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SURE: Shizuoka University REpository
http://ir.lib.shizuoka.ac.jp/
Title
Author(s)
制御を目的としたモデル規範適応システムに基づく永久
磁石同期モータの磁極位置推定法に関する研究
小原, 正樹
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2013-01
http://doi.org/10.14945/00007653
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静岡大学
博士論文
制御を目的としたモデル規範適応システムに基づく
永久磁石同期モータの磁極位置推定法に関する研究
2013年
大学院
1月
自然科学系教育部
環境・エネルギーシステム
小
原
正
樹
専攻
目次
目次
第1章
はじめに
1
1.1
研究の背景
1
1.2
研究の目的
4
1.3
論文の概要
6
参考文献
第2章
9
制御用MRASに基づくPMSMの磁極位置推定法
11
2.1
緒言
11
2.2
磁極位置センサレス制御の現状と分類
12
2.3
MRAS の概要
21
2.3.1
MRAS とは
21
2.3.2
MRAS の構成
21
制御用 MRAS による PMSM の磁極位置推定
2.4
25
2.4.1
磁極位置推定の原理
25
2.4.2
磁極位置推定系の実現手順
25
2.5
本研究の位置付け
32
2.6
結言
35
参考文献
第3章
36
中・高速域における磁極位置センサレス制御法
I
41
目次
3.1
緒言
41
3.2
MRAS の構成
41
3.3
IPMSM の状態方程式の導出
42
3.3.1
規範モデル
42
3.3.2
γ-δ 推定回転座標における状態方程式
44
3.4
磁極位置推定則
45
3.4.1
誤差方程式の導出
45
3.4.2
安定性と推定則
46
3.4.3
SPMSM の推定則との関係
49
3.5
実機実験
50
3.5.1
SPMSM の実機実験
50
3.5.2
IPMSM の実機実験
53
3.6
結言
63
参考文献
第4章
65
停止時における磁極位置推定法
67
4.1
緒言
67
4.2
MRAS の構成
68
4.3
磁極位置推定則と安定性
71
4.3.1
規範モデルの導出
71
4.3.2
γ-δ 推定回転座標における状態方程式
72
4.3.3
誤差方程式の導出
73
4.3.4
安定性と推定則
73
4.3.5
極性判別方法
76
4.4
シミュレーションと実機実験
76
4.5
結言
82
参考文献
83
II
目次
第5章
磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
85
5.1
緒言
85
5.2
MRAS の構成
86
5.2.1
γ-δ 推定回転座標における状態方程式
86
5.2.2
回転速度と磁極位置推定値の導出
87
5.2.3
MRAS の構成
90
5.3
パラメータ変動に対する磁極位置の影響
90
5.3.1
巻線抵抗変動の影響
90
5.3.2
同期インダクタンス変動の影響
94
5.3.3
誘起電圧定数変動の影響
95
5.4
実機実験
96
5.4.1
パラメータ変動時の磁極位置推定誤差
5.4.2
パラメータ変動時の過渡特性
104
5.4.3
巻線抵抗変動時の安定性
110
5.5
結言
110
参考文献
第6章
97
113
巻線抵抗推定と推定系の線形化による磁極位置推定特性の改善
115
6.1
緒言
115
6.2
MRAS の構成
116
6.2.1
γ-δ 推定回転座標における状態方程式
116
6.2.2
誤差方程式の導出
117
6.2.3
安定性と推定則の導出
120
6.3
線形化と最適調整
125
6.3.1
非線形補償なしの関係式
125
6.3.2
非線形フィルタによる線形化
126
6.3.3
安定性解析と最適調整
128
6.4
実機実験
130
III
目次
6.4.1
実験装置の構成とパラメータ
130
6.4.2
非線形補償時の過度特性
130
6.4.3
巻線抵抗変動時の磁極位置推定値の過度特性
131
6.5
結言
134
参考文献
第7章
139
まとめ
141
7.1
研究の成果
141
7.2
今後の課題
144
付録1
MRASの設計法
147
付録2
ポポフの超安定論
154
付録3
リアプノフの直接法
156
付録4
γ―δ推定回転座標における状態方程式
157
付録5
(3-31)が(3-24)を満足する証明
161
謝辞
発表論文
IV
第1章 はじめに
第1章
はじめに
1.1 研究の背景
交流モータは,直流モータに比べて構造が簡単,高効率で省エネルギー,ブラシ
レスで保守が容易といった特長があり,しかも可変速が可能なベクトル制御技術の
実用化とともに急速に応用が拡大してきた。特に,最近ではパワーエレクトロニク
ス技術である MOSFET や IGBT などに代表される電力半導体素子の高速,大容量化
とそれに伴うインバータやコンバータなど電力変換器の小形,高性能,大容量化の
実現と,マイクロエレクトロニクスであるマイクロコントローラ,DSP や LSI など
の高機能,高性能デバイスの開発による制御の高速,高性能化の実現により,交流
モータの適用範囲は家電,産業機械,交通など幅広い分野に広がっている(1)-(7)。
交流モータは誘導モータ,同期モータに分類される。スイッチトリラクタンスモ
ータを含む分類もあるが(1)(8),まだ応用範囲が限定されているため,この論文では
除外する。交流モータの中でも回転子に永久磁石を用いた同期モータは,他の交流
モータと異なり励磁損失がなく永久磁石や電磁鋼鈑の性能向上により小形化,高効
率化,大容量化が実現でき,しかもこれを駆動する制御技術も大きく進歩している
ため,従来の交流モータからの置き換えが進んでいる。昨今のエネルギー問題や環
境問題への対応の重要性から,高効率,省エネルギーである永久磁石同期モータ
(PMSM)の用途はさらに多岐にわたり拡大している(8)-(12)。
PMSM は回転子の永久磁石の形状から表面永久磁石同期モータ(SPMSM)と内部
1
第1章 はじめに
永久磁石同期モータ(IPMSM)に分類される。図 1-1 に PMSM の代表的な回転子構
造を示す。また,固定子の巻線形状から集中巻と分布巻に区別される。集中巻は分
布巻に比べて小形で銅損が少ないが,鉄損やトルクリプルが大きい。このため小形
化を要求する家電分野などで応用されており,一般的には分布巻を用いた PMSM が
採用されている(10)(13)。
SPMSM は,図 1-1 (a)のような表面に磁石を貼り付けた構造であることから全ての
位置の磁気抵抗は一定となり,d 軸インダクタンス Ld と q 軸インダクタンス Lq が等
しい非突極機となる。このため,トルクリプルが小さく,高速,高性能で定トルク
領域での特性が重視されるサーボモータに応用されている(14)-(16)。
IPMSM は,図 1-1 (b)で示すように永久磁石が回転子内部に埋め込まれた構造とな
っており,固定子巻線が発生する d 軸の磁束は磁気抵抗の大きい磁石に阻まれ,q
軸の磁束は磁気抵抗の小さい鉄心を通過できるため,d 軸インダクタンス Ld と q 軸
インダクタンス Lq の関係は Ld < Lq の逆突極機となる。このため,IPMSM は(1-1)に
示すようなトルク(T )の式になる。
T  Pn m i q  Pn ( Ld  Lq ) i d i q
(1-1)
ここで,Pn:極対数,  m:誘起電圧定数,id,iq:d–q 回転座標上の電流
(1-1)から明らかなように IPMSM はマグネットトルクだけでなくリラクタンストル
クを利用できるので,同一電流で最大トルクを発生できしかも弱め界磁時にもトル
クの減少を抑制できるため,SPMSM に比べて定トルク域での最大トルク,高速度
域での出力範囲共に優れている(13)。この特長から IPMSM は電気自動車(EV)やハ
イブリッド電気自動車(HEV)をはじめ他の分野への応用が盛んである(10)(11)(18)。
一般にモータの回転速度を制御する場合,速度センサを使用している。特に PMSM
の場合には永久磁石の位置が必要であるため,磁極位置と速度センサが必要となる。
しかしながら,図 1-2 の磁極位置センサレス制御の目的と初期の用途に示すように,
磁極位置と速度センサを取り除くと機器のコスト低減,耐環境性向上,省スペース
を実現できるため,使用環境あるいはスペースの制約から磁極位置センサを利用で
きないかそれほど精度や応答を要求しない用途(例えば,エアコン,ファン,ポン
2
第1章 はじめに
d axis
q axis
N
S
S
N
N
S
S
N
(a) 表面永久磁石同期モータ
d axis
q axis
N
S
S
N
N
S
S
N
(b) 内部永久磁石同期モータ
図 1-1
永久磁石同期モータの代表的な回転子構造
3
第1章 はじめに
プなど)では磁極位置センサレス制御が不可欠である。図 1-3 に磁極位置センサレ
ス制御の簡単な歴史を示す。当初,誘導モータが対象であった速度センサレス制御
の研究は,PMSM の応用範囲の広がりとともに,PMSM に対する磁極位置センサレ
ス制御の研究へ拡大し,現在でも盛んに行われている。中・高速域における誘起電
圧を利用した方法では,初期の段階での 120°通電形インバータを駆動する方法から,
高精度など性能向上の要求に応じて正弦波インバータを駆動する方法が中心となり,
これまでに数学モデルを利用した様々な方法が提案され実用化レベルに達している。
停止中あるいは極低速では高周波の正弦波,矩形波を外部信号として注入して突極
性を利用する方法を中心に数多く提案されているが,まだ課題が多く安定した制御
法が確立されていない(14)(17)。
今後とも PMSM の応用範囲の拡大に伴って数多くの種類の PMSM が採用される
ようになり,それに対応できる調整が簡単でモータパラメータ変動にロバスト,し
かも高速,高性能化が実現できる磁極位置センサレス制御が必要とされている。
1.2 研究の目的
本論文では,制御を目的とするモデル規範適応システム(Model Reference Adaptive
System,以下 MRAS)による全速度域での PMSM の磁極位置推定法を提案し,磁極
位置推定系のモータパラメータ変動に対するロバスト化,推定性能の高応答化,シ
ステム構成の簡単化を図ることを目的とする。
従来から PMSM の磁極位置センサレス制御法が数多く提案されている(10)(14)。
中・高速域での磁極位置推定法は,誘起電圧を利用した方法が中心で,PMSM の電
圧・電流方程式に基づいたモータの数学モデルを利用して磁束などのオブザーバか
ら間接的に磁極位置を求めている。このため,使用するモータパラメータ(巻線抵
抗,インダクタンス,誘起電圧定数)の精度によってセンサレス制御性能が左右さ
れ,しかも,磁極位置あるいは回転速度の推定応答に限界が生ずる。また,停止中
あるいは極低速域では誘起電圧を利用できないため,高周波信号を注入する方法に
よって磁極位置が推定されている。このため,停止から中・高速域まで磁極位置セ
ンサレス制御を実行する場合,全く異なる複数の方法が必要となり,制御装置の構
4
第1章 はじめに
<目的>
・コスト低減(高価な磁極位置・速度センサが不要)
・耐環境性向上(温度、ノイズなどの影響を低減)
・省スペース
<初期の用途>
・価格,使用環境の制約からセンサが使用できない
・精度,応答を要求しない用途(エアコン,ファン,ポンプ)
図 1-2
磁極位置センサレス制御の目的と初期の用途
永久磁石同期モータ
誘起電圧利用
誘導モータ
・適応オブザーバ(1993)~
・同定用MRAS(1995)~
・120°通電形(1985)~
・拡張誘起電圧(2002)~
・正弦波PWM(1990)~
突極性利用
・正弦波信号注入(1993)~
・パルス信号注入(1996)~
・PWM高調波利用(1998)~
1990
1980
図 1-3
2000
磁極位置センサレス制御の簡単な歴史
5
2010
第1章 はじめに
造が複雑になるといった問題がある。
以上の課題に対して本論文で提案する方法は, 従来から提案されている磁極位置
の同定を目的とした MRAS(固定系を実モータとする MRAS,以下同定用 MRAS)
ではなく,制御を目的とした MRAS(可変系を実モータとする MRAS,以下制御用
MRAS)を用いて PMSM の磁極位置を推定することである(19)(20)。制御用 MRAS を
適用することにより,磁極位置・回転速度の推定と同時並行でモータパラメータを
も推定でき,その結果,パラメータ変動で発生する磁極位置誤差に対してオンライ
ンで直接的に修正できるので,ロバストな磁極位置センサレス制御が実現できる。
しかも,実モータの出力信号がモータモデルの出力信号に追従するように出力信号
差から磁極位置・回転速度の推定値を直接的に求めることができるので,高応答な
推定が可能である。さらに,停止も含めた全ての速度域での磁極位置推定に MRAS
を適用することで単一のアルゴリズムが採用できるので,推定システムの構造が簡
単で統一された PMSM の磁極位置センサレス制御法が得られる。
1.3 論文の概要
本論分は全7章で構成しており,各章の内容は下記の通りである。
第 1 章「はじめに」では,まず論文の序章として研究の背景と研究の目的につい
て述べている。
第 2 章「制御用 MRAS に基づく PMSM の磁極位置推定法」では,実モータの電流
がモータモデルの電流に追従するように実モータを制御することを目的とした制御
用 MRAS を適用した γ-δ 推定回転座標上での PMSM の磁極位置センサレス制御法を
提案している。まず、現在提案されている磁極位置センサレス制御についての磁極
位置推定原理を PMSM の種類,速度域から分類し,本論文で提案する制御用 MRAS
を用いた磁極位置推定法の独自性を明らかにする。次に,MRAS についての概要,
種類,構成と本論文で提案する制御用 MRAS に基づく PMSM の磁極位置推定原理
と実現手順について述べ,最後に本論文の研究の位置付けについて述べる。
第 3 章以降では第 2 章で提案した制御用 MRAS を基づく PMSM の磁極位置推定原
理を具体的に停止時あるいは中・高速域で構築し,その性能評価とともにモータパ
6
第1章 はじめに
ラメータ変動時の影響を明らかにし,さらに推定則の非線形性を解明して求めた線
形化補償法とパラメータ(巻線抵抗)推定法を付加した磁極位置推定系の特性改善
について述べる。
第 3 章「中・高速域における磁極位置センサレス制御法」では,制御用 MRAS を
適用した PMSM の中・高速域での磁極位置センサレス制御法について述べている。
まず,IPMSM での MRAS による非干渉磁極位置センサレス制御系の構成を示し,
推定則の導出とポポフの超安定論を用いて安定性の証明をしている。次に,求めた
IPMSM の推定則が SPMSM の推定則をも包含していること明らかにしている。最後
に,本法の有効性を IPMSM と SPMSM での過渡特性実験により確認している。
第 4 章「停止時における磁極位置推定法」では,制御用 MRAS を適用した IPMSM
での停止時の磁極位置推定法について述べている。まず,γ-δ 推定回転座標上でパル
ス電圧を γ 軸電圧入力として,回転速度が零である IPMSM の状態方程式から制御用
MRAS を構築し,リアプノフの直接法で安定性が満足する推定則を求めている。次
に磁極極性を γ 軸電流の平均から判別する方法を述べている。最後に,本法の有効
性を計算機シミュレーションと実験で確認している。
第 5 章「磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響」では,中・高
速域での SPMSM の磁極位置センサレス制御法について,全パラメータ(巻線抵抗,
同期インダクタンス,誘起電圧定数)の変動に対する磁極位置誤差の影響について
検討している。まず,各パラメータ間と磁極位置誤差との関係について,定常状態
での理論式と安定条件の導出により明確にしている。さらにパラメータ変化時の定
常特性についての理論値と実験値の比較および回転速度ステップあるいは負荷外乱
ステップなどの過渡特性実験から,本解析の有効性を確認している。
第 6 章「巻線抵抗推定と推定系の線形化による磁極位置推定特性の改善」では,
中・高速域での SPMSM の磁極位置センサレス制御法において,推定則の回転速度
に関する非線形性を解明し,線形化することで高応答が得られることを述べている。
さらに巻線抵抗推定により巻線抵抗変動の補償が可能で,低速での磁極位置推定特
性が改善できることを述べている。本法の有効性は,複数の異なる回転速度での過
渡特性および低速での巻線抵抗変動特性の実験から確認している。
7
第1章 はじめに
第 7 章「まとめ」では,本論文の結論として,各章の研究で得た成果について述
べ,最後に本研究で残された今後の課題について述べている。
8
第1章 はじめに
参考文献
(1)
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(11) PM モータの産業応用に向けた新技術調査専門委員会編:
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,
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(14) リラクタンストルク応用電動機と制御システム調査専門委員会編:
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9
第1章 はじめに
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総合電子出版 (1990)
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「今後の
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,平成 23 年電気学会全国大会シン
ポジウム,4-S15 -7 (2011)
(18) 交通運輸分野における可変速交流ドライブの適用技術調査専門委員会編:
「交通
運輸分野へ拡大を続ける可変速交流ドライブ技術」,電気学会技術報告,1183
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(19) 高橋安人:
「システムと制御(下)」,岩波 (1978)
(20) I.D.Landau,M.Tomizuka:「適応制御システムの理論と実際」,オーム社 (1981)
10
第2章 制御用MRASに基づくPMSMの磁極位置推定法
第2章
制御用MRASに基づくPMSMの磁極位置推定
法
2.1 緒言
誘導モータへの応用に端を発した回転速度センサレス制御は,高効率で省エネル
ギーである PMSM の用途拡大に応じて発展し,いまや数多くの PMSM 用磁極位置
センサレス制御法が提案されている。当初は高価な位置センサが使用できない,ま
たはそれほど精度や応答を要求しない分野での応用を目的としていたが,PMSM の
応用範囲が広がるにつれて高性能な磁極位置センサレス制御法が要望されてきてい
る。しかしながら,ほとんどの磁極位置センサレス制御法はモータモデルに基づい
て実現され,その性能はパラメータ(巻線抵抗,同期インダクタンス,誘起電圧定
数)の精度に左右されるため,最近ではこの課題を解決する目的でパラメータを推
定する種々の方法が提案されている
(1)(2)
。本論文では,磁極位置推定と同時にバラメ
ータをも推定してその変動を補償できる,MRAS を用いた新しい磁極位置推定法を
提案する。
本章では,従来の磁極位置センサレス制御技術についての現状を PMSM の種類別,
用途別,および磁極位置推定原理別に分類し,本研究が目指す磁極位置推定法の方
向性を明確にする。さらに,本論文の中心的役割をはたす MRAS の定義を紹介し,
その種類,構成を述べる。最後に MRAS に基づく PMSM の磁極位置推定原理を明
らかにし,具体的に実現する手順を SPMSM のケースを用いて展開する。
11
第2章 制御用MRASに基づくPMSMの磁極位置推定法
2.2 磁極位置センサレス制御の現状と分類
交流モータの適用が産業,交通,家電などあらゆる分野に広がるにつれて,速度
センサレスベクトル制御は当初誘導モータでの応用を中心に電流指令値から回路方
程式により電圧指令値を求める方法,電圧・電流から2次鎖交磁束ベクトルを求め
る方法,MRAS を用いる方法などが提案された
(3)-(6)
。しかし,誘導モータに代わっ
て PMSM の応用が広がるにつれて PMSM での磁極位置・速度センサレス制御に関
(7)-(35)
。この章では,正弦波 PWM にて駆動され
する数多くの方法が提案されている
る PMSM の磁極位置センサレス制御法を中心に分類する。また,ほとんどの磁極位
置推定方法はモータパラメータを使用しこれらの精度によって制御性能が影響を受
けるため,停止中や運転中でのモータパラメータを計測や推定するあるいは変動に
(36)-(41)
対する感度を低減する方法が提案されている
。これらについても分類する。
磁極位置推定法は,回転速度の大きさに比例する誘起電圧が利用できるかどうか
で大別できる。すなわち速度制御範囲が中・高速域では誘起電圧を利用した方法で
あり,それ以外の停止時と極低速域では高周波信号を注入する方法が中心で一部
PWM の高調波を利用する方法がある。
誘起電圧を利用した PMSM の磁極位置推定法の分類を表 2-1 に示す。誘起電圧を
利用した方法は,SPMPM と IPMSM の両方に適用できる例が多い。初期の例として
は電圧・電流方程式から演算にて磁極位置と回転速度を求める方法であり,固定子
座標上で検出した電圧,電流を用いて回転子座標上での電圧・電流方程式から演算
(9)(10)(17)
,回転子座標上の指令電圧とモータの電流から誘起電圧を演算しその方向と
(11)
大きさより磁極位置と回転速度を推定などがある
。次に,IM の回転速度センサレ
ス制御で応用されている磁束オブザーバから回転速度を推定する手法を PMSM の場
合にも適用して磁極位置センサレス制御を実現している。その例として,回転子ま
たは固定子座標上で構成した最小次元磁束オブザーバから磁極位置と回転速度を推
定
(14)
,その磁束オブザーバに MRAS を用いて固定子座標上の 4 次元の磁束と電流の
(5)
適応スライディングオブザーバを設け磁束から演算にて磁極位置を推定 ,固定子
(8)
座標上で構成した 4 次元の磁束と電流の適応オブザーバから回転速度を推定 ,回
転子座標上での 4 次元磁束適応オブザーバから得た電機子反作用磁束と電流偏差か
12
第2章 制御用MRASに基づくPMSMの磁極位置推定法
ら回転速度を推定
(13)
,などがある。またオブザーバを利用せずに回転子座標上で実
モータを規範モデルとする同定用 MRAS を構成し,得た電流偏差から磁極位置と回
転速度を推定
(12)
,IPMSM の特徴を生かした拡張誘起電圧を外乱オブザーバで検出し
(15)(16)
位置と速度を推定
,がある。
停止時あるいは低速時では誘起電圧が利用できないので,高周波信号を注入する
あるいは PWM 信号を利用して磁極位置,極性を推定する方法がほとんどである。
表 2-2 に停止時あるいは低速時の磁極位置推定法の分類を示す。
初期の頃は,停止時の推定座標上の電圧・電流方程式を利用して検出した電圧,
電流から磁極位置を演算で求め,正負パルス電圧印加時の巻線電流の最大値から磁
極の極性を判別
(23)
,固定子座標上の電圧,電流からインダクタンスを求め,電流変
(9)
化の差から磁極極性を判別する方法がある 。
高周波信号注入する方法は,正弦波信号注入かバルス信号注入に分類できる。
まず,IPMSM 用の正弦波信号注入する磁極位置推定法としては,推定回転子座標
上で円状の空間ベクトル信号を電流制御の指令値に注入して固定子電圧と電流から
高調波成分を抽出して磁極位置を推定
(19)
,高周波電流を電流指令値に注入して高調
(33)
,推定回転子座標上で δ 軸に楕円
波瞬時無効電力の位置情報から磁極位置を推定
状の空間ベクトル信号を電圧指令値に注入して検出した電流からオブザーバを構成
(20)
,推定回転子座標上で高周波電圧を γ 軸の電圧指令値に注入し,
し磁極位置を推定
δ 軸の検出電流を高速フーリエ変換(FFT)して高調波を抽出し磁極位置を推定
(21)
,
高周波三相回転交流電圧を各相に注入して検出した高周波電流の振幅から磁極位置
を推定
(34)
,がある。また,SPMSM の場合の正弦波信号注入する磁極位置推定法と
して,γ 軸に高周波正弦波を注入して巻線の磁気飽和で発生した突極性により磁極位
置を推定
(35)
がある。
パルス信号注入する IPMSM の磁極位置推定法としては,一定間隔でパルス電圧
(22)(31)
を印加した時の電流の過渡特性変化から磁極位置を推定
た時のピーク電流値から磁極位置を推定
(25)
,パルス電圧を印加し
,短時間のパルス電圧注入時の電流変化
(27)
からインダクタンスを測定して磁極位置を推定
,γ 軸と δ 軸に高周波パルス電圧
を注入し検出した電流リプルの大きさから磁極位置を推定
13
(32)
,γ 推定軸の電流指令
第2章 制御用MRASに基づくPMSMの磁極位置推定法
値に高周波パルス信号を印加した時の γ 推定軸と d 軸との不一致によって流れる干
(26)
渉電流の零を検出することで磁極位置を推定
,がある。SPMSM の磁極位置推定
法としては,高周波パルス注入による磁気飽和での dq 軸のインダクタンスの差を利
(18)
用
,または検出した電流と電圧からフーリエ変換によって自己インダクタンスを
測定して磁極位置を推定がある
(29)
。
以上の信号注入法では磁極位置推定のために高周波信号を注入する必要があり,
しかもセンサレス制御のためには検出した電流から注入信号成分を取り除くバント
パスフィルタなどが不可欠となる。これらを不要にするため,注入信号の代りに
PWM 信号を利用する方法が提案されており,PWM インバータの出力電圧高調波が
発生する高調波電流からインダクタンスを演算して磁極位置を推定
のインダクタンスの最大値から磁極位置を推定する方法や
(30)
(24)
,あるいはそ
,PWM の搬送波に同
期して γ 推定軸にバルス電圧を重畳して γ と δ 推定座標上の電流の変化から磁極位
置を推定する方法がある
(27)
。
磁極位置センサレス制御はモータパラメータを使用しており,その性能向上のた
めにパラメータ推定方法が数多く提案されている。表 2-3 にパラメータ推定方法の
分類を示す。モータパラメータを推定する方法は停止中と運転中に分類できる。ま
ず,停止時のパラメータ計測あるいは推定法として,特定のロータ位置で誘起電圧
(36)
の干渉項が零になることを利用してインダクタンスを推定
抵抗,同期インダクタンスを推定
,最小二乗法にて巻線
(37)
,パルス電圧の電流応答でのインダクタンス測
定,γ 軸電流一定制御時の指令電圧と検出電圧から巻線抵抗測定
(38)
,などがある。
次に運転中のパラメータ推定法としては,停止中に計測した巻線抵抗とインダクタ
ンスを使って定格速度でセンサレス制御を運転して誘起電圧誤差から誘起電圧定数
(38)
を求める
(39)
,最小二乗法にて巻線抵抗を運転中に推定
,SPMSM で γ 軸電流指令
値に高周波正弦波電流を注入して電圧と電流の高調波成分から巻線抵抗と誘起電圧
定数を推定
(40)
,などがある。また,パラメータ(インダクタンス)変動に対して低
感度なセンサレス制御を実現するために電流入力のみで構成した未知入力オブザー
(41)
バを使用した磁極位置推定法もある
。
表 2-1 と表 2-2 にて分類した全速度域での磁極位置センサレス制御方法のまとめを
14
第2章 制御用MRASに基づくPMSMの磁極位置推定法
表 2-1 誘起電圧を利用した磁極位置推定法の分類
SPMSM
IPMSM
電圧・電流方程式
から演算
(9),(10)
(11),(17)
最小次元磁束
オブザーバ
(14)
(14)
拡張誘起電圧+外乱オブザーバ
-
(15),(16)
MRAS 利用
推定法の種類
4 次元固定座標
磁束電流適応オブザーバ
(7),(8)
4 次元回転座標
磁束適応オブザーバ
(13)
同定用 MRAS
(規範モデルが実モータ)
(12)
制御用 MRAS
本論文の提案法
(規範モデルが電流モデル)
()の数字は参照文献番号を示す。
15
(13)
本論文の提案法
第2章 制御用MRASに基づくPMSMの磁極位置推定法
パルス信号注入
正弦波信号注入
表 2-2 停止時あるいは低速時の磁極位置推定法の分類
推定法の種類
SPMSM
IPMSM
電圧・電流方程式
から演算
-
(23)
電圧・電流方程式から
インダクタンス測定
(9)
-
円状空間ベクトル信号
-
(19)
楕円状空間ベクトル信号
-
(20)
d 軸に高周波交番電圧
-
(21)
高調波瞬時無効電力
-
(33)
高周波三相交流回転電圧
-
(34)
γ 軸高周波電圧,巻線磁気飽和
(35)
-
電流の過渡特性
-
(22),(31)
ピーク電流
-
(25)
インダクタンス測定
-
(28)
電流のリプル
-
(32)
γ 軸と δ 軸との干渉電流
-
(26)
インダクタンス,磁気飽和
(18),(29)
制御用 MRAS
(規範モデルが電流モデル)
-
本論文の提案法
PWM 高調波電流から
インダクタンス測定
-
(24),(30)
PWM 搬送波に同期した
パルス電圧での電流変化
-
(27)
()の数字は参照文献番号を示す。
16
第2章 制御用MRASに基づくPMSMの磁極位置推定法
表 2-3 モータパラメータ推定法の分類
運転中
停止中
推定法の種類
誘起電圧の干渉項を利用した
インダクタンス推定
(36)
最小二乗法による
巻線抵抗とインダクタンス推定
(37)
電流応答によるインダクタンス推定、
指令と検出電圧差による巻線抵抗推定
(38)
定格時のセンサレス運転時の
誘起電圧誤差から誘起電圧定数推定
(38)
最小二乗法による巻線抵抗推定
(39)
検出電圧,電流の高調波成分利用による
巻線抵抗と誘起電圧定数推定
(*)未知オブザーバを用いて
インダクタンス変動にロバスト化
(40)
(41)
制御用 MRAS(規範モデルは電流モデル)
本論文の提案法
による磁極位置と巻線抵抗を同時推定
()の数字は参照文献番号を示す。
(*)推定するのではなく,パラメータ変動に対する感度を低減
17
第2章 制御用MRASに基づくPMSMの磁極位置推定法
図 2-1 に示す。この図から明らかなように,従来から提案されている中高速域,低
速と停止時での磁極位置推定システムは全く異なった方法で実現されているため,
全速度域で磁極位置センサレス制御を可能にする場合は複数の磁極位置推定機構が
必要となり,システム構成が複雑になるといった問題点が存在する。これに対して
本研究で実現する制御用 MRAS に基づく PMSM の磁極位置センサレス制御法は停
止時から中高速域に適用できるため,磁極位置推定システムの構造が統一され簡単
になる。また,表 2-3 から,従来のパラメータ推定方法では磁極位置推定機構とは全
く別にパラメータ推定機構を設ける必要があり,更に複雑な構造となる。これに対
し,制御用 MRAS では磁極位置推定にパラメータ推定機構を追加するだけで同時推
定が可能であるため,簡単な構造でパラメータ変動にロバストな磁極位置推定シス
テムを構築できる。
次に,制御用 MRAS 方法の過度特性を評価するために,中高速域での代表的な磁
極位置センサレス制御方法である拡張誘起電圧方法との性能比較を表 2-4 に示す。
制御用 MRAS 方法は本論文の第 3 章の実験結果を,拡張誘起電圧方法はそれぞれの
文献番号の実験結果を参考にまとめた。表から明らかなように,本研究で提案して
いる制御用 MRAS に基づく磁極位置推定方法は,実モータの出力信号がモータモデ
ルの出力信号に追従するように出力信号差から磁極位置・回転速度の推定値を直接
的に求めることができるので,高応答な推定を実現している。
以上,磁極位置センサレス制御とパラメータ推定に関する様々な方法について分
類してきた。この分類から明らかなように,本研究で実現する MRAS に基づく PMSM
の磁極位置センサレス制御法および巻線抵抗推定補償法は,上記で紹介した既存の
方法のどれにも当てはまらない制御用 MRAS を用いた独自な方法で,構造が簡単で
パラメータ変動にロバストで磁極位置推定が高応答であることが確認できる。
今後とも益々磁極位置センサレス制御の応用はあらゆる分野に拡大し,それに伴
って高精度,高応答など性能の向上が要望される。このため,高精度なパラメータ
推定,パラメータ変動に対する直接的な補償や低感度な制御などに関する新たな方
法が期待される。なお制御用 MRAS と同定用 MRAS の定義は「2.3.2 MRAS の構成」
の項に示す。
18
第2章 制御用MRASに基づくPMSMの磁極位置推定法
ー
表
面
永
久
磁
石
モ
タ
ー
内
部
永
久
磁
石
モ
タ
磁気飽和利用
誘起電圧利用
正弦波信号注入
適応オブザーバ
同定用MRAS
パルス信号注入
将来 ⇐
突極性利用
制御用MRAS
誘起電圧利用
PWM信号同期
適応オブザーバ
正弦波信号注入
拡張誘起電圧
パルス信号注入
(将来)
制御用MRAS
停止中
(低速)
回転中
図 2-1 磁極位置センサレス制御の速度域別分類
19
第2章 制御用MRASに基づくPMSMの磁極位置推定法
表 2-4 制御用 MRAS 方法と拡張誘起電圧方法の性能比較
制御用 MRAS
(第 3 章)
特性項目
速度幅
速度ステップ
負荷外乱
ステップ
(0 → 100 %)
四象限運転
拡張誘起電圧
(16)
1000 → 1500 r/min 1900 → 2000 r/min
拡張誘起電圧
(15),(42)
500 → 2000 r/min
立上時間
65 ms
150 ms
-
整定時間
150 ms
800 ms
350 ms
オーバーシュート
70 r/min
20 r/min
なし
位置誤差
2°
6°
データなし
速度
1500 r/min
2000 r/min
1000 r/min
最大速度幅
170 r/min
260 r/min
270 r/min
復帰時間
90 ms
1 sec
200 ms
位置誤差
-4 °
15 °
データなし
速度幅
0 → 1500 r/min
加速時間
300 ms
データなし
データなし
オーバーシュート
50 r/min
()は文献番号
20
第2章 制御用MRASに基づくPMSMの磁極位置推定法
2.3 MRASの概要
2.3.1
MRASとは
現在,適応制御の方式として,設計理論の体系が整い,実用的にもその価値が認
められているのは,MRAS とセルフチューニングレギュレータ(STR)である。こ
のため,MRAS とは適応制御の定義である「プラントの特性変動に応じてコントロ
ーラのパラメータをオンライン的に自動調整し,制御系としての性能を常に最良の
(43)
状態に保持するような制御方式」といえる
2.3.2
。
MRASの構成
MRAS とは可調節系の出力が規範モデルの出力に一致するようにそれらの差を求
め適応機構によって可調節系のパラメータを適応させるシステムである。図 2-2 に
示すように MRAS の基本構成要素は,希望動作を指定する規範モデル,それの動作
に追従する可調節系,それら両者の出力誤差を求める減算器,その誤差から可調節
系のパラメータまたは制御入力を修正する適応機構から成ることがわかる。この
MRAS を構成する方法として規範モデルを固定モデルにするかプラントにするかで
2 種類の構成が考えられる。規範モデルを固定した理想モデルで可調節系をプラン
トと制御器でそれぞれ構成し,プラントの出力が理想モデルの出力に追従するよう
に適応機構で合成した信号を制御器に与えるように動作する MRAS は,制御を目的
とした制御用 MRAS と呼ばれる。一方,規範モデルがプラントで可調節系を可変モ
デルで構成し,プラントの出力に可変モデルの出力が一致するように適応機構で合
成した信号を可変モデルに与えるように動作をする MRAS は,パラメータの同定を
(43)-(45)
目的とした同定用 MRAS と呼ばれる
。表 2-5 に MRAS の種類を示す。MRAS
では同じ入力信号が規範モデルと可調節系に加えられ,この入力信号が多くの周波
数成分を含みそれらが持続的でたがい独立であれば,適応機構により規範モデルと
可調節系の出力は一致するとともに可調節系の変数(制御パラメータ,同定パラメ
ータ)も希望の値に一致する。このような入力信号は MRAS を持続的に励振すると
(46)(47)
いう意味で PE(Persistently Exciting)と呼ばれる
21
。入力信号が一定あるいは無
第2章 制御用MRASに基づくPMSMの磁極位置推定法
r(t)
^y(t)
規範モデル
+
y(t)
可調節系
適応機構
図 2-2
MRAS の基本構成
表 2-5
MRAS の種類
ブロック名
制御を目的とした
MRAS
同定を目的とした
MRAS
規範モデル
固定モデル
制御対象
可調節系
制御対象
可変モデル
22
第2章 制御用MRASに基づくPMSMの磁極位置推定法
r(t)
^y(t)
規範モデル
+
y(t)
可調節系
適応機構
a) 並列式 MRAS
r(t)
^y(t)
規範モデル
(並列)
+
y(t)
規範モデル
(直列)
可調節系
適応機構
b) 直並列式 MRAS タイプ A
23
第2章 制御用MRASに基づくPMSMの磁極位置推定法
r(t)
可調節系
(直列)
規範モデル
^y(t)
+
可調節系
(並列)
y(t)
適応機構
c) 直並列式 MRAS タイプ B
r(t)
規範モデル
可調節系
^r(t)
+
適応機構
d) 直列式 MRAS
図 2-3 MRAS の構成
24
第2章 制御用MRASに基づくPMSMの磁極位置推定法
い場合は規範モデルと可調節系の出力は一致するが,可調節系の変数が一致するこ
とは保証されていない
(45)
。したがって,推定あるいは同定する変数が多い場合には
入力信号に PE 性を満足したテスト信号を注入する必要がある。規範モデルあるいは
可調節系の構成の仕方により,並列式,直並列式,直列式に分類される。図 2-3 に
これらの MRAS の構成を示す。
本論文で採用した MRAS は,以上の構成から分類すると並列式の制御用 MRAS
となる。
2.4 制御用MRASによるPMSMの磁極位置推定
2.4.1
磁極位置推定の原理
ここでは,制御用 MRAS を用いた PMSM の磁極位置推定の原理を説明し,その
原理に沿って PMSM の磁極位置推定系が実現できることを明らかにする。図 2-4 に
MRAS による PMSM の磁極位置推定系のブロック図を示す。この図 2-4 に基づいて
制御用 MRAS を用いた PMSM の磁極位置推定の原理を説明する。
まず,制御の目標となる規範モデルを決定する。電圧を入力,電流を出力とする
d-q 座標上の PMSM の状態方程式で非干渉制御を構築すると,その伝達関数は d-q
軸間の干渉項がなくなった簡単な一次遅れで構成される。この関数を規範モデルと
すると,磁極位置推定系が漸近安定である前提条件(規範モデルが強正実)が成立
するので理想的なモデルとなる。次に,規範モデルの出力に追従する可調節系を決
定する。これは d-q 座標上の状態方程式を γ-δ 推定座標上の状態方程式に変換した制
御対象と,推定回転速度を利用した非干渉制御系で構成する。最後に,非線形フィ
ードバック系となる安定な適応機構を決定する。これは規範モデルと可調節系との
誤差から可調節系の制御パラメータ(磁極位置推定値と回転速度推定値)を求める
適応則で構成する。適応則の漸近安定性がホポフの超安定論あるいはリアプノフの
直接法にて証明できれば,安定な磁極位置推定系が得られる。
2.4.2
磁極位置推定系の実現手順
前節の原理に沿った MRAS の設計法を付録 1 に示す。図 2-4 に対比して,実際の
25
第2章 制御用MRASに基づくPMSMの磁極位置推定法
r (t )
^x (t )
Reference Model
+
Decoupling
Coordinate
transform
Process
Coordinate
transform
θ^
Adaptive
lows
ω
^
図 2-4
MRAS を用いた PMSM の磁極位置推定系のブロック図
26
x (t )
第2章 制御用MRASに基づくPMSMの磁極位置推定法
PMSM の磁極位置センサレス制御システムに適用した場合の構成を図 2-5 に示す。
この設計法に基づいて磁極位置推定系を実現する手順は以下の通りである。
2.4.2.1
目標となる規範モデルの決定
d-q 座標上の IPMSM の状態方程式を(2-4-1)に示す(付録 4 を参照)。
x   A x    BJB 1 x   B u   Be dq
(2-4-1a)
y   Cx 
(2-4-1b)
ここで,x’= y’= [ id
edq=[ 0
iq ]T,u’= [vd vq]T,
ω  ]T:永久磁石による誘起電圧,
vd,vq,id,iq:回転座標上の電圧,電流,ω:回転速度,
̂ :推定回転速度,θ:磁極位置真値, ˆ :磁極位置推定値,
 :回転子磁束,R:巻線抵抗,Ld,Lq:同期インダクタンス
0 
 R Ld
0 
1 0
0  1
A 
, B  1 L d
, C
 
