社会の変容と畜産女性の活躍 - 全国肉用牛振興基金協会

特集
生産基盤を支える女性の力
社会の変容と畜産女性の活躍
独立行政法人 家畜改良センター岩手牧場 場長 白戸 綾子
今、なぜ女性なのか
社会の変容と畜産女性の活躍
家族的畜産経営、特に小規模な複合経営が多い
この半世紀ほど、農業従事者に女性の占める割
肉牛繁殖農家では、女性の果たしている役割はと
合は50∼60%、基幹的農業従事者(農業就業人口
ても大きい。家事・育児・介護など家庭生活のほ
の内、普段の就業形態が「仕事が主体」)に女性
とんどを担いながら、毎日の牛の管理や田畑の仕
の占める割合も45∼50%前後で、日本農業の半分
事、あるいは経理を担当するなど、1日中休みな
を女性が支えている。しかし、図1に示したよう
く頭と体がフル回転している。「経営状態の良い
に、農業委員や農協役員の女性割合は極端に少な
ところは、母ちゃんがしっかりしている」との評
く、農業分野で女性が決定権を持つ場面はまだま
判をよく聞くところである。
だ少ない。1985年に労働基準法が改正され、多く
筆者はここ数年、生産者を中心とする畜産に携
の産業分野の表舞台で女性が活躍するようになっ
わる女性の集まりに参加しているが、そこで、こ
たが、伝統的な家族制度の良さを残す農村社会に
れからも牛飼いをしていくにはどうしたらいい
あっては、「男は外、女は内」という性別役割意
か、熱心に考え行動する多くの女性に出会った。
識が現在も根強い。たとえ実力はあっても、夫を
彼女たちは、ユーモアと向学心にあふれ、とにか
前面に立て、自分は一歩下がって補佐役を自認す
く前向きである。一緒にいると元気さが伝染し、
る女性が多い。
こちらも心にエネルギーが満ちてくる。
だが、これだけの情報社会になって、世の中の
今日のように社会や経済に予想もしない変化が
様々な動きに関心を持ち主体的に考えることの大
起こる時代にあって、次々と起こる問題に対処す
切さ、更に、生活者としての視点を社会に活かす
るために、自由で多様な発想が必要とされる。企
べきだと、一家の台所を預かる女性は感じている。
業では、社員の多様性をどう活かすかが業績を左
2001年のBSE(牛海綿状脳症)発生は、畜産業
右するとも言われ、「ダイバーシティー(多様性)
界のみならず、多くの国民の食の安全や安心に対
推進委員会」なる組織を設けている会社もある。
する認識を変えた。その後に続く食品偽装などの
畜産業界も例外ではなく、これまで男性主導で企
事件もあり、牛肉消費は激減し、肉用牛農家は存
い女性が活躍するための方策を考えたい。
昭
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和
ワークや行動を紹介しながら、さらに多くの牛飼
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が進んでいる。広がりつつある畜産女性のネット
年
分の力を発揮したいと考える人が増え、仲間作り
成
域や国内外の課題にも広く関心を持ち、もっと自
5
4.5
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3.5
3
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2
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1
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性や思考を活かすべきと考える。女性の側も、地
平
画・運営されてきたが、更なる発展には女性の感
農業委員の女性割合
農協役員の女性割合
資料:農林水産省「農業委員会、農協、漁協への女性の参画状況」より
