「タカ派的 FRB」が増幅する世界的混乱

藤戸レポート
「タカ派的 FRB」が増幅する世界的混乱
2016 年 1 月 18 日
「金融政策のモンロー主義」
を標榜するFRB
(表 1)
FOMC メンバーは
2016 年に 4 回利上げを想定
「モンロー主義」とは、第 5 代米大統領ジェームズ・モンロー(1817~1825
年)が提唱した米・欧間の相互不干渉政策を指す。転じて、その後は米国
の孤立主義を象徴する慣用句として用いられるようになった。「米国第一主
義」、「米国単独行動主義」とも解釈され、ネガティブなニュアンスが漂う言
葉である。どうも、現在の FRB(連邦準備制度理事会)は、「金融政策のモ
ンロー主義」と呼ぶべき、頑迷さに満ちているように思える。年初にフィッシ
ャー副議長が、「フェデラルファンド・レート(FF 金利)先物は年 2 回の利上
げを読んでいるが、この予測は低すぎる。年 4 回の利上げが大体妥当な線
だ」と述べたことは御伝えした。その後も、アトランタ連銀のロックハート総裁
が、「米国経済が、海外からのショックに対して脆弱になるような深刻な不均
衡は存在していない」と、後追い発言を行っている。また、リッチモンド連銀
のラッカー総裁も、「中国の混乱は、米国の成長見通しに影響を与えていな
い。中国貿易への直接の依存は最小限だ。米国と中国の結びつきは、米
国株の動きで考えるほどのものではない。昨年の米国株は過剰反応を示し
た。2016 年には少なくとも 4 回の利上げが必要だ」と強気姿勢を崩してい
ない(表 1)。確かに、12 月雇用統計において、非農業部門雇用者数が
29.2 万人増、平均時給も前年比+2.5%(予想は下回ったが)と改善が顕著
である(グラフ 1)。自動車販売はやや鈍化したが、年換算で 1,700 万台の高
水準を維持し、住宅も堅調な状況が続いている。米国の国内情勢を見る限
り、FRB の強気も理解できないわけではない。しかし、米国一国が孤立した
経済ではなく、グローバル経済の一員としてビルト・インされていることも、間
違いのない事実である。今週から米決算発表が本格化するが、既に米グロ
ーバル企業の多くは、ドル高や中国を始めとする世界景気鈍化の悪影響を
表明している。資源・エネルギー、素材企業の中には信用リスクが急上昇
し、株価が急落しているものも多い。FRB の強気スタンスには、常軌を逸し
たバイアスが掛かり過ぎているように思える。
<FOMC委員による適正な利上げスピード予測(中央値)の推移・・・(年末値)>
FF金利(%)
2014/9月時点
中央値(%)
2014/12月時点
中央値(%)
2015年末 2016年末 2017年末 2018年末 長期適正
1.375
2.875
3.750
3.75
1.125
2.500
3.625
3.75
2015/3月時点
中央値(%)
0.625
1.875
3.125
3.75
2015/6月時点
中央値(%)
0.625
1.625
2.875
3.75
2015/9月時点
中央値(%)
0.375
1.375
2.625
3.375
2015/12月時点
中央値(%)
0.375
1.375
2.375
3.250
(出所)FRB(米連邦準備制度理事会)のデータをもとにMUMSS作成
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。(35016011833M)
3.50
3.50
2015/12/15-16のFOMC時点
2016 年 1 月 18 日
ストラテジー
マーケット分析
(グラフ 1)
米雇用の改善基調は
継続しているが・・・・
拙劣な「市場との対話」
(グラフ 2)
FF 金利先物
2016 年 12 月限でも 0.685%
バーナンキ前 FRB 議長は、「市場との対話」に関してはマエストロ(巨匠)
と言っても良い巧みさがあった。市場を宥めすかすような巧妙さだ。ところ
が、イエレン議長やフィッシャー副議長は、政策判断は別にしても、「市場と
の対話」を拒否しているような姿勢がある。時には、気まぐれな市場を叱責
することも必要だが、高踏的なスタンスには違和感がある。FF 金利先物は、
今年 12 月限でも 0.685%に留まっている(1/14 時点)。つまり、市場は「年 2
