株価下落は何を示唆するのか - 三菱UFJリサーチ&コンサルティング

2016 年 1 月 28 日
片岡剛士コラム
株価下落は何を示唆するのか
経済・社会政策部
主任研究員
片岡剛士
2016 年に入ってから株価は大きく下落している。1 月 27 日の日経平均の終値は 1 万 7163 円 92 銭と
なり、前日と比較して 455 円の上昇となったが、大発会から 17 日目の値は前年末と比較して 10%程度
低下という状況である。
年初の大発会で日経平均が大幅安となった年には深刻な景気悪化に見舞われる場合が多い。1990 年以
降についてみてもバブル崩壊が生じた 1990 年、金融危機が生じた 1998 年、リーマン・ショックが生じ
た 2008 年、消費税増税による経済の落ち込みが生じた 2014 年といった調子である。2016 年の場合は、
2015 年末の株価(1 万 9,033 円 71 銭)から 582 円 73 銭下げる形で始まったが、その後 6 日連続で下落
し、都合 17 日間で株価が上昇したのは 5 日間という有様だ。
図表 1 は前年末の株価を 100 とした場合に、当該年の株価がどのような推移を辿ったのかを指数の形
で示している。株価は実体経済の先行きを占うバロメーターの一つだが、2016 年に入っての株価はほぼ
2008 年のリーマン・ショックが生じた際の株価に近いペースで推移していることは頭に入れておくべき
だ。
本稿では株価下落に大きな影響を与えていると考えられる、①ドル高(米 FRB の金融政策)
、②原油
価格の低迷、③中国経済の悪化、の三つのポイントに焦点を絞り考えてみることにしたい。
図表 1:日経平均株価の推移
(前年末株価=100)
115
1990年
1998年
110
2008年
2014年
105
2016年
111.2
100
95
95.5
90
92.0
90.2
88.1
85
80
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9 10 11 12 13 14 15 16 17
(年初からの経過日数)
(注)終値ベース。
(出所)市況データから筆者作成。
ご利用に際しての留意事項を最後に記載していますので、ご参照ください。(お問い合わせ) 革新創造センター 広報担当 TEL:03-6733-1001 [email protected]
1
■ドル高、原油価格、株価の因果関係
まずはドル高、原油価格、株価がどのような形で相互に影響を及ぼしているのかを統計的手法に基づ
き確認してみることにしよう。図表 2 はドル名目実効為替レート、人民元名目実効為替レート、ユーロ
名目実効為替レート、原油価格指数(WTI、ブレンド、ドバイ現物価格の単純平均値を指数化したもの)
、
上海総合指数、日経平均株価、S&P500 の 6 つのデータについて、2000 年 1 月から 2015 年 12 月までの
期間につき、グレンジャー因果性検定(ラグは 3 期)を行った結果である。なお、ユーロ名目実効為替
レートも変数に含めたが、いずれの変数とも因果関係が無いとの結果であったため図表からは割愛して
いる。矢印は(グレンジャーの意味での)因果の方向を示している1。
図表 2:各変数の因果関係
ドル名目実効為替レート
原油価格
人民元名目実効為替レート
上海総合指数
S&P500
日経平均株価
(注)グレンジャー因果性検定を行い、因果性が無いとする帰無仮説が 5%有意水準で棄却された場合に「因果関係
がある」として因果の方向に矢印を記入したもの。なお、ユーロ名目実効為替レートも変数に加えて因果性検定を行
ったが、いずれの変数とも因果関係が無かったため、割愛している。推計期間は 2000 年 1 月から 2015 年 12 月ま
で。
(出所)市況データ、BIS データ、IMF
結果をみると、まずドル名目実効為替レートから原油価格といった因果の方向と、原油価格からドル
名目実効為替レートといった因果の方向があることがわかる。FRB の金融政策がドル名目実効為替レー
1
安達誠司氏は 1 月 14 日(木)付けの現代ビジネスのコラム(原油価格の「底打ち」は、ある日突然やって
くる~2016 年世界経済のシナリオを「M・O・N・K・E・Y」
で考える(その 2)
