時間変動マトリックス方式-動電クロマトグラフィーに よる

岐阜薬科大学特別研究費報告書 (2007)
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―平成19年度 岐阜薬科大学特別研究費(奨励)―
時間変動マトリックス方式-動電クロマトグラフィーに
よる高機能複合モード分離システムの構築とその応用
江 坂 幸 宏
1.緒
言
3.結果・考察
このわずか 10 年の間に、生命科学は遺伝子情報(ゲノ
濃度グラジエント MEKC:CGR-EKC 法では、電気浸透
ミクス)から翻訳結果(プロテオミクス)、生命活動の証
流抑制条件下、構造分配相(キャリアー)が組成・濃度を
(メタボロミクス)を使って生命を議論する形へシフトを
変化させながら、試料群を相互作用の強さに応じた速度で
続けた観がある。この進展を支えた技術革新の中には、多
検出器に向かって運搬する。浸透流抑制には、低 pH 条件
くの生体分子の同定に不可欠であった高性能分離手法(キ
の採用、もしくはキャピラリー内壁修飾が用いられる。今
ャピラリー電気泳動法(CE)、マイクロ LC)の進展と質
回は pH 制限のないポリアクリルアミド誘導体修飾法をと
量分析の汎用化・高性能化があった。MS とのハイフネー
った。分離系には陽イオン性界面活性剤であるセチルトリ
ションによって、上流分離システムは既存法を用いれば充
メチルアンモニウムクロライド(CTAC)を用いたミセル
分という見方もあるが、科学の進歩とともに、更なる複雑
EKC(MEKC)を用いた。これまでに、CTAC-ポリオキシ
系を相手にすることになり、その構成成分を追うためには
エチレンアルキレート系非イオン性界面活性剤(Cn-POE,
絶えまざる分離手法の高性能化を続ける必要がある。
Brij 35 か Tween 20)混合系において、Cn-POE の濃度を
個々の部位において分化・変質した個々の細胞の活動
一分離中に逐次変化させるやり方(組成グラジエント
を追うシングルセル分析は、LC の既存法では対応できな
MEKC)で、有機アニオンのグラジエント溶出を行い、分
いといわれる。特に、微少量の一細胞液の構成成分を無駄
離向上・時間短縮に成功している。しかし、Cn-POE の働
なく、迅速に分析しきる要求に対し、キャピラリー電気泳
きはミセルと試料のイオンペア形成を抑制する効果に基
動法が分析ツールのエースとして期待されている。ただし、
づくため、非荷電有機分子の分離においては有効ではない。
汎用性、MS との接続等の課題もある。本研究では、それ
非荷電分子の分離では、本体のミセル(この場合 CTAC)
らの背景と課題を踏まえ、CE の高性能化を目指す。我々
の濃度が変化する濃度グラジエント法が有効である。
は、動的分配相のみで構成される動電クロマトグラフィー
しかし、イオン性界面活性剤(IS)である CTAC の濃
(EKC)では、LC では不可能な構造分配相側のグラジエ
度変化は、異なる濃度ゾーン間で電気伝導度の顕著な差を
ント法が可能であることを示した。[1] このキャリアーグ
生み、回路的にはキャピラリー内に異なる値の抵抗(を持
ラジエント(CGR)-EKC の延長上に多段の分離モードを
つゾーン)が直列につながった状態を生む。これにより、
直列連結したマルチモード(MM)-CE の実現が可能であ
各ゾーンに印加される電場の強さが IS 濃度に反比例して
ると考える。ここでは CGR-EKC の展開を通して、MM-CE
減少する。濃度グラジエント法では、先にミセルを低濃度
の実現に必要な理論・技術の確立を行った。
で導入して分離を完成させながら、次第に濃度の高いゾー
ンを導入して分離時間を短縮する。しかし、単純な IS 濃
2.実
験
度変化では、前ゾーンの電場がより大きいため、後半の高
濃度ゾーンが試料まで追いつかず、分離に関与しない、即
溶融シリカキャピラリーチューブは、浸透流抑制のため
ちグラジエント溶出が成立しないことが判った。
に、Poly-N,N-Dimethylacrylamide 内壁コーティングをして
この問題は、IS 濃度減少分を他の電解質で補償するこ
用いた。モデル試料には、置換ベンゼン類(図1参照)、
とで原理的には解決するが、定常的に補償するためには電
置換安息香酸類を用いた。注入は落作法を採った。分離過
解質の構成イオンがミセルと同じ電気泳動移動度を有す
程中の分離系へのキャリアー逐次導入は、GND に接した
る必要がある。そこで、移動度が同程度のイオンを検索し
陽極側のリザーバーの瞬時の交換(< 1 sec)によって行った。
岐阜薬科大学機能分子学大講座薬品分析化学教室(〒502-8585 岐阜市三田洞東5丁目6−1)
Laboratory of Pharmaceutical Analytical Chemistry, Gifu Pharmaceutical University
(5-6-1, Mitahora-higashi, Gifu 502-8585, JAPAN)
江坂幸宏:時間変動マトリックス方式-動電クロマトグラフィーによる高機能複合モード分離システムの構築とその応用
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たところ、テトラアルキルアンモニウムイオン(R4N+)
の実現が考えられる。しかし、定常的なキャリアーゾーン
が候補となった。中でも、エチル基を持つイオンが、最も
の形成が必要であり、前項の方法では、異なる電気泳動移
移動度が近く、CTAC ミセルとの有意な相互作用も観測さ
動度の複数キャリアーを用いる系には対応できない。これ
れないことから適当と判断した。
には、等速電気泳動法(ITP)の概念をキャリアーに対し
て適用することにした。ITP 分離系では、リーディングイ
オン(L)とターミナルイオン(T)のつめられたキャピ
4 ,5 ,6
(1)
9 ,1 0
ラリーの L ゾーンと T ゾーンの界面に L、T の電気泳動移
2 ,3
動度の間の値を持つ試料イオン群を注入し、電場印加後に
0 ,1
7
1 2
1 1
8
0
5
1 0
1 5
2 0
2 5
等速で移動する各試料ゾーンが経時的に自然形成(分離完
3 0
了)することを利用している。本原理を複数種の荷電キャ
4 ,5
リアーに適用する。ITP 状態の形成条件は次式になる。
2 ,3
6
(2)
1 0
0 ,1
9
1 1
1 2
7
8
0
5
1 0
1 5
2 0
2 5
4 ,5
3 0
CT =CL
3 5
(3)