回の利上げ」予測から、「年 2 回さえ無理かもしれない」との判断に傾きつ
つある(グラフ 2)。FRB の強気スタンスとマーケットの慎重姿勢の乖離は、危
険な水準にまで拡大している。このまま FRB が利上げに邁進すれば、投資
家は「米株価が危うい」との解釈を行うことだろう。「リスク・オフ」だ。
(%)
FF金利先物の推移
2.500
(出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成
2017年11月限月
2.000
1.500
1.025%
(1/14)
1.000
2016年12月限月
0.685%
(1/14)
0.500
0.000
2015/1
2015/3
2015/5
2015/7
2015/9
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。(35016011833M)
2
2015/10
2015/12
2016 年 1 月 18 日
ストラテジー
マーケット分析
FRBを痛罵するサマーズ元財
務長官と「新債券王」
サマーズ元財務長官は、「リスクは著しく下振れ方向に傾いている。株価
や成長の弱さを見れば、年 4 回の利上げに世界経済が耐えられたならば
驚きだ。市場も、基本的に私の見方に賛成と思う。向こう 2 年以内に、米金
融政策が逆戻りとなる顕著なリスクがある」と述べ、FRB を批判している。強
引な利上げは世界経済にダメージを与え、FRB が短期間で金融緩和策に
回帰せざるを得ないとの痛烈な発言だ。また、「新債券王」の異名を持つダ
ブルライン・キャピタルのジェフリー・ガンドラック CEO(最高経営責任者)
も、「FRB は存在していないインフレとの戦いで、GDP 成長率に打撃を与え
ている。FRB が利上げのドラムを鳴らし続けた場合、米経済の第 1 四半期
には、実に醜悪な状況を目にする恐れがある」と罵倒している。また、「米製
造業は既に不況下にあり、サービス業がさらに落ち込めば、リセッション(景
気後退)入りの確率は約 50%ある」とも述べている。ポジション・トークのレベ
ルを超えた痛烈な批判である。ISM(供給管理協会)の製造業景況指数は、
12 月も 48.2 と景況判断の分岐点である 50 を大きく下回っている。リーマ
ン・ショック前には、50 後半から 60 超の同指数が、50 割れに下落した場合
には明瞭な「利下げのサイン」だった。確かに、米製造業がリセッションとの
見解は正しい。米鉄道会社 CSX のワード CEO は、「低い燃料価格、商品
安、ドル高等の要因で、貨物輸送は大きく落ち込んでいる。景気後退以外
では経験がないことだ」と述べている。一方、ISM 非製造業景況指数は、同
55.3 と 50 を上回っているが、昨年 7 月のピーク 60.3 からは下落傾向が鮮
明だ(グラフ 3)。ガンドラック氏が、「リセッション確率 50%」と見るのも荒唐無
稽な見方ではない。「新債券王」は一歩言葉を進めて、「今は資本を守る市
場であって、利益を出せる環境ではない」とも述べている。
(グラフ 3)
ISM 製造業景況指数が 50 割れ
非製造業景況指数も鈍化
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。(35016011833M)
3
2016 年 1 月 18 日
ストラテジー
マーケット分析
調整相場入りした米小型株
(グラフ 4)
米小型株指数が
「調整相場入り」
米株式市場は、頑迷な FRB のスタンスに拒否反応を示している。既に中
国減速や、「原油価格急落→産油国の財政赤字拡大→政府系ファンドによ
る株式売却」という「オイルマネーの逆流」が、世界的な株安の背景にあるこ
とは指摘した。しかし、FRB にバーナンキ流の柔軟性があれば、ここまでスト
レートに株価がダメージを受けることはなかったかもしれない。年初来のパ
フォーマンスは、ダウ工業株 30 種平均▲7.3%、ナスダック総合指数▲9.6%
に達した(1/13 時点)。注目すべきは、小型株指数であるラッセル 2000 指
数が▲11.0%に達していることだ。同指数は、昨年 6/23 に史上最高値
1,295 をマークしたが、1/13 に安値 1,005 まで売り込まれた。高値からの下