)http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47361
において、原油価格、金価格、ドル名目実効為替レート、米国 10 年物国債利回り、米国ブレークイーブンイ
ンフレ率、上海総合指数、日経平均株価、ダウ工業株 30 種についてグレンジャー因果性検定を行っている。
推計期間は 2003 年 1 月から 2015 年 12 月まで、月次データで推計しているが、本稿の結論も同様となってお
り、ドル高が昨今の資産価格の変動の大元にある可能性が高いと考えられる。
ご利用に際しての留意事項を最後に記載していますので、ご参照ください。(お問い合わせ) 革新創造センター 広報担当 TEL:03-6733-1001 [email protected]
2
トに影響を及ぼすことを念頭におけば、量的緩和政策を段階的に縮小させ、利上げに転じた FRB の金融
政策はドルの名目実効為替レートの増価(ドル高)をもたらす。原油は主にドルで取引されている。ド
ルの増価というのは、ドルという通貨が持つ購買力の拡大を意味するから、これはドルで評価した原油
価格の下落につながるという訳だ(図表 3)
。
図表 3:原油価格、ドル名目実効為替レートの推移
(2010=100)
(2010=100)
180
90
原油価格指数
ドル名目実効為替レート(右軸、逆 目盛)
160
95
140
100
120
105
100
110
80
115
60
ド ル高
原油安
120
40
125
20
0
130
00
01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
11
12
13
14
15
(出所)IMF Primary Commodity Prices, BIS 統計から筆者作成。
そして原油価格の動きは上海総合指数に影響し、上海総合指数の変化は米国の株価である S&P500、
さらには日経平均にも影響を及ぼしている。原油安が進むということは、原油の需要面から考えれば、
中国を含む新興国の総需要の拡大が緩やか(ないしは低下)となった事が一因である。中国を含む新興
国の総需要の停滞が上海総合指数の暴落を通じて連想されれば、それは米国や日本といった先進国の株
価にも波及する。こうした形で日本株が大きく下落しているということが見てとれるのである(図表 4)。
図表 4:原油価格と各国株価の推移
(2010=100)
250
原油価格指数
上海総合指数
日経平均株価
200
S&P500
150
100
50
0
00
01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
11
12
13
14
15
(出所)市況データから筆者作成。
ご利用に際しての留意事項を最後に記載していますので、ご参照ください。(お問い合わせ) 革新創造センター 広報担当 TEL:03-6733-1001 [email protected]
3
図表 2 からはドル名目実効為替レートの動きが人民元の名目実効為替レートに影響を及ぼしている。
統計からはドルの増価が人民元の増価(人民元高)をもたらしていることがわかるが(図表 5)、これは
FRB の金融引き締め政策が中国が採用する為替相場制度(管理フロート制)を通じて(結果的に)中国
に輸入されていたとみることも可能だろう。
図表 5:ドル名目実効為替レート、人民元名目実効為替レートの推移
(2010=100)
(2010=100)
130
130
ドル名目実効為替レート
125
125
ドル高
元高
人民元名目実効為替レート(右軸)
120
120
115
115
110
110
105
100
105
95
100
90
95
85
90
80
00
01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
11
12
13
14
15
(出所)BIS 統計(narrow base の名目実効為替レート)から筆者作成。
■FRB の金融政策(利上げ)は今後も持続可能か?
前節の議論からは、今回の株価下落には FRB の金融政策が起点となり、ドル高→原油安→株安という
経路で影響を及ぼしていることが推測される。こうした経路を念頭に置いた場合に、昨年 12 月 17 日に
利上げに踏み込んだ FRB の金融政策は果たして持続可能なのだろうか?