0
R
L


 , J  1 0  q
0
1
L
0
1


q





(2-4-1a)を非干渉化して規範モデルを求める。(2-4-1a)から
x '  Ax '  B ( u '   JB 1 x '  e dq )
(2-4-2)
となる。ここで,非干渉制御入力を
u '  r   JB 1 x '  e dq
ここで, r = [ vγ*
(2-4-3)
vδ* ]T:電圧指令
(2-4-2)と(2-4-3)より(2-4-4)が求まる。
(2-4-4)
x '  Ax '  Br
(2-4-4)の伝達関数は一次遅れの 1/(s+a)となり,MRAS の規範モデルに必要な強正実
(付録 1 を参照)となるので最適である。停止中の場合,(2-4-1a)において ω=0 とお
くと(2-4-4)が求まり,運転中も停止中も同一の規範モデルとなる。また,SPMSM の
場合は Ldm=Lqm=Lm とすれば求まる。
MRAS に使用する規範モデルは,行列 A,B をモデルの行列 Am,Bm に置き換え
27
第2章 制御用MRASに基づくPMSMの磁極位置推定法
^
iq
Adaptive
Model
^
id
Process
+
REC.
iδ *
ω* +
-
+
Speed
Controller
-
iγ *
iδ
Current
Controller
+
-
Vδ*
Decoupling
Control
d,q/
u,v,w
Vu*
Vv*
Vw*
-
PWM
INV.
Vγ*
Current
Controller
u,v,w
d,q
θ^
iγ
^
ω
PM
SM
Position/Speed
Estimator
図 2-5 磁極位置センサレス制御システムの構成
28
+
-
第2章 制御用MRASに基づくPMSMの磁極位置推定法
た(2-4-5)で与えることができる。
x̂  Am xˆ  B m r
(2-4-5)
ここで, x̂ = [ iˆ d iˆ q ]T :d–q 回転座標のモデル電流,
0 
R L
Am   m m
,
Rm Lm
 0
2.4.2.2
0 
1 L
Bm   m

 0 1 Lm 
規範モデルの出力に追従する可調節系の決定
状態方程式の構造が比較的簡単な SPMSM を制御対象として磁極位置推定系を求
めてみる。SPMSM の γ-δ 推定座標上の状態方程式は(2-4-1a)において Ldm=Lqm=Lm と
して,以下の d-q 座標から γ-δ 推定座標へ変換すれば
x '  R(  ˆ) x
(2-4-6)
u '  R(  ˆ)u
(2-4-7)
ここで x= [ iγ iδ ]T,u= [vγ vδ ]T,vγ,vδ,iγ,iδ:推定回転座標の電圧,電流
 cos sin 
R( )  
,θ:磁極位置真値, ˆ :磁極位置推定値
 sin cos 
(2-4-8)が求まる。
x =Am x- ̂ J x+B mu-Bmeγδm
(2-4-8)
ここで eγδm=[eγm eδm]T :永久磁石による誘起電圧,eγm=-ω  msin(θ- ˆ ),
Rm Lm
0 
,

0
R
m Lm

eδm=ω  mcos(θ- ˆ ), Am 
0 
1 L
Bm   m
 0 1 Lm 
(2-4-8)を変形すると
x =Am x+B m (u- ̂ Bm-1J x-eγδm)
(2-4-9)
確定的等価原理(CE 原理)から回転速度真値の代りに回転速度推定値を用いて
(46)(47)
SPMSM に加える制御則(電圧入力)を求める
。
u=r+ ω̂ Bm-1J x+ ê dqm
(2-4-10)
ここで, ê dqm =[0 ̂ m ]T:永久磁石による推定誘起電圧
(2-4-9)と(2-4-10)より
x =Am x+B m (r+ ê dqm-eγδm)
(2-4-11)
29
第2章 制御用MRASに基づくPMSMの磁極位置推定法
(2-4-11)が制御対象と非干渉制御系から構成された可調節系である。
2.4.2.3
非線形フィードバック系となる安定な適応機構の決定
① 誤差方程式の導出
まず,誤差方程式を求める。規範モデルと実際値との誤差を以下に定義すると
ε=[εγ εδ ]T,εγ= iˆ d-iγ,εδ= iˆ q-iδ
(2-4-12)
(2-4-5)と(2-4-11)より,誤差方程式は次式となる。
ε =Am ε+Bm(eγδm- ê dqm)
=Am ε+g(ω- ̂ , θ- ˆ )
=Am ε+uε
(2-4-13)
ここで,uε= g(ω- ̂ , θ- ˆ )
(2-4-14)
誤差方程式(2-4-13)は,付録 1 の MRAS の設計法で説明している一般的な手順である
規範モデル(2-4-5)から γ-δ 推定座標上の状態方程式(2-4-8)を減じた後,
制御則(2-4-10)
を代入しても求まる。ここではあらかじめ可調節系が非干渉制御を構成することを
前提にしているため,ここでの手順が理解しやすい。
② 適応則の決定
回転速度 ω は通常一定に制御され,過渡的な変化は速い。また磁極位置 θ は ω を
積分した変数である。このことから ω は 1/s,θ は 1/s2 の関数となり,内部モデル原
(51)(52)
理を適用して適応則の構成を以下の式と仮定する
。
  ˆ  r1 h ( ε )  r2  h ( ε )dt
(2-4-15)
  ˆ   (  ˆ )dt
(2-4-16)
ここで,r1:比例ゲイン(r1>0)
,r2:積分ゲイン(r2>0)
③ 安定性の証明
これらの適応則が図 2-6 で示す非線形フィードバック系の安定性を満足することを,
ポポフの超安定論(付録 2 を参照)またはリアプノフの直接法(付録 3 を参照)に
30
第2章 制御用MRASに基づくPMSMの磁極位置推定法
0
uε
+
ε
Linear
time-invariant
block G (s)
uε =-w
Non linear
time-varying
block
w
図 2-6 非線形フィードバックシステム
*
*
r = [V V ]
T
^  [iˆd iˆq ]
x
Reference Model
x̂  Am xˆ  Bm r
Decoupling
Block
+
+
×
+
+
0
 
 m
B m1 J
T
+
Process
u
+
+
u'
e m
ω
×
x  Am x  B m u
B m1 J
×
x
i 
 
i 
  m  sin 
   cos 
 m

+
θ
Position/Speed Estimator
θ^
1
S
^
ω
Adaptive lows
1
r1 + r 2
図 2-7 MRAS の構成
31
S
  
ε =   
h (ε )
第2章 制御用MRASに基づくPMSMの磁極位置推定法
(43)-(50)
よって証明すればよい
。
仮にポポフの超安定論を適用してみると,線形時不変ブロックの伝達関数は 1 次
遅れであるため,強正実となり第 1 条件を満足する。次に第 2 条件の以下の積分不
等式が満足することを証明すればよい。
t
1
t 0 w
T
2
ε dt   
(2-4-17)
0
図 2-6 より,w=-uε であるから,(2-4-14)より
t1
t
w T ε dt   
t1
t0
0
(2-4-18)
g (   ˆ ,   ˆ ) T ε dt
となる。(2-4-18)に (2-4-15)と (2-4-16)を代入すると
t1
t
0
w T ε dt   
 
t1
t0
t1
t0
g (   ˆ ,  (   ˆ )dt ) T ε dt
g ( r1 h ( ε )  r 2
 h ( ε )dt ,  ( r1 h ( ε )  r2  h ( ε )dt )dt )
T
ε dt
(2-4-19)
となる。この(2-4-19)が

t1
t
0
g ( r1 h ( ε )  r2
 h ( ε )dt ,  ( r1 h ( ε ) 
r2
 h ( ε )dt )dt )
T
ε dt   
0
2
(2-4-20)
となることを証明できるとポポフの積分不等式(2-4-17)を満足するので(2-4-15),
(2-4-16)が安定な適応則となる。回転速度 ω は通常一定に制御され  =0 であるので
求める適応則は
ˆ   ( r1 h ( ε )  r2  h ( ε )dt)
(2-4-21)
ˆ   ˆ dt
(2-4-22)
となる。以上の手順に従えば,PMSM の安定な磁極位置推定系が得られる。図 2-7
にまとめとして,MRAS の構成の詳細図を示す。
2.5 本研究の位置付け
PMSM の磁極位置センサレス制御系に対する新しい制御用 MRAS を用いた磁極位
置推定法について述べてきた。この磁極位置推定法を用いると,異なった速度域に
対しても常に同一の磁極位置推定系が構成でき,しかも運転中に同時に磁極位置と
パラメータを推定して磁極位置特性を改善できることが期待できる。このため,速
32
第2章 制御用MRASに基づくPMSMの磁極位置推定法
度域に応じて全く異なる複数の方法が必要でしかも制御装置の構造が複雑になる,
パラメータ変動によって推定性能が左右されるといった,従来の磁極位置推定法で
の問題点を解決することができる。
図 2-8 に本研究の位置付けと概要を示す。本研究は,提案した制御用 MRAS を用
いた PMSM の磁極位置推定法が従来の問題点を解決できることを実証するために,
中・高速域と停止時の磁極位置推定法,パラメータ変動に関する影響,推定則の線
形化と巻線抵抗推定による磁極位置推定特性の改善に関して検討している。
第 3 章では制御用 MRAS を用いた中・高速域での PMSM の磁極位置推定法につい
て検討している。IPMSM でも SPMSM でも電流制御系の内部に規範モデルと磁極位
置・回転速度推定を追加することで構造が簡単で安定した応答の速い磁極位置非干
渉センサレス制御が実現でき,しかも IPMSM の適応則が SPMSM をも包含している
ことを提案している。
第 4 章では制御用 MRAS を用いた停止時の IPMSM の磁極位置推定法について検
討している。中・高速域の磁極位置推定法と比較することで,パルス信号注入ブロ
ック以外は構造がほとんど同一であり,しかも推定と同時に磁極極性が判別できる
ことを提案している。
第 5 章では制御用 MRAS を用いた SPMSM の磁極位置推定法のモータパラメータ
変動に対する磁極位置推定誤差の影響について検討している。全てのパラメータ(巻
線抵抗,同期インダクタンス,誘起電圧乗数)変動が推定系に与える影響とその安
定条件を求め,その中で巻線抵抗の変動が回転速度にほぼ反比例し低速度で大きく
影響することを明らかにした。
第 6 章では制御用 MRAS を用いた SPMSM の磁極位置推定法における巻線抵抗推
定と位置推定系の線形化による位置推定性能の改善について検討している。回転速
度に影響されていた位置推定系の過渡特性が非線形フィルタでの線形化により一定
でしかも高応答になり,さらに巻線抵抗推定が低回転での巻線抵抗変動に対する位
置推定系の性能向上に有効であることを提案している。
33
第2章 制御用MRASに基づくPMSMの磁極位置推定法
r(t)
^y(t)
規範モデル
+
y(t)
可調節系
適応機構
第2章
制御用MRASを用いたPMSMの磁極位置
推定法の基本設計手順と安定理論
第3章
第4章
中・高速域でのPMSMの
磁極位置センサレス制御法
停止時における
磁極位置推定法
第5章
パラメータ変動の影響
第6章
巻線抵抗推定と線形化
による推定特性の改善
第7章
まとめ
図 2-8 本研究の位置付けと概要
34
第2章 制御用MRASに基づくPMSMの磁極位置推定法
2.6 結言
本章では,従来の磁極位置センサレス制御法について分類,整理することにより,
本研究での磁極位置推定法の特徴を明らかにした。さらに,本研究の中心的役割を
はたす MRAS の概要,構成を示すことにより,適用する MRAS が制御用 MRAS で
あることを述べた。最後に,制御用 MRAS を用いた PMSM の磁極位置推定の原理
とその実現手順を明らかにした。この手順の中で用いた MRAS の設計法とそれに用
いた安定定理および PMSM の基本となる状態方程式をそれぞれ付録 1~付録 4 で示
した。ここで得られた成果は以下の通りである。これら成果は第 3 章以下で具体的
な磁極位置推定法を実現するための基本事項である。
1)数多く提案されている PMSM の磁極位置センサレス制御法を調査,分類するこ
とによって,従来の磁極位置推定法での MRAS は同定を目的としており,本研
究の磁極位置推定法での MRAS が制御を目的とする新しい視点からのアプロー
チであることを明らかにした。
2)MRAS の基本構成を示しさらに本研究で採用している制御用 MRAS の標準タイ
プを設計することで,MRAS に要求される必要条件(規範モデルが強正実)と
非線形系の安定理論(ホポフの超安定論とリアプノフの直接法)の適用方法を
明らかにし,非線形フィードバック系である MRAS を安定に構築できることを
示した。
3)IPMSM の電圧・電流方程式から MRAS に適した状態方程式を導出し,SPMSM
を例に制御用 MRAS による磁極位置推定系を構築する基本的な手順を明らかに
した。
35
第2章 制御用MRASに基づくPMSMの磁極位置推定法
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40
第3章 中・高速域における磁極位置センサレス制御法
第3章
中・高速域における磁極位置センサレス制御法
3.1 緒言
従来の中・高速域の磁極位置センサレス制御法として,SPMSM と IPMSM のどち
らのモータでも回転中は回転子の永久磁石あるいは電機子反作用磁束によって誘起
電圧が発生するため,適応オブザーバでの推定磁束を用いる方法,拡張誘起電圧を
用いる方法など数多くの方法が知られている
(1)-(7)
。しかし,従来のほとんどの方法
はモータの電圧・電流方程式で表される数学モデルを利用しているので,使用する
パラメータの精度によってセンサレス制御性能が左右される。この対策として,運
(8)-(11)
転前あるいは運転中でのパラメータ計測方法が数多く提案されている
。
本章では,MRAS を磁極位置推定に用いると同時にパラメータ推定に拡張できる
点に着目した MRAS に基づく PMSM の磁極位置センサレス制御法を提案する。最
初に電流制御ループ内での MRAS に基づく非干渉センサレス制御の構成を述べる。
次に IPMSM において Ldm=Lqm=L とおくと SPMSM になることから,モータの一般
式である IPMSM の電圧電流方程式から MRAS に適した状態方程式を導出し,規範
モデルとの誤差方程式を求める。さらに磁極位置推定系の安定性解析と推定則を導
出し,求めた IPMSM の推定則が SPMSM の推定則を包含していることを示す。最後
に IPMSM と SPMSM による実機実験を行い,提案法の性能,有効性を検証する。
3.2 MRASの構成
41
第3章 中・高速域における磁極位置センサレス制御法
PMSM の位置・速度制御ではベクトル制御が一般的であり,しかも d–q 回転座標
間での速度起電力の影響を除くため非干渉制御が用いられている。本章にて提案す
る磁極位置センサレス制御システムの構成を図 3-1 に示す。図から明らかなように,
本提案法は従来の速度・位置センサ付き PMSM 非干渉ベクトル制御システムにおい
て,速度・位置センサの代わりに MRAS の要素である適応モデルと速度・位置推定
ブロックを付加した構造となっており,PMSM を駆動する推定回転座標(γ–δ 軸)
上で,しかも非干渉制御を付加した電流制御ループ内で,MRAS を構成するのが特
徴となっている。適応モデルは非干渉化された PMSM の理想電流回路モデルであり,
速度・位置推定は作成されたモデル電流 iˆ d, iˆ q と検出された実電流 iγ,iδ から磁極位
置・回転速度を推定する。
3.3 IPMSMの状態方程式の導出
IPMSM の d–q 回転座標での電圧電流方程式から規範モデルと γ–δ 推定回転座標で
の状態方程式を求める。
3.3.1
規範モデル
IPMSM の d–q 回転座標における電圧電流方程式を(3-1)に示す。
vd   R  pLd  Lq  id   0 

vq    Ld
R  pLq  iq   
  
(3-1)
ここで,vd,vq,id,iq:d–q 回転座標の電圧,電流,ω:回転速度真値,
 :誘起電圧定数,R:巻線抵抗,Ld,Lq:同期インダクタンス
(3-1)を変形して電流を状態変数および出力変数,電圧を入力変数とする IPMSM の
d–q 回転座標における状態方程式を求めると(3-2)となる。
x   A x    BJB 1 x   B u   Be dq
(3-2a)
y   Cx 
(3-2b)
ここで,x’= y’= [ id
iq ]T:電流,u’= [vd
vq ]T:電圧,
edq=[ 0 ω  ]T:永久磁石による誘起電圧,
42
第3章 中・高速域における磁極位置センサレス制御法
REC.
iδ*
ω* +
-
Speed
Controller
i γ*
+
Current
Controller
+
-
Vδ*
Current V γ *
Controller
PWM
INV
θ^
Adaptive
Model
ω^
d,q/
u,v,w
Decoupling
Control
Vu*
V v*
V w*
^i q
i^d
Position/Speed
Estimator
iδ
u,v,w
d,q
iγ
IPM
SM
図 3-1 磁極位置センサレス制御システムの構成
43
第3章 中・高速域における磁極位置センサレス制御法
0 
0 
 R Ld
1 L
0 1
1 0
B d
A 
J 
C



