総合政策論叢 第4号 2013 年 3 月 [書 評] 高橋秀雄『e コマース・ビジネス その展開と動向』 (中央経済社、2012 年) 中京大学総合政策学部教授 太 田 真 治 本書は、電子商取引(e コマース)に関する本である。類書としては学術的には少なく、著 者は数少ない研究者といえる。著者は、2001 年に『電子商取引の動向と展望』税務経理協会に おいて電子商取引の先駆的な研究を行ってきたが、「刊行から 10 年以上経過し、その時点では 見えなかったことが、現在になって少しは見えてきている」はしがきより ということから本 書が刊行された。 第 1 章では、電子商取引とはそもそもどのようなものであるのか、なぜ電子商取引への取り 組みがなされるのか、といった電子商取引を分析するさいに、明確にしておくべき事柄につい て取り上げている。電子商取引の定義や電子商取引にインターネットが活用されている理由を 述べた後、インターネット直販による中抜きは神話であるとしている。「むしろ既存の流通業 者の販路に加えてネット上の仮想店舗等の新しい販路が登場し、販路が多様化するものと捉え た方がよい」本書 13 ページ とし、詳しい言及がなされている。電子流通チャネルの構造で は、有形製品の電子流通チャネルの構造、サービス製品の電子流通チャネルの構造が示され、 電子流通チャネルの利点と欠点があげられている。 第 2 章では、企業間電子商取引についてその問題について取り上げている。まず、過去の電 子市場ブームを概観したうえで、現在まで存続している電子市場にはどのようなものがあるか を明らかにし、成功している電子市場の特徴等について検討している。企業間電子商取引の市 場規模、EDI による企業間電子商取引、電子市場による企業間電子商取引、電子流通業者によ る事業者向けネット販売が述べられている。 第 3 章では、消費者向け電子商取引を取り上げている。ネット販売サイトや電子モールを取 り上げ、どのような取り組みがなされているのかを検討している。消費者向け電子商取引の現 況、製造業者や在来のタイプの流通業者等がネット販売に取り組む理由が述べられている。製 - 79 - 総合政策論叢 Vol.4 / 2013. 3 造業者のネット直販の動向として、パソコンのネット直販、家電メーカーのネット直販、化粧 品メーカーのネット直販が、電子モールによるネット販売の動向として、楽天市場、アマゾ ン・ドット・コム、現実の店舗をベースとする小売業者開設の電子モール、アパレル商品の電 子モール等によるネット販売の拡大について検討がなされている。最後にネットスーパーの動 向と価格比較サイトについて考察している。 第 4 章では、消費者向け電子商取引において、最近どのようなことが話題となっているのか、 そもそも消費者向け電子商取引は十分に採算が取れるものなのか、今後消費者向け電子商取引 に対して影響を及ぼすかもしれない技術的変化は何か、を取り上げている。そこでは、ネット 販売事業者の海外進出、消費者向けネット販売事業の収益性、電子商取引に影響を与える技術 的変化、データ放送を活用した電子商取引の可能性が述べられている。消費者向けネット販売 事業の収益性では、売上高の小規模性や採算性として赤字企業が 4 割程度を占める現状が書か れている。 第 5 章では、サービス製品(商品)の電子商取引に関して、特に旅行商品のネット予約・販 売について取り上げている。サービス業の中間業者の存立根拠が詳しく述べられ、旅行代理店 の中抜きは大きく進展していない現状が書かれている。 第 6 章では、電子書籍配信や音楽配信等の問題を取り上げ、デジタルコンテンツ配信の日本 的な特殊性を明らかにし、デジタルコンテンツ配信事業を収益の上がるビジネスにするにはど のような理解が必要なのかを検討している。電子書籍の動向と課題や音楽配信の動向と課題が 述べられている。 第 7 章では、電子商取引に伴って発生してくる消費者問題やトラブルを中心にみている。電 子商取引を安心、安全に利用するためにはどのようにしたらよいのかを考察している。電子 商取引における消費者問題に紙幅が割かれている。旅行商品等のサービス商品と消費者問題、 ネットオークションと法規制、改正薬事法による一般医薬品のネット販売規制、ドロップシッ ピングに関わる契約を巡るトラブルについて述べられている。 本書は、電子商取引の先駆的研究であり、「現時点での電子商取引の記録をとどめておくと いう点で、それなりの意味があると考える。」はしがきより という謙遜以上の丁寧な記述で 電子商取引(e コマース)の今とこれからの方向性が詳細に分析されている。いささか残念に 思われたのは、電子商取引におけるプラットファーム(=エコシステム)構築という最近のト ピックへの言及がなされていない点である。楽天市場やアマゾン・ドット・コムのような巨大 プラットフォームを構築している電子商取引企業の独自な戦略とその動向は無視できないも のと考えられる。また、同じ文脈ではあるが、情報仲介型のインフォミディアリといわれる クックパッドというサイトを展開しているクックパッド株式会社や HOME’S というサイトを - 80 - 書 評 展開している株式会社ネクストやジョブセンスというサイトを展開している株式会社リブセ ンス等は、本書の中でどう区分されるのかが示されていない。価格 .com というサイトを展開し ている株式会社カカクコムについては、第 3 章第 7 節で消費者向け電子商取引の価格比較サイ トとして扱われている。これらのケースは、IT を使ったサービス業として扱われ、有形財・無 形財を扱う電子商取引(e コマース)には該当しないとされていると見受けられる。評者とし てはどこかで論じていただきたかったと思う。しかしその点を割り引いても電子商取引(e コ マース)を体系的に論じた本書の価値は大きく損なわれることはないものであり、是非ご一読 をおすすめしたい好著である。 - 81 -
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