ドイツで原発が再稼働? - 市民エネルギー研究所

ドイツで原発が再稼働? フランスでの誤報に見る独仏間の溝
渡辺 一敏(翻訳家)
今冬の欧州は例外的な寒波に見舞われ、す
冷静に検討すれば、稼働の準備にコストと
でに600人の死者が出ている。フランスの
時間がかかる原発を、間に合わせの発電のた
AFP 通信社は2月8日付けで、この寒波の
めに再稼働させるとは考えにくいし、環境派
せいで急増した電力需要に対応するために、
の発言力が強いドイツで万一そんなことをし
ドイツが昨年春に運転停止を決めた原子力発
ようものなら大論争に発展することぐらいは
電所の一部を再稼働させるはめになったと報
簡単に想像がつきそうなものだが、ハンデル
じた。ドイツは東日本大震災の直後に、脱原
スブラットの報道内容をきちんと再チェック
発を決定し、即座に最古の原発8基を停止し
せずに報じてしまったル・フィガロなど一部
たが、その一部の運転を再開するのだという。
メディアの勇み足が目立つ結末となった。
AFP はこのニュースを9日に出る日刊経済
紙ハンデルスブラットから得た情報として報
こうした勇み足の背景には、一方で、4月
じた。
の大統領選挙を控えて、原子力政策が保革二
これはフランス政府やフランス電力
大勢力間の争点として重要性を帯びつつある
(EDF)などの原子力支持派にとって願って
という政治情勢の緊張があるだろうし、他方
もない事態で、現にサルコジ政権寄りの報道
では、原子力をめぐるドイツとのビジョンの
姿勢で知られる右派系日刊紙のル・フィガロ
食い違いに対するフランスの原子力推進派の
は早速9日付けでこのニュースを取り上げ、
強い苛立ちという心理的要因を見て取ること
ドイツの「矛盾」を揶揄した。同紙の記事は
ができるだろう。
インターネットのニュースサイトなどにも
AFP の報道を読んだフランスの一部のマ
次々と転載された。
スコミ関係者の脳裏には、おそらく次のよう
フランスの有力紙中で最も古い歴史を誇り、
な感想が浮かんだのではあるまいか。
かつてはゾラやプルーストのような大作家も
熱心に寄稿した由緒あるル・フィガロにとっ
冬期の電力需給逼迫が懸念材料であること
てたいへん不名誉なことだが、実はこの報道
は、ドイツの脱原発決定当時から指摘されて
は完全な誤報であることがじきに判明した。
いた。しかし、それにしても、東日本大震災
ドイツが単に予備的な発電設備を稼働させた
に鑑みていち早く脱原発政策を復活させたは
という情報を、AFP が原発のことだと早と
いいが、少々寒さが厳しいぐらいのことで原
ちりして誤訳したことが原因だったという。
発再稼働に傾くようでは、ドイツという国も
なお、AFP による同じ内容の英語報道はイ
いささか節操がなさすぎる。いや、そもそも
ンドのメディア(The Times of India)など
脱原発の選択そのものに無理があり、軽率過
でも取り上げられた。
ぎたのではないだろうか。原発なしには一冬
−2−
も乗り切れない現実を無視した政策のせいで、
の担当者にも、どこかで原発の再稼働という
いざとなってから二転三転する失態を演じた
間の抜けた展開をドイツに期待するような悪
に違いない。翻って、わがフランスを見るが
意が働いていたのかも知れない。
いい。東日本大震災の教訓を無視するつもり
は微塵もないが、地震国日本との事情の違い
いずれにせよ、この誤報騒動は存外奥が深
も冷静に見極めたうえで、原発の安全性を強
いのではなかろうか。原子力政策をめぐって
化しつつ、原子力発電の継続方針を堅持して
独仏間に深い溝があり、両国の立脚点の違い
きた。おかげで、今冬もいささかも慌てるこ
が時としてとんでもない勘違いを誘発してし
となく、電力需要の増大に対処できているで
まうことがあることを改めて思い起こさせて
はないか。環境保護団体や反原発派の批判に
くれたように思う。
抗して、原子力を擁護してきたサルコジ大統
領と政府やフランス電力(EDF)の先見の
そこで、この機会に、資料としては少々古
明が、ドイツの無様さとの対比により、鮮や
いのだが、昨年12月6日付けのフランス経済
かな形で証明されたわけだ。フランスは長期
