Not Knowing

ー Not Knowing ー
Not Knowing :
The art of turning uncertainty into opportunity
『知らない』
〜不確実性を機会に変換する技法
Steven D'Souza / Diana Renner 著
LID Publishing
2014/06 347p
1.知識のもつ危険性
2.専門家・リーダー依存症
3.増え続ける未知なるもの
4.フィニステレ岬
5.暗闇が照らし出すのは
6.コップを空にせよ
7.目を閉じて見つめよ
8.暗闇に飛び込め
9.未知を喜べ
【要旨】私たちの社会では、少しでも人より多く「知っている」ことが評価されること
が多い。だが、
「知っている」ことが足枷になることもある。自分の知識を過信して、
それにしがみつくことで、柔軟な対応ができない。あるいは学びの機会を失う。さら
に、固定観念にしばられることで新しい発想がなかなか浮かばなかったりもする。本
書では、
「知っている」ことの価値を見直し、知識が却ってデメリットとなるケースを
紹介。そして「知らない」ことが問題解決や独創性、成長の源泉になることを示し、
豊富な具体例とともにそのプロセスや注意すべき点を解説している。著者の Steven
D'Souza は、ロンドンを拠点とする、エグゼクティブ対象のコンサルティング会社
Deeper Learning Ltd のディレクター。Diana Renner は、組織と個人の能力育成を
行う Not Knowing Lab デレクター。
●既存の知識にしがみつくと気づきや成長の機会を失う
一般に「知識」は「力」の源泉であると思われている。知識や教養には大きな価値があり、
それを身につけることが成功に結びつくと考える人が多いだろう。しかし、果してそれは正
しいのだろうか?
知識は確かに役に立つ。だが、役に立つがゆえに、それを後生大事に抱え込んでしまいが
ちだ。既存の知識にしがみつくと、新たな気づきや成長の機会を逃してしまう。
16 世紀、解剖学の分野では古代ギリシャの内科医ガレンの著書が、もっとも信頼できる
ものとされていた。当時活躍した解剖学者ベサリウスは、大学で行われている解剖実習を見
学し、
あることに気づく。目の前で胸を開かれている人体の心臓には明らかに心室が「四つ」
ある。だが、そこでは人間の心臓には「三つ」の心室がある、と解説されていた。ガレンの
本にそう書かれているからだ。
「心室は三つ」という「知識」を絶対視したがために、目前
にある真実に気づいていなかったのだ。
あるビジネススクールで、人名のリストを示し「知っている名前に○をつけなさい」とい
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うテストをした。リストには、実在の人物のほかに、てきとうにつけた架空の名前も混ぜて
ある。すると、高学歴者や社会的に高い地位にある人ほど、架空の人物名に○をつける率が
高かった。
「自分には知識がある」と過信しているがゆえに罠に気づけなかったのである。
「知っている」
「十分に知識がある」という過剰な自信は、重大なトラブルを招きかねない。
「自分にはプロとして十分な知識があるのだから、一般道で事故を起こすわけがない」と思
い込んでいるプロのバイクレーサーは、その自信のせいで一般道で事故を起こしやすい。ま
た、優秀で経験と実績のある外科医ほど、レントゲン写真を見ただけで病名を特定しまいが
ちだ。それが誤診となり、患者の命にもかかわりかねない。
知識が豊富で仕事をパーフェクトにこなすリーダーの下につく部下たちは、しばしば成長
の機会を失う。リーダーが、自分が何でも知っていると思うがゆえに、あらゆることについ
て細かく指示を出すからだ。その指示に忠実に従うことで部下たちは高い業績を上げられる
が、やる気を喪失することが多い。
上司をがっかりさせたくないがために、
「知っているふり」をする部下もいる。それは、
部下が「知らない」と言ったときに、あからさまな軽蔑の目を向けるようなリーダーの部下
が陥りやすい罠だ。それを避けるためには「知らないこと」が決してわるいことでも、恥ず
かしいことでもないことをリーダーや周りの同僚たちが理解する必要がある。
●既知と未知の “ エッジ ” に立つことをチャンスとみなす
世界的に著名な経済学者でさえ、世界規模の経済危機にどのように対峙すべきか、あるい
は私たちはどんな未来を求めているのかといったことについて明確な答えを持っていない。
世界はものすごい速さで日々変化している。数年、数十年前に手に入れた知識の多くが、
今日では通用しない。科学の進歩も加速している。20 世紀に 100 年かけて遂げてきた進化
を、21 世紀の 14 年間で実現してきた。私たちは、
「知っていること」よりも「知らないこ
と」の方がますます多くなっている。
ウェールズ人の研究者デビッド・スノーデンが提唱する「Cynefin フレームワーク」では、
意思決定の際に対峙する課題を四つの領域に分類している。
