グローバルに取り組むイノベーション インドの優秀なIT人材とチャレンジ

特 集
オープンイノベーションによる価値創造
グローバルに取り組むイノベーション
─ イ ン ド の優秀な IT 人材とチャレンジ精神に支えられて ─
野村総合研究所(NRI)は、グローバルビジネス拡大のために、専門性の高
い IT 人材が豊富なインドに早くから注目し、新しいアーキテクチャーに基づ
くシステムの開発などにその資源を積極的に活用してきた。本稿では、NRI
が力を入れているインドでのイノベーションの取り組みを紹介する。
Nomura Research Institute Financial Technologies India Pvt. Ltd.
社長
わたなべ
とおる
渡邉 徹
専門は海外向け証券・金融 IT ソリューションの設計・開発
早くから注目してきたインド
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気に触れた彼らは、そのような役割だけでは
満足しなかった。
NRI は、グローバル化の進展を見据えたソ
例えば、当初 NRI は日本国内で実績のあっ
リューション開発に早くから本格的に取り組
た開発フレームワークなどを導入しようと
んできた。2000 年に開発を始めた、海外の
していたが、インド側からは、そのころ揺
金融機関向けソリューション「NRI Financial
籃(ようらん)期を迎えつつあったオープ
Solutions」もその 1 つである。2001 年には、
ンソースの積極的な活用を推す提案があっ
インドのコルカタ市で、グローバルビジネス
た。将来の海外展開を考え、日本国内の独自
のリソースとして Anshin Software 社の設立
フレームワークではなく、海外でサポート人
を支援し、そこでソリューションの開発を行
材を確保しやすいオープンソースのフレーム
うことになった。
ワークを提案してきたのである。その結果、
この時期、インターネットバブルが崩壊
日本ではまだ知る人が少なかった「Apache
したことで、米国のシリコンバレーで活躍
Struts」(Java Web アプリケーションフレー
していたインド人の優秀な若手 IT 人材が大
ムワーク)を採用し、ほかにも多くのオープ
量に帰国し始めており、これらの人たちが
ンソースを活用することになった。
Anshin Software 社に多く採用された。
さらに、物流企業などの先端的なシステ
NRI にとって、そのような人材を確保でき
ムを開発した彼らの経験を生かして、SOA
たことは幸運であった。NRI は、当時の日本
(サービス指向アーキテクチャー)という言
では難しかった、オブジェクト指向設計の
葉がまだなかった時代に、今日では SOA と
技術者や Java プログラマーの確保を主眼と
呼ばれているアーキテクチャーのシステムが
しており、事実そのような技術者やプログラ
開発された。
マーを確保できた。しかし、米国の西海岸で
われわれとは全く異なる業務領域でのシス
インターネットバブルを経験し、創造的な空
テム開発を経験していた彼らは、その当時、
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証券業務の基礎さえ知らないようであった。
センターとして同社の設立を支援するきっ
NRI は彼らに対して証券や金融の業務や、品
かけとなったインド人から夕食の誘いを受
質管理の考え方をゼロから教えた。金融機関
けた。昔話をしながら、これから始まる NRI
向けのシステム開発の経験はなくても、特定
FT India の運営に関して一抹の不安があった
の技術を強みとして持つインド人スタッフと
筆者は、インドの IT 発展の黎明(れいめい)
の協業により、Anshin Software 社は大きく
期から IT 企業を運営してきたベテランの彼
飛躍していった。当時はオープンイノベー
にいくつか質問した。インドで企業の進出先
ションという言葉はまだなかったが、あらた
といえば、IT では「インドのシリコンバレー」
めて思うと、それまでのアプローチでは難し
と呼ばれるバンガロール市であるし、金融関
い新たな価値の創造、まさにオープンイノ
連であれば金融センターとして外資系金融機
ベーションをインド企業と体験することがで
関も多く集まるムンバイ市を最初に思い浮か
きたと考えている。
べる。NRI の開発センターとしてコルカタ市
2012 年 に Anshin Software 社 は 買 収 に
