円板モデルによる丸のこの振動に関する基礎的研究

SURE: Shizuoka University REpository
http://ir.lib.shizuoka.ac.jp/
Title
円板モデルによる丸のこの振動に関する基礎的研究
Author(s)
岩田, 弘
Citation
p. 1-111
Issue Date
URL
Version
1998-06-22
http://doi.org/10.11501/3138522
ETD
Rights
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静岡大学 博士論文
円板モデルによる丸のこの
振動に関する基礎的研究
1998年3月
岩
田
弘
目
次
頁
第1章 序論
1
1.1 研 究 の 背 景
1
1.2 従 来 の 研 究
2
1.3 本 論 文 の 構 成
4
第2章 回転円板の振動と腰入れ効果
9
2.1 目 的
9
2.2 解 析
1 0
2.3 実 験
1 5
2.3.1 実 験 方 法
1 5
2.3.2 実 験 結 果
2 0
a. 通 常 円 板 の 非 回 転 時 固 有 振 動 数
2 0
b. 腰 入 れ に よ る 固 有 振 動 数 の 変 化 と 残 留 応 力
2 0
c. 回 転 時 の 固 有 振 動 数 の 変 化
2 4
d. 伝 達 関 数
2 6
2.4 ま と め
2 6
第3章 熱応力を受ける円板の振動と腰入れ効果
2 9
3.1 目 的
2 9
3.2 解 析
2 9
3.3 実 験
3 3
3.3.1 実 験 方 法
3 3
3.3.2 実 験 結 果
3 6
a. 円 板 の 温 度 分 布
3 6
b. 内 外 周 温 度 差 に よ る 固 有 振 動 数 の 変 化 と 熱 座 屈
3 6
i
c. 内 外 周 温 度 差 に よ る 伝 達 関 数 の 変 化
4 1
3.4 ま と め
4 2
第4章 静的面外変位による回転円板の腰入れ効果評価法
4 5
4.1 目 的
4 5
4.2 腰 入 れ 応 力 が な い 場 合 の 解 析 と 実 験
4 6
4.2.1 解 析 方 法
4 6
4.2.2 解 析 お よ び 実 験 の 結 果
4 8
4.3 腰 入 れ 応 力 が 存 在 す る 場 合 の 解 析 と 実 験
5 1
4.3.1 解 析 方 法
5 1
4.3.2 解 析 お よ び 実 験 の 結 果
5 5
a. 付 加 応 力 の 最 大 値 A の 影 響
5 6
b. 付 加 応 力 の 半 径 r a お よ び 幅 s の 影 響
6 0
c. 腰 入 れ 総 量 (A×s)一 定 の 場 合
6 0
4.4 ま と め
6 2
第5章 熱応力を受ける円板の振動とスリットの効果
6 3
5.1 目 的
6 3
5.2 解 析 と 実 験
6 4
5.3 解 析 お よ び 実 験 の 結 果
6 6
5.3.1 内 外 周 温 度 差 に よ る 固 有 振 動 数 の 変 化
6 6
5.3.2 ス リ ッ ト 長 さ に よ る 固 有 振 動 数 の 変 化
6 6
5.3.3 ス リ ッ ト 数 に よ る 固 有 振 動 数 の 変 化
7 1
5.3.4 臨 界 回 転 数 へ の ス リ ッ ト の 効 果
7 3
5.4 ま と め
7 7
第6章 粘弾性サンドイッチ構造円板の振動
7 9
6.1 目 的
7 9
ii
6.2 解 析
8 1
6.2.1 サ ン ド イ ッ チ 構 造 円 板 の 基 礎 式
8 1
6.2.2 ロ ス フ ァ ク タ の 影 響 を 考 慮 し た 解 法
8 9
6.3 結 果
9 2
6.3.1 ロ ス フ ァ ク タ γの 影 響
9 4
6.3.2 パ ラ メ ー タ g の 影 響
9 4
6.3.3 パ ラ メ ー タ Y の 影 響
9 5
6.3.4 振 動 モ ー ド
9 7
6.4 ま と め
9 8
第7章 総括
9 9
参考文献
103
本研究における公表論文
109
謝辞
111
iii
iv
Chap.1
第1章 序論
1.1 研究の背景
丸のこ(チップソー,Fig. 1.1)による金属材料部材の高速切断技術が,自動車産
業をはじめとする多くの産業分野において,重要な役割を担ってきている.
最近の丸のこを用いた高速切断においては,旋削やフライス加工など通常の機械加
工で用いられる切削速度 1∼10 m/s をはるかに上まわる切削速度 20∼80 m/s が常識
となってきている.しかもこのときの切断面は,従来の丸のこによる切断面と比べる
と,バリの発生量や切断面の表面粗さなどにおいて,格段によい品質を実現している.
また高速回転によって,生産性などの面でも優れており,多くの適用事例でコストメ
リットを上げている.
このような高速切断を実現する丸のこの技術は,刃先工具に関する技術と親板と呼
ばれる台金に関する技術の両方に支えられている.
まず刃先工具に関する技術について見ると,主に工具材種に関する技術と工具形状
に関する技術に分けられる.概して言うと,工具形状は切り屑の流れや排出を良くす
るように決められるため,主に被削材の物性に依存して決められる.また,工具材種
は,被削材との親和性などを考慮しつつ,常に硬さと靭性の向上のために多くの研究
努力がはらわれている.
次に親板に関しては,丸のこが実用化されて以来,刃先工具の改良と共に可能にな
った回転数の高速化により,「腰入れ(Tensioning)」と「スリット」が開発され,導
入されてきた.これらの技術は親板の進歩の歴史において最も重要な発明と考えられ,
最近になって制振構造が親板に導入されるまで,これらの技術に匹敵する進歩は無か
ったと言っても良いと思われる.また,この間に注がれた技術的改良のほとんどすべ
ては,この腰入れとスリットに関連したものと言っても過言でない.
ところが,この丸のこの親板に関する研究は必ずしも充分とは言えない.
丸のこは薄い円板状の親板の外周に刃具を付けた構造である.この薄板構造のため
1
Chap.1
に,板面の面外方向の曲げ剛性はかなり低く,振動を生じやすい.丸のこをモデル化
した円板の振動モードの例を Fig. 1.2 に示す.
従って,このように低剛性構造の丸のこを用いて高速切断を行うためには,丸のこ
の動的安定性が最も重要な役割を果たしており,この向上が求められている.この目
的のために,従来から丸のこの製造現場では腰入れ処理が行われてきた.適切な腰入
れ処理をした丸のこでは,工具寿命が飛躍的に伸びることが知られている.しかし,
もし腰入れ処理が全く行われなかったり,また不十分であったりすると,特に高速回
転時に丸のこが不安定になり,まったく切断加工を行うことができなくなる.ときに
は,丸のこそのものを破壊してしまう場合もある.また,腰入れ処理が過剰に行われ
ても,やはり切断性能が低下することが知られている.
このように工具としての性能に重要な役割を担う腰入れ処理は,比較的古くから行
われていたにもかかわらず,未だに熟練した技術者の経験に頼っているのが実態であ
る.
このほかスリットについても,経験的にスリットが入れられているのが実状である.
スリットには切断加工時の静音化の効果なども言われるが,いずれにしてもその機能
が十分に明確にはなっていない.
1.2 従来の研究
現時点までにおいて,丸のこの親板に関する研究は少ない.まとめられた解説書は
坂井(1)が,チップソーについて実務的な解説書を著している外には見当たらない.
丸のこを円板の振動問題として扱った研究を簡単に振り返ってみると,概ね以下の
ようになる.
まず,丸のこの振動解析に関して最も基礎となる円板の振動問題は,Lamb と
Southwell(2)(3)によって初めて,基礎式とその解が求められた.
また,丸のこの腰入れに関しては,林 (4)が初めて,腰入れを温度分布に置き換えて,
その固有振動数の変化を研究した.その後,木村ら(5)-(8),Mote C.D.,Jr.ら(9)-(11),Schajer
G.S.(12),Szymani R.(13)および Valadez L.(14)が幅の狭いローラ腰入れについて実験的
2
Chap.1
および理論的に詳細な解析を行った.また,長南ら(15)は危険回転数について,松久ら
(16)(17)
は周辺の一部が拘束された石材用丸のこについてそれぞれ振動解析を行い考察
した.この他にも同一分類のいくつかの研究(18)-(22)が行われている.
Tip
Slit
Sawblade
Fig. 1.1
Tipped saw.
3
Chap.1
(0,0)
(0,1)
(0,2)
(0,3)
(0,4)
(0,5)
Fig. 1.2 Vibration modes of a disk.
(m,n), m:nodal circle, n:nodal diameter.
1.3 本論文の構成
本論文は,丸のこを単純なモデルとした円板を用いて,腰入れやスリットなどの効
果を振動問題で説明することを目的としている.まず,丸のこの半径方向に幅広く処
理した腰入れについて, 機械力学的な視点からその挙動を捉えて実験および解析す
る.このことにより,腰入れ処理およびスリットと,固有振動数および危険回転数と
4
Chap.1
の関連を研究し,これらが動的安定性の向上に必要であることを明らかにする.
さらにこのことから,より振動減衰性能の優れた制振構造を持つ粘弾性サンドイッ
チ構造円板の丸のこへの適用を行う.
本論文では,腰入れの解明,加工時に果たす腰入れの役割,腰入れ処理の評価方法,
加工時に果たすスリットの役割,そして,サンドイッチ構造円板の制振特性について
解明することを目的とする.
まず第2章では,回転円板振動に与える腰入れ効果についての基礎的研究を行う.
ここでは,海外で行われている腰入れ方法のように一定の半径だけにくぼみが残るほ
ど強くローラを押しつける(3)-(12)のではなく,チップソーの親板全体に幅広く分布させ
る腰入れ処理の場合について,単純な円板モデルで解析と実験を行う.まず,腰入れ
応力について,腰入れ処理で生ずる残留応力分布を計測し,ガウス分布型等方性付加
応力によって生ずる応力分布と比較し一致することを確認する.さらに,この応力分
布の影響による固有振動数の変化を計算し,計測値と比較する.このとき節直径数2
の振動モードの臨界回転数以上の回転数領域においては,円板の伝達関数が増加し不
安定となる.しかし,腰入れ処理を行うことによって,節直径数2以上の振動モード
の固有振動数は高くなり,丸のこの臨界回転数が高速になる.このことにより動的に
安定な回転数領域が拡大し,同時に,安定性も向上することを示す.
第3章では,切断加工時の温度分布による熱応力を受ける丸のこでの,振動に与
える腰入れ効果について述べる.ここでも,単純な円板モデルで実験と解析を行った.
非回転時は,円板周辺部と中心部の温度差の増加に伴い,節直径数2以上の振動モー
ドの固有振動数は減少し,円板が熱座屈する.この間,この非回転時固有振動数の減
少に伴い,回転時の臨界回転数は減少する.しかし腰入れ処理を行うことにより,節
直径数2以上の振動モードの固有振動数,臨界回転数および熱座屈温度を高くするこ
とができる.熱座屈するまでは,この振動モードの動的安定性は悪くなるが,腰入れ
処理により改善することができる.さらに熱座屈を生じる温度差以上の状態について
も,振動モードごとの固有振動数の変化特性などについても明らかにする.
第4章では,静的面外変位の計測による回転円板の腰入れ効果評価法の研究を行う.
すなわち,丸のこで行われている腰入れ処理の効果を製造段階で予測するための評価
5
Chap.1
法について,実験と解析を行う.実際に使用されているこの評価方法の根拠を明らか
にするために,外周上の1点で面外方向に集中荷重を受ける円板の面外変位と腰入れ
処理の関係を解析的・実験的に研究する.まず,外周上で面外方向に集中荷重を受け
る円板について,腰入れ応力などの面内応力が存在する場合の解析を行い,面外変位
が実験値と一致することを確認する.さらに,腰入れ処理と等価な等方性付加応力の
最大応力値やその半径および幅による面外変位の変化の傾向を求める.その結果,特
に最大応力値においては,臨界回転数と剛性のバランスから最適な値が存在すること
や,本評価法が腰入れ効果の評価法として妥当な方法であることなどを示す.
第5章では,加工熱による熱応力を受ける場合の振動に,丸のこの周辺に設けら
れている半径方向スリットが果たす効果について述べる.熱応力を受け,周辺に半径
方向スリットを有する円板の動的挙動について,実験と有限要素法による解析を行う.
その結果,熱応力による固有振動数への影響はスリットが長くなるほど少ない.一定
のスリット長さの場合,スリット数が増すにつれて,危険回転数を決める振動モード
の固有振動数は高くなるが,スリット数3本以上ではほぼ一定となる.振動モードの
節直径数の2倍が,スリット数またはその公倍数と一致する場合,この振動モードは
位相が異なる sin モードと cos モードに分かれる.スリット長さの増加と共に, sin
モードの振動数は急激に減少する.このような検討から円板の周辺と中心の温度差に
よる臨界回転数を最大にする最適なスリット長さについて述べる.
第6章では,粘弾性サンドイッチ構造円板の振動に関する研究を行う.この章で
は,粘弾性樹脂を挟んだサンドイッチ構造円板について,振動解析と実験を行った.
ここで用いる解析法では,ロスファクタの影響を考慮して固有振動数を導くことがで
きる.この結果によると,ロスファクタを無視した解析法を用いた場合に比べて,ロ
スファクタの影響を考慮した解析法を用いた場合の固有振動数は大きくなる.特にロ
スファクタが大きい場合,固有振動数の差も大きくなる.ロスファクタは,粘弾性層
のせん断係数や厚さなどからなる二つのパラメータによって決まり,最適な組み合わ
せによって,サンドイッチ円板のロスファクタを最大にできることについて述べる.
第7章では,一連の本研究についての総括を行う.
6
Chap.1
7
Chap.2
第2章 回転円板振動に与える腰入れ効果
2.1 目的
丸のこの腰入れに関しては,これまでにもいくつかの研究報告(1)-(9)がある.しかし
ながらこれらの報告は,幅の狭いローラを用いて一定の半径部分にのみ強く塑性変形
を生じさせるローラ腰入れについての研究である.しかし一般的には,丸のこの親板
全体に幅広く施す腰入れ(以下,特に断らない限り,このタイプの腰入れを単に「腰
入れ」と言う)処理が実施されている.このような親板全面に分布させた腰入れ処理
についての研究報告は,まったく見あたらない.このような背景もあってか,今だに
腰入れ工程は自動化には程遠く,これまでの経験に頼って処理しているのが実態であ
る.
θ
r
b
c
r
a
h
Fig. 2.1
Disk and cylindrical coordinate.
このため本章では,まず基礎的な検討として,腰入れ処理の有無のみ異なる二枚の
9
Chap.2
回転円板について,エネルギー法により振動解析を行ない,動的不安定となる危険回
転数について検討する.さらに腰入れ処理については,腰入れ円板の残留応力分布の
計測結果から,腰入れ処理を等方性付加応力でモデル化し,これによる固有振動数へ
の影響をエネルギー法により求める.そしてさらに,両円板の伝達関数計測から腰入
れにより動的安定性の向上がはかられていることを確認する.
2.2 解析
解析においては丸のこを単純モデル化する.Fig. 2.1 に示すように,外半径 a,穴半
径 b(または,フランジ半径 c ),板厚 h の円板について解析を行う.
まず静止状態での円板の固有振動数を求める.半径 r および円周角 とした円柱座
標系において,時間を t,円板の面外変位を w(r ,θ , t )とすると,基礎式は,
D∇ 4 w + ρ h
∂ 2w
=0
∂ t2
(2.1)
である.ここで,D,∇はそれぞれ,曲げ剛性,ラプラシアン演算子であり,
D =
Eh 3
,
12(1 − ν 2 )
∂2
1 ∂
1 ∂2
∇ =
+
+
∂ r2 r ∂ r r2 ∂ θ 2
2
である. また,ρ ,E ,νは円板における密度,縦弾性係数,ポアソン比である.
いま (2.1)式において,節円数 m および節直径数 n の振動モード(m,n)について,一
般解 wmn(r ,θ , t )を,次式のように変数分離形で表せるものと仮定する.
wmn = Rmn ( r ) sin(nθ ) sin(ω mn t )
(2.2)
ここで ωmn は振動モード(m,n)の固有振動数である. (2.2)式を(2.1)式に代入して,円
周角θと時間 t の項を整理し,半径 r について展開するとベッセル型微分方程式が得
られる.これから,Rmn(r)の一般解を得ることができる(10).ここで,κmn 4=ρhωmn2/D と
すると,
10
Chap.2
Rmn (r ) = αmn Jn (κ mnr ) + βmnYn (κ mn r ) + γ mn In (κ mnr ) + δmn Kn (κ mnr )
(2.3)
となる.ここで,Jn(κmnr),Yn(κmnr) は n 次のベッセル関数, In(κmnr),Kn(κmnr)は n 次
の変形ベッセル関数を表している.また,αmn ,βmn ,γmn ,δmn は振動モードによって
決まる係数である.
丸のこの使用状態を,フランジで軸に取り付けられ外周の刃で切断加工すると想定
すれば,境界条件は,内周拘束,外周自由である.したがってこの場合,内周 r = c
において,面外変位とその傾きが拘束される条件から,
w=0 ,
∂w
∂r
(2.4)
=0
(2.5)
である.また,外周 r = a において,円板に曲げモーメントおよび等価せん断力が作
用しない条件から,
 ∂ 2 w
 1 ∂ w 1 ∂ 2 w  
 =0 ,
− D 2 + ν 
+ 2
2 
r
∂
r
∂
r
r
∂
θ


