提言に関する説明内容 - JUMP-日本ユーザビリティ医療情報化推進協議会

2016 年 1 月 12 日記者説明会
提言に関する説明内容
1.今回の提言策定の経緯
昨年 9 月、改正個人情報保護法が成立した。改正法においては、個人情報の取扱いにつき、利活用の
促進を図る施策が講じられるのと同時に、個人情報保護のための規制強化も図られる内容となっており、
特に、EU を始めとする諸外国の個人情報保護ルールとの整合性の観点から、複数の新たな規制枠組み
が導入された。これらの新たな個人情報保護ルールは、一般的には個人情報の保護を強化するものであ
り、望ましいものであるとしても、医療ないし医学研究の領域に対してそのまま適用された場合には、
これらの活動に重大な障害を引き起こすことが懸念される。
詳しくは後で述べるが、たとえば、今回導入された「要配慮個人情報」というカテゴリーの情報に関
しては、取得や第三者提供に関して、本人のオプトイン、すなわち事前の積極的な同意が必要であると
いう新たな規制がされることになった。ところが、医学研究においては、患者・被験者から提供された
情報を「匿名化」して、本人を同定することが極めて困難な状態にした上で、公共のデータベースに登
録するなどにより研究者間で情報を共有することが、国際的な慣行として日常的に行われている。今回
の法改正により、仮に、医学研究で用いられる医療情報や遺伝情報が、従来と同様の「匿名化」処理に
よって本人が誰であるかをたどることが極めて困難な状態にしたとしても、依然として個人情報、それ
も「要配慮個人情報」となり、その結果、研究者コミュニティーでの共有化のためにオプトインによる
個別同意が必要であるということになると、研究活動への著しい障害となるおそれもあるところである。
このような懸念がある一方で、近年は、民間事業者が商業ベースで遺伝子解析を行い、各個人の体質
遺伝子などの検査結果を本人に通知するサービスを行う例が出現している。そのような場合に、民間事
業者が保有する遺伝情報がどのように保管・利用されるかについては、適正な形で情報保護のための規
制を行うことも必要であると考えられる。
以上のことを踏まえ、JUMP では、
「ゲノムが作る新たな医療推進委員会」における政策評価・提言
活動の一環として、昨年 10 月より、
「個人識別符号」と「要配慮個人情報」にゲノム情報ないし遺伝情
報が含まれるか否かの問題に関し、検討を行った。これは、今般の個人情報保護法改正に伴う検討課題
はいくつも存在する中で、以上の 2 つの論点については政令指定による具体化が予定されており、他の
諸課題よりも特に迅速な対応が必要であることから、ゲノム委員会内に設置された「政令ワーキンググ
ループ」を中心に、集中的な検討を行ったものである。そしてこのたび、この検討の結果、提言をまと
めるに至ったため、本日その内容を説明する次第である。
2.提言本文の内容説明
提言は 2 部構成となっており、1.が「個人識別符号」に遺伝情報が該当するかどうかの問題、2.
が、
「要配慮個人情報」に遺伝情報が該当するかどうかの問題を扱っている。
(1) 「個人識別符号」と遺伝情報の問題
今回の改正個人情報保護法では、個人情報として 2 つのカテゴリーがあるとされた。第 1 は、改正前
から存在した個人情報の定義による情報(従来型個人情報・1 号個人情報)で、第 2 が今回新たに設け
られた「個人識別符号」である。提言の結論は、遺伝情報は「個人識別符号」にはあたらないものとす
べきであり、政令での指定は見送るべきであるとしている。
ただし、ご注意頂きたいのは、本提言は遺伝情報が従来型個人情報にあたる可能性があることは否定
しておらず、その意味で、遺伝情報がどのような状況にあっても一切規制対象から外れるという主張を
しているものではないということである。先ほども述べた通り、遺伝情報の民間活用などが広がってい
る現状では、適切な形で遺伝情報に対する規制を行うことが必要な場面も出てきており、一切の規制を
外すことは適切でない。ところが、遺伝情報が「個人識別符号」にあたるものとした場合には、氏名や
ID を外すなどの従来型の「匿名化」を行ったとしても個人情報でないとすることはできず、医学研究
での利用に支障を来たす可能性が高いことから、一律に個人情報とするのではなく、状況に応じた柔軟
な規制を行うべきであると主張するものである。
本提言が、遺伝情報が「個人識別符号」にあたらないとする理由は、大きく分けて 2 つある。
第 1 の理由は、改正法の条文解釈上の理由である。改正個人情報保護法の条文に照らして合理的な解
釈を行うならば、遺伝情報の少なくとも一部は、「個人識別符号」にあたるとは言いにくく、政令で遺
伝情報を一律に「個人識別符号」にあたると書くべきではないと考えられる。具体的には、改正法 2 条
2 項 1 号(
「個人識別符号」の定義規定)は「個人識別性」があることを「個人識別符号」の要件の 1
つとしているが、現実に存在する遺伝情報は、ゲノムの一部の DNA 断片に関する情報である場合や、