紙レ・ゼコーに掲載された「フランスとドイ
的な展望と堅固な計画性により、今やドイツ
ツの溝、広がる」と題された分析記事の概要
に手本を示しつつある。
を紹介しておきたい。
この記事は、原子力問題を「フランスとド
ドイツを揶揄したル・フィガロの記者のほ
イツが互いに理解しえず、将来的にますます
くそ笑みが目に浮かぶような気がするではな
対立する可能性が強い主題」だと位置づけ、
いか。
両国間の対話が全く噛みあわない理由を、フ
ちなみに、現在の大統領選挙キャンペーン
ランス国際関係研究所(IFRI)主催のシンポ
では政権側がしきりと「ドイツモデル」
(特
ジウムに参加した両国の専門家の見解を交え
にシュレーダー前政権が行った福祉・労働市
て解説している。
場の改革など)を称揚し、経済政策で「ドイ
ドイツから見ると、原子力は当初からあく
ツに見倣え」を合言葉にしている感があるの
まで過渡的な技術に過ぎない。すでに2000
だが、こうした風潮が他方でドイツの優越性
年に当時のシュレーダー政権が脱原発を決め、
に対するフランス世論の反発を招いているこ
その後にメルケル現政権が原子力の利用延長
とも否定できず、政権寄りではあっても国粋
をいったんは決めたものの、最終的な原子力
的な傾向のあるル・フィガロがエネルギー政
の放棄という大筋には変わりはなかった。東
策に関するフランスの優越性を強調しようと
日本大震災はメルケル政権に再考を促し、脱
望んだとしてもおかしくはない。そもそも発
原発を加速したという意味では重要な転機で
端となった誤訳にしても、完全にイノセント
はあるが、根本的な方向自体はすでに決まっ
だといえるだろうか。この種の間違いにはし
ていた。ドイツはこれが欧州における基本的
ばしば隠れた心理的動機があるもので、AFP
な方向でもあると判断している。こうしたビ
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ジョンに沿って、ドイツは原子力にとってか
民生原子力は核兵器と同様に、エネルギー面
わる発電手段の準備を早くから進め、1990
での独立性を保証する戦略的手段としての意
年代には風力発電の開発に着手し、200
0年
味合いが強い。
代に入ってからは太陽光発電にも注力してき
このように、冷戦期に培われた両国の原子
た。
力に関する感受性の違いは根強く、これが独
これに対してフランスでは原子力を長期的
仏間の相互理解の難しさに繋がっている。
にエネルギー政策の中軸に据える方針をとっ
もちろん、これはどちらかが正しく、他方
ており、発電の75%を原子力に依存してい
が間違っている、という意味では必ずしもな
る。再生可能エネルギーの開発が本格化した
い。例えば、欧州の電力網は相互の繋がりが
のは風力で20
04年ころ、太陽光で2006年前
ますます密接になっているが、ドイツは脱原
後に過ぎず、ドイツに比べて大きく後れを
発を決めるにあたって、近隣諸国との関係に
とっている。
ついては連邦議会で本格的な討議を行ってい
ドイツが一定の警戒心を持って原子力を扱
ない。原発にかえて風力発電を利用するとし
い、暫定的なエネルギー源としてしか受け入
て、ドイツでは南北をつなぐ送電網が手薄で
れず、対照的にフランスが原子力一辺倒とも
あることから、風力発電量が潤沢な北部から
言えるような不動の信頼感を示している裏に
需要地である南部に電力を大量に輸送するに
は、冷戦期を通じて両国の置かれた立場や体
当たっては、フランス、ベルギー、ポーラン
験の違いに一因がある。
ド、チェコなどの送電網を部分的に利用せざ
冷戦期における原子力の役割を考える場合、
るを得ない。こうした相互依存的な関係を無
当然ながら、民生利用だけでなく、軍事利用
視して脱原発を選ぶのはいささか独りよがり
を考慮する必要があるが、フランスが核兵器
ではないかとの批判があり、ドイツ側でも脱
を独自に開発・保有することで大国としての
原発のプロセスに不備な点があることは認め
地位と政治的な独立性を維持できたのに対し
ている。また、フランスは、ドイツが原発の
て、東西に分割されたドイツは米ソ間で核戦
停止を補うために、ガスを用いた火力発電を
