総合政策学部 35人のナビゲーター 黒田絵美子教授(PDF 約

初めて手がけた翻訳は
スリラーコメディ。
笑いって、奥が深い。
大学の先生という立場と、芝居の
脚本の翻訳家、そして新作落語の作
家といういくつもの肩書きをおもち
の黒田先生。
共通しているのは、自分が興味を
もつ世界を「演じる」ことによって
表現するフィールド。
そもそも演劇自体は、シェイクス
ピアを別として、学問の世界ではあ
まりメジャーには扱われてこなかっ
演 劇 とは。 脚 本 で あ り
俳 優 で あ り 、演 出 で あ り 。
何 より 観 客であり
さ らに ま ち づ く りで ある。
人間の弱さも情けなさも、光も闇も
いろいろとりまぜ、笑いのなかで観客を楽しませる舞台。
その脚本の翻訳から落語の新作まで
演劇の世界の裏方として活躍しているのが黒田先生だ。
劇場に寄席にと学生を連れて行き
演劇環境の楽しみ方をさまざまに体験させる。
英語の戯曲を読みたい人、お芝居に憧れる人、
自ら創作に挑戦したい人にも、演劇の魅力が満載の授業。
子さん、北林谷栄さんといったベテ
そして大学院時代にはじめて上演
台本の翻訳を担当し、中でも賀原夏
口 へ 』( ニ ー ル・ サ イ モ ン 作 ) は、
訳。なかでも、『口から耳へ、耳から
では、代表的ないくつかの作品を翻
クとしている海外コメディシリーズ
テイメントと思われがちなのだ。
ラ ン の 俳 優 陣 に よ る『 毒 薬 と 老 嬢 』
「
ような商業演劇は、単なるエンター
しかし、そのアメリカ演劇を専門
に研究、上演台本の翻訳を手がけて
は、出演者が入れ替わりながら各地
秒 に 一 回、 観 客 が お な か を 抱 え
日 本 に 紹 介 し て き た の が 黒 田 先 生。
るだけ立ち会って、現場の動きとあ
心がけています。また稽古にはでき
いるだけでもわかるような日本語を
わけではないから、台本は耳からは
さんも時代背景などをわかっている
世界。
中にファンを増やしていった物語の
を越えて、映画やお芝居として世界
た作家が好きだった。いずれも文学
など、家族や人間の心の屈折を描い
ルスマンの死』のアーサー・ミラー
大 学 で は『 欲 望 と い う 名 の 電 車 』
のテネシー・ウィリアムズや『セー
涙を届けてきた。
その作品はたくさんの観客に笑いと
楽しい」
と一緒に舞台を作っていく。それが
もあります。俳優や演出家の人たち
図とニュアンスが違ってしまうこと
えていく。読み方によって訳した意
女優の黒柳徹子さんがライフワー
登場する。
これを皮切りに翻訳家・黒田絵美
子の名は多くのコメディ作品公演に
おられる。
や演出を年に数本のペースで続けて
LTの文芸演出部に所属して、翻訳
わら、このお芝居を上演した劇団N
た。黒田先生は大学のお仕事のかた
で再演を重ねてきたヒット作となっ
らこそ、笑えることってとても大事
いって奥が深い。こういう時代だか
よ う な 気 が し て い た の で す が、 笑
「若いときは私もコメディって軽い
大賞を受賞して話題となった。
リー作)は、毎日芸術賞、読売演劇
タ ー・ ク ラ ス 』( テ レ ン ス・ マ ク ナ
に よ る ス ト レ ー ト プ レ イ、『 マ ス
る。また、同じく黒柳徹子さん主演
て笑う」という、ドタバタ喜劇であ
わせて、言葉が多すぎるとか少なす
そうしたなかでより自分らしい世
界を描こうと、黒田先生はオリジナ
セミナーらしくチケットにも参加費
ンクのジャンバーを着せ、自己啓発
落語の世界も
セリフだけで描かれる。
それはお芝居と同じ。
ルの台本にも挑戦してきた。
した。
えて書いてみたかった」
ものは、ある種のエネルギーだと考
とくに人をひきこむ演説能力という
で わ か っ て い て も ラ チ が あ か な い。
ろん悪いことなのだけど、道徳だけ
品です。サギとかギャンブルはもち
れていくのか、をコメディにした作
うして人はそういうことに引きこま
