化学的手法を用いたすべり面判定事例 すべり面判定 水素イオン濃度 電気伝導度 (株)ナイバ 愛媛県 正会員 ○木村一成 正会員 水口公徳 1.はじめに 地すべりのすべり面判定では,孔内傾斜計やパイプ歪計などの観測によって変動箇所を確認する場合が多い。しかし, これらは観測期間中に地すべりが活動しないとすべり面の判定ができないという問題がある。最近,地すべり地におい て地盤のpH(水素イオン濃度)やCD(電気伝導度)を測定することですべり面を推定する手法が提案されている (水口,2002)。今回,切土のり面に発生した地すべりにおいて,pHおよびCDの測定結果からすべり面を推定した 事例について紹介する。 2.現場概要 本事例の現場は,四国中央部の中央構造線の約 200m南側に位置し,周辺の地質は三波川帯の黒色片岩および緑色片 岩が基盤岩として分布する。地すべりが発生した現場は,中央構造線破砕帯の露出する切土のり面である。当のり面は 道路改築工事に伴って切土された 6 段の切土のり面で,切土後に小すべりが発生したことから,のり面対策工が実施さ れた。この対策工施工中に,台風に伴う降雨で地すべりが発生したため応急対策(押え盛土工)を実施した。この地す べりのすべり面を確認するためにボーリング調査を行ったが,採取されたボーリングコアは全体が破砕されており,コ ア観察によるすべり面判定が困難であった。また,押え盛土工の施工で地すべりが安定化しており,孔内傾斜計観測か らすべり面を検出できる可能性は低かった。そこで,ボーリングコア試料の岩石粉末懸濁液を用いてpHおよびCDを 測定し,深度方向における値の変化によってすべり面を推定した。 至 松山自 : 高 松 動車道 三波川帯 至: 松山 現場位置 現場位置 藤田崇:「地すべりと地質学」(2002)より抜粋 図-1 四国の地質概要図 図-2 現場位置図 3.測定方法 〔pH測定方法〕 pHは溶液中の水素イオン濃度を示す指標であり,酸性,アルカリ性の尺度である。 pHは次式のように定義される。 pH=log(1/[H+])=−log[H+] 本稿で用いたpHは岩石粉末の懸濁液を測定したもので,その試験方法は,地盤工学会基準「土懸濁液のpH試験方 法」(JGS 0211-2000)に準じた。pH試験は蒸留水 100cc に粉末試料約 10gを加え,撹拌後 1 時間静置後に測定した。 測定に使用した機器は,東亜電波工業製pHMETER HM-20P である。 〔CD測定方法〕 CD(電気伝導度)は,電気の通しやすさの指標である。溶液中ではイオンが電気を運ぶ役割を担うので,イオン濃 度が高くなると電気伝導度も大きくなる。すなわち,水溶液中に含まれる電解質に概略濃度が電気伝導度によって求め られる理由は,イオン当量(C)と電気伝導度とが正比例の関係にあることによる。 この,比例係数は当量伝導度(λ)と呼ばれ,イオンの種類や濃度,溶液の粘度などに影響される。水溶液中に数種 類のイオンが存在する場合の電気伝導度χ(μS/cm)は,それぞれのλと C を乗じた値の和(ΣλC)で算出できる。イ オンによって当量伝導度が大きく異なるため,イオンの種類とその比率が一定でなければ,電気伝導度から正確な濃度 A case study on discrimination of slip surface by Kazunari Kimura(Naiba Co.,Ltd.) using chemical method Kiminori Minakuchi(Ehime Pref.) を求めることはできない((社)地盤工学会,2000)。 厳密には以上の問題があるが,本検討では,溶解イオンの総量の概略値を知ることを目的として実施した。使用した 機器は,ポータブルタイプの HORIBA 製 CONPACT CONDUCTIVITY METER B-173 である。 4.測定箇所 本現場では,H14-No.1 孔,H13-No.2 孔,H13-No.5 孔の 3 孔のボーリングコア試料から作成した岩石粉末懸濁液を用 いてpH,CDの測定を行った。なお,H13-No.2 孔では,地すべり発生時に孔内傾斜計に変位が生じたことから,この 変位深度との比較を行った。H14-No.1 孔は押え盛土後に実施したボーリングであり,すべり面の深度は明らかとなって いなかった。また,参考として切土のり面から試料を採取し,切土のり面における平面的なpH,CDの値を測定した。 5.測定結果 pH,CDの測定結果を以下に示す。測定の結果,ボーリングコア試料ではpH,CDともに同様の深度で高い値を 示す変化点が確認された。また,切土のり面の平面的な変化としては破砕帯との境界付近でpHが低く,CDが高いと いう結果が得られた。 6 7 8 9 10 0 50 100 150 pH ≧8 0 SL =1 1.0 SL =11 .0 9 12 .0 9 6.3 6.0 試料 採 取位 置 8 100 150 4 50 . 0 11 9 10 = 8 L 7 S 6 0 SL =11 .4 8 50 100 150 5 ≦pH <8 S L= 11. 48 0 pH <5 CD(μS) 2.5 9 10 0 H14-No.1 pH CD(μS) 4.5 8 pH 2.2 7 ボーリング ボーリングNo.14-1 ボーリングNo.5 1 0.1 6 ボーリング H13-No.5 CD(μS) pH 9. 8 ボーリング H13-No.2 ボーリングNo.2 10 m 0 N 3.9 2.2 3. 9 1 4. 9 14 .4 5 .8 6.0 S L= 4.4 8 S L= 11 .4 8 S L= 11 .4 8 6 .2 11. 5 S L= 7.7 8 .2 5 S L= 7. 2 L=1 2. 