ガスレンジおよび IH ヒータで加熱した沸騰水からの

Technical Paper Earozoru Kenkyu, 24(4), 262-267(2009)
ガスレンジおよび IH ヒータで加熱した沸騰水からの
ミスト発生状況の違いに関する検討
諏訪 好英 1*・鍵 直樹 2・並木 則和 3
A Study on the Mist Generation from Boiled Water
Heated by Gas-Oven and IH-Heaters
Yoshihide SUWA 1*, Naoki KAGI 2 and Norikazu NAMIKI 3
Received
Accepted
September
November
Abstract − Temperature and airflow distributions around heated pans by a gas-oven and an IH-heater
were compared, and the difference in steam generation was studied. As a result, we found that the
existence of flame around a pan affected the airflow and the temperature distribution, etc. We also
found that water evaporated by IH-heaters was more easily changed into mist.
The number concentration and the size distribution of water mist were measured using a PDPA
system. The number of water mist generated with the IH-heater was 10 to 100 times larger than the
number of mist generated with the gas-oven. The mode diameter of mist generated with the IH-heater
was 8 to 10 μm, and that with gas-oven was 4 to 5 μm. We concluded that the mist size difference
resulted from the difference in temperature distribution and the existence of hot flame around the pan
in the case of gas-oven.
Key Words : Gas-Oven, IH-Heater, Mist, Visualizing, Size Distribution, PDPA(Phase Doppler Particle
Analyzer)
.
に比べて換気量を削減できるという議論もあるが,一
1.は じ め に
方では,同一風量の換気を行った場合でも IH ヒータ
近年,扱いの容易さや安全性の面から,家庭用調理
とガスレンジでは臭いの拡散状況等に違いを生じるこ
器具として電磁調理器(以下 IH ヒータと呼ぶ)の普
となどが報告されており 1),現象的な検討が求められ
及が急速に進んでいる。燃焼による排気ガスの発生を
ている。
伴わない IH ヒータを使用する厨房では,ガスレンジ
業務用または住宅用レンジフードの設計法や給排気
設計に関する研究はこれまで多数行われている 2 ∼ 5)
が,その多くにおいて,調理により発生する物質は単
東京工業大学大学院情報理工学研究科
(〒 152-8552 目黒区大岡山 2-12-1)
1 Graduate School of Information Science and Engineering, Tokyo
Institute of Technology
2-12-1 Ookayama, Meguro-ku 152-8552
2 国立保健医療科学院
(〒 351-0197 和光市南 2-3-6)
2 National Institute of Public Health
2-3-6 Minami, Wako 351-0197
3 工学院大学工学部環境エネルギー化学科
(〒 192-0015 八王子市中野町 2665-1)
3 Faculty of Engineering, Kogakuin University
2665-1 Nakano, Hachioji 192-0015
* Corresponding Author.
E-mail : [email protected](Y. Suwa)
1
262
純なパッシブスカラーとして扱われており,調理器具
による現象の違いは明確に検討されていない。一方,
屋内環境における粒子発生源に着目した研究として
は,異なる調理法(揚げ,炒め,ボイルなど)6 ∼ 8)や
調理対象物(ベーコンやパンケーキなど)9)について
調理中に発する粒子の粒径分布比較が行われており,
健康影響の観点からこれら調理中に発生した超微粒子
の肺胞内への沈着特性も考察されている 10)ものの,
調理器具による発生粒子径の違いについてはこれまで
ほとんど議論されていない。
(30)
エアロゾル研究
2.2 加熱中の鍋周辺における温度分布
本研究では IH ヒータとガスレンジによる発生物質
の違い,特に粒径分布の違いに着目し,もっとも基本
Fig. 2 は加熱中の鍋および周辺各部における温度分
的な実験として水を沸騰させたときのミスト発生状況
布を計測した結果である。ガスレンジによる加熱では,
ヒータとガスレンジ
鍋底付近の温度は 350 ℃以上あり,鍋の底から側面に
により加熱した鍋の周辺に生ずる熱的,物理的な現象
沿って炎を伴う高速・高温の上昇流(100 ℃以上)が
との関係を考察した。
観測された。一方,IH ヒータにより加熱した場合,鍋
の違いを観測した
11)
。また,IH
底付近の温度は 250 ℃程度,鍋の側面は 40 ∼ 60 ℃と