「 ち ょ う ど オ ウ ム 事 件 が あ っ て、 ど
座みゆき館劇場で1998年上演)
やがて黒田先生を新作落語の書下ろ
その出演者の1人に柳家さん喬さ
んという落語家がいて、そのご縁は
く。
舞台をつくる側でありつつ、やは
りそこには冷静な研究者の顔ものぞ
それがまた興味深かったですね」
には怒って帰っちゃう人もいて(笑)
。
お客さんも多かったのですが、なか
「面白がってそこから参加してくれる
と印刷、全体の雰囲気もそれっぽく
最初の作品は、自己啓発セミナー
を テ ー マ に し た『 白 い カ ラ ス 』。( 銀
芝 居 の 中 身 だ け で は な く て、 ス
タッフ全員にロゴマークのついたピ
TBS主催の落語研究会のパンフレット。黒田
先生の作品「干しガキ」が演目に載っている。
たとか…。とくにブロードウェイの
だと思います」
またそうした演劇の翻訳という仕
事 は、 文 学 の 翻 訳 の イ メ ー ジ と は
まったく違うもの。
「本だったら文字から理解してもら
えますが、お芝居はそのとき一回し
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表現論、
Special Lecture、
法と文学、
英語、
FLP地域・公共マネジメントプログラム
ぎるとか、相談しながらいろいろ変
東京女子大学文理学部英米文学科卒業。青山学院大学
大学院文学研究科英米文学専攻博士後期課程退学。中
央大学商学部専任講師・総合政策学部専任講師・助教授を経て、2005 年中央大学総合政策学
部教授。研究テーマは、英米演劇を通して見る社会と人間。日本の落語を中心に「語り」という
スタイルの劇作の研究。
「毒薬と老嬢」
「マスタークラス」など、翻訳作品多数。
黒田絵美子教授
か見ない、しかも耳からです。お客
黒田 絵美子(くろだ えみこ)
8
総 合 政 策 学 部
「落語の素養なんてまったくないで
し、という未知の世界へ。
のは、画期的なことだという。
すから、最初はてっきり描写が多い
と思って書いたら全然だめ。全部セ
リ フ で 書 い て と 言 わ れ て、 そ れ で
やっと芝居と同じなのだとわかりま
した。
私の新作は現代ものではなく、
舞台が長屋で、主人公はたいがい働
いてなくて、家でごろごろしている
人(笑)
」
学生を連れて寄席に。
演劇環境の大切さも
実感して欲しい。
これまでに書いた新作落語台本は
すでに 本。2008年、TBS主
催の伝統のある落語研究会で、柳家
さん喬師匠がトリで演じた黒田作品
は、乾物屋で売っている干し猫に干
し犬、少々難ありの与太郎ガキを水
分もの長
に戻すと…というちょっとシュール
で味わい深いコメディ。
生も実感していくのだ。
いということもわかってくる。雨の
て見る側の観客がいないと成立しな
ると、芝居は脚本だけが大事なので
「 落 語 は 全 部 が 語 り だ か ら、 す べ て
日の客足がまばらなときと、満員で
れるからこそ、語られることによっ
を観客のイメージにゆだねる相当高
鈴なりになっているときとでは舞台
はなくて、演出、表現方法も、そし
度な演劇なんです。そういう意味で
は全然ちがいますから」
「 ア メ リ カ で 書 か れ た 戯 曲 は、 テ ネ
シー・ウィリアムズもアーサー・ミ
ラ ー も い ま や 名 作 に な っ て い ま す。
英語もきちっとしていますし、しか
もセリフですから、英語教育のひと
つとしてテキストを読み、芝居の構
わ っ た 芝 居 は ゲ ネ プ ロ( 舞 台 稽 古 )
チ ケ ッ ト 代 も 高 い。 た だ 自 分 が 関
「うちの大学は都心から遠いですし、
にはならない。というわけで、
しかし、実際の舞台を見ないこと
には、やっぱり芝居の勉強したこと
着いた途端にお弁当をバリバリっと
せ るこ と が 大 事 な の よ と 言った ら、
でも、そうやって五感を全部楽しま