 
(2.6)
 ∂ 4
(1 − ν 2 ) ∂ 2
− D
∇ w+
r2 ∂ θ 2
 ∂ r
(2.7)
 ∂ w w  


 ∂ r − r  = 0

 
を得ることができる.
したがって,一般解(2.2)式および(2.3)式を(2.4)式から(2.7)式で表される境界条件に
代入してできる行列式から,非回転時の振動モード(m,n)およびその固有振動数ωmn を
求めることができる.
次に,円板が回転しているときの円板の固有振動数について考察する.回転時の固
有振動数ωmnr は,円板の回転角速度を Ω r とすると,次式のように表わすことができ
る(11).
2
2
ω mnr
= ω mn
+ λmn Ω 2r
(2.8)
ここでλmn は,遠心力による固有振動数への影響を表す定数係数であり,振動モード
によって値が決まる.遠心力が加わった場合も各振動モードが変化しないものと仮定
11
Chap.2
すると,この定数 λmn は,エネルギー法を用いて固有振動数の変化を計算することに
より求めることができる.
まず,面外に振動している円板の運動エネルギー T は,
a π
∂w 2
ρh
T=
(
) rdrdθ
2 ∫c −∫π ∂ t
(2.9)
で表される.
一方,円板の面外変位によるひずみエネルギー Us は,次式で表される.
∂ 2w 1 ∂ w 1 ∂ 2w
D
+
U s = ∫ ∫ {(∇ 2 w) 2 − 2(1 − ν )
(
)
2 c −π
∂ r2 r ∂ r r2 ∂ θ2
a π
∂ 1∂ w 2
+ 2(1 − ν )[
(
)] }rdrdθ
∂r r∂θ
(2.10)
さらに,円板内の半径方向および接線方向の応力をそれぞれσ r ,σ t とすると,面内
応力によるひずみエネルギーの増加 U は,
∆U =
a π
∂ w 2
1 ∂ w 2
h
{
σ
(
)
σ
[
(
)] }rdrdθ
+
r
t
∂r
2 ∫c −∫π
r ∂θ
(2.11)
である.
つぎに,遠心力によって円板に生じる半径方向および円周方向の応力σr ,σt を求め
る.この応力分布は,円板の回転角速度Ωr とし,境界条件を内周で固定,外周で自由
とすると,
ρ Ω r2
c2
r
σr =
[ C + C1 2 − (3 + ν )( ) 2 ] ,
8
r
a
2
ρ Ωr
c2
r
[ C − C1 2 − (1 + 3ν )( ) 2 ]
σt =
8
r
a
を得る.ただし,
12
(2.12)
Chap.2
1+ν
c
) C1 + (1 + ν )( ) 2 ,
1−ν
a
c
( 3 + ν ) − (1 + ν )( ) 2
a
C1 =
1+ ν
c 2
(
)+( )
1− ν
a
C=(
である.
固有振動数ωmnr は,(2.9)式の運動エネルギーと(2.10)式および(2.11)式の合計のひず
みエネルギーの各々の最大値が等しいことから求めることができる.
腰入れ処理による非回転時の固有振動数ωmn の変化は,腰入れによるひずみエネル
ギーの変化から計算することができる.ひずみエネルギーの変化は,腰入れによって
生じる応力を,(2.11)式に代入することにより求めることができる.
製造工程での腰入れ処理法の観察によると,腰入れは圧延によって等方性応力を円
板に与える処理と考えられる.したがって,ローラ圧延によって円板に与えられる等
方性付加応力を次式のように仮定する.
σ a = A exp[ −
(r −r a ) 2
]
2s 2
(2.13)
この式は,ガウス分布関数を表し,A は最大応力値,ra および s はそれぞれ最大値
における半径と分散を示す.
この等方性付加応力
a
が円板面内に分散し,円板の全半径 [ b , a ]で応力バランス
に達したときの円板面内の応力分布は,境界条件を内周外周ともに自由端として,
r
a
1
(r 2 − b 2 )
σ r = − 2 ∫ σ a rdr + 2 2
σ a rdr ,
r b
r ( a − b 2 ) ∫b
r
a
1
(r 2 + b 2 )
σ t = 2 ∫ σ a rdr + 2 2
σ a rdr − σ a
r b
r ( a − b 2 ) ∫b
(2.14)
となる.ここで境界条件を内周および外周ともに自由端とし,内周を r = b とした理
由は以下のとおりである.つまり,腰入れ処理は,丸のこが全く固定されていない状
態で処理される.従ってこのとき,丸のこの内周および外周ともに自由端の条件であ
り,腰入れ処理時に付加応力は,この内外周自由境界条件の円板内において応力バラ
13
Chap.2
ンスされるのである.
円板上に固定した座標系での固有振動は,回転中において,被削材の位置に相当す
る空間に固定した座標系では,前進波と後進波の二つの振動として観測される.すな
わち,円板上の円周角は回転数Ωr の回転に伴って移動し,θ = Ωr t なる関係になる.
したがって,(2.2)式で表される面外変位は,
wmn = Rmn (r ) sin(nΩr t ) sin(ωmnr t )
1
= Rmn (r )[cos{(ωmnr − nΩr )t} − cos{(ωmnr + nΩr )t}]
2
(2.15)
となる.つまり,固有振動数ωmnr は,空間に固定された観測者には,
ω mnr + n Ω r ( 前進波 )
(2.16a)
ω mnr − n Ω r ( 後進波 )
(2.16b)
のように,振動数の異なった二つの振動波形として観測されるのである.回転数Ωr
の増加にともなって後進波の振動数が減少し 0 Hz になるときの円板の回転数を臨界
回転数Ωrcmn とすると,(2.8)式および(2.16b)式から次式となる.
Ω
2
rcmn
2
ω mn
= 2
n − λmn
(2.17)
Compression
Tensioning area
Disk
Roll
Fig. 2.2
14
Roll tensioning.
Chap.2
Impulse hammer
Disk
Motor
Pre-amplifier
Sensor
FFT
Analyzer
Fig. 2.3
Pre-amplifier
Transfer function measurement system.
2.3 実験
2.3.1 実験方法
実験において,丸のこを単純化したモデルとして用いた円板(Fig. 2.1 に示す)は
鋼(SKS 鋼)製で,外半径 a = 280 mm,穴半径 b = 20 mm,板厚 h = 2.6 mm で
ある.また回転軸に取り付けたとき,フランジの半径 c = 60 mm である.標準的な
丸のこに比べて板厚がやや薄いものを使用した.実験には,腰入れ処理を全く行って
いない通常円板と腰入れ処理を行った円板の二枚を使用した.
腰入れ処理は Fig. 2.2 に示すローラ腰入れである.これは丸のこを回転させながら,
ローラの半径位置と圧縮強さを変化させながら幅広い半径領域でドーナツ状に処理
を行うものである.更に親板にはハンマで叩いて平面度を矯正するハンマ処理が施さ
れている.
15
Chap.2
Disk
Cutting line
Strain gage x 15
Fig. 2.4
Residual stress measurement method.
伝達関数および固有振動数計測のための実験装置の概要を Fig. 2.3 に示す.実験で
は,インバータを用いて回転数を制御可能なモータで円板を空転させ,回転中の円板
の外周部をインパルスハンマで叩いて加振した.このときの円板の振動波形を円板上
の同じ面の 180 ゜隔てた位置において,渦電流型変位センサにより検出した.インパ
16
Chap.2
ルスハンマの加振力波形と変位センサの振動波形出力を用いて伝達関数を求めた.伝
達関数には4回の計測の平均値を計測結果として用いた.
腰入れ処理は半径方向に幅広く分布した処理であるため,処理領域は円板半径の大
部分を占める.このため文献(1)のように,予め計測位置に抵抗線ひずみゲージを貼り,
応力を計測しながら腰入れ処理を行い,その間のひずみゲージの抵抗値の変化を計測
するということは困難である.従って,ここでは,円板の面内の残留応力の計測は,
腰入れ円板上にひずみゲージを貼った後,腰入れ円板を切断し,ひずみゲージを貼っ
た部位を周辺から切り放して残留応力を解放した.この応力解放前後のひずみゲージ
の抵抗値をホイートストン・ブリッジ回路を用いて計測し,その変化から残留応力を
求めた.ひずみゲージは半径方向と円周方向について,Fig. 2.4 に示すように,それ
Normalized displacement
ぞれ 15 分割した半径位置で測定した.
1.0
(0,0)
(0,1)
(0,2)
(0,3)
(0,4)
(0,5)
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
0.2
0.4
0.6
Radius
Fig. 2.5
0.8
1.0
r/a
Displacement shape of vibration mode.
17
Chap.2
Table 2.1
mode
Coefficients of displacement function.
(0,0)
(0,1)
(0,2)
(0,3)
(0,4)
(0,5)
αmn
-0.668
0.809
1.513
1.775
1.951
2.101
βmn
0.848
0.877
0.202
0.029
0.0037
0.0004
γmn
0.184
0.237
0.263
0.157
0.083
0.044
δmn
0.875
0.624
0.139
0.020
0.0027
0.0003
Table 2.2
Natural frequency and coefficient λ for non-rotating disks.
mode
ωmn/2π
λmn
(0,0)
(0,1)
(0,2)
(0,3)
(0,4)
(0,5)
Normal disk
Experiment 45.9
37.3
39.6
88.7
163.9
259.0
Normal disk
Analysis
42.7
40.1
52.8
101.1
174.6
267.4
Tensioned disk
Experiment 29.5
33.4
63.6
124.2
204.0
300.6
Tensioned disk
Analysis
22.2
33.5
70.0
131.5
213.0
311.2
Normal disk
Experiment 0.68
1.12
2.35
4.09
6.18
8.66
Tensioned disk
Experiment 0.73
1.12
2.33
4.00
6.03
8.69
0.96
1.30
2.30
3.85
5.81
8.13
0
1.00
2.35
4.05
6.10
8.50
Analysis
Theory(7)(8)
18
Chap.2
σa=Aexp(-(r-ra)2/2s2)
100
Outer radius
Inner radius
Stress σa
[MPa]
A = 100 MPa
ra/a = 0.464
s/a = 0.089
50
0
0.0
0.2
0.4
Radius
0.6
0.8
1.0
r/a
40
20
Outer radius
0
-20
Inner radius
Residual stress
σr ,σθ
[MPa]
Fig. 2.6 Isotropic additional stress.
-40
-60
σθ
σr
-80
-100
0.0
0.2
0.4
Experiment Analysis
0.6
0.8
1.0
Radius r/a
Fig. 2.7
Residual stress distribution.
19
Chap.2
2.3.2 実験結果
a. 通常円板の非回転時固有振動数
振動計算に用いる円板の内径をフランジ半径 c = 60 mm として,(2.3)式の振動モ
ードを計算した.このときの係数αmn,βmn,γmn,δmn の値を Table 2.1 に,振動モード
(m,n)の半径方向成分 Rmn(r)を Fig. 2.5 に示す.ただし,外半径位置での面外変位を 1
とする正規化を行っている.以下,エネルギー法を用いた固有振動数の計算にはこの
Fig. 2.5 の振動モード成分 Rmn(r)を使用した.非回転時の固有振動数の計算結果と実
験結果を Table 2.2 に示す.
通常円板について,固有振動数の計算結果と実験結果は全般に一致している.ただ
し,振動モード(0,2)に関しては差がやや大きい.これは,今回の実験に使用した通常
円板は,製造時の熱処理工程後に平面研削しており,このときに生じる表面の残留応
力が固有振動数に影響していると考えられる.
b.
腰入れによる固有振動数の変化と残留応力
腰入れ円板の残留応力計算に用いる等方性付加応力として,Fig. 2.6 に示すガウス
分布関数とした.このときの円板内に生じる応力分布を,実験に用いた腰入れ円板の
切り出し法による残留応力の計測結果と併せて Fig. 2.7 に示す.計測結果がバラつい
ているのは,ローラ腰入れ処理後に,平面度矯正のためのハンマ処理が施されている
ためと考えられる.また,実際のローラ腰入れの場合は,ローラ圧延による塑性流動
を生じ,計算に用いた付加応力の等方性の仮定が完全には成立していないことが考え
られる.しかしながら,Fig. 2.7 の計算値は,Fig. 2.6 の等方性付加応力の応力分布
の最大値を 100 MPa として計算したものであり,分布形状が計測値とほぼ一致して
いる.したがって,平面度矯正処理によるバラツキやローラ腰入れ処理による異方性
が振動に与える影響はわずかであると考えられる.
次に,等方性付加応力の最大値 A による固有振動数の変化のエネルギー法による
計算結果を Fig. 2.8 に示す.Fig. 2.8 にあるように振動モード(0,0)は約 A=140 MPa
で固有振動数が 0 Hz となる.このとき円板は座屈状態にある.振動モード(0,1)も等
20
Chap.2
方性付加応力の最大値 A の増加と供に固有振動数が徐々に減少する.ところが振動モ
ード(0,2)以上においては逆に,固有振動数が増加することがわかる.
通常円板と腰入れ円板の固有振動数の計測値を Fig. 2.8 に示したが,等方性付加応
力の最大値 A の増加による固有振動数の推移の傾きは計算値とほぼ一致し,2.2 節に
おける計算法および計算値が正しいことがわかった.Table 2.2 には腰入れ円板の固
[Hz]
150
Natural frequency
200
ωmn/2π
有振動数を示した.
(0,4)
Analysis
Experiment
(0,3)
100
(0,2)
50
(0,1)
(0,0)
0
0
50
100
Maximum of tensioning stress
Fig. 2.8
150
A
[MPa]
Relation between natural frequency and the maximum value A of the
isotropic additional stress for non-rotating disks.
21
Chap.2
Transfer function [mm/N]
2.0
Rotating speed : 2.5 rps
1.5
f : Forward travering wave
b : Backward travering wave
: Normal disk
: Tensioned disk
(0,2)b
(0,1)b
(0,1)f
1.0
(0,1)b
(0,3)f
(0,2)f
(0,2)f
(0,3)b
(0,1)f
(0,0)
(0,3)b
(0,0)
(0,3)f (0,4)b
0.5
0.0
0
50
100
150
Frequency [Hz]
Fig. 2.9
22
(0,4)f
(0,2)b
Transfer function spectra for rotating disks.
200
Natural frequency
ωmn/2π [Hz]
Chap.2
200
(0,4)f
(0,4)b
Experiment
Analysis
(0,5)b
150
(0,3)f
(0,2)f
100
(0,1)f
(0,3)b
(0,0)
50
(0,1)b
(0,2)b
0
0
10
20
30
Rotating speed
Natural frequency ωmn/2π [Hz]
a)
40
50
60
Ωr/2π [rps]
Normal disk.
200
(0,5)b
Experiment
Analysis
150
(0,3)f
(0,4)b
(0,3)b
100
(0,2)f
(0,1)f
(0,2)b
50
(0,0)
(0,1)b
0
0
10
20
30
40
50
60
Rotating speed Ωr/2π [rps]
b)
Fig. 2.10
Tensioned disk.
Natural frequency and rotating speed diagram.
23
Chap.2
c. 回転時の固有振動数の変化
(2.8)式の定数λmn は回転数による円板の固有振動数の変化を決定する.この定数λmn
の実験値と計算値を Table 2.2 に示した.Table 2.2 には,(2.11)式および(2.12)式を
用いたエネルギー法による計算値と文献(10)(11)による値を示している.文献(10)(11)は,
曲げ剛性を考慮せず,振動中の復元力は遠心力のみとし,中実の円板に対して求めた
理論値である.内周固定の条件を考慮していないにもかかわらず,振動モード(0,0)
以外は実験値とよく一致している.エネルギー法による計算値も文献(10)(11)とほぼ同じ
値を示すが,振動モード(0,0)での定数λmn の値が得られる点に特長がある.
固有振動数は伝達関数測定時のスペクトルから求められる.例えば,回転数 2.5 rps
におけるスペクトルを Fig. 2.9 に示す.Fig. 2.9 からは,各固有振動モードが前進波
と後進波に分離している様子と,腰入れによる固有振動数の変化が観測できる.
円板の回転数 0∼66.7rps での固有振動数の計測結果を Fig. 2.10 に示す.Fig. 2.10
には解析による計算結果の固有振動数と定数λ mn の値に基づく曲線を実線で示してい
る.Table 2.2 に示した(2.8)式の定数λmn の値は,この実験結果から求めた.計算結果
と実験結果は比較的良い一致を示している.定数λmn の値は,遠心力によるひずみエ
ネルギーの増加からのみ求められ,腰入れの有無には無関係であると考えられる.実
験結果でも,通常円板と腰入れ円板でのλmn の値は,Table 2.2 に示すように,ほぼ一
致することが確認できた.
従って,後進波の振動数が零になるときの回転数,すなわち臨界回転数は,腰入れ
の有無には関係なく,非回転時の固有振動数によって決定される.振動モードの節直
径数が0の場合は,前進波と後進波の分割が生じないため,振動数は必ず増加する.
同様に節直径数1の場合についても,(2.17)式において,定数λmn の値が1より大きい
ので右辺の分母が負となり,臨界回転数は存在しない.従って,最初の臨界回転数を
決めるのは,次に非回転時の固有振動数が低い振動モード(0,2)である.Fig. 2.10 で
も,振動モード(0,2)の後進波の振動数が最も低い回転数で 0 Hz になり,臨界回転数
に達している.このときの最も低い臨界回転数を危険回転数と言う.
24
Transfer function [mm/N]
Chap.2
1.0
0.5
0.0
(0,5)
(0,3)
mod
e
(0,4)
(0,2)
(0,1)
(0,0)
0
10
20
30
40
50
60
Rotating speed Ωr/2π [rps]
Transfer function [mm/N]
a)
Normal disk.
1.0
0.5
0.0
(0,5)
(0,3)
mod
e
(0,4)
(0,2)
(0,1)
(0,0)
0
10
20
30
40
50
60
Rotating speed Ωr/2π [rps]
b)
Fig. 2.11
Tensioned disk.
Relation between transfer function and rotating speed.
25
Chap.2
振動モード(0,2)以上における通常円板と腰入れ円板の非回転時固有振動数を比べ
ると,腰入れ円板の固有振動数が高いので,腰入れ円板の危険回転数は通常円板のそ
れより高くなっている.
d. 伝達関数
回転数による各固有振動モードの伝達関数の変化を Fig. 2.11 に示す.静的な単位
負荷による円板の面外変位は 50 µm/N であった.Fig. 2.11 において,高次モード側
でデータが不完全なのは振動数が実験における計測レンジ 200 Hz を超えたためであ
る.
Fig. 2.11 の通常円板と腰入れ円板を比較すると,振動モード(0,2)の非回転時の固
有振動数も腰入れすることによって 39.6 Hz から 63.6 Hz へと約 1.6 倍高くなったた
め,危険回転数は 30.5 rps から 48.8 rps へと高くなり,安定領域が拡大している.
また,回転数 0rps から危険回転数までの領域では,腰入れ円板では通常円板に比べ
て,伝達関数の値は全体に小さくなっていることから,腰入れ処理により安定化して
いることがわかる.
通常円板において,危険回転数以上の領域では,回転数が増加すると,各々のモー
ドの危険回転数付近で鋭いピークが存在する.またピークとなる回転数以外でも,危
険回転数以下の安定領域と比べて伝達関数は増加している.この傾向は腰入れ円板で
も同様である.
以上のことから,危険回転数を伝達関数の面からみると,危険回転数以下では伝達
関数が小さい安定領域であり,逆にこの危険回転数以上では伝達関数が大きくなり不
安定領域となる.腰入れ円板ではこの傾向がより明確になることがわかった.
2.4 まとめ
丸のこの親板全体に幅広く施す腰入れ処理について,単純な円板モデルでその解析
と実験を行った.その結果をまとめると以下のようになる.
(1)半径方向に幅広く分布する腰入れ処理で生ずる残留応力を計測した結果,ガウス分
26
Chap.2
布型等方性付加応力によって生じる応力分布と一致し,腰入れをこの応力で表すこ
とができる.
(2)この応力分布の影響による固有振動数の変化をエネルギー法により計算し,計測値
と一致することを確認した.
(3)円板の回転数の増加と共に振動モード(0,2)以上の後進波の振動数は低下し,0 Hz
となる臨界回転数に至る.このとき伝達関数は急激に増加する.円板回転数の更な
る増加と共に,臨界回転数は高次の振動モードについて次々と現れる.総じて,最
も低い振動モード(0,2)の臨界回転数が危険回転数となり,これ以上の回転数領域
は不安定となる.
(4)腰入れ処理によって,振動モード(0,2)以上の固有振動数が増加し,これに伴い危
険回転数も高くなる.このことにより,動的に安定な領域が拡大し,安定領域での
安定性も向上する.
27
Chap.2
28
Chap.3
第3章 熱応力を受ける円板の振動に与える
腰入れ効果
3.1 目的
腰入れ処理によって丸のこの臨界回転数を高くすることができ,このため安定領域
が拡大し,また安定性も向上することなどが,第2章で明らかになった.すなわち,
丸のこの動的安定性に関して,腰入れが重要な役割を果たしていることを意味してい
る.これは,特に高速回転で使用されている丸のこの場合に,腰入れが工具寿命を左
右する主な要因となっているという事実とも符合することである.
実際の丸のこによる切断加工においては,刃先工具での切削加工熱の発生により,
丸のこの周辺部は中心部より高温になることが知られている.このような温度分布の
影響については,温度分布と固有振動数の関係(1)-(3)や,腰入れ処理により熱座屈開始
時の温度が高くなる(4)(5)ことなどが報告されている.
本章では,第2章と同様に,親板全体に幅広く腰入れ処理をした円板と通常の円板
を使用して,固有振動数や伝達関数と熱応力との関係に与える腰入れ効果について,