2.加熱中の鍋周辺状況の可視化
比較的低温であり,沸騰水表面から比較的ゆっくりと
2.1 実験システムおよび可視化・測定方法
湯気が上昇する様子が観測された。既往の研究 1)では,
Fig. 1 に示す実験システムを構築し,IH ヒータおよ
ガスレンジで発生する上昇流は IH ヒータの場合に比
びガスレンジにより水を沸騰させた場合を想定して,
べ安定していることが指摘されており,炎による高温
各部の温度分布や湯気の発生状況を観察した。鍋およ
上昇流の影響が大きいと考えられる。
びその周辺の温度分布は赤外線放射温度計(CENTRY
2.3 沸騰水からの湯気の発生状況
352), 赤 外 線 サ ー モ カ メ ラ(NEC 三 栄 TH9100MV)
で計測し,また湯気の発生状況をスリット光源(カト
水を加熱した場合のもうひとつの大きな相違点とし
て,湯気の発生状況の違いが観測された。Fig. 3 は湯
ウ光研 SX-300)により可視化した。鍋まわりの断面
気の発生状況を可視化した結果である。IH ヒータで加
内空間温度分布の計測には,鍋の形状に合わせてカッ
熱した鍋からは高濃度の湯気(ミスト)が観測される
トした銅薄板を鍋中央断面に釣り下げ,その表面温度
のに対し,ガスレンジの場合,観測される湯気の量は
分布を赤外線サーモカメラで計測する方法を用いた。
明らかに少なかった。
2 種類の調理器は加熱原理や加熱効率が大きく異なる
薄い油膜を塗布したスライドグラスを鍋から約
(IH ヒータ出力:2 kW,ガスレンジ出力:3.3 kW)。両
100 mm 上方の湯気の部分に挿入して数回扇ぎ,その
者の加熱能力を統一するため,あらかじめ予備実験を
表面に簡易的に湯気を捕集して顕微鏡観察した結果,
行い,等量の水を蒸発させるのにかかる時間が同一と
Figs. 4, 5 に示すように,IH ヒータによる湯気には粒径
なるよう出力を調整した。
6 ∼ 8 μm のミストが観測され,またガスレンジによる
湯気には粒径 4 μm 以上のミストはほとんど観測されな
かった。これらの結果から,ガスレンジによる湯気が
蒸気(気体の水)として存在しているのに対し,IH ヒー
タによる湯気は比較的早い段階で凝縮し,ミストに成
長しているものと考えられる。またこれには鍋の側面
に沿った高速・高温の上昇流(ガスレンジの場合の炎)
の有無が大きく関与していることが予測される。
3.鍋から発生するミストの測定
3.1 ミストの粒径分布測定システム
TSI 製 Single-component PDPA(Phase Doppler Particle
Analyzer)system12, 13)
(一次元デジタルマルチビット
コ・リレーター:FSA3500-1P およびアルゴンイオン
Fig. 1 Experimental system for airflow and thermal
visualization.
Fig. 2 Airflow and thermal distribution around pans heated
with gas-oven and IH-heater.
Vol. 24 No. 4(2009)
Fig. 3 Visualized steam generated from pans heated with
gas-oven and IH-heater.
(31)
263
Fig. 4 Observed mist captured around gas-oven and
IH-heater.
Fig. 6 Measurement of mist by PDPA system.
Fig. 5 Size distribution of captured mist around gas-oven
and IH-heater measured by simplified impact method.
Fig. 7 Comparison of size distribution measured by PDPA.
グリーンレーザ:LA300(波長 514.5 nm,スポット径
∼ 2 桁大きいこと,また IH ヒータでは 6 ∼ 10 μm にミ
2 mm)による構成)を用いてミストの粒径分布を測定
スト粒径のピークが認められ,ガスレンジでは 4 μm 以
した。2.3 節に述べた簡易法では,個数濃度などの定
上のミストがほとんど認められないことなど,PDPA に
量的な評価が困難であり,捕集面における結露の影響
よる測定結果は Fig. 5 の簡易法による結果と定量的に
などが避けられない。これに対し,PDPA では遠隔か
よい一致を示した。
らの非接触計測が可能であり,空間におけるミストの
鍋からの高さごとに PDPA で測定した粒径分布,粒
粒径,個数濃度について精度よく定量的な測定を行う
子速度分布を Figs. 8, 9 および Table 1 に示す。ガスレ
ことができると考えた。
ンジの場合,IH ヒータに比べて測定可能範囲のミスト
3.2 ミストの個数濃度および粒径分布
数が明らかに少なく,高さ 50 mm,400 mm,750 mm
Fig. 6 に示すように,水を沸騰させた鍋の中央上部
ではデータが得られなかった。これに対し,IH ヒータ
を測定対象点として,IH ヒータを用いた場合,ガスレ
ではすべての測定点で粒径分布,粒子速度分布が得ら
ンジを用いた場合のそれぞれについて,ミストの粒径
れた。IH ヒータで沸騰させた鍋から発生したミストの
および個数濃度を測定した。
平均粒径は,鍋の直上 20 mm の位置において 7.65 μm
Fig. 7 は,鍋から 80 mm の高さにおいて PDPA で 4
であったが,上方へ行くに従って減少し,高さ 750 mm
分間連続測定したときの粒径分布である。ガスレンジ
においてふたたび増大する傾向が認められた。下向き
に比べて IH ヒータでは発生するミストの個数濃度が 1
を正値にとったときの粒子速度分布も同様の傾向を示
264
(32)
エアロゾル研究
Fig. 8 Measured size and velocity distribution of mist at different height(Gas-oven).