0
R
L
,
,
,
0
1
L

q
q

1 0 

0 1
(3-2)では d 軸 q 軸それぞれお互いに干渉する速度起電力項が存在するので,入力電
圧を次式とおく。
u '  r   JB  1 x '  e dq
ここで, r = [ vγ*
(3-3)
vδ* ]T:γ–δ 推定回転座標の電圧指令
(3-3)を(3-2a)に代入して非干渉制御を施して干渉項を取り除き,求めた式を規範モデ
(12)
ルとすると(3-4)となる
。
x̂  Am xˆ  B m r
ここで, x̂ = [ iˆ d
iˆ q
(3-4)
]T:d–q 回転座標のモデル電流,
0 
 R L
,
Am   m dm
 
0
R
m Lqm

0 
1 L
Bm   dm

0
1
L
qm 

Rm:モデルの巻線抵抗,Ldm,Lqm:モデルの同期インダクタンス
3.3.2
γ-δ 推定回転座標における状態方程式
d–q 回転座標から γ–δ 推定回転座標への変換式は
x’=R(θ- θ̂ ) x
(3-5)
u’=R(θ- θ̂ ) u
(3-6)
ここで, x= [ iγ iδ ]T,u= [vγ vδ]T,iγ,iδ,vγ,vδ:γ–δ 推定回転座標の電流,電圧,
θ:磁極位置真値, θ̂ :磁極位置推定値,
 cos sin 
R( )  
 sin cos 
(3-5),(3-6)を(3-2a)に代入すると
d{R(  ˆ) x} / dt  AR(  ˆ) x  BJB1 R(  ˆ) x  BR(  ˆ)u  Bedq
(3-7)
となる。γ–δ 推定回転座標上における状態方程式を求めると次式となる。
x  R(  ˆ) 1{ AR(  ˆ) x  (  ˆ ) JR(  ˆ) x
 BJB 1 R(  ˆ) x  BR(  ˆ)u  Bedq }
44
(3-8)
第3章 中・高速域における磁極位置センサレス制御法
ここで, ω̂ :回転速度推定値
巻線抵抗,同期インダクタンスが規範モデルと同一で,誘起電圧定数  =  m として
(3-8)を変形すると次式となる(付録 4 を参照)。
x =Am x+(ω- ω̂ )J x-ωBmJBm-1 x+Bmu-Bmeγδm+Δ(θ- θ̂ ) fm(x, u)
(3-9)
ここで,eγδm=[eγm eδm]T:永久磁石による誘起電圧,eγm=-ω  msin(θ- θ̂ ),
eδm=ω  mcos(θ- θ̂ ),
 sin(  ˆ) cos(  ˆ)
Δ(  ˆ)  sin(  ˆ)
ˆ
ˆ 
 cos(   ) sin(   ) 
f m ( x , u)  (
L qm  L dm
L dm L qm
(3-10)
){  R m x   ( L qm  L dm ) Jx  u  e  m } (3-11)
3.4 磁極位置推定則
3.4.1
誤差方程式の導出
規範モデルと実際値との誤差を以下に定義すると
ε=[εγ εδ ]T,εγ= iˆ d-iγ,εδ= iˆ q-iδ
(3-12)
(3-4)と(3-9) から巻線抵抗,同期インダクタンス,誘起電圧定数は既知とし,回転速
度のみを未知とする誤差方程式を求めると,
ε =Am ε-Bm{u-r + (ω- ̂ )Bm-1J x-ωJBm-1 x-eγδm}
-Δ(θ- θ̂ ) fm(x, u)
(3-13)
(3-13)において,確定的等価原理(CE 原理)を用いて IPMSM に加える制御則(電
(13)(14)
圧入力)を求める
。
u=r+ ω̂ JBm-1 x+ ê dqm
(3-14)
ここで, ê dqm =[0 ̂ m ]T:永久磁石による推定誘起電圧
(3-14)を(3-13)に代入すると

0 1 
ε  Amε  Bm (eˆdgm  em )  ( ˆ )(Lqm  Ldm)  x  R
1 0 

ここで, R  Δ( ˆ)
(Lqm  Ldm)
(3-15)
{R x (Lqm  Ldm)Jx  r  ˆJBm1x  eˆdqm  em} (3-16)
LdmLqm m
45
第3章 中・高速域における磁極位置センサレス制御法
磁極位置真値 θ と磁極位置推定値 ˆ がほぼ一致していると仮定すると,推定座標の
誘起電圧 eγδm=[eγm eδm]T をそれぞれ以下のように近似できるので
eγm = -ω  msin(θ- ˆ )
eδm = ω  m cos(θ- ˆ )

 -ω  m
(θ- ˆ )
(3-17)
ω m
(3-18)
T
(3-17)と(3-18),eˆdqm  0 ̂  m  を(3-15)に代入すると,
 sgn  (  ˆ)
0 1
ˆ



ε  Am ε  Bm m 


L
L
 R
(
)(
)

qm
dm 
    (  ˆ ) 
1 0
(3-19)
ここで,sgnω:回転速度の極性
(3-19)において,磁極位置と回転速度の偏差が θ- ˆ →0 および ω- ω̂ →0 となるよ
うに MRAS を構成する。θ- ˆ →0 は ω- ω̂ →0 に対する十分条件であるため,ω=一
定の場合|ω|は定数となり ω- ω̂ を|ω| (θ- ˆ ) に置き換えてもこの系の安定性には影
響しない。したがって,(3-19)は次式となる。
 sgn 
0 1 
 ( Lqm  Ldm )
ε  Am ε  Bm (  ˆ)  m 
 R

 x  1 0 
  1 
3.4.2
(3-20)
安定性と推定則
MRAS は非線形であり,ポポフの超安定論に基づいて安定性を証明する(付録 2
(15)-(17)
を参照)
。(3-20)において
  sgn  
0
u    B m (  ˆ )   m 
 ( L qm  L dm ) 

1
  1 
とおくと,
ε =Amε+uε+ δR
1 
x  0  
(3-21)
(3-22)
となる。δR をモデル誤差あるいは外乱入力と考えた時の制御系のブロック図を図
3-2 に示す。まず,δR = 0 の場合の磁極位置 ˆ の推定則を求める。δR = 0 とすると(3-22)
は
ε =Amε+uε
(3-23)
となり,行列 Am が漸近安定行列であるため,入力 uε,出力 ε である(3-23)の線形定
常ブロックは強正実となり,ポポフの第一条件を満たす。さらに δR = 0 のときの図
46
第3章 中・高速域における磁極位置センサレス制御法
δR
0
+
uε + + Linear
time invariant
block
-
Nonlinear
time varing
block
w
図 3-2
モデル誤差を含んだ MRAS のブロック図
47
ε
第3章 中・高速域における磁極位置センサレス制御法
2 のフィードバックシステムが安定であるためには,以下のポポプの第二の条件で
ある積分不等式(3-24)を満足する必要がある。
t
t1
w
T
 dt   
0
2
0
(3-24)
(3-23)において uε=-w であるので

sgn  
0 1  
 ( L qm  L dm ) B m 
w  (  ˆ )   m B m 

 x
 1 
1 0  

(3-25)
となる。
(3-25)を(3-24)に代入すると
T

sgn 
0 1 
t 0 w ε dt  t 0 (  ˆ)  m Bm   1   (Lqm  Ldm )Bm 1 0 x ε dt
T
t

sgn 
0 1  
ˆ
  (   )    m B m 
  ( Lqm  Ldm ) B m 
 x  ε dt
t1
t1
T
(3-26)
1
t0
 1 

1 0 
となる。一定速度で回転している場合,磁極位置 θ は t の一次関数(
1
s
2
)となるの
1
s
で,内部モデル原理より ˆ の推定値に定常偏差を生じさせないためには推定則に
1
2
s
2
(18)-(21)
。ˆ の推定則として, ω̂ の比例+積分則を積分した次
の成分を含む必要がある
式を磁極位置誤差の推定則とする。
1
ˆ    ( r1  r
)
2 s
1

ˆ
s
  m (
1
L
(3-27)
ˆ
(3-28)


qm
sgn
L
  )  ( L qm  L dm )(
dm
1
L
  i
dm

1
L
  i )
(3-29)
qm
(3-27)より
t1
ˆ    r1   d τ

t0
r2
t1
t1
0
0
t t
 dτ2
(3-30)
となり,(3-26),(3-29),(3-30)より
t1
t
0
w
T
ε dt  
t1
t
0
t1
( r1   d τ   r 2
t0
t1
t1
0
0
t t
 dτ2
)
dt
(3-31)
が求まる。(3-31)は簡単な計算でポポフの積分不等式(3-24)を満足するため,MRAS
は漸近安定となり,(3-32)のように誤差は 0 に収束する(付録 5 を参照)。
lim  ( t )  0
(3-32)
t 
48
第3章 中・高速域における磁極位置センサレス制御法
以上より磁極位置推定値 ˆ と回転速度推定値 ω̂ の実際の推定則は,(3-27)において ω
を一定と仮定して微分すると
s ωˆ = s ( r1 + r
1
2
s
となり,ω と ω̂ は同極性であること
)ξ
から ω̂ の極性を使用して
ˆ  ( r1  r 2
ˆ 
1
s
)
(3-33)
1
ˆ
s
  m (
1
L
(3-34)

qm

sgn ˆ
L
  )  ( Lqm  Ldm )(
dm
1
L
dm
  i

1
L
  i )
qm
(3-35)
となる。(3-35)から明らかなように,IPMSM の推定則は第 1 項の誘起電圧に関する
誤差成分と第 2 項の突極性に関する誤差成分から構成されている。
次に,(3-33)~(3-35)の推定則で δR≠0 の時の推定系の安定性を求める。モデル誤
差や外乱が存在する場合に,それら信号の性質によってドリフトを生じて適応系が
不安定になることが知られている。しかしながら,前向きの制御ブロックが強正実
で,誤差信号 ε に PE 性(持続的励振)がある場合は例外で安定になることが示さ
(13)
れている
。この条件を(3-22),(3-33)~(3-35)の磁極位置推定系に当てはめてみる。
まず誤差方程式は一次遅れ系であるため,強正実を満足する。次に,電流制御系の
内部に MRAS が構成され,しかも電流調節器の出力が MRAS の入力同定信号として
印加され続けるため,誤差信号 ε の PE 性も満足する。以上要求される 2 つの条件
を満足するので δR が存在しても安定である。また(3-33)~(3-35)により磁極位置 ˆ が
推定され,真値 θ に近づくと θ- ˆ は零に近づくので, (3-16)で表される δR は最終
的に零になる。
3.4.3
SPMSMの推定則との関係
(3-35)において,右辺第 1 項は誘起電圧誤差分であり,第 2 項は突極性に伴う誤差
分である。したがって,非突極すなわち表面磁石の場合,Ldm=Lqm=L であるため,
(3-35)から
 

m
L
( 

sgn ˆ   )
(3-36)
となり,SPMSM センサレス制御に対する誤差が求まる。この結果,SPMSM の適応
49
第3章 中・高速域における磁極位置センサレス制御法
則は,(3-33),(3-34)と(3-36)で構成される。(3-35)は SPMSM をも包含した誤差式で
あり,このことは IPMSM での状態方程式(3-9)~(3-11)が SPMSM をも包含している
ことからも予想されることである。突極比が小さい場合,(3-35)の第二項はモデル誤
差 δR に含まれると考えると,(3-35)は誘起電圧誤差のみの
  m (
1
L

qm

sgnˆ
L
 )
(3-37)
dm
となる。
以上から,IPMSM 磁極位置推定系に対して二種類の推定則が求まった。これらを
区別するために.(3-33)~(3-35)の推定則を誘起電圧部+突極部アルゴリズム,(3-33),
(3-34),(3-37)の推定則を誘起電圧部のみアルゴリズムとそれぞれ呼ぶこととする。
3.5 実機実験
提案法の妥当性と制御性能の評価のため,SPMSM と IPMSM の 2 種類のモータで
実機実験を行った。また,実験用の制御装置は共通で,マイクロコントローラには
ルネサス製の 32 ビット SH2A シリーズ(R5F72865)を,電流検出には 12 ビットの
AD コンバータを使用している。PWM インバータへのキャリア周波数は 16 kHz と
し,速度制御演算周期はキャリア周期の 4 倍の 250 μs,適応制御と電流制御の演算
周期はキャリア周期と同一の 62.5 μs とした。
3.5.1
SPMSMの実機実験
実験に使用したモータ定数を表 3-1 に示す。実験内容は,動特性実験として回転
速度推定系のステップ応答,無負荷での四象限運転,回転速度指令値のステップ応
答,外乱負荷ステップ印加時の回転速度推定値の応答,位置誤差のステップ応答,
静特性実験として負荷変化時の回転速度特性を測定した。この中で位置誤差のステ
ップ応答は他の論文を参考に採用した
(22)
。全ての実験は,推定系の調整値を比例ゲ
イン 0.13,積分時間 12 ms に設定し,負荷機は 400 W の SPMSM を使用して実施し
た。
50
第3章 中・高速域における磁極位置センサレス制御法
3.5.1.1
回転速度推定系のステップ応答
負荷機の回転速度指令を 1500 r/min から 1700 r/min までステップ変化させて,回
転速度推定値の挙動を測定した。その結果を図 3-3 に示す。速度実際値に追従して
約 5 ms で目標値に到達し,その時の位置誤差は 3.5 ° 程度の変化であり,安定に動
作している。
3.5.1.2
無負荷での四象限運転
図 3-4 は無負荷状態で回転速度指令を 1500 r/min/0.2 sec の加減速時間で 0 r/min
から±1500 r/min までランプ的に変化させて四象限運転を行った場合の結果である。
SPMSM であるため,零速付近での回転速度を推定することは困難であるが,図 3-4
程度の加減速時間であれば安定に通過している。しかしながら位置誤差を見ると零
速付近で大きく変化しており,極低速で運転する場合には安定性に注意が必要であ
る。
3.5.1.3
回転速度指令値のステップ応答
図 3-5 は回転速度指令値を零速から 1500 r/min までステップ変化させた時の動作を
示す。この時の回転速度のステップ変化量は電流のピークがほぼ 100 % になるよう
に設定した。SPMSM では停止時の磁極位置を検出することは難しいため,あらか
じめ磁極位置を合わせ状態で実験を開始した。回転速度指令値の変化後,約 70 ms
で 1500 r/min に到達している。加速中に位置誤差は最大 12 ° 程度発生するが,回転
速度推定値が 1500 r/min に到達するとほぼ 0 ° に戻り,脱調もせず安定に動作して
いる。
3.5.1.4
外乱負荷ステップ時の回転速度応答
図 3-6 は回転速度指令を 1500 r/min 一定にした状態で,100 %外乱負荷をステップ
的に変化させた時の様子を示す。大きな外乱負荷(100 %)の変動が生じても,推定
回転速度はほぼ実回転速度に一致して 90 ms 程度で元の速度に復帰しており,しか
51
第3章 中・高速域における磁極位置センサレス制御法
表 3-1
供試モータ定数
Number of poles
Rated power
Rated current
Rated speed
Winding resistance
Winding inductance
Back E.M.F coefficient
8
200 W
1.5 A
3000 r/min
2.0 Ω
13.0 mH
30.0 mv/r/min
Estimated speed
Speed: 1700 r/min ⇒
Real speed of load motor
Speed: 100 r/min/DIV
Speed: 1500 r/min ⇒
Current: 50 % ⇒
( 0.75A )
δ axis current
Current: 10 %/DIV
Position error
0° ⇒
Angle: 5°/DIV
図 3-3
Time: 5 ms/DIV
回転速度推定系のステップ応答
52
第3章 中・高速域における磁極位置センサレス制御法
も位置誤差(-4 ° 以内)も少なく安定に動作している。
3.5.1.5
位置誤差のステップ応答
図 3-7 に回転速度指令値を 1500 r/min 一定とした状態で強制的に磁極位置推定値
に大きな位置誤差( 50 ° )を与えた時の速度変化を示す。回転速度推定値の変化幅
は約 ±250 r/min であり,実速度は 180 r/min 程度低下している。このことから角度
を強制的に変化させても安定に元の状態に復帰していることが分かる。
3.5.1.6
負荷変化時の回転速度特性
図 3-8 に回転速度指令を一定にして負荷を+150 % から-150 % に変化させた時
の回転速度の変化を示す。高中速域では全負荷領域において回転速度は安定してい
る。低速域(100 r/min )では無負荷に近づくとやや安定性に欠けている。この結果
から極低速を除いた全領域において負荷変動に対して回転速度の推定が安定に行わ
れていることを示している。
3.5.2
IPMSMの実機実験
実験に使用したモータ定数を表 3-2 に示す。モータ定数から,(3-35)の誘起電圧誤
差に対する非突極性に伴う誤差の比は約 1/5 であり,しかも突極比が小さいため,
実験は推定系の誤差 ξ が(3-35)の誘起電圧部+突極部アルゴリズムと(3-37)の誘起電
圧部のみアルゴリズムの 2 通りについて行った。実験内容は,回転速度推定系のス
テップ応答,無負荷での四象限運転,回転速度指令のステップ応答,外乱負荷ステ
ップ印加時の回転速度推定値の応答を測定した。全ての実験は,推定系の調整値を
比例ゲイン 0.26,積分時間 12 ms に設定し,負荷機は 2k W の SPMSM を使用して実
施した。
3.5.2.1
回転速度推定系のステップ応答
負荷機の回転速度指令を 1000 r/min から 1500 r/min までステップ変化させて,回
53
第3章 中・高速域における磁極位置センサレス制御法
Estimated rotor speed
Speed 1500 /min ⇒
1000 r/min/DIV
Speed 1500 /min ⇒
Actual rotor speed
δ axis current
25 %/DIV
Current 0 % ⇒
Position angle error
Angle 0 ° ⇒
10 ° /DIV
200 ms/DIV
図 3-4 無負荷での四象限運転
Estimated rotor speed
Speed 1500 r/min ⇒
Speed 1500 r/min ⇒
Actual rotor speed
500 r/min/DIV
δ axis current
50 %/DIV
Current 100 % ⇒
( 1.5A )
Postion angle error
Angle 0 ° ⇒
50 ms/DIV
図 3-5
10 °/DIV
回転速度指令値のステップ応答
54
第3章 中・高速域における磁極位置センサレス制御法
250 r/min/DIV
Estimated rotor speed
Speed 1500 r/min ⇒
Actual rotor speed
Speed 1500 r/min ⇒
δ axis current
Current 100 % ⇒
( 1.5A )
50 %/DIV
10 °/DIV
Postion angle error
Angle 0 ° ⇒
50 ms/DIV
図 3-6
負荷外乱ステップに対する回転速度応答
250 r/min/DIV
Estimated rotor speed
Speed 1500 r/min ⇒
Actual rotor speed
Speed 1500 r/min ⇒
10 °/DIV
Postion angle error
Angle 0 ° ⇒
10 ms/DIV
図 3-7
位置誤差のステップ応答.
55
第3章 中・高速域における磁極位置センサレス制御法
1750
1500
1250
1000
Rotor speed (r/min)
750
500
250
0
-250
-500
-750
-1000
-1250
-1500
-1750
-150
-125
-100
-75
-50
-25
0
25
50
75
Load (%)
図 3-8
負荷変化時の回転速度特性.
56
100
125
150
第3章 中・高速域における磁極位置センサレス制御法
転速度推定値の挙動を測定した。図 3-9 は推定誤差が(3-35)の誘起電圧部+突極部ア
ルゴリズムを,図 3-10 は(3-37)の誘起電圧部のみアルゴリズムを使用した結果をそ
れぞれ示す。以下に続く実験も同様に二種類のアルゴリズムで行っている。いずれ
も速度実際値に追従して約 10 ms で目標値に到達し安定に動作している。加速中の
位置誤差は最大 5 ° 程度で発生するが,定常状態ではほぼ 0 ° になっている。
3.5.2.2
無負荷での四象限運転
図 3-11,図 3-12 は無負荷状態で回転速度指令を 1500 r/min/0.3 sec の加減速時間
で 0 r/min から±1500 r/min までランプ的に変化させて四象限運転を行った場合の結
果である。零速付近で δ 軸電流がすこし乱れているが,図の加減速時間であれば安
定に通過している。しかしながら位置誤差を見ると零速付近で大きく変化しており,
しかも定常状態で回転速度の極性に応じて一定誤差が発生しており,最大値は -5 °
程度となっている。
3.5.2.3
回転速度推定系のステップ応答
負荷機の回転速度指令を 1000 r/min から 1500 r/min までステップ変化させて,回
転速度推定値の挙動を測定した。この時の回転速度のステップ変化量は電流のピー
クがほぼ 100 % になるように設定した。その結果をそれぞれ図 3-13,図 3-14 に示
す。回転速度真値に追従して約 65 ms で 1500 r/min に到達している。位置誤差につ
いては,加速中は 2 ° 程度であるが,電流の零付近での振動により最大-5 ° 程度の
誤差が発生している。この原因として,電力変換器のデットタイムの誤差などが考
えられる。図 3-13,図 3-14 を比較すると図 3-13 の振動がわずかに少なく,適応則
としては誘起電圧部+突極部アルゴリズムの方が良いようである。
3.5.2.4
外乱負荷ステップ時の回転速度応答
図 3-15,図 3-16 は回転速度指令を 1500 r/min 一定にした状態で,100 %外乱負荷
をステップ的に変化させた時の様子を示す。いずれも大きな外乱負荷(100 %)の変
57
第3章 中・高速域における磁極位置センサレス制御法
表 3-2 供試モータ定数
Number of poles
Rated power
Rated current
Rated speed
winding resistance
q axis winding inductance
d axis winding inductance
Back E.M.F coefficient
58
4
1 kW
3.7 A
2000 r/min
1.1 Ω
9.78 mH
8.05 mH
89.7 mv/r/min
第3章 中・高速域における磁極位置センサレス制御法
Estimated rotor speed
200 r/min/DIV
Speed 1500 r/min ⇒
Actual rotor speed
Speed 1000 r/min ⇒
δ axis current
50 %/DIV
Current 0% ⇒
5 °/DIV
Position angle error
Angle 0 ° ⇒
5 ms/DIV
図 3-9
回転速度推定系のステップ応答
((3-35)の誘起電圧部+突極部アルゴリズムを使用)
Estimated rotor speed
200 r/min/DIV
Speed 1500 r/min ⇒
Actual rotor speed
Speed 1000 r/min ⇒
δ axis current
50 %/DIV
Current 0% ⇒
5 °/DIV
Position angle error
Angle 0 ° ⇒
5 ms/DIV
図 3-10
回転速度推定系のステップ応答
((3-37)の誘起電圧部のみアルゴリズムを使用)
.
59
第3章 中・高速域における磁極位置センサレス制御法
Speed 1500 r/min ⇒
Estimated rotor speed
1000 r/min/DIV
Speed 1500 r/min ⇒
Actual rotor speed
50 %/DIV
δ axis current
Current 0% ⇒
20 °/DIV
Angle 0 ° ⇒
Position angle error
200 ms/DIV
図 3-11 無負荷での四象限運転(式(35)を使用)
((3-35)の誘起電圧部+突極部アルゴリズムを使用)
Speed 1500 r/min ⇒
Estimated rotor speed
1000 r/min/DIV
Speed 1500 r/min ⇒
Actual rotor speed
50 %/DIV
δ axis current
Current 0% ⇒
20 °/DIV
Position angle error
Angle 0 ° ⇒
200 ms/DIV
図 3-12
無負荷での四象限運転(式(35)を使用)
((3-37)の誘起電圧部のみアルゴリズムを使用)
60
第3章 中・高速域における磁極位置センサレス制御法
250 r/min/DIV
Estimated rotor speed
Speed 1500 r/min ⇒
Actual rotor speed
Speed 1500 r/min ⇒
δ axis current
50 %/DIV
Current 0% ⇒
5 °/DIV
Position angle error
Angle 0 ° ⇒
50 ms/DIV
図 3-13
回転速度指令値のステップ応答(式(35)を使用)
((3-35)の誘起電圧部+突極部アルゴリズムを使用)
250 r/min/DIV
Estimated rotor speed
Speed 1500 r/min ⇒
Actual rotor speed
Speed 1500 r/min ⇒
δ axis current
50 %/DIV
Current 0% ⇒
5 °/DIV
Position angle error
Angle 0 ° ⇒
50 ms/DIV
図 3-14
回転速度指令値のステップ応答(式(35)を使用)
((3-37)の誘起電圧部のみアルゴリズムを使用)
.
61
第3章 中・高速域における磁極位置センサレス制御法
250 r/min/DIV
Estimated rotor speed
Speed 1500 r/min ⇒
Actual rotor speed
Speed 1500 r/min ⇒
δ axis current
50 %/DIV
Current 0% ⇒
5 °/DIV
Position angle error
Angle 0 ° ⇒
50 ms/DIV
図 3-15
負荷外乱ステップに対する回転速度応答(式(35)を使用)
((3-35)の誘起電圧部+突極部アルゴリズムを使用)
250 r/min/DIV
Estimated rotor speed
Speed 1500 r/min ⇒
Actual rotor speed
Speed 1500 r/min ⇒
δ axis current
50 %/DIV
Current 0% ⇒
5 °/DIV
Position angle error
Angle 0 ° ⇒
50 ms/DIV
図 3-16
負荷外乱ステップに対する回転速度応答(式(37)を使用)
((3-37)の誘起電圧部のみアルゴリズムを使用)
.
62
第3章 中・高速域における磁極位置センサレス制御法
動が生じても,回転速度推定値はほぼ回転速度真値に一致して 50 ms 程度で元の速
度に復帰しており,しかも角度誤差(-2.5 度以内)も少なく安定に動作している。
3.6 結言
本章では,MRAS に基づく中・高速域の PMSM に関する磁極位置センサレス制御
について述べてきた。はじめに,従来の PMSM の非干渉ベクトル制御システムでの
MRAS による磁極位置センサレス制御法のシステム構成を示した。次に,IPMSM の
γ–δ 推定回転座標での状態方程式から MRAS に適した状態方程式と,d–q 回転座標
での状態方程式を非干渉処理して得た適応モデル式を導出した。さらに,それらを
用いて誤差方程式を求め,ポポフの超安定論を満足する磁極位置センサレス制御の
推定則を導出した。最後に,この推定則を用いた IPMSM と SPMSM の実機実験の結
果から,それぞれの推定則が妥当であり,本提案のセンサレス制御法が極低速域を
除いた速度域において有効であることを確認することができた。ここで得られた成
果は以下の通りである。
1)導いた γ–δ 座標上での状態方程式および推定則は SPMSM の場合をも包含した
形になっており,突極比が小さい IPMSM では SPMSM とほぼ同一の推定則を使
用できる。
2)過渡特性である回転速度ステップ応答では 200 W の SPMSM は 0 r/min から 1500
r/min まで約 70 ms,1 kW の IPMSM は 1000 r/min から 1500 r/min まで約 65 ms
で到達し,外乱負荷ステップに対する応答での元の速度への復帰時間はそれぞ
れ 90 ms と 50 ms となっていることから,中・高速域でセンサ付きの場合とほ
ぼ同等の高速な応答が得られる。
3)回転速度ステップあるいは外乱負荷ステップでの位置誤差は最大 10 °であり,
50 ° の位置誤差のステップに対しても安定であることから,安定領域は広範囲
である。
4)負荷変化時の回転速度特性から中・高速域では -150 % から 150 % の全負荷領
域において回転速度は安定しており,低速の無負荷時でやや安定性に問題があ
63
第3章 中・高速域における磁極位置センサレス制御法
る。
5)モータの停止中では MRAS は動作しないので,制御ループ内に MRAS を含んだ
電流制御系の比例積分定数の決定は,従来のセンサありの電流制御系と同一の
方法で決定でき,モータを回転しないようにロックさせて行う電流のステップ
応答波形から調整できる。
6)磁極位置推定系は比例積分調節器で構成されているが,非線形フィードバック
であるため,その定数の決定に線形系の設計法は適用できない。しかし,使用
する回転速度範囲での各種設定に対して実験で得られる数多くの負荷機の回転
速度ステップ応答から代表的に決定できる。
64
第3章 中・高速域における磁極位置センサレス制御法
参考文献
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第3章 中・高速域における磁極位置センサレス制御法
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66
第4章 停止時における磁極位置推定法
第4章
停止時における磁極位置推定法
4.1 緒言
磁極位置センサレス制御法は,それが使用される速度域すなわち中高速域,低速
域,停止時(初期磁極位置の検出を含む)に応じて数多くの種類に分類される。し
かしながら,中高速域での誘起電圧を利用した方法は停止時や低速域での磁極位置
推定には使用できない。このため,IPMSM の特徴すなわちロータ構造の突極性から
磁極位置に応じてインダクタンスが変化する点を利用して,高周波電圧を注入して
電流,電圧を計測あるいはインダクタンスを算出して磁極位置を求める方法が報告
(1)-(6)
されている
。また,突極性をもたない SPMSM でも,大電流によって磁気飽和
(7)
を起し,その突極性を利用して実現した方法もある 。
しかし,これらインダクタンスの変化を利用した方法では磁極位置の推定は可能
でも NS の極性判別はできず,磁極位置推定法とは別に極性の判別法を設ける必要
がある。さらに推定動作と極性判別動作を別に行うため,推定アルゴリズムの構造
が複雑で推定時間が長くなるといった問題点がある。また中高速域で提案されてい
る磁極位置推定法では停止時とは異なる誘起電圧を利用した方法がほとんどである
ので,全速度域で磁極位置センサレス制御を可能にする場合は複数の磁極位置推定
機構が必要となり,システム構成がさらに複雑になるといった問題点も存在する。
本研究では,既に中高速域において MRAS を適用して PMSM における誘起電圧
を利用した磁極位置センサレス制御法を提案し,実機実験にてその制御性能と有効
67
第4章 停止時における磁極位置推定法
性を検証している
(8)(10)
。本章では,上記の問題点を解決するために,中高速域での
磁極位置センサレス制御に用いているコンセプト,すなわち「MRAS に基づいて磁
極位置を推定する」を採用した IPMSM の初期磁極位置を推定する新たな方法を提
案する。これにより,停止時から中高速域までの磁極位置推定システムの構造が統
一され簡単になる。さらに,本法では停止時の磁極位置を推定するために,高周波
電圧を注入する点は従来法と同じであるが,推定に用いた γ 軸電流を利用して磁極
の極性判別を行うことで推定中に同時に極性判別も可能となる。
本章では,MRAS を用いた停止時磁極位置推定法の構築手順と安定性解析を中心
に報告する。はじめに MRAS を用いた磁極位置推定の構成を述べる。次に磁極位置
推定アルゴリズムを導出する。最後にシミュレーションと実機実験を示し,磁極位
置の推定誤差解析の妥当性と推定系の安定性を明らかにする。
4.2 MRASの構成
図 4-1 に IPMSM の停止時の,図 4-2 に IPMSM の中高速域での磁極位置推定シス
(10)
テムの構成をそれぞれ示す
。図 4-2 において停止時は回転速度真値 ω と推定値 ω̂ は
零と考え両者を比較すると,磁極位置推定部は同一のコンセプトである並列形の
MRAS から構築されていることがわかる。IPMSM の d–q 座標と γ–δ 推定座標との関
係を図 4-3 に示す。図 4-1 において,推定座標上の γ 軸,δ 軸の電圧発生部からの電
圧 Vγ*,Vδ*はそれぞれ適応モデル部と二相三相変換部に供給される。モータトルク
の発生を極力避けるため,電圧 Vγ*には図 4-4 に示すような一定周波数の高周波正負
パルス電圧を発生し,電圧 Vδ*は零にしている。電圧 Vγ*のみが励振信号として適応
モデルとモータに印加される。適応モデルからのモデル電流 iˆ d, iˆ q と三相二相変換
部から得られる推定座標上の電流実際値 iγ,iδ を用いて位置推定部にて磁極位置推定
値 ˆ i を求める。さらに位置決定部にて磁極位置推定と同時に電流実際値 iγ の平均値
を用いて磁極極性を判別し,磁極位置推定値 ˆ i から磁極位置推定終了時点での磁極
極性を考慮した磁極位置推定値 ˆ が得られる。
68
第4章 停止時における磁極位置推定法
REC.
Voltage
Generator
Voltage
Generator
Vδ *
d,q/
u,v,w
Vγ *
Vu *
Vv*
Vw*
PWM
INV.
θ^i
i^q
Adaptive
Model
i^d
Position
Estimator
iδ
u,v,w
d,q
iγ
Position
Determination
θ^
IPM
SM
図 4-1
停止時磁極位置推定システムの構成図
REC.
+
iδ*
-
i γ*
Current
Controller
+
-
Current
Controller
Vδ*
V γ*
^
ω
PWM
INV
θ^
Adaptive
Model
to speed
control
d,q/
u,v,w
Decoupling
Control
Vu*
V v*
V w*
i^q
^i d
Position/Speed
Estimator
iδ
u,v,w
d,q
iγ
IPM
SM
図 4-2
中高速域の磁極位置推定システムの構成図
69
第4章 停止時における磁極位置推定法
V
δ
R
q
'
d
γ
L
L'
^
Θ
Θ
N
L'
S
'
R
L
L'
'
L
R
W
図 4-3
d–q 座標と γ–δ 座標との関係
70
U
第4章 停止時における磁極位置推定法
4.3 磁極位置推定則と安定性
4.3.1
規範モデルの導出
IPMSM の d–q 座標における電圧電流方程式を(4-1)に示す。
vd   R  pLd  Lq  id   0 