7 SL= 10 .8 3 SL =10 .8 3 8 SL =10 .8 3 1 30. 11 S L=1 0. 83 L= 8. 0 1 2.0 . 0 2.2 11. 8 6 .6 1 1. 1 3 .4 6.3 9.8 1 4.2 1. 0 NO.61 CD 20 NO.62 pH .5 NO.63 CD SL =1 1. 48 S L= 11. 48 SL =3 .7 SL =1 0.8 3 S L= 10. 83 S L= 10. 83 5.6 2. 2 .0 6 .7 1 1. 2 1 4.5 1 3. 5 深度(m) 7.3 9.7 5 .1 2.3 5 2 10 m 0 N CD pH 図-3 0 <CD <200 200 ≦CD <500 ボーリングコア試料におけるpH・CD測定結果 CD ≧500 1 0.1 25 5. 1 20 20 2 .8 H14-No.1孔 4. 9 13.4m 1 .5 深度(m) 14 SL =10 .8 3 . 3 5 .6 深度(m) SL =7 .0 SL= 10. 96 1 . 5 .4 7 .4 9 .8 15 S L= 10. 96 7.1 7.4 13 .9 pH 5 .3 6.5 8.5 7.4 3.6 9.2 9.5 7.9 9.4 9.0 3.9 6.9 9.4 9.4 3.0 3.4 1 .3 6.0 5. 8 8.2 4. 3 13.4m 15 16.3m 17.4m 4 .9 8.7 H13-No.5孔 13.6m 15 15 16.0m 観測による すべり面範囲 18.5m 4.6 3.0 2 .8 14.2m 9 8.7 8.5 8.0 . 10 5 10 6.5 2.8 7.8 9.0 8.1 H13-No.2孔 7.7m ? 10 5 .9 地すべり移動方向 8. 2 5 5 5 5.6 4.5 2.5 2.2 8 4 1 = SL 150 6.考察 2 .2 1 4. 9 3 .9 1 4.4 5 .8 S L=1 1. 48 SL =7. 0 12. 0 1 30.1 1 11. 8 6 .6 SL =7 .78 9.8 3.4 6.3 14.2 1.0 箇所に比べ特異な環境を形成していることを示唆している。 1 1. 1 NO.61 NO.63 図-4 NO.62 2. この結果は,すべり面付近はアルカリ性の環境かつ溶存成分が多いことを示し ている。これはすべり面が地下水などの流動経路となっており,すべり面以外の .0 2.2 5 SL =11 .4 8 S L= 11. 48 5 Dの変化点がすべり面である可能性が高いとしてすべり面を推定した。 SL= 7. 2 S L=3 .7 SL =10 .8 3 SL =1 0. 83 L =8. 0 6.2 1 1.5 6 .7 SL =10 .8 3 50 L= 12. 7 S L= 10. 83 SL =10 .8 3 5.6 2.0 3 S L= 10. 83 7.3 4.5 1 1. 2 . 2 S L= 10. 96 5 .6 4 5. 1 1 5 .4 1 SL =10 .8 3 13 .5 2.3 7.1 7.4 7 .4 57 94 640 380 4.9 5. S L= 10. 96 9.7 5 .1 2. 8 5 .1 6.0 8 23 1. 5 71 1.3 9 .8 5 .3 12 . 5 .8 13 .9 4.3 S L= 10. 83 8.2 4.9 59 51 127 66 H14-No.1孔 25 320 116 2 .8 270 S L=1 1. 48 .9 ことから,孔内傾斜計観測結果が明らかでない H14-No.1 孔においてもpH,C 94 62 210 820 35 46 61 25 27 H13-No.5孔 5 (H13-No.2)では,pH,CDの変化深度はすべり面と概ね一致していた。この SL= 4. 48 6.0 5 .9 H13-No.2孔 い値を示す深度があり,孔内傾斜計観測結果が確認されていたボーリング孔 19 940 16 地すべり移動方向 8.2 ボーリングコア試料の測定結果では,各ボーリング孔においてpH,CDが高 試 料採取位 置 1. SL= 11. 48 6 S L= 11.4 8 S L= 11. 09 S L= 11.0 1 2.0 9 9. 8 12 のり面のpH・CD測定結果 また,切土のり面における測定結果では,破砕帯境界部付近でpHが低く(pH2.8∼3.9),CDは非常に高い値 (640∼940μS/cm)を示した。これは強酸性で溶存成分の多い地下水が関与していることを示しており,中央構造線付 近の貫入岩や熱水変質などの影響が出ている可能性が考えられる。 7.まとめ すべり面付近では他の深度に比べpHおよびCDが高い値を示すことを利用して,岩石粉末懸濁液のpHおよびCD を測定し,この結果から活動休止中の地すべりのすべり面判定を行った。この結果,本現場では孔内傾斜計観測による すべり面と同様の深度でpH,CDの変化が認められた。 水口(2002)によると,本方法の適用範囲は「結晶片岩,御荷鉾帯,中古生層砂岩及び頁岩が分布する地域,いわゆ る破砕帯地すべりの地域」となっている。 今回実施した方法は,試料調整および測定が容易で迅速に結果が得られるという長所を有しており,上記の地域にお いては粘土鉱物のX線分析と同様に休止中のすべり面判定における一指標として活用できるものと期待される。 参考文献 水口公徳:地すべり粘土の生成とすべり面位置の推定に関する研究,2002.12. (社)地盤工学会:土質試験の方法と解説−第一回改訂版−,2000.3.
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