落率は▲22.4%で、「20%以上の下落は調整相場入り」というセオリーに抵触
している。同じく、ナスダックのバイオテック指数も、昨年 7/20 史上最高値
4,194 から 1/13 安値 2,926 で▲30.2%に達し、調整相場入りだ(グラフ 4)。
金融政策や景況感の影響を受けやすい小型株の調整は要注意である。
(P)
米小型株指数の推移
1,600
(P)
4,500
4194
(7/20)
(出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成
1,500
4,000
ナスダック
バイオテック指数(右)
1,400
3,500
1295
(6/23)
1,300
3,000
2926
(1/13)
1,200
2,500
1,100
ラッセル2000指数(左)
2,000
1,000
900
2015/4
卓越した「FANG」の株価へも
影響が及ぶ
1005
(1/13)
1,500
2015/5
2015/6
2015/7
2015/9
2015/10
2015/11
2016/1
「FANG」とは、フェイスブックの F、アマゾン・ドット・コムの A、ネットフリック
スの N、グーグル(現アルファベット)の G を合わせた造語である。大胆な発
言で人気の株式評論家ジム・クレイマー氏が生みの親だ。昨年はこの
「FANG」の業績が素晴らしかった。昨年 1 年間の株価パフォーマンスも、フ
ェイスブック+34.1%、アマゾン+119.0%、ネットフリックス+129.4%、アルファ
ベット+46.6%と輝くものだった。特にネットフリックス、アマゾンはナスダック
100 指数(106 銘柄で構成)で、ワン・ツー・フィニッシュを達成した。ところ
が、今年は 1/13 までのパフォーマンスで、アマゾン 84 位▲13.9%、フェイス
ブック 54 位▲8.8%、アルファベット 44 位▲7.7%、ネットフリックス 35 位▲
6.8%と芳しくない(ちなみにワーストで目立つのは、アップル関連の電子部
品会社スカイワークス 101 位▲19.0%、HDD のウェスタンデジタル 99 位▲
16.7%、電気自動車のテスラモーターズ 98 位▲16.5%が目立つ)(グラフ 5)。
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。(35016011833M)
4
2016 年 1 月 18 日
ストラテジー
マーケット分析
(グラフ 5)
昨年度の「主役」が
新年度は軟調に推移
(ドル)
(ドル)
「FANG」の株価推移
900
200
(出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成
800
180
700
160
600
140
500
120
400
100
300
80
200
100
0
2015/1/2
2015/3/13
2015/5/21
アマゾン(左)
アルファベット(左)
フェイスブック(右)
ネットフリックス(右)
2015/7/30
2015/10/7
2015/12/15
60
40
もちろん、ナスダック 100 指数が年初来▲8.9%と全面安になっていることが
大きな要因だが、アマゾンのアンダー・パフォームは目に付く。背景には、
「リターン・リバーサル」(割高な人気株を売って、割安な不人気株を買う。機
関投資家が年初によく用いるタクティクスだ)がある。ダウ工業株 30 種平均
で、昨年のワースト・パフォーマーはウォルマート・ストアーズ▲28.6%だっ
た。そのウォルマートが、1/13 時点ではダウ工業株 30 種平均で唯一プラス
1.0%をマークしていた。特に年明け 1/4 からの 4 連騰は圧巻だった。昨年
は、「旧来の対面ビジネスのウォルマート売り=e コマースの星アマゾン買
い」のロング&ショートが大きな成果を収めた。今年は、その巻き戻しが出て
いると見るのが妥当だろう。しかし、FRB の利上げ傾斜が前のめりにならな
ければ、これほど「FANG」に利益確定売りが出ることもなかったのではない
か。アップル及び同社へのサプライヤー(部品供給会社)の株価が大幅安
になっていることも、同じロジックと思われる。つまり、FRB の利上げスタンス
が、悪材料に敏感な地合いを形成しているのだ。