争が勃発した場合の標的となる不安に怯え続
強化した場合、ロシアからの天然ガス輸入へ
けた。原子力の民生利用についても、ドイツ
の依存度が高まることを警戒している。確か
はイタリアやオーストリアなどと並んでチェ
に、欧州連合(EU)とロシアとの今後の外
ルノブイリ原発事故の脅威を最も深刻に受け
交上の力関係を考慮した場合、ドイツの対露
止めた国の一つであり、原発の怖さを身に染
依存は不安材料になりかねない。
みて感じている。これに対して、ウクライナ
さらに、原子力がもたらす温室効果ガス削
とは地理的にも心理的にも遠かったフランス
減効果を再生可能エネルギーの発展によって
では、当局が放射能の影響は一切ないなどと
代替できるかどうかをめぐっても議論があり、
無根拠な楽観的情報を流布するなど、危機感
結論は出ていない。
は相対的に薄かった。フランスにとっては、
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独仏両国が体験してきた歴史の違いに基づ
原子力が最も低コストであることが再確認さ
く感受性の相違は、原子力に関する両国の対
れたとの解釈を示しており、水掛け論となっ
話を困難にしているが、逆から見れば、互い
ている。
に相手の立場に共感できないだけに、それぞ
また、2月13日には、
「エネルギー2
050」
れが遠慮なくわが道を行くには都合が良いと
と題された報告書が発表された。報告書は昨
も言えるだろう。
年9月に産業相が設置した専門家委員会が策
緑の党から外相すら選んだことがあるドイ
定したもので、2050年をめどとするエネル
ツと対照的に、フランスでは残念ながらエコ
ギー政策について、完全な脱原発を含む4通
ロジー運動というものがどうしても根付かな
りのシナリオを検討した結果、既存原発の耐
いといわれる。そのことは、今回の大統領選
用年数を40年以上に延長することがコスト面
挙キャンペーンで環境派政党「欧州エコロ
で最適だと判断している。サルコジ大統領は
ジー・緑の党(EELV)
」のエバ・ジョリ大
2月14日現在ではまだ正式に出馬表明を行っ
統領候補が3%前後の支持率に低迷している
ていないが、原子力については、
「エネル
ことにも如実にあらわれている。同候補自身
ギー2050」に依拠して、原発の耐用年数を
の言動やイメージにも難点があるといわれる
現行の40年間から60年間に延長する方針を打
が、基本的には、経済危機の時期にはフラン
ち出した。
ス人の環境問題への関心が霧散してしまうと
ただし、この委員会のメンバーの人選があ
いうところに本当の原因があると指摘されて
まりに原子力支持派に偏っているとして、環
いる。環境派がほとんど影響力を発揮できな
境団体などは最初から参加を拒否しており、
い中で展開される選挙では、エネルギー政策
報告書の客観性や信憑性に疑念を呈する向き
の選択肢は、原子力を全面的に擁護する現職
もある。また、会計検査院の報告書も、
「エ
のサルコジ大統領と、エネルギーミックスに
ネルギー2
050」も、第3世代ないし第4世
占める原子力の割合を50%程度にまで削減
代の原発によるリプレースについては、費用
することを提案する社会党のオランド候補の
が嵩みすぎておよそ現実的でないと評価して
いずれかに限定される見通しとなってきた。
おり、大統領の提案通りに既存原発の耐用年
原子力の安全性問題が軽視されているわけで
数を20年間延ばしたとしても、年限を迎えた
はないにせよ、議論の焦点はもっぱらコスト
後にどうするのかという抜本的問題にやがて
コストパフォーマンスと経済への影響に移行
再び直面することになる。
しつつある。
オランド候補が当選すれば、原子力政策の
1月末に会計検査院が原子力発電のコスト
方向性はまた大きく変更されることになろう
に関する報告書を発表したが、これによると
が、上記の2つの報告書は今後の政策決定に
原子力発電のコストは従来いわれてきたより
多かれ少なかれ影響を及ぼすと思われるので、
も高めであることが判明。反原子力派は快哉
機会を改めて詳しく紹介してみたい。
を叫んだが、政府は、水力発電を別にすると、
−5−
(パリ在住)