エルガー/チェロ協奏曲ホ短調 作品85 サー・エドワード・エルガー(1857

■エルガー/チェロ協奏曲ホ短調 作品85
サー・エドワード・エルガー(1857-1934)というと、りっぱな口髭をたくわえて、手
袋をはめた右手にステッキをもっている写真が印象的である。いかにも紳士といった風情
は国⺠的作曲家のイメージにぴったり。パーセル以来、これといった作曲家に恵まれなかっ
たイギリスにあって、ヴィクトリア王朝からエドワード王朝へと、大英帝国の最後を飾る時
代を生きた彼はイギリス近代音楽の頂点にたつ人物だった。ナイトの称号や、晩年に受けた
准男爵や国王の音楽師範といった名誉職、ロイヤル・フィルハーモニック協会の⾦メダルな
どの栄誉がそれを証明している。
だが、エルガーの人生をたどってみると、けっして追い風ばかりではなかったことがわか
る。たとえば、第⼀次世界大戦終結後にようやく落ち着きつつあった暮らしの中で取り組ん
だ《チェロ協奏曲》も、初演は不評だったという。今では多くのチェリストがレパートリー
としているこの協奏曲が、なぜ成功しなかったのか。エルガー本人が指揮をしたにもかかわ
らず、オーケストラとの練習時間は極端に短く、十分な準備ができていなかったこと、さら
に初演のソリストだったフェリクス・サモンドの抑制のきいた演奏は、華やかなヴィルトゥ
オージティを期待した聴衆には不満だったことが理由として考えられる。同じ年にベアト
リス・ハリソンに独奏を頼んで録音した演奏によって、この曲の人気は微妙に変化した。戦
後、やはりイギリスの⼥性チェリスト、ジャクリーヌ・デュプレがこの協奏曲を得意とした
ことから、エルガーの協奏曲は「⼥流にかぎる」といった風評がたったほどである。⼥性が
良いかどうかはともかく、内省的な楽想には熱い思いで曲に没⼊していくパッションが必
要なのかもしれない。
オーケストラはヴァイオリン協奏曲よりも小ぶりで、独奏パートもはるかに地味ながら、
エレジー風の抒情性が全体を支配している。冒頭にチェロが奏でるレチタティーヴォのメ
ロディが第2楽章への移⾏部分で⽤いられ、また、第4楽章のモデラートの部分の主題など、
ここから導き出されたモチーフや主題が曲全体に織り込まれている。全4楽章構成だが、第
1楽章と第2楽章は続けて演奏される。第1楽章はアダージョの堂々たる序奏に続いて、モ
デラートの主部となる。シンプルなリズムで尾をひくように奏でられる第1主題と、流動す
る第2主題が変奏、反復されていく。最初のレチタティーヴォを再現して続く第2楽章はス
ケルツォ風。第3楽章アダージョは独奏チェロが優美な歌を奏でる緩徐楽章。甘美な表情の
中にときおり挟まれる非和声音がきいている。第4楽章はアレグロの堂々と⼒強い音楽で
はじまるが、第2主題のやさしい表情など、大きな振幅を描いていく。第3楽章の引⽤がき
かれる。最後は第1楽章冒頭のアダージョのレチタティーヴォがよみがえったのち、緊迫し
たアレグロ・モルトの終結部で決然と曲が閉じられる。
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