CRB指数は3分の1に下落
しかし、まだ「FANG」はマシな方だ。深刻なのは、言うまでもなく、資源・
エネルギー、素材関連企業である。原油価格の下落には、全く歯止めが掛
かっていないが、それ以外の非鉄金属、鉄鉱石、原料炭や穀物等の農産
物に至るまで、広汎なコモディティ価格の下落が一段と顕著になっている。
代表的なコモディティ指数である CRB 指数先物は、1/12 安値 161.4 まで
売り込まれた。2008 年 7 月の史上最高値が 473.9 であり、約 3 分の 1 に下
落している。市場では、原油価格の下落がフォーカスされているが、ニッケ
ル先物は 2007 年 5 月高値 1 メトリックトンー51,800 ドルが、今年 1/12 には
8,100 ドルにまで売り込まれた。6 分の 1 以上の下落である(グラフ 6)。その
他非鉄金属、鉄鉱石も、多少の差こそあれ、同工異曲の厳しい状況だ。
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。(35016011833M)
5
2016 年 1 月 18 日
ストラテジー
マーケット分析
(グラフ 6)
長期下落トレンドが
続く商品市況
(ドル/メトリックトン)
商品市況の推移
(P)
70,000
550
(出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成
473.9
(2008/7)
500
60,000
450
51800
(2007/5)
400
50,000
CRB指数(右)
350
40,000
300
250
30,000
200
20,000
150
161.4
(2016/1)
ニッケル先物(左)
100
10,000
50
8100
(2016/1)
0
2007/1
苦境に喘ぐ資源・エネルギ
ー、素材の巨大企業
(表 2)
資源・エネルギー、
素材関連株の急落
0
2008/4
2009/7
2010/10
2012/2
2013/5
2014/8
2015/12
このコモディティ価格の下落に関しては、既に中東産油国の影響を指摘
したが、ブラジル、ロシア、オーストラリア、カナダ等の国家財政に深刻な影
響を及ぼしている。しかし、それ以上にシビアなのは、資源・エネルギー、素
材関連のグローバル企業である。抽象的な文言を並べるよりも、以下の表
を御覧いただこう(表 2)。
銘柄名
上場国
業種
CDS(bp)
株価・史上最高値
1/13株価
下落率
ピーボディ・エナジー
米国
石炭採掘
8,901
2008年 1,330ドル
4.0ドル
332分の1
ペトロレオス・デ・ベネズエラ
非上場
石油探鉱・生産
7,163
-
-
-
チェサピーク・エナジー
米国
石油・ガス生産
4,075
2008年 69.9ドル
3.6ドル
19.4分の1
AKスチール
米国
炭素・ステンレス鋼生産
3,633
2008年 73.0ドル
2.0ドル
36.5分の1
USスチール
米国
鉄鋼大手
3,155
2008年 196.0ドル
6.7ドル
29.2分の1
フリーポート・マクモラン
米国
非鉄金属・石油生産
2,050
2008年 59.9ドル
3.7ドル
16.2分の1
トランスオーシャン
米国
原油掘削
1,745
2008年 163.0ドル
9.8ドル
16.6分の1
アングロ・アメリカン
英国
鉱山メジャー
1,357
2008年 3,683ペンス 231.4ペンス
15.9分の1
アルセロール・ミタル
オランダ
鉄鋼大手
1,113
2008年 64.3ユーロ
3.1ユーロ
20.7分の1
ペトロブラス
ブラジル
石油公社
1,097
2008年 63.9レアル
6.8レアル
9.4分の1
グレンコア
シャープ
英国
日本
鉱山・穀物メジャー
電機
1,060
916
2011年 487.5ペンス 71.8ペンス
1999年 2,675円
114円
6.8分の1
23.4分の1
ブラジル
鉱山メジャー
876
2008年 70.7レアル
7.8分の1
ヴァーレ
9.0レアル
*出所 ブルームバーグのデータをもとにMUMSS作成。CDSはベーシス・ポイント。株価共に2016年1/13時点
各企業の苦境を理解いただくために、皆さん御存じのシャープの CDS