vq    Ld
R  pLq  iq   
  
(4-1)
ここで,vd,vq,id,iq:d–q 回転座標上の電圧,電流,ω:回転速度真値,
 :誘起電圧定数,R:巻線抵抗,Ld,Lq:同期インダクタンス
(4-1)から電流を状態変数および出力変数,電圧を入力変数とする IPMSM の d–q 回
転座標における状態方程式を求めると(4-2)となる。
x   A x    BJB 1 x   B u   Be dq
(4-2a)
y   Cx 
(4-2b)
ここで,x’= y’= [ id
edq=[ 0
iq ]T,u’= [vd
vq]T,
ω  ]T:永久磁石による誘起電圧,
0 
1 0
0 
1 L
0 1
 R Ld
, B   0 d 1 L  , C  0 1 , J  1 0  A 

 R Lq 




q

 0
(4-2a)において,停止中であるので ω=0 とすると
x ' = Ax ' + B u′
(4-3)
が求まる。MRAS が漸近安定であるためには,規範モデルとして厳密にプロパーな
強正実関数であることが要求される。これは電圧と電流の関係が一次遅れとなる
(4-3)から求めると満足できる。したがって,規範モデルは次式となる。
x̂  Am xˆ  B m r
ここで,
x̂ = [ iˆ d
r = [ vγ*
iˆ q ]T:d–q
(4-4)
回転座標上のモデル電流,
vδ* ]T:γ–δ 推定回転座標上の電圧指令,
0 
 R L
,
Am   m dm
 
0
R
m Lqm

0 
1 L
Bm   dm

0
1
L
qm 

Rm:モデルの巻線抵抗,Ldm,Lqm:モデルの同期インダクタンス
規範モデル(4-4)は,図 4-2 で示した IPMSM の中高速域での磁極位置推定システムに
71
第4章 停止時における磁極位置推定法
(10)
おいて,d–q 回転座標で非干渉制御を施して求めた式と同一である
4.3.2
。
γ-δ 推定回転座標における状態方程式
d–q 軸と γ–δ 軸との変換式は,
x’=R(θ- θ̂ ) x
(4-5)
u’=R(θ- θ̂ ) u
(4-6)
ここで,x= [ iγ iδ ]T,u= [vγ vδ]T,
iγ,iδ,vγ,vδ:γ–δ 推定回転座標の電流,電圧,
θ:磁極位置真値, θ̂ :磁極位置推定値,
 cos sin 
R( )  
 sin cos 
まず,(4-5),(4-6)を(4-2a)に代入する。ここでモータのパラメータは既知でモデルの
パラメータと同一であるとして行列 A,B をモデルの行列 Am,Bm に置き換え,制
御入力を
ur
ここで, r = [ vγ*
(4-7)
vδ* ]T:γ–δ 回転推定座標上の電圧指令
とした式を(4-8)に示す。
d
{R(  ˆ) x}  Am R(  ˆ) x  B m R(  ˆ)r
dt
(4-8)
さらに推定回転速度を ω̂ とおくと,停止時は ω= ω̂ =0 と考えてよいので,
R(θ- θ̂ ) x =AmR(θ- θ̂ ) x+BmR(θ- θ̂ ) r
(4-9)
となる。モータが回転しないように,図 4-4 のような高周波パルス電圧を注入する。
この場合,電圧注入時は推定動作を中止すると(4-4)と(4-9)はそれぞれ
xˆ  A m xˆ
(4-10)
R(θ- θ̂ ) x =AmR(θ- θ̂ ) x
(4-11)
となる。(4-11)は
cos(  ˆ) I  sin(  ˆ)J x  Amcos(  ˆ) I  sin(  ˆ)J x
72
第4章 停止時における磁極位置推定法
であるため,




x  Am x   I  cos(  ˆ) I  sin(  ˆ) J x  Am  I  cos(  ˆ) I  sin(  ˆ) J x
(4-12)
が求まる。
4.3.3
誤差方程式の導出
規範モデルと実際値との誤差 εγ,εδ を以下に定義する。
ε=[εγ εδ ]T,εγ= iˆ d-iγ,εδ= iˆ q-iδ
(4-13)
(4-10)と(4-12) から誤差方程式を求めると
ε  Amε  [{1  cos(  ˆ)}I  sin(  ˆ)J ]x  Am[{1  cos(  ˆ)}I  sin(  ˆ)J ] x
(4-14)
となる。(4-14)において電流検出の間隔が電流回路の時定数に比べて十分速いと仮定
すると x =0 とみなしてよいので次式となる。
ε ≅ Amε + Am [{1-cos(θ- θ̂ )}I + sin(θ- θ̂ )J] x
= Amε + δR+ sin(θ- θ̂ ) AmJ x
(4-15)
ここでモデル誤差 δR を次式で表す。
δR = {cos(θ- θ̂ )-1}Rm Bmx
4.3.4
(4-16)
安定性と推定則
まず,δR = 0 での磁極位置 ˆ の推定則を求める。δR = 0 を(4-15)に代入すると
ε = Amε + sin(θ- θ̂ )AmJ x
(4-17)
となる。リアプノフ関数を
V= εTε /2 +{1-cos(θ- θ̂ )}/r1
ここで,V>0
(4-18)
(∀ε,∀(θ- θ̂ ) 但し,ε ≠0,θ- θ̂ ≠0),V =0
r1 :ゲイン(r1 >0)
73
(ε =0,θ = θ̂ ),
第4章 停止時における磁極位置推定法
図 4-4
r
高周波パルス電圧波形
x^
Reference Model
x̂  Am xˆ  Bm r
+
δR
+
+
Coordinate
transform
Process
x  Am x  B m u
θ^
図 4-5
Coordinate
transform
x
Adaptive
lows
モデル誤差を含んだ MRAS のブロック図
74
第4章 停止時における磁極位置推定法
とおき,V の微分を求める。θ=一定より
̂
V =( ε Tε + εT ε )/2- θ sin(θ- θ̂ )/ r1
= εT ε - θ̂ sin(θ- θ̂ )/ r1
(4-19)
となる。(4-17)を(4-19)に代入すると
̂
V =εT { Amε+ sin(θ- θ̂ )AmJx}- θ sin(θ- θ̂ )/ r1
=εTAmε+ sin(θ- θ̂ )εT Am J x- θ̂ sin(θ- θ̂ )/ r1
(4-20)
となる。磁極位置推定系が安定であるためには,(4-20)が ε ≠0 以外の∀ε で負でなけ
ればならない
(11)(12)
。(4-20)において εTAmε ≤ 0 は明らかであるので V ≤ 0 が成立する
ためには
̂
sin(θ- ˆ )εT AmJ x -  sin(θ- ˆ )/ r1= 0
(4-21)
であればよい。(4-21)より
̂
 = r1 εTAmJ x
(4-22)
が求まる。したがって磁極位置推定則は
θ =∫r1 εTAmJ x dt
 0  1 i 
 R L
0

   dt
  r [  ]T  m dm
0
 R L  1 0  i 
1   
m qm
 

= ∫r1 (Rm/Ldm εγ iδ-Rm /Lqm εδ iγ ) dt
(4-23)
となる。
次に,δR ≠ 0 の時の推定系の安定性を求める。δR をモデル誤差あるいは外乱入力
と考えた時の推定系のブロック図を図 4-5 に示す。モデル誤差や外乱が存在する場
合に(4-23)の積分則では,推定信号の性質によってドリフトを生じて適応系が不安定
になることが知られている。しかしながら,前向きの線形ブロックが強正実で,誤
差信号 ε に PE 性(持続的励振)がある場合は例外で,積分則でも安定になることが
示されている
(11)
。この条件を(4-15),(4-23)の磁極位置推定系に当てはめてみる。(4-15)
の誤差方程式から前向きの線形ブロックは一次遅れ系で強正実であり,同定信号と
して一定周期の正負パルス信号が印加され続けているので誤差信号 ε の PE 性も満足
75
第4章 停止時における磁極位置推定法
する。このため,δR が存在しても安定である。(4-23)により磁極位置 ˆ が推定され,
真値 θ に近づくと θ- ˆ は零に近づき δR は(4-16)より零になる。
4.3.5
極性判別方法
誤差方程式(4-15)で,sin(θ- ˆ )が漸近安定的に零に収束すると磁極位置は推定され
る。しかしながら,推定できる磁極位置 ˆ の範囲は±90 ° であり,このままでは表
4-1 が示すように磁極位置真値を求めることができない。これを解決する方法として,
推定した磁極位置の極性(N または S 極)がどちらであるかを判別すればよい。磁
極位置推定のために図 4-4 のような正負の高周波電圧を注入している。永久磁石同
期モータに正負の高周波電圧を印加すると,回転子磁石の磁束の影響によって固定
子の過渡リアクタンスに差を生じ,その結果,推定磁極軸(γ 軸)の電流極性によっ
て電流値に差が出ることが知られている。具体的には磁極が N 極で正方向の電流が
流れた場合,電流で生じた磁束に回転子磁石の磁束が加算されるため,過渡リアク
タンスは磁気飽和の影響をより受けて低減される。逆に S 極の場合は回転子の磁束
は減算されるため,過渡リアクタンスに対する磁気飽和の影響は少ない。このよう
に電流極性による過渡リアクタンスの差によって,電流値に差が発生する。
本稿では,磁極位置推定に使用する高周波電圧を利用して磁極位置推定と同時に
磁極位置の正負を判別する。すなわち推定途中の γ 座標電流の平均 Σ iγ を求め,そ
の正負で極性を判断し,推定した磁極位置 ˆ を補正する。極性判別の方法は以下の
通りとなる。
① Σ iγ >0 の時 ⇒ 磁極位置は+で
θ= ˆ
② Σ iγ <0 の時 ⇒ 磁極位置は-で
θ= ˆ +180 °
4.4 シミュレーションと実機実験
磁極位置推定法に関する理論解析の妥当性を調べるため,シミュレーションと実
機実験を実施した。一般に磁極位置センサレス制御の場合,考慮すべき推定誤差要
(9)
因が知られている 。今回,シミュレーションでは考慮しないが,実験ではこれら
76
第4章 停止時における磁極位置推定法
表 4-1 磁極位置真値と推定値との関係
Actual rotor position
0° ~ 90°
90° ~ 180°
180° ~ 270°
270° ~ 360°
Estimated rotor position
0° ~ 90°
-90° ~ 0°
0° ~ 90°
-90° ~ 0°
表 4-2 供試モータ定数
4
1 kW
3.7 A
2000 r/min
1.1 Ω
9.78 mH
8.05 mH
89.7 mv/r/min
iγ_mean (%)
Angle (°)
iδ (%)
iγ (%)
Number of poles
Rated power
Rated current
Rated speed
winding resistance
q axis winding inductance
d axis winding inductance
Back E.M.F coefficient
図 4-6
線形インダクタンスの時の磁極位置推定
シミュレーション結果 ( 磁極位置 60 ° )
77
第4章 停止時における磁極位置推定法
の推定誤差要因について補償を行っている。試験用モータのパラメータを表 4-2 に
示す。シミュレーションは実験のモータと同一のパラメータを使用して実施した。
ゲインは初期磁極位置が 60 ° の時に推定時間が 40 ms~50 ms となるような値をそ
れぞれ設定した。図 4-6,4-7 にシミュレーション結果を,図 4-8 に実験結果を示す。
まず,過渡リアクタンスの影響がないすなわちインダクタンス Ld,Lq が一定の条件
でシミュレーションを実行した。図 4-6 はその結果である。γ 座標電流は安定すると
正負とも同一波形で,平均値は推定初期にはオフセットをもつが最終的には零とな
り,磁極の極性が判別できないことがわかる。次に,過渡リアクタンスを模擬する
ため,モータのシミュレーションモデルにおいて U,V,W 各相に流れる電流の値,
方向と磁極の極性に応じて発生する磁気飽和でインダクタンスが変化するモデルを
追加した。γ 座標電流の平均 Σ iγ を利用した極性判別方法がわかるように 2 種類の初
期磁極位置(60 °と 225 °)にて,また推定条件として最悪である初期磁極位置が 90 °
付近(シミュレーションでは 88 °で実施,90 °ではシミュレーション不可能)でも推
定動作を行った。動作を開始して 10 ms 後に,γ 座標の電圧指令値として高周波電圧
(周波数 800 Hz,パルス幅 0.25 ms,波高値 75 V)を印加した。また,モータが静
止状態を保つように開始直後の 5 ms 間の電圧を 0 V からスロープさせて発生した。
図(a)は磁極位置が 60 °で磁極が正の場合である。推定開始の約 40 ms 後に推定誤差
0 ° に漸近的に収束している。γ 座標の電流は過渡リアクタンスの影響を受けて全体
的に正側へシフトしており,このことは γ 座標の電流平均値が正になっていること
でわかる。δ 座標の電流は推定開始直後に γ 座標の電圧指令値の影響を受け少し流れ
ているが,磁極位置の推定値が真値に近づくとほぼ零となっている。図(b)は磁極位
置が 225 °(実際は極性が不明なので 45 °)で磁極が負の場合である。この場合も推
定開始の約 40 ms 後に推定誤差 180 °(実際は 0 °)に漸近的に収束している。γ 座標
の電流は過渡リアクタンスの影響を受けて全体的に逆の負側へシフトし,γ 座標の電
流平均値が負になっているので,磁極位置が 225 ° と判定できる。δ 座標の電流は図
(a)の場合と同様な波形となり最終的にはほぼ零となっている。図(c)は磁極位置が
90 °の場合である。実験は理想的なシミュレーションとは異なり,演算値に応じて 0 °
あるいは 180 ° のどちらかに収束する。図 4-9 は 0 °~360 ° の全範囲で 15 ° 毎に計
78
i?_mean (%)
Angle (°)
id (%)
i? (%)
第4章 停止時における磁極位置推定法
iγ_mean (%)
Angle (°)
iδ (%)
iγ (%)
(a) 条件 1 ( 磁極位置 60 ° )
iγ_mean (%)
Angle (°)
iδ (%)
iγ (%)
(b) 条件 2 ( 磁極位置 225 ° )
(c) 条件 3 ( 磁極位置 88 ° )
図 4-7 磁極位置推定のシミュレーション結果
79
第4章 停止時における磁極位置推定法
γ axis current
Current 0% ⇒
Current 0% ⇒
Current : 25%/DIV
δ axis current
Current : 25%/DIV
Estimated position error
Position : 45°/DIV
Position 0° ⇒ γ axis average current
Current 0% ⇒
Current : 5%/DIV
Time : 10 ms/DIV
(a) 条件 1 ( 磁極位置 60 ° )
γ axis current
Current 0% ⇒
Current 0% ⇒
δ axis current
Current : 25%/DIV
Current : 25%/DIV
Position 0° ⇒
Position : 45°/DIV
Estimated position error
γ axis average current
Current 0% ⇒
Current : 5%/DIV
Time : 10 ms/DIV
(b) 条件 2 ( 磁極位置 225 ° )
γ axis current
Current 0% ⇒
Current 0% ⇒
Current : 25%/DIV
δ axis current
Current : 25%/DIV
Estimated position error
Position : 45°/DIV
Position 0° ⇒ γ axis average current
Current 0% ⇒
Current : 5%/DIV
Time : 10 ms/DIV
(c) 条件 3 ( 磁極位置 90 ° )
図 4-8 磁極位置推定の実験結果
80
第4章 停止時における磁極位置推定法
3
2
Estimationerror (deg)
1
0
-1
-2
-3
-4
-5
-6
-7
0
30
60
90 120 150 180 210 240 270 300 330 360
Angle θ (deg)
図 4-9 磁極位置推定誤差
81
第4章 停止時における磁極位置推定法
測した磁極位置推定誤差を示す。-6.5 ° ~+2 ° の範囲に収まり,平均的には-2 ° 程
度負側にシフトしている。この原因としてはインダクタンスの真値とモデル値との
誤差が考えられる。
以上のシミュレーションと実験結果から,磁極位置が漸近安定的に推定を終了し,
同時に磁極位置推定値が求まることがわかる。
4.5 結言
本章では,中・高速域の磁極位置センサレス制御法と同一のコンセプト「磁極位
置推定に MRAS を適用する」を採用した IPMSM の停止時磁極位置を推定する新た
な方法について述べた。はじめに MRAS を用いた磁極位置推定法のシステム構成を
述べた。次に,IPMSM の停止時での d–q 回転座標上での状態方程式から得た適応モ
デル式と,γ–δ 推定回転座標上に変換して得た状態方程式を導出した。さらに,それ
らを用いて誤差方程式を求め,リアプノフの安定論から磁極位置推定則を導出した。
最後に,シミュレーションと実機実験から,本提案の停止時磁極位置推定法の妥当
性と有効性を確認することができた。ここで得られた成果は以下の通りである。
1)停止時から中高速域までの磁極位置推定システムに MRAS を適用することによ
り,構造が統一されしかも単一アルゴリズムでの推定システムが実現できる。
2)磁極位置推定に用いている γ 軸電流の平均値を求める簡単な方法を追加するこ
とで推定と同時に極性判別が可能なため,極性判別のための別の方法が不要で
推定終了時に極性を含んだ磁極位置が得られる。
3)過渡特性の実験結果から,推定時間は 60 °程度であれば約 40~50 ms,最悪条件
である 90 °でも約 80~90 ms であり,推定誤差は-6.5 ° ~+2 ° の範囲である磁
極極性を含んだ磁極位置推定値が得られることを確認できた。
82
第4章 停止時における磁極位置推定法
参考文献
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(2)
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誠, 松井信行, 山田英治, 水谷良治:
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(5)
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pp. 1031-1039 (2003)
(8)
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位置センサレス制御とパラメータ感度」,電気学会論文誌 D,Vol. 132,No. 3,
pp. 426-436 (2012)
(9)
織田健志,野口季彦,川上 学,佐野浩一:
「磁極位置センサレス PM モータの
推定誤差要因とその対策」,平成 20 電気学会産業応用部門大会,No. 1-55,pp.
273-276 (2008)
(10) 小原正樹,野口季彦:
「モデル規範適応システムによる内部永久磁石同期モータ
83
第4章 停止時における磁極位置推定法
の磁極位置センサレス制御」,平成 24 電気学会産業応用部門大会,No. 3-61,pp.
283-286 (2012)
(11) 鈴木 隆:「アダプティブコントロール」
,コロナ社 (2001)
(12) Karl J.Åström,Biörn Wittenmark:
「ADAPTIVE CONTROL」Second Edition,Dover
(2008)
84
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
第5章
磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動
の影響
5.1 緒言
これまでに提案された磁極位置センサレス制御の方式として,推定回転座標で表
される誘起電圧成分から演算で求める方式,磁束を推定するため固定子座標あるい
は推定回転座標で四次元の適応オブザーバを構成し,得られた磁束から磁極位置・
速度を推定する方式,モータの電圧・電流方程式を変形して導いた拡張誘起電圧を
外乱オブザーバにて推定し,その値から磁極位置を求める方式など数多くの報告が
(1)-(10)
ある
。しかし,これらほとんどの方式はモータの数学モデルを基本としている
ため,センサレス制御の性能はモータのモデリングと巻線抵抗, 同期インダクタン
ス, 誘起電圧定数などのパラメータの精度に影響される。また,安定性やパラメー
タ変動に関する解析も一部示されているが十分であるとは言えない。特に近年のセ
ンサレス制御への高性能化要求を満足するためには,パラメータ変動時の制御の安
定性や磁極位置推定値に対する影響を明確にし,何らかの対策手段を用いてパラメ
ータ変動の影響を極力少なくすることが重要な課題である。このため,各種パラメ
ータを停止中及び運転中に計測する方式,インダクタンス変動にロバストな制御方
式などの研究がされている
(11)(12)
。しかしながら,前者の方法では本来の目的のセン
サレス制御以外にパラメータだけを推定する手段が別に必要となり,後者の方法で
もインダクタンス以外のパラメータ変動には別の補償手段が必要となるため,制御
85
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
装置の構成が複雑になる課題が存在する。
以上の議論から,パラメータ同定にも応用可能な MRAS を用いた PMSM の磁極
位置センサレス制御法を提案し,その有効性をシミュレーションおよび実験によっ
て確認している
(13)(14)
。この方式は MRAS の一方式である制御用 MRAS を利用して
おり,磁極位置・速度をパラメータ変動と見なし各々を推定している。このため,
モータパラメータ変動時のパラメータ推定補償を容易に追加拡張できることが特長
である。また,既提案のセンサレス制御法においても特に低速域での高性能化の実
現には,パラメータ変動補償が有効な手段であるため,あらかじめパラメータ変動
時の制御系の挙動を調べる必要がある。
本章では,パラメータ推定補償を適用するに当たり,MRAS でのセンサレス制御
の安定性と磁極位置推定誤差の解析およびその妥当性の実験検証を中心に報告する。
はじめに電流制御ループ内に MRAS を用いたセンサレス制御の構成を述べる。この
場合,規範モデルに理想モデル(SPMSM の d–q 回転座標における電圧電流方程式
で,非干渉化すると各軸の電圧と電流の関係が一次遅れになる)を採用して並列形
MRAS を構成すると,電流制御系が非干渉化されたセンサレス制御となる。次に各
種のパラメータ変動に対するセンサレス制御系の安定性と磁極位置の推定特性につ
いて述べる。最後にパラメータ変動時の定常特性と過度特性を実機実験により示し,
提案法のパラメータ変動時における安定性と磁極位置推定誤差の挙動が解析と一致
することを検証する。
5.2 MRASの構成
磁極位置を d 軸とした回転座標軸(d–q 軸)における電流制御ループ内で,MRAS
を用いて非干渉センサレス制御を構成する方法について述べる。推定磁極軸を γ 軸
とした γ–δ 推定回転座標と d–q 回転座標との関係を図 5-1 に示す。
5.2.1
γ-δ 推定回転座標における状態方程式
SPMSM の γ–δ 推定回転座標における電圧電流方程式を(5-1)に示す。
86
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
v   R  p L  ˆ L  i    sin(  ˆ)

v    ˆ L
R  p L i    cos(  ˆ) 
 
(5-1)
ここで, vγ,vδ,iγ,iδ:γ–δ 推定回転座標の電圧,電流,ω :回転速度真値,
ω̂ :回転速度推定値,  :誘起電圧定数,θ:磁極位置真値,
θ̂ :磁極位置推定値,R:巻線抵抗,L:同期インダクタンス
(5-1)を変形して電流を状態変数および出力変数,電圧を入力変数とする SPMSM の
γ–δ 推定回転座標における状態方程式を求めると(5-2)となる。
x  Ax  ̂Jx  Bu  Be γδ
(5-2a)
y  Cx
(5-2b)
ここで,x= y= [ iγ iδ ]T:電流,u= [vγ vδ ]T:電圧,
eγδ=[eγ eδ]T:永久磁石による誘起電圧,
eγ=-ω  sin(θ- θ̂ ),eδ=ω  cos(θ- θ̂ ),
1 0
 R L 0 
, B  1 L 0  , C  0 1 , J  0 1 A 