図表 6 はこの点を考えるために、主要国が変動相場制に移行した 1973 年以降の期間における FRB の
連続利上げ局面(半年以上の据え置き期間の後に 1 年以内に 2 回以上利上げ)のドルの名目実効為替レ
ートの推移をみている。図表では利上げ開始時点をゼロとして、開始前後の月数を横軸に、利上げ開始
時点の名目実効為替レートを 100 とした指数の形で比較を行っており、黒い太線は過去 6 回の連続利上
げ局面における名目実効為替レートの推移の単純平均値を示している。
図表からまずわかることは、過去の利上げ局面においては、利上げ開始4カ月前あたりから緩やかに
ドル高が進んでいき、利上げ開始後 1 年間の期間は概ね利上げ直後から 5%程度のドル安が進む形で名
目実効為替レートが推移して、その後再び緩やかにドル高が進んでいるということである。これは、利
上げ前にドル高予想(期待)を折り込む形でドル高が進むものの、利上げが実際に始まると反動でドル
安となったとも解釈できる。
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4
図表 6:連続利上げ開始前後のドル名目実効為替レートの動き
(利上げ開始時点=100)
115
利上げ開始
ドル高
110
1973年1月
105
1977年8月
1987年9月
1994年5月
100
1999年8月
2004年6月
今回
95
過去平均
ドル安
90
85
-12
-10
-8
-6
-4
-2
0
2
4
6
8
10
12
14
16
18
20
22
24
(利上げ開始
からの月数)
(出所)BIS データから筆者作成。
過去の連続利上げ局面における物価と雇用はどうなっていたのだろうか。FRB は物価と雇用の二つの
動向をにらみながら政策運営を行っている。図表 7 は物価上昇率(PCE デフレーター(食料・エネルギ
ー除く)前年比)の推移を示しているが、物価上昇率は利上げ前までに緩やかに上昇ないし横ばいで推
移して、利上げ後は緩やかに上昇基調で推移している。図表 8 は完全失業率の推移をみているが、緩や
かに失業率が下がる状況で利上げが開始され、利上げ開始後も失業率の低下が 10 カ月程度持続して、
その後は横ばいからやや失業率が悪化する形で推移している。
図表 7:連続利上げ開始前後の物価上昇率(PCE デフレーター(食料・エネルギー除く))の推移
12
(前年比、%)
利上げ開始
10
1973年1月
8
1977年8月
1987年9月
1994年5月
6
1999年8月
2004年6月
4
今回
過去平均
2
0
-12
-10
-8
-6
-4
-2
0
2
4
6
8
10
12
14
16
18
20
22
24
(利上げ開始
からの月数)
(出所)BEA データから筆者作成。
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5
図表 8:連続利上げ開始前後の完全失業率の推移
9
(%)
利上げ開始
8
1973年1月
7
1977年8月
1987年9月
1994年5月
6
1999年8月
2004年6月
5
過去平均
今回
4
3
-12
-10
-8
-6
-4
-2
0
2
4
6
8
10
12
14
16
18
20
22
24
(利上げ開始
からの月数)
(出所)米労働省データから筆者作成。
図表 9 は連続利上げ開始前後の株価の動きをみているが、過去の平均値の動きは、利上げ開始から 2
カ月後までは開始直後のタイミングと比較して 5%~6%程度株価は下落するものの、その後緩やかに回
復していき、1 年後には利上げ開始直後の水準を上回る形で推移している。なお足元の株価の動き(1
月 26 日)は、過去の利上げ直後の平均的推移よりも落ち込みが深刻となっている。
図表 9:連続利上げ開始前後の株価(S&P500)の推移
160
(利上げ開始月=100)
利上げ開始
140
1973年1月
120
1977年8月
1987年9月
1994年5月
100
1999年8月
2004年6月
80
今回
平均
60
40
-12 -10
-8
-6
-4
-2
0
2
4
6
8
10
12
14
16
18
20
22
24
(利上げ開始
からの月数)
(出所)市況データから筆者作成。月末終値ベース。16 年 1 月の株価は 26 日の値。
ご利用に際しての留意事項を最後に記載していますので、ご参照ください。(お問い合わせ) 革新創造センター 広報担当 TEL:03-6733-1001 [email protected]