(クレジット・デフォルト・スワップ)スプレッドと株価下落率を挿入してある。シ
ャープとの比較において、どういう状況かを類推していただきたい。深刻を
通り越して、財務体質の悪化は苦闘あるいは煩悶と呼んでもおかしくないレ
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。(35016011833M)
6
2016 年 1 月 18 日
ストラテジー
マーケット分析
ベルの企業が並んでいる。また、通常株価は何%の騰落という表現を使う
が、「数分の 1」から「数十分の 1」の大暴落が目白押しだ。当然ながら、資
源・エネルギー企業の信用リスクは「成層圏」にある。シェール関連等の米
独立系エネルギー企業の破綻は相次いでいる。法律事務所ヘインズ&ブ
ーンによると、昨年は 42 社が破綻し、負債総額は 170 億ドルを超えている
とのことだ。チェサピーク・エナジーは S&P500 種構成銘柄であり、ピーボデ
ィ・エナジーも 2014 年まで採用されていた。注目すべきは、OPEC(石油輸
出国機構)加盟国ベネズエラの状況だ。故チャベス元大統領の反米・資源
ナショナリズムによって、エクソンモービルは海外に放逐された。そこから、
原油生産の大混乱が始まった。ペトロレオス・デ・ベネズエラは非上場だ
が、CDS は危機ゾーンにある。ベネズエラ国債も 6,000bp 前後にあり、
「OPEC 加盟国のデフォルト」という珍現象が起こるリスクもある(グラフ 7)。
「オリノコ・タール」と呼ばれる超重質油を含めると、ベネズエラはサウジアラ
ビアを凌駕して原油埋蔵量世界第 1 位である。いわば「原油の上に浮かぶ
国」だが、政治的混乱で国民生活は疲弊の極みにある。
(グラフ 7)
6,000bp を上回る
ベネズエラのCDSスプレッド
(bp)
ベネズエラのCDSスプレッド推移
9,000
(出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成
8,000
7,000
6,000
5,000
4,000
ベネズエラ
CDSスプレッド
3,000
2,000
2015/1/1
積極的なM&Aが裏目に出る
巨大さに耐えかねるアルセロー
ル・ミタル
2015/3/13
2015/5/25
2015/8/4
2015/10/14
2015/12/24
素材企業も、同様な苦境にある。フリーポートマクモランは、世界屈指の
非鉄金属企業だ。インドネシアのイリアンジャヤに、世界最大級の金・銅鉱
山を保有している。2013 年に多角化を目指し、石油・ガスの開発・生産会
社 2 社を総額 190 億ドルで買収したのが大失敗となった。株価も史上最高
値から約 16 分の 1 だ。一方、鉄鋼業も苦しい。中国の鉄鋼過剰在庫は、
強烈な安値による輸出ドライブを招き、世界的に鋼材価格の急落を招いて
いる。米国を代表する US スチールの CDS スプレッドは、3,000bp 前後で推
移している。株価は史上最高値から約 29 分の 1 の暴落だ。世界的な M&A
(合併・買収)の連続で名を馳せたアルセロール・ミタルも、今やその巨大さ
と重みに耐えかねている。株価も約 20 分の 1 だ(グラフ 8)。ブラジル経済の
2 枚看板であったペトロブラス、ヴァーレも厳しい。ペトロブラスは国有企業
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。(35016011833M)
7
2016 年 1 月 18 日
ストラテジー
マーケット分析
(グラフ 8)
アルセロール・ミタル
US スチール
20 分の 1 以下に
(ユーロ)
(ドル)
世界の鉄鋼株の株価推移
140
220
196.0
(2008/6)
(出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成
200
120
180
160
100
140
USスティール(右)
80
120
64.3
(2008/6)
100
60
80
40
60
40
20
アルセロール
・ミタル(左)
0
2007/1
20
0
2008/6
2009/11
2011/4
2012/10
2014/3
2015/8