Fig. 9 Measured size and velocity distribution of mist at different height(IH-heater)
.
Vol. 24 No. 4(2009)
(33)
265
Table 1 Measured results by PDPA system
IH-heater
Gas-oven
Height(mm)
Number mean diameter(μm)
Maximum diameter(μm)
Number concentration( / m3)
20
7.65
20.59
2.90×1010
50
6.08
11.04
1.49×1010
100
5.91
12.15
1.18×1010
400
4.63
9.11
4.96×109
750
6.27
8.94
1.40×108
20
6.98
12.54
6.92×108
100
5.94
11.41
1.98×108
200
ND
ND
ND
Fig. 10 Mist generation after heating was stopped.
しており,高さ 400 mm までの間は上方ほど粒径が小
停止後にミストの発生量が急増し,加熱中の IH ヒー
さい方へ,粒子速度は上昇速度が大きい方へシフトす
タに近い状態となることがわかった。このことから,
ることがわかった。これは,凝集,凝縮により粒径が
IH ヒータとガスレンジによるミスト発生状況の違い
成長した大きなミストが重力沈降しやすくなり,上部
は,水の沸騰状態によるものではなく,加熱中の鍋周
へ行くほどその個数濃度が低下するためと思われ,IH
辺に生ずる高速・高温の上昇流(ガスレンジの場合の
ヒータ周辺に形成される上昇流が支配的でないことを
炎)の有無によるものであると考えられる。
示すものと考えられる。
4.考
3.3 加熱停止後のミスト発生状況
察
先述した可視化実験において,ガスレンジを用いた
可視化実験および簡易法,PDPA による粒径分布測
場合でも加熱を停止するとミストの発生量が増加する
定結果より,IH ヒータによる湯気は比較的早い段階で
現象が認められた。そこで,水を沸騰させた状態から
凝縮し,ミストに成長するのに対し,ガスレンジによ
加熱を停止したときのミスト発生状況について時間的
る湯気は蒸気(気体の水)として存在し,観測可能な
な変化を PDPA により 4 分間連続して測定した。測定
個数濃度のミストには成長しにくいと考えられる。赤
点高さは 80mm とした。結果を Fig. 10 に示す。IH ヒー
外線サーモカメラによる鍋周辺の温度分布の観測よ
タの場合,加熱中から多量のミストを発生するが,加
り,IH ヒータでは鍋表面は比較的低温であったのに対
熱を停止した場合もミストの発生量に大きな違いは認
し,ガスレンジの場合,加熱中の鍋の側面に沿って炎
められなかった。一方,ガスレンジの場合には,加熱
を伴う高速・高温の上昇流が形成されることがわかっ
266
(34)
エアロゾル研究
た。IH ヒータで沸騰させた鍋から発生した湯気に見
られるミストの成長は,室内の浮遊粉塵を核とした凝
References
縮現象と考えられるが,ガスレンジの場合には,鍋の
1 )Ed. by Japan Gas Association: Machigai darake no Chuubo-
側面に沿って形成される高速・高温の上昇流が障壁と
Keikaku”
(Requirement for the Comfortable Kitchen)
, TokyoKansho-Fukyu. Co. Ltd(2002)
(in Japanese)
なって沸騰水から発生した蒸気の流れを包み込んでお
2 )Lai, A. C. K. and Ho, Y. W.: Spatial Concentration Variation of
り,凝縮核となる浮遊粉塵の侵入を防いでいるのでは
Cooking-Emitted Particles in a Residential Kitchen, Building and
ないかと考えられる。ガスレンジの加熱を停止した場
Environment, 43, 871-876(2008)
合には,鍋側面の上昇流による障壁も取り払われるた
3 )Lai, A. C. K. and Chen, F. Z.: Modeling of Cooking-Emitted
め,凝縮核となる浮遊粉塵が蒸気の流れに侵入し,多
Particle Dispersion and Deposition in a Residential Flat: A Real
量のミストが発生するものと考えられる。
5.ま
と
Room Application, Building and Environment, 42, 3253-3260
(2007)
め
4 )Yu, Y., Narasaki, M., Satoh, R. and Yamanaka, T.: Study on the
Design Method of Ventilation System in Kitchen: Forced Air
IH ヒータとガスレンジで水を加熱,沸騰させたとき
Supply from the Vicinity of Gas Cooking Stove or Exhaust Hood,
のミストの発生状況を可視化実験および PDPA による
