瀧口範子 エンジニア主導の シリコンバレー流 リーダーシップ

@シリコンバレー便り
米国在住、瀧口範子が見た
ITの現在地
第1回
エンジニア主導の
シリコンバレー流
リーダーシップ
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瀧口範子
ジャーナリスト
はりスタンフォード大学でコンピュータ科
まずは、企業文化だ。グーグルのキャ
学を専攻、博士課程まで進んだ。現在の
ンパスに象徴されるように、伸び伸びとし
テクノロジーが分かっているどころか、ロ
て自由な雰囲気。自分のペースで仕事を
ボット、人工知能、衛星、宇宙など果てし
したいプログラマーたちのために、勤務
なく未来まで見通したその発展を同社の
時間はフレキシブル。昼間に外でバレー
ロードマップに盛り込んでいる。
ボールをしていてもいいが、徹夜をしてで
ある意味ではスティーブ・ジョブズもそ
も仕事はやる。また、
プログラムを始める
うだった。アップルのイベントの際に、自
と一瞬でも無駄にしたくない社員のため
らステージに立って数時間の製品プレゼ
に、
社内にカフェテリアを設けて朝昼晩と
ンテーションをこなす。その内容も微細
無料で食事ができるようになっている。
ヤフーの立て直しを行っているCEO
に入り、画面のどのボタンをクリックする
社屋が「キャンパス」と呼ばれること自
のマリッサ・メイヤー氏について、最近こ
とそこから何が次々と起こるかをしっかり
体がシリコンバレー的だろう。仕事という
んなことが報じられていた。
と把握している。
よりは、
研究や
ある社内ミーティングでのこと。社員
製品のテクノロジーそのものが会
からプレゼンテーションされたモバイ
社、
というのがシリコンバレー
ル・アプリについて質問した。
「どうして、
企業の特殊性。従って、
こんなにガタガタした感じなの?」
。話を
トップこそがテクノロ
聞くうちに、それが古い方法論でプログラ
ジーのすべてを知り
ムされたものだということが判明。ゼロか
尽くしていなければ
ら作り直して、そのデバイスに合った方法
ならないのだ。マー
でプログラムせよと命じた。
ケティングや経営学
シリコンバレーで最近顕著になってい
出身者というのが、
るのは、企業のトップがテクノロジーを熟
実は減っているので
知しているということだ。マリッサ・メイ
はないかと思う。
ヤー氏は元グーグルのエンジニア。スタ
エンジニア主導の
ンフォード大学ではコンピュータ科学を
企業だと何が違ってくる
専攻し、
専門は人工知能だ。
か。それにはいくつかの
グーグルの2人の創業者も同様だ。や
ポイントが挙げられるだろう。
Prowise _ Spring 2015 Vol.38
Prowise Column @Silicon Valley
頭脳の挑戦。まるで大学のキャンパスの
バレー企業ではないが、アマゾンのCEO
当初は、人見知りでおどおどした印象
ように、それ以外のことには気を配らなく
ジェフ・ベゾス氏は、
「かつては70%の
で、時に攻撃的な発言もしていたフェイス
ていいような環境づくりが行われている
時間を使ってこんなことをやると大声で訴
ブックのマーク・ザッカーバーグ氏も、最
え、それを実行するために残りの30%の
近では別人のように落ち着いた経営者に
現実的、かつ実質的に
仕事をする
時間を充ててきた。しかし時代は変わっ
なっている。成長の波に洗われるといっ
た。今は逆」と語っている。人を惑わす
た感じだ。
ようなプレゼンテーションに時間を使うく
シリコンバレーでは、恐らく今までには
のだ。
儲け主義を表に出さないところも、エン
らいならば、
ビジネスの中身を向上させた
ないタイプのリーダーシップが形成され
ジニア主導と関係があるように思われ
いと考えている。
ているだろう。
る。金儲けのためなら何でもするといっ
そうしたエンジニア主導の特徴がある
た一般企業が多い中で、ことシリコンバ
一方で、もう一つシリコンバレーのリー
レー企業は不思議なほどそうした顔を見
ダーシップで面白いのは、CEOの成長を
せない。グーグルの「Don't be evil(悪
目にすることができる点だ。何といって
いことはするな)
」という合言葉があるが、
も、スタートアップ創業者たちは若い。大
これはテクノロジーを正しく使えという意
学卒業も待たずに起業といったケースも
味。テクノロジーを民主的に、意味ある
あり、20代前半のCEOたちがたくさんい
方法で用いてユーザーの賛同を得ること
る。会社が成長するにつれて、CEOたち
が、結果として儲けを生むという考え方に
も変貌を遂げていくのだ。
よるものだろう。
シリコンバレーでは、
起業資金が集まる
一時はやったカリスマ経営者というタ
とたいてい数十億円級と、その額は半端
イプも、
めっきり見られなくなった。ちょっ
ではない。会社をゆっくり育てようという
とでも大仰な振る舞いをすると、総スカン
のではなく、赤字を出してでも急成長させ
をくう。最近では、新手の配車サービス
て、市場を占有せよとベンチャーキャピタ
会社ウーバーのCEOが傲慢な発言をす
リストたちからも命じられる。エンジニア
るなど、成功を盾に取った威張った振る
を雇い、自分よりも年上の人事や法務、事
舞いのせいでかなりの批判を浴びた。
務関係者を雇って会社を大きくし、
外部と
実質的、現実的というのも、エンジニア
の取引も行う。いやがおうにも成長せざ
的特徴に関連しているだろう。シリコン
るを得ない状況だ。
Noriko Takiguchi
たきぐち・のりこ/フリーランス・ジャーナ
リスト。シリコンバレー在住。テクノロジ
ー、ビジネス、政治、文化、社会一般に
関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿
する。著書に
『行動主義 レム・コールハ
ース ドキュメント』
『にほんの建築家 伊
東豊雄・観察記』
(共にTOTO出版)
、
『なぜシリコンバレーではゴミを分別しな
いのか? 世界一IQが高い町の
「壁なし」
思考習慣』
(プレジデント社)
、訳書に
『ソフトウェアの達人たち─認知科学
からのアプローチ
(テリー・ウィノグラード
編著)
』
(ピアソンエデュケーション刊)
、
『ピーター・ライス自伝─あるエンジニ
アの夢みたこと』
(共訳/鹿島出版会)
などがある。上智大学外国語学部卒業。
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