大阪市立科学館研究報告 25, 175 - 178 (2015) 全天周動画の傾斜レンダリングについて 渡部 義弥 * 概 要 大 阪 市 立 科 学 館 のプラネタリウムドームは、 スクリーンが半 球 ではなく、周 囲 が5度 ずつ切 り落 とされ 170 度の欠球 である。そのため、全 天 周 の 180 度ドームマスターを上映するさいに、前 方が切り落とされる 問 題 がある。その解 決 法 の一 つとして、通 常 と同 じ時 間 で行 える<傾 斜 レンダリング>の手 順 を紹 介 す る。 1.はじめに-「ドームマスター」と< レンダリング>と 大阪市 立科学 館 の 170 度ドーム問 題 大 阪 市 立 科 学 館 では、2004 年 よりプラネタリウムに、 ライス」とよぶこともあるが意味は同じである。 大 阪 市 立 科 学 館 では、通 常 、全 天 周 動 画を、「ドー ムマスター」のデータファイル形 式 で納 品 、保 持 してい デジタルデータの全 天 周 動 画 を上 映 できる システム、 る。「ドームマスター」は、業 界 のデファクトスタンダード バーチャリウム II を設 置 し、活 用 してきている(飯山ほ であり 、 全 天 周 の 範 囲 を 魚 眼 レ ンズで撮 影 した よう に か,2005 年)。 平 面 上に展 開したもので、等 角が等 距 離になっている。 バーチャリウム II には、全 天 周 動 画 、いわゆるフルド 動画像とするために、30 ないし 60 分の1秒に1コマの ーム映 像 を再 生 する機 能 が ある。このフルドーム映 像 静 止 画 連 番 ファイルまたは動 画 ファイルとなっている。 は、標 準 化 され ており 、1 つ の 動 画 作 品 を デジタル変 グラフィック形式としてはJPEG,PNG,TARGA,TIFF 換 すること で、 バーチャリウムIIのみ ならず、 様 々な全 などがよく使 われる。動 画 の場 合はMPEG2が一 般 的 天周動画システムで再 生 できる。 である。いずれも汎用性が高いものである。 このデジタル変 換 を<レンダリング>と呼 ぶ。本 来 、 レンダリングは、デジタルデータの変 換に関する非常に ほとんどの全 天 周 動 画 上 映 システムに<レンダリン グ>をすることで、上映ができるようになる(図1)。 広 い意 味 を持 つ言 葉 であるが、本 稿 では、フルドーム 映 像 を 、標 準 フ ォー マットから実 際 に 上 映 できる 形 式 への変 換 を<レンダリング>と呼 ぶことにする。(一 般 用語との区別のため<>でくくって表 記) <レンダリング>では、最 終 段 階 で上 映 する バーチ ャリウムIIのシステムにあわせた映 像 の分 割 と画 像 のコ ントラスト、動画の精 度の調 整 を行う。 今回は、これに加 えて、ドームの見 切 り線 を避けるた めに、映 像 全 体 を傾 斜 させ る<傾 斜 レンダリング>を 行ったので紹 介する。これはこれまで行 わず、メーカー に依 頼 してツールを提 供 していただき可 能 になったも のである。 なお、大 阪 市 立 科 学 館 では、全 天 周 映 像 を6台 の 図 1.ドームマスターと<レンダリング>と 全天周 上映システムの関係 プロジェクターが場 所 を分 担 して上 映 しているため「ス 図 1のように<レンダリング>作 業 が不 要 なシステムも * 大 阪 市 立 科 学 館 、中 之 島 科 学 研 究 所 e-mail:[email protected] ある。一 つは、プロジェクター1台 、つまり分 割 なしで表 示する場 合で、ドームマスターがそのまま上映できる場 渡部 義弥 合である。<レンダリング>には解 像 度にもよるが 3000 ピクセル四方の映 像 で1分 間 ぶんの映 像 で1時間はか かる。できれば<レンダリング>は避けたいのである。 また、分 割 ありの 場 合 でも、<レンダリング>なしで できるシステムもある。コンピュータの能 力 とソフトウェア 技 術 が 飛 躍 的 に 上 昇 した 結 果 < レ ンダ リング >に 相 当する前作業が不 要 になったのである。 