J. of Architectural Institute of Japan, Planning and Environmental
粒径・個数濃度測定により比較した。その結果,ガス
Engineering, 445, 35-44(1993)
(in Japanese)
レンジに比べ IH ヒータでは発生するミストの量が多
5 )Momose, T., Sato, R., Yamanaka, T. and Kotani, H.: Influence of
く,また IH ヒータでは 6 ∼ 10 μm にミスト粒径のピー
Disturbing Airflow on Capture Efficiency of Hood in Commercial
クが認められ,ガスレンジでは 4 μm 以上のミストがほ
Kitchen, J. of Architectural Institute of Japan, Planning and
Environmental Engineering, 560, 15-22(2002)
(in Japanese)
とんど認められないことなど,発生するミストの粒径
6 )Afshari, A., Matson, U. and Ekberg, L. E.: Characterization of
分布にも違いが認められた。
Indoor Sources of Fine and Ultrafine Particles: A Study Conducted
ガスレンジの場合,加熱中の鍋の側面に沿って炎を
in a Full-Scale Chamber, Indoor Air, 15, 141-150(2005)
伴う高速・高温の上昇流が形成されているが,IH ヒー
7 )Buonanno, L., Morawska, L. and Stabile, L.: Particle Emission
タでは鍋内部の水が直接底面から加熱され,鍋周辺に
Factors during Cooking Activities, Atmospheric Environment, 43,
上昇流などは形成されない。またガスレンジによる湯
3235-3242(2009)
気が蒸気(気体の水)として存在しているのに対し,
8 )See, S. W. and Balasubramanian, R.: Chemical Characteristics
of Fine Particles Emitted from Different Gas Cooking Methods,
IH ヒータによる湯気は比較的早い段階で凝縮し,ミス
Atmospheric Environment, 42, 8852-8862(2008)
トに成長しているものと考えられ,これには鍋周辺に
9 )Evans, G. J., Peers, A. and Sabaliauskas, K.: Particle dose
形成される高速・高温の上昇流(ガスレンジの場合の
Estimation from Frying in Residential Settings, Indoor Air, 18,
炎)の有無が強く関与しているものと予測された。ま
499-510(2008)
た同時に水の蒸発もミスト粒子の粒径変化に影響する
10)Mitsakou, C., Housiadas, C., Eleftheriadis, K., Vratolis, S., Helmis,
ものと考えられ,これらミストの粒径変化に関する現
C. and Asimakopoulos, D.: Lung Deposition of Fine and Ultrafine
象のモデル化を今後さらに検討していきたいと考えて
Particles Outdoors and Indoors during a Cooking Event and
Activity Period, Indoor Air, 17, 143-152(2007)
いる。
11)Suwa, Y.: A Study on the Mist Generation from Different
調理器具によるミスト発生状況の違いは拡散や表面
Cookwares, The
沈着などに影響し,またこれらは臭気やカビの繁殖状
th Symp. on Aerosol Science & Technology,
Japan Association of Aerosol Science & Technology, 161-162
況,壁の汚れ,クロスのはがれ等に影響するものと考
(2007)
(in Japanese)
えられ,今後,さらに研究すべき課題と思われる。
12)Albrecht, H. E., Damaschke, N., Borys, M. and Tropea, C.: Laser
Doppler and Phase Doppler Measurement Techniques(2003)
,
XIV, ISBN 3-540-67838-7
Acknowledgements
本研究の一部はトステム建材産業振興財団第 16 回助成研究,
「IH 調理器の最適な換気評価手法の検討」により実施したもので
13)Durst, F., Melling, A. and Whitelaw, J. H.: Principles and Practice of
Laser-Doppler Anemometry, Academic Press(1981)
す。関係各位に深く感謝の意を表します。
Vol. 24 No. 4(2009)
(35)
267