医療継続について相続税と贈与税の納税猶予制度(平成27年創設) 税理士 白井一馬 1 相続税の納税猶予は相続開始後に持分の放棄を認める制度 創設者である院長の生前に準備しておくべきが、出資持分についての相続税の納税資金と、 医療法人の行く末なのだが、その手配を行う前に相続が開始した場合は、相続人は、持分につ いて多額の相続税と、医療法人の承継についての難題を抱え込むことになる。 持分の払い戻しが可能であっても、多額の資金を引き出したら医療法人の経営に支障を与え てしまう。子弟が医者になっていた場合でも、出資による支配関係よりも、医師としての師弟 関係が優先する医療業界で、医療法人の支配権を確保できるか否かは微妙だ。 そこで、相続開始前に遡及し、持分なし医療法人への移行を認めてしまう。そのような趣旨 で構築されているのが相続税の納税猶予だ。 相続人が、承継した持分を放棄する場合は、相続人に対する相続税の納税を猶予し、その後、 3年以内に持分なし医療法人に移行した場合は、相続税を免除するという制度だ。 平成26年度に創設された「医療法人の持分に係る相続税及び贈与税の納税猶予等の特例」 は、持分なし医療法人(地下1階法人)が、1階、あるいは2階に移行する際に、厚労大臣の 認定を受けた「認定医療法人」に限って利用することができる。 【医療法人は地下1階、地上2階建て構造】 ┌────┬───────┬───────┐ │ 2階 │社会医療法人 │特定医療法人 │←─┐ │ │ │ │ │ ├────┼───────┴───────┤ │ │ │ 持分なし社団医療法人 │ │ │ 1階 │ 基金拠出型医療法人 │←─┤ │ │ 財団医療法人※ │ │地下1階から、 ━┿━━━━┿━━━━━━━━━━━━━━━┿━ │1階または2階への移 │地下1階│ 持分あり社団医療法人 │──┘行(地下1階に留まる │ │ 出資額限度法人 │ ことも可能) └────┴───────────────┘ ※財団医療法人には、そもそも持分がないため、移行の問題は生じない。 相続税の納税猶予の特徴は、相続開始時点で、認定医療法人でなくてもかまわないという点 だ。そのため、オーナーに相続が発生した後に、移行を決定して厚労大臣の認定を受け、その 後、移行手続きに入れば、相続税負担から解放されることになる。 2 相続税の問題が生じない出資額限度法人には贈与税の納税猶予を準備 出資額限度法人が持分なし医療法人へと移行する場合は、実は相続税の問題が生じない。そ のかわりにみなし贈与の問題が生じてしまう。 つまり、持分なし医療法人への移行に反対する出資者が退社し、払済み出資額を取り戻すと、 他の出資者に経済的利益が移転し、相続税法9条によるみなし贈与課税が生じる。この場合の 贈与税を猶予し、3年以内に持分なし医療法人に移行した場合は、贈与税は免除される。 では、出資額限度法人のオーナーが死亡した場合はどうだろうか。実はこの場合にも相続税 ではなく、贈与税の負担だけが生じる。たとえば、出資者である父親が死亡し、未亡人が持分 1億円のうち出資額3千万円を取り戻したとする。 この場合、残余の7千万円は残存出資者に帰属し、みなし贈与が生じる。死亡を原因とする 反射的な経済的利益の移転であるため、「遺贈」とみなすのではないかと思えるのだが、相続 税法8条では、遺言による経済的利益の移転に限ってみなし遺贈が生じることになっている。 そのため、事例では贈与税が生じることになるわけだ。 さらに、ここでは、課税関係が2つに別れてしまう。 残存出資者である息子は相続人なので、相続開始年分の贈与として生前贈与加算(相法19 ①)により「相続税」が課される。一方、相続人でない残存出資者には生前贈与加算の適用は ないため「贈与税」が課される。 そこで、今回の制度では、課税関係が別れてしまうことを避けるために、納税猶予を受ける 場合に限って、息子も相続税ではなく、贈与税に切り替えて、どちらも「贈与税」の納税猶予 が受けられる措置が創設された。 また、父親が遺言で持分を放棄した場合は、残存社員にみなし「遺贈」が生じるが、やはり、 みなし「贈与」に切り替えることになる。 移行に伴い生じる経済的利益の移転には、生前、死亡時を問わず「贈与税の納税猶予」が適 用されることになるわけだ。 【 まとめ 】 ┌───────┬─────┬──────┬───────┬──────┐ │ │ │残存出資者で│ │ │ │ │ │ある息子には│生前贈与加算を│ │ │ │出資額限度│生前贈与加算│適用しない │ │ │ │法人で未亡│により相続税│措法70の7の7 │ │ │ │人が出資額│課税 │ │ │ │ │のみを払い├──────┼───────┤ │ │死亡による経済│出し │残存出資者で│ │ │ │的利益の移転 │ │ある他人には│相法9条による│ │ │ │ │贈与税課税 │みなし贈与 │贈与税の納税│ │ │ │ │ │猶予・控除 │ │ ├─────┼──────┼───────┤措法70の7の5│ │ │ │残存出資には│措置法によりみ│措法70の7の6│ │ │遺言で持分│みなし遺贈と│なし贈与と扱う│ │ │ │を放棄 │して相続税課│措法70の7の7 │ │ │ │ │税 │ │ │ ├───────┼─────┼──────┼───────┤ │ │生前の放棄によ│ │ │相法9条による│ │ │る経済的利益の│ │ │みなし贈与 │ │ │移転 │ │ │ │ │ ├───────┼─────┼──────┼───────┼──────┤ │ │ │ │ │相続税の納税│ │持分の相続 │ │ │相続税の対象 │猶予・控除 │ │ │ │ │ │措法70の7の8│ │ │ │ │ │措法70の7の9│ ├───────┼─────┼──────┼───────┼──────┤ │持分の実際の贈│ │ │贈与税の対象 │制度の対象外│ │与 │ │ │ │ │ └───────┴─────┴──────┴───────┴──────┘
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