6
図表 10 は連続利上げ開始前後の 10 年物国債利回りの推移をみている。過去の平均値の動きは利上げ
開始直前の 1 年間で 1%程度長期金利が上昇して、その後はほぼ横ばいで推移している。
図表 10:連続利上げ開始前後の米 10 年物国債利回りの推移
12
(%)
利上げ開始
10
1973年1月
8
1977年8月
1987年9月
1994年5月
6
1999年8月
2004年6月
4
今回
平均
2
0
-12 -10
-8
-6
-4
-2
0
2
4
6
8
10
12
14
16
18
20
22
24
(利上げ開始
からの月数)
(出所)FRB データから筆者作成。
以上、過去 FRB が連続で利上げを行った際のドル名目実効為替レート、物価上昇率、完全失業率、株
価、長期名目金利の推移について確認した。結果をみると、利上げ後の米国経済はドル安が進み、物価
上昇率は緩やかに高まり、完全失業率は緩やかに改善、そして株価は利上げ直後に下落するものの、そ
の後緩やかに回復していき、1 年後には利上げ直前の水準に復帰している。そして長期名目金利は利上
げ後にはほぼ横ばいで推移している。つまり、利上げが長期金利の急上昇や深刻なドル高につながらな
かったから、物価上昇率や完全失業率も想定外の悪影響を被ることがなく、FRB は一定期間に複数回利
上げを行うことが可能であったということだ。
では、FRB は今後も利上げを進めることが可能なのだろうか。筆者が気になるのは図表 6 に掲載され
ているドル名目実効為替レートの動きが、過去の利上げ局面と今回の場合とでは大きく異なっている点
だ。利上げ前の 1 年間のドル名目実効為替レートの動きは、過去連続利上げを行った際には、横ばいな
いしややドル安で推移していた。しかし、今回の場合は、利上げ前の 1 年間で 10%のドル高が進んで
おり、過去の利上げ局面とは大きく異なる動きをみせている。
そして図表 11 の通り、年初に入ってからのドルと各国通貨との間の関係をみると、ロシア、南アフ
リカ、メキシコ、ブラジルといった国々を中心にドル高が進んでいる。これらの国々は資源安も相まっ
て 2015 年に大きく経済が落ち込んだが、2016 年も引き続き状況は厳しい。
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7
図表 11:ドルと主要通貨との為替レート変化率
(%、15年12月の為替レート平均値と1月4日から1月26日までの為替レート平均値との変化率)
12
10.4
9.3
10
ドル高
各国通貨安
8
5.7
6
4.0
4.0
3.7
4
4.4
3.2
2.5
1.7
2
0.4
0.3
2.1
1.1
0
-2
-4
-0.1
ドル安
各国通貨高
-3.1
(注)図中のドル名目実効レートは、BIS 統計に掲載されている narrow base の貿易ウエイトと対象国の
通貨の変化率から試算した結果である。
(出所)Pacific Exchange Rate Service, BIS データから筆者作成。
図表中では BIS が採用している narrow base のウエイトで各国のドルとの為替レート変化率を加重平
均した変化率を掲載しているが、12 月と比較して 1 月(26 日までの平均値)は 2.1%ドル高が進んでい
る。
過去の利上げ局面との比較からは、こうしたドル高の進展は生じていない。そしてドル高の進展が進
めば、米国の物価上昇率や実体経済(完全失業率)の緩やかな改善の障害となり、FRB の利上げを持続
不可能とさせる可能性、ないし利上げペースの修正を迫らせる可能性が高いのでないかと考えられるの
である。
■原油価格の下落をどうみるか
前節では、株価低迷につながっている三つの要因のうちドル高について検討した。グレンジャー因果
性検定の結果からは、ドル高は原油価格の下落をもたらし、原油価格の下落はドル高をもたらすという
双方向の因果関係が働いている。
原油は基軸通貨である米ドルで主に取引されている。ドル高というのは他通貨で測ったドルの購買力
が高まるということを意味するが、これを原油に当てはめた場合には、ドル高が進むことで、1 ドルで
購入できる原油の量が拡大するため、1バレルあたりの原油価格は低下することになる。原油価格を左
右する要因としては、原油供給や原油需要の影響も無視することはできない。原油の供給が高まれば、