なお、バーチャリウムIIも、解 像 度を 1200×1200 ピク セルに押さえればこの<レンダリング>なしでの上映が 可能である。ただし、通 常の上 映は 3200×3200 ピクセ ル程度の解像度 で行っているため、精 細 度 が全く違い。 映 像 の確 認やライブ上 映 をするといった限 定 した場 面 にのみ使用できる。 ところで、「ドームマスター」は全 天 周 上 映 を前 提とし ているので、周囲 360 度 、天 地 90 度ずつの 180 度 分 が治められている。 この天地方向の 180 度が標 準というのが問 題である。 というのは、大 阪 市 立 科 学 館 では、ドームスクリーンが 図 2.ドームマスターと<レンダリング>後の映像の 関 係 。文字がきわまであると、切れる。左下の 日の入りの太陽も見えなくなる 天 地 85 度 、170 度 分しかないからである。すなわち、 大 阪 市 立 科 学 館 のドームスクリーンは、現 行 の「ドーム この解 決には、全 体を縮小 させることも考えられるが、 マスター」で流 通される商 品 に対 応 していないともいえ 図 3のように傾 斜 させて<レンダリング>を行 わせる解 る。この 170 度しかないスクリーンは、通 常のプラネタリ 決 方 法 もある。これを<傾 斜 レンダリング>と呼 ぶこと ウム投影のさいも、地 平 線から 5 度が切 られ、日の入り にする。 が早 まったり、北 極 での日 周 運 動 が 正 しく再 現 されな いといった問題を持っている。 一方で、170 度にしているため、映 像 中 心が視野か ら近 くなり迫 力 が増 しているのは事 実 である。また、同 じドーム直 径であってもよりコンパクトな構 造 ですみ、ス ペック的に大きく見える点もあげられる。本 来 的 なら 25 mのドームでも 26.5mと称 することができるのである。 ただ、これは世 界 あるいは国 内 で1,2位 を争 うのでな ければ本質的には意 味 がない。 また、かつて、全 天 周 映 画 であったオムニマックスを 上映していたときは、これは問 題 にならなかった。という のは、映していたときは、上 下が 140 度 分 であったので 問題はなかった。 いままでの<レンダリング>では、すなおに 180 度の まま行 い、プロジェクターの設 置 場 所 などにより下の 5 度 ずつを切 るという対 応 をしてきた(図 2)。そのため、 図 3.<傾斜レンダリング>後に見える範囲 購 入 番 組 などではドーム下 端 のキャプションが低 すぎ きわまである文字も表示される。ただし、後方 るという問題が生じていた。 は捨てることになる。 ただし、通 常 の 全 天 周 映 像 の上 映 では、映 像 の中 心もしくは中心よりやや前を中 心 に展 開 するので、これ はあまり強く問題として意 識 されない。 しかし、前 方 の下 の余 裕 をもたせて自 然 に見 上 げさ せたい場合は、これが問 題となる。 これは、いままで実 施 したことがなかったので、今 回 手 続 きを検 討 することになった。結 論 からいうと、従 来 持 っているソフトウェアでは行 えず、新 たにソフトウェア とノウハウをメーカーから提供してもらうことになった。 全天周動画の傾斜レンダリングについて 2.大 阪 市 立 科 学 館 のバーチャリウムIIでの<傾 斜 レ ンダリング>の実 際 < 傾 斜 レ ン ダ リ ン グ > に は 、 最 新 版 の ESVideo と 32bit 版の Aftereffect6.5、そして DomeSphere plug-in バーチャリウムII(米 国 では Digistar3)の<レンダリン グ>には二つの方 法 がある。一 つは、ADOBE 社の汎 とこれらを動かすための Microsoft Visual Studio 2008 のランタイムライブラリが必要である。 用動画編集ソフト AfterEffect にバーチャリウム II 専 用 このうち、ESVideo と DomeSphere plug-in は、この件 のプラグインを入れて行う方法。