は果たして適切であったのか。
よ っ て NRI の 100% 子 会 社、NRI Financial
すると彼は「NRI がバンガロール市に開発
Technologies India(以下、NRI FT India)と
センターを作る意味はあまりない。欧米の有
なった。それ以後も、ビッグデータの分散処
名 IT 企業が林立しているので人材獲得合戦
理フレームワーク「Hadoop」を使ったリコ
になるし、通りを隔てた別の会社にすぐに転
ンサイル(残高照合)ツールや、さまざまな
職してしまうなどということも珍しくない。
国の中央決済機関や SWIFT(国際銀行間通
コルカタ市は、英国統治時代からインド工
信協会)ネットワークと連携するアプリケー
科大学(IIT)カラグプル校やインド経営大
ションなどが「NRI Financial Solutions」と
学院(IIM)、インド統計大学(ISI)といっ
して NRI FT India で開発されている。
た有名な教育機関があり、優秀な人材を獲得
専門家としてのキャリアが重視され、なお
しやすい。コルカタ市は間違いなく開発セ
かつ人材の流動性が大きいインドでは、新し
ンターとして優れた場所だ」と言う。また、
い発想のソフトウェアの開発が行いやすい。
「ただしビジネスはコルカタ市にはない。金
現 在、NRI は NRI FT India を 通 じ た R&D に
融向けのビジネスであればムンバイ市に支店
よって、インドのベンチャー企業との新しい
を持つべきだし、IT のイノベーションはバ
オープンイノベーションを模索している。
ンガロール市のベンチャー企業で起きる」と
も言った。
IT から見たインドの特徴
(1)都市ごとにある特色
「もう一度起業するとしたら何をするか?」
と聞いたところ、「システムのオフショア開
発をもう一度やろうとは思わない。注目して
Anshin Software 社の買収作業が一段落し
いるのはビッグデータ、データ解析、機械学
た 2012 年、筆者はコルカタ市で NRI の開発
習などだ。その分野ならベンチャー企業に
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特 集
オープンイノベーションによる価値創造
チャンスがある」と言う。筆者はデータ解析
ションを歓迎するインドの大学と豊富な専門
にチャンスがあるのか確信は持てなかった
家集団に大きな可能性を感じた。
が、彼は 1990 年代のインドの IT ビジネスの
爆発的な成長とデータ解析の将来性に類似
性を見いだしていた。1990 年代の IT と同様
に、世界的にデータ解析の専門家の不足が予
NRI FT India は、NRI のグローバル市場向
想されるなか、社会保障が十分でないインド
け金融ソリューションの設計、開発、営業、
ではまず食べていくために専門性を身に付け
導入、運用サポートを主な業務としている
ることに専念する。それにデータ解析は適し
が、インドに進出する日系企業の業務の立ち
ているのだという。その後、筆者は ISI の学
上げも支援している。
長、Bimal K. Roy 教授から昼食の誘いを受け
インドに進出する日系企業の多くは、イン
たが、それはデータ解析についての意見交換
ド拠点単体で収益を上げることを求められ
のためだった。
る。地元インドの低コストオペレーション
(2)人気のインド統計大学
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NRI FT India の取り組み
企業との競争に勝つためには、高品質では
インドの多くの経営者や IT エンジニアが
あっても高コストの日本のソリューションを
卒業生であることなどから、IIT と IIM の名
導入することは難しい。かと言って、玉石
前を知っている人はかなりいるかもしれな
混交の地元 IT 企業を使いこなすことは、進
い。しかし ISI という名前を知っている人は
出したばかりの企業にとってかなりハードル
多くないであろう。ISI は統計を専門とする
が高い。そのような日系企業に対して、NRI
大学である。IIT および IIM と並ぶ国立の名
FT India は現地の価格で ERP(統合基幹業務
門大学であり、近年のデータ解析ブームによ
システム)などのソリューションを導入する
り、卒業生は高給で米国の企業に採用されて
サービスを提供している。
いる。米国東海岸の金融機関であれば初任給
また、導入だけでなく、大量に蓄積した