データの質が悪くエラーが多い場合など、必ずしも個人識別性を有しないものが含まれている。今回の
個人情報保護法の改正は、従来の「個人情報」の範囲を拡大するものではなく、一部の情報が個人情報
に含まれることを明確化するために「個人識別符号」というカテゴリーを新設した、との説明が政府に
よってされているところでもあり、個人識別性のない遺伝情報など、従来から個人情報にあたらないと
されてきた遺伝情報については、
「個人識別符号」に入れるべきではないと考える。
また、2 ページ目の「提言要旨」に書かれた表をご覧頂きたいが、
「個人識別符号」の典型例とされる
指紋認証データや顔認証データとの関係で、遺伝情報がどのような情報であるかということに注意する
必要がある。つまり、個人識別性があるかどうかということで言えば、顔写真も指紋の画像も、個人識
別性があるのは当然であるが、それらは「個人識別符号」として一律に個人情報とする扱いにはならず、
あくまで従来型個人情報の 1 つとして扱われる見通しである。これはつまり、天然に存在するものをそ
のまま書き出したような情報については、汎用性が高く、一律の規制をかけることが適切でないと考え
られる一方で、個人認証用に特別に加工されたデータについては、特別に個人同定の危険性が高いため、
「個人識別符号」として一律の規制を及ぼすこととされたものであるとわれわれは考えている。そうで
あるとすると、遺伝情報も、天然自然に存在する DNA の塩基配列をそのまま表示しただけの情報は、
顔写真や指紋画像に類する汎用性の高い情報であり、これを「個人識別符号」に含めるべきではないこ
とになる。仮に、DNA の塩基配列情報の一部を取り出す形で加工し、特別の個人認証用の情報(「個人
識別遺伝データ」
)を作り出した場合には、
「個人識別符号」となる余地も存在するが、それは全体から
見ればごく一部であり、また現時点ではそのような「個人識別遺伝データ」というものは実際に利用さ
れていないため、あえて「個人識別符号」に指定する必要はないと考えている。
第 2 の理由は、より実質的な運用上の理由である。運用上の問題を起こす要素はいくつかあるが、ま
ず、遺伝情報は、どの程度まで細密に解析すれば個人識別性が出てくるかが科学的にはっきりしておら
ず、また、遺伝情報に類する情報(RNA 配列情報、アミノ酸配列情報、エピゲノム情報等)も存在す
ることから、これらのいずれが「個人識別符号」となるかを適切に切り分けることが難しいという点が
挙げられる。今回の法改正で新たに設けられた「個人識別符号」は、個人情報にあたりうる情報の一部
を、カテゴリカルに切り出して一律に個人情報とするものであり、何が「個人識別符号」として切り出
されるかは、明確に決められなければならない。しかし、遺伝情報は依然として科学的に未解明の部分
が大きいため、そのようなカテゴリカルな規制を行うことが適切でないということである。また、EU
でもデータ保護規則の検討において遺伝情報をどのように扱うかの議論がなされ、ごく最近の議論では、
研究用の情報は規制対象から外すことが決まった、という報道もなされているところであるが、いずれ
にせよ、そのような国際動向を踏まえた上で規制内容を決めるべきである、ということも理由の 1 つと
なっている。
以上のことを踏まえて、本提言では、遺伝情報を「個人識別符号」として一律に個人情報とするので
はなく、情報それ自体の量(どの程度の長さの DNA 断片に関する情報であるか)、質(どの程度正確な
データであるか)、あるいは個人識別性や可変性に関する最新の科学的知見を考慮して、個別的に個人
情報にあたるかどうかを判断するのが望ましい、とするものである。
(2) 「要配慮個人情報」と遺伝情報の問題
本提言が扱った第 2 の問題は、
「要配慮個人情報」の問題である。これも、今回の改正法によって新
たに導入された概念であり、改正法の条文によれば、「人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、
犯罪により害を被った事実」に加え、「その他本人に対する不当な差別、偏見その他の不利益が生じな
いようにその取扱いに特に配慮を要するものとして政令で定める記述等が含まれる個人情報」をいうも
のとされている。ここに、遺伝情報が含まれることになるかが問題となるが、この点につき検討した結
果、本提言では、
「遺伝情報」一般を「要配慮個人情報」とするのではなく、政令において、
「特定の者
が有する DNA の塩基配列を直接表示した情報又は特定の者が特定の遺伝子を保有する旨もしくは保有
しない旨の情報であって、その者に対する不当な差別や偏見その他の不利益をもたらすおそれのある遺
伝子に関連するもの」を「要配慮個人情報」とする内容の規定を置くべきであると結論づけた。
遺伝情報はさまざまな意味内容を含んでおり、病気にかかわる遺伝子も当然存在することから、遺伝
情報の一部が「要配慮個人情報」にあたることは否定できないと考えられる。他方で、遺伝情報のすべ
てがそのような機微性の高い情報であるわけではなく、生物学的な意味が不明な配列部分もかなりの割