図1 農業委員・農協役員に女性が占める割合(%)
2
亡の危機に直面したが、苦境を打開するため、一
歩踏み出した女性生産者が多くいた。売れなくな
表1 県段階での畜産女性ネットワーク設立状況
県名
団体名
発足時期
秋田
畜産を担う女性の会
平成15年2月
福島
畜産に携わる女性ネットワーク
∼うつくしま福島畜産mother’sクラブe−EN∼
平成20年7月
に立って宣伝した人、自分で直売店を開設した人
群馬
群馬の畜産を担う女性ネットワーク
平成13年3月
など、「私たちがやらなくて、誰がやる」と生産
埼玉
畜産女性いきいきネットワーク埼玉
平成20年1月
千葉
ちば畜産レディースネットワーク
平成19年3月
った牛肉をどうするか、周囲にプレゼントした人、
口コミで数キロずつ販売した人、スーパーの店頭
者自らが牛肉の安全性を消費者に訴えかけた。牛
神奈川
かながわの畜産に携わる女性ネットワーク
平成18年11月
肉消費が回復した後も、食料生産における消費者
富山
富山県きときとネットワーク
平成20年12月
重視の流れは定着し、生活者である女性の視点で
山梨
山梨畜産女性ネットワーク部会
平成18年10月
生産現場を動かす意義は益々大きくなっている。
長野
長野県21世紀に羽ばたく畜産を担う女性の 平成11年12月
ネットワーク委員会
また、地球環境保全のために、循環型社会の構
三重
三重の畜産女性の会 サン・カラット
平成18年11月
築が意識され、農業という産業の可能性に注目が
滋賀
滋賀県畜産に携わる女性交流会
平成18年3月
島根
しまね畜産女性ネットワーク
平成18年7月
岡山
畜産女性の会「おかやまフォーベルネット」
平成19年3月
な事件が続発し、「いのちの教育」が意識される
広島
畜産に携わる広島県女性ネットワーク
平成18年11月
社会の有様に、植物でも動物でも「いのち」を育
香川
讃岐畜産女性の会
平成12年1月
む仕事の価値が再評価されていることを感じる。
愛媛
めぐり愛・媛ネットワーク
平成19年11月
福岡
畜産女性いきいきネットワーク・福岡
平成17年9月
大分
ゆめネットおおいた
平成19年3月
食や農への関心を持った都会の若い女性が、新た
鹿児島
畜産ネットさつまおごじょ
平成18年7月
な発想で多くの人の関心を呼び起こしている。
沖縄
女性ネットうない沖縄(仮称)
平成20年10月
集まるようになった。一方、無差別殺人など凄惨
最近では、「ノギャル・プロジェクト」のように、
牛飼い女性が、外に向かって新たな挑戦をする
このほか、新潟県、京都府で設立準備中
(全国畜産縦断いきいきネットワーク平成21年総会資料より)
事例も各地で聞く。生産物の加工・販売を起業し
たり、消費者との交流や子供達への食育活動を展
(いきいきネットワーク)」が発足し、活動が継続
開したり、放牧による雌牛増頭、学校給食への牛
している。参加者の中心は、畜産・農業の女性生
肉利用など、好奇心と使命感で行動を起こしてい
産者だが、趣旨に賛同すれば、消費者や畜産機関
る。岩手県紫波町の細川栄子さんは、BSE発生の
の職員、そして男性も参加可能である。活動経費
年に肥育牛増頭を決断、紫波モチモチ牛を宣伝し、
の多くは、参加費、年会費でまかなわれており、
産直加工施設「あぐりちゃや」の代表を務める。
フラットな組織である。会報やホームページ、個
元々の稲作と肥育に加え、繁殖雌牛を飼い始め、
人的な情報交換が主体だが、定期的に全国規模あ
更に規模拡大や放牧もしたいと語る。「米も好き、
るいは県単位の集会が開催されており、新たな仲
牛も好き」と言う彼女が、一つずつ夢を形にして
間作りの場となっている。
いく実行力には感服する。
それぞれのグループの設立趣旨に違いはある
が、その目指すところは、参加者が成長し、畜
畜産女性のネットワーク
産・農業を魅力あるものとし、外に向け発信する