実験と解析を行う.まず実験では,回転中の円板の周辺をバーナーで加熱することに
よって,切削加工時と同様な温度分布を再現し,固有振動数の変化などを計測した.
さらにこのとき,熱応力による固有振動数の変化をエネルギー法により解析し,実験
値と比較し考察する.また,伝達関数の変化を実験で計測し動的安定性も評価する.
さらに内外周温度差が大きくなった場合の熱座屈についても実験と解析を行う.
3.2 解析
円板の外半径を a,内半径を b,板厚を h とする.また円板の内側を拘束するフラ
ンジの半径を c とする.このとき,半径 r,円周角 とした円柱座標系で,振動によ
29
Chap.3
る円板の面外変位 w(r, θ, t)は(6),前章と同様に,
wmn (r ,θ , t ) = Rmn (r ) sin(nθ ) sin(ω mn t )
(3.1)
と表現できる.ここで t は時間,ωmn は節円数 m 節直径数 n の振動モード(m,n)の固有
振動数である.さらに,ρを密度,E を縦弾性係数,νをポアソン比とし,D=Eh3/12(1-ν2),
κmn4=ρhωmn2/D とすると,半径方向の面外変位形状 Rmn(r)の一般解は,
Rmn (r ) = α mn Jn (κ mn r ) + βmnYn (κ mn r ) + γ mn I n (κ mn r ) + δ mn Kn (κ mn r )
(3.2)
となる.ここで,Jn(κmnr),Yn(κmnr)は n 次のベッセル関数, In(κmnr),Kn(κmnr)は n 次の
変形ベッセル関数を表す.また,αmn ,βmn ,γmn ,δmn は振動モードによって決まる任
意係数である.
丸のこの場合と同様に,境界条件は内周拘束,外周自由である.したがって,まず
外径 r=a では,曲げモーメントおよび等価せん断力が作用しない.さらに,内径 r=c
では,面外変位および傾斜が拘束される.これらの境界条件を満たす(3.2)式から,非
回転時の固有振動数ωmn を求めることができる.
次に,加工熱および腰入れ処理によって生じる残留応力が固有振動数に与える影響
を求めるため,前章と同様に,エネルギー法による解析を行う(7).
円板の振動による運動エネルギー T は,次式である.
a π
∂w
ρh
T=
(
)rdrdθ
2 ∫c −∫π ∂ t
(3.3)
また,円板の面外変位によるひずみエネルギー Us は,次式である.
Us =
D
∂ 2w 1 ∂ w 1 ∂ 2w
2
2
{(
∇
w
)
−
2
(
1
−
ν
)
(
+
)
2 ∫c −∫π
∂ r2 r ∂ r r2 ∂ θ 2
a π
∂ 1∂ w 2
+ 2(1 − ν )[
(
)] }rdrdθ
∂r r∂θ
(3.4)
さらに, 円板内の半径方向および接線方向の応力をそれぞれσr,σt とすると,面内
応力によるひずみエネルギーの増加 U は,
a π
∂w 2
h
1 ∂w 2
∆U = ∫ ∫ {σ r (
) + σt [ (
)] }rdrdθ
2 c −π
∂r
r ∂θ
30
(3.5)
Chap.3
である.
したがって,振動モード(m,n)の固有振動数ωmn は,運動エネルギーと二つのひずみ
エネルギーの和の最大値が等しいことから求めることができる.
円板の半径方向の温度分布 T(r)による熱応力は,内周固定,外周自由の場合,次式
のようになる.
r
1
E
1
σ r = −αE 2 ∫ T (r )rdr +
[C1 (1 + ν ) − C2 (1 − ν ) 2 ],
2
r c
1− ν
r
r
1
1
E
σ θ = αE 2 ∫ T (r )rdr − αET (r ) +
[
(
1
ν
)
(
1
ν
)
]
C
+
+
C
−
1
2
1−ν 2
r c
r2
(3.6)
ただし,αは線膨張係数,さらに C1,C2 は,
a
C1 =
α (1 − ν 2 ) ∫ T ( r ) rdr
c
(1 + ν ) a + (1 − ν ) c 2
2
,
C2 = − c 2 C1
である.
板の熱座屈後の応力の厳密な値を求めるには,板の大たわみ問題の微分方程式を解
く必要があるが,この解を求めることは難しい.しかし,ここで考えている円板の場
合,外周は自由端であり熱座屈による面外変位によっても,半径方向の長さはあまり
変化しないと考えられる.したがって簡便な近似解法として,微小たわみ問題によっ
て得られる応力のうち,半径方向応力σr=0 として円周方向応力分布のみをエネルギー
計算に加えることとした.
このとき σθ = E εθ となる.ここでひずみεθ は,次式のようになる.
1 1 ∂ wb 2
εθ = − (
)
2 r ∂θ
(3.7)
熱座屈による面外変位においては,節円数はゼロであるので,節直径数を nb とす
ると,面外変位形状は,次式のようになる.
wb (r , θ ) = Rb (r ) sin(nbθ + φ )
(3.8)
ここで,φは振動モード(0,nb)との位相差である.したがって,このとき円周方向応力
は,次式のようになる.
31
Chap.3
2
nb Rb2 (r )
cos2 (nbθ + φ )
σθ = E
2
2r
(3.9)
腰入れ処理による応力分布は,内外径自由の場合,次式のようになる.
1
(r 2 − b 2 )
σ r = − 2 ∫ σ a rdr + 2 2
σ a rdr ,
r b
r ( a − b 2 ) ∫b
r
a
r
a
1
(r 2 + b 2 )
σ θ = 2 ∫ σ a rdr + 2 2
∫ σ a rdr − σ a
r b
r (a − b 2 ) b
(3.10)
ここでσa は腰入れによって円板に与えられる等方性付加応力(7)であり,次式のよう
に仮定する.
σ a = A exp[ −
(r −r a ) 2
]
2s2
(3.11)
ここで,A は最大応力値,ra は最大応力値となる半径,s は分散を表す.
角速度Ωr で回転する円板の固有振動数ωmnr は,遠心力によって非回転時の固有振動
数ωmn より増加し,次式の関係となる.
2
2
ω mnr
= ω mn
+ λmn Ω 2r
(3.12)
ここで,λmn は文献(8)により,次式のように与えられる.
λmn =
[(1 − ν )n 2 + ( 3 + ν ) n]
4
(3.13)
回転数の増加にともなって,振動モード(m,n)の後進波の固有振動数が減少し,0 Hz
になるときの回転数を臨界回転数Ωrcmn とすると,次式のようになる.
Ω
2
rcmn
2
ω mn
= 2
n − λmn
3.3 実験
3.3.1 実験方法
32
(3.14)
Chap.3
実験では,前章と同様に,外半径 a=280 mm,内半径 b=20 mm,板厚 h=2.6 mm
の鋼製円板を用いた.軸に取り付けるフランジの半径は c=60 mm である.実験では
腰入れ処理していない通常円板と,ローラ腰入れ処理をした腰入れ円板の2枚を使用
した.
実際の金属パイプ切断時の丸のこの半径方向温度分布の計測値の例を Fig. 3.1 に示
す.Fig. 3.1 の場合,円板の周辺部がフランジ部より約 2℃だけ高温になっている.
また,Fig. 3.1 で示したように最外周では逆に温度が下がっているが,これはさらに
低温の背景の影響によるものである.実験では,これと同じ温度分布形状を得るため,
円板を回転数 1.5rps でゆっくり回転させながら,その周辺をバーナーで加熱し,同
軸で半径方向にのみ温度分布を生じさせた.このときの温度分布をリアルタイム赤外
線映像装置によって計測した.
さらに,固有振動数と伝達関数の計測時に,円板の回転を急停止させ,インパルス
ハンマにより円板の半径のほぼ中央部(半径 r/a=0.62)を加振した.振動は回転軸から
見て加振点と同じ側と反対側の2点(半径 r/a=0.98)で変位振動センサにより検出した.
これらの信号を FFT アナライザに入力し,固有振動数および伝達関数を計測した.
このときの計測装置の概要を Fig. 3.2 に示す.
33
Chap.3
31
Temperature
T
[℃]
32
30
29
28
0.0
0.2
0.4
0.6
Radius
0.8
1.0
r/a
Fig. 3.1 Temperature distribution of tipped saw blade on steel cutting.
Sensor
FFT
Hammer
Disk
Motor
Thermovision
Burnar
Fig. 3.2
34
Measurement system.
Chap.3
Temperature T [℃]
100
80
Experiment
Six-order approxi. of experiment
60
40
20
0
0.0
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
Radius r/a
Fig. 3.3 Temperature distribution of disk with burnar heating.
35
Chap.3
3.3.2 実験結果
a. 円板の温度分布
バーナーを用いて円板の周辺部を加熱した時の温度分布を Fig. 3.3 に示す.これも
Fig. 3.1 と同じく赤外線映像装置で計測したものである.このバーナーによる周辺加
熱の実験方法では,Fig. 3.1 の実切断例の場合とほぼ同様な温度分布形状を再現する
ことができた.Fig. 3.3 に示した円板の周辺部とフランジ部の温度差(以下,内外周
温度差 T)は約 60℃と,実切断例に比べてかなり大きいが,実験では約 60℃を最大
値として,内外周温度差を調整した.
Fig. 3.3 には,この温度分布を半径の 6 次多項式で補間した結果を示した.この補
間結果は,後に熱応力と固有振動数計算に用いる円板の半径方向温度分布として用い
た.
b. 内外周温度差による固有振動数の変化と熱座屈
円板の内外周温度差∆T による固有振動数の推移の計測結果を Fig. 3.4 に示す.振
動モードの節直径数は円板の回転中に計測される前進波と後進波の振動数差から確
認し,また, 節円数1以上の固有振動数は実験で計測する振動数領域 DC∼200 Hz
に比べて十分高い振動数となることを確認した上で,節円数はゼロと判断した.
36
Chap.3
Natural frequency ωmn/2π [Hz]
200
(0,4)
150
(0,2s)
100
(0,3)
(0.0)
50
(0,1)
(0,2c)
0
0
10
20
30
40
50
∆T
Temperature difference
60
[℃]
a) Normal disk.
Natural frequency ωmn/2π [Hz]
200
(0,4)
150
(0,3)
100
(0,2s)
(0,0)
50
(0,2c)
(0,1)
0
0
10
20
30
40
Temperature difference
b)
Fig. 3.4
50
∆T
60
[℃]
Tensioned disk.
Natural frequency and temperature difference diagram.
37
Chap.3
Fig. 3.4 に示すように,周辺温度の上昇すなわち内外周温度差∆T の増加にしたが
って,振動モード(0,0) および振動モード(0,1)の固有振動数は増加する.しかし逆に,
振動モード(0,2)以上の固有振動数は減少する.振動モード(0,2)は内外周温度差∆T の
増加による固有振動数の減少によって,最初に固有振動数が 0 Hz となり,円板は熱
座屈状態になる.この間,熱座屈に達するまでの固有振動数の減少に伴い,臨界回転
数も減少する.
通常円板と腰入れ円板を比較すると,熱座屈時の内外周温度差 T は通常円板では
約 12℃であるのに対して,腰入れ円板では約 35℃である.これは,腰入れ処理によ
って,振動モード(0,2)以上の固有振動数が高くなっているためである.
節直径数 2 の面外変位モードで円板が熱座屈した様子を Fig. 3.5 に示す.熱座屈後
において各振動モードの固有振動数は,ほぼ一定値かまたはやや増加傾向にある.
内外周温度差∆T と円板の外周部の最大面外変位量との関係の計測結果を Fig. 3.6
に示す.通常円板,腰入れ円板ともに最大面外変位は,熱座屈後は両者ともほぼ同じ
傾向で増加している.
熱座屈した場合の半径方向の面外変位形状の計測値を Fig. 3.7 に示す.面外変位量
は内外周温度差∆T によって異なるため,Fig. 3.7 では半径 275 mm での面外変位量
で正規化して示している.この熱座屈による面外変位形状を,半径の3次多項式で補
間した結果と,振動モード(0,2)の面外変位形状も併せて Fig. 3.7 に示した.この補間
した面外変位形状を熱座屈後の固有振動数計算に用いたが,両者の形状差が固有振動
数に与える影響はほとんどなかった.
そこで,エネルギー法による内外周温度差∆T と固有振動数の関係の計算結果を,
Fig. 3.4 に,実験結果と併せて示した.この計算では,Fig. 3.3 の温度分布形状を用
いて熱応力を求め,ひずみエネルギーを計算した.
38
Chap.3
Fig. 3.5
Thermal buckling disk.
Deflection w
[mm]
10
Experiment
Analysis
8
6
Tensioned disk
Normal disk
4
2
0
0
10
20
30
Temperature difference
Fig. 3.6
40
∆T
50
60
[℃]
Maximum displacement and temperature difference diagram.
熱座屈後は,Fig. 3.7 の座屈による面外変位から(3.9)式で計算される応力をエネル
ギー計算に加えて,固有振動数を計算した.この計算の結果,振動モード(0,2)では座
39
Chap.3
屈モードとの位相差が同相の成分(sin 成分)とπ/2 rad ずれた成分(cos 成分)で異
なる固有振動数となった.Fig. 3.7 にはこれらを,各々(0,2s), (0,2c)の記号で示した.
しかし,他の振動モードではこのような現象はみられなかった.振動モード(0,2)のう
ち cos 成分のエネルギーが最も小さい値をとるので,このモードで座屈するものと仮
定して計算した.
熱座屈後は,簡易的に円周方向応力分布のみを考慮するため,エネルギー値が実際
と異なることが予想される.したがって,ここでは振動モード(0,2)の cos 成分の固有
振動数が 0 Hz となるときの面外変位を最大面外変位量とし,そのときの面外変位量
から計算される応力を他の振動モードの固有振動数計算に用いた.この計算による最
大面外変位量を Fig. 3.6 に示した.この結果では,熱座屈時の内外周温度差∆T の違
いのため,計測値よりかなり小さいが,熱座屈後の傾向はほぼ計測値に等しい結果と
なっている.
固有振動数の計算値は,円板の平面研削加工時の残留応力などによると考えられる
原因によって,内外周温度差∆T のない場合の固有振動数は計算値と計測値では一致
しないため,内外周温度差がある場合にも双方の値は一致しないものの,傾きはほぼ
等しい傾向となっている.
熱座屈後の固有振動数については,全体としてあまり良く一致していないが,振動
モード(0,2)の cos 成分は Fig. 3.4 に示した計測結果にも明確に得られており,計算値
と同じ傾向を示した.
しかし,計測値では,振動モード(0,2)の cos 成分は 0 Hz にはならず,通常円板で
約 6 Hz,腰入れ円板で約 10 Hz であった.これは,熱座屈による面外変位モードが
節円数2以外の面外変位モードを含んでおり,これが原因と考えられる.
40
Chap.3
Normalized deflection
1.0
0.8
Experiment
3-order approximation of experiment
Deflection of vibration mode(0,2)
0.6
0.4
0.2
0.0
0.0
0.2
0.4
Radius
Fig. 3.7
0.6
0.8
1.0
r/a
Displacement shape of thermal buckling disk.
c. 内外周温度差による伝達関数の変化
内外周温度差∆T による伝達関数の変化を Fig. 3.8 に示す.伝達関数は円板の同じ
方位で半径 r/a = 0.63 と半径 r/a = 0.63 の2点間のものである.通常円板と腰入れ円
板において,熱座屈前において,内外周温度差∆T の増加と共に伝達関数は増加傾向
を示した.両円板を比較すると,内外周温度差による伝達関数の大きさと傾きは共に
腰入れ円板の方が,小さくなっている.Fig. 3.8 の伝達関数は振動モード(0,2)につい
てのみプロットしているが,振動モード(0,3)以上についても同様であった.これは,
腰入れ円板が動的により安定であることを示している.
また,半径 r/a = 0.63 と回転軸から見て円板の反対側の半径 r/a = 0.63 の間の伝達
関数についてもほぼ同様の結果であった.
41
Transfer function
[mm/N]
Chap.3
Normal disk
1.5
Buckling
Buckling
1.0
0.5
Tensioned disk
0.0
0
10
20
30
Temperature difference ∆T
Fig. 3.8
40
[℃]
Transfer function of vibration mode (0,2).
3.4 まとめ
切断加工時と同様の温度分布によって生じる熱応力が丸のこの安定性に与える影
響と,親板全体に幅広く行う腰入れ処理の効果について,丸のこを単純モデル化した
円板を用いて実験と解析を行った.その結果をまとめると以下のようになる.
(1)円板の非回転時において,円板の周辺部と中心部の内外周温度差の増加に伴って,
振動モード(0,2)以上の固有振動数がしだいに減少し,熱座屈に至る.回転時には,
非回転時固有振動数の減少に伴い危険回転数も減少する.
(2)円板を腰入れ処理することによって,振動モード(0,2)以上の固有振動数,熱座屈
温度,危険回転数のいづれも高くすることができる.
(3)固有振動数が減少し熱座屈するまでの領域において,振動モード(0,2)以上の伝達
関数は増加し,動的安定性が悪くなる.しかし,この傾向は腰入れ処理によって改
42
Chap.3
善される.
(4)熱座屈後について,振動モードごとの固有振動数の変化特性を明らかにした.
43
Chap.3
44
Chap.4
第4章 静的面外変位計測による回転円板の
腰入れ効果評価法
4.1 目的
これまでに,腰入れ処理によって丸のこのほとんどの振動モードの固有振動数が高
くなり,結果として丸のこの回転数を上げていったとき,回転と振動モードが同期す
ることによって動的安定性が急激に低下する回転数(危険回転数)が高くなり,しか
も実用上重要な危険回転数より低い回転数領域でも,動的安定性の向上という効果を
得られること(1)がわかった.さらに腰入れ処理は切断加工時に生じる熱応力による危
険回転数の低下を防ぐ効果があること(2)も明らかになった.
このように,丸のこでの切断時の動的安定性は非常に重要であり,これに貢献して
いるのが腰入れ処理およびスリットの存在であると考えられる.
ところで,実際の丸のこ製造過程においては,腰入れ処理段階で腰入れ効果を予測
するための評価方法が必要である.
これまでの知見によると,腰入れ状態を評価するために,その固有振動数を計測す
ること(3)が良いと考えられる.しかし,周波数解析装置などを必要とすることや,た
とえ周波数スペクトルが得られても,振動モードの判別が難しいことから,この評価
法は実用化されていないのが現状と考えられる.
それに代わる方法として従来より,丸のこ製造工程では,静的面外変位を計測する
方法が利用されている.これはまず,切断加工時と同様に丸のこをフランジで固定し,
その外周上の 1 点あるいは 2 点に面外から集中荷重を加える.そして集中荷重点から
外周上でπ/2 rad だけ離れた点の面外変位量によって腰入れ状態を推定する方法(4)で
ある.この方法は従来から使われていたにもかかわらず,十分な理論的根拠に乏しい
ものであった.
そこで本章では,この集中荷重による面外変位形状が,腰入れ処理によって生じる
45
Chap.4
面内応力により変化し,腰入れ効果の評価方法として有効に利用できることを解析的
に解き明かそうとするものである.
4.2 腰入れ応力がない場合の解析と実験
解析および実験では,これまでの章と同様に,実際の丸のこにおいてもスリット長
さが特に長くない限り面外変位に大差がないことを確認の上,丸のこを単純なモデル
とした円板を用いた. 円板は外半径 a = 280 mm,内半径 b = 20 mm,板厚 h = 2.6 mm
であり,内径拘束のためのフランジは半径 c = 60 mm である.円板は鋼製で縦弾性係
数 E = 2×1011 Pa,ポアソン比ν = 0.3 である. 実験では,円板を水平に固定し,そ
の外周上にフックで分銅を吊り下げることによって集中荷重を印加した.そのときの
面外変位を非接触変位センサを用いて計測した.
実験には通常の円板と,腰入れ処理を行った円板を用いた.腰入れ処理は,第2章
で述べた方法と同じ処理法(1)で行った.
解析において,座標系は円柱座標系(r,θ,z)を用いた.
4.2.1 解析方法
(5)
腰入れ応力のような面内応力が全く存在しない場合,面外変位 w の基礎式は次式で
ある.
D∇ 4 w = 0
(4.1)
ここで
D = Eh 3 / 12(1 − ν 2 ) ,
∂2
∂
∂2
∇ = 2+
+
∂r
r∂r r 2 ∂θ 2
2
である.
集中荷重点の円周角が 0 rad のとき,(4.1)式の一般解は,
∞
w = R0 + ∑ Rm cos mθ
m=1
46
(4.2)
Chap.4
であり,ここで
R0 = A0 + B0r 2 + C0 log r + D0 r 2 log r ,
Rm = Am r m + Bm r m+2 + Cm r −m + Dmr −m+2 (m = 1... ∞)
(4.3)
と表すことができる.
境界条件は,円板のフランジ径 c で拘束されていることから,面外変位とその傾き
がゼロになるので,
w =0 ,
∂w
∂r
=0
(4.4)
である.
また,円板の外周 a では円周角 0 rad の点に面外方向の集中荷重 P が働くため,こ
れを境界条件に含めると,境界条件はモーメント Mr と等価せん断力 Vr に関して,次
式のようになる.
Mr = 0 ,
Vr =
P 1 ∞
( + ∑ cos mθ )
πa 2 m=1
(4.5)
ここで,
∂ w ∂ 2 w 
 ∂ 2 w
+
M r = − D 2 + ν (
) ,
r∂ r r 2 ∂θ 2 
 ∂ r
 ∂
∂ w 
(1 − ν ) ∂ ∂ 2 w
2
Vr = − D
( ∇ w) −
(
− 2 )
r ∂θ r∂ r∂θ r ∂θ 
 ∂ r
である.
したがって,(4.3)式の関数を境界条件(4.4)式と(4.5)式に代入して Rm を決定し,次
に(4.2)式に代入することによって集中荷重下の面外変位形状を得ることができる.
47
Chap.4
wmax/aP [MN-1]
-142
-144
-146
-148
-150
6
8
10
12
14
16
18
20
22
Analysis order m
Fig. 4.1
Relation between maximum deflection wmax/aP and analysis order m.
4.2.2 解析および実験結果
解析は,(4.3)式の m の最大次数を 20 として計算した.これは,最大次数を変えた
場合の集中荷重点の面外変位の変化が,Fig. 4.1 のようになったことから,これを十
分な次数と判断したためである.
円板の面外変位形状の鳥瞰図を Fig. 4.2 に示す.集中荷重点の面外変位が最も大き