合で存在している(最近は使われなくなったが、かつては「ジャンク DNA」という表現で呼ばれたよ
うに、全く意味や機能を持たない DNA 部分もあるのではないかといわれている)
。そこで、機微性の高
い情報につながる危険性の高い遺伝情報についてのみ、「要配慮個人情報」に含めるべきであるという
のが、本提言の内容である。
本提言がこのように考える理由も、大きく 2 つに分けることができる。
第 1 は、条文解釈上の理由である。先ほども述べた通り、改正法は「要配慮個人情報」の定義規定で
ある 2 条 3 項において、
「人種、信条、社会的身分、病歴」などと並べて、
「その他……取扱いに特に配
慮を要する」情報を政令で指定するものとしており、この後段部分は、情報法の専門家によって、「人
種、信条、社会的身分、病歴」に匹敵するような情報でなければならないと解釈されている。すべての
規制対象情報を法律に列挙することはできないので、細部については政令に委任するが、法律の趣旨に
適合する範囲で規制対象を明らかにするように政府に求めているというのが、この条文の一般的な解釈
である。そうすると、遺伝情報に関しても、「病歴」にかかわる情報など、差別・偏見などの不利益に
つながるおそれのある情報のみがあたると解釈することになろう。
第 2 は、ここでもやはり、運用上の理由である。冒頭でも述べた通り、今回の改正法において、
「要
配慮個人情報」の取得や第三者提供に関してはオプトインでの同意取得が必須となることが 1 つの重要
な改正点となっている。しかし、医療や医学研究の現場では、医療情報や遺伝情報が広く「要配慮個人
情報」として扱われるとすると、大きな不都合が生じる可能性が高い。具体的な問題としては、提言の
12 ページに挙げているが、
A)どの時点で「要配慮個人情報」を取得したと言えるかの明確化が必要となる
B)利用目的等を具体的に明示した同意でなければ有効でないと判断される可能性が高い
C)同意能力を欠いた未成年者・精神障害者の場合や既存試料・情報の利用の場合にオプトアウトに
よる第三者提供が必要となる実務状況が存在するが、その場合の利用が完全に封じられる点に関し、
配慮が必要である。
の 3 点が問題となる。
A)と B)は、医学研究が逐次的な発展性を有しており、研究が進行し新たな知見が得られるに従って望
ましい利用のあり方が具体化していく性質を有するため、最初の情報取得時点で明確な利用目的などを
明らかにして同意を得ることができないことによる問題である。オプトインによる同意を取得する際に、
どの程度の厳密さを要求するかの問題であるとも言える。
C)の問題は、さらに深刻である。現在、医学研究全般において、代諾やオプトアウトによる情報利用
が不可欠となっている状況が存在する。まず、法的な同意能力のない子どもや精神障害者の情報を利用
する場合が問題である。このような場合、同意能力のない本人からは有効な同意が取得できないが、個
人情報保護法には親や家族が本人に代わって同意するというしくみ(「代諾」)が存在せず、このような
場合にはそもそもオプトインによる同意を取得できないことになってしまう。子どもや精神障害者を対
象とする研究ができないことになると、これらの者が服用する医薬品を開発できず、何が適切な医療で
あるかを調査することもできなくなる。これは、国民全体に極めて重大な不利益を与えると言わなけれ
ばならない。また、いくつかの場合には、現在の研究倫理指針において、本人の同意がなくとも情報を
利用できる場面があるとされている。その 1 つが、「既存試料・情報」というもので、過去に行われた
研究で蓄積されている細胞試料や情報について、高度の必要があれば、倫理審査委員会の承認を得てそ
の種の情報を別の研究に活用できるというのが現在のルールである。しかし、個人情報保護法はあくま
で本人同意を必要とする立場であるので、倫理審査委員会がよいと言ってもこれらの情報を利用できな
くなる可能性がある。これも、過去の研究の蓄積をすべて廃棄することを求めるに等しく、影響が大き
い。
医療上の利用においても、問題がある。詳細は、13 ページ以下をご覧頂きたい。
こういった事情から、オプトインでの同意が必須となる「要配慮個人情報」は、なるべく狭くするこ
とが必要であると考えられる。この問題は、実は、個人情報保護法が医療や医学研究に対して十分な配
慮を行えていないことの表れでもある。この種の問題に対処するに、本来は、医療や医学研究における
個人情報の取扱いを定めた別の法律を整備する必要があると考えられるが、そのような立法を行うには
年単位の期間が必要であり、その間に医学研究がすべて止まるような事態を起こすわけにはいかないの
で、「要配慮個人情報」に含まれる情報を極力少なくする形で悪影響を最小限に留めることが、現時点
では最善の対応であると考え、このような提言を発表した次第である。
しかし今後は、このような特別立法(
「ゲノム法(仮称)」)の可能性も含め、検討を行うべきであり、
その点を提言の最後に記載している次第である。
以
上