原油価格は低下するだろうし、世界経済の成長率が高まれば原油需要が進むため、原油価格は上昇する
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8
だろう。
問題は原油価格の変動に対して、原油の需給動向といった「ファンダメンタルズ要因」と、米ドルの
変化といった「金融要因」
、紛争やテロといった地政学的要因に代表される「その他の要因」がどの程
度影響しているかという点である。
図表 12 は原油価格を、原油需要要因(世界鉱工業生産)
、原油供給要因(原油供給量)
、金融要因(名
目ドル実効為替レート)の三変数で説明した回帰式を推定の上で、これら三要因で説明できない原油価
格の変動を「その他要因」として、原油価格の変動を要因分解したものだ。結果をみていくと、原油価
格は 2008 年からリーマン・ショック直前期までの間に前年比で 90%以上の上昇率を記録したが、その
後 2009 年半ばにかけて 50%以上の下落率を記録している。この間の変動は、原油需要、金融要因(ド
ル名目実効為替レートの変動)
、その他要因の三つで概ね説明がつく。2014 年 7 月以降の原油価格の下
落については、原油供給量の増加が原油価格を押し下げる影響はあるものの、その影響は高々7%程度
に留まっており、原油価格の下落の主因とは言えない。むしろドル高の進展が原油価格の急落の主因で
ある、と推計結果からは言えるだろう2。
図表 12
原油価格の要因分解
100 (前年比、寄与度、%)
80
60
40
20
0
-20
-40
-60
-80
その他要因
金融要因
原油需要要因
原油供給要因
原油価格前年比
-100
1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9
07
08
09
10
11
12
13
14
15
(注1)原油価格は、IMF Primary Commodity Pricesに掲載されている、WTI,Dubai,Brentスポット価格の単純平均値から前年比伸び率を計算している。
(注2)回帰式の推計結果は次のとおり。log(原油価格)=38.59**-3.03*×log(原油供給量)+2.82**×log(世界鉱工業生産)-2.79**×log(ドル名
目実効為替レート)、自由度修正済決定係数:0.94、Newey-West修正済、推計期間:2000年1月~2015年9月、である。
(注3)原油供給量はEIA公表の世界原油供給量を、世界鉱工業生産はCPB公表値、ドル名目実効為替レートはBIS統計(narrow base)を用いている。
(出所)IMF Primary Commodity Prices , CPB World Trade Monitor, EIA World Crude Oil Production data, BIS統計から筆者作成。
■中国経済の先行きと日本経済・世界経済への影響
原油価格の下落は上海総合指数の下落につながり、上海総合指数の下落は日経平均や S&P500 といっ
た各国の株価の下落に影響を及ぼしている。株価が実体経済の先行きを映すバロメーターの一つである
2
なお、2015 年 9 月~12 月については、データの制約上要因分解はできないが、図表 12 から計算したドル
名目実効レートの原油価格に対する寄与は-30%から-34%となり、当該時期の原油価格前年比(-40%~
-44%)の太宗を説明できる事実に変更はない。
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9
とすれば、日本や欧米諸国の株価の下落は今後見込まれる中国経済の停滞による自国へのインパクトを
ある程度折り込んだものとも考えられる。
中国経済の足元の経済動向を見ていくと、2015 年の名目実効為替レートは 9.5%の元高となり3、小売
売上高や固定資産投資の前年比はリーマン・ショック時を上回る低水準に留まっている。輸出入額も共
に落ち込んでいる。そして潜在成長率についても、潜在成長率を支える労働投入、資本投入、生産性(TFP
成長率)のうち、労働投入については少子高齢化を反映して低下が見込まれ、資本投入については、足
元で進む設備投資の調整を反映して同じく低下が見込まれる状況である。さらに生産性についても、リ
ーマン・ショック以降の時期は過去と比較して伸び率が低下している4。つまり、足元の経済動向と潜在
成長率の動きからは、7%弱の経済成長率は今後も修正を迫られる公算が高い。問題は成長率の低下が
