MRIと私

巻頭言
日本の MRIの臨床応用とほぼ並行して、放射線科医と
して医療に携わってきたことから、個人的なMRIとの関わ
MRIと私
り方を思い出すまま書かせていただき、今回の学会のテー
マをご理解いただければ幸いです。
私が 1984 年に大学を卒業してすぐに入った放射線科で
は、日本で1 台目か 2 台目
(東京大学と京都大学へほぼ同
時に入った)
の超電導 MRI がちょうど稼働しだしたところで
ありました。0.35Tの装置でしたが、それまで日本で稼働し
ていた MRI(NMR-CTなどと呼ばれていたようです)は
0.064Tとか 0.15Tの
“常電導”
の装置でしたから、0.35Tで
も
“高磁場”
と呼ばれていました。世界でも10 台程度の新し
い画像診断装置が入ったばかりなので、放射線部内など
第 43 回日本磁気共鳴医学会大会 大会長
で勉強会をやっていて、T1とか T2とかスピンエコーとか、
順天堂大学 医学部 放射線科 主任教授
授業で聞いたことのない単語がたくさん出てきたのに驚きま
青木 茂樹 医学博士
した。量子力学を勉強しなければ分からないのかと圧倒さ
(Shigeki Aoki, M.D., Ph.D.)
れたのですが、少したつと画像がそれなりに綺麗なので、
原理が分からなくとも解剖は分かり、それをCTや血管造
影、病理標本などと比べていれば、何がどうなるのかが少
しは分かってきました。MRI が役に立つところでは、それだ
けでほかの人より診断ができてしまう
(こともありました)。臨
2015 年 9 月に東京ドームホテルで開催される第 43 回日
床 MRIの教科書は日本語どころか英語もないので、CTや
本磁気共鳴医学会(通称 MR 学会)の大会長を務めさせ
病理から考えて、MRIだとどう見えるかを想像することにな
ていただきます。タイトルは“ I love MRI ”としました。放射
ります。Gomoriの出血におけるpreferential T2 short-
線科というのは、病理や麻酔科と同様に病院の中央部門と
eningの Radiologyの論文などは、頭の中で水分子のス
“ 放射線・画
して、横断的にあらゆる疾患を扱う科です。
ピンが局所的に乱れた空間の中をそれぞれ勝手に動き、エ
というモダリティーにより成り立っている科ですから、モダ
像”
ネルギーをやりとりして信号が減衰していくところを想像しな
リティーが役に立たなければ要らなくなる、少し曖昧な科だ
がら読んだものです。思えば楽しい日々でした。また、ブル
と思っています。ですから、そのモダリティーが不要となった
カージャパン株式会社(現 ブルカーバイオスピン株式会社)
ら、それといわば心中することになるわけです。好きでない
の 0.47T(20MHz)のNMR 装置も同時に導入されたので、
とやっていられない、ということになります。
それを用いてラットにGd-DTPAを注入して腎臓や肝臓の
T1、T2 値を測ったりもしました。1987 年に留学したカリフォ
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ルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)では Neuroradi-
す。この 15 年での MRIの広がりを理解いただくには、有
ologyのラボにMichael Moseley がいました。そこではネ
名な解剖学の教科書 Gray’
s anatomyの表紙になってい
コを使ってdiffusionの実験をしていました。ラットの実験で
ることを述べれば足りるでしょう。MRIを用いた拡散研究は
懲りた私は Moseleyさんのラボの手伝いのお誘いを断り、
テンソルにとどまらず、Diffusional kurtosis imagingや
小児の症例を見ることにしました。もしかしたら拡散 MRIの
Q space imaging、diffusion spectrum imagingなど
最初の論文に関われたかもしれないと今でも残念です。
の組織の微細構造に迫る方向の研究が進んでおり、2008
年から順天堂大学に異動したあともそれらに関わった研究
その後、荒木力先生の下で1995 年から2000 年まで5 年
を行っています。最近では、株式会社日立製作所 中央研
半ほど過ごした山梨医科大学(現 山梨大学医学部)では、
究所(中研)
との共同研究により、マウスの透明脳を
(中研
造影 MRAやOpen 型 MRIの研究ができました。Open 型の
の)7T MRIで種々撮影し、透明脳による脳のネットワークと
MRIはGE社SIGNA Profileという0.2Tの装置でしたが、
拡散 MRI 解析によるネットワークとの比較検討を行って、基
それに当時としては最先端の active tip trackingというカ
礎的な脳研究にもMRIで関われるようになってきています。
テーテルの先端をリアルタイムに表示できるシステムを導入
してもらい Interventional MRIの研究にも関わることが
個人的な観点から、それも脳のMRIに限ってMRIの発
できました。ポータブルの血管造影装置を持ち込んで、今
展を書かせていただきました。他にも、脳に限っただけでも、
で言うHybrid MR 室として使ったりしました。そして山梨
脳研究には欠くことのできないツールとなった functional
医大在任中の最後の 1 年にDiffusion Tensor Imaging
MRIや代謝が観察可能なMR spectroscopy、最近では
の撮像が可能となって、2000 年の日本磁気共鳴医学会で
磁化率の解析で新たな構造が可視化できる磁化率強調画
その発表を行うことができました。
像や QSM(Quantitative Susceptibility Mapping)
、脳
内の構造のpHが計測できるCEST(Chemical Exchange
拡散テンソルは東大に戻ったあとの 2002 年に当時工学
部にいた増谷佳孝先生と出会って急速に進展しました。彼
Saturation Transfer)
、MR fingerprintなど、MRIに
は多くの技術があります。
の開発した拡散テンソルtractographyのソフトウェアは当
時世界で最も早かったようで、各社から引き合いがありまし
MRIの良いところは、新たな技術を臨床現場で適切に
た。現在も某社の MRコンソールでそれが使われています。
工夫して使うことにより、その患者さんに役立つのみならず、
拡散テンソルtractographyは拡散の方向のデータを生か
その技術や工夫を発表していくことで、より多くの患者さん
して白質路を描出する手法で、ジョンズホプキンス大学の
に役立つことです。MRIを好きになって、さらに発展させて
森進先生が最初に報告し、脳の配線とも言える白質路を
いく人が増えてほしいという期待を込めて“ I love MRI ”と
in vivoで描出できる画期的な手法です。現在では脳科学
いうちょっと気恥ずかしいテーマを、第 43 回の日本磁気共
の分野で Human Connectome Project(HCP)などの
鳴医学会のテーマとさせていただきました。
脳のネットワーク解析のビッグプロジェクトの柱となっていま
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