でありながら贈収賄問題で大きく動揺し、ブラジル政界までも機能停止させ
ている。鉄鉱石世界 1 位のヴァーレも、中国向け鉄鉱石スポット価格が史
上最高値の約 5 分の 1 以下に暴落したことが大ダメージとなった。英国上
場の鉱山メジャーであるアングロ・アメリカン、グレンコアも、生き残りのため
に大リストラ策を発表している。穀物メジャーであったグレンコアは、2013 年
にスイスの資源メジャー・エクストラータを約 295 億ドルで買収したが、典型
的な高値掴みとなった。フリーポートと並んで、積極策が裏目に出た例であ
る。これが、中国を始めとする新興国需要の急減で、苦悶する企業の赤
裸々な実態である。もし、こうした巨大企業の経営が行き詰まれば、大手金
融機関を含めた「システミック・リスク」へと連鎖する恐れが台頭することにな
ろう。FRB の硬直した利上げ姿勢には、重大な懸念が残る。
高まる日本企業の下方修正懸
念
当然ながら、コモディティ価格急落の影響は日本企業にも及ぶ。1/13、
住友商事はマダガスカルのニッケル鉱山開発に関する減損処理で 770 億
円の損失を計上すると発表した。同社は、2015/3 期にもシェール開発関連
で 3,100 億円の減損損失を計上している。この流れが他社に波及する可能
性は濃厚だ。鉱業、石油、商社、非鉄金属、鉄鋼、海運等は、業績下方修
正のリスクが高まっている。また、ドル/円相場が、12 月日銀短観における
大企業・製造業の想定為替レート「1 ドル=119.40 円」よりも円高傾向に振
れており、自動車、電機、精密等の輸出関連株も、従来の為替差益が期待
できない状況になっている。そこに、アップルの iPhone6s の売り上げ不振
等の悪材料が加われば、先行きの見通しは非常にネガティブなものにな
る。日本株上昇の要因としては、今まで「好調な企業業績」が一番に挙げら
れてきた。ところが、下方修正懸念の高まりで、投資家は一段と慎重姿勢に
傾斜している。1/14 には、日経平均の EPS(一株当り利益)が、とうとう
1,196 円にまで下落してしまった(QUICK データ)(グラフ 9)。
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。(35016011833M)
8
2016 年 1 月 18 日
ストラテジー
マーケット分析
(グラフ 9)
下方修正となった
日経平均の予想 EPS
(倍)
日経平均と予想EPSの推移
(円)
1,800
23,000
(出所) AstraManagerのデータをもとにMUMSS作成
22,000
20952
(6/24)
1,700
21,000
20012
(12/1)
1,600
20,000
1,500
19,000
日経平均(右)
18,000
1,400
17,000
16901(9/29)
1,300
1,200
1175
(11/30)
16944
(1/14)
16,000
15,000
予想EPS(左)
1196
(1/14)
14,000
1,100
13,000
1,000
2015/4
業績予想と妥当株価の「いた
ちごっこ」
ギアリング商品は避ける
FRBのハト派変身を望む
12,000
2015/5
2015/7
2015/8
2015/10
2015/11
2016/1
波乱相場で一番頼りになるのは、バリュエーションによる割安感だ。ところ
が、肝心な業績に下振れリスクが高まっている。つまり、現時点の EPS は
1,196 円だが、信頼性に欠ける状況になっているのだ。既に昨年ピークから
約 70 円の下方修正となれば、今後もその傾向が続くことをリスク・シナリオと
して考慮しなければならない。「予想 PER14 倍は買い」と主張し続けてきた
が、その 14 倍ラインがジリジリと後退している。EPS が「逃げ水」のように遠
ざかって行く。つまり、業績予想と妥当株価が、「いたちごっこ」のような状況
なのだ。1/14 の 1,196 円をベースにすれば、日経平均で 16,744 円の水準
が算出されるが、おそらく下振れリスクをカウントすれば 16,500 円レベルま
で覚悟しておくべきであろう。日経平均の 17,000 円台前半からは買いの目
で見て良いと考えているが、16,500 円レベルまで買い下がるつもりで、十分