ep , L 



ep, C 
µ
µ ep, T + µ
μep : イオン電気泳動移動度
C : イオン濃度
L : リーディングイオン
T : ターミナルイオン
この場合のイオンがキャリアーに相当する。L、T は各々
3
8 ,9
6
最前列、最後列のキャリアーとなる。各ゾーンが濃度を調
10
1
11
2
0

µ ep, T  µ ep, L + µ ep, C 
12
7
0
5
10
15
20
25
整して印加電場を調節し等速になる。この式が成り立つ濃
30
度で後続のキャリアーを導入すればよいことになる。これ
5
3
1 0
6
を、胆汁酸ミセルと SDS の逐次 MEKC に適用した。
(4)
1
デオキシコール酸(SDC)系 と SDS 系の途中置換を想
1 2
8
4
1 1
2
7
0
0
5
9
1 0
1 5
2 0
2 5
3 0
3 5
定した場合、SDS ミセルのほうが速いので L、SDC の方
4 0
を T と し た 。 C は 共 通 で Na+ と な る 。 mep,c=4.8 [/
5
3
1 2
8
2
0
0
5
(5)
1 0
6
1
10-4cm-1V-1s-1][2]および、実験値 mep,L= 3.6, mep,T=2.75 から、
1 1
CT/CL=0.85 と試算される。例えば、[SDC]=50 mM ならば
9
7
1 0
1 5
2 0
2 5
3 0
3 5
4 0
[SDS]=42.5 mM となる。実際にこの濃度比で双方のゾーン
移動速度は等しくなり、切替は問題なく行われた。
置換ベンゼン類の CTAC-MEKC 分離 [(1)-(4) イソクラティック
溶出法、(5)濃度グラジエント溶出法 条件:キャピラリー
(0.050mm I.D.×0.375 mm O.D) 全長 60 cm (有効長 30cm); 印
加電圧(電流) -10kV(24μA),泳動液:CTAC/50 mM acetate
buffer (pH 4.76);[CTAC], (1)65 mM (2)50 mM (3)35 mM (4)25
mM (5) 25mM (0-3 min) 35 mM(3-5 min) 50 mM (5-7 min) 65 mM(7
min -) ; 試 料 , 0 : 4-chloro-2-nitroPhenol 1 : p-ethylPhenol 2 :
4-nitroPhenol 3:p-cresol 4:p-toluidine 5:Acetotoluidine 6:Aniline
7:p-chloroanisole 8:Anisole 9:Phenylacetate 10:Acetanilide 11:
Hydroquinone 12:Hydroxyacetanilide
対イオンを共通にするため、テトラエチルアンモニウ
同様の胆汁酸と SDS の複合系で、コール酸ナトリウム
(SC) から SDS/Tween 20 への途中置換による置換ベンゼ
ン類の分離について予備的検討を行ったところ、“各キャ
リアーゾーンの効果の加成性”が明確に見られた。これは、
MM-CE を成立させる上で極めて重要な成果である。また、
胆汁酸ミセルは光学分割を可能にする一方で、SDS は全
般的な分離能力に優れる。これらを複合的に任意の貢献度
で働かせることの有用性は疑問のないものである。
ムクロライド(TEAC)を補償剤に選択し、CTAC 濃度グ
展望:本計画によって見出されたキャリアーゾーンの
ラジエントを行った。有機アニオン(置換安息香酸)及び
定常的形成法の適用は、原理上、各種 MEKC モードの直
非荷電有機分子(置換ベンゼン)双方に対して、良好にグ
列だけでなく、錯生成を含めた各種 EKC、CZE の直列も
ラジエント溶出が行われた。置換ベンゼン類の結果を上図
可能にする。今後、実際に様々な組み合わせを検討し、問
に示す。各濃度での分離の優れた部分が活かされ、かつ分
題点の抽出・解決と実用性の高いシステムを構築して行く
離時間の短縮が行われている。(興味深いことに、CTAC
予定である。また、本法では、MS 測定直前にキャリアー
=100mM の溶液と TEAC=40mM の溶液は同程度の伝導
を系から退避させることが可能であり、分子識別能を有す
度を示す。これは輸率の考えに従えば、CTAC はミセル中
る EKC と MS の汎用的結合を可能にすると考えている。
でイオンペアを 6 割程度も形成している計算になる。)
MM-CE のための等速電気泳動条件の導入:これまでの検
4.引用文献
討では同種のキャリアーの濃度・組成の変化にとどまって
いるが、その延長には全く異なるキャリアーの組み合わせ
による逐次的多段階分離モード(マルチモード:MM)-CE
1) Esaka,Y., Sawamura, M., Murakami, H., Uno, B., Anal.
Chem., 2006, 78, 8142.
2) 高柳俊夫、本水昌二, CE アドバンス, 2000, 4, 48.