動作は遅いが について相談していた E&S 社からサポートの範囲で送 AfterEffect そのものが持 つ多 彩 な効 果 を使 うことがで ってもらった。32bit 版の Aftereffect6.5 は、2007 年に きる。もう一つはバーチャリウムIIに附 属 する ESVideo と 導入したバーチャリウム II プロデューサーに附属してい いう専用ソフトを使う方 法 である。いずれも、作 動させる たものである。Visual Studio 2008 はマイクロソフト社の にはハードウェアキーによるライセンス認 証 が必 要 であ 下 記 WEB サイトからダウンロードして入手した(2014 年 る。そのため、バーチャリウム II を持たない組 織に外注 現 在)。 ができない。メーカーに外 注 する方 法 もあるが、大阪市 http://www.microsoft.com/ja-JP/download/detail 立科学館では、これら作 業を内 製 する方 針 で行ってい s.aspx?id=5582。入 手 したファイル実 行 すれば自 動 的 る。 セットアップされる。 今 回 は、ESVideoのバージョンアップと、傾 斜 パラメ ESVideoは、ハードウェアキーによるライセンス認 証 ータ製 作 用 のプラグインをバーチャリウムII(米 国 では が行われるため、ライセンスキーがあるバーチャリウムII Digistar3)の開 発 エンジンのE&S社 より提 供 してもら プロデューサーのHOSTPCにコピーし、起 動 させる。 い、これを実 施 した。作 業 手 順 の 概 要 は 表 1の 通 り で これにより、HOSTPCと同 じLANに接 続された他 のP ある。 Cでも、ライセンスがHOSTPCにあることをパラメータ この方 法 では、通 常 の<レンダリング>に対 して、前 ー設定すれば、作動できる。 処 理 にかかる手 間 以 外 は、まったく同 じ時 間 で<レン DomeSphere plug-in は 、 aex 形 式 の フ ァ イ ル を ダリング>作業が終 了 した。具 体 的 には、25 分間のド AfterEffect の Plug-in フォルダーにコピーするだけであ ームマスターの<レンダリング>で25時 間 かかるところ る。その後 AfterEffect を起 動すると、機能がメニュー を<傾 斜 レンダリング>でも ほぼ25時 間 ですむという に追加されている。 程度であった。 実 際 には6分 割 のそれぞれを6プロセス並 行 で行 う ので、4~5時 間 で終 了 している。そこで、複 数 の傾 斜 2-2.傾斜要素が入ったマップファイルの作成 セットアップが終わったら、 AfterEffect を使用し、マ 角度のものを作ってテストをすることも可 能 であった。 ップファイルを作 成する。先ほどインストールした 表1.<傾斜レンダリング>の作 業 手 順 の概 要 DomsSphere の機 能 を使 うだけで、かなり直 感 的 に行 手順 ツール 作業時間 える。また、作 成 にはほとんど時 間 がかからないし、作 ツールの準備 32 ビ ッ ト 版 30 分 程 度 成 後の<傾 斜レンダリング>には AfterEffect を使 用 AfterEffect 1 回 目に行えば することはない。 へのプ ラグ イ よい。 変 形 のベースになる画 像 を1枚 用 意 する。形 式 は ンの組み込 並 行 プロセスの JPEG で、内 容はなんでもよい。(イメージの内 容をメッ み ため、複 数 台の シュにしておくとイメージはわきやすいが今 回の目 的 で の PCへのESVid は必要ではない)、解 像度のみドームマスターとあわせ バージョンア eoのインストー ておけばよい。この解 像 度 をあわせるのは非 常 に重 要 ップ ルが必 要 な点 であり、これをあわせないとうまく<レンダリング> 傾斜要素が入っ 32ビット版 10 分 程 度 ができない。 たマップファイル AfterEffect パラメータには、図4のようにRoll(回転)、Azimuth の作成 とプラグイン (正 面 の 変 更 )もあるが、今 回 の 目 的 ではElevation ESVideoにマッ テキストエデ プファイルを指定 ィタ <レンダリング> ESVideo ESVideo 2-1.