い.しかし外周上において集中荷重点から約 0.4π rad 以上離れたところでは,集中
荷重の向き(マイナス)とは逆のプラス方向に面外変位していることがわかる.この
ときの円板の外周での面外変位形状を,実験結果と併せて Fig. 4.3 に Analysis-1 と
して示した.実験と解析の結果は,集中荷重点の反対側で少し性質が異なる.これは,
実験に用いた円板では板厚寸法を一定にするため研削加工を行っており,面内のわず
かな残留応力が残っているものと考えられ,この残留応力が面外変位に微妙に影響し
たものと考えられる.この応力による影響は,次節の面内応力が存在する場合の解析
結果から十分推察できるものである.これらのことを考え合わせると,この解析法は
正しいものと考えられる.なお,Fig. 4.3 の Analysis-2 は次節の解析方法による結果
であり,4.3 節において述べる.
48
Chap.4
P
Fig. 4.2
Deflection shape of a disk loaded by a concentrated force P at the outer
boundary.
w/aP [MN-1]
0
-50
-100
Experiment
-150
-200
-π
Fig. 4.3
Analysis-1
Analysis-2
-π/2
θ
0
π/2
π
[rad]
Analytical and experimental results of outer boundary deflection w/aP of
normal disk.
49
Chap.4
ところで,面外変位形状は,外半径とクランプ径の比 c/a によって,かなり変わる
ものと考えられる.そこで,この比 c/a を変えた場合の面外変位形状の変化を Fig. 4.4
に示す.Fig. 4.4 において,w/aP が小さい領域を見やすくするために,−6
ら6
MN-1 か
MN-1 の範囲を拡大して表示した.半径比 c/a が大きくなるほど円板部の半径方
向長さが小さくなるため,集中荷重点の面外変位は小さくなることが解析結果からも
わかる.またこのとき,面外変位が荷重の向きと逆にプラスとなる領域の角度も小さ
くなる.
したがって,次節の面内応力が存在する場合の解析法の実際の問題への適用におい
ても,このことを考慮することが必要である.
300
200
w/aP
[MN-1]
100
6
3
0
-3
-6
0.64 0.5
0.79
-100
0.36
-200
0.21
-300
0.07
-400
c/a=0.004
-500
-π
θ
Fig. 4.4
50
π/2
0
-π/2
π
[rad]
Outer boundary deflection w/aP as a function of clamped radius c/a.
Chap.4
4.3 腰入れ応力が存在する場合の解析と実験
4.3.1 解析方法
腰入れによる面内応力(半径方向σr ,円周方向σθ )が作用し,面外方向の集中荷重
P が半径 r0,角度θ 0 の位置に印加するとき,面外変位 w に関する基礎式は,
D∇ 4 w − H ( w) −
P
δ (r0 )δ (θ0 ) = 0
πa 2
(4.6)
である.
ここで,δはデルタ関数であり,面内応力を含む第 2 項は,
 ∂
∂ w
∂ w 
∂
H ( w) = h 
(σ r r
) + 2 (σ θ
)
∂ r
∂θ 
r ∂θ
 r∂ r
(4.7)
である.
いま,θ 0 =0 として,δ (θ 0)を次のように表すこととする.
1 ∞
δ (θ 0 ) = δ (0) = ∑ k l cos lθ
π l =0
(4.8)
ただし,k0 = 1/2,kl = 1(l =1,2,...)である.
また,面外変位 w は単純円板の固有関数を用いて,次式のように級数で表すことが
できる.
∞
∞
w = ∑ ∑ Amn Rmn (r ) cos nθ
(4.9)
m= 0 n = 0
ここで,Amn は未定係数,Rmn は節円数 m および節直径数 n の振動モード(m,n)で,
内周固定外周自由の境界条件を満足する固有関数であり,第2章(1)の方法で求めたも
のである.
(4.8)式と(4.9)式を(4.6)式に代入すると,
∞
∞
∞
∞
D∇ (∑ ∑ Amn Rmn cos nθ ) − H ( ∑ ∑ Amn Rmn cos nθ )
4
m= 0 n = 0
−
m= 0 n = 0
∞
P
δ (r0 ) ∑ k l cos lθ = 0
π a2
l =0
2
51
Chap.4
となり,整理すると次式を得る.
∞
∞
∑∑ A
{D∇n ( Rmn ) − Hn ( Rmn )}cos nθ
4
mn
m= 0 n = 0
(4.10)
∞
P
− 2 2 δ (r0 ) ∑ k l cos lθ = 0
π a
l =0
ここで, ∇n , Hn は,
∇ 4 ( Rmn cos nθ ) = ∇ n ( Rmn ) ⋅ cos nθ ,
4
H ( Rmn cos nθ ) = H n ( Rmn ) ⋅ cos nθ
となる演算子である.
ガラーキン法を適用して(4.10)式で解くこととする.左辺に Rijcosjθを掛けて円板の
全面で積分を行う.
a π
∞
∞
∫ ∫∑∑ A
mn
{D ∇ n 4 ( Rmn ) − H n ( Rmn )} cos nθ ⋅ Rij cos jθ ⋅ rdθ dr
c −π m = 0 n = 0
P
− 2 2
π a
a π
∞
∫ ∫ δ (r ) ∑ k
0
c −π
l
cos lθ Rij cos jθ rdθ dr = 0
l =0
(i , j = 0,1,...)
(4.11)
これを整理して,級数を M までの有限個とすると,
P
π
4
2
Amj ∫ {D∇ j ( Rmj ) − H j ( Rmj )} Rij rdr − 2 Rij ( r0 )r0 = 0
∑
kj c
πa
m= 0
M
a
( j = 0,1,..., M )
(4.12)
となる.
したがって,節直径数 j について,単純円板の固有関数 Rmj(節円数 m=0,...,M)を
(4.12)式に代入してできる M+1 個の連立方程式を解くことにより係数 Amj を求めるこ
とができる.各節直径数について求めた係数 Amj を(4.9)式に代入することにより,面
内応力が存在する場合の集中荷重下の面外変位形状を得ることができる.
ところで,腰入れ応力σa は,第2章と同様に,次式で表されるガウス分布型の等方
性付加応力(1)を仮定した.
52
Chap.4
σa
2
r − ra )
(
= A exp{−
}
(4.13)
2 s2
ここで,A,ra ,s はそれぞれ,最大応力値,その半径および幅に相当する分散である.
腰入れ応力σa によって生じる面内応力σr ,σθは,
1
(r 2 − b 2 )
σ r = − 2 ∫ σ a rdr + 2 2
σ a rdr ,
r b
r (a − b 2 ) ∫b
r
a
(4.14)
1
(r 2 − b 2 )
σ θ = 2 ∫ σ a rdr + 2 2
σ a rdr − σ a
r b
r (a − b 2 ) ∫b
r
a
となる.
また,固有振動数は,エネルギー法を用いて計算した.
ra/a = 0.46
s/a = 0.09
Natural frequency
ωmn/2π [Hz]
200
(0,4)
Analysis
Experiment
150
(0,3)
100
(0,2)
50
(0,1)
(0,0)
0
0
50
100
150
Maximum of tensioning stress A [MPa]
Fig. 4.5
Dependance of natural frequencyωmn/2π on the maximum isotropic
additional stress A.
53
Chap.4
[MPa]
40
σa , σ r , σθ
60
0
A = 60 MPa
ra/a = 0.46
s/a = 0.09
σa
σθ
20
σr
-20
-40
0.0
Fig. 4.6
0.2
0.4
0.6
Radius
r/a
0.8
1.0
Distribution of isotropic additional stress σa and radial, circumferential
residual plane stresses σr,σθ .
[MN-1]
0
-50
w/aP
-100
A = 60 MPa
ra/a = 0.46
s/a = 0.09
-150
-200
-π
-π/2
Experiment
Analysis-2
0
π/2
π
θ [rad]
Fig. 4.7
54
Analytical and experimental results of outer boundary deflection w/aP of
Chap.4
tensioned disk.
0
w/aP [MN-1]
π/2
π
3π/4
π/4
-100
θ = 0 rad
-200
ra /a = 0.46
s/a = 0.09
-300
0
20
40
60
80
Maximum isotropic additional stress A
Fig. 4.8
100
[MPa]
Dependence of outer boundary deflection w/aP on maximum isotropic
additional stress A.
4.3.2 解析および実験の結果
解析計算では単純円板の節直径数と節円数をあわせて,固有振動数の低い方から約
1 kHz までの,21 個の固有関数を用いた.このとき,面内応力を考慮した面外変位
の解析が可能な本方法を検証するため,面内応力をゼロとして本方法で解析した場合
の結果を Analysis-2 として,Fig. 4.3 に示した.前節の面内応力を考慮できない解析
方法 Analysis-1 と比べると,集中荷重点の面外変位がやや大きいものの,全般的に
よく一致しているので,今後の解析には問題ないと判断した.
実験においては,前節で用いた通常の円板の他に,腰入れ処理を行った円板を用い
た.したがって,第1章と同様に,これらの固有振動数を計測し,エネルギー法を用
いた固有振動数の解析結果と比較することによって,等方性付加応力の最大応力値 A
の値を求めることができる.この結果を Fig. 4.5 に示す.この Fig. 4.5 は,付加応力
55
Chap.4
のパラメータ ra/a=0.464, s/a=0.0893 (1)としたときの結果である.Fig. 4.5 に示した
ように,固有振動数の計測値は腰入れ円板の最大応力値 A=60 MPa で解析結果とよ
く一致している.
この結果,決定された腰入れによる等方性付加応力とこれによって生じる面内応力
は,Fig. 4.6 に示すようになった.この応力が存在する場合の外周での面外変位形状
を求めると,Fig. 4.7 に示すようになり,計測結果とほぼ一致した.
これらの検討結果から,面内応力を含む場合の面外変位についての本解析法は正し
いものと考えられる.
a.
付加応力の最大値 A の影響
実際の丸のこにおいて,腰入れ量の調整は主に付加応力の最大応力値 A を用いて行
う.このとき固有振動数は Fig. 4.5 に示したように変化する.Fig. 4.5 からわかるよ
うに,最大応力値 A の増加に伴って,振動モード(0,0)および(0,1)の固有振動数は一
様に減少し,特に振動モード(0,0)は A≒120 MPa で,固有振動数が 0 Hz の座屈状態
となる.通常の場合,これが最大応力値 A の上限となる.このような固有振動数の変
化は次のように解釈できる.腰入れによって生じる残留応力は主に,半径中央部で圧
縮応力,外周部で円周方向の引張応力である.したがって内径拘束で外周自由の円板
の節円数 0 の振動モードでは主に,半径方向の曲率は圧縮残留応力の影響を,円周方
向の曲率は引張残留応力の影響を受けると考えられる.振動モード(0,0)および(0,1)
は円周方向に比べて半径方向の曲率を主に生じるモードであるので,圧縮残留応力に
より固有振動数は減少する.また,振動モード(0,2)以上は円周方向の曲率が増加する
モードであり,外周部の広い範囲の引張残留応力により固有振動数は増加することに
なる.
丸のこのような回転円板では,回転によって節直径数 2 以上の各振動モードの後進
波の固有振動数は円板の回転数の増加と共に減少して 0 Hz となり,座屈する.この
ときの各振動モードに対応する臨界回転数のうち,最も低い回転数を回転円板の危険
回転数と言う.この危険回転数を決定する振動モードは,外径とクランプ径の比 c/a
によって異なるが,実験に使用した円板の場合には 振動モード(0,2)であった.また
臨界回転数は非回転時の固有振動数に比例する.これらのことから,危険回転数を高
56
Chap.4
くするためには振動モード(0,2)の非回転時の固有振動数を高くしなければならない
ため,最大応力値 A は大きい程よいと言うことになる.
一方,最大応力値 A の変化による面外変位の変化の様子を Fig. 4.8 に示す.Fig. 4.8
に示すように,最大応力値 A≒14 MPa では
=±π/2 rad までの領域がマイナス側
にたわみ,さらに増加して A≒50 MPa では
=±3π/4 rad の領域まで,A≒60 MPa
では
=±π rad,つまり外周全体がマイナス方向にたわむことがわかる.さらに最
大応力値が増加すると各点の面外変位はマイナス方向に増加し,90 MPa を越えると
急激に面外変位が増加するようになる.このことは剛性の急激な低下を意味するもの
である.そしてまた同時にこの剛性の低下は振動振幅にも影響するため,円板を振動
系として考えると,動的安定性の低下を意味することになる.
したがって,危険回転数や固有振動数を上げるためには,座屈しない範囲内で最大
応力値を大きくしなければならないが,逆に,剛性を保つためには最大応力値は抑え
る必要があることになる.
このようなことから,特に丸のこに腰入れを適用する場合,危険回転数が高くなり,
しかも動的安定性を保つことができる最適な点が存在することになる.具体的には,
Fig. 4.8 において,剛性が急激に低下し始める A=90 MPa 付近が該当すると考えられ
る.
ところで Fig. 4.8 を見ると,腰入れ処理の最大応力値 A の増加に伴う面外変位の変
化は,集中荷重点からπ/2 rad の位置が最も大きく,しかも一様に変化していること
がわかる.このことから,腰入れによる最大付加応力値をこの点の面外変位によって
推定することができるものと考えられる.このことは丸のこの製造工程で行われてい
る腰入れ試験方法とも符合するものである.
57
Natural frequency ωmn/2π [Hz]
Chap.4
200
(0,4)
A=60 MPa
s/a=0.09
150
(0,3)
100
(0,2)
50
(0,0)
(0,1)
0
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5
0.6
0.7
0.8
Radius ra/a
Fig. 4.9
Dependence of natural frequency ωmn/2π on radius ra/a at maximum
isotropic additional stress.
π
w/aP
[MN-1]
0
3π/4
π/2
-50
π/4
-100
A = 60 MPa
s/a = 0.09
-150
θ = 0 rad
-200
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5
0.6
0.7
0.8
Radius ra/a
Fig. 4.10
58
Dependence of outer boundary deflection w/aP on radius ra/a at
Chap.4
Natural frequency ωmn/2π [Hz]
maximum isotropic additional stress.
200
(0,4)
A = 60 MPa
150
(0,3)
ra/a = 0.46
100
(0,2)
50
(0,1)
(0,0)
0
0.01
0.1
1
s/a
Dependence of natural frequency ωmn/2π on variance s/a of isotropic
Fig. 4.11
additional stress.
π
0
3π/4
π/2
w/aP
[MN-1]
-50
π/4
-100
θ = 0 rad
-150
A = 60 MPa
ra/a = 0.46
-200
-250
0.01
0.1
1
s/a
Fig. 4.12
Dependence of outer boundary deflection w/aP on variance s/a of
isotropic additional stress.
59
Chap.4
b.
付加応力の半径 ra および幅 s の影響
等方性付加応力の最大応力点の半径 ra を変化させた場合,円板の固有振動数の変化
を Fig. 4.9 に,外周の面外変位の変化を Fig. 4.10 に示す.Fig. 4.9 から,振動モード
(0,2)の固有振動数を最も高くする半径 ra/a は約 0.45 である.一方,Fig. 4.10 から,
面外変位は,半径 ra/a が約 0.35∼0.45 の場合には円板全周においてマイナスになっ
ているが,この領域の以外では集中荷重点の反対側においてプラス側にたわみ,面内
応力が小さくなっていることがわかる.これは腰入れによる付加応力が,自由端であ
る外周側または内周側に近いとき,応力解放が行われ十分な面内応力を残留すること
ができなくなり,腰入れの効果がなくなるためと考えられる.
腰入れ幅 s による固有振動数の変化と外周での面外変位の変化を Fig. 4.11 と Fig.
4.12 に示す.Fig. 4.11 から,振動モード(0,2)の固有振動数が最も高くなるのは
s/a=0.18 付近であるが,Fig. 4.12 で見ると,このときの集中荷重点の面外変位も最も
大きくなる.また外周全般を見ても,すべて同じマイナス側に変位していることがわ
かる.
またこの付近では,固有振動数の変化に比べて,面外変位の増加が著しい.したが
って付加応力の半径 ra および幅 s は,この最大点を少し避けて剛性を確保した方がよ
いと考えられる.
c.
腰入れ総量(A×s)一定の場合
腰入れの等方性付加応力の最大応力値 A とその分散 s の積は腰入れの総量に相当す
るものと考えられる.そこでこの腰入れの総量を一定にした場合についてみると,Fig.
4.13 と Fig. 4.14 に示すようになった.このとき, A×s/a =5.36 MPa,付加応力の
半径 ra/a=0.46 である. A が約 60 MPa 以上で s/a が約 0.1 以下の場合,腰入れによ
る残留応力が自由端で解放されないため,Fig. 4.13 の固有振動数と Fig. 4.14 の面外
変位の両方において,ほぼ一定になることがわかった.これは半径方向に幅広く分布
させる腰入れ処理と一定の半径部に狭い幅で集中的に行う腰入れ処理がほぼ等価で
あることを示すものである.
60
Chap.4
Natural frequency ωmn/2π [Hz]
0.5
0.2
200
0.15
0.1
s/a
0.07
0.05
0.06
(0,4)
A×s/a = 5.36 MPa
150
ra/a = 0.46
(0,3)
100
(0,2)
50
(0,1)
(0,0)
0
0
20
40
60
80
100
Maximum isotropic additional stress
120
[MPa]
A
Dependence of natural frequency ωmn/2π on maximum isotropic
Fig. 4.13
additional stress A under constant value of tensioning A*s/a.
s/a
0.2 0.15
0.5
0.1
0.07
[MN-1]
0.05
π
0
w/aP
0.06
π/2
-50
3π/4
π/4
-100
-150
A×s/a = 5.36 MPa
ra/a = 0.46
θ = 0 rad
-200
-250
0
20
40
60
80
Maximum isotropic additional stress
Fig. 4.14
100
A
120
[MPa]
Dependence of outer boundary deflection w/aP on maximum isotropic
additional stress A under constant value of tensioning A*s/a.
61
Chap.4
4.4 まとめ
本章では,腰入れ効果を製造段階で予測するための試験法について実験と解析をお
こなった.これらの結果をまとめると以下のようになる.
(1)外周上の一点の面外方向に集中荷重を受ける円板において,面内応力が存在する場
合の解析法を導出し,実験値と一致することを確認した.
(2)この解析法により,腰入れと等価な等方性付加応力の最大応力値や,その半径およ
び分散幅による面外変位の変化の傾向を求めることができた.
(3)特に腰入れ量としての最大応力値は,危険回転数を高くするためには大きくしなけ
ればならないが,大きくしすぎると剛性の急激な低下を伴うため,最適な値が存在
することがわかった.
(4)集中荷重による静的面外変位計測による腰入れ効果の判定は妥当な評価法である
ことがわかった.
62
Chap.5
第5章 熱応力を受ける円板の振動に与える
スリットの効果
5.1 目的
これまでに,腰入れ処理によって丸のこの危険回転数を高くすることができ,この
ため安定領域が拡大し,また動的安定性も向上することなどが明らかになった.また
切断加工時において,親板に生じる温度分布に起因する熱応力がもたらす危険回転数
の減少に関しても,腰入れ処理がこれを抑制し動的安定性向上に大きな役割を果たし
ていることがわかった.
この様に,丸のこの動的挙動や腰入れ処理について解明がなされたが,依然として
未解明な事柄も多くある.特に,丸のこには一般的に設けられている外周部の半径方
向スリットについては,切断時の騒音や振動を軽減する目的のため必要であるなどと
言われているものの,その効果を詳細に解明した研究(1)(2)は少ない.
そこで本章では,実験と解析により,丸のこの動的挙動に果たす半径方向スリット
効果を解明する.解析には有限要素法解析プログラムを用い,スリット数やスリット
長さを変化させて,応力解析や固有振動数解析を行う.さらに,切断加工時の発熱に
よる熱応力や固有振動数への半径方向スリットの効果は大きいと考えられるため,半
径方向温度分布が存在する場合についても解析を行う.また,実験では,これらの結
果について検証を行う.最後に,これらの結果に基づいて,丸のこ回転時の危険回転
数が半径方向スリットの存在により,どのように変化するかについて解析し検討を加
える.
63
Chap.5
c
ls
b
a
Fig. 5.1
Disk with slits.
5.2 解析と実験
本実験では,これまでの章と同様に丸のこを単純化したモデルとして Fig. 5.1 のよ
うな鋼製円板を用いた.円板は,外半径 a=280 mm,板厚 h=2.6 mm,半径 c=60 mm
でフランジによって軸に取りつけ拘束されている.実験にはスリットのない円板1枚
と,円板の外周から半径方向にスリットを設けた円板 4 枚を使用した.スリットを有
する円板のスリット数 Ns は 3 本または 4 本である.また,それぞれについてスリッ
ト長さ ls を,55 mm または 110 mm((a - ls)/a=0.80 または 0.61)とした.スリット幅
は約 1.0 mm であり,スリット本数に応じて,円周上に等間隔に設けている.
64
Chap.5
ところで,被加工物を丸のこによって切断する場合,加工部での発熱のため,丸の
