より良い保護者支援をめざして~大塚ろう学校の実践~ 大塚ろう学校乳幼児教育相談 江川麻貴・海保和代 「おーい」 「まま おいでー」「いっしょに あそぼう」 大塚ろう学校「きこえとことば」相談支援センター乳幼児 教育相談ひよこぐみの教室をのぞくと子供たちとお母さんが 遊んでいる。 手話や身振りや表情や音声などを使って笑顔である。乳幼児 教育相談は 0 歳児から 5 歳児までの聴覚に障害がある子供と 家族が通う教室である。現在は楽しそうに活動しているお母さんたちだが、最初に相談に 来られた時は我が子の障害を知ったばかりで暗い表情に涙を見せる方が多い。特に生まれ て2,3日目に聴覚のスクリーニング検査で医者から「難聴の疑いがありますので精密検 査が必要です。 」と言われるケースも多く「母乳が出なくなった。」 「我が子なのに抱けなく なった。 」など肉体的にも精神的にも追いつめられていることがある。 私たちスタッフは2名の教員と9名の外部専門家で運営にあたっている。ご家族の方に 寄り添い、思いを受け止め、楽しく育児ができるように、家族が子供とともに成長してい くように支えられるようと努力している。平成14年度末ひよこぐみの在籍数は8名だっ たが平成26年9月現在63名が継続して相談に通ってきている。その他に単発の相談が 月に5回ほど。聞こえについての悩みがある方はたくさんいる。現在は年間のべ3000 件を超える相談件数まで増えた大塚ろう学校の実践を報告する。 1.大切にしていること 相談者の9割近くは健聴のご両親で 「聞こえない、聞こえにくい」のは どういうことかわからない。そのため 「聞こえないことの不安」が大きく、 「聞こえる人と同じようにならないのか」 と聞こえないことを否定的に捉えている。 図:平成25年度 大塚ろう学校相談件数 それを「聞こえる聞こえないに関係なくあなたが好き。 」とありのままの我が子を受け入れ 愛することができるように支援している。それがいずれは「聞こえない自分が好き」とい う自己肯定感を持てる子に育つのである。ろう学校を見たことがない相談者には、まずは じめにろう学校の幼稚部や小学部の生き生きと活動している様子を見学してもらう。「耳に 障害があっても子供らしいです」 「手話で友達と話していてとても楽しそう」 「私たちも手 話を覚えて話してみたい」など前向きな感想を持つ方が多い。また、成人ろう者(大学生 や社会人)に来校してもらい話を聞き、聞こえなくても聞こえにくくても社会の一員とし て頑張っていることを知ってもらう場も作っている。時間をかけて子供の障害を理解でき ればいいのである。 2.支援の具体的内容 (1)0歳児の家庭訪問支援の実施 新生児のスクリーニング事業が開始以降、難聴が確定すると早い子どもで生後3か月か ら相談が始まる。ただ障害が分かったばかりの小さなお子さんを電車に乗せて学校まで連 れてくることは、保護者の負担が大きい。また知的障害と聴覚障害、肢体不自由と聴覚障 害等、障害を併せ有するお子さんなど学校に通学することが困難なお子さんもいる。その ため、家庭訪問支援を実施することにした。昨年度は約100件の訪問支援を行っている。 家庭での具体的なかかわりについて、支援を行っている。「このおもちゃは、好きみたいで すね。」 「ミルクを作るときは、哺乳瓶をみせましょうね。」等具体的なアドバイスをしてい る。このような具体的アドバイスは何をしていいのかわからず不安な保護者には一番必要 である。家庭訪問を受けるようになってから、子どもの表情が変わり、我が子と関わるの がさらに楽しくなったという感想もある。家庭を訪れると、父や祖父母も待っていること がある。母だけではなく日頃学校に来ることが難しい父や祖父母の啓発活動にもつながり、 家族で思いを共有しながら子育てに取り組む良さがある。 (2)個別支援 個別支援は月1回1時間半程度実施している。子どもの好きな遊びや発達に沿った支援 を行っている。個別支援の内容は、例えばお砂場遊びが大好きな子どもとは、お砂場で遊 びを発展させ、かかわりの工夫について相談する。一緒に成長を喜んだり、お母さんの質 問に答えたりしている。保護者は生活の記録をつけており、子どもとのかかわりで困った 時どんな工夫ができるか、一緒に考える場でもある。グループ活動では子どもの参加人数 が多くなるため、一人ひとりの保護者とゆっくり懇談する時間がない。そのため、個別活 動の時間を大切にしている。 (3)グループ活動 グループ活動の一番大きな特徴は成人聴覚障害者に一緒に活動をしてもらっているとこ ろである。保護者は少し先の大人を見ることで安心し、自分の子育てに自信を持つことが できるようになる。成人聴覚障害者のかかわりは、表情など分かりやすく、かかわりのヒ ントにもなる。またそれだけではなく、疑問に思った手話をすぐに教えてもらえたり、仕 事での経験談を聞いたり、考え方に触れる機会にもなっている。 (4)保護者教室 保護者に様々な情報提供ができるように、以下の保護者教室を企画し、実施している。 表は昨年度1年間の保護者教室である。保護者教室では「疑似難聴体験」や「マイノリテ ィー体験」など講演を聞くだけではなく、実際に耳に詰め物をして難聴を体験してもらう 会も企画している。 「先生のお話を生かしつつ子育てできたら聞こえない子だけでなく聞こえる上の子にとっ てもとても良い環境になると思いました。家族全体にみんなにとって幸せになるような話 を聞けたと思いました・・・・」 (講座「聞こえない子を育てた親として思うこと」の保護 者の感想) これらの取り組みは子供の 障害を受け入れ成長を喜び ながら楽しく育児ができる ためのきっかけとなってい る。また、手話講座も実施 している。聞こえない、聞 こえにくいお子さんとのコ ミュニケーションには手話 が、必要不可欠であり、保 護者が学べる場を確保して 表:平成25年度保護者教室 いる。だいたい一人月3回 程度学べるようにしている。 保護者教室や手話講座の際は、東京都でボランティア登録をしている保育援助者の力を活 用している。保育援助者が手話講座の間子供を預かっていただいているので、保護者が安 心して学べる場を確保してきている。 (5)関連機関との連携 子供たちはいろいろな人や場所と接している。病院、療育センター、保育園、保健所、 などである。子どもに関わる人が同じ思いを持って支援に取り組めるように、保護者の承 諾のもとこれらの機関と連携を行っている。年1回の訪問をきっかけに、ろう学校にも担 当の先生が来たり、良い連携が図れている。また保健師さんや医療機関の方を対象とした 学校公開も開催し、毎年20名程度の参加がある。保護者は子供の様子をどの場所でも知 っていることに安心している。特に医療面との連携は今後も密に続けていく必要があると 感じている。 3 まとめ 泣きながら学校に通い始めた保護者は乳幼児教育相談の支援を得て、明るく前向きに子 育てを楽しんでいる。子供と笑いながら遊び、耳が聞こえない聞こえにくいからと子供に 話しかけることもなかった保護者が、親子で楽しく手話をしながらおしゃべりをしている。 保護者が早期に手話で話しかけることにより「伝わった」という喜びをたくさん感じ「も っと話そう」 「もっと向かい合おう」と思うようになる。こんな様子は担当者としてとても うれしく思える瞬間である。 一人一人に寄り添って子供の成長を一緒に喜び、かわいがって子育てができるように今 後も乳幼児教育相談担当としてきめ細かく支援を続けたいと思う。
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