どの程度で、かつどのような時間軸で生じるのかということだろう。
ここでは一定の想定を置きながら考えてみることにしたい。高度経済成長から中低成長に至る過程に
現在の中国経済があると考えた際に思いあたるのが 1960 年代から 70 年代にかけての日本経済の動向で
ある。1960 年代から 80 年代の日本経済の実質 GDP 成長率の推移をみると、日本経済の場合は 1960 年
代の平均実質成長率が 10.5%、70 年代は 5.2%、80 年代は 3.7%という形で成長率が低下した(図表 13)
。
図表 13
好況
好況
不況
日本経済の実質 GDP 成長率と各項目の寄与度(1960 年代~80 年代)
不況
好 況
不況
好況
不況
好況
好況
不況
好況
不況
好況
(%)
16.0
不況
1960年代平均実質GDP成長率(10.5%)
14.0
12.0
10.0
1970年代平均実質GDP成長率(5.2%)
1980年代平均実質GDP成長率(3.7%)
8.0
6.0
4.0
2.0
0.0
-2.0
-4.0
60
61
62
63
64
民間最終消費支出
65
66
67
民間住宅投資
68
69
70
71
民間企業設備投資
72
73
74
民間在庫品増加
75
76
77
政府最終消費支出
78
79
80
81
公的固定資本形成
82
83
公的在庫品増加
84
85
輸出
86
輸入
87
88
89
GDP
(注 1)60 年から 79 年の数値は 68SNA(平成 2 年基準)
、80 年以降の数値は 93SNA(平成 7 年基準)である。
(注 2)図中の「好況」及び「不況」は内閣府景気循環日付に基づく「谷から山」及び「山から谷」の局面
を意味しており、景気循環の動向を示している。
(出所)内閣府『国民経済計算』、
『景気循環日付』
3
2015 年の実質実効為替レートは 2014 年と比較して 9.7%元高となっている。
4
UN, Global Economic Prospects January 2016 では新興国の潜在成長率の寄与度分解を行っており、近年 TFP
成長率の寄与度が低下基調にあることを分析・指摘している。
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中国の実質 GDP 成長率の先行きを 1960 年代から 80 年代の日本になぞらえれば、2000 年代の中国経
済(平均実質 GDP 成長率 10.3%)が 1960 年代の日本経済であり、2010 年代(2011 年から 2020 年まで)
の中国経済が 1970 年代の日本経済とみることもできる。1970 年代の日本経済と同様に、平均実質 GDP
成長率が 5%台、例えば 5.6%まで落ち込むとしよう。2015 年までは実績値が公表されているため、2016
年以降に 2010 年代の平均 GDP 成長率が 5.6%まで落ち込むとし、段階的に成長率が低下していくと仮
定した場合の中国の実質 GDP 成長率は図表 14 のとおりとなる。仮に 2010 年代の中国の平均実質 GDP
成長率が 5.6%まで落ち込む場合には、2020 年の中国の実質 GDP 成長率は 1.0%まで低下する必要があ
るということだ。
図表 14 中国経済の実質 GDP 成長率の推移と想定
16
想定
(%)
2000年~2010年の平均成長率(10%)
14
12
2011年~2020年の平均成長率(5.6%)
10
8
6.9
5.7
6
4.5
3.4
4
2.2
2
1.0
0
80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20
(年)
(注)2016 年以降の成長率は、2011 年~2020 年の平均実質 GDP 成長率が 5.6%を満たすように段階的に成長率
が低下すると想定して計算した結果。
(出所)中国国家統計局データより筆者作成。
次に、図表 14 のような形で中国の実質 GDP 成長率が推移した場合と、中国経済が 2015 年度の 6.9%
を 2020 年まで維持するとした場合とを比較して、日本経済を含む世界経済へのインパクトを概算して
みることにしよう。
試算にあたっては、OECD 諸国を中心とする 40 カ国、35 産業を網羅する国際産業連関表である World
Input-Output Database(WIOD)の最新版(2011 年版)5を用いた。中国経済が 2016 年以降 6.9%の成長率