い たで あ ろ う 楽 し み を 味 わ え ま す。
がら見るという、明治の人もやって
いで下駄箱にいれてお弁当を食べな
造を研究します」
が無料で見られるので、それには出
(苦笑)
。まわりには気をつかうのだ
末広亭は桟敷席があるので、靴を脱
来るだけ学生を連れて行きます」
という、学生にはそこから教えなけ
ればならないのだと気がつきました」
そして黒田ゼミには、芝居の好き
な学生が集まってくる。
室に行った学生は、能の描き出す世
だ。でも、黒田先生の引率で能楽教
な か な か 観 る 機 会 が ないの が 現 状
敷居が高い印象があり、学生たちは
狂言があるが、普通の演劇に比べて
べき伝統的演劇として、歌舞伎や能、
とっては大切な要素だ。日本の誇る
ことも、演劇を楽しむという文化に
の快適さや飲食ができる場所がある
「 演 劇 環 境 の 勉 強 に も な る。と く に
みなさんがエネルギーを注ぐ笑いと
笑いっていうのは何だろう、と哲
学者も研究していますが、ここまで
すね。
という競争が紀元前からあったので
ようとか、感動のさせ方を比べよう
かに、面白いことを言って人と比べ
時代からあったものです。人間のな
いる。あれはじつは古代ギリシャの
しむのではなくて、ランク付けして
台本との比較を行う。場所が限定さ
戯曲のなかには映画になっている
作品も多いので、その映画と舞台の
界 の 奥 深 さ に 感 動 し、「 人 生 観 が 変
い う も の、 私 は そ れ を 人 の エ ネ ル
の芝居のネオンサインが目
には時代を超えて感性に訴えかける
劫に思われるかもしれないが、「そこ
演される古典芸能を理解するのは億
自分の中にどんな良い考えをもって
績 評 価 の た め だ け で は な い け れ ど、
現させる授業や機会が多いです。成
そして大学ではレポートを書くと
か、プレゼンをするとか、学生に表
ギーのひとつだと考えています。
に入る。あの文化はすごい。
人間ドラマがあることを知ってほし
いても、外に伝わらないのでは意味
な い け れ ど( 笑 )、 劇 場 が
う。日本ではどことは言え
次はどれを見ようかと思
い」と先生は言う。そんな黒田先生
がない。ブログなど新しいメディア
最近のテレビではお笑いがコンテ
ストになっています。みなさんも見
ているかもしれない。ただ笑いを楽
て、期待しています。
とを意識的にやって欲しいと思っ
何かを感じたら、自分を表現するこ
の情熱が、ゼミの学生たちにも確実
立派でも外に出たときの雰
囲気が悪ければ、折角の感
動も台無し。だから、演劇
はまちづくりにもつながっ
ていることがわかります」
観客は暗い中に2時間3
時間閉じ込められるわけだ
から、待ち合わせのロビー
高校生の皆さんへ
もありますし、お芝居や落語を見て
わからないことはすぐにネットで
調べられる現代に、難解な古語で上
わった」とまで言ったとか。
ちろん寄席に行くのは初めてである。
とさらに安い。学生のほとんどはも
ら料金は2千円くらい。中入り後だ
終わってからでも行けるし、学生な
また、先生がオススメなのは落語
の寄席だ。新宿の末広亭なら授業が
黒田先生が手がけた翻訳作品の数々。
に伝わっていく。
て、終わって出ると、ほか
ウェイは劇場が並んでい
「ニューヨークのブロード
の外の環境。
さらに黒田先生によれ
ば、さらに大事なのは劇場
は共通する部分があります。そうす
卒業論文の相談をする黒田ゼミの学生。
その基礎となるのは英語である。
さて、こんな黒田先生の授業だか
ら、もちろんテーマは演劇。そして
英語はやっぱり大変。わからないところは個別指導も。
黒田先生が手がけた翻訳作品の一部。賀原夏子さん
ら主演『毒薬と老嬢』
。黒柳徹子さん主演『マレーネ』
て想像が広がる舞台。その特徴を学
作家の新作落語がここで演じられた
さの語りもさることながら、現代の
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