この半径方向に温度分布が生じる.実験ではこのことを想定し,第3章と同様に,円
板を回転させながら外周部をバーナで加熱することにより,円周方向には等温になり,
半径方向に温度分布を生じさせた.このときの半径方向温度分布計測結果の例を,Fig.
3.3 に示す(3).実験では,温度分布の差の大小によっても,分布形状はほとんど変わ
らなかったため,円板の外周付近のピーク温度と内周の温度の差∆T(以下単に,内外
周温度差)を使用し,温度分布を代表させることとした.この内外周温度差は,放射
温度計により計測した.
円板の回転によって,空間に固定した点の観測者には,円板上の一つの振動モード
は前進波と後進波の二つの振動数として観測される.この現象は振動モードの容易な
判別を困難にするため,内外周に温度差が存在する場合の固有振動数は,回転を急停
止した後にインパルスハンマで加振して計測した.この場合の温度差は,目標温度差
の±0.5℃以内に収まるように調整した.振動測定系においては,インパルスハンマ,
渦電流式非接触変位センサとFFTアナライザを使用した.
解析には汎用有限要素法解析プログラム(ANSYS)を使用した.解析モデルは,実験
に使用した円板と同じ寸法と形状であり,解析モデルを半径方向8分割,円周方向2
4分割した.解析に用いる要素には四辺形シェル要素を使用した.スリットの存在し
ない場合に,文献(4)の解析解と有限要素法解析結果を比較すると, 振動モード(0,5)
以下の固有振動数において,その誤差が最大 3.4 %程度であった.さらに,スリット
の存在する場合には,固有振動数の変化を解析の対象とし,スリット部の応力集中を
問題としていないため,メッシュ分割数は妥当であったと判断した.
解析ではスリット長さを外周から内周まで 9 段階に変化させて計算した.従って,
スリット長さがゼロの場合にはスリットの存在しない円板となり,スリットが最も長
く内周までに達する場合には複数の扇形板となるモデルである.
解析では,Fig. 3.3 の温度分布を使用した.
5.3 結果
65
Chap.5
5.3.1 内外周温度差による固有振動数の変化
スリットの存在しない円板の,内外周温度差による固有振動数の変化に関しては,
すでに第3章において解析と実験を行った(3).このとき,円板の製造工程における研
削加工で生じた残留応力によるものと考えられる原因のため,実験での固有振動数の
計測値は解析結果より低い値を示した.また,Fig. 5.2 にスリット数 4 本の場合の有
限要素法解析と実験の結果を示したが,この場合も固有振動数の計測結果は解析結果
に比べて低い値を示している.この原因も,スリットの存在しない円板と同じ円板の
製造工程における研削加工で生じた残留応力により変化したと考えられる.Fig. 5.2
に示したように, 振動モード(0,2)および(0,4)は2つの振動数に分離しているが,こ
れらは後に言及する sin 成分および cos 成分の固有振動数であり,スリットの長さと
の関係からさらに言及する.いずれにしても,内外周温度差の増加による固有振動数
の変化は,振動モード(0,0)および(0,1)で徐々に増加するのに比較し,振動モード(0,2)
以上は減少傾向を示している.スリット数3本の場合において,振動数が分離する振
動モードは(0,3),(0,6),...となるが,振動数の変化は振動モードにより,スリット数
4本の場合と同様な傾向を示した.さらに実験値でも傾向が一致することを確認した.
5.3.2 スリット長さによる固有振動数の変化
Fig. 3.3 のような温度分布が,スリットの存在しない円板の板面に生じた場合,Fig.
5.3(a)のように,外周部においては主に円周方向の圧縮の熱応力,内周部においては
主に半径方向の引張りの熱応力を生じる.内外周温度差が大きくなるのに伴い,この
うち外周部の円周方向圧縮応力は増加し,やがて円板は面外にたわみ,熱座屈状態に
なる.この熱座屈時の内外周温度差は,このモデルの解析値では 23℃であり,実験
値では約 12℃であった(3).丸のこが回転中に熱座屈すると,面外変位により回転トル
クが急激に増加するため,丸のこは切断加工不能になる.
66
Chap.5
Natural frequency ωmn/2π [Hz]
300
(0,5)
200
(0,4c)
(0,4s)
100
(0,3)
(0,0)
(0,1)
0
0
10
(0,2c)
(0,2s)
30
20
Temperature difference ∆T
Natural frequency ωmn/2π [Hz]
a)
(a - ls)/a = 0.80 .
300
250
(0,6s)
200
(0,5)
150
(0,4c)
(0,4s)
100
(0,3)
(0,2c)
(0,2s)
50
0
(0,0)
(0,1)
0
10
20
Temperature difference ∆T
b)
Fig. 5.2
[℃]
30
[℃]
(a - ls)/a = 0.61 .
Natural frequency and temperature difference diagram.(Ns=4)
67
Chap.5
a) No-slit disk.
b)
Fig. 5.3
Disk with slits.(Ns=4, (a-ls)/a=0.61)
Results of thermal stress analysis using finite element method.
(∆T = 20℃)
68
Chap.5
そこで現実の丸のこと同様に,外周部に半径方向スリットを設けることによって,
円周方向熱応力を解放し,熱座屈を防ぐことが期待される.有限要素法解析による熱
応力分布の計算結果を Fig. 5.3(b)に示すが,外周付近での円周方向応力の解放が確認
できる.スリット数は4本,スリット長さは(a - ls)/a=0.61,内外周温度差は 20℃で
ある.Fig 5.3(a)のスリットのない円板外周部に存在する円周方向圧縮応力は,半径
方向スリットを設けることにより,Fig 5.3(b)のようにほぼ解放され,小さくなって
いることがわかる.
スリットの長さによる各振動モードの固有振動数の変化を Fig. 5.4 に示す.スリッ
ト数は4本である.ただし,Fig. 5.4(b)においてスリットが存在しない場合,円板は
熱座屈状態になるため実験不可能であり,固有振動数は計測されていない.内外周温
度差が存在しないとき,Fig. 5.4(a)に示すように,半径方向スリットの長さが次第に
長くなりスリットで分割された領域が扇形に近づくに伴って,すべての振動モードに
おいて固有振動数は減少する傾向になる.
ところが,内外周温度差が 20℃の場合,熱応力のため,スリットが存在しない円板
では振動モード(0,2)以上の固有振動数が減少し,かつ振動モード(0,2)の固有振動数が
最小となる.しかし,スリット長さが長くなり,特に外周部の円周方向の熱応力が解
放され減少すると,振動モード(0,2)以上の固有振動数は増加する.さらにスリットが
長くなると,固有振動数は逆に減少する傾向がある.すなわち,あるスリット長さに
対して,固有振動数が最大値となる点が存在することがわかる.
スリットを外周部に 4 本設けた場合,Fig. 5.4 に示すように, 振動モード(0,2)およ
び(0,4)は,固有振動数が異なる二つの振動モードに分離する.この二つの振動モード
は,Fig. 5.5 に示すように,外周上に設けた半径方向スリットの方位が,振動モード
の節直径の方位と一致する振動モード(sin 振動モード,以下(0,2s),(0,4s)と表記す
る)と,振動モードの腹の方位と一致する振動モード(cos 振動モード,以下(0,2c),
(0,4c)と表記する)である.二つの振動モードは,スリット長さが長くなるのに伴っ
て,固有振動数とモードを徐々に変化させ,最終的にそれぞれ扇形板における別の振
動モードに帰着する.
69
Natural frequency ωmn/2π [Hz]
Chap.5
300
250
(0,5)
200
(0,4c)
150
(0,4s)
(0,3)
100
(0,2c) (0,2s)
50
(0,0)
0
0.4
(0,1)
0.6
0.8
1.0
(a - ls)/a
∆T = 0℃.
[Hz]
a)
300
Natural frequency
ωmn/2π
250
(0,5)
200
(0,4c)
150
(0,4s)
100
(0,3)
(0,0)
(0,2c)
50
(0,1)
(0,2s)
0
0.4
0.6
0.8
1.0
(a - ls)/a
b) ∆T = 20℃.
Fig. 5.4
Dependence of natural frequency on slit length.(Ns=4)
解析結果によると,このようなモード分離は,スリット数3本の場合に振動モード
70
Chap.5
(0,3)および(0,6),スリット数5本の場合に(0,5),スリット数6本の場合に(0,3)およ
び(0,6)の各振動モードにおいて確認できた.
Node line of vibration mode
a) sin-mode.
Fig. 5.5
b) cos-mode.
Two different phase mode.
5.3.3 スリット数による固有振動数の変化
スリット長さが(a - ls)/a=0.61 のときのスリット数の変化による各振動モードの固
有振動数の推移を Fig. 5.6 に示す.このとき,内外周温度差∆T = 0℃の場合,Fig. 5.6(a)
に示すように,振動モード(0,4)や(0,5)など節直径数が多い振動モードほど,スリット
数の増加に伴って固有振動数が大きく減少する.これはスリットの存在により,各振
動モードにおける円周方向の拘束がなくなり,振動のポテンシャルエネルギーが小さ
くなったためと考えられる(2).また前節で述べたように,振動モードの節直径数とス
リット数 Ns の関係から,sin および cos モードへの分離現象が現れている.
内外周温度差∆T=20℃の場合を Fig. 5.6(b)に示す.特に振動モード(0,2)および(0,3)
において,スリット数 0 本から 3 本まで増加するのに伴って外周部の円周方向熱応力
の解放が行われるため,固有振動数が増加している.しかし,スリット数 4 以上では
ほぼ一定となることがわかる.
71
Chap.5
Natural frequency
ωmn/2π
[Hz]
300
(0,5c)
200
(0,5s)
(0,4c)
(0,4s)
(0,3c)
100
(0,3s)
(0,2c)
(0,1c)
0
0
1
(0,0)
(0,1s)
2
3
4
Number of slits
a)
(0,2s)
5
6
5
6
Ns
∆T = 0℃.
Natural frequency
ωmn/2π
[Hz]
300
250
(0,5c)
200
(0,5s)
150
(0,4c)
(0,4s)
100
(0,3c)
(0,3s)
(0,0)
50
(0,2c)
(0,2s)
0
0
1
(0,1c)
(0,1s)
2
3
Number of slits
4
Ns
b) ∆T = 20℃.
Fig. 5.6
72
Dependence of natural frequency on slit number.((a - ls)/a =0.80)
Chap.5
5.3.4 臨界回転数へのスリットの効果
丸のこ使用時のように円板を回転させると,遠心力によって各振動モードの固有振
動数が増加する.振動モード(m,n)において,静止時と回転時の固有振動数をそれぞれ
ωmn, ωmnr とし,円板の回転数をΩ r とすると,これらの間には次の関係が成立する(5)(6).
ω m2 n r = ω m2 n + λ m n Ω 2r
(5.1)
ここで,λmn は振動モード(m,n)に固有な係数である.円周方向応力の拘束力は半径方
向スリットを設けることにより変化することから,遠心力によって生じる面内応力分
布はかなり異なるものと考えられる.したがって,スリット長さの変化に伴ってλmn
の値は変化する.λmn の値は,静止時の固有振動数 ωmn と回転時の固有振動数ωmnr を有
限要素法解析で計算し,(5.1)式に代入することにより求めることができる.Fig. 5.7
は,スリット数 4 本の場合において計測された係数λmn の値を (a - ls)/a の関数として
示したものである.
10
Coefficient
λmn
(0,5)
(0,4c)
5
(0,4s) (0,3)
(0,2s)
(0,2c) (0,1)
(0,0)
0
0.4
0.6
0.8
1.0
(a - ls)/a
Fig. 5.7
Dependence of coefficient λmn on slit length.(Ns=4)
回転する円板の振動を,空間に固定した変位センサで計測すると, 振動モード(m,n)
73
Chap.5
の固有振動は,振動数が ωmnr+nΩ r の前進波とωmnr - nΩ r の後進波の二つの波として観
測される(4).円板の回転数Ω r が増加するにしたがって,前進波の振動数は増加するが,
後進波では減少する.さらに回転数が大きくなると,後進波の振動数は 0 Hz となり,
動的不安定となる.このときの回転数Ω rcmn を振動モード(m,n)の臨界回転数とすると,
次式で求めることができる.
2
Ω rcm
=
n
ω m2 n
2
n − λm n
(5.2)
回転数を徐々に上げてゆくときに,最初に遭遇する最も低い臨界回転数すなわち危
険回転数をΩ rc とする.この危険回転数Ω rc の高低は丸のこ使用時に最も重要な問題と
なる.なぜなら,この臨界回転数Ω rc 以上の回転数においては,他の振動モードの臨
界回転数Ω rcmn が次々と現れ,動的に不安定となるため,実用上は使用できない回転数
領域となる.
この危険回転数Ω rc は,スリット長さの変化により Fig. 5.8 に示すように変化する.
ただし,ここでλmn は内外周温度差∆T によっては変化しないものと仮定した.内外周
温度差が 0℃のとき,スリット長さが短いとき,危険回転数Ω rc は徐々に減少するが,
スリット長さが長くなるにしたがって,危険回転数が急激に減少するようになる.内
外周温度差が 5℃または 10℃のとき,スリット長さが(a-ls)/a = 0.7 付近までほぼ一定
の危険回転数となり,それより長いスリットでは,内外周温度差が 0℃のときとほぼ
同様に急激に減少する傾向を示す.さらに,内外周温度差が 20℃以上では,スリッ
ト長さが短い場合,内外周温度差が存在しないときに比べて危険回転数は低い値であ
るが,スリット長さが長くなるにしたがって,危険回転数は増加する.そして,スリ
ット長さが(a - ls)/a=0.65 付近において,最も危険回転数が高くなる.さらにスリット
長さが長くなると,臨界回転数は低下するが,この領域では危険回転数Ω rc へのスリ
ット数や内外周温度差の影響はあまり見られなくなる.
74
[rps]
50
Critical rotating speed Ωrc
Chap.5
40
Ns = 3
Ns = 4
Ns = 5
∆T=0℃
∆T=5℃
∆T=10℃
30
∆T=20℃
20
∆T=30℃
10
0
0.4
0.6
0.8
1.0
(a - ls)/a
Fig. 5.8
Dependence of critical speed on slit length.
75
Chap.5
Critical rotating speed
Ωrcmn
[rps]
50
(0,3)
(0,6c)
40
(0,4c)
(0,2c)
30
(0,2s)
(0,5)
(0,6s)
20
(0,4s)
10
0
0.4
0.6
0.8
1.0
(a - ls)/a
a)
∆T = 0℃.
Critical rotating speed
Ωrcmn
[rps]
50
(0,6c)
40
(0,4c)
30
(0,5)
(0,3)
(0,2s)
(0,6s)
(0,2c)
20
(0,4s)
10
0
0.4
0.6
0.8
1.0
(a - ls)/a
b) ∆T = 20℃.
Fig. 5.9
Dependence of critical speed at each vibration mode on slit length.
以上のことから,適切な長さのスリットを設けることにより,内外周温度差による
76
Chap.5
危険回転数の減少を抑制することができる.
スリット数4本の場合,各振動モードごとの臨界回転数を求めると,Fig. 5.9 のよ
うになった.どの振動モードの臨界回転数Ω rcmn が,危険回転数Ω rc となるかについて,
他の場合の解析結果を含め検討すると以下のようになる.内外周温度差が 0℃から
30℃において,スリット長さが外半径の約 40%より短い範囲では,危険回転数Ω rc を
決定するのは振動モード(0,2)ある.これはスリット数 3,4 および 5 本においてすべ
て同様であった.しかし,外半径の約 40%以上にスリットが長くなるとき,危険回転
数Ω rc を決定するのは,スリット数と同じ節直径数の振動モードの sin 振動モード,
つまりスリット数 3 本で振動モード(0,3s),4 本で振動モード(0,4s),そして 5 本では
振動モード(0,5s)であった.ただし,これは,円板の外周と内周の比などによって変
化するものと考えられる.
5.4 まとめ
丸のこの外周部に設けられている半径方向スリットの動的役割について,実験と有
限要素法による解析を行った.その結果についてまとめると次のようになる.
(1)スリットを有する円板において,スリット長さが長くなるほど,内外周温度差の影
響による固有振動数の変化は小さくなった.
(2)ここで用いた円板モデルにおいて,スリット長さが一定で,かつ内外周温度差が存
在するときに,スリット数が多くなるほど,危険回転数に関与する振動モード(0,2)
および(0,3)の固有振動数は増加するが,スリット数 3 本以上ではほぼ一定となっ
た.
(3)すべてのスリット上に振動モードの節直径が存在する場合,その振動モードは振動
数の異なる sin と cos 振動モードに分離した.さらに,スリット長さが長くなるほ
どその差は拡大し,sin 振動モードの固有振動数は急激に減少した.
(4)内外周温度差が 10℃より低いとき,スリット長さが長くなるほど,危険回転数は
低くなった.しかし,内外周温度差が 10℃以上において,スリットの存在しない
円板に比べて適切なスリット長さを選択することにより危険回転数を高くするこ
77
Chap.5
とができる.ここで用いた円板モデルの場合,最適なスリット長さは円板半径の約
35%であった.
(5)以上の円板モデルに対する検討結果から,10℃以上の内外周温度差による熱応力
を受ける回転円板では,スリット数は 3 本,最適なスリット長さは円板半径の約
35%程度とするのが良いと考えられる.
78
Chap.6
第6章 粘弾性サンドイッチ構造円板の振動
6.1 目的
各種の切断に用いられている丸のこは,薄板構造であるため,非常に振動しやす
い.この振動は切断中における騒音を大きくし,切断面の品質低下や工具寿命の低
下などの原因になっている.さらに丸のこの臨界回転数において,丸のこの親板の
固有振動が加工のための回転と同期し,静止した被加工物と共振するため,非常に
危険な状態となる.このためこの回転数は危険回転数とも言われ,これ以上の回転
数では不安定になり,通常使用できない(1).
従来より,丸のこには腰入れ処理が施されてきた.これは第2章における研究な
ど(1)-(3)によって,臨界回転数を高くし,動的安定性を向上する効果を有することが
明らかになっている.この処理はさらに,加工中に生じる熱応力による不安定性の
改善にも効果(4)がある.また,丸のこの外周部に一般に設けられているスリットに
ついても,同様の効果を目的としたもの(5)である.
しかしながら,腰入れ処理によって,危険回転数を上昇し,丸のこの動的安定性
を向上させるためには,腰入れ処理による面外方向の剛性低下などにより,限界が
存在する.
この解決方法として,丸のこに大きな減衰特性を保有させることによって,振動
振幅そのものを抑え,動的安定性を向上する試みである.円板の減衰特性を向上す
るために動吸振器を用いること(6)(7)も考えられるが,過酷な加工環境下に曝される
丸のこへの適用は困難である.実際の丸のこの設計製造において,丸のこの親板(ブ
レード)を複合拘束型のサンドイッチ構造にして減衰特性を向上させる試みが行わ
れている.
ところが,これまでのサンドイッチ構造鋼板に関する研究において,一軸はりに
関する研究(8)-(11)がほとんどであり,サンドイッチ円板については内径部の拘束がな
い場合(12)(13)についてのみであった.しかもロスファクタをゼロとして固有振動数を
79
Chap.6
求めており,ロスファクタの影響は無視されている.このようなことから,丸のこ
を単純モデル化した内周固定・外周自由の境界条件を有するサンドイッチ構造円板
の解析が必要(14)である.
そこで本論文では,これまでの解析方法を発展させてロスファクタの影響を受け
た固有振動数を求めるための解析を行い,粘弾性樹脂のロスファクタ,せん断弾性
係数および厚さがサンドイッチ構造円板の固有振動数およびロスファクタに及ぼす
影響を明らかにする.
z
θ
dθ
layer-1
layer-2
layer-3
r
r
τθ z1
σθ1
τθ z3
σθ3
Fig.6.1
80
dr
τrz1
τθ r1 τrθ1
τθ z2
τrz2
τθ r3 τrθ3
Element of sandwich disk.
σr1
h1
h2 d
h3
τrz3
σr3
Chap.6
h1/2
h1/2
z1
u1
layer-1
u10
A
h2/2
d
w
r
h2/2
B u3
z3
h3/2
h3/2 u30
layer-2
∂w
∂r
layer-3
Fig.6.2 Deformation of sandwich disk.
6.2 解析
6.2.1
サンドイッチ構造円板の基礎式
サンドイッチ構造円板の振動解析を行うために,Fig.6.1 に示した円柱座標系(r,
θ, z)における三層円板の微小要素 rdrdθを考える.これから解析を進めるにあたり,
次の仮定を行う.
(1)各層間のすべりは存在しない.
(2)各層のz軸方向の変位 w は等しい.
(3)粘弾性層では,せん断変形によるz軸方向の応力以外は無視できる.
(4)z軸方向以外の慣性力は無視できる.
81
Chap.6
(5)第1,3層の板厚方向断面内において,せん断変形しない.
(6)第1,3層の板厚 h,弾性係数 E およびポアソン比は等しい.
ここで第1および3層について添字 i=1,3 とすると,断面における半径方向の変
位 ui および円周方向の変位 vi は,各層の中央面の変位を ui0,vi0 とし,各層の中央面
を原点とする z 軸座標を,zi とすると,Fig.6.2 に示した関係から,θ軸方向も同様に
して,
ui = ui 0 − zi (
vi = vi 0 − zi (
∂ w
∂r
∂ w
r∂θ
),
(i=1,3)
(6.1)
)
である.
この式から,第2層の上下面上のA点(z1=-h1/2),B点(z3=h3/2)における変位を得
ることができる.
u A = u10 +
h1 ∂ w
, 2 ∂r
uB = u30 −
h3 ∂ w
,
2 ∂r
h ∂w
v A = v10 + 1
, 2 r∂θ
h ∂w
v B = v30 − 3
2 r∂θ
(6.2)
したがって,第2層のせん断ひずみは,以下のようになる.
γ rz 2 =
γ θz 2
( u10 − u30 ) d ∂ w
+
,
h2
h2 ∂ r
( v − v30 ) d ∂ w
= 10
+
h2
h2 r∂θ
(6.3)
ただし,d=h1/2+h2+h3/2 である.したがって,せん断力は,第2層(粘弾性樹脂層)
の複素せん断弾性係数を G2*とすると,
82
Chap.6
τ rz 2 = G γ rz 2
*
2
τ θz 2 = G2*γ θz 2