を維持した場合と、2016 年以降に図表 14 に示した成長率で推移した場合とを比較して、WIOD の最新
版と同じ 2011 年の中国実質 GDP に対する比率として換算すると、2016 年から 2020 年までの 5 年間の
累積で 28.9%分に相当する中国の最終需要が失われることになる6。
5
詳細およびデータは次の URL を参照されたい。http://www.wiod.org/new_site/home.htm
6
2011 年の中国実質 GDP を 100 にすると 2016 年以降 6.9%成長を続けた場合の 2020 年中国実質 GDP は 185.9
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この最終需要の減少が各国経済に与える影響はどの程度だろうか。WIOD における中国経済の最終需
要が 28.9%分減少した場合に、各国間の輸出入を通じて各国の国内生産額にどの程度のインパクトが及
ぶのかを試算してみたのが図表 15 である。
結果をみると、世界経済全体の生産は 2011 年の国内生産額をベースにすると 4.0%減少する。各国へ
の影響をみると、中国との交易関係が密である韓国や台湾への影響が大きく、日本への影響はドイツと
同様に 0.9%の国内生産の落ち込みとなる。この影響は 5 年間の累積効果であるため、1 年あたりの平均
に直せば、世界経済への影響は 0.8%の落ち込み(=4.0%÷5)
、日本経済への影響は 0.18%の落ち込み
(=0.9%÷5)となる。図表 12 で用いた世界鉱工業生産の 2011 年から 2015 年までの推移を参考にする
と、世界経済全体の生産は 2011 年から 2015 年までに 1 割程度増加している。WIOD における世界全体
の国内生産額が 2011 年から 2015 年までに 1 割(10%)増加しているとして 2015 年の世界生産に対す
るインパクトを計算すれば、5 年間の累積で 3.6%の落ち込み、単年に直せば 0.72%の落ち込みとなる。
図表 15
中国経済減速にともなう各国生産への影響
(各国2011年国内生産額に対する変化率、%)
-25
-20
-15
-10
-5
0
日本
-0.9
韓国
-2.6
台湾
中国
-4.0
-21.7
インドネシア
-0.8
インド
-0.3
豪州
-1.5
米国
-0.3
カナダ
-0.5
ブラジル
-0.4
メキシコ
-0.3
ドイツ
-0.9
フランス
-0.5
イタリア
-0.5
スペイン
-0.2
英国
-0.4
ロシア
-0.8
その他世界
-0.9
世界全体
-4.0
(注)中国経済が 2016 年~20 年に 6.9%の成長率を維持した場合と、図表 14 のような成長率で推移した
場合とを比較して、両者の GDP の差を換算し、WIOD に最終需要の減少分として与えて生産誘発額を計測
した結果。
(出所)WIOD から筆者作成。
となる。他方、図表 14 における成長率で推移した場合の 2020 年中国実質 GDP は 157.0。両者を差し引きす
ると 28.9 となる。以上から 2011 年の中国実質 GDP の 28.9%分が失われるとして試算を行った。なお、2015
年実質 GDP で換算すると、上記のインパクトは 21.7%となる。
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この結果をどう捉えたら良いのだろうか。まず考慮すべきは、2015 年の実質 GDP 成長率 6.9%から
考えると、図表 14 における中国経済の成長率の見通しはかなり悲観的な見通しであるということだ。
中国の強みは、実際に行うかは兎も角として財政・金融政策の余地が未だあることである。目標とし
ている 7%程度の実質 GDP 成長率が下ぶれする懸念があるのならば、中国政府は対策を講じる可能性
も高い。
次に考慮すべきは、産業連関表を用いた試算の特徴についてである。図表 15 における試算は、中国
の最終需要の減少が各国間の輸出入を伴う投入・産出関係を通じて各国の国内生産額にどの程度の影響
を及ぼすかをみたものだが、ここには中国の最終需要減少に伴う相対価格の変化を通じた影響は加味さ
れていない。また WIOD は米ドル建てで表記されており、為替レートの変動を通じた影響は加味されて
いない。こうした価格を通じた影響を加味すると、影響は更に大きくなることが予想される。
