第3章 因果関係 講師/加藤 喬 講師/加藤 喬 第3章 因果関係 【論証 1】危険の現実化説 予見可能性の認められない行為後の第三者暴行により死期が早められた事案につ いて因果関係を肯定した大阪南港事件(最決H2.11.20‐百Ⅰ10)を契機として、折 衷的相当因果関係説が危機に瀕し、最高裁はこの危機を克服するために危険の現実 化説を採用するようになった(基本刑法Ⅰ総論 78 頁~85 頁)。 ↓ 因果関係は、実行行為の客観的危険性が結果へと現実化した場合に認められる。 ↓ 具体的には、客観的に存在するすべての事情を判断の基礎とし、 ①実行行為それ自体の危険性 ②介在事情の異常性 ③介在事情の結果発生への寄与度 などを考慮しつつ、実行行為の中に含まれている危険が結果の中に実現されたと いえるかどうかで判断する(基本刑法Ⅰ総論 81 頁)。 ※1.実行行為の危険性は行為時に存在した全事情を基礎に客観的に判断される。だからこそ、 「実行行為の客観 的危険性」(山口総論 51 頁)と表現されるのである。 ※2.因果関係を条件関係と法的因果関係とで二元的に理解する立場(基本刑法Ⅰ総論 80 頁参照)と、 「実行行 為の危険性の結果への現実化の判断には行為と結果との事実的なつながりの判断も当然に含まれるから、因果 関係を①事実的なつながりと②規範的な限定という 2 段階に分けて考える必要はなく、端的に、危険性の現実 化の有無を問うことで足りることになると思われる」として、因果関係系を実行行為の危険の現実化として一 元的に理解する立場(山口総論 55 頁、60~61 頁)とがある。 ※3.危険の現実化説では、介在事情の予見可能性は危険の現実化の判断に意味を持ちうる限りで考慮されると ものであると説明される(山口総論 60 頁)。おそらく、介在事情の予見可能性は、②介在事情の異常性の有 無・程度の判断において考慮されるという意味であろう。 ※4.構成要件的結果は具体的に把握しなければならず、仮定的因果経過は捨象される(結果の具体的把握)。 ※5.相当因果関係説には、介在事情の予見可能性という判断基準が漠然としていて不明確であるという問題の ほかに、介在事情の結果への寄与度を考慮することができないという問題もある。 例えば、前掲大阪南港事件では、予見可能性の認められない行為後の第三者暴行により死期が早められた 事案について因果関係を肯定している。被告人の当初の暴行により死因となった傷害が形成されており(実 行行為のそのもの危険性が高い)、第三者の暴行は死期を早めたにすぎない(介在事情の結果発生に対する寄 与度が低い)にもかかわらず、相当因果関係説では、結果を「早まった死」と具体的に捉える限り、第三者の 暴行について予見可能性が認められない以上、因果関係を肯定することができない、という不合理な事態に 陥るのである。 15 講師/加藤 喬 危険の現実化説からの説明 1.被害者の特殊事情 実行行為の危険性は、行為時に存在した全事情を基礎に客観的に判断されるから、 予見可能性の有無にかかわらず、被害者の特殊事情の存在を前提として判断される。 したがって、被告人の実行行為は、被害者の特殊事情と相まって結果を生じさせ る危険性があると評価される(最判 H20.6.3 参照)から、危険の現実化が認められ、 因果関係が肯定される。 2.行為後の介在事情 行為後の介在事情が直接的な原因となって結果が発生した場合には、行為者の 実行行為が当該介在事情をもたらす危険性を有しており、その危険性が結果へと 現実化したかが問題となる。 これに対し、行為者の実行行為そのものが危険性の高い行為である場合(結果 発生の原因を形成していた場合など)には、行為者の実行行為そのものの危険性 が結果へと現実化したといい得るから、行為者の実行行為について当該介在事情 をもたらす危険性が認められない場合であっても、因果関係が認められる。 (1) 被害者の行為の介入 【判例 1】被害者の高速道路への侵入(最決 H15.7.16‐百Ⅰ13) 被害者は、被告人らから約 2 時間 45 分という長時間にわたり間断なく激しくか つ執拗な暴行・傷害を受け、被告人らに極度の恐怖心を抱き、逃走を図る過程で 高速道路に侵入したところ、疾走してきた自動車に衝突され、継続車両に轢過さ れ死亡した。 ↓ 被害者の死因は自動車に衝突され後続車両に轢過されたことであるから、被告人 らの暴行により死因が形成されているとはいえない(①:被告人らの実行行為によ る死因形成なし)。そして、被害者の高速道路への侵入という行為が結果発生の直 接的な原因となっている(③:介在事情が結果発生の直接的な原因となっている)。 そうすると、被告人らの暴行の危険性が被害者の死亡への現実化したといえるため には、被害者の高速道路への侵入が被告人らの暴行によりもたらされたものである (②)といえることが必要である。 ↓ すなわち、「直接結果をもたらす原因となった被害者の行為に不適切さが認めら れる場合であっても、それが当初の行為者の行為によってもたらされたものであれ ば、当初の行為には、被害者の不適切な行為を生じさせる危険性があり、その危険 が結果へと実現したと解することが可能である」(山口総論 62 頁)。 ↓ 確かに、 「A(被害者)が逃走しようとして高速道路に侵入したことは、それ自体 16 講師/加藤 喬 として極めて危険な行為である」。 しかし、 「Aは、Xら(被告人ら)から長時間激しくかつ執拗な暴行を受け、Xら に対する極度の恐怖心を抱」いていたのだから、暴行から高速道路への侵入までの 間に 10 分間・800m という時間的場所的間隔があったとしても、被害者 A が逃走 の過程で高速道路に侵入した行為は、Xらの暴行に強く影響・支配されていたとい える。したがって、高速道路への侵入は、 「Xらの暴行により極度の恐怖心を抱き、 必死に逃走を図る過程で、とっさに選択した行動」であるといえる。 そして、 「その行動が、Xらの暴行から逃れる方法として著しく不自然・不相当で あったとはいえない」。 したがって、「Aが高速道路に侵入して死亡したのは、Xらの暴行に起因するも のと評価」できるから、因果関係が認められる(傷害致死罪成立)。 (2) 第三者の行為の介入 【判例 2】大阪南港事件(最決 H2.11.20‐百Ⅰ10) 被告人は被害者に暴行を加え、これにより死因となった傷害が形成されていた。 その後、被告人の暴行により意識消失状態となり資材置場に倒れていた被害者は、 何者かの暴行を受け、被告人の暴行により形成されていた内因性高血圧性橋脳出血 を拡大させ、幾分か死期を早められて死亡した。 このように、大阪南港事件では、被告人の暴行により被害者の死因となった傷害 が形成されていたために、第三者の暴行は上記傷害を悪化させて死期を早めたにす ぎないのである。 ↓ 確かに、第三者の暴行は異常性の高いものであり、被告人の暴行が後の第三者の 暴行をもたらす可能性・蓋然性を有していたとはいえない(②)。 ↓ しかし、被告人の暴行により死因となった傷害が形成されているため、被告人の 暴行は、傷害の悪化による死亡を発生させる危険性の高いものである(①)。 ↓ そして、第三者の暴行は、被告人の暴行により形成された傷害を悪化させてその 死期を早めたにすぎないので、死亡への寄与度は大きくない(③)。 ↓ したがって、被告人の実行行為の危険性が結果へと現実化したといえ、因果関係 が認められる。 【判例 3】米兵ひき逃げ事件(最決 S42.10.24‐百Ⅰ9) 被告人は、自動車で被害者を跳ね飛ばし、自動車の屋根にはね上げられ意識を失 った被害者に気づかず運転を継続していたところ、同乗者が走行中の自動車の屋根 から被害者を引きずり降ろして路上に転落させ、死亡させた。なお、本件は、死因 となった頭部の傷害が最初の衝突(被告人の過失行為)の際に生じたのか、転落し 17 講師/加藤 喬 た際に(第三者の故意行為により)生じたのかを確定できない事案であった。 ↓ 本決定は、同乗者の行為は「経験上、普通、予想し得られるところではなく」、被 告人の過失行為から死の結果が発生することが「われわれの経験則上当然予想しえ られるところであるとは到底いえない」として因果関係を否定している。 ↓ 本件は、死因となった頭部の傷害が最初の衝突(被告人の過失行為)の際に生じ たのか、転落した際に(第三者の故意行為により)生じたのかを確定できない事案 であったため、大阪南港事件のように、「被告人の行為により死因となった傷害が 形成されており、第三者の行為は上記傷害を悪化させて死期を早めたにすぎない」 と言うことはできなかったのである。 【判例 4】高速道路上に他者運転車両を停止させた後の追突事故(最決 H16.10.19) 被告人は、Aに文句を言い謝罪させるため、夜明け前の暗い高速道路の第三通行 帯上に自車及びA車を停止させた(過失行為)後、Aに暴行を加え(Aも暴行によ り反撃)、自車でその場から立ち去ったところ、それから7・8分後、その場に停止 し続けていたA車に後続車が追突したことにより、後続車の運転者・同乗者が死傷 した。 ↓ 被告人の過失行為は、それ自体において後続車の追突等による人身事故につなが る重大な危険性を有しており、自車が走り去ってから7・8分後までAがその場に 被害者運転車両を停止させ続けていたことなどのAの行動は被告人の過失行為及 びこれと密接に関連してされた一連の暴行等に誘発されたものであるから、被告人 の過失行為と被害者らの死傷との間には因果関係が認められる。 【判例 5】自動車トランク内に閉じ込めた後の追突事故(最決 H18.3.27‐百Ⅰ11) 被告人は、被害者を自動車後部のトランクに押し込んで脱出不能にし、同車を発 進走行させた後、路上で停車したところ、後方から自動車が追突し、トランク内の 被害者が死亡した。 ↓ 本判決は、被害者の死亡原因が直接的には追突事故を起こした第三者の甚だしい 過失行為にあるとしても、道路上で停車中の普通乗用自動車後部のトランク内に被 害者を監禁した本件監禁行為と被害者との間の死亡との間の因果関係を肯定する ことができるとして、逮捕監禁致死罪の成立を認めた。 ↓ 本件では、①トランク内に人を監禁するという実行行為そのものの危険性の高さ、 ②路上停車中の車への追突事故はさほど稀ではない、③トランク内への監禁行為に よって生じた危険性とは無関係に死亡結果が生じたのではないことから、危険の現 実化を認めたのである。 18 講師/加藤 喬 (3) 行為者の行為の介入 【判例 6】熊うち事件(最決 S53.3.22‐百Ⅰ14) 被告人が、ライフル銃の誤射により被害者に重傷を負わせた後、苦悶する被害者 を早く楽にさせた上で逃走しようと考え、被害者を射殺したという事案において、 本決定は、業務上過失致傷罪(誤射)と殺人既遂罪(射殺)の併合罪とした。 ↓ まず、本件では、第一行為(誤射)により死因が形成されている(①)から、い かに第二行為(意図的な射殺)が介在事情として異常であって(②)、結果発生への 寄与度が高い(③)といっても、大阪南港事件(【判例 2】)のように、 「被告人の第 一行為により被害者の死因が形成されており、第二行為は死因を悪化させて死期を 早めたにすぎない」として第一行為と死亡との間の因果関係を肯定することができ たかもしれない。 ※ 構成要件的結果は具体的に把握されなければならず、第二行為がなくても第一行為により死亡したであ ろうという仮定的因果経過は捨象されなければならないから、死因についても〈銃撃による死亡〉と抽象 的に捉えるのではなく、銃撃による損傷部位等から具体的に捉えなければならない。したがって、第一行 為と第二行為それぞれの損傷部位等によっては、第二行為が第一行為によって形成された傷害を悪化させ て死期を早めたということができず、大阪南港事件と同様に扱うことができなくなる。 なお、第二行為に殺人既遂罪が成立することとの関係で、死の二重評価を避けるために第一行為につい ては業務上過失致傷罪にとどめたという説明もある(山口総論 67 頁参照)。 ↓ 次に、第二行為についてであるが、因果関係の判断において、第二行為がなくて も第一行為による傷害が悪化して死亡していたであろうという仮定的因果経過は 捨象される(結果の具体的把握)から、因果関係が認められ、殺人既遂罪が成立す る。 19
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