ことであろう。そのために、技術や経営管理、経
農村における女性組織と言えば、農協の女性部、
済情勢などを勉強し、情報を交換する。行政機関
地域の生活改善グループなど長い活動の歴史があ
との意見交換、消費者交流など、個人では難しい
るが、ここ10年くらいを振り返ると、従来と異な
ことも組織として実現している。畜産や社会の在
り、地域を限定せず、志を同じくする女性が自由
り方に自分の意見を持っていても、それを話す機
意志で参加するネットワークが出現している。
会があまりなかった女性にとって、意志表明の場
1994年に「田舎のヒロインわくわくネットワー
ともなる。「私は、人前で話したこともなくて」
ク」、2000年に「全国モーモー母ちゃんの集い」、
と話し始めても、素直で飾らないスピーチは、そ
2005年に「全国畜産縦断いきいきネットワーク
れぞれの人柄が表れ、聞く人の心に深く届く。単
3
特集
生産基盤を支える女性の力
に情報の交換だけでなく、人と人の温かな交わり
の場は、とても居心地が良く、また参加したくな
る。
(社)全国農業改良普及支援協会が、「畜産女
性のネットワーク活動の現状と今後の課題」と題
する報告書を、2009年3月に発行している。前述
の「いきいきネットワーク」の会員や道府県の畜
産協会を対象としたアンケート調査、県単位のネ
ットワークの事例調査、畜産女性に関する2回の
シンポジウムについてまとめたものである。そこ
には、「視野を広げたい」「情報を収集したい」と
記念写真(全国モーモー母ちゃんの集いin宮古島)
いった知的向上を求めてネットワークに参加し、
それとともに「仲間ができた」ことを評価してい
う気になる。奥さんを快く宮古島まで送り出した
る会員の姿がある。
ご主人は、「そうか、やってみるか」と賛成しな
「いきいきネットワーク」は畜種を越えた畜産
くてはいけない。子牛の発育が良くなり、値が高
女性の全国組織として発足したが、日帰りできる
くなれば、沖縄旅行の投資?も回収できるだろう
場所でより多くの仲間とつながりたいと、各地の
し、何より奥さんは、心の広いご主人に感謝して、
会員が核となって、県単位のネットワークを誕生
笑顔で牛飼いを続けていくに違いない。
させている(表1)。
全国モーモー母ちゃんの集い
in宮古島
東北ブランド牛シンポジウム
去る11月26日、岩手県奥州市にある「牛の博物
2008年11月に沖縄で開催された「全国モーモー
館」が、開館15年記念事業として「東北ブランド
母ちゃんの集いin宮古島」には、250人ほどが集
牛シンポジウム∼牛飼い女性が語る」を開催した。
まり、繁殖管理や子牛管理の研修とともに、「こ
元岐阜県肉用牛試験場の中丸輝彦氏の基調講演に
の危機の中でいかに行動すべきか」について、パ
続き、米沢牛、前沢牛、仙台牛の女性生産者が、
ネルディスカッションが行われた。宿泊ホテルや
それぞれの経営や地域での取り組み、ブランド牛
懇親会では、初対面でもすぐにうち解けて友達に
にかける想いを語った。宇都宮大学の松村啓子准
なり、牛飼いの苦労や楽しさで話が尽きない。実
教授がコメンテータとして、女性が肉用牛生産に
行委員会の企画にも、随所にうれしい演出が満ち
係わる時、家庭内での橋渡し、地域での橋渡し役
ていた。男性講師を巻き込んだ寸劇や、各地の名
としての役割が大きいと指摘していた。
産品紹介は笑いにあふれ、資料やおみやげのパッ
ケージにも細やかな気配りがあり、楽しい気分を
盛り上げてくれる。女性はどこでも、楽しむこと
にどん欲だが、畜産の集いでもその特性は遺憾な
く発揮されている。笑いと熱気に満ちた2日間は
あっという間に過ぎていったが、帰ってからも
「遠くで頑張っている仲間」の存在は大きい。楽
しかった時間と、大変なのは自分だけじゃないと
いう確信は、点在し孤立しがちな畜産女性を元気