ソフト・ランディングかハード・ランディングかは不確定だが、いずれにせよ中国経済の減速は避け
られないだろう。図表 15 の結果からは大幅な実質 GDP 成長率の低下を見込んだとしても、それが各国
経済に深刻なダメージを及ぼす可能性は低い。ただしこの点から事態を楽観視することはできない。む
しろ懸念すべきは株価を含む資産価格の停滞が続き、そのことが中国経済の減速と相まって各国経済に
及ぼす悪影響だろう。
■株価下落は何を示唆するのか
本稿では、停滞が続く株価の動きの背景について論じてきた。
今回の株価下落には FRB の金融政策が起点となり、ドル高→原油安→株安という経路を通じて影響を
及ぼしている。世界的な株価下落という「事実」は、昨年 12 月 17 日の利上げという FRB の政策転換が
誤りであったことを示唆している。とすると、FRB が年 4 回とも言われる利上げのペースを修正する、
ないしは今後修正することが明確に見通されない限りは、ドル高や原油安の流れは止まらないだろう。
FRB は 1 月 27 日(日本時間では 28 日早朝 4 時)に FOMC 声明文を公表した。中身をみると、昨年
12 月に利上げを行ったばかりということもあり、
「経済情勢が FF レートの段階的な引き上げしか正当化
しない形で展開すると予想している」
「FF レートの実際の経路は、今後の指標が示す経済見通しに左右
されるだろう」と述べた昨年 12 月の FOMC 声明文の内容に沿って、FRB は極力幅広い選択肢を視野に
入れようとしていることが窺われる。声明文の中に昨今の市場の混乱を懸念するコメントが挿入された
が、具体的な動きは 3 月以降の FOMC まで持ち越しとなった。
なお本稿で述べたように、2014 年後半以降の原油価格急落には原油の需給といった「ファンダメンタ
ルズ要因」は大きく寄与しておらず、変動の太宗は「金融要因」
(ドル名目実効為替レートの上昇)に
よると考えられる。利上げペースの修正が明確な形でアナウンスされれば、ドル高は是正され、原油価
格の低下も急速に鎮静化・再び上昇へ転ずる可能性が高い。そうなれば、資源輸出国への悪影響も沈静
化するだろう。世界的な株価停滞の動きが急速に巻き戻っていく可能性も十分にあると筆者は考えるが、
そのタイミングは 3 月以降に持ち越された格好だ。
さて ECB のドラギ総裁が 1 月 21 日の ECB 理事会後の会見で 3 月初めの次回会合における金融政策ス
タンス見直しを示唆したことで株価の下落は一旦沈静化した。本稿ではユーロ名目実効為替レートも考
慮に入れてグレンジャー因果性検定を行ったが、ユーロ名目実効為替レートはドル名目実効為替レート、
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人民元名目実効為替レート、原油価格指数、上海総合指数、日経平均株価、S&P500 のいずれの変数に
も因果関係が無いとの結果になった。この結果からは、ECB の金融政策スタンスの見直しという「期待」
が株価に持続的な影響をもたらすとは思われない。
そして本稿で論じてきたように、昨今の株価下落を「アベノミクスの終焉」と呼び、日本発の現象と
捉えるのは正しくない。こうした情勢下で 1 月 28 日・29 日に金融政策決定会合を開催する日本銀行は
どう行動すべきか。まず懸念すべきは図表 11 にあるとおり、主要国通貨とドルとの関係ではドル高が
進む一方で、円については円高・ドル安が進んでいるという事実である。円高についてはリスク回避と
しての意味合いもあるだろうが、筆者が懸念するのは、原油安や足元の経済動向も相まって、家計・企
業の予想インフレ率の停滞が持続かつ深刻化していることだ。こうした動きを放置すれば、円高や株安
の流れを押しとどめることは一層困難となる。そして予想インフレ率の停滞は円高や株安の持続に加え
て、企業利益や今後本格化する労使交渉の行方にも悪影響を及ぼす。こうなると「アベノミクスの終焉」
が現政権への揶揄としてではなく現実として姿を現すことになるだろう。
筆者は「2%のインフレ目標」の早期達成に向けて現状では追加緩和が必須と考えるが、仮に追加緩
和を行うのならば、国会で補正予算が成立した現在のタイミングに決定・実行するのが最適だろう。今
こそ「アベノミクスの逆襲」に転じるべきだ。
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