∂ w 
(
u
−
u
)
+
d
 10
,
30
∂ r 

∂ w
G* 
= 2 (v10 − v30 ) + d

r∂θ 
h2 
G2*
=
h2
(6.4)
となる.
また,第1,3層において垂直応力とせん断力は,次式のようになる.
σ ri =
 ui ∂ vi  
E  ∂ ui
+
ν
 ,
 +

(1 − ν 2 )  ∂ r
 r r∂θ  
σ θi =
E  ∂ ui ui ∂ vi 
+ +
ν
,
(1 − ν 2 )  ∂ r
r r∂θ 
τ rθi =
E  ∂ ui ∂ vi vi 
+
− 

2(1 + ν )  r∂θ ∂ r r 
(i=1,3)
(6.5)
3層板は純曲げであること,h1=h3 であることから,
u10 = −u30 ,
v10 = −v 30
(6.6)
の関係が得られる.
以上の式から断面に作用する応力は,u10,v10 を u,v と置くと,次式のようにな
る.(複号は i=1,3 の順)
 ∂2
∂v
E 
∂
1
∂
∂ 2  

σ ri =
+ ν )u ± ν
− zi 
+ ν(
+
) w,
± (
r
r∂θ
r∂ r r 2∂θ 2  
(1 − ν 2 )  ∂ r
∂ r2



 ∂2
∂v
E 
∂
∂
∂ 2  
1

σ θi =
v
u
z
ν
(
)
(
) w ,
±
+
±
−
+
+

i
2
2
2  
∂r r
∂
r∂θ
r
r
∂
∂θ
(1 − ν 2 ) 
r
r
 


 ∂ u

E
∂
1
∂ 1 ∂
τ rθi =
±(
− )v + 2 zi
( −
) w,
±
2(1 + ν )  r∂θ
∂r r
r∂θ r ∂ r 
τ rz 2 =
τ θz 2
G2
h2
∂ w 

