電 子 書 籍 が﹁ 本 物 ﹂に な る た め の 三 つ の 条 件

電子書籍が﹁本物﹂になるための三つの条件
林智彦
︵ サ ブ カ ル チ ャ ー。 言 う ま で も な い が、 和 製 英 語 と し て の﹁ サ ブ カ ル
チャー﹂とは何の関係もない︶にしかすぎないことになる。
﹁紙の出版﹂を支えてきたエコシステムが、脆弱化
いま、
し て い る。 紙 の 本 ↓ ︵電子化︶↓ 電 子 書 籍、 と い う 仕 組 み を
誰も「電子書籍」の本当の意味を知らない
﹁東京には本当の空がない﹂といえば﹁智恵子抄﹂だが、
﹁日本には本当の電子書籍がない﹂といったら驚かれるだろ
とっている限り、
﹁ 紙 の 出 版 ﹂ の 脆 弱 化 は、 イ コ ー ル﹁ 電 子
書籍﹂の衰弱につながる。
うか? だが、実際そうなのだ。
多くの人が、スマホやタブレット、専用端末で読む﹁紙の
本に似た何か﹂を、電子書籍と呼んでいる。
どうか ︵存在︶というよりは、どうすべきか ︵当為︶という問
筆者は、そうではない、と考える。というより、そうでな
くする道を探さない限り、出版の未来はありえない。現実に
﹁電子書籍﹂は、本当に﹁紙の書籍﹂の下位概念
しかし、
なのか。
読む。これが﹁電子書籍﹂だと。
﹁電子化﹂と呼んでいる︶
、ネットを通じて販売し、デバイスで
題なのだ。
紙の本で既に売っている、あるいは紙の本用に制作したテ
キストや画像を、スマホなどで読める形式に変換し ︵これを
﹁紙の書籍﹂の下位文化
こ の 考 え だ と、﹁ 電 子 書 籍 ﹂ は、
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では、既存出版の﹁下位概念﹂でない﹁電子書籍﹂は、どの
ように構想されるべきなのだろうか? 様々な事例を踏まえ
ながら、ここでは、次の三つにわけて考えてみたいと思う。
⑴﹁出版プロセスの変革﹂としての電子書籍
⑵﹁ウェブ化﹂としての電子書籍
⑶﹁ハイブリッド化﹂としての電子書籍
以下、順に説明していこう。
⑴「出版プロセスの変革」としての電子書籍
二〇一三年六月、グローバルなメディア・コングロマリッ
トの一つ、ニューズ・コーポレーションが、シドニーで恒例
の投資家向けイベントを開催した。この中で発表されたある
スライドが、出版業界の耳目を集めた。
傘下の出版社、ハーパーコリンズ ︵いわゆる﹁ビッグ ﹂の一
﹁紙の書籍よ
角 を 占 め る 大 手 ︶が、 経 営 方 針 を 説 明 す る 中 で、
https://newscorpcom.files.
りも電子書籍の方が儲かる﹂と主張したからだ ︵以下、ニュー
ズ・ コ ー ポ レ ー シ ョ ン の 資 料 よ り。 U R L は
︶
。
wordpress.com/2013/06/invpres_australia.pdf
当時発表された資料の概略をまとめると、次のようになる。
◦電子書籍が紙の書籍を代替することで、一冊あたりの売上
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金額は減る。
あ る。 電 子 書 籍 で は、 制 作・ 配 送・ 返 本 に 関 す る コ ス ト が
﹁ゼロ﹂となっているのだ。
うのはどうなのか。現状、日本の出版社では、電子書籍の制
◦しかし、一冊当たりの利益は増大する。
売上が減るのに、なぜ利益が増えるといえるのか? ここ
に核心がある。
費に含めてしまっている例が多いように思う。だから﹁電子
◦電子書籍が増えることで、運転資金の必要性が減る。
同資料では、紙の単行本の一般的な価格を、一九・六ドル、
電子書籍の価格を、一四・九九ドルとしている ︵以下、資料で
されることが多い。
書籍の原価がゼロ﹂と言っても、
﹁今もそうですよ﹂と指摘
読 者 の﹁ な ー ん だ ﹂ と い う 声 が 聞 こ え て き そ う だ。﹁ 配
送・返本コスト﹂はともかくとして、
﹁制作費﹂がゼロとい
。つまり電子
は豪ドルで表示されている場合も、米ドルに換算する︶
る。
れにウェブを同時に制作するCMS ︵コンテンツ管理システム︶
しかし、ちょっと待ってほしい。ここでいう﹁電子書籍コ
ストゼロ﹂というのは、
﹁配賦すれば﹂という意味ではなく、
作費 ︵二万円∼二〇万円︶や担当社員の人件費は、紙本の編集
書籍の価格を、紙本の七割程度とする。版元からの出し正味
こうした仮定の元で、出版社の利益はどうなるか? 単行
本の場合、一冊あたりの粗利は三・九七ドルであるのに対し、
を導入しており、紙の書籍を校了すれば、同時に電子書籍の
︵卸値︶は、紙本で四九%、電子書籍で七〇%と設定されてい
電子書籍では、一冊あたり粗利は、七・八七ドルになるとい
制作も完了している。日本で行っているような﹁電子化﹂の
文字通りの意味である。先進的な出版社では、紙と電子、そ
う。
このような事例としてよく取り上げられるのが、ハーパー
コリンズであり、フランスのラガルデール・グループ傘下の
作業自体が存在しないのだ。
アシェット・ブック・グループ ︵こちらもビッグ の一つ︶であ
つまり﹁︵たとえ小売価格が紙の七掛けでも︶電子書籍は、紙の
書籍の倍儲かる﹂ということなのだ ︵なお、著者印税は、紙の本
等に設定されている。印税率は紙が一五%、電子が一七・五%︶
。
り、技術書のオライリーである。
一 冊 に つ き 二・ 九 ド ル、 電 子 書 籍 一 冊 に つ き 二・ 六 二 ド ル と、 ほ ぼ 同
どうしてそうなるのか? もちろんこれには、からくりが
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