ツールの準 備 3 分程 度 (傾き)のみを使う。また、このツールはもともと下半 分も ふくめ、180 度 以 上 の画 像 ソースから任意の場所を切 1 分の映 像あた り取 る マップ(デジタル対 応 表 )を 作 る も のだが 、今 回 り1時 間 は Upper のみを使用する。 渡部 義弥 2-4.最新バージョン(4.0.28 以 降 )のESVideoで< レンダリング>を行う。 <レンダリング>のやりかたは、2-3で示した DVP に Distortion Map を指定する以外は従来と同じである。 なお、このさい、ESVideo は、バージョン 4.0.28 以 降 のもので行う。そうでないと、Distortion Map パラメータ が適用されない。 以 上 の手 順をふむことにより、<傾 斜レンダリング> が可能になる。 また、最新の ESVideo では、マップファイルを使わな くてもこれらが可能になっているもようである。 3.まとめと課題 以 上 、これまで行 っていなかった<傾 斜 レンダリング >について述 べた。手 順 は それほど面 倒 でなく 、マッ プファイルも1回 作れば、同 一 解像 度のドームマスター であれば、何 回 でも使 用 できる。<レンダリング>にか かる時 間 もいままでと同 じ、使 い勝 手 もほとんどかわら ない。自由度があがったといえる。 ただし、これらを作成するツールは、開発から 10 年 以 上たち、サポートが打ち切られているウィンドウズ XP 上 で作 動する AfterEffect6.5 に依存しており。これが変 わるときにあわせて考え直さなければいけない。最新の バーチャリウムIIR5に附 属 するESVideoではこれらの 図4.DomeSphere Plug-in によるメニュー。使 うのは Elevation のみ 問 題が回 避されているが、他のフルドームシステムでも 同 様 なのかなど、ソフトウェアやシステムの交 換 のさい には十分に注意しなければいけない。 以下の手順は、AfterEffect 上で次の通りである。 また、ドームが欠 球 であることは、ドームそのものを変 1.新しいコンポジションを作 る えない限りついてまわる問 題 であり、あわせて科 学 館と 2.コンポジションに、ドームマスターの1枚 の画 像 をロ してプログラムを提 供していくさいの効 果などもふくめ、 ードする。1枚だけでよい。 どうしていくのかを考えていく必要がある。 3 . コ ン ポ ジ シ ョ ン に エ フ ェ ク ト の う ち ES-Digital 最 後 に 、 本 件 では 、 開 発 元 であ る E & S 社 の Ly n n Theater のメニューの DomeSphere を適 用 する Buchanan 氏 によるツールの提 供 をはじめ、世 界 中 の 4.ソースは Upper のみ、Bottom は None にしておく 多 くのバーチャリウムII(デジスター3)ユーザーにアド 5.エフェクトのパラメータは、Elevation のみ、角度は5 バイスや励ましをいただいた。ここに感謝したい。 度とする(持ち上げるのでプラスでよい) 6.Mode を Production にする 参考文 献 7.マップファイルは、 大 阪 市 立 科 学 館 研 究 報 告 第 15 号(2005 年発行) C:\DomeSphereMappingForESVideo.dat に 出 力 され 科学館の新プラネタリウム紹介 るので、適 宜 移 動 、名 前 を わかりやす いもの にかえ て 嘉 数 次人、渡部 義弥、石坂 千 春 おく 2-3.ESVideoにマップファイルを指 定 作 成 したマップファイルをつかって<傾 斜 レンダリン グ>を行う。そのために、ESVideo の作 動 パラメータを 設定する*。DVP ファイル{SETUP}セクションに Distortion Map=ファイルをフルパスで指 定 する。 飯山 青海、
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