 0 1 L
1 0 
 0  R L
5.2.2
回転速度と磁極位置推定値の導出
速度と位置を推定するために並列形の MRAS を構築する。MRAS において漸近安
定な系を構築するためには,規範モデルとして厳密にプロパーな強正実関数である
必要がある。SPMSM の γ–δ 推定回転座標における状態方程式(5-2a)において x の非
干渉項を除いた式は各軸の入力(電圧と逆起電力の和)と出力(電流)の関係が一次遅
れとなるため,この式を規範モデルとすると厳密にプロパーで強正実関数となり最
適である。したがって,規範モデルを(5-3)のように表現する。
x̂  Axˆ  Br
ここで, x̂ = [ iˆ d
iˆ q ]T:d–q
r = [ vγ*
(5-3)
回転座標のモデル電流,
vδ* ]T:γ–δ 推定回転座標の電圧指令
次に,規範モデルと実際値との誤差 εγ,εδ を以下に定義する。
87
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
ε=[εγ εδ ]T,εγ= iˆ d-iγ,εδ= iˆ q-iδ
(5-4)
(5-2a)と(5-3) から抵抗,インダクタンス,誘起電圧定数などのパラメータは既知と
し,回転速度のみを未知パラメータとする誤差方程式を求める。(5-3)から(5-2a)をひ
いて整理すると
ε  Aε  B (u  r  ˆ B 1Jx  eγδ )
(5-5)
となる。PMSMに加える制御則(電圧入力)を
u  r  ˆ B 1Jx  e
(5-6)
で与えると(5-5)は次式となり,
ε  Aε
(5-7)
誤差 ε は零に漸近収束する。しかし,実際には(5-6)は与えられないので,確定的等
(16)
価原理(CE 原理)を用いると,入力電圧は(5-8)となる
。
u  r  ˆ B 1Jx  eˆdq
(5-8)
ここで、 ê dq =[0 ω̂  ]T:永久磁石による推定誘起電圧
(5-8)を(5-5)に代入すると,誤差方程式として誘起電圧と推定誘起電圧を含んだ(5-9)
を求めることができる。
ε  Aε  B ( eˆdq  e )
(5-9)
(5-9)で推定座標の誘起電圧 eγδ=[eγ eδ]T をそれぞれ以下のように近似できるので
eγ=-ω  sin(θ- θ̂ ) ≅ -ω  (θ- θ̂ )
(5-10)
eδ=ω  cos(θ- θ̂ ) ≅ ω 
(5-11)
さらに,θ- ˆ →0 は ω- ω̂ →0 に対する十分条件であるため,ω=一定の場合|ω|は定
数となり ω- ω̂ を|ω| (θ- ˆ ) に置き換えてもこの系の安定性には影響しない。この
(14)
条件と, ê dq =[0 ω̂  m]T ,(5-11)と(5-12)を(5-10)に代入し整理すると
sgn  
ε  Am ε  B m m (  ˆ ) |  | 
  1 
となる。ここで,sgnω:回転速度の極性である。
88
,
(5-12)
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
V
δ
R
q
'
d
γ
L
L'
^
Θ
Θ
N
L'
S
'
R
U
L
L'
L
'
R
W
図 5-1 d–q 座標と γ–δ 座標との関係
REC.
iδ*
ω* +
-
Speed
Controller
i γ*
+
-
Current
Controller
+
-
Vδ*
V γ*
Current
Controller
PWM
INV
θ^
Adaptive
Model
ω^
d,q/
u,v,w
Decoupling
Control
Vu*
V v*
V w*
^i q
i^d
Position/Speed
Estimator
iδ
u,v,w
d,q
iγ
SPM
SM
図 5-2 磁極位置センサレス制御のシステム構成
89
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
最後に,この(5-12)にポポフの超安定論を適用すると,MRAS を安定にする回転速
(15)
度推定値 ω̂ と磁極位置推定値 ˆ がそれぞれ(5-13),(5-14)として求まる 。
ˆ  r1 (     sgn ˆ )  r 2  (     sgn ˆ ) dt
(5-13)
ˆ 
(5-14)
 ˆ dt
ただし,r1,r2 は推定アルゴリズムの比例ゲインと積分ゲインである。
5.2.3
MRASの構成
本論文で検討する磁極位置センサレス制御システムの構成を図 5-2 に示す。従来
の SPMSM 非干渉ベクトル制御システムに MRAS の要素である適応モデルと速度・
位置推定ブロックを付加した構成となっている。適応モデル,速度・位置推定,非
干渉演算の各ブロックで実行される演算式はそれぞれ(5-3),(5-13),(5-14),(5-8)で
あり,その中で非干渉演算ブロックは通常のセンサ付きベクトル制御でも必要な演
算である。このことから,本論文での非干渉センサレス制御は従来のベクトル制御
に(5-3),(5-13),(5-14)の簡単な演算を追加するだけで実現でき,演算負荷はわずか
である。しかも,電流制御の出力信号を MRAS の入力信号としたため,制御動作に
伴って発生する持続的な変動を含んだ信号が入力されることにより,MRAS の磁極
位置推定に要求される入力信号の PE(Persistently Exciting)性を満足できるのが特
長となっている。
5.3 パラメータ変動に対する磁極位置の影響
SPMSM のパラメータ(巻線抵抗,同期インダクタンス,誘起電圧定数)が変動
した場合において,提案する MRAS を用いた磁極位置センサレス制御の性能を明確
化するため,それぞれのパラメータ変動に対する安定性と磁極位置推定誤差への影
響を述べる。
5.3.1
5.3.1.1
巻線抵抗変動の影響
巻線抵抗変動時の誤差方程式
90
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
規範モデルの巻線抵抗を Rm,同期インダクタンスを Lm とおくと規範モデルは
(5-15)となる。
x̂  Am xˆ  Bmr
ここで, x̂ = [ iˆ d
iˆ q
r = [ vγ*
(5-15)
]T:d–q 回転座標のモデル電流,
vδ* ]T:γ–δ 推定回転座標の電圧指令
0 
 R L
1 Lm 0 
,
Am   m m
 Rm Lm Bm   0 1 L 
 0
m

γ–δ 推定回転座標における(5-2a)で抵抗値がモデル値 Rm からずれて R となり,同期
インダクタンスと誘起電圧定数が変化せずにそれぞれのモデル値 Lm,  m と同一の
場合を求めると(5-16)となる。
x  AR x  ˆ Jx  Bm u  Bm em
(5-16)
ここで,eγδm=[eγm eδm]T:永久磁石による誘起電圧,eγm=-ω  msin(θ- θ̂ ),
eδm=ω  mcos(θ- θ̂ ),A   R Lm 0 
R  0
 R Lm 

同様にして,入力電圧uを(5-8)から求めると(5-17)となる。
u  r  ˆ B m 1 Jx  eˆ dqm
(5-17)
ここで, ê dqm =[0 ̂ m ]T:永久磁石による推定誘起電圧
(5-17)を(5-16)に代入した式と(5-15)から,巻線抵抗変動時の誤差方程式を求めると
ε  Am ε  ( Am  AR ) x  B m ( eˆdqm  e m )
(5-18)
となる。(5-18)は(5-9)と同様に
sgn  
ε  Am ε  ( Am  AR ) x  B m m (  ˆ ) |  | 
  1 
と変形した(5-19)にて安定性を論じることができる。
5.3.1.2
抵抗偏差と磁極位置推定誤差との関係式
抵抗変動時の誤差方程式(5-19)をラプラス変換すると
91
(5-19)
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
Ε 
Rm  R
1
1
1  sgn  
X   m (  ˆ ) |  |
  1 
Rm
R
Lm
s
s  m Lm 
Lm
Lm
ここで, Ε , X ,  , ˆ
:
(5-20)
ε,x,θ, θ̂ のラプラス変換
となる。(5-13)と(5-14)から速度 ω を一定とした時の磁極位置の推定アルゴリズムの
ラプラス変換は
1
  ˆ  ( r1  r
s
ここで,  , ˆ , 

1
2 s
)(   sgn ˆ  

)
(5-21)
,  :θ, θ̂ ,εγ,εδ のラプラス変換
で表されるので,(5-21)を変形すると(5-22)が求まる。
  ˆ 
1
1
( r1  r )[ sgn ˆ
2 s
s
(5-22)
 1] Ε
(5-20)を(5-22)に代入して sgn ω̂ =sgnω の関係を考慮して,式を整理すると,抵抗偏差
に対する磁極位置推定誤差の式は(5-23)となる。
  ˆ 
s3 
5.3.1.3
1
( I  sgn   I  )
Lm
(Rm  R )
2 m |  |
2 m |  |
2
s 
r1 s 
r2
( r2  r1 s )
Rm
Lm
Lm
(5-23)
Lm
安定性
抵抗変動時の MRAS の安定性は,抵抗偏差と磁極位置推定誤差の関係式(5-23)の
特性方程式,すなわち(5-23)の分母の根によって決定され,すべての根が負であれば
(17)
安定である。ここで安定性を,フルビッツ安定判別法によって調べる
。
① γ1>0, γ2>0,Rm>0,Lm>0,  m>0 であるので,特性方程式の係数は正である。
② フルビッツ行列は
H1=1
H2 
Rm
Lm
1
H3  H2
2 m |  |
Lm
2 m |  |
Lm
2m |  |
Lm
r2
r1

2 R m m |  |
2
L
m
r1 
2 m |  |
Lm
r2
r2
となり,H1>0,H2>0,H3>0 となる条件は(5-24)のように求められる。
92
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
Rm
r1  r 2
Lm
(5-24)
ここで r2 は推定アルゴリズムの積分ゲインであるので
1
Ti
r 2  r1
(5-25)
で表すと,(5-24)と(5-25)から次式が得られる。
Ti 
L
R
m
(5-26)
m
すなわち,推定アルゴリズムの比例・積分要素における積分時間を PMSM の巻線時
定数より大きく設定すれば,抵抗変動時においても MRAS は安定であることを示し
ている。
5.3.1.4
磁極位置推定誤差の定常解
巻線抵抗の変動によって磁極位置の角度がずれても,MRAS の安定性は保証され
るので,PMSM の回転速度は指令値に一致して安定に回る。このときの条件は,次
の通りである。
① 回転速度一定であるため, ̂ =0 で εγ sgn ̂ -εδ =0
̂
② 磁極位置の偏差 θ- ˆ = 一定であるため,  -  = ω- ̂ =0
③ 電流は iγ=Icγ,iδ=Icδ で制御
④ 規範モデル値と実際値との偏差の変化は  γ=0,  δ=0
と考えてもよいので,(5-18)と上記の条件①~④から抵抗偏差と磁極位置推定誤差の
定常解は(5-27)となる。


( R  Rm ) Ic   m {1  cos(  ˆ)}  sgnˆ ( R  Rm ) I c   m sin (  ˆ)
これから,正転時(sgn ̂ =1)
  ˆ  

4
 sin 1{
1
2

R  Rm I c
2m
逆転時(sgn ̂ =-1)
  ˆ 
が求まる。

4
 sin 1{
 I c


1 R  Rm  I c  I c

}
2
2m
93
}
(5-27)
(5-28)
(5-29)
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
5.3.2
同期インダクタンス変動の影響
5.3.2.1
同期インダクタンス変動時の安定性
同期インダクタンスがモデル値 Lm とずれて L となり,巻線抵抗と誘起電圧定数が
変化せずにそれぞれのモデル値 Rm, m と同一の場合の誤差方程式を求めると(5-30)
となる。
1
1
ε  Am ε  ( 
)( Rm x  ˆ Lm Jx  r )  B (eˆdqm  em )
L Lm
(5-30)
上式をラプラス変換し,MRAS の適応則(5-22)を用いると,インダクタンスの偏差に
対する磁極位置推定誤差の関係式は
f ( s )(
  ˆ 
R
2 m
s  m s2 
Lm
3
Lm  L
)
Lm L
|  | r1
2  m |  | r2
s
L
L
*
*
ここで, f (s)  (r2  r1s){(Rm I   ˆ Lm I   V )sgnˆ  Rm I   ˆ Lm I   V }
(5-31)
(5-32)
*
 , ˆ , I  , I  , V * , V :
 , ˆ , i  , i  , v * , v * のラプラス変換
となる。このとき,インダクタンス変動時における MRAS の安定性は(5-31)の特性
方程式から判別できる。
s3 
R m 2 2 m |  | r1
2 m |  | r 2
s 
s
0
Lm
L
L
(5-33)
巻線抵抗が変動した場合と同様に,安定性をフルビッツの安定判別法によって調べ
る。特性方程式(33)から明らかなように使用されている定数 γ1>0,γ2>0,Rm>0,Lm>0,
 m>0,L>0,|ω|>0 であるので,係数はすべて正となる。また,すべてのフルビッ
ツ行列を求めて,それらが正となる条件を求めると,最終的には
T
i

L
R
m
(5-34)
m
という条件が導かれる。この(5-34)は巻線抵抗変動時の(5-26)と同一であり,インダ
ンタンス変動時も推定アルゴリズムの積分時間を SPMSM の巻線時定数より大きく
設定すれば,インダクタンス変動時に対しても MRAS は安定であることを示してい
る。
94
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
5.3.2.2
磁極位置推定誤差の定常解
同期インダクタンスの変動によって磁極位置推定誤差の角度がずれても,上記よ
SPMSM の回転速度は指令値に一致して安定に回る。
り MRAS の安定性は保証され,
この状態でのインダクタンス偏差と磁極位置推定誤差の定常解を,抵抗変動の場合
と同じ安定条件で求める。すなわち,誤差方程式(5-30)と安定条件①~④から(5-35)
となる。
 1 1
1 1
  m cos(  ˆ)
 sin(  ˆ) 
 (  )Lm I c  m
 sgnˆ (  )Lm I c  m

L Lm
L
L
 L Lm

(5-35)
これから,正転時(sgn ̂ =1)
  ˆ  

4
 sin 1{


(5-36)
}
(5-37)
1 L  Lm  I c  I c

}
2
2m
逆転時(sgn ̂ =-1)
  ˆ 

4
 sin 1{
1
2

L  Lm I c
 I c
2m
が求まる。
5.3.3
5.3.3.1
誘起電圧定数変動の影響
誘起電圧定数変動時の安定性
誘起電圧定数がモデル値  m とずれて  となり,抵抗とインダクタンスが変化せ
Lm と同一の場合の誤差方程式を求めると(5-38)となる。
ずにそれぞれのモデル値 Rm,
'
ε  A m ε  B m ( eˆ dqm  e 
)
(5-38)
ここで,e'γδ=[e'γ e'δ]T:永久磁石による誘起電圧,
e'γ=-ω  sin(θ- θ̂ ),e'δ=ω  cos(θ- θ̂ )
抵抗変動の場合と同様に(5-38)をラプラス変換し,MRAS の適応則(5-22)を用いると,
誘起電圧定数偏差に対する磁極位置推定誤差の関係式は
  ˆ 
( r2  r1 s )
s3
ˆ
Lm
( m   )
2 |  |
2 |  |
Rm 2

s 
r1 s 
r2
Lm
Lm
Lm
95
(5-39)
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
ここで,Θ, ̂ , ̂ :θ, θ̂ , ̂ のラプラス変換
となる。このとき,誘起電圧定数変動時の MRAS の安定性は(5-39)の特性方程式か
ら判別できる。
s3 
R m 2 2 |  | r1
2 |  | r 2
s 
s
0
Lm
Lm
Lm
(5-40)
(5-40)は誘起電圧定数が  m と異なり  である以外は巻線抵抗変動と同一の特性方程
式であるため,同じように安定性の条件を求めると,抵抗変動時の条件(5-26)と同一
の(5-41)を満足すれば保証されることがわかる。
Ti 
5.3.3.2
Lm
Rm
(5-41)
磁極位置推定誤差の定常解
誘起電圧定数の変動によって磁極位置推定値の誤差が生じても,MRAS の安定性
は保証され,SPMSM の回転速度は指令値に一致して安定に保たれる。この場合も
誘起電圧定数偏差と磁極位置推定誤差の定常解は,誤差方程式(5-38)と巻線抵抗変動
の場合と同一の安定条件①~④より求まり,(5-42)となる。

  m   cos (  ˆ )  sgn ˆ   sin (  ˆ )

