
しを持ちにくい高機能自閉症の児童生徒
や、日本語の指示についていくことので
本 的 な 対 応 に つ い て 述 べ て き ま し た が、
りに絵文字を使って表示されています。
るだけでなく、児童生徒たちの安心や意
教育のユニバーサルデザイン
異なる個性を持つ児童生徒達の集まりで
障害者の権利に関する条約の第二条
きない外国籍の児童生徒も安心して取り
ある通常の学級で、一人一人に対応する
確かな学力と豊かな人格形成を保障する
① 視覚化
欲といった学習への取り組みを支える内
バリアフリーとは、障害のある人や高
教育が求められている今日、障害のある
電子黒板などの機器が整備され、視覚
は、ユニバーサルデザインを製品、環境、
齢の人が生活する上での障壁を取り除こ
児童生徒を含む、すべての児童生徒たち
情報が多く活用されるようになっていま
ことは容易ではありません。すべての児
うとする考え方で、車いすで乗り越えに
を念頭においた、ユニバーサルデザイン
す。自閉症の人は、ことばよりも視覚的
面的な構造にもプラスに作用するのです。
くく、高齢の人がつまずきやすい階段に
は、「 特 別 」 に 引 っ 掛 か り を 感 じ る 通 常
な情報が入りやすい傾向があり、自閉症
計画及びサービスの基本設計として位置
ス ロ ー プ を 設 け る こ と が そ の 一 例 で す。
の教育に携わる先生にも受け入れられや
で は な い 人 も ま た、 情 報 の 八 割 を 視 覚
づけており、教育も例外ではありません。
これに対し、障害のある人や高齢の人に
すいことでしょう。ここでは、児童生徒
ルートで取り入れますので、情報の視覚
童生徒の学びを保障するにはどうすれば
限定せず、すべての人を想定し、年齢や
た ち の 理 解 に 働 き か け る 工 夫 に 絞 っ て、
化は有用です。しかし、単に視覚化すれ
よいのでしょうか。
性別、身体状況、国籍、言語、知識、経
ユニバーサルデザインを取り入れた教育
カード化する、きれいな黒板に目立つ色
験などの違いにかかわらず、誰でも使う
これは児童生徒たちが見通しを持つた
のチョークで濃く書く、文字の書体や太
ばよいのではなく、ポイントを目立たせ
えば、シャンプーとリンスは、ボトルの
めの工夫です。たとえば、学習のめあて
さや色は見やすくし、一定のルールで使
の例を紹介します。
側面とポンプの頭部にギザギザがついて
を明確に示す、何をどのような順序と方
うなど、注目してほしいポイントと注目
ことのできるデザインを目指すのが、ユ
いて、視力が弱くても、泡だらけで目を
法で行い、どのように終わるのかを示す、
しなくてもよいことを区別します。色の
る工夫が必要です。たとえば、ことばを
開けられなくても、触るだけで区別がつ
板書のスタイルが決まっているなど、学
⑴ 授業を構造化する
くように作られています。
公共施設には、
ニバーサルデザインの考え方です。たと
⑵ 理解や思考を促す情報を分かりやすく
提示する
3
Educo 4
との多いADHDの生徒ですが、長く集
長く座っていられるようになっているこ
ちに効果的です。中学校に上がるころに
ことばで考えることの苦手な児童生徒た
知的障害、
自閉症、
あるタイプのLDなど、
ら 多 く 実 践 さ れ て き ま し た が、 外 国 籍、
音語を動作化したりする方法は、従来か
国語で場面を劇化したり、擬態語や擬
② 動作化
う報告があります。
覚処理が苦手なLDの人にも好評だとい
能自閉症や気が散りやすいADHD、視
工夫されており、視覚刺激に過敏な高機
字の大きさや書体、図表の色や線などが
ンの児童生徒のための拡大教科書は、文
かりやすくなります。なお、ロービジョ
はもちろんのこと、多くの児童生徒に分
識別が難しいロービジョンの児童生徒に
る指導技術を磨くことが大切でしょう。
トを通じて、児童生徒たちに情報を伝え
ることも忘れてはなりません。多様なルー
生徒がおり、その子たちの学習を保障す
情報(話しことば)の方が入りやすい児童
性を述べましたが、視覚情報よりも聴覚
どがポイントです。また、視覚化の重要
す、○勉強すれば成績が上がります)な
ない(×勉強しなければ成績が下がりま
いる、不安を高めるような否定表現をし
す。一文一指示、短く、明確な表現を用
インを取り入れた授業においても重要で
明を提示できるかは、ユニバーサルデザ
関心を惹きつけ、理解しやすい指示や説
なります。いかに児童生徒たちの注意と
が、生徒にはより一層求められるように
に考え、自分なりの言葉で表現すること
的な内容になりますし、言語的・論理的
せん。中学校の学びは小学校よりも抽象
情報をどのような特性の児童生徒に対し
異なるモダリティ(視覚と聴覚など)の
す。また、教育心理学や発達心理学では、
発想に基づく実践が数多くなされていま
持っていることを前提に計画するという
児童生徒たちがそれぞれに違うニーズを
を高めるものとして、欧米でも注目され、
サルデザインはすべての児童生徒の学び
でもこの視点は欠かせません。ユニバー
レベーターが適しているでしょう。教育
人には階段、大きな荷物がある人にはエ
スカレーターは便利ですが、急いでいる
存させることがあります。たとえば、エ
インは難しく、いくつかのデザインを併
物によっては完全なユニバーサルデザ
はありません。
す。それが易しいだけの授業であるはず
徒を念頭において考え抜く必要がありま
のかについて、教師は、すべての児童生
落ち着くので、動作化をうまく取り入れ
組みを良くします。結果的に学級全体が
また、集中が苦手な児童生徒たちの取り
をするなど、何らかの動きを伴う活動も
回す、引き出しから色鉛筆を出す、丸付け
る、隣の生徒と話す、プリントを後ろに
な動作化とは少し異なりますが、音読す
ら い が 何 で、 授 業 の 山 場 を ど こ に 起 き、
るように構造化を高めるには、授業のね
が、たとえば、児童生徒が見通しをもて
解せずに使えばそうなるかもしれません
ことがあります。各手法の意図をよく理
及ぼすのではないかという声を耳にする
高い児童生徒の意欲にマイナスの影響を
の難易度を下げ、考える力の伸びや力の
ユニバーサルデザインの手法は、授業
教育が実現されていくことが期待され
授 業 へ と 変 わ る 中 で、 イ ン ク ル ー シ ブ
業から、理解できる授業、主体的に学ぶ
育が広がり、児童生徒が参加しやすい授
バーサルデザインの真の理念に基づく教
上 げ て い く こ と に な る で し ょ う。 ユ ニ
を携え、科学的根拠に基づく教育を作り
われています。今後は、実践と研究が手
理解が促進されるのかといった研究も行
て、どのように組み合わせて提示すると
中し続けることの苦手さは変わらずに
ると、学級全体の学習の質が高まります。
ます。
持っていることがよくあります。一般的
③ 提示ルートの多様化
そこに向けてどう授業を組み立てていく
ことばでの説明抜きに授業は成立しま
Educo 5