が 1 年で 10 万ドル程度になるケースもある
ERP のデータを有効活用するためのデータ
と聞く。
解析などの R&D を、企業とのオープンイノ
前 記 の Roy 教 授 と は、NRI FT India と の
ベーションとして試みている。データ解析の
オープンイノベーションの取り組みとして、
専門家の提供はバンガロール市のベンチャー
ISI の学生と共に金融機関向けのデータ解析
企業に依頼した。このベンチャー企業とは、
サービスの可能性を議論させていただいた。
NRI FT India のムンバイ市の金融コンサル
残念ながら、データの中でも極めて守秘性の
ティング部門が手掛けている、インド国内の
高い金融関連データを学生の皆さんに開示す
金融機関向けデータ解析サービスでも協業し
ることはできず、ISI とのオープンイノベー
ている。NRI FT India は大規模 ERP パッケー
ションをスタートさせることはできなかっ
ジ「SAP」のサポートビジネスとして、ベン
た。しかし、日本企業とのオープンイノベー
チャー企業と製造業向けデータ解析サービス
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グローバルに取り組むイノベーション
の可能性も探っている。
客を見つけるのは難しい。実験的アプローチ
があまり評価されず、失敗が許容されにくい
イノベーションに適したインド
環境であるためだ。しかし、特にインドのよ
日本企業でシリコンバレーに拠点を持って
うとする顧客が多いことに驚かされる。イン
いるところは多いが、主に調査や情報収集の
ドでは、そのソフトウェアに価値があると判
拠点として活用されており、拠点が利益を出
断すれば、積極的に第 1 号のユーザーになっ
すことは簡単ではないと想像される。シリコ
てくれる。「ここは間違いが許容され、実験
ンバレーという、世界で最もコストの高い場
ができる市場だ。うちの会社がこのソフト
所でいつ成果が出るか分からないイノベー
ウェアを試してあげよう」と値引きを求める
ションを試すことは簡単ではない。しかしイ
顧客がいるほどである。われわれはそういう
ンドに目を向ければ、それがかなり容易にな
顧客もイノベーションのパートナーと考えて
る。バンガロール市とシリコンバレーは人材
いる。
交流が盛んで、情報が伝わる速度が速い。シ
このような魅力を持つインドだが、バンガ
リコンバレー企業によるインドへの進出やイ
ロール市といえども、人材を引きつける力、
ンド企業の買収も盛んになりつつある。
ベンチャー企業の集積度ではシリコンバレー
インドにはシリコンバレーも注目するよう
にまだまだ及ばない。しかし、コストはもち
なベンチャー企業も生まれている。今日、世
ろん、豊富な人材、実際にアイデアを試せる
界のソフトウェアの多くがインド人によって
市場としての魅力をインドは備えている。グ
開発されているにもかかわらず、ほとんどが
ローバルなリソース戦略を、採用も含めて見
米国製ソフトウェアとして売られている。イ
直してはどうだろうか。シリコンバレーから
ンドの IT 企業は下請けとして日陰の存在で
インドに開発センターの一部の機能を移して
あったといえる。しかし、質と量ともに世界
みると、思いもかけなかった活性化が起きる
有数の IT 人材を抱えるインドがいつまでも
かもしれない。
その状態にとどまるわけはなく、今やグロー
多くの優秀な学生を抱える大学がいくつも
バル市場でインドのブランドが立ち上がりつ
あり、非常に低いコストの IT リソースとイ
つある。
ノベーティブな人材がベンチャー企業をどん
インドに関してもう 1 つ大切なことは、コ
どん立ち上げるインドは、まさにイノベー
ストには非常に厳しいが新しいアイデアやソ
ションに格好の場所である。ただし、インド
フトウェアを積極的に試す顧客が多くいると
は水平分業の各専門分野に特化した優秀な人
いうことである。いくら斬新なアイデアがあ
材は大量に供給してくれるが、各専門分野を
り、ソフトウェアとして開発しても、それを
垂直統合的につなぎ合わせて顧客への価値を
試してくれる顧客がいなければ意味がない。
創造できるような人材は少ない。ここに日本
日本では、実績のないソフトウェアを試す顧
の役割があるといえるだろう。
うな新興市場では、積極的にチャレンジしよ
│ イ ン ド の 優秀なIT人材とチャレンジ精神に支えられて │
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