(5-42)
これから,正転時(sgn ̂ =1)
  ˆ  

4
 sin 1 (
m
)
2
(5-43)
逆転時(sgn ̂ =-1)
  ˆ 

4
 sin  1 ( 
m
)
2
(5-44)
が求まる。
以上のように巻線抵抗,同期インダクタンス,誘起電圧定数の変動時の安定解析
から,どのパラメータに変動が生じても,推定アルゴリズムの積分時間を SPMSM
の巻線時定数より大きく設定すれば,MRAS は安定であることが明確となった。
5.4 実機実験
96
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
SPMSM の各パラメータ(巻線抵抗,同期インダクタンス,誘起電圧定数)変動
に対する,センサレス制御系の安定性と磁極位置推定誤差の定常解の妥当性評価の
ため,実機実験を行った。実験に使用した SPMSM のパラメータを表 5-1 に示す。
負荷機は 400 W の SPMSM を使用し,負荷トルク制御を行った。また,実験装置の
CPU にはルネサス製の 32 ビット SH2A シリーズ(R5F72865)を,電流検出には 12
ビットの AD コンバータを使用している。PWM インバータへのキャリア周波数は
16 kHz とし,速度制御演算周期はキャリア周期の 4 倍の 250 μs,適応制御と電流制
御の演算周期はキャリア周期と同一の 62.5 μs とした。全ての実験は推定系の最適調
整値である比例ゲイン 0.13,積分時間 12 ms に調整して実施した。実験は,まず,
定常特性実験として各パラメータを変動させたときの磁極位置推定誤差を測定した。
次に,過度特性実験として,各パラメータを一定値変動させた状態で無負荷四象限
運転特性,100 %の負荷外乱ステップ入力に対する回転速度応答特性,回転速度指令
に対するステップ応答特性を測定した。最後に巻線抵抗変動時の安定性条件(5-26)
((5-34)と(5-41)は同一条件)の妥当性実験として回転速度推定値の過度特性を測定
した。
5.4.1
パラメータ変動時の磁極位置推定誤差
実験は,試験条件 1(回転速度 1500 r/min,トルク電流 100 %)
,試験条件 2(回転
,試験条件 3(回転速度 500 r/min,トルク電流 50 %)
速度 1500 r/min,トルク電流 50 %)
の下で行った。規範モデル(5-15)および入力電圧(5-17)で設定しているそれぞれのパ
ラメータ(巻線抵抗 Rm,同期インダクタンス Lm,誘起電圧定数  m)を,徐々に+
から-に変動させたときの磁極位置推定誤差の挙動を測定した。実験値と定常解か
ら求めた理論値とを比較した結果を,図 5-3~図 5-5 に示す。ただし,太い曲線は理
論値である。
5.4.1.1
巻線抵抗変動時
図 5-3 は,規範モデルの巻線抵抗を変動させたときの磁極位置推定誤差について
97
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
表 5-1 供試モータ定数
Number of poles
Rated power
Rated current
Rated speed
Winding resistance
Winding inductance
Back E.M.F coefficient
98
8
200 W
1.5 A
3000 r/min
2.0 Ω
13.0 mH
30.0 mv/r/min
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
(5-28)から求めた理論値と実験値を図示したものである。回転速度が同一でトルク電
流が 2 倍になると推定誤差は 2 倍になり,同一トルク電流のときには回転速度が 1/3
になると推定誤差が 3 倍になっていることがわかる。このことから巻線抵抗変動に
対する磁極位置推定誤差は,電流値にほぼ比例し,回転速度にほぼ反比例するよう
に変動している。この結果は(5-28)からも明らかである。
5.4.1.2
同期インダクタンス変動時
図 5-4 は,規範モデルのインダクタンスを変動させた時の磁極位置推定誤差の理
論値(5-36)と実験値を図示したものである。推定誤差は電流値にはほぼ比例し,回転
速度に無関係であることがわかる。また,図 5-4(a)において推定誤差の実際値が理
論値より大きいのは,電流が定格付近であるため,インダクタンスが磁気飽和の影
響を受けていると思われる。
5.4.1.3
誘起電圧定数変動時
図 5-5 は,誘起電圧定数を変動させた時の磁極位置推定誤差の理論値(5-43)と実験
値を図示したものである。図 5-5 から誘起電圧定数変動に対する推定誤差の挙動は,
電流値にも回転速度にも無関係であることがわかる。また,図 5-5(a)において推定
誤差が大きいときに,実際値が理論値とずれている。これも電流が定格付近である
ため,磁気飽和の影響を受けているものと思われる。
以上の実験結果から,各パラメータ変動に対する磁極位置推定誤差の変動の傾向
をまとめると表 5-2 となる。また,いずれの実験値(振動波形)も理論値(曲線)
にほぼ一致しており,解析の正しさを示している。特に巻線抵抗変動時は回転速度
に反比例するので Icγ=100 %と 10 %の時(ただし,Icδ=0)の定常解(5-27)を図示する
と図 5-6 となる。これらから既提案のセンサレス制御は,電流が大きくなり回転速
度が低速のときに巻線抵抗変動があると磁極位置誤差は急激に増大することがわか
った。
99
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
R Sensitivity(1500 r/min,Iq = 100 %)
5
4
Δθ = θ-θhat [°]
3
2
1
0
-1
-2
-3
-4
-5
-50
-40
-30
-20
-10
0
10
20
30
40
50
30
40
50
30
40
50
ΔR = R-Rm [%]
(a) 試験条件 1
R Sensitivity (1500 r/min,Iq = 50 %)
5
4
Δθ = θ-θhat [°]
3
2
1
0
-1
-2
-3
-4
-5
-50
-40
-30
-20
-10
0
10
20
ΔR = R - Rm [%]
(b) 試験条件 2
R Sensitivity(500 r/min, Iq = 50 %)
5
4
Δθ = θ-θhat [°]
3
2
1
0
-1
-2
-3
-4
-5
-50
-40
-30
-20
-10
0
10
20
ΔR = R - Rm [%]
(c) 試験条件 3
図 5-3 巻線抵抗変動時の磁極位置推定誤差
100
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
L Sens itivity(1500 r/min,Iq = 100 %)
10
8
Δθ=θ -θhat [°]
6
4
2
0
-2
-4
-6
-8
-10
-50
-40
-30
-20
-10
0
10
20
30
40
50
30
40
50
30
40
50
ΔL = L - Lm [%]
(a) 試験条件 1
L Sensitivity(1500 r/min,Iq = 50 %)
10
8
Δθ =θ -θhat [°]
6
4
2
0
-2
-4
-6
-8
-10
-50
-40
-30
-20
-10
0
10
20
ΔL = L - Lm [%]
(b) 試験条件 2
L Sensitivity(500 r/min,Iq = 50 %)
10
8
Δθ = θ -θhat [°]
6
4
2
0
-2
-4
-6
-8
-10
-50
-40
-30
-20
-10
0
10
20
ΔL = L - Lm [%]
(c) 試験条件 3
図 5-4 インダクタンス変動時の磁極位置推定誤差
101
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
Φ Sensitivity(1500 r/min,Iq = 100 %)
40
Δθ = θ -θhat [°]
30
20
10
0
-10
-20
-30
-40
-50
-40
-30
-20
-10
0
10
20
30
40
50
30
40
50
30
40
50
ΔΦ = Φ - Φm [%]
(a) 試験条件 1
Φ Sensitivity(1500 r/min,Iq = 50 %)
40
Δθ = θ -θhat [°]
30
20
10
0
-10
-20
-30
-40
-50
-40
-30
-20
-10
0
10
20
ΔΦ = Φ - Φm [%]
(b) 試験条件 2
Φ Sensitivity(500 r/min,Iq = 50 %)
40
Δθ = θ -θhat [°]
30
20
10
0
-10
-20
-30
-40
-50
-40
-30
-20
-10
0
10
20
ΔΦ = Φ - Φm [%]
(c) 試験条件 3
図 5-5 誘起電圧定数変動時の磁極位置推定誤差
102
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
10
5
0
-5
Rotor Position
Error
(Δθ=θ-θ^)
-1500
-10
-750
-50
-25
Winding
Resistance
Variation
(ΔR=R-Rm)
0
0
750
25
50
Rotor Speed
r/min
1500
(a) 電流 100 %の時
10
5
0
-5
Rotor Position
Error
(Δθ=θ-θ^)
-1500
-10
-750
-50
-25
Winding
Resistance
Variation
(ΔR=R-Rm)
0
0
750
25
50
Rotor Speed
r/min
1500
(b) 電流 10 %の時
図 5-6 巻線抵抗変動時の磁極位置誤差
.
103
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
5.4.2
パラメータ変動時の過渡特性
各過渡状態での磁極位置推定誤差の特性は,磁極位置推定系の応答遅れに起因し
た推定誤差に,電流値と回転速度に関係する各パラメータ変動の定常特性による推
定誤差とが重畳されたものと考えられる。また,すべての過度特性においてパラメ
ータ変動なしの場合の推定誤差の挙動が,磁極位置推定系の過度応答特性とみなし
てもよい。以上のことを検証するため,パラメータ変動なしの特性と各パラメータ
が実際に変動した場合と同一の特性を測定できる試験条件を,次の試験条件 1~4 に
,試験条件 2(巻線抵抗は温度上昇で
設定した。試験条件 1(パラメータ変動なし)
,試験条件 3
増加のためモデル値を-10 %変化,図 5-3 の ΔR(=R-Rm)では+10 %)
(同期インダクタンスは飽和で減少のためモデル値を+10 %変化,図 4 の ΔL(=L-
Lm)では-10 %)
,条件 4(誘起電圧定数は温度上昇で減少のためモデル値を+10 %
変化,図 5 の Δ  (=  -  m)では -10 %)である。実験の目的が動特性の確認の
ため,負荷外乱ステップ入力時の特性実験以外は,磁極位置推定値と実際値を同一
にした状態で開始し,停止時は速度 0 r/min を検出すると推定動作を停止した。実験
結果を図 5-7~図 5-9 に示す。
5.4.2.1
無負荷四象限運転特性
図 5-7 は無負荷状態で回転速度指令を 3000 r/min / 0.25 s の加減速度で 0 r/min から
±3000 r/min までランプ的に変化させて四象限運転を行った場合の結果である。まず
各パラメータ変動に対する磁極位置推定誤差は,(5-23),(5-31),(5-39)からパラメー
タ変動なしでの推定誤差の理想値は 0 ° であり,パラメータ変動が少しでも存在す
ると低速で徐々に大きくなり,速度 0 r/min 付近で不安定になることがわかる。図
5-7(a)のパラメータ変動なし実験結果でも,実際値とモデル値との間に微小なずれが
あるため,速度 0 r/min 付近で推定誤差が急に大きくなっている。次に過度状態での
磁極位置推定誤差の特性を検証する。試験条件 1 の実験結果である図 5-7(a)が磁極
位置推定系の過度応答特性とみなせる。試験条件 2 での推定誤差の定常偏差は,運
転中の最大電流が±50 %程度であるため,定常特性の解析結果の図 5-3(c)を参考に約
104
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
-0.4° 程度と考えられる。このため,試験条件 2 に対する磁極位置推定誤差の変動
は,パラメータ変動なしとほぼ同一の特性になると予想される。これは実験結果の
図 5-7(a)と図 5-7(b)を比較すると明らかである。試験条件 3 の同期インダクタンス変
動に対する磁極位置推定誤差の定常偏差は,巻線抵抗変動と同様に図 5-4(c)から約
+1° 程度である。この場合もパラメータ変動とほぼ同一の特性が予想され,実験結
果の図 5-7(a)と図 5-7(c)からも明らかである。最後に試験条件 4 での誘起電圧定数変
動に対する磁極位置推定誤差の変動は,定常特性の解析結果(5-44)と図 5-5 から回転
速度が正転のときの変動は約+7° 程度で逆転のときは約-7 ° であるため,パラメ
ータ変動なしの波形に対して回転速度が正転のときは+7 ° が,逆転のときは-7 °
が加算された特性が予想される。これも実験結果の図 5-7(a)と図 5-7(d)を比較すると
明らかである。これらの結果から,磁極位置推定誤差の変動については誘起電圧定
数変動の影響が大きく,それ以外のパラメータ変動の影響は少ない。また,推定誤
差が大きい場合でも実験条件下では,極低速以外の全回転速度範囲で安定に動作し
ており,加減速特性に大きな違いはみられない。
5.4.2.2
負荷外乱ステップ入力時の回転速度応答特性
図 5-8 に回転速度指令を 1500 r/min 一定にした状態で,100 %負荷外乱をステップ
的に入力したときの様子を示す。負荷外乱を入力すると電流は急激に変化し 100 %
で安定になる。巻線抵抗変動と同期インダクタンス変動に対する磁極位置推定誤差
の挙動は,表 5-2 に示したように電流値にほぼ比例し,巻線抵抗変動のみ回転速度
にほぼ反比例するので,磁極位置推定系の応答遅れに起因した推定誤差に相当する
パラメータ変動なしの図 5-8(a)に,電流変化と回転速度に応じたそれぞれの定常時
の磁極位置推定誤差を加算した波形になることが予想される。すなわち,これらの
推定誤差の挙動は,負荷外乱の入力前はほぼ 0 ° で,負荷外乱入力前後ではそのと
きの電流値の応じた推定誤差がパラメータ変動なしの図 5-8(a)に加算され,負荷外
乱が入力され元の回転速度に復帰したときは定常特性実験の試験条件 1(回転速度
1500 r/min,トルク電流 100 %)である図 5-3(a),図 5-4(a)からそれぞれ約-0.4 ° ,
約+1.8 ° となる。また,誘起電圧定数変動での磁極位置推定誤差の挙動は,表 5-2
105
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
Estimated Speed
Speed : 1000 r/min/DIV
Real Speed
Position error
Angle : 10°/DIV
Current : 50 %/DIV
Torque Current
Time : 0.2 s/DIV
(a) パラメータ変動なし
Estimated Speed
Speed : 1000 r/min/DIV
Real Speed
Position error
Angle : 10°/DIV
Current : 50 %/DIV
Torque Current
Time : 0.2 s/DIV
(b) 巻線抵抗-10 %変動
Estimated Speed
Speed : 1000 r/min/DIV
Position error
Real Speed
Angle : 10°/DIV
Current : 50 %/DIV
Time : 0.2 s/DIV
Torque Current
(c) インダクタンス+10%変動
Estimated Speed
Speed : 1000 r/min/DIV
Position error
Real Speed
Angle : 10°/DIV
Current : 50 %/DIV
Time : 0.2 s/DIV
Torque Current
(d) 誘起電圧定数+10%変動
図 5-7 パラメータ変動時での四象限運転
106
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
Estimated Speed
Speed 1500 r/min ⇒
Speed 1500 r/min ⇒
Speed : 250 r/min/DIV
Real Speed
Current 100 % ⇒
( 1.5A )
Torque Current
Current : 50 %/DIV
Position error
0° ⇒
Angle : 5°/DIV
Time : 50 ms/DIV
(a) パラメータ変動なし
Estimated Speed
Speed 1500 r/min ⇒
Speed 1500 r/min ⇒
Speed : 250 r/min/DIV
Real Speed
Current 100 % ⇒
( 1.5A )
Torque Current
Current : 50 %/DIV
Position error
0° ⇒
Angle : 5°/DIV
Time : 50 ms/DIV
(b) 巻線抵抗-10%変動
Estimated Speed
Speed 1500 r/min ⇒
Speed 1500 r/min ⇒
Speed : 250 r/min/DIV
Real Speed
Current 100 % ⇒
( 1.5A )
Torque Current
Current : 50 %/DIV
0° ⇒
Position error
Angle : 5°/DIV
Time : 50 ms/DIV
(c) インダクタンス+10%変動
Estimated Speed
Speed 1500 r/min ⇒
Speed 1500 r/min ⇒
Speed : 250 r/min/DIV
Real Speed
Torque Current
Current 100 % ⇒
( 1.5A )
Current : 50 %/DIV
Position error
Angle : 5°/DIV
0° ⇒
Time : 50 ms/DIV
(d) 誘起電圧定数+10%変動
図 5-8 パラメータ変動時の外乱負荷ステップ応答
107
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
から電流と回転速度の変化に無関係なので図 5-8(a)に,定常特性で求めた一定の推
定誤差,すなわち,定常特性実験の図 5-5(a)から求まる約+7 ° を加算した波形とな
る。図 5-8 の実験結果の実際値はこれらとほぼ一致しており,予想が正しいことを
示している。以上の結果から,パラメータ変動時に大きな負荷外乱(100 %)の変動
が生じた場合,磁極位置推定誤差の過度変動は実験での試験条件で最大 5 ° 以内で
あり,定常偏差は各パラメータの定常特性にしたがってそれぞれ発生する。しかし,
回転速度推定値はほぼ回転速度真値に一致して 80 ms 程度で元の速度に復帰してお
り,安定に動作している。
5.4.2.3
回転速度指令のステップ特性
図 5-9 は回転速度指令を 0 r/min から 1500 r/min までステップ的に変化させた場合
の動作を示す。各パラメータ変動にたいする磁極壱推定誤差の挙動は,負荷外乱ス
テップ入力と同様に予測できる。すなわち,巻線抵抗変動での磁極位置推定誤差は,
電流値にほぼ比例し回転速度に反比例して負に変化するため,加速中で電流が増加
しているときはパラメータ変動なしに比べて減少し,電流が零に近い一定回転速度
ではほぼ 0 ° になる。同期インダクタンス変動での磁極位置誤差は,電流値にほぼ
比例して正に変化するため,電流が増加しているときはパラメータ変動なしに比べ
て増加し,電流が零に近い一定回転速度ではほぼ 0 ° になる。誘起電圧定数変動で
の磁極位置推定誤差は,電流値に無関係であるので,定常偏差の約+7 ° にパラメー
タ変動なしの波形を加算した波形となる。図 5-9 の実験結果から,磁極位置推定誤
差の実際値は,これらの予想値にほぼ一致して加速初期には 10~20 ° 変動し,試験
条件 4 では 7 ° 程度の定常偏差が残留する。しかし,いずれの試験条件でも速度指
令値の変化後,回転速度推定値は約 70 ms で 1500 r/min に到達しており,脱調もせず
安定に動作している。
以上の過度特性の実験結果から,提案方式では低速を除いた速度範囲では安定に
動作し,低速では磁極位置推定誤差が大幅に増加する。また,各過度状態での磁極
位置推定誤差の挙動は,磁極位置推定系の応答遅れによる推定誤差と各パラメータ
108
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
Estimated Speed
Speed 1500 r/min ⇒
Real Speed
Speed 1500 r/min ⇒
Speed : 500 r/min/DIV
Torque Current
Current 100 % ⇒
( 1.5A )
Current : 50 %/DIV
Position error
0° ⇒
Time : 50 ms/DIV
Angle : 5°/DIV
(a) パラメータ変動なし
Estimated Speed
Speed 1500 r/min ⇒
Real Speed
Speed 1500 r/min ⇒
Speed : 500 r/min/DIV
Torque Current
Current 100 % ⇒
( 1.5A )
Current : 50 %/DIV
Position error
0° ⇒
Time : 50 ms/DIV
Angle : 5°/DIV
(b) 巻線抵抗-10%変動
Estimated Speed
Speed 1500 r/min ⇒
Real Speed
Speed 1500 r/min ⇒
Speed : 500 r/min/DIV
Torque Current
Current 100 % ⇒
( 1.5A )
Current : 50 %/DIV
Position error
0° ⇒
Time : 50 ms/DIV
Angle : 5°/DIV
(c) インダクタンス+10%変動
Estimated Speed
Speed 1500 r/min ⇒
Speed : 500 r/min/DIV
Speed 1500 r/min ⇒
Real Speed
Torque Current
Current 100 % ⇒
( 1.5A )
Current : 50 %/DIV
Position error
0° ⇒
Time : 50 ms/DIV
Angle : 5°/DIV
(d) 誘起電圧定数+10%変動
.
図 5-9 パラメータ変動時の速度ステップ応答
109
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
変動の定常特性の推定誤差とが加算された波形とほぼ等しく,誘起電圧定数変動の
ときに大きな定常偏差を持つことが確認できた。さらに,過度応答に応じて磁極位
置推定誤差が過度的に大きく変化しても,回転速度の推定が正しくかつ安定に行わ
れていることが明確となった。
5.4.3
巻線抵抗変動時の安定性
図 5-10 に規範モデルの巻線抵抗を-10 %変動させて,負荷機の回転速度を 1500
r/min から+200 r/min の速度ステップ動作させた時の回転速度推定値の挙動を示す。
積分時間が 12 ms の時は安定であるが,8 ms 付近から振動が始まり 2 ms や 1 ms で
は大きく減衰振動し 0.5 ms は不安定になる。(5-26)から求めた安定限界の理論値は電
流回路時定数の 6.5 ms であるが,実験データでの 6 ms ではオーバーシュートが大き
く振動もあるが安定である。このずれは速度偏差の収束に対して十分条件である角
度偏差の収束を適用した(5-19)に原因があるとおもわれる。また,比例ゲインを 0.13
から 0.2 あるいは 0.07 に変更して 6 ms 付近で比較実験すると振動が増加し,0.13 付
近が最適値であることは確認している。以上から,実際の制御でパラメータが変動
した時に安定状態として使用できるのは 8 ms 以上であるため,安定条件の解析結果
(5-26)は安全サイドにあり実用上有効であることがわかる。
5.5 結言
本章では,MRAS に基づく中・高速域の SPMSM の磁極位置センサレス制御にお
けるパラメータ変動の影響について述べてきた。はじめに,SPMSM による中・高
速域での磁極位置センサレス制御法のシステム構成を示した。次に,パラメータ(巻
線抵抗,インダクタンス,誘起電圧定数)変動時の安定性解析と定常状態での各パ
ラメータ変動に対する磁極位置推定誤差の理論式を導出した。最後に,定常状態で
のパラメータ変動試験により理論式の妥当性を確認し,さらに各パラメータ変動時
の過渡試験によって磁極位置センサレス制御の安定性を確認することができた。こ
こで得られた成果は以下の通りである。
1)定常状態でのパラメータ変動に対する磁極位置推定誤差の傾向は理論解析と実
110
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
Estimated speed
Speed 1700 r/min ⇒
Real speed of load motor
Speed : 100 r/min/DIV
Speed 1500 r/min ⇒
Current 50 % ⇒
( 0.75A )
Torque Current
Current : 10 %/DIV
Position error
0° ⇒
Angle : 5°/DIV
Time : 5 ms/DIV
(a) 積分定数 12 ms
Estimated speed
Speed 1700 r/min ⇒
Real speed of load motor
Speed : 100 r/min/DIV
Speed 1500 r/min ⇒
Current 50 % ⇒
( 0.75A )
Torque Current
Current : 10 %/DIV
Position error
0° ⇒
Angle : 5°/DIV
Time : 5 ms/DIV
(b) 積分定数 8 ms
Estimated speed
Speed 1700 r/min ⇒
Real speed of load motor
Speed : 100 r/min/DIV
Speed 1500 r/min ⇒
Current 50 % ⇒
( 0.75A )
Torque Current
Current : 10 %/DIV
Position error
0° ⇒
Angle : 5°/DIV
Time : 5 ms/DIV
(c) 積分定数 6 ms
Estimated speed
Speed 1700 r/min ⇒
Real speed of load motor
Speed : 100 r/min/DIV
Speed 1500 r/min ⇒
Current 50 % ⇒
( 0.75A )
Torque Current
Current : 10 %/DIV
Position error
0° ⇒
Angle : 5°/DIV
Time : 5 ms/DIV
(d) 積分定数 2 ms
Estimated speed
Speed 1700 r/min ⇒
Real speed of load motor
Speed : 100 r/min/DIV
Speed 1500 r/min ⇒
Current 50 % ⇒
( 0.75A )
Torque Current
Current : 10 %/DIV
Angle : 5°/DIV
Position error
0° ⇒
Time : 5 ms/DIV
(e) 積分定数 1 ms
図 5-10 巻線抵抗変動時の磁極位置推定系の安定性.
111
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
機実験とは一致し,巻線抵抗変動では電流値にほぼ比例し回転速度値には反比
例,インダクタンス変動では電流値に比例し回転速度値には無関係,誘起電圧
定数変動では電流値と回転速度値ともに無関係である。また、磁極位置推定誤
差変動の大きさは,誘起電圧定数変動と電流が大で極低速のときの巻線抵抗変
動で大きく変動し,それ以外のパラメータ変動では少ない。
2)パラメータ変動により推定誤差が発生しても,極低速以外の全回転速度範囲で
安定に動作している。しかも,過渡応答(急加減速,速度ステップ,負荷外乱
ステップなど)に応じて磁極位置推定誤差が過渡的にさらに大きく変化しても,
回転速度の推定が正しくかつ安定に行われて,高速で安定な制御性能を得るこ
とができる。
3)各過渡応答での磁極位置推定誤差の挙動は,磁極位置推定系の応答遅れによる
推定誤差と各パラメータ変動の定常特性の推定誤差とが加算された波形とほぼ
等しい。
4)実験によって今回使用した SPMSM での磁極推定系の最適設定値が比例ゲイン
0.13,積分定数 12 ms であることを求め,積分定数の安定条件(5-26)が安全サイ
ドで実用上有効であることを示した。
112
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
参考文献
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「回転座標上の適応オブザーバを用いた PM 電動機の位置センサレス
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たセンサレスベクトル制御法の提案」
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Sensorless Control of Interior Permanent-Magnet Synchronous Motors,” IEEE Trans.
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113
第5章 磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響
(11) 森本茂雄,神名玲季,真田雅之,武田洋次:
「パラメータ同定機能を持つ永久磁
石同期モータの位置・速度センサレス制御システム」
,電気学会論文誌 D,Vol.
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(12) 長谷川 勝,吉岡 諭,松井景樹:
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ス変動にロバストなIPMSMの位置センサレス制御」,電気学会論文誌 D,
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(2008)
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「自動制御理論(改定版)
」
,電気学会 (1971)
114
第6章 磁極位置推定特性の改善
第6章
巻線抵抗推定と推定系の線形化による磁極位置推
定特性の改善
6.1 緒言
これまでに数多くの磁極位置推定法が報告されている。その中で推定法として大
(1)(2)
きく二種類に分類でき,数式演算のみで磁極位置を推定する方法
利用する方法が報告されている
(3)-(9)
とオブザーバを
。モータの電圧・電流方程式を利用した数式演
(1)(2)
算から磁極位置を求める方法は初期の頃に見られる
。オブザーバを利用して磁極
位置や回転速度を求める方法としては,モータの電圧・電流系と機械系とを組合せ
(3)
たオブザーバ ,固定子座標あるいは回転子座標での磁束を推定するための適応オ
(4)(5)
ブザーバ
(6)
,固定子座標での外乱オブザーバ ,回転子座標での誘起電圧オブザー
(7)
バ ,モータの電圧・電流方程式を変形して導いた拡張誘起電圧を推定する外乱オ
ブザーバ
(8)(9)
などがある。これらほとんどの方式は PMSM の数学モデルを基本とし
て実現しているので,モデルで使用する各種パラメータ(巻線抵抗,同期インダク
タンス,誘起電圧定数)の精度が重要であり,これらに含まれる誤差の有無が磁極
位置推定の性能に直接関係する。従来から制御系のパラメータ変動に対する補償法
として適応制御の一方式である MRAS が知られている。この MRAS を用いて制御系
の各種パラメータを推定する場合,従来では推定するパラメータが未知で固定また
はその変化が比較的緩慢な応用が多い。その中で高速化を要求される誘導機制御の
(14)
回転速度推定に MRAS を適用した例がある
115
。しかし,この方法では同一次元オブ
第6章 磁極位置推定特性の改善
ザーバにて推定した二次磁束からオブザーバのパラメータである回転速度と一次抵
抗を間接的に推定しているため,回転速度推定の応答に限界があり高応答を実現で
きていない。このように高速化への応用が試みられているが,やはり適応則の推定
速度もそれほど速くなく,適応則の本質的な構造に起因した規範モデルあるいはプ
ラントの出力信号の大きさに応じて推定速度が影響される非線形性も余り問題にな
らずに,その安定性が専ら主要課題であった。
本論文では,MRAS を用いると磁極位置と同時にモータのパラメータが推定でき
る点に着目して,まず電流制御系内に構成した MRAS で高速に磁極位置を推定する
表面磁石形の PMSM の磁極位置センサレス制御法を提案し,さらにパラメータの変
(10)(11)
動も含めた安定性の解析と制御の有効性を実験によって確認している
。しかし
ながら,より高応答で高精度な磁極位置センサレス制御を MRAS にて実現するため
には,磁極位置推定則のさらなる高速化とともにモータのパラメータ変動に極力ロ
バストであることが要求される。既提案方式では,推定系の非線形性により速度に
応じて過度特性が変化するため推定系の応答に限界があり,しかも,モータのパラ
メータ変動の影響を受けるという欠点が存在した。
本章では,以上の課題に対して推定則を線形化することで MRAS の過度応答を高
速化し,更にパラメータの中でも温度変化の影響を大きく受ける巻線抵抗の変動を
補償する推定器を付加することでパラメータ変動に対してロバスト化する方法を提
案する。はじめに巻線抵抗変動の推定器を付加した磁極位置センサレス制御系の構
成,推定系の漸近安定性の証明,推定則の導出を述べる。次に磁極位置推定系の非
線形性が回転速度に関係していることを明確にし,微分要素なしの非線形フィルタ
で補償することで推定系の過度応答を高速化できることを示す。最後に実機実験に
より,本提案法の制御性能,有効性を検証する。
6.2 MRASの構成
6.2.1
γ-δ 推定回転座標における状態方程式
SPMSM の γ–δ 推定回転座標と d–q 回転座標との関係を図 6-1 に示す。SPMSM の
116
第6章 磁極位置推定特性の改善
γ–δ 推定回転座標における電圧電流方程式を(6-1)に示す。
v   R  p L  ˆ L  i    sin(  ˆ)

v    ˆ L
R  p L i    cos(  ˆ) 
 
(6-1)
ここで, vγ,vδ,iγ,iδ:γ–δ 推定回転座標の電圧,電流,ω :回転速度真値,
ω̂ :回転速度推定値,  :誘起電圧定数,θ:磁極位置真値,
θ̂ :磁極位置推定値,R:巻線抵抗,L:同期インダクタンス
(6-1)を変形して電流を状態変数および出力変数,電圧を入力変数とする SPMSM の
γ–δ 推定座標における状態方程式を求める。この場合,抵抗値がモデル値 Rm とずれ
て R となり同期インダクタンスと誘起電圧定数が変化せずにそれぞれのモデル値 Lm,
 m と同一の場合を求めると(6-2)となる。
x  AR x  ˆ Jx  Bm u  Bm em
(6-2a)
y  Cx
(6-2b)
ここで,x= y= [ iγ iδ ]T:電流,u= [vγ vδ ]T:電圧,
eγδm=[eγm eδm]T:永久磁石による誘起電圧,
eγm=-ω  msin(θ- θ̂ ),eδm=ω  mcos(θ- θ̂ ),
0 
 R Lm
0 1
, B  1 Lm 0  , C  1 0
AR  

m  0 1L 
0

R
L
0 1 , J  1 0  m

m



6.2.2
誤差方程式の導出
速度と位置を推定するために並列形の MRAS を構築する。まず,MRAS が漸近安
定であるためには,規範モデルとして厳密にプロパーな強正実関数であることが要
求される。これは SPMSM の d–q 回転座標における電圧電流方程式で,各軸を非干
渉化した結果,電圧と電流の関係が一次遅れとなる理想モデル(6-3)を選ぶと満足す
る。
x̂  Am xˆ  Bmr
ここで, x̂ = [ iˆ d
iˆ q
r = [ vγ*
(6-3)
]T:d–q 回転座標のモデル電流,
vδ* ]T:γ–δ 推定回転座標の電圧指令
0 
 R L
Am   m m
 ,
0
R

m Lm

117
第6章 磁極位置推定特性の改善
V
δ
R
q
'
d
γ
L
L'
^
Θ
Θ
N
L'
S
'
R
L
L'
'
L
R
W
図 6-1 d–q 座標と γ–δ 座標との関係
118
U
第6章 磁極位置推定特性の改善
次に,規範モデルと実際値との誤差 εγ,εδ を以下に定義する。
ε = [εγ εδ ]T,εγ = iˆ d-iγ,εδ = iˆ q-i δ
(6-4)
(6-2a)と(6-3) から同期インダクタンス,逆起電圧定数などのパラメータは既知とし,
巻線抵抗と回転速度のみを未知パラメータとする誤差方程式を求める。(6-3)から
(6-2a)をひいて整理すると
ε  Am ε  B m r  ( Am  AR ) x  B m u  ˆ Jx  B m e m
 Amε  Bm (u  r  Bm1( Am  AR ) x  ˆBm1Jx  em )
(6-5)
となる。また,
1 0
Bm1( Am  AR )  ( R  Rm ) 
0 1
(6-6)
1 0 
 R 
0 1 
ここで,ΔR = R-Rm
であるため,(6-7)が求まる。
ε  Amε  Bm (u  r  Rx  ˆBm1Jx  em )
(6-7)
(6-7)が漸近安定となるように入力電圧 u を選べばよいが,実際は求められないので,
(17)
確定的等価原理(CE 原理)を用いて(6-8)のように考える
u  r   Rˆ x  ˆ B m1 Jx  eˆ dqm
。
(6-8)
ここで, ê dqm =[0 ω̂  m]T:永久磁石による推定誘起電圧
(6-8)を(6-7)に代入すると,誤差方程式として誘起電圧と推定誘起電圧を含んだ(6-9)
を求めることができる。
ε  Am ε  Bm (  R   Rˆ ) x  Bm ( eˆdqm  e m )
(6-9)
(6-9)で磁極位置誤差が小さいと仮定すると,推定座標の誘起電圧 eγδm=[ eγm eδm ]T
はそれぞれ以下のように近似できる。
eγm = -ω  msin(θ- θ̂ )  -ω  m (θ- θ̂ )
(6-10)
eδm = ω  mcos(θ- θ̂ )  ω  m
(6-11)
119
第6章 磁極位置推定特性の改善
(10)と(11), ê dqm =[0 ω̂  m]T を(5-9)に代入し整理すると,
ˆ


ε  Am ε  Bm (R  Rˆ ) x  Bmm |  | (  ) sgn
  (  ˆ ) 
ここで,sgnω:回転速度真値の極性
(6-12)
θ- θ̂ →0 は ω- ω̂ →0 に対する十分条件であることを利用して,誤差方程式(6-12)
(11)
。
は(6-13)となる
sgn 
ε  Amε  Bm (R  Rˆ ) x  Bmm (  ˆ) |  | 
  1 
6.2.3
(6-13)
安定性と推定則の導出
巻線抵抗推定器付き磁極位置センサレス制御では,磁極位置を推定しながら同時
に巻線抵抗を推定する必要がある。これは(6-13)の誤差方程式が安定になる,すなわ
ち Am が漸近安定行列であるので第 2 項,第 3 項が零になるように磁極位置と抵抗
の推定則を求めればよい。MRAS は非線形フィードバックであるので,ポポフの超
(16)
安定論に基づいて(6-13)が安定になる推定則をもとめる
。(6-13)において
sgn  
u  Bm (R  Rˆ ) x  Bmm (  ˆ) |  | 
  1 
(6-14)
ε  A m ε  u 
(6-15)
とおくと,
となる。(6-15)を入力 uε,出力 ε の伝達関数G(s)とすると, 行列 Am が漸近安定行
列であるため,G(s)は強正実となり,ポポフの第 1 条件を満たす。さらに図 6-2 の
非線形フィードバック系が安定であるためには,第 2 の条件であるポポフの積分不
等式(6-16)を満足する必要がある。
t1
t
0
w
T
ε dt   
0
2
(6-16)
図 2 より w=-uε であるので(6-14)より
sgn  
w  Bm (Rˆ  R) x  Bmm (  ˆ) |  | 
  1 
となり,(6-17)を(6-16)に代入すると
t1
2
sgn   T
t0 ( Bm (Rˆ  R) x  Bm m (  ˆ) |  |   1 ) ε dt   0
120
(6-17)
(6-18)
第6章 磁極位置推定特性の改善
0
+
uε
uε =-w
Linear
time-invariant
block G (s)
Non linear
time-varying
block
w
図 6-2 非線形フィードバックシステム
121
ε
第6章 磁極位置推定特性の改善
となる。(6-18)の左辺第 1 項に対して
 Rˆ   R =
 r3 x
T
ε dt
(6-19)
ここで,r3 は積分ゲイン
とおくと
t1
t
0
r
( B m (  Rˆ   R ) x ) T ε dt  3
Lm
t1
t (  x
0
T
ε dt) x T ε dt    1 2
(6-20)
となる。さらに,(6-18)の左辺第 2 項に対して既に提案している磁極位置センサレス
制御法の適応則を用いると
(11)
,(6-18)は成立してポポフの積分不等式(6-16)が満足さ
れる。この結果,巻線抵抗推定器付き磁極位置センサレス制御は漸近安定となり,
誤差 ε は0に収束する。
lim ε (t )  0
(6-21)
t 
したがって,MRAS を安定にする回転速度推定値 ω̂ と磁極位置推定値 θ̂ がそれぞれ
(11)
(6-22),(6-23)として求まる
。
ˆ  r1 (     sgn ˆ )  r 2  (      sgn ˆ ) dt
(6-22)
ˆ 
(6-23)
 ˆ dt
ここで,r1,r2:推定アルゴリズムの比例ゲインと積分ゲイン,
sgn ω̂ :回転速度推定値の極性
また,抵抗値の変動は温度に起因して緩慢であるため,抵抗真値とモデル値との偏
差 ΔR を一定と仮定して(6-19)の両辺を微分する。Δ R =0 より, Rˆ = r 3 x T ε が求ま
(12)
り,巻線抵抗偏差の推定積分アルゴリズムは(6-24)となる
 Rˆ =
 r3 x
T
。
(6-24)
ε dt
以上から今回提案する巻線抵抗推定器付き磁極位置センサレス制御システムは,従
来の SPMSM 非干渉ベクトル制御システムにおいて位置と速度センサの代りに適応
モデルを含んだ速度・位置推定と巻線抵抗推定ブロックを付加した構成となる。図
6-3 に装置全体の構成図を,また,図 6-4 に MRAS 部の構成図を示す。
122
第6章 磁極位置推定特性の改善
REC.
iδ*
ω* +
-
Speed
Controller
iγ*
+
-
V δ*
Current
Controller
+
-
V γ*
Current
Controller
+
+
+
+
PWM
^
Reference
Model
^ ・ iδ
ΔR
d,q/
u,v,w
Decoupling
Control
Vu*
Vv*
Vw
*
^^iq
θ
^
^id
Resistance
Estimator
^
ΔR・iγ
^
ω
Position/Speed
Estimator
iδ
iγ
u,v,w
d,q
SPM
SM
図 6-3 巻線抵抗推定付き磁極位置センサレス制御システムの構成
123
第6章 磁極位置推定特性の改善
*
*
r = [V V ]
T
^  [iˆd iˆq ]
x
Reference Model
x̂  Am xˆ  Bm r
+
Decoupling
Block
+
+
+
Process
u
+
×
+
+
0
 
 m
T
+
+
u'
e m
ω
×
x  Am x  B m u 
x
i 
 
i 
B m1 J
×
  m  sin 
   cos 
 m

+
B m1 J
θ
Position/Speed Estimator
θ^
^x
ΔR
×
1
S
^
ΔR
^
ω
Adaptive lows
1
r1 + r 2
S
Adaptive lows
r3 1
S
Resistance Estimator
図 6-4 MRAS の構成
124
×
  
ε =   
第6章 磁極位置推定特性の改善
6.3 線形化と最適調整
磁極位置センサレス制御の性能は,推定される磁極位置と回転速度の特性,すな
わちそれらの安定性,過度応答,定常偏差によって評価される。既に安定性の証明
と回転速度が一定のときに定常偏差が発生しないための推定則を導出したので,こ
こでは過度応答を中心に述べる。最初に既提案の MRAS の欠点である回転速度の非
線形性を明らかする。推定座標上での回転速度推定値と回転速度真値との関係式を
導出することで,推定値の過度応答が回転速度に関係した非線形性によって変化す
ることを示す。次に,実装置への適用を前提とすると,電流検出入力に雑音除去フ
ィルタが必要不可欠である。したがって,このフィルタを付加した場合の MRAS に
おいて上記の非線形性を補償することによって,従来の制御系の最適調整方法が適
用でき,所望の過度特性が得られることを示す。解析にあたり複雑化を避けるため,
外乱のない状態,すなわち巻線抵抗が Rm=R での状態を取り扱う。
6.3.1
非線形補償なしの関係式
(6-22)をラプラス変換すると
ˆ  ( r1  r
1
s
2
 ( r1  r
)( 
1
2
 ( r1  r
s
1
2
s

 
sgn

ˆ )
)[  sgn
ˆ
 
1]   
   
)[  sgn
ˆ
1] Ε
(6-25)
ここで, ̂ =L[ ω̂ ] , E=[ Eγ Eδ ]T , Eγ=L[εγ], Eδ=L[εδ], L[ ]:ラプラス変換
磁極位置真値 θ と磁極位置推定値 θ̂ が一致しているとすると,回転速度真値 ω と回
転速度推定値 ω̂ も一致する。一定の速度 ω0 で安定に回転している状態を平衡点とし,
回転速度真値の平衡点からの偏差を Δω とおくと,(6-26)となる。
ω = ω0+  ω
(6-26)
(6-12)で ΔR=Δ R̂ とおき,(6-26)を絶対値の回転速度真値に代入する。平衡点で安定で
あれば Δω の値は小さく,しかも磁極位置真値と磁極位置推定値の差 θ- θ̂ も小さい
125
第6章 磁極位置推定特性の改善
ので Δω(θ- θ̂ )  0 とみなすことができ,(6-12)は(6-27)となる。
|  | (  ˆ ) sgn  
ε  Am ε  B m m  0