) ,
2u + d (
∂ r 

∂ w 
G 
= 2 2v + d (
)
h2 
r∂θ 
(6.7)
83
Chap.6
これから,各層のモーメントおよび断面力は次式で求めることができる.
M ri = ∫
hi 2
M θi = ∫
hi 2
− hi 2
σ ri zi dzi , − hi 2
M r θi = ∫
σ θi zi dzi ,
hi 2
− hi 2
N ri = ∫
hi 2
N θi = ∫
hi 2
− hi 2
σ ri dzi ,
− hi 2
N rθi = ∫
σ rθi zi dzi , (6.8)
σ θi dzi , hi 2
− hi 2
σ rθi dzi
以上の式の展開により,3層全体のモーメントとせん断力は,次式のようになる.
 2
Eh1d  ∂ ν
∂2 
ν ∂ 
(
)
u
v,
M r = −2Dν∇ + (1 − ν ) 2  w +
+
+

r ∂θ 
(1 − ν 2 )  ∂ r r
∂r 


Eh1d  ∂ 1
1 ∂
1 ∂2 
1 ∂ 
(
ν
)
Mθ = −2Dν∇ 2 + (1 − ν )(
+ 2 2 ) w +
+
u
+
v,

2
r
r
r
r
r
∂
∂
∂θ
∂θ
(
ν
)
r
1
−




M rθ = 2(1 − ν ) D(
Eh1d 1 ∂
1 ∂ 1 ∂2
∂ 1 
ν
u
−
w
+
+
− )v,
)
(

2(1 + ν ) r ∂θ
∂ r r 
r 2 ∂θ r ∂ r∂θ

∂ w 
),
2u + d (
∂ r 

∂w
∂ 2
d G2* 
2
Qθ = − D
∇ w+
v
+
d
(
)

2 h2 
r∂θ
r∂θ 
∂ 2
d G2*
Qr = − D
∇ w+
2 h2
∂r
(6.9)
Eh13
ただし, D =
,
12(1 − ν 2 )
∇2 =
∂2
∂
∂2
+
+
∂ r 2 r ∂ r r 2∂θ 2
である.
Fig.6.1 の微小要素 rdrdθにおいて,r,θ 軸方向のモーメントと z 軸方向の力の
つり合いの基礎式は, サンドイッチ円板の単位面積当たりの密度をρとすると
84
Chap.6
(
2
∂
∂
+ ) M rθ +
M θ − Qθ = 0,
∂r r
r∂θ
(
1
1
∂
∂
+ ) Mr +
M rθ − M θ − Qr = 0,
r∂θ
r
∂r r
(6.10)
1 ∂
∂
∂2
Qθ − ρ
w=0
( rQr ) +
r∂ r
r∂θ
∂ t2
であるため,この式に(6.9)式を代入することによって,u,v,w で表された基礎式
を得ることができる.
ここで,文献(10)に従って,u,v により表される面内の変位ベクトルを s=[u,v]T で
[
表す.また, ∇ = ∂ ∂ r , ∂ r∂θ
]
T
とし,×,・ をそれぞれベクトルの外積,内積を
表す演算子とすると,基礎式は,面内と面外でそれぞれ,
Eh1d
1− ν 2
1− ν

 G
∇ × (∇ × s)  − 2 d (2 s + d∇w) = 0,
∇( ∇ ⋅ s) −
2

 h2
*
Eh1 d 2
∂2
− 2 D∇ w +
∇ ∇⋅s − ρ 2 w = 0
1−ν2
∂t
4
(6.11)
(6.12)
と表すことができる.
面内の変位ベクトル s は,
s = ∇φ + ∇ × ψ
(6.13)
のように,スカラーφの傾きと z 軸方向ベクトルψの回転の和で表すことができる.
ψが z 軸方向のベクトルであることから,
∇ × (∇ × ψ ) = −∇ 2ψ
である.さらにベクトル解析の公式,
∇ × ∇φ = 0, ∇ ⋅ (∇ × ψ ) = 0
などを用いると,(6.11)式は,
 Eh d

 1 − ν Eh1d 2

G*
G*
G2*
∇ 1 2 ∇ 2φ − 2 2 dφ − 2 d 2 w + ∇ × 
∇
−
ψ
2
dψ  = 0
2
h2
h2
h2
 1− ν

 2 1−ν

(6.14)
と整理できる.この式の左辺は,スカラーの傾きとベクトルの回転の和を表してい
る.この(6.14)式が常に成立するためには,左辺の第1項と第2項の括弧内がそれ
85
Chap.6
ぞれゼロであれば十分である.したがって,これを整理すると,
∇ 2φ =
G2* (1 − ν 2 )
( 2φ + dw),
Eh1h2 d
(1 + ν ) G2*
(∇ − 4
d )ψ = 0
Eh1dh2
2
(6.15)
(6.16)
となる.
また,z軸方向の基礎式である(6.12)式についても同様に,公式および(6.15)式を
用いて整理すると,次式のようになる.
2
* *2
∇ 6 w − g * (1 + Y )∇ 4 w − Ω *2
mn ∇ w + g Ω mn w = 0
(6.17)
ここで,ω*mn はサンドイッチ円板の節円数 m および節直径数 n の振動モード(m,n)
の複素角固有振動数であり,g*,Y,Ω*mn は次式のとおりである.
G2*
g =2
h2
*
Eh1
,
(1 − ν 2 )
Y = 3(1 + h2 h1 ) 2 ,
*2
Ω *mn2 = ρω mn
(6.18)
3
1
Eh
6(1 − ν 2 )
である.
粘弾性層のロスファクタをγとすると,
G2* = G2 (1 + jγ )
(6.19)
であるので,これを含むパラメータ g*も,
g * = g (1 + jγ )
(6.20)
と表すことができる.同様に,サンドイッチ円板の振動モード(m,n)のロスファクタ
をηmn とすると,複素固有角振動数は,
*2
2
ωmn
= ωmn
(1 + jηmn )
(6.21)
であるので,固有振動数パラメータΩ∗mn も,
2
Ω *2
mn = Ω mn (1 + jηmn )
と表すことができる.
したがって,(6.17)式は次式のようになる.
86
(6.22)
Chap.6
{∇ 6 − g (1 + jγ )(1 + Y )∇ 4 − Ω 2 (1 + jη)∇ 2 + g (1 + jγ )Ω 2 (1 + jη)}w = 0 (6.23)
この式を実部と虚部に分けると,次式のようになる.
{∇ 6 − g (1 + Y ) ∇ 4 − Ω 2 ∇ + gΩ 2 (1 − γη )}w = 0 ,
(6.24)
{gγ (1 + Y )∇ 4 + Ω 2η∇ 2 − gΩ 2 (γ + η )}w = 0
(6.25)
さらに,上の両式から を消去すると,
{∇ 8 − g (2 + Y ) ∇ 6 + {g 2 (1 + γ 2 )(1 + Y ) − Ω 2 }∇ 4 + 2 gΩ 2 ∇ 2 − g 2 Ω 2 (1 + γ 2 )}w
= {( L + λ12 )( L + λ22 )( L + λ23 )( L + λ24 )}w = 0
(6.26)
を得る.
ここで,振動モードの節直径数を n とすると,
w = w(r ) sin( nθ )
と表すことができ,(6.26)式の一般解は,ベッセル関数 Jn,Yn を用いると,次式の
ように表すことができる.
4
w(r ) = ∑ ( Ai J n ( λi r ) + Bi Yn ( λi r ))
(6.27)
i =1
ただし,Ai,Bi(i=1,..,4)は未定係数である.
ところで,
4
φ = ∑ Ci ( Ai J n ( λi r ) + Bi Yn ( λi r ) )
(Ci は係数)
i =1
として(6.15)式に代入し整理すると,
4