な時間分散を行う必要がある。戦線が混乱し、情報が錯綜すれば戦略予備
師団が重要な意味を持つ。投資マネーには十分な余裕を持って、相場急
変に対処できる冷静さを持ちたい。この荒れ相場では、「日経レバレッジ投
信」等のギアリングを掛けた商品は避けるべきである。「うまくやれば 2 倍儲
かる」のが謳い文句だが、「失敗すれば倍ヤラレる」のも事実だ。国内大手
証券の日経平均先物の残高推移は興味深い。昨年 12/30 時点では、
61,344 枚のロングだった。もちろん、全てが「日経レバレッジ投信」にかかわ
る残高ではないが、かなりのシェアを占めているものと思われる。「株を枕に
新春相場」の思惑が失墜し、大発会▲3,926 枚、1/6▲2,874 枚、1/7▲
4,102 枚等、正月は投げから始まっている(グラフ 10)。天才的な相場師なら
別だが、荒れ相場でギアリングを掛けるのは銭失いの近道と考える。地道に
TOPIX コア 30 銘柄の下げ止まりを待つべきであろう。
セントルイス連銀のブラード総裁はタカ派(金融引き締めに積極的)の色
彩が極めて濃厚だった。しかし、さすがにマズイと思ったのかトーンを転調さ
せている。「原油価格の下落が 1 年半にわたっており、市場ベースのインフ
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。(35016011833M)
9
2016 年 1 月 18 日
ストラテジー
マーケット分析
(グラフ 10)
大発会以降
先物の「投げ」が進行
日経レバ(1570)と国内大手証券の先物売買動向
(枚)
18,000
(円)
(出所)AstraManagerのデータをもとにMUMSS作成
18,000
15,000
16,000
12,000
日経レバ(1570・右)
14,000
9,000
6,000
12,000
国内大手証券
日経先物売買(左)
3,000
10,000
0
8,000
-3,000
-6,000
FRBのハト派変身を望む
(グラフ 11)
年初の下落率、2008 年を
上回った 2016 年相場
11/13
11/24
12/2
12/10
12/18
12/29
6,000
1/8
レ期待の低下が気になりつつある。自分の強気見通しは本当に正しいのか
と感じ始めている」と述べ、タカがハトに変身する予兆を感じさせている。こ
のブラード総裁の変化は、米株式市場でも好意的に捉えられ、1/14 の相
場は反発した。ただし、まだ十分ではない。イエレン議長、フィッシャー副議
長に変身の兆しが出れば、さらに市場は好感することだろう。中国・新興国
や、中東、ロシア、ブラジル等の資源国が混乱を深める中で、もし FRB が
粛々と利上げを続ければ、これは破局のシナリオである。リーマン・ショック
が起こった 2008 年は、大発会からの 5 日間で日経平均が 6%の下落となっ
た。今年は、最初の 5 日間で 7%の下落である。2008 年の日経平均年間下
落率は▲42%だった(グラフ 11)。FRB のハト派変身を強く望む。
(円)
日経平均の推移
24,000
年
22,000
20,000
18,000
日経平均
15,308
2007
2008
8,860
2009
10,546
2010
10,229
2011
8,455
2012
10,395
2013
16,291
2014
17,451
2015
19,034
2016
17,147
2016年は1/15現在
2008年
16,000
14,000
騰落率(% )
-11.1
-42.1
19.0
-3.0
-17.3
22.9
56.7
7.1
9.1
-9.9
20952
(2015/6)
12,000
日経平均
10,000
8,000
藤戸 則弘
投資情報部長
6,000
4,000
2007/1
6994
(2008/10)
2008/4
2009/7
(出所)BloombergのデータよりMUMSS作成
2010/11
2012/2
巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。(35016011833M)
10
2013/6
2014/9
2016/1
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