 (  ˆ )


(6-27)
(6-27)をラプラス変換して整理すると(6-28)となる。

|

0


sgn

E 
s
R 
s
1

L
L
|
(6-28)
 (   ˆ )


ここで,Ε:ε のラプラス変換
(6-28)を(6-25)に代入して sgn ω̂ =sgnω の関係を考慮して,式を整理すると(6-29)とな
る。

ˆ  ( r1  r2
1
s
)
L
R
s
L
(
|0 |
 1)(   ˆ )
s
(6-29)
したがって回転速度真値 ω に対する回転速度推定値 ω̂ の関係は
r1
1
s )(1 
s)

r
|
2
0 |
ˆ
 

r
r1
1
R
L
1 ( 1 
)s  (
)s 2 

s3
r2 |  0 |
r2 |  0 | r2 |  0 |
r2 |  0 |
(1 
(6-30)
となり,回転速度に起因した非線形性により,平衡点の回転速度 ω0 に応じて過度
応答が異なることがわかる。
6.3.2
非線形フィルタによる線形化
実装置へ適用する際は,電流実際値の雑音を取り除くために電流検出入力に雑
音除去フィルタを付加する。このフィルタ時定数を σ とする。規範モデルの出力に
も雑音除去フィルタを追加して誤差方程式を求める。(6-28)より,

|

0

sgn


Ε 
s
R 1  s 
s
1

L
1
L
|
 (   ˆ )


(6-31)
(6-31)を(6-25)に代入すると,

ˆ  ( r1  r2
1
s
)
L
1
R
s  1  s
L
(
| 0 |
s
 1)(   ˆ )
(6-32)
となる。電流検出入力用雑音除去フィルタを追加した場合,規範モデルの伝達関数
126
第6章 磁極位置推定特性の改善
Gm(s)は(6-3)をラプラス変換した後にフィルタを追加した(6-33)となる。
G m (s ) 
1
L
(6-33)
1
R 1  s
s
L
規範モデルの式を強正実にするためには,相対次数を1以下にする必要があり,
(6-33)の分子に微分項を含んだ 1+ sσm を付加することにより実現可能である。した
がって,規範モデルは次式となる。
G m (s ) 
1
L
s
1  s m
R 1  s
L
(6-34)
(6-32)において,平衡点の回転速度 ω0 に関する非線形性を補償するためには,
G f (s ) 
1
(6-35)
| 0 | s
のフィルタを追加すれば補償できる。規範モデルを(6-34)として,(6-35)を推定則に
追加した場合,(6-32)は次式となる。

1
ˆ  (r1  r2 )(1  s m )
s
1 | 0 |
(
 1)(  ˆ )
L
1  s s
| 0 | s
1 s
R
1
R
(6-36)
1
 (r1  r2 )(1  s m )
(6-36)を実現するためには,いままでの回転速度の適応則を (r1  r2 s1 ) s
のように比例,積分から比例,積分,微分に置き換え,(6-35)を追加すればよい。し
かしながら,ディジタル制御において正確な微分の実現は困難であるため,(6-36)
の右辺の微分と非線形フィルタの項を(6-37)のように変形する。
(1  s m )
1
| 0 | s

(1  s m )
s
s
(6-37)
| 0 | s
(6-37)の右辺第二項の非線形補償は図 6-5 のような積分フィードバックにて実現でき
る。(6-37)の式変形を(6-36)に適用すると,(6-36)における速度に関係した非線形性が
補償され,しかも,(6-36)の第 2 項の微分が比例+積分に変更できる。このため,微
分を使用する必要がなくなり,(6-38)のように二段の比例+積分の調節器にすればよ
いことがわかる。

ˆ  ( r1  r
1
2
s
)( r3  r
1
4
s
)
R
1 s
1
L 1  s
R
127
(   ˆ )
(6-38)
第6章 磁極位置推定特性の改善
6.3.3
安定性解析と最適調整
非線形フィルタを使用することにより(6-38)のように回転速度推定則が線形化で
きた。(6-38)を変形すると(6-39)となる。

ˆ  r1 (1 
1
s T i1
) r3 (1 
1
s Ti2
)
1
(   ˆ )
L 1  s
1 s
R
R
(6-39)
ここで,r2 = r1/Ti1,r4 = r3/Ti2,Ti1 と Ti2 は積分時間
まず,推定系の応答を速くするために(6-39)の大きな遅れ L/R を消去する。r3=1,
Ti2=L/R とおくと(6-39)は,
r1  1  s T i 1
1
(   ˆ )
1  s
L s2 T
ˆ 
(6-40)
i1
となり,回転速度推定値 ˆ と回転速度真値 Ω との伝達関数は(6-41)となる。
1
ˆ 
1
s T i1

s
2
s T i1
LT
i1

r
s
3
1
LT
i1


(6-41)
r
1
このとき MRAS の安定性は(6-41)の特性方程式から判別できる。フルビッツの安定
判別により安定条件は
r1 > 0,Ti1 > σ
(6-42)
となる。(6-41)のような分子に微分項が存在し,分母が三次の多項式である伝達関数
の最適応答は既に求められている
(13)
。この中で分母の多項式が二項定理を満足する
(根が重根)方法を用いて最適調整を行う。(6-41)において固有周波数を ωn とおく
と,それぞれの係数から次式が求まる。
1
3
n

3
2
n

3


LT i 1 
r1 
(6-43)

LT i 1
r1 
(6-44)
 T
n
(6-45)
i1
(6-43),(6-44),(6-45)から比例積分則の調整値は
T i1  9 
(6-46)
128
第6章 磁極位置推定特性の改善
Nonlinear Filter
input
output
+
|ω 0 |
s
図 6-5 非線形補償フィルタ
表 6-1 供試モータ定数
Number of poles
Rated power
Rated current
Rated speed
Winding resistance
Winding inductance
Back E.M.F coefficient
129
8
200 W
1.5 A
3000 r/min
2.0 Ω
13.0 mH
30.0 mv/r/min
第6章 磁極位置推定特性の改善
r1 
L
(6-47)
3 
となる。以上求めた(6-42)の条件および(6-46),(6-47)の調整値は制御定数をモータパ
ラメータやフィルタ定数に一致できた場合の理想状態であるため,実適用する場合,
安定条件はこの値より余裕をもたせ,調整値の設定も最終的には実験によって決定
する必要がある。
6.4 実機実験
6.4.1
実験装置の構成とパラメータ
センサレス制御の応答改善を目的とした磁極位置および回転速度推定則の線形化
補償法と,巻線抵抗変動に対する制御の安定化と高精度化を目的とした巻線抵抗推
定補償法の妥当性を評価するため実機実験を行った。実験に使用した SPMSM のパ
ラメータを表 6-1 に示す。負荷機は 400 W の SPMSM を使用し,線形化補償時の推
定速度ステップ応答試験では速度制御を,外乱トルク応答試験ではトルク制御を行
った。また,実験装置の CPU にはルネサス製の 32 ビット SH2A シリーズ(R5F72865)
を,電流検出には 12 ビットの A/D コンバータを使用している。PWM インバータの
キャリア周波数は 16 kHz とし,速度制御演算周期はキャリア周期の 4 倍の 250 μs,
適応制御と電流制御の演算周期はキャリア周期と同一の 62.5 μs とした。従来の推定
系ついての制御調整値は,既に最適値として求めている比例ゲイン(r1=0.13)
,積分
(11)
時間(Ti1=12 ms)を設定した
。また,非線形補償推定系については,3章で理論
解明した線形化と最適調整方法によって高応答が実現できることを明らかにするた
めに,比例ゲイン(r1=0.18)は(6-46)を基に実験的に求め,積分時間(Ti1=3.6 ms)
は実際の雑音除去フィルタ定数(σ=0.4 ms)を用いて(6-47)から求め設定した。
6.4.2
非線形補償時の過度特性
実験は,非線形補償時の推定回転速度と磁極位置誤差の過度特性実験として,推
定回転速度ステップ応答と 100 %負荷外乱ステップ応答をそれぞれ測定した。比較
130
第6章 磁極位置推定特性の改善
のため,従来の非線形補償のない場合の過度特性も同時に測定した。
6.4.2.1
回転速度ステップ応答特性
図 6-6 は非線形補償がない場合の,図 6-7 は今回提案している非線形補償がある場
合の試験結果であり,負荷機側の回転速度指令値をステップ変化させたときの推定
回転速度の応答を示している。それぞれ試験条件 1(回転速度指令値:500 r/min→1000
r/min)
,試験条件 2(回転速度指令値:1500 r/min→2000 r/min)
,試験条件 3(回転速
度指令値:2500 r/min→3000 r/min)で行った。図 6-6 では回転速度の低下にしたがっ
て推定回転速度の応答が遅くなり,磁極位置誤差も 10 ° を超えるぐらい増加してい
る。一方,図 6-7 では回転速度が変化しても推定回転速度の応答も磁極位置誤差も
ほとんど変化がないことがわかる。
6.4.2.2
負荷外乱ステップ入力に対する推定回転速度応答特性
負荷機側のトルク指令値をステップ変化させたときの推定回転速度と磁極位置誤
差の応答特性を確認した。特性の比較試験は二種類の回転速度(1000 r/min と 2000
r/min)でそれぞれ行った。図 6-8 は非線形補償がない場合の応答波形である。ベー
スの回転速度が低くなると 100 %負荷トルクが変化した瞬間の回転速度実際値と推
定値の過度特性に違いはみられないが,磁極位置誤差は大きくなっている。図 6-9
は今回提案している非線形補償を行った場合の試験結果である。ベースの回転速度
が変化しても磁極位置誤差も回転速度実際値および推定値もほとんど変化していな
い。
6.4.3
巻線抵抗変動時の磁極位置推定値の過度特性
磁極位置センサレス制御の性能はモータの印加電圧に影響され,低速に近づくと
磁極位置誤差が拡大する。この推定誤差要因としてパワースィッチング素子のデッ
(15)
ドタイムや電圧降下が報告されている
。本方式でも同様な誤差が発生するため,
デッドタイムと電圧降下に対する補償を付加し推定誤差を低減している。しかし,
131
第6章 磁極位置推定特性の改善
Estimated Speed
Speed 1000 r/min⇒
200 r/min/DIV
Actual Speed
Speed 500 r/min⇒
Current 50 %⇒
Torque Current
10 %/DIV
5 °/DIV
Position angle error
0°⇒
5 ms/DIV
(a) 試験条件 1
Estimated Speed
Speed 2000 r/min⇒
200 r/min/DIV
Actual Speed
Speed 1500 r/min⇒
Torque Current
10 %/DIV
Current 50 %⇒
5 °/DIV
Position angle error
0°⇒
5 ms/DIV
(b) 試験条件 2
Estimated Speed
Speed 3000 r/min⇒
200 r/min/DIV
Actual Speed
Speed 2500 r/min⇒
Current 50 %⇒
Torque Current
10 %/DIV
5 °/DIV
Position angle error
0°⇒
5 ms/DIV
(c) 試験条件 3
図 6-6 非線形補償なしでの回転速度ステップ応答
132
第6章 磁極位置推定特性の改善
Estimated Speed
Speed 1000 r/min⇒
200 r/min/DIV
Actual Speed
Speed 500 r/min⇒
Current 50 %⇒
Torque Current
10 %/DIV
5 °/DIV
Position angle error
0°⇒
5 ms/DIV
(a) 試験条件 1
Estimated Speed
Speed 2000 r/min⇒
200 r/min/DIV
Actual Speed
Speed 1500 r/min⇒
Torque Current
10 %/DIV
Current 50 %⇒
5 °/DIV
Position angle error
0°⇒
5 ms/DIV
(b) 試験条件 2
Estimated Speed
Speed 3000 r/min⇒
200 r/min/DIV
Actual Speed
Speed 2500 r/min⇒
Torque Current
10 %/DIV
Current 50 %⇒
5 °/DIV
Position angle error
0°⇒
5 ms/DIV
(c) 試験条件 3
図 6-7 非線形補償ありでの回転速度ステップ応答
133
第6章 磁極位置推定特性の改善
本方法では規範モデルに設定するモータパラメータで特に巻線抵抗に誤差が存在す
ると,磁極位置誤差が低速で大きくなることが判っている
(11)
。このため,巻線抵抗
推定の効果を確かめるため,低速における巻線抵抗推定の有無について実験した。
巻線抵抗の変動を模擬するため,モータ巻線と変換器との間に抵抗(0.47 Ω)とス
イッチを並列にした回路を追加した。実験はトルク電流 25 % の条件で行った。
SPMSM を 150 r/min まで加速した後にスイッチを開いて抵抗をステップ的に増加さ
せ,抵抗推定の有無による抵抗値の推定状態と磁極位置推定誤差の変化を測定した。
図 6-10 はそれぞれ巻線抵抗推定ありとなしの場合の磁極位置推定誤差の挙動を示し
たものである。図 6-10 から明らかなように,巻線抵抗推定がない場合,定常状態で
の推定誤差の振幅は大きく,しかも設定されているモータパラメータの誤差あるい
はデッドタイムなどの電圧補償値のずれにより平均値が零からずれている。抵抗値
の変動に対しては,その影響を受けてさらに約 2.5° 程度誤差が広がっている。これ
に対して巻線抵抗推定がある場合,磁極位置推定誤差の振幅は定常状態でも小さく,
その平均値は推定がない場合に発生していた誤差も補償されほぼ零となっている。
またスイッチを切断して抵抗値をステップ的に増加しても約 2.0° 程度に変動する
L
がすぐに元に戻っている。回転速度実際値は推定動作がない場合振動が発生し,あ
る場合は低減されていることがわかる。
以上の実験結果から,提案した推定則の非線形補償の効果により回転速度に関係
なく過度応答が一定であり,さらに推定系ループに含まれる電流回路の遅れを補償
することができるので,推定系の応答速度が改善できることが確認できた。また,
提案している MRAS に基づく磁極位置センサレス制御は,低速になると巻線抵抗変
(11)
動の影響により磁極位置推定値の誤差が増大することがわかっている
。このため,
その対策として巻線抵抗推定機能を付加することで,低速でのセンサレス制御性能
を改善できることが明確になった。
6.5 結言
本章では,MRAS に基づく磁極位置センサレス制御の磁極位置推定特性の改善に
ついて述べてきた。はじめに,SPMSM での MRAS による巻線抵抗推定付き磁極位
134
第6章 磁極位置推定特性の改善
Estimated Speed
Speed 1000 r/min⇒
Speed 1000 r/min⇒
250 r/min/DIV
Current 100 %⇒
(1.5A)
Actual Speed
Torque Current
50 %/DIV
5 °/DIV
0°⇒
Position angle error
50 ms/DIV
(a) 試験条件 1
Estimated Speed
Speed 2000 r/min⇒
Speed 2000 r/min⇒
250 r/min/DIV
Current 100 %⇒
(1.5A)
Actual Speed
Torque Current
50 %/DIV
0°⇒
5 °/DIV
Position angle error
50 ms/DIV
(b) 試験条件 2
図 6-8 非線形補償なしでの負荷外乱ステップに対する回転速度応答
135
第6章 磁極位置推定特性の改善
Estimated Speed
Speed 1000 r/min⇒
Speed 1000 r/min⇒
Actual Speed
250 r/min/DIV
Current 100 %⇒
(1.5A)
Torque Current
50 %/DIV
5 °/DIV
0°⇒
Position angle error
50 ms/DIV
(a) 試験条件 1
Estimated Speed
Speed 2000 r/min⇒
Speed 2000 r/min⇒
250 r/min/DIV
Current 100 %⇒
(1.5A)
Actual Speed
Torque Current
50 %/DIV
0°⇒
5 °/DIV
Position angle error
50 ms/DIV
(b) 試験条件 2
図 6-9 非線形補償ありでの負荷外乱ステップに対する回転速度応答
136
第6章 磁極位置推定特性の改善
100 r/min/DIV
Speed 150 r/min ⇒
Estimated rotor speed
Actual rotor speed
Speed 150 r/min ⇒
Estimated Winding resistance
500 mΩ/DIV
Resistance 2.5 Ω ⇒
Resistance 2.0 Ω ⇒
Angle 0 ° ⇒
Position angle error
2.5 °/DIV
100 ms/DIV
(a) 巻線抵抗推定あり
100 r/min/DIV
Speed 150 r/min ⇒
Estimated rotor speed
Actual rotor speed
Speed 150 r/min ⇒
Additional resistance (0.47 Ω)
Additional point
Angle 0 ° ⇒
2.5 °/DIV
100 ms/DIV
Position angle error
(b) 巻線抵抗推定なし
図 6-10 磁極位置推定誤差
137
第6章 磁極位置推定特性の改善
置センサレス制御法について安定な磁極位置推定則と巻線抵抗推定則を導出した。
次に,磁極位置推定系の非線形性を明らかにし,その非線形を補償する最適推定則
を提案した。最後に,実機実験の結果から,この最適推定則により過度特性が改善
でき,しかも巻線抵抗推定法が低速域において有効であることが確認できた。ここ
で得られた成果は以下の通りである。
1)本論文の3章にて導出した推定則を用いた磁極位置センサレス制御では,磁極
位置推定系の過度応答が回転速度に応じて変化する非線形性を有し,低速では
過渡応答が緩慢で磁極位置誤差も増加する。その対策として非線形フィルタに
よる線形化と2段の比例積分調節器から成る推定則を用いることで,磁極位置
推定系に線形系最適調整手法の適用が可能となり過度特性が改善(回転速度に
関係なく一定でしかも高速化)できる。100 % の負荷外乱ステップ試験では回
転速度に関係なく,負荷外乱印加後 60 ms 程度で元の回転速度に戻る高応答を
示し,しかも磁極位置誤差は 2.5 ° 以下である。
2)本論文の5章にて明らかなように MRAS に基づく磁極位置センサレス制御は,
低速になると巻線抵抗変動の影響により磁極位置推定値の誤差が増大する。そ
の対策として巻線抵抗推定機能を付加することで,巻線抵抗の変動を補償して
低速でのセンサレス制御性能が改善できる。
138
第6章 磁極位置推定特性の改善
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Sensorless Control of Interior Permanent-Magnet Synchronous Motors.” IEEE Trans.
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,平成 22 電気学会産業応用部門大会,No. 1-71,pp. 401-404 (2010)
139
第6章 磁極位置推定特性の改善
(11) 小原正樹,野口季彦:
「モデル規範適応システムに基づく永久磁石モータの磁極
位置センサレス制御とパラメータ感度」
,電気学会論文誌 D,Vol. 132,No. 3,
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(12) 小原正樹,野口季彦:
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変動の影響と同定による性能改善」,平成 23 電気学会産業応用部門大会,No.
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(14) 楊 耕,金 東海:
「MRAS による一次抵抗同定機能付き誘導機速度センサレス
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,電気学会論文誌 D,Vol. 111,No. 11,pp. 945-953 (1991)
(15) 織田健志,野口季彦,川上 学,佐野浩一:
「磁極位置センサレス PM モータの
推定誤差要因とその対策」
,平成 20 電気学会産業応用部門大会,No. 1-55,pp.
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(16) I.D.Landau,M.Tomizuka:
「適応制御システムの理論と実際」
,オーム社 (1981)
(17) Karl J.Åström,Biörn Wittenmark:
「ADAPTIVE CONTROL」Second Edition,Dover
(2008)
140
第7章 まとめ
第7章
まとめ
7.1 研究の成果
PMSM は他の交流モータに比べ高効率,省エネルギーであり,しかも最近の性能
向上,容量拡大によってあらゆる分野に適用されている。この PMSM に磁極位置セ
ンサを用いず,電圧電流センサによって磁極位置を検出するセンサレス制御を適用
すると,制御機器のコスト低減,耐環境性向上,省スペース化が容易に実現できる
ため,高価な位置センサが使用できない,またはそれほど精度や応答を要求しない
家電分野を中心に実用化が進んでいる。これまでに提案されているほとんどの磁極
位置推定法はモータの数式モデルを利用しているため,その推定性能はモータのパ
ラメータ(巻線抵抗, 同期インダクタンス, 誘起電圧定数)の精度に影響される。こ
の対策として停止や運転中での各種パラメータを推定して補償する手段が別に必要
であり,しかも中・高速域と停止時では全く異なった推定機構が採用されているた
め,磁極位置推定システムの複雑化を招いている。
以上のような背景のもとに本研究では,磁極位置推定だけでなくモータパラメー
タ推定にも拡張できる制御用 MRAS を用いた新しい磁極位置推定法を提案した。さ
らに本手法を PMSM の磁極位置センサレス制御へ適用し,実機実験によりその性能
と有効性を実証した。以下に本研究で得られた成果をまとめ,本論文の結論とする。
本論文は全 7 章で構成しており,各章の内容は以下の通りである。
第 1 章の「はじめに」では,本研究に関する PMSM の歴史と技術的背景について
141
第7章 まとめ
述べ,本研究の目的と位置付けを明らかにした。
第 2 章の「制御用 MRAS に基づく PMSM の磁極位置推定法」では現在提案され
ている数多くの PMSM の磁極位置センサレス制御原理を分類して,本研究が目指す
磁極位置推定法の独自性を示した。さらに MRAS の種類と構成を述べ,制御を目的
とする MRAS による PMSM の磁極位置推定原理と具体的に実現する手順を明らか
にした。
第 3 章以降では第 2 章で提案した磁極位置推定とパラメータ推定を適用した
PMSM の磁極位置推定法の詳細を述べている。
第 3 章の「中・高速域における磁極位置センサレス制御法」では制御用 MRAS に
基づく中・高速域での PMSM の磁極位置センサレス制御系について検討し,その性
能と有効性を確認した。以下に得られた成果を示す。
・提案した制御用 MRAS による PMSM の磁極位置非干渉センサレス制御法は,従
来の磁極位置センサ付き非干渉ベクトル制御において磁極位置センサの代りに
MRAS の構成要素である簡単な式で表される規範モデルと磁極位置・回転速度推
定を付加した簡単な構成で実現できることを示した。
・MRAS に適した γ–δ 推定座標上での IPMSM の状態方程式を導き,それに基づいた
誤差方程式を利用してポポフの超安定を満足する推定則は SPMSM をも包含し,
突極比が小さい IPMSM では SPMSM とほぼ同一の推定則であることを示した。こ
の推定則を用いた四象限運転,回転速度および外乱負荷ステップなどの過渡特性
実験から,センサ付きの場合とほぼ同等の高速な応答が得られ位置誤差も小さく
安定領域は広範囲であることを確認した。
・本推定法は誘起電圧を利用する他の方法と同様に極低速を除く全速度域における
負荷変動に対して回転速度は安定であり,低速の無負荷時でやや安定性に問題が
あることを確認した。
第 4 章の「停止時における磁極位置推定法」では制御用 MRAS に基づく停止時の
IPMSM の磁極位置推定法について検討し,:推定方法の妥当性と有効性をシミュレ
ーションと実機実験により確認することができた。ここで得られた成果は以下の通
りである。
142
第7章 まとめ
・停止時から中高速域までの磁極位置推定システムに MRAS を適用することで構造
が統一されしかも単一アルゴリズムでの推定系が実現でき,さらに磁極位置推定
に用いた γ 軸電流の平均値から極性を判別することで推定終了と同時に極性を含
んだ磁極位置が得られることを示した。
・過渡特性の実験結果から,推定時間は 60 °程度であれば約 40~50 ms,最悪条件で
ある 90 °でも約 80~90 ms であり,推定誤差は-6.5 ° ~+2 ° の範囲で磁極極性を含
んだ磁極位置推定値が得られることを確認できた。
第 5 章の「磁極位置センサレス制御におけるパラメータ変動の影響」では MRAS
に基づく SPMSM の磁極位置非干渉センサレス制御におけるバラメータ変動の影響
について検討し,その理論解析の妥当性と制御の安定性を確認することができた。
ここで得られた成果は以下の通りである。
・定常状態でのパラメータ変動に対する磁極位置推定誤差の傾向は理論解析と実機
実験とは一致し,巻線抵抗変動では電流値にほぼ比例し回転速度値には反比例,
インダクタンス変動では電流値に比例するが回転速度値には無関係,誘起電圧定
数変動では電流値と回転速度値ともに無関係である。また、磁極位置推定誤差変
動の大きさは,誘起電圧定数変動と電流が大で極低速のときの巻線抵抗変動で大
きく変動し,それ以外のパラメータ変動では少ない。
・パラメータ変動により推定誤差が発生しても,極低速以外の全回転速度範囲で安
定に動作している。しかも,過渡応答(急加減速,速度ステップ,負荷外乱ステ
ップなど)に応じて磁極位置推定誤差が過渡的にさらに大きく変化しても,回転
速度の推定が正しくかつ安定に行われて,高速で安定な制御性能を得ることがで
きる。また,安定解析で求めたパラメータ変動時の磁極推定系において,積分定
数の安定条件が安全サイドで実用上有効であることを実証した。
第 6 章の「巻線抵抗推定と推定系の線形化による磁極位置推定特性の改善」では
MRAS に基づく SPMSM の磁極位置センサレス制御における巻線抵抗推定による磁
極位置誤差補償法と磁極位置推定系の線形化による特性改善法について検討し,そ
の特性解析の妥当性と補償法および改善法の有効性を確認することができた。ここ
で得られた成果は以下の通りである。
143
第7章 まとめ
・低速になると巻線抵抗変動の影響により磁極位置推定値の誤差が増大する。その
対策として巻線抵抗推定機能を付加することで,巻線抵抗の変動を補償して低速
でのセンサレス制御性能が改善できることを示した。
・磁極位置推定系の過度応答が回転速度に応じて変化する非線形性を有し,低速で
は過渡応答が緩慢で磁極位置誤差が増加することを明らかにした。その対策とし
て非線形フィルタによる線形化と2段の比例積分調節器から構成される推定則を
用いることで,磁極位置推定系に線形系最適調整手法の適用が可能となり過渡特
性が回転速度に関係なく一定でしかも高速化できることを実証した。
以上のように,本論文では制御用 MRAS に着目した新しい磁極位置推定法を示し,
停止時あるいは中・高速域での PMSM の磁極位置センサレス制御に適用すると,
・磁極位置・回転速度とモータパラメータを同時に推定することによりパラメータ
変動に対してロバスト化が実現できる
・実モータの出力電流がモータモデルの出力電流に追従するように出力電流差から
磁極位置・回転速度の推定値を直接求めるので高応答な推定が可能である
・停止も含めた全速度域で磁極位置推定システムの構造が統一され簡単になる
といった高速,高性能な磁極位置推定法が実現できることを実証してきた。この制
御用 MRAS による磁極位置推定法は,PMSM だけでなく他の交流モータの磁極位置
センサレス制御系の技術的な発展と実用化に寄与できると考える。
7.2 今後の課題
上記で述べた研究の成果より,中・高速域での MRAS に基づく PMSM の磁極位置
センサレス制御と巻線抵抗変動に対する補償および停止時での IPMSM の磁極位置
推定法を確立することができた。以下に今後の解決すべき課題を述べる。
1)突極比が大きい(2 以上)モータでの中・高速域での IPMSM 用突極性を含んだ
磁極位置推定アルゴリズムでの安定性と運転特性の実機実験を行い,その有効
性を確認する。
2)停止時や中・高速域と同じ制御用 MRAS を適用した極低速での磁極位置センサ
レス制御法を確立する。
144
第7章 まとめ
3)IPMSM と同一アルゴリズムによる SPMSM に対する停止時の磁極位置推定法を
確立する。
4)PWM 信号による高調波を利用した停止時磁極位置センサレス制御法を確立する。
このことにより,高周波パルス信号の注入や検出電流の高周波成分除去用フィ
ルタが不要となり,電流制御系の応答が改善できる。
5)負荷の急変により定格電流を超えて電流が流れると,インダクタンスが飽和し
その変化は急激となる。この場合,本論文で提案した巻線抵抗推定法と同一の
インダクタンス推定法では応答が間に合わない。このための対策として,イン
ダクタンス変動にロバストな新しい制御用 MRAS を用いた磁極位置センサレス
制御法を確立する。
145
第7章 まとめ
146
付録1
MRAS の設計法
付録1
MRASの設計法
並列式の制御用 MRAS に関する設計手順および用いられる安定定理について述べ
る。MRAS の数学的記述形式として一般に状態方程式形式と伝達関数形式がある。
ここでは状態方程式形式で表す。
1)可調節系の状態方程式
可調節系の制御対象の状態方程式を(付 1-1)に示す。PMSM への適用を考慮して
2×2 の行列とする。変数 φ が推定する目標値であり,パラメータ変動があると仮定
して行列 A は変数から構成されているシステムとする。
x  Ax   x  Bu
(付 1-1a)
y  Cx
(付 1-1b)
ここで,x=[x1 x2]T:制御対象の状態変数,φ:スカラー変数(φ >0),
u=[u1 u2]T:制御対象の入力変数,y=[y1 y2]T:制御対象の出力変数,
a1,a2:変数(a1,a2>0),
0 
 a
A 1
 0  a2 
b 0 
B 1
 0 b2 
b1,b2:定数(b1,b2 >0), C   
0 1
1 0
2)規範モデルの決定
規範モデルとして MRAS を実現するための理想の固定モデルを選ぶ。この場合,
規範モデルは定係数線形系で,可調節系と同一次元であることが望まれる。規範モ
デルの状態方程式を(付 1-2)に示す。
x̂  Am xˆ  B m r
(付 1-2a)
yˆ  C m xˆ
(付 1-2b)
ここで,x̂ =[ x̂ 1 x̂ 2]T:規範モデルの状態変数,ŷ =[ ŷ 1 ŷ 2]T:規範モデルの出力変数,
r =[r1 r2]T:規範モデルの指令入力変数,
147
付録1
MRAS の設計法
0 
 a
Am   m1