∑  ∇
2
− g (1 +
i =1
d 
) ( Ai J n ( λi r ) + Bi Yn ( λi r ) ) = 0
2Ci 
となる.これはベッセルの微分方程式である.この式が成立するには,左辺の各項
において,
Ci = − dg 2( g + λi 2 )
であれば十分である.したがって,このとき次式を得ることができる.
4
φ = −∑
i =1
dg
A J ( λi r ) + Bi Yn ( λi r ) )
2 ( i n
2( g + λi )
(6.28)
87
Chap.6
また,(6.16)式もまた同様なため,一般解は次式となる.
ψ = A5 J n ( λ5r ) + B5Yn ( λ5r )
(6.29)
ただし, λ5 = − 2 g (1 − ν ) ,A5,B5 は未定係数である.ここで,
2
u = u( r ) cos(nθ ), v = v ( r ) sin(nθ ),
φ = φ ( r ) cos(nθ ), ψ = ψ ( r ) sin(nθ )
と仮定すると,(6.13)式から,
n
∂
φ + ψ, r
∂ r
n
∂
v=− φ−
ψ
r
∂ r
u=
であるので,
dg
∂
n
( Ai J n (λi r) + Bi Yn (λi r)) + ( A5 J n ( λ5r ) + B5Yn (λ5r )),
2
r
i =1 2( g + λi ) ∂ r
4
u = −∑
dg
n
∂
(
(
)
(
))
( A5 J n (λ5r ) + B5Yn ( λ5r ))
A
J
λ
r
+
B
Y
λ
r
−
i
n
i
i
n
i
2
∂r
i =1 2( g + λi ) r
4
v=∑
(6.30)
となる.従って,モード関数は(6.27)式および(6.30)式である.なお,文献(10)の結果
はγ = 0,η = 0 の場合に相当する.
これに境界条件を用いて未定係数 Ai,Bi を決定することにより,節円数 m 節直径
数 n の振動モード(m,n)の固有振動数ωmn/2πとそのロスファクタηmn を求めることが
できる.
円板の境界条件は,円板の内周では,固定拘束条件から,次式となる.
u = 0, v = 0, w = 0, ∂ w
=0
∂r
88
(6.31)
Chap.6
また,円板の外周では自由であるので,モーメント Mr,等価せん断力 Vr,および垂
直応力 Nr,Nr は次式である.
M r = 0, Vr = 0, N r = 0, (6.32)
N rθ = 0
6.2.2 ロスファクタの影響を考慮した解法
基礎式(6.23)式の解であるモード関数(6.27)式および(6.30)式の未定係数を決定
するために,内周における境界条件(6.31)式および外周における境界条件(6.32)式だ
けでは条件式が2個不足するため,直接解を求めることができない.従って,ここ
では次のような解法を用いた.
第一段階:(6.24)式は,
{(∇ 2 + κ 12 )(∇ 2 + κ 22 )(∇ 2 + κ 32 )}w = 0
(6.33)
のように表すことができる.したがって,与えられた粘弾性層のロスファクタγの値
と,サンドイッチ円板のロスファクタηの適当な初期値(たとえばゼロ)を(6.24)式に
代入し(6.33)式からκi を求める.これから(6.27),(6.30)式と同様に u,v,w の近似モー
ド解 u’, v’, w’ を求める.
∂
d g
n
( Ai′Jn (κ i r) + BY
i′ n (κ i r)) + ( A4′ Jn (κ 4 r ) + B4′Yn (κ 4 r)),
2
r
i =1 2( g + κ i ) ∂ r
3
u′ = −∑
d g n
∂
( Ai′Jn (κ i r) + BY
( A4′ Jn (κ 4r) + B4′Yn (κ 4r)),
i′ n (κ i r)) −
2
∂r
i =1 2( g + κ i ) r
3
v′ = ∑
3
w′ = ∑( Ai′Jn (κ i r) + BY
i′ n (κ i r ))
i =1
(6.34)
第二段階:得られた(6.34)式を境界条件(6.31),(6.32)式に代入してできる未定係
数ベクトル[A1,..,A4,B1,..,B4]T がゼロでないための条件から,固有振動数ωmn/2πが決
定される.
第三段階:このとき得られた固有振動数ωmn/2πを,(6.26)式に代入してλi を求める.
89
Chap.6
次にこのλi と(6.25)式からロスファクタηの修正値を求める.
最後に得られたロスファクタηを初期値として,再び第一段階から一連の計算を
行う.これを繰り返すことにより,固有振動数ωmn/2π,ロスファクタηともに収束す
るので,この値をサンドイッチ円板の固有振動数ωmn/2πおよびロスファクタηと見な
すことができる.また,κi から u,v,w のモード関数の近似モード解 u’,v’,w’ が決定さ
れる.以上の解析方法を Fig.6.3 に示す.
なお,先の式展開では十分条件のみを満足しているため,実際の計算においては,
固有振動数ωmn/2πでは負の実数値解を,ロスファクタηでは複素数値や負の実数値の
解を生じる.これらは現実の現象を表すものではないため,計算では正の実数解の
みを使用した.
90
Chap.6
Loss factor γ
η
Eq.(6.24) & Eq.(6.33)
κi
Boundary conditions Eqs.(6.31),(6.32)
Mode u’,v’,w’
Natural frequency ωmn
Eq.(6.26)
λi
Eq.(6.25)
η (correct)
Convergence
η ,ωmn,u,v,w
Fig.6.3
Analysis algorism.
91
Chap.6
6.3 結果
前章の解析法によるサンドイッチ円板振動の結果を検討する.境界条件は実際の
丸のこと同じ内径拘束外径自由である.実験と計算において,層1,3は鋼鈑であ
り,外半径 a=280 mm,内半径 b=20 mm,フランジ半径 c=60 mm,厚さ h1=h3=1.5 mm,
弾性係数 E=2.0×1011 Pa,ポアソン比ν=0.3,密度ρ1=7870 kg/m3 である.粘弾性層
の密度はρ2=1510 kg/m3 である.さらに,ロスファクタγ=0.9,せん断弾性係数 G2=2.1
×107 Pa,厚さ h2=0.5 mm のサンドイッチ円板を製作し,実験を行った.この円板
のパラメータ値は,g=19.98,Y=5.33 である.実験において,実験振動モード解析
プログラム(STAR-System)を使用して振動モードを解析した.
1
g = 19.98, Y =5.33
Loss factor η
0.1
(0,4)
(0,3)
(0,2)
(0,0)
(0,1)
0.01
1E-3
1E-4
1E-3
0.01
0.1
1
Loss factor γ
Fig.6.4 Dependence of loss factor η on loss factor
92
.
Chap.6
1
Loss factor η
Y = 5.33
(0,4)
(0,3)
0.1
(0,1)
(0,0)
(0,2)
0.01
Analysis
Experiment
1E-3
0.1
1
10
100
1000
Parameter g
ωmn/2π [Hz]
a) Loss factor η.
250
200
Y = 5.33
without η
with η
Experiment
(0,4)
(0,3)
Natural frequency
150
(0,2)
(0,0)
(0,1)
100
50
0
0.1
1
10
100
1000
Parameter g
b) Natural frequency ωmn/2π.
Fig.6.5 Dependence of loss factor η and natural frequency ωmn/2π on parameter
g. (γ=0.9,Y=5.33)
6.3.1 ロスファクタ の影響
93
Chap.6
まず,粘弾性層のロスファクタγの値によるサンドイッチ円板のロスファクタηへ
の影響を調べた.Fig.6.4 に,ロスファクタγとロスファクタηの関係を示した.この
場合ロスファクタηは,ロスファクタγが約 0.3 までほぼ比例して増加するが,これ
以上の値の領域では増加傾向が鈍ってくる.さらにロスファクタγが約 1.2 を越える
と,振動モード(0,0)∼(0,3)において,逆にロスファクタηは減少する.このように,
特にロスファクタγが約 0.3 以上の場合,たとえパラメータ g および Y が一定値であ
っても,サンドイッチ円板のロスファクタηと粘弾性層のロスファクタγの比η/γは一
定にはならず,ロスファクタγによって変化する.これは基礎式である(6.24)式を,
ロスファクタηとγの代わりに,比η/γを用いて表すことができないことからも理解で
きる.
6.3.2 パラメータ g の影響
次に,パラメータ g の変化によるサンドイッチ円板のロスファクタηと固有振動
数ωmn/2πの推移を,Fig.6.5 に示した.粘弾性層のロスファクタはγ=0.9 である.
Fig.6.5 の振動モードは,節円数 m および節直径数 n の場合に(m,n)として表示した.
ロスファクタηはパラメータ g の増加により極大値を持つように推移する.パラメ
ータ g が小さい場合に,(6.17)式から解るように,粘弾性層のせん断弾性係数 G2 が
小さく,厚さ h2 が大きくなる場合に相当する.このとき粘弾性層において,せん断
変形は大きくなるが,せん断応力が小さくなるため,これらの積に相当するひずみ
エネルギーが小さくなる.また逆にパラメータ g が大きい場合に,せん断弾性係数
G2 が大きく,厚さ h2 が小さいため,せん断応力は大きくなるものの,せん断変形は
小さくなるため,やはり粘弾性層のひずみエネルギーは小さくなる.このためそれ
ぞれの領域で,ロスファクタが小さくなると考えられる.固有振動数ωmn/2πは,パ
ラメータ g の増加と共に増加し,振動モードごとに特定の振動数に収束する.この
場合,その増加の割合は振動モードに関わらず約 2.5 倍であり,文献 (10) の結果
1 + Y とも一致する.固有振動数ωmn/2πが増加するのは,(6.4)式と(6.17)式から解る
ように,粘弾性層のせん断応力がパラメータ g と共に増加し,円板全体として剛性
が高くなるためと考えられる.また,各振動モードにおいてロスファクタηが極大
94
Chap.6
値となる付近で,固有振動数ωmn/2πの傾きが最も大きくなる.またロスファクタη
をゼロとして計算した固有振動数は,パラメータ g に関わらず小さい値だが,この
付近において,ロスファクタηを考慮して計算した値との差が最も大きくなった.
実験において,振動モード(0,0)および(0,1)において,固有振動数の値が近いこと
およびロスファクタηが大きいことから充分な精度で計測することができなかった
が,振動モード(0,2)∼(0,4)において,伝達関数スペクトルをヒステリシス減衰系に
適合させ,共振峰の幅と共振振動数から,固有振動数ωmn/2πとロスファクタηを計測
することができた.この結果を Fig.6.5 に示したが,解析結果とほぼ一致した.
6.3.3 パラメータ Y の影響
さらに,パラメータ Y によるロスファクタηと固有振動数ωmn/2πの推移を,振動
モード(0,0)について,Fig.6.6 に示した.粘弾性層のロスファクタは =0.9 である.
ロスファクタηの変化の傾向は,パラメータ Y によって変わらないが,極大値は増
加し,このときのパラメータ g の値は減少する傾向となった.これは他の振動モー
ドでも同様な傾向であった.パラメータ Y が大きくなるほど,固有振動数ωmn/2πの
増加の割合も大きくなり,どの場合においても 1 + Y 倍に一致した.
95
Chap.6
Loss factor η
1
0.1
Y = 16.33
Y = 8.33
0.01
1E-3
0.1
Y=
Y=
Y=
5.33
4.08
3.52
Y=
Y=
3.26
3.13
1
10
Parameter
100
1000
g
Natural frequency ωmn/2π [Hz]
a) Loss factor η.
120
100
without η
with η
Y = 16.33
Y = 8.33
Y=
Y=
5.33
4.08
80
60
40
Y=
Y=
3.52
3.26
20
Y=
3.13
0.1
1
10
100
1000
Parameter g
b) Natural frequency ωmn/2π.
Fig.6.6 Dependence of loss factor η and natural frequency ωmn/2π on parameter
g. (γ=0.9,mode(0,0))
96
Chap.6
Normalized displacement w(r)
1.0
g=1.25, Y=16.33
0.8
without η
with η
(0,0)
(0,1)
(0,2)
0.6
0.4
(0,3)
(0,4)
0.2
0.0
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
Radius r/a
Fig.6.7 Mode shape comparison between with η and without η.
6.3.4 振動モード
本解析法は,ロスファクタηをゼロとして計算した結果と固有振動数が異なるこ
とを示したが,たわみ形状に関しては,固有振動数の計算結果の差が比較的大きい
パラメータ g=1.25, Y=16.33 の場合で比較すると,Fig.6.7 のようになった.各振動
モードにおいてたわみ形状に違いがあることがわかるが,振動モード(0,0)を除いて
解析方法によるたわみ形状の差は僅かである.
以上の結果にしたがって,ロスファクタηが出来るだけ大きいサンドイッチ円板
を設計すれば良いが,回転円板の危険回転数を決めるのは,一般に振動モード(0,2)
または(0,3)であるので,これらの振動モードのロスファクタηが大きくなるように
パラメータgの値を選ぶ必要がある.また,これらの振動モードの固有振動数ωmn/2π
が高いほど危険回転数を高くできる.したがって,パラメータgの値は,(0,2)およ
び(0,3)モードが極大値となるか,それ以上の値の付近が良いと考えられる.
97
Chap.6
6.4 まとめ
粘弾性樹脂をはさんだサンドイッチ構造円板について,振動解析を行った結果,
以下の結論を得た.
(1)サンドイッチ円板の振動において,固有振動数とロスファクタの影響を考慮して
解析的に解く方法を示した.
(2)ロスファクタηは,粘弾性層のせん断係数や厚さなどから成るパラメータ g と Y
によって決まり,最適な組み合わせによって,ロスファクタηを最大値にするこ
とができる.
(3)サンドイッチ円板の固有振動数は,ロスファクタを無視した解析結果に比べて,
ロスファクタの影響を考慮した解析結果において高くなる.特にロスファクタが
大きい場合,解析方法による固有振動数差は大きくなる.
98
Chap.7
第7章 総括
本論文では,丸のこに関する動的安定性の向上のために払われてきた技術の解明と
その制振性能向上について研究した.各章で得られた結論は次のとおりである.
第2章では,丸のこの親板全体に幅広く分布する腰入れ処理について,単純な円板
モデルでその解析と実験を行った.その結果,半径方向に幅広く分布する腰入れ処理
で生ずる残留応力を計測した結果,ガウス分布型等方性付加応力によって生じる応力
分布と一致することから,腰入れをこの応力で表すことができる.また,この応力分
布の影響による固有振動数の変化をエネルギー法によって計算したところ,計測値と
一致した.さらに,円板の振動モード(0,2)以上の後進波の振動数が,回転数の増加と
共に低下して臨界回転数になったとき,伝達関数は急激に増加する.円板の回転数の
増加と共に,この臨界回転数は次々と高次の振動モードで現れ,総じて振動モード
(0,2)の臨界回転数(危険回転数)以上の領域は不安定となることがわかった.ところ
が,腰入れ処理によって,振動モード(0,2)以上の固有振動数は増加し,これにともな
い危険回転数も高くなる.このことにより,動的に安定な領域が拡大し,安定領域で
の安定性も向上することがわかった.
第3章では,切断加工時と同様の温度分布時に生じる熱応力が丸のこの安定性に与
える影響と,これに対する腰入れ処理の効果について実験と解析によって調べた.そ
の結果,円板の非回転時に,円板の外周部と内周部の温度差の増加に伴って,振動モ
ード(0,2)以上の固有振動数が次第に減少し,熱座屈に至る.回転時には,非回転時固
有振動数の減少に伴い危険回転数も減少する.そこで円板の腰入れ処理を行うことに
よって,振動モード(0,2)以上の固有振動数,熱座屈温度,危険回転数のいずれも高く
することができた.熱座屈を生じるまでの温度領域において,振動モード(0,2)以上の
伝達関数は増加し動的安定性が悪くなるが,腰入れ処理によって改善する.さらに,
熱座屈以後の,振動モード毎の固有振動数の変化特性を明らかにした.
第4章では,丸のこの製造工程において,腰入れ効果を予測するための試験法につ
99
Chap.7
いて実験と解析を行った.この結果,外周上の一点の面外方向に集中荷重を受ける円
板において,面内応力の存在の有無による面外変位に関する解析を行ったところ,実
験値と一致した.これにより,腰入れと等価な等方性付加応力の最大応力値や,その
半径および分散幅による面外変位の変化の傾向を求めることができた.これらの結果,
集中荷重による静的面外変位計測は妥当な腰入れ効果評価法であることがわかった.
特に腰入れ量としての最大応力値は,危険回転数を高くするためには大きくしなけれ
ばならないが,大きくしすぎると剛性の急激な低下を伴うため,最適な値が存在する
ことがわかった.
第5章では,丸のこの外周部に設けられている半径方向スリットの動的役割につい
て,実験と有限要素法による解析を行った.その結果,スリットを有する円板におい
て,スリット長さが長くなるほど,内外径温度差の影響による固有振動数の変化は小
さくなった.
ここで用いた円板モデルにおいて,スリット長さが一定で,かつ内外径温度差が存
在する場合に,スリット数が多くなるほど,危険回転数に関与する振動モード(0,2)
および振動モード(0,3)の固有振動数は増加するが,スリット数 3 本以上ではほぼ一定
の値となった.すべてのスリット上に振動モードの節直径が存在する振動モードの場
合,その振動モードは振動数の異なる sin 振動モードと cos 振動モードに分離した.
さらに,スリット長さが長くなるに従い両振動モードの振動数差は拡大し,sin 振動
モードの固有振動数は急激に減少した.内外周温度差が 10℃より小さい値の場合,
スリット長さが長くなるほど,危険回転数は低くなる.しかし,内外周温度差が 10℃
以上の場合,スリットのない円板に比べて,適切なスリット長さを選ぶことにより危
険回転数を高くすることができる.この円板モデルの場合,最適なスリット長さは円
板半径の約 35%であった.これらの結果から,10℃以上の内外周温度差によって生
じた熱応力を受ける回転円板において,スリット数は 3 本,最適なスリット長さは円
板半径の約 35%程度とするのが良いと考えられる.
第6章では,粘弾性樹脂をはさんだサンドイッチ構造円板の振動解析を行った.ま
ず,粘弾性樹脂を挟んだサンドイッチ円板の振動問題において,ロスファクタの影響
を考慮して固有振動数を解析的に解く方法を明らかにした.この解析法によると,ロ
100
Chap.7
スファクタηは,粘弾性層のせん断係数や厚さなどから成るパラメータ g と Y によっ
て決まり,最適な組み合わせによって,ロスファクタηを最大にすることができる.
また,ロスファクタを無視した場合に比べて,これを考慮した場合のサンドイッチ円
板の固有振動数は大きくなる.特にロスファクタが大きい場合,これを考慮した解析
結果としない解析結果における固有振動数の差は大きくなることがわかった.
Thermal stress effect
Tensioning effect
Slit effect
Natural frequency
Tensioning
Slit
Temperature
Fig. 7.1
Rotation speed
Critical speed
Tensioning
Effect of tensioning and slits.
以上の研究の結果,特に,第 2,3,5 章から,腰入れとスリットの効果は Fig. 7.1
に示した方法で整理することができる.すなわち,内外周温度差によって生じる熱応
力による固有振動数や危険回転数の低下は,腰入れ処理によって抑制または回復する
ことができる.また,スリットについても内外周温度差が大きい場合の固有振動数の
低下を抑制する効果を有するのである.
研究の過程において,丸のこの振動挙動が次第に明らかになったが,実際の丸のこ
との対比から,この振動が工具性能に直接影響していることがわかってきた.このこ
とから,主に振動抑制の努力がなされた.当初の親板の構造ではスリット部の底に銅
やアルミニウムなどの金属が充填されていたが,これを粘弾性樹脂に改め,スリット
全体に充填し,親板の減衰能を大きくした.この結果,工具寿命を平均 50%以上改善
することができた.この方法は腰入れのように固有振動数や危険回転数を高くするも
101
Chap.7
のではないが,動的安定性を向上するものであった.
さらに第 6 章におけるサンドイッチ構造は,固有振動モードの減衰能を極端に大き
くすることにより,共振現象そのものを抑制し危険回転数を回避するものである.こ
れらを模式的に表すと Fig. 7.2 のようになる.
Tensioned disk having slits
plugged with viscoelastic material
Viscoelastic damped sandwich disk
Tensioned disk
Stability
Normal disk
Stable
Critical
speed
Unstable
Rotating speed
Fig. 7.2
102
Image diagram of tipped saw progress.
参考文献
第1章
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(7) 岩田弘,吉田靖夫, 回転円板振動に与える腰入れ効果の基礎的研究, 機械学会論文
集, 58-547, C, (1992), 684.
(8) Lamb H. and Southwell R.V.,
The Vibration of a Spinning Disk, Proc. R. Soc.,
99, (1921), 272.
第4章
(1) 岩田弘,吉田靖夫, 回転円板振動に与える腰入れ効果の基礎的研究, 機械学会論文
集, 58-547, C, (1992), 684.
(2) 岩田弘,吉田靖夫, 熱応力を受ける円板の振動に与える腰入れ効果の基礎的研究,
機械学会論文集, 59-563, C, (1993), 2015.
(3) Szymani R.,
Dynamic Design of Saws: from Theory to Practice, Forest Ind.,
Mar., (1987), 24.
(4) Buttner A. and Mummenhoff H., Testing the Stress in Diamond Circular
Saw Blades for Sawing Natural Stones and Concrete, Ind. Diamond Rev., Oct.,
(1973), 376.
(5) Timoshenko S. and Woinowsky-Krieger S.,
Theory of Plates and Shells,
(1959), §64, 290.
第5章
(1) Yu R.C. and Mote C.D.,Jr.,
Vibration of Circular Saws Containing Slots, Holz
Roh Werkst, 45, 4, (1987), 155.
(2) Yu R.C., and Mote C.D.,Jr., Vibration and Parametric Excitation in
Asymmetric Circular Plates under Moving Loads, J. Sound Vib., 119-3, (1987),
106
409.
(3) Holoyen S., Vibrations and Natural Frequencies of Angular Slot Circular
Saws, Holz Roh. Werkst., 45, (1987), 101.
(4) 岩田弘,吉田靖夫, 熱応力を受ける円板の振動に与える腰入れ効果の基礎的研究,
機械学会論文集, 59-563, C, (1993), 2015.
(5) 岩田弘,吉田靖夫, 回転円板振動に与える腰入れ効果の基礎的研究, 機械学会論文
集, 58-547, C, (1992), 684.
(6) Southwell R.V., On the Transverse Vibration of a Uniform Circular Disc
Clamped at its Centre; and on the Effects of Rotation, Proc. R. Soc., 101,
(1921), 133.
(7) Lamb H. and Southwell R.V.,
The Vibration of a Spinning Disk, Proc. R. Soc.,
99, (1921), 272.
第6章
(1) 岩田弘,吉田靖夫, 回転円板振動に与える腰入れ効果の基礎的研究, 機械学会論文
集, 58-547, C, (1992), 684.
(2) 木村志郎,安藤峰雪, 丸のこローラ腰入れに関する研究(第1報), 木材学会誌, 205, (1974), 196.
(3) Mote C.D.,Jr,
Analysis of Optimal Roll Tensioning for Circular Saw Stability,
Wood and Fiber Sci., 16, 3, (1984), 323.
(4) 岩田弘,吉田靖夫, 熱応力を受ける円板の振動に与える腰入れ効果の基礎的研究,
機械学会論文集, 59-563, C, (1993), 2015.
(5) 岩田弘,吉田靖夫,橋本浩二, 熱応力を受ける円板の振動に与えるスリットの効果
に関する基礎的研究, 機械学会論文集, 61-584, C, (1995), 1293.
(6) 末岡淳男,綾部隆,倉八毅,大石和弘,
動吸振器による回転円板の制振, 機械学会論
文集, 57-535, C(1991), 714.
(7) 末岡淳男,劉孝宏,藤山征人,吉武裕, 回転円板の動吸振器による摩擦振動の制振,機
械学会論文集, 59-561, C(1993), 1335.
107
(8) Kerwin E.M.,Jr.,
Damping of Flexural Waves by a Constrained Viscoelastic
Layer, J. Acoust. Soc. Am., 31-7, (1959), 952.
(9) Mead D.J. and Markus S.,
The Forced Vibration of a Three-Layer Damped
Sandwich Beam with Arbitrary Boundary Conditions, J. Sound Vib.,10-2,
(1969),163.
(10) Mead D.J.,
A Comparison of Some Equations for the Flexural Vibration of
Damped Sandwich Beams, J. Sound Vib., 83-3, (1982), 363.
(11) DiTranto R.A., Theory of Vibratory Bending for Elastic and Viscoelastic
Layered Finite-Length Beams, J. Appl. Mech., 32, (1965), 881.
(12) 岡崎明彦,浦田喜彦,立道有年,
粘弾性コアをもつ3層円板の非軸対称振動, 機
械学会論文集, 52-479, C(1986), 1901.
(13) 立道有年,岡崎明彦,
うす板の不連続3層被膜による粘弾性制動-軸対称振動す
る平面円板の場合-,日本音響学会誌, 36-6, (1980), 322.
(14) 岩田弘,橋本義弘, 丸鋸, 特許, 特開平 8-47816.
108
本研究に関する公表論文
(1) 岩田弘,吉田靖夫, 回転円板振動に与える腰入れ効果の基礎的研究, 機械学会論文
集, 58-547, C(1992), p.p.684-689.
(1’) Iwata H. and Yoshida Y., Tensioning Effect on Rotating Disk Vibration,
JSME Int. J., 37, 1, (1994), p.p.49-54.
(2) 岩田弘,吉田靖夫, 熱応力を受ける円板の振動に与える腰入れ効果の基礎的研究,
機械学会論文集, 59-563, C(1993), p.p.2015-2019.
(3) Iwata H. and Yoshida Y., Tensioning Effect on Thermally Stressed Disk
Vibration, Proceedings of THERMAL STRESSES ’95, No.1, (1995-6), p.p.199202.
(4) 岩田弘,吉田靖夫,橋本浩二, 熱応力を受ける円板の振動に与えるスリットの効果
に関する基礎的研究, 機械学会論文集, 61-584, C(1995), p.p.1293-1299.
(5) 岩田弘,吉田靖夫,橋本浩二, 静的面外変位計測による回転円板の腰入れ効果評価
法の研究, 機械学会論文集, 63-615,C(1997), p.p.3876-3882.
(6) 岩田弘,吉田靖夫,橋本浩二, 粘弾性サンドイッチ構造円板の振動に関する研究, 機
械学会論文集, 64-619, C(1998), p.p.741-747.
109
110
謝 辞
ここにまとめた本論文の基になる「丸のこ」に関する一連の研究は,中部大学工学
部教授 吉田靖夫 博士の絶大なる御指導によって為し得たものであり,同教授に謹ん
で深甚の謝意を表し感謝いたします.
また,本論文をまとめるにあたって御指導とご教示をいただきました静岡大学工学
部 教授 佐々木彰 博士に心より謝意を表しお礼申し上げます.また,本論文の作成
にあたり有益な御討論と御助言をいただきました静岡大学 工学部 教授 森田信義
博士, 同 電子工学研究所 教授 山口十六夫 博士, 同 工学部 教授 石井仁 博士,
同 工学部 教授 松田孝 博士に謝意を表しお礼申し上げます.
本研究の最初のきっかけは,橋本特殊工業株式会社においてチップソーの腰入れと
いう言葉を伺ったことでした.その当時より,徳島大学 工学部 名誉教授 賀勢晋 博
士には,香川県技術アドバイザーとして非常に多くの知識を披露し教授していただき,
技術アドバイザーの任期中はもちろん,退かれて後にも常に励ましていただきました.
同博士に謹んで謝意を表します.また橋本特殊工業株式会社では,製造工程で現れる
実際的な現象などの理解を深めることや実験試料などについて多くの援助をいただ
きました.ここに橋本特殊工業株式会社 社長 橋本義弘 氏,技術部長 橋本浩二 氏
や社員の方々に厚くお礼申し上げます.
さらに本研究を遂行するにあたり御指導と御協力,御配慮をいただきました香川県
工業技術センター 宮本康弘 所長,神高幸則 研究主幹 はじめ,上司,同僚,後輩の
方々に感謝の意を表すとともに,厚くお礼申し上げます.
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