(1)Simple(解決法が明確)
、
(2)Complicated(専門知識や論理的思考で対処可能)
、
(3)Complex(専門知識だけで
は対処しきれない)
、
(4)Chaotic(複雑すぎて誰にも解決できない)だ。
通常「難しい問題」と言われるのは「Complex」だ。たとえば「ある新商品を新しい市
場にどのように売り出すか」
「10 代の子どもたちをどう育てるか」
「グローバル経済の行方
を占う」などの問題。こうした「Complex」の問題を、
「Complicated」と捉え、
「知識」
をもとに解決をはかろうとするリーダーは、たいてい失敗する。
「知識」だけでは、一時的
に片付いたと思っても、根本的な解決は難しいのだ。
複雑に入り組んだ Complex の問題に直面したときには、誰もが自らの知識の限界を知る
ことになる。
「知っている」と「知らない」の “ エッジ(縁)” に立たされるのだ。
スタンフォード大学のキャロル・ドウェック教授は、問題への対処の仕方によって人は「固
定型」と「成長型」に分けられると論じている。固定型は、
能力や才能は生まれた時に決まっ
ており、後天的に身につけられるものではないと信じている。このタイプは、“ エッジ ” に
立つことを「避けるべきもの」と捉える。
一方、成長型の人は、“ エッジ ” を成長や創造のチャンスとみなし、自ら進んでエッジに
立とうとする。
「知らない」ことで生まれる「空白」は、新たな可能性の源泉だ。
「知らない
こと」は「知ること」の反対語ではない。
「知らない」と認めることから新たな学びが始まる。
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芸術家や科学者、起業家、登山家などは、“ エッジ ” を常に探し求め、それを新たな挑戦の
出発点にしている。
●知識や経験を横において思考の材料に入れないようにする
「知らない」ことを問題解決に生かすにはどうしたらいいだろうか。
まず、知らないことは「知らない」とはっきり言うべきだ。ビジネスで「知らない」と
言うことは、
「私はこの仕事に向いてない」
と受け取られる危険性もある。それでもあえて
「知
らない」
「わからない」と明言することで、今の知識では対応できない問題であること、そ
れに対処することは意義のあるチャレンジであることを示すことができる。
“ エッジ ” に立ったときには、
「初心に返る」ことが重要だ。これまでの知識や経験を捨
てるということではない。それらをいちど横におき、
思考の材料に入れないようにする。
「知
らないこと」に、知識や経験に基づいたアプローチを無理に適用しても、よい解決策は得
られない。
「人に尋ねる」
「話をよく聞く」習慣を身につけることも大事。禅の指導者であるマルチー
ヌ・バチェラーは、
「答えを知る人」ではなく「質問する人」なれ、と教える。人に何かを
尋ねるときには、多くの場合自分の知識に固執せず、相手に対して意識を開いている。そ
の姿勢が新たな可能性を開く。
ある調査で、医師が患者と接するとき、患者が話を始めてから医師がそれを遮って説明
しだすまでの平均時間は「23 秒」だった。そして、それに「6秒」プラスした場合に、患
者から重要な情報を聞き出せる確率が大幅にアップしたという。私たちは、自分が知識を
もっている話題のときに、話をよく聞いていないことがよくある。どんなときでも、早合
点せず、注意深く人の話を聞くべきだ。そこに問題解決のヒントが隠されているかもしれ
ないからだ。
仮説は一つでなく、多数立てるべきだ。チームで問題解決にあたるときにリーダーはメ
ンバーに複数の仮説を与え、チャレンジさせるとよい。多くの可能性があれば、彼らは自
信をもって未知の状況に飛び込めるはずだ。間違っても自分の知識や経験から「こうなる
はずだ」と仮説を固定してはならない。
リーダーは、メンバーを「管理」するより「信頼」した方が、問題に立ち向かう強いチー
ムが作れる。知識を背景に権力をふるうのではなく、
「知らない」状態に身をおいて、メン
バーに考えさせ、場合によっては意思決定を任せる。そうすることでメンバーのモチベー
ションが上がり、さまざまな可能性を考えられるようになる。
コメント:本書で説かれている「知らない」こと(Not Knowing)とは、
「無知」ではなく「未
知」であることに留意すべきだろう。はじめから知識を身につけることを放棄せよという
のではない。
「知らない」と言って思考停止するのを良しとしているわけでもない。
「知っ
ている」ことに満足せずに、“ まだ ”「知らない」ことを追い求めるべき、というのが著者
の言いたいことなのだと思う。自信をもつのはわるいことではないが、
「過信」を避け、
「知
らないことがまだたくさんある」という謙虚さを失わないことが、カオスのような現代社
会を生き抜く秘訣なのかもしれない。
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