0
a

m2 

am1,am2:定数(am1,am2 >0),
1 0
b 0 
Cm  
Bm  B   1
,
0 1
 0 b2 
3)誤差方程式の導出
規範モデルと制御対象との出力変数誤差 ε1,ε2 を以下に定義する。
ε=[ε1
ε2 ]T,ε1= ŷ 1-y1= x̂ 1-x1,ε2= ŷ 2-y2 = x̂ 2-x2
(付 1-3)
(付 1-2a)と(付 1-1a)から誤差方程式をもとめると次式となる。
ε =Am ε+Bmr+(Am-A) x-φ x-Bm u
=Am ε-Bm{u-r+Bm-1(A-Am) x+φBm-1x}
=Am ε-Bm{u-r+Bm-1⊿A x+φBm-1x}
(付 1-4)
ここで, A  A  Am
0 
0   am1
 a
 1



0
a

0
a

m2 
2 

0 
a  a
  m1 1
am2  a2 
 0
(付 1-5)
したがって,入力変数 u を
u=r-Bm-1⊿A x-φBm-1x
(付 1-6)
で与えると(付 1-4)は次式となり
ε =Am ε
(付 1-7)
誤差 ε は零に漸近的に収束する。しかし,実際には(付 1-6)は与えられないので,確
定的等価原理(CE 原理)を用いると,入力電圧は(付 1-8)となる。
u=r-Bm-1⊿ Â x- ̂ Bm-1x
(付 1-8)
ここで, Aˆ  Aˆ  Am
0 
0   am1
 aˆ
 1



ˆ

0
a

0
a
m2 
2 

0 
a  aˆ
  m1 1
am2  aˆ2 
 0
(付 1-9)
148
付録1
MRAS の設計法
(付 1-8)を(付 1-4)に代入すると
ε =Am ε-(⊿A-⊿ Â ) x-(φ- ̂ )x
=Am ε-(A- Â ) x-(φ- ̂ )x
(付 1-10)
が求まる。(付 1-10)において
uε=-(A- Â ) x-(φ- ̂ )x
(付 1-11)
とおくと,(付 1-10)は
ε =Am ε+uε
(付 1-12)
となる。この誤差方程式の出力 ε から Â と ̂ の安定的な適応則を求め,入力 uε とし
てフィードバックすればよい。しかし,付図 1-1 に示すように出力 ε から入力 uε ま
では非線形フィードバックとなるため,非線形系の安定定理に基づいて適応則を求
める必要がある。
4)適応則の構成
適応則を求める前提条件として,
① スカラー変数 φ は通常一定に制御され,過渡的な変化は速い
② 行列 A の変数 a1,a2 の動作は比較的ゆっくりとしているため定数とみなせると
する。
前提条件からいずれの変数も 1/s の関数となり,MRAS の場合も制御と同様に内
部モデル原理が適用できるため,それぞれの適応則は変数 φ については比例+積分
則で,変数 a1,a2 については積分則で構成する。これらを,(付 1-13),(付 1-14),(付
1-15)に示す。
  ˆ  r1ε T x  r2  ε T xdt
(付 1-13)
a1  aˆ1  r3  ε1 x1dt
(付 1-14)
a 2  aˆ 2  r4  ε 2 x 2 dt
(付 1-15)
ここで,r1:比例ゲイン(r1>0)
,r2,r3,r4:積分ゲイン(r2,r3,r4>0)
これらの適応則が付図 1-1 で示す非線形フィードバック系の安定性を満足すること
149
付録1
MRAS の設計法
0
+
uε (t)
uε (t)=-w (t)
Non linear
time-varying
block
w (t)
付図 1-1
Linear
time-invariant
block G (s)
非線形フィードバック系
150
ε (t)
付録1
MRAS の設計法
を,ポポフの超安定論(付録 2 を参照)とリアプノフの直接法(付録 3 を参照)に
よって証明する。
5)ポポフの超安定論による証明
ポポフの超安定論の第 1 条件は,(付 1-12)で表される入力 uε から出力 ε までの伝
達関数が強正実でなければならない。出力 ε1 と ε2 に対しての伝達関数はそれぞれ(付
1-16),(付 1-17)となる。
1
G1 (s ) 
S  a1
(付 1-16)
1
S  a2
G 2 (s ) 
(付 1-17)
付録 2 より強正実の条件を(付 1-16)に適用する。S=σ+jω とおくと
Re[ G1 (s -  )] 
 -   a1
2
2
( -   a1 )  
(付 1-18)
となり,σ≧0 に対して Re[G1(s-λ)]≧0 となる正の実数 λ が 0<λ≦a1 の範囲で存在す
る。したがって(付 1-16)は強正実である。同様に(付 1-17)も強正実となる。
ポポフの超安定論の第 2 条件は,(付 1-19)で表される積分不等式を満足するかど
うかである。
t1
t
0
w T ε dt    0
2
(付 1-19)
付図 1-1 より w=-uε であるので(付 1-11)より
w =(A- Â ) x+(φ- ̂ )x
(付 1-20)
(付 1-13),(付 1-14),(付 1-15),(付 1-20)を(付 1-19)に代入する。

0
t1 r3  ε1 x1dt
T
T
T
T

w
ε
dt

{
t0  0 r4 ε2 x2dt x  (r1ε x  r2  ε xdt)x} ε dt
t0



t1

t1
t {r3  ε1 x1dtε1 x1  r4  ε 2 x 2 dtε 2 x 2  (r1ε
0

t1
t {r3  ε1 x1dtε1 x1  r4  ε 2 x 2 dtε 2 x 2  r2  ε
0
T
T
x  r2  ε T xdt) ε T x} dt
t1
xdt ε T x} dt   ( r1 ε T xε T x ) dt
t0
(付 1-21)
151
付録1
MRAS の設計法
付録 5-2)より
t1
t {r3  ε1 x1dtε1 x1  r4  ε 2 x 2 dtε 2 x 2  r2  ε
0
T
xdt ε T x} dt   0
2
(付 1-22)
であり、しかも(付 1-23)が成立するので,
t1
t
0
( r1 ε T xε T x ) dt  0
(付 1-23)
ポポフの超安定論の第 2 条件である(付 1-19)を満足する。
したがって,適応則(付 1-13),
(付 1-14),(付 1-15)は安定である。前提条件の①と②から   0 , a1  0 , a 2  0 で
あるため,求める適応則は
(付 1-24)
ˆ   ( r1ε T x  r2  ε T xdt)
aˆ1   r3  ε1 x1dt
(付 1-25)
aˆ 2   r4  ε 2 x 2 dt
(付 1-26)
ここで,εT x=ε1x1+ε2x2
6)リアプノフの直接法による証明
リアプノフ関数 V(t)を(付 1-27)とおく。
V(t)=1/2εTε+1/(2r2)(φi- ̂ i)2+1/(2r3)(a1- â1)2+1/(2r4)(a2- â2)2
(付 1-27)
(付 1-27)の両辺を時間 t で微分すると
V (t)=εT ε +1/r2(  i- ̂ i) (φi- ̂ i)+1/r3( a1- a̂1)(a1- â1)
+1/r4( a2- a̂2)(a2- â2)
ここで, ̂ = ̂ p+ ̂ i , ̂ p: ̂ の比例項 , ̂ i: ̂ の積分項
(付 1-28)
(付 1-29)
 p  ˆ p  r1ε T x
(付 1-30)
 i  ˆ i  r2  ε T xdt
(付 1-31)
φ=φp+φi
(付 1-32)
(付 1-10),(付 1-13),(付 1-14),(付 1-28)より
V (t)=εT {Am ε-(A- Â ) x-(φ- ̂ )x}+1/r2(r2εT x) (φi- ̂ i)
+1/r3(r3 ε1x1)(a1- â1)+1/r4(r4ε2x2)(a2- â2)
152
付録1
MRAS の設計法
=εTAm ε-(a1- â1)ε1x1-(a2- â2)ε2x2
-(φ- ̂ )εT x+εT x (φi- ̂ i)+ε1x1 (a1- â1)+ε2x2 (a2- â2)
(付 1-33)
(付 1-29),(付 1-32)を(付 1-33)に代入すると
V (t)=εTAm ε-(φ- ̂ )εT x+εT x (φ- ̂ )-εT x (φp- ̂ p)
=εTAm-εT x (φp- ̂ p)
(付 1-34)
ここで,(付 1-24)と(付 1-29)より
φp- ̂ p= r1εT x
(付 1-35)
であり,(付 1-35)を(付 1-34)に代入すると
V (t)==εTAm ε-r1(εT x )2 ≦0
(付 1-36)
となる。リアプノフ関数 V(t)≧0,V (t)≦0 より ε,(φi- ̂ i),(a1- â1),(a2- â2)∈ℒ∞ (有
界)である。また,ε,(φi- ̂ i)∈ℒ∞と(付 1-31)より x∈ℒ∞が言える。また,(付 1-36)
より(付 1-37)が成立する。
 T
ε
0


Am εdt   ( ε T x ) 2 dt  V ( 0 )  V (  )  
0
(付 1-37)
(付 1-37)より第 1 項と第 2 項が有限値を持つ。したがって,第 1 項から ε∈ℒ2 であり,
第 2 項から εT x∈ℒ2 となる。ε∈ℒ∞と x∈ℒ∞から εT x∈ℒ∞となり,(付 1-13),(付 1-14),
(付 1-15)より(φ- ̂ ),(a1- â1),(a2- â2)∈ℒ∞となる。(付 1-10)において ε,x,(φ- ̂ ),
(a1- â1),(a2- â2)∈ℒ∞であるので ε ∈ℒ∞が成立する。
以上から ε∈ℒ2⋂ ℒ∞,ε ∈ℒ∞となるので Barbalat の定理より ε→0 となる。この時,(付
1-13), (付 1-14),(付 1-15)より(φ- ̂ ),(a1- â1),(a2- â2)→0 となる。
前提条件の①と②から   0 , a1  0 , a 2  0 であるため,求める適応則は
ˆ   ( r1 ε T x  r2  ε T xdt)
(付 1-38)
aˆ1   r3  ε1 x1dt
(付 1-39)
aˆ 2   r4  ε 2 x 2 dt
(付 1-40)
ここで,εT x=ε1x1+ε2x2
153
付録2 ポポフの超安定論
付録2
ホポフの超安定論
付図 1-1 に非線形フィードバック系を示す。ポポフの超安定論は,付図 1-1 のよう
に前向きの線形時不変ブロックと後ろ向き非線形時変ブロックから構成される非線
形フィードバック系の安定条件を示している。
線形時不変ブロックの状態方程式を(付 2-1a),(付 2-1b)に,非線形時変ブロック
を(付 2-2)に示す。
x  (t)  A x  (t)  Bu  (t)
ε (t)  C x  (t)
(付 2-1a)
(付 2-1b)
w (t)  f ( ε (t), t)
(付 2-2)
ここでは線形時不変ブロックの出力である ε(t)が漸近的に零に収束するための安定
条件を述べる。
<条件 1>
(*)
線形時不変ブロックの伝達関数 G(S) (=C(sI-A)-1B )が強正実
<条件 2>
非線形時変ブロックの入出力信号 ε(t),w(t)が以下の積分不等式を満足する。
t1
t
w (t) T ε (t) dt    0
2
(付 2-3)
0
条件 1 と条件 2 を満足すると
lim ε ( t )  0
(付 2-4)
t  
となる。
154
付録2 ポポフの超安定論
(*)正実と強正実とは
<伝達関数行列G(s) が正実>
*
⇒ G (s)  G (s)  0
Re[s]  0
1 入力 1 出力の場合: ① G(s)が安定
② G(s)のベクトル軌跡が右半平面
(位相遅れは±90 °以内
⇒
G(s)の相対次数はたかだか±1)
<伝達関数行列G(s)が強正実>
⇒
G(s-ε)が正実となる ε(>0)が存在
155
付録3 リアプノフの直接法
付録3
リアプノフの直接法
リアプノフの直接法とは以下に述べるリアプノフ関数を用いてシステムの安定性
を判別する方法であり,リアプノフの第 2 の方法とも呼ばれる。安定を証明したい
非線形システムを(付 3-1)に示す。
x (t)  f ( x (t), t)
(付 3-1)
非線形システム(付 3-1)が大域的漸近安定とは,以下の条件を満足する x,t に関し
て連続なスカラー関数 V(x(t),t)が存在することである。
<条件 1>
スカラー関数 V(x(t),t)が正,すなわち V(0,t)=0 ,全ての x(t)≠0,t で V(x(t),t)>0
<条件 2>
(付 3-1)の解軌道に沿った V(x(t),t)の時間微分関数 V (x(t),t) が負,すなわち全ての
x(t)≠0,t で V (x(t),t) <0
<条件 3>
||x(t)||→∞のときに V(x(t),t)→∞
以上の条件を満足すると非線形システム(付 3-1)は平衡点(原点)に大域的かつ漸
近安定的に収束する。
156
付録4 γ-δ推定回転座標における状態方程式
付録4
γ-δ 推定回転座標における状態方程式
IPMSM の d-q 回転座標での基本波の電圧・電流方程式を(付 4-1)に示す。
vd   R  pLd
 vq     Ld
  
  L q  id
R  p L q   i q
  0 
   

 
(付 4-1)
ここで,vd ,vq:回転座標上の電圧,id ,iq:回転座標上の電流,ω:回転速度,
 :誘起電圧定数,R :巻線抵抗,Ld
,Lq
:同期インダクタンス
電流、電圧を状態変数,入力変数とする突極機の d-q 回転座標の状態方程式を求め
る。(付 4-1)を変形する
vd   R  Lq  id  Ld 0  id   0 
p

vq   L
R  iq   0 Lq  iq  
   d
 Ld 0  id    R Lq  id  vd   0 
iq   vq    
 0 Lq  p iq    L  R  d


   

  
-1
Ld 0 
1 Ld 0 
 0 Lq    0 1 Lq 




であるので状態方程式は(付 4-2)となる。
d id    R Ld  Lq Ld  id  1 Ld 0  vd  1 Ld 0   0 



dt iq    Ld Lq  R Lq  iq   0 1 Lq  vq   0 1 Lq  
(付 4-2)
また
Lq Ld   0  Lq Ld 
 0
  
 L L
0 
 d q 0  Ld Lq
1 Ld 0   0  Lq 
 


 0 1 Lq  Ld 0 
1 Ld 0  0 1 Ld 0 
 



 0 1 Lq  1 0   0 Lq 
(付 4-3)
より,(付 4-2)を書き換えると,d-q 回転座標の状態方程式は
x   A x    BJB 1 x   B u   Be dq
y   Cx 
ここで,x’= y’= [ id
edq=[ 0
iq ]T,u’= [vd
vq]T,
ω  ]T:永久磁石による誘起電圧,
157
(付 4-4a)
(付 4-4b)
付録4 γ-δ推定回転座標における状態方程式
vd,vq,id,iq:回転座標上の電圧,電流,
ω:回転速度,̂ :推定回転速度,θ:磁極位置真値,ˆ :磁極位置推定値,
 :回転子磁束,R:巻線抵抗,Ld,Lq:同期インダクタンス,
0 
0 
1 L
 R Ld
0  1
1 0
A 
, B   0d 1 L  , C  
, J 


q
1 0 
0 1 

 0  R Lq 
次に,γ-δ 推定座標上の状態方程式を求める。d-q 軸と γ-δ 軸との変換式は,
x’=R(θ- ˆ ) x
(付 4-5)
u’=R(θ- ˆ ) u
(付 4-6)
x= [ iγ
ここで
iδ ]T,u= [vγ
vδ]T , vγ,vδ,iγ,iδ:推定回転座標の電圧,電流,
 cos sin 
R( )  
 sin cos 
(付 4-5)(付 4-6)を(付 4-4a)に代入すると
p{ R(θ- ˆ ) x }=A R(θ- ˆ ) x-ωBJB-1 R(θ- ˆ ) x+B R(θ- ˆ ) u-Bedq
(付 4-7)
(付 4-7) の左辺=p R(θ- ˆ )・x+R(θ- ˆ ) x
=-(ω- ̂ )R(θ- ˆ )J x+R(θ- ˆ ) x
(付 4-8)
と変形できるので,(付 4-7)と(付 4-8)より
R(θ- ˆ ) x =A R(θ- ˆ ) x+(ω- ̂ )R(θ- ˆ )J x-ωBJB-1 R(θ- ˆ ) x
+B R(θ- ˆ ) u-Bedq
したがって,γ-δ 回転軸での状態方程式は,次式となる
x  R(  ˆ) 1{ AR(  ˆ) x  (  ˆ ) JR(  ˆ) x
 BJB 1 R(  ˆ) x  BR(  ˆ)u  Bedq }
(付 4-9)
(a) 右辺第 1 項の係数
 sin(  ˆ) cos(  ˆ)
R R
R(  ˆ)1 AR(  ˆ)  A  (  ) sin(  ˆ)
ˆ
ˆ 
Lq Ld
 cos(   ) sin(   ) 
 A  R(
 A (
ここで,
Lq  Ld
Ld Lq
Lq  Ld
Ld Lq
) sin(  ˆ) Rs (  ˆ)
) sin(  ˆ) Rs (  ˆ)(R)
 sin(  ˆ) cos(  ˆ)
Rs (  ˆ)  
ˆ
ˆ 
 cos(   ) sin(   ) 
(付 4-10)
(付 4-11)
(b) 右辺第 2 項の係数
158
付録4 γ-δ推定回転座標における状態方程式
R(θ- ˆ )-1 (ω- ̂ )J R(θ- ˆ )x =(ω- ̂ )J x
(付 4-12)
(c) 右辺第 3 項の係数
 R(  ˆ) 1 BJB 1 R(  ˆ)  BJB 1   ( Lq  Ld )(
 B(JB 1 )  (
Lq  L d
Ld Lq
Lq  Ld
Ld Lq
ˆ
) sin(  ˆ) R s (   ) J
ˆ
) sin(  ˆ) R s (   ){ ( Lq  Ld ) J }
(付 4-13)
ここで,
0
Lq Ld 

 BJB1  


L
L
0 
d
q

(付 4-14)
(d) 右辺第 4 項の係数
R(  ˆ) 1 BR(  ˆ)  B  (
Lq  Ld
Ld Lq
ˆ
) sin(  ˆ) R s (   )
(付 4-15)
(e) 右辺第 5 項の係数
-R(θ- ˆ )-1Bedq = -R(θ- ˆ )-1B R(θ- ˆ ) R(θ- ˆ )-1edq
 {B  (
また,
Lq  Ld
Ld Lq
ˆ
ˆ 1
) sin(  ˆ) R s (   )}R(   ) e dq
(付 4-16)
cos(  ˆ)  sin(  ˆ)  0 
R(  ˆ)1edq  
ˆ
ˆ  
 sin(   ) cos(   )  
  sin(  ˆ)
 
ˆ 
  cos(   ) 
=eγδ
ここで ,eγδ=[eγ
(付 4-17)
eδ]T,eγ=-ωφsin(θ- ˆ ),eδ=ωφcos(θ- ˆ )
(付 4-16)に(付 4-17)を代入すると
-R(θ- ˆ )-1Bedq =  {B  (
Lq  Ld
Ld Lq
ˆ
) sin(  ˆ) R s (   )}e 
(付 4-18)
(付 4-9)に(付 4-10),(付 4-12),(付 4-13),(付 4-15),(付 4-18)を代入すると
x =A x+(ω- ̂ )J x-ωBJB-1 x+B u-Beγδ
(
Lq  Ld
Ld Lq
) sin(  ˆ) Rs (  ˆ){Rx  (Lq  Ld )Jx  u  e } (付 4-19)
巻線抵抗(R),同期インダクタンス(Ld,Lq)が規範モデルの巻線抵抗(Rm)
,同
期インダクタンス(Ldm,Lqm)と同一で,誘起電圧定数  =  m として(付 4-19)を変
形する。
159
付録4 γ-δ推定回転座標における状態方程式
γ-δ 回転軸での状態方程式は(付 4-20)となる。
x =Am x+(ω- ̂ )J x-ωBmJBm-1 x+Bmu-Bmeγδm+Δ(θ- θ̂ ) fm(x, u)
ここで,eγδm=[eγm
(付 4-20)
eδm]T,eγm=-ω  msin(θ- ˆ ),eδm=ω  m cos(θ- ˆ )
0 
R L
Am   m dm
,
0
R
Lqm

m

0 
1 L
Bm   dm
,
0
1
L
qm

Δ(  ˆ)  sin(  ˆ) Rs (  ˆ)
L qm  L dm
f m ( x , u)  (
){ R m x   ( L qm  L dm ) Jx  u  e  m } L dm L qm
SPMSM の状態方程式は,(付 4-20)において Ldm=Lqm=Lm とすれば求まり,(付 4-21)
となる。
x =Am x- ̂ J x+B mu-Bmeγδm
(付 4-21)
停止中の状態方程式は,(付 4-20)において ω=0 とすると(付 4-22)となる。
x =Am x- ̂ J x+B mu+Δ(θ- ˆ ) gm(x,u)
ここで,
g m ( x, u)  (
L qm  L dm
L dm L qm
){  R m x  u}
160
(付 4-22)
付録5 (3-31)が(3-24)を満足する証明
付録5
t1
1)
(3-31)が(3-24)を満足する証明
t t
 (   dτ
2
 )dt  
2
の証明
t0 t0t0
ある時間関数を η とおくと(付 5-1)が求まる。
1 d
(   ) 2  (   )(    )
2 dt
     2      
(付 5-1)
(付 5-1)の両辺を時間 t で積分すると、次式となる。
1
(   ) 2 
2
 ( 
  2       ) dt
(付 5-2)
(付 5-2)より
t1
1
(   ) 2 
2
  dt 
t0
t1
t1
t1
t0
t0
t0
   dt 
2
  dt 
  dt
(付 5-3)
ここで,
t1
   dt

1
1
 ( t1 ) 2   ( t 0 ) 2
2
2
(付 5-4)

1
1
 ( t 1 ) 2   ( t 0 ) 2
2
2
(付 5-5)
t0
t1
  dt
t0
より,(付 5-3)は
t1
   dt

t0
1
1
(   ) 2  (  ( t 1 ) 2   ( t 0 ) 2 )
2
2
t1

 
2
dt 
t0
1
( ( t 1 ) 2   ( t 0 ) 2 )
2
(付 5-6)
となるため,
t1
  dt   
(付 5-7)
2
t0
であるため,   とおくと,(付 5-7)は次式を満足する。
(証明終わり)
t1
t1
  dt
t0

t t
 (   dτ
2
 ) dt   
t0 t0t0
161
2
(付 5-8)
付録5 (3-31)が(3-24)を満足する証明
t1
2)
t
 (   d τ ) dt
 
2
の証明
t0 t0
   とおくと
 (
d
1
) dt 

dt
2
2
(付 5-9)
であるので
t1
t
 (   d τ ) dt
t0 t0

1
1
 ( t1) 2   ( t 0 ) 2
2
2
 
となる。(証明終わり)
162
1
 (t 0 ) 2   
2
2
(付 5-10)
謝辞
本研究を進めるにあたり,直接ご指導を賜りました静岡大学
野口季彦教授に心
から感謝し厚く御礼申し上げます。また,学外より学位審査に携わって頂いた千葉
大学
近藤圭一郎準教授,学内より学位審査に携わって頂いた静岡大学 大岩 孝彰
教授,道下幸志教授にも心より感謝し厚く御礼申し上げます。
学位取得するにあたり,論文発表などに関して多大なご理解とご配慮を頂きまし
た㈱竹中製作所
竹中弘忠会長,行俊明紀社長に心より感謝し御礼申し上げます。
また,実験においてご協力を頂きました㈱竹中製作所
小山
敦氏にも心より感謝
し御礼申し上げます。さらに昼夜を問わず研究生活の苦楽を共にした野口研究室の
学生,卒業生諸氏にも心より感謝し御礼申し上げます。
最後に,これまでの研究生活を暖かく見守ってくれた妻
次男
勇哉に深く感謝いたします。
以久子,長男
宏基,
発表論文
原著学術論文
(1)
小原正樹, 野口季彦 :「モデル規範適応システムに基づく永久磁石モータの磁
極位置センサレス制御とパラメータ感度」
, 電気学会論文誌 D (産業応用部門誌),
Vol. 132, No. 3, pp. 426-436 (2012)
(2)
小原正樹, 野口季彦 :「内部永久磁石同期モータの停止時磁極位置推定法」, 電
気学会論文誌 D (産業応用部門誌), Vol. 132, No. 11, pp. 1082-1083 (2012)
(3)
小原正樹, 野口季彦 :「モデル規範適応システムに基づく永久磁石モータのセ
ンサレス制御における磁極位置推定特性の改善」, 電気学会論文誌 D (産業応用
部門誌), Vol. 133, No. 2, pp. 222-230 (2013)
国際会議論文
(1)
M.Ohara and T.Noguchi, “Sensorless Control of Surface Permanent-Magnet Motor
based on Model Reference Adaptive System,” Conf. Rec. IEEE-PEDS Annual Meeting,
pp. 608-614 (2011)
国内学会発表論文
(1)
小原正樹, 野口季彦:「永久磁石同期モータの磁極位置センサレス制御における
i
パラメータ変動の影響」, 電気学会モータドライブ/リニアドライブ合同研究
会資料, MD-11-54, LD-11-78, pp. 1-6 (2011)
(2)
小原正樹, 野口季彦:「モデル規範適応システムに基づく永久磁石同期モータの
停止時磁極位置推定」, 電気学会半導体電力変換/モータドライブ合同研究会
資料, SPC-12-159, MD-12-53, pp. 49-54 (2012)
(3)
小原正樹, 野口季彦:「MRAS による永久磁石モータのセンサレス制御性能の実
験検証」, 平成 22 電気学会産業応用部門大会, No. 1-71, pp. 401-404 (2010)
(4)
小原正樹, 野口季彦:「永久磁石同期モータのセンサレス制御における巻線抵抗
変動の影響と同定による性能改善」, 平成 23 電気学会産業応用部門大会, No.
1-195, pp. 831-834 (2011)
(5)
小原正樹, 野口季彦:「モデル規範適応システムによる内部永久磁石同期モータ
の磁極位置センサレス制御」, 平成 24 電気学会産業応用部門大会, No. 3-61, pp.
283-286 (2012)
(6)
小原正樹, 野口季彦:「モデル規範適応システムに基づく永久磁石モータのセン
サレス制御法」, 平成 22 電気学会全国大会, No. 4-107, pp. 183-184 (2010)
(7)
小原正樹, 野口季彦:「巻線抵抗同定による永久磁石同期モータのセンサレス制
御性能の向上」, 平成 23 電気学会全国大会, No. 4-095, pp. 172-173 (2011)
(8)
小原正樹, 野口季彦:「モデル規範適応システムに基づく内部永久磁石同期モー
タの初期磁極位置推定」, 平成 24 電気学会全国大会, No. 4-112, pp. 191-192
(2012)
参考論文
(1)
小原正樹, 野口季彦 :「巻線抵抗同定機構を有する永久磁石同期モータの磁極
位置センサレス制御における誘起電圧変動と磁極位置誤差の特性解析」, 電気
学会論文誌 D (産業応用部門誌), (投稿中)
ii