づける。加えて、管理技術の情報も得て、「子牛
の下痢予防に、聞いたことを試してみよう」とい
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東北ブランド牛シンポジウム
日常の牛管理作業は、両親や夫、息子などと分
担されることが多いが、担当ごとの仕事がうまく
いっているか、誰か外出した時に誰がカバーする
か、不調の牛をみんなに伝達するなど、家庭内の
情報伝達の要になっている。彼女たちが自分のこ
とを語る時、「自分はできることをしているだけ。
サポート役」と言っていたが、生き物を飼ううえ
で重要な「細やかな観察」に長けていることが覗
われた。山形県の遠藤恵美子さんは、「牛の後ろ
に立てばすべてがわかる(糞や後ろ姿の観察が重
要)」と管理のコツを表現していた。宮城県の大
平成21年東北農政局での意見交換会参加者
友淳子さんは、非農家出身で消費者の視点が良く
関の連携も提起された。堅苦しい会議室でお茶を
わかり、消費者やバイヤーの見学受入も積極的に
飲みながらでも(お酒がなくても)、率直で心を
行っていること、牛のストレスをできるだけ少な
開いた会話ができるのは、女性の特技だと思う。
くするため、給餌時間も一定にしていると語った。
岩手県の及川光子さんは、始めは牛が怖かった
牛飼い女性がもっと活躍するために
が、地域の勉強会等に参加し、徐々に生き物を飼
う責任を自覚したと話し、都会の中高生を受入、
主婦役の女性が家を空け、出かけるというのは、
農業を知らせる活動を紹介した。3人とも、ボラ
準備が要る。早めに起きて、掃除洗濯を済ませ、
ンティア精神に富んでおり、牛肉の販売促進活動
家に残る家族の食事を用意したり、留守の間に困
や農業体験受入において、橋渡し役を楽しんでい
ることがないようにメモを残したりする。まして
ることが伝わってきた。
や、牛飼いであれば、自分の分担している仕事が
なお、発表した御三方と松村先生は初対面だっ
あり、昨日から下痢気味の子牛を気にしつつ、出
たが、本番前にすっかり意気投合し、舞台裏で楽
かけることになる。私が出会う女性たちは、「家
しげに話が弾んでいた。女性が集まれば、すぐに
族の理解があるから出かけられる。遠慮して出か
友達の輪ができるのである。
けられない仲間も沢山いる」と言う。
畜産は生き物を飼い、産ませて、育てる仕事で
繁殖雌牛増頭推進運動
ある。それは、生み育てる性である女性にとって
得意とすることであるが、ずっと自分の家や牛舎
2005年に農林水産省が肉用牛の増頭目標を立
の中だけでは刺激に欠ける。外に出かけて、様々
て、地方農政局や県等が肉用繁殖雌牛の増頭推進
な知識・意見に接することで、我が家の現状を認
を図っている。東北農政局、中四国農政局、岩手
識し、更に牛飼い技術も磨かれるのである。そし
県等では、行政と生産者、あるいは生産者相互の
て、女性同士の連帯感は明日への活力につながり、
交流と情報交換のために、女性生産者中心の意見
元気な牛飼い女性が、家庭や牛舎を明るくし、地
交換会を開催している。肉用牛経営における女性
域に活力をもたらすだろう。
の重要性を認識した企画だが、主催者が驚くほど
男性諸氏は、家庭や組織で女性が前へ踏み出す
活発な会議であった。陳情や愚痴の類はほとんど
ために、そっと背中を押して欲しい。牛も人も、
なく、自らの課題をどう解決するか、実行してい
男も女も、それぞれが持てる能力を十分に発揮す
ること、考えていることを発言し、質問と提案が
ることで、畜産の未来が拓けるのだから。
行き交う。子牛の市場価値をどう高めるか、飼料
(しろと あやこ)
イネの利用で耕種農家とどう連携するか、牛肉の
消費拡